約束
「え?」
突然の言葉に、今度はシャーロットから取り繕うことのない声が漏れ出てしまった。
「殿下」
シャーロットとセドリックの両者が驚きのあまり見つめ合ったまま固まってしまった空気の中、ジェフリーがセドリックにすぐさま声をかけた。
「あ、えーとであるな。違うである。あ、違う違う。」
(なんだか、猛烈に焦っておられるわ。焦っているお姿も可愛いわね。)
セドリックは何度か咳き込んだ後に、深呼吸をジェフリーと共に行い呼吸を整えて、シャーロットの方に改めて向き合った。
「すまない。取り乱してしまった。気にすることはない。5年も前のことだし、まさか覚えていると思わなくてな。それに、あの時は名前すら名乗らなかったから驚いてしまっただけだ。」
落ち着いたのか、セドリックは、元の話し方に戻り言葉を発した。
(懐かしい話し方だったわ。あの時の方が、思い出の少年がセドリック殿下であった証にも感じられたから、もう少しあの話し方でもよろしかったのに、残念ですわ。)
「まあ、忘れもしませんわ。私にとって、特別な思い出ですもの!」
「と、特別?」
「そうですわ。特に私のことを慰めてくださるためにしてくださった、水で作ったガーベラはとても美しくて今でも鮮明に覚えています。」
シャーロットはあの当時を思い出して、どれだけ素晴らしいかったかを力説した。
「殿下も隅には置けませんね。意外とロマンチストでいらしたとは、長年の付き合いですが存じ上げませんでしたよ。」
シャーロットの言葉に最初に反応したのは、意外にもグレンだった。シャーロットは、グレンの長い付き合いという言葉に少し、いやかなり羨ましいと思った。
(どうして他の方を屋敷に多く招待してたのに、一度もセドリック殿下を連れてきてくださらなかったのかしら。)
シャーロットがグレンに八つ当たりしている間も幼なじみらしい会話が3人で行われている。グレンの言葉の後にジェフリーも続いた。
「それも5年前といえば、まだ10歳の頃でしょう?素敵な思い出ですね殿下。」
「違うである違うである!あれはであるな…」
「殿下、言葉遣いが戻られていますよ。」
「私はその話し方の方が好きですけどね。純粋に私たちを慕ってくださっていた頃を思い出しますしね。」
「グレンですら、話し方を直すことができるのですから、当然殿下でしたら可能だと思っていましたが、焦られると戻ってしまわれるのは、今回の発見ですね。」
「どういうことだよジェフリー」
「そのままの意味ですが」
「お前たち、主人をからかうでない!」
側近たちが言い合いになりそうになった所に、セドリックの悲痛な叫びが入った。
「申し訳ありませんね殿下。尊敬する殿下と妹にそんな思い出があったとは知らず驚きましてね。」
「尊敬が態度に全く出てないのは気のせいか?」
「グレンは知りませんが、私は毎日殿下を尊敬しながら生きていますよ。」
「もう良い」
そういうと、何度か咳払いしたのちにセドリック殿下は私に向き直った。
「失礼した。2人とは昔からの付き合いもあって、たまに話を脱線させてしまうことがあるんだ。変なやりとりを見せて申し負けない。」
「そんなことありません。仲がよろしいのが伝わってきますわ。」
(羨ましいくらいに)
「そろそろ茶会も終わるだろう。有意義な時間は過ごせたか?そういえば、まだ食べてないと言っていたな。タルトなど食べてくるといい。」
(嘘。もうこんな時間?まだ、次の約束をするという1番の任務が達成させてないのに。)
「シャーロット嬢は、ガーベラが今でもお好きですか?」
「え?」
茶会が終わりそうなことに焦っていたシャーロットに、爽やかな笑みを浮かへだジェフリーの言葉が聞こえた。
「はい、好きですが」
シャーロットは、意図が分からない中、なんとか言葉を発した。シャーロットと同様に他2人もジェフリーの意図が分からない様子で、疑問を浮かべるように皆がジェフリーに視線向けた。
「ここプレギー城には、国内一の庭師が作った庭園があります。季節的にも多くのガーベラが咲き誇っています。よろしければ今度案内しましょうか?私ではなく殿下が。」
「「え?」」
お互いに全く予想していなかった展開に、2人から同時に気の抜けた声が漏れた。
「待て待て。なぜその流れで私が案内することになるんだ。」
「殿下は庭師とも仲が良く、庭師たちの次に庭について詳しいと言っても過言ではありません。案内するなら殿下がよろしいでしょう。」
「だが…「ぜひお願いします!」え?」
セドリックが話している途中にも関わらず、シャーロットは食い気味に言葉を発した。
(これは2度とないチャンスだわ。まさかジェフリー様から言って頂けるなんて!このチャンスを掴まなければ、一生後悔するわ。)
「先程少し庭園を見させていただきましたが、とてもお美しかったです。可能であれば、もっと近くで見たいと思っておりましたの。セドリック殿下の案内で見ることができるなんて、この上ない幸せですわ。」
「そんな大袈裟ではないか。」
「そんなことありません!」
(お願いしますセドリック殿下。何も言わずに頷いてくださいまし。どうしてジェフリー様がこのような提案をしてくださったのか分からないけれど、どんな意図があったとしても断る理由は全くないわ。)
「本当に私が案内でいいのか?他にも…」
「セドリック殿下がいいですわ!」
(他の方に案内されたら、何の意味もなくなってしまうわ。淑女らしさがどんどんなくなってきている気がしなくもないけれど、ここが私の人生の分岐点な気がするので、気にしている暇はないわね。)
「殿下。シャーロット嬢もこう言っておられますし、ぜひ案内してあげてはどうですか?」
セドリックは少し考えるそぶりをして、もう一度私の方を見ると、また視線を彷徨わせて、大きく咳払いをした。
「シャーロット嬢が良ければ、私が案内しよう。庭師たちがせっかく整えてくれているのだから、多くの人に見てもらった方がいいだろう。」
「ありがとうございます。」
(やったわ!)
喜びのまま、チラリと後ろを見るとティアが大きく頷いてくれた。
「それでは日程調整の方はグレン任せましょう。もう茶会も終わりになってしまいそうですね。シャーロット嬢、足を止めさせてしまい申し訳ありませんでした。タルトでしたら、約束の日にまた用意させておきます。では失礼いたします。殿下、グレン行きますよ。」
「ジェフリー。少しは説明してくれよ。日程の調整は引き受けるけどさ。」
「グレン何か問題でも?王妃様最後の挨拶の時には殿下がそばにいなければならないんだですよ?きびきび動いてください。殿下も急いでくださいね。」
「ジェフリー。私も状況がよく分かっていないのだがな。」
「殿下、お急ぎください。我々のせいで殿下が遅れてはなりません。」
ジェフリーは、シャーロットに一礼すると、戸惑う言葉をあしらいながら、2人を連れてさっさと歩いて行ってしまった。
ジェフリー様の意図は最後まで分からなかったが、念願のセドリック殿下との約束を取ることができたことに、シャーロットは浮き足だった。帰りの馬車でティアと手を取って満足の行くまで喜びを分かち合い、約束の日のためのに作戦会議を行った。