気づき
しばらく妄想していたシャーロットは、気づけばセドリック殿下の姿はどこにもいなくなっていた。
「あら?殿下はどこかしら?」
「とっくの昔に会場に戻られましたよ。」
シャーロットの呟きに、ティアが呆れた声ですかさず応えた。
「殿下とのロマンチックな出会いは分かりましたけど」
「そうでしょう?誰が聞いてもロマンチックな出会いだったでしょう?」
「そこはどうでもいいですけど」
「どうでもいいですって?」
「今回のお茶会は、2人の殿下の婚約者を決めるためのお茶会だとも言われています。それにも関わらず、本日一度もセドリック殿下と話されてませんよね?」
興味なさげなティアに反論しようとした矢先に、痛い所を突かれてシャーロットは押し黙った。そんなシャーロットを見て、ティアはさらに言葉を続ける。
「先程の会話お聞きになりました?セドリック殿下はこのままだと、王妃様がお決めになられた方と結婚されるらしいですよ。」
「確かに今日は一度も話せなかったけれど、皆の噂はティアも聞いているでしょう?殿下と同世代で1番王太子妃に相応しいのは、この私よ!教養も魔力も容姿だって、同世代で1番の自信があるわ。」
シャーロットは、自分のことにもかなり自信がある。残念な殿方たちを見てきたからこそ、身分と容姿だけで中身がスカスカになるのが絶対に嫌だった。
だからこそ、どんなことにも努力し、恵まれた容姿すらもさらに磨き上げた。そして、将来どんな身分の方を好きになってもいいように自分磨きを行ってきたシャーロットは例え、王太子妃であったとしても自身があった。
「ではシャーロット様」
「何かしら?」
「もう一つ前の会話を思い出してください」
「もう一つ前?」
シャーロットは先程のセドリック殿下のやりとりで今日の出来事のほとんどを忘れてしまった。もちろん、お茶会の最初のセドリック殿下の挨拶は覚えている。
「ディーン殿下はシャーロット様を妃にと考えておられました。」
「ティア!どうして嫌なことを思い出させるの!」
ティアの言葉で蘇った先程のやりとりにシャーロットは身震いした。
「王妃様はとても子ども思いの方です。身分の枠は越えることはできませんが、その中でも殿下たちが好きな方と結ばれることを望んでおられます。だからこそ、このようなお茶会を開き、殿下たち自身が選ぶ機会を与えたのですよ。」
「それはお父様に聞いているわ。だからこそ、殿下に気に入られれば誰にでもチャンスがあるから頑張りなさいと…まさか…いやでも…。」
自分で話しながら、ティアが言わんとしていることがわかってきて、シャーロットは青ざめた。
「そのまさかです。確かに王太子妃に1番相応しいのはシャーロット様かもしれませんが、ディーン殿下がシャーロット様をお選びになれば、王妃様はその願いを優先されるでしょう。特に最優先の王太子であるセドリック殿下が王妃様に任せると決めておられるのでしたら尚更です。」
「そんな…」
セドリック殿下が王太子だと知って5年の間シャーロットはさらに自分磨きに力を入れた。だからこそ、セドリック殿下の隣に並んでも一切心配のいらない教養を磨き切ったと思っていたシャーロットは、ティアの言葉に落胆した。
「シャーロット様。今の状況を理解した上でどうなさいますか?」
「もちろん!セドリック殿下にアピールするわ!」
そう宣言したものの、シャーロットは自分磨きに力を入れすぎて、殿方に好かれるための術を持ち合わせていない。
「そこでティア。私は一体どうしたらいいのかしら?」
シャーロットの言葉の後に、花壇の片隅にティアの大きなため息が響いた。
「ごめんなさいティア。でも私どうしたらいいか分からないの。先ほども挨拶する機会はあったのに、いざ殿下の元に行こうと思ったら恥ずかしくなってまって…。」
これでもシャーロットは何度もセドリック殿下に話しかけようとした。一人でお食事されている時や、側近と3人だけで話している時など、多くのチャンスはあったのだが、結局一度も話しかけることはできなかった。
こんなにも自分を磨いてきたのに、話しかけることができないのであれば努力の無駄である。
「シャーロット様のお気持ちはよーーく分かりましたが、恥ずかしさは忘れて挨拶くらいしてください。挨拶も出来ない方に王太子妃なんて務まりませんよ。」
「そ、そうよね。」
ティアにここまで言われてシャーロットはさらに落ち込んだ。
「挨拶の後、会話を広げて可能であれば、次も話したいということをアピールしてください。」
「どうやって会話を広げるの?」
シャーロットはティアからの失った信用とセドリック殿下の心を射止めるために、前のめりにティアのアドバイスに耳を傾けた。
「先程私に長々とお話ししてくださった出会いの時のお礼でもしたらいいのでは?」
「すごいわ。頭がいいのねティア。」
「セドリック殿下のことになると、シャーロット様の頭がスカスカなだけだと思いますけどね。」
「主人に対して失礼ではなくて?まあいいわ。今回は見逃してあげる。それで、アピールというのは?」
「例えば、次のお茶会で2人きりで話したいとか、城内の花壇を案内してほしいとか、そういった次に繋がる約束をするのです。」
「それはハードルが高くないかしら?」
話しかけることすらできていないシャーロットにとって、約束をするなんて夢のまた夢ではないだろうかと、シャーロットはティアの提案に不安を覚えた。
「シャーロット様いいですか?セドリック殿下は、王妃様に任せると決めていらっしゃるのです。今日と次のお茶会が終われば、殿下のお気持ちは決まってしまいます。その間にセドリック殿下の気持ちを変えなければならないのです。分かりますよね?」
「わ、分かったわ。」
このままでは、愛するセドリック殿下と結婚できないどころか、1番嫌いなタイプのディーン殿下と結婚する可能性が出てきたことと、ティアの勢いにこのままではダメだと自分でも理解した。
「先日の出会いに加えて、フローレンス家の次男であるグレン様はセドリック殿下の側近に暫定ですが決まっているも同然です。話題に困ることはありません。」
「グレンお兄様ももう少し私の良さをセドリック殿下に伝えてくださってもいいのに。」
「つべこべ言ってないで素早い行動をしてください。お茶会が終わりますよ。」
「わ、分かっているわ。見ていなさい。絶対にセドリック殿下の心を射止めて見せるわ!そうと決まれば急ぐわよティア。」
(私はシャーロット・フローレンス。誰もが認める美しさと教養を備えている。やればできるわ!今までだってそうしてきたもの。)
シャーロットは自分に喝を入れるようにティアに宣言すると、ティアを連れて足早にセドリック殿下のいる会場に戻った。