忠誠心
「で、殿下…?」
意外な発言をしたセドリックに対して、3人とも驚いた表情をしたが、声が漏れたのは当事者であるグレンだけだった。
「ごほん。」
セドリックは、また昔の口調に戻ってしまったことに気づき、少し咳払いをして再度口を開いた。
「シャーロット嬢に告げることを躊躇った私が、告げないグレンのことを責めるつもりはない。これはグレンだけでなく、ジェフリーにも言えることだが、私のためと言えばいいと言うものではないであろう。」
普段セドリックから責められることがないため、グレンだけでなく、ジェフリーも声も出せずに固てしまった。
「ジェフリーは、私に相談せずに留学の話を断ったそうではないか。」
「必要ないと感じただけです。」
「だが父上には、私のためと言ったのであろう?」
「それは…。」
「ジェフリーが留学する話と私は関係ない。幼少の頃は留学をしてみたいと話しておった。だから、今回ジェフリーが断ったと聞いて耳を疑った。ジェフリーが望むなら喜んで、私は背中を押すと考えていた。」
「…」
「今回のグレンとは異なるが、私を理由に自分の人生を決めるのをやめてくれ。これでも一応第一王子だからな。側近候補など山ほどおる。ジェフリーの人生を狭めてまで、側にいてほしいとは思わん。」
「しかし」
「分かっておる。私に忠義を尽くしてくれておるからこそであろう。だが、私は2人の人生を踏み台にして何か得たいとは思えん。」
ジェフリーはセドリックの言葉に反論できず、セドリックから視線を逸らした。
「グレン」
「は、はい。」
「私とディーンのどちらかが、オリヴィア嬢と婚姻を結ばなければならない訳ではない。自分がオリヴィア嬢に告げることを躊躇う理由に私を使うな。オリヴィア嬢も政略結婚で王家に嫁ぐよりも、少しでも恋情がある方を望んでいる可能性もある。」
「っ」
「それに、婚姻後にそんな歪んだ忠誠心で見られながら過ごすのは、こちらも不快だ。グレンの自己満足に私を巻き込むでない。」
「申し訳ありません。」
セドリックが2人に強く言うことにも、本当に落ち込んだ表情を見せる兄にも、意外すぎる展開にシャーロットはしばし3人の様子を側から見ていた。
(忠誠心と自己犠牲は切っても切れない関係よね。どれだけ自己犠牲を払うかで、主人が部下の忠誠心を測る場合もあるもの。セドリック殿下は部下を信頼しているからこそ、過度な自己犠牲による忠誠心は必要ないってことよね。長い付き合いだからこその関係だわ。今回のグレンお兄様の場合は異なるけど、ジェフリー様の自分の将来よりも主人の側を選ぶという行動は、称賛する主人も多くいるでしょうね。)
それぞれの主従関係はあるけれど、王家は以前よりも殺伐としている関係ではない。競走し合い、蹴落として、いかに味方を増やすかというような時代は昔の話だ。その時代であれば忠誠心こそが全てになるもしれない。今のプレギー王国の状況を考え、シャーロットはセドリックの意図を読み取り、3人の関係性を改めて考えた上で、今回のグレンの行動に対して口を開いた。
「セドリック殿下の言う通りよグレンお兄様。主従関係と恋愛は別物ですもの。セドリック殿下が、万が一、億が一にもオリヴィア様をお慕いしていれば、主従関係においての遠慮はあるかもしれませんけどね。」
「シャロ…」
「まあ。もう遅いですけどね。披露宴の日程が決まってしまいましたし、相手は第二王子のディーン殿下ですもの。」
「そうだな。流石にシャーロット嬢を奪ってしまった手前、ディーンの婚姻に口出しできないからな。」
「私は、奪われたのでしょうか?」
「うーむ。少し違うか?」
「私の心は初めからセドリック殿下にありましたわ。」
「そ、そうで、あった…な。」
「そこイチャつかないでください。しかし、今回は諦めるしかないでしょう。」
「そうだな…。殿下に啖呵切っておいて、自分が情けないです。」
「恋愛に関してはグレンは他人のものにも、自分のものにも疎いですから、仕方ないでしょう。気づいただけでも優秀な方です。」
ジェフリーの言葉にシャーロットは少し納得した。それとは別にオスカーを思い出し、少し違うのではないかと感じた。
(お父様もお母様の気持ちには疎そうでしたし、私のセドリック殿下への気持ちにも気づかなかったけれど、お母様よりも先にご自分の気持ちに気づいて奮闘していたのを考えると、グレンお兄様も自分の気持ちを認めるのは早かったのかもしれないわね。ただ、せっかく自覚したグレンお兄様がここで終わるのもどうなのかしら。私に関係はないけれど…。)
「可能性はゼロではありませんわ。」
「え?」
将来の義姉のことと落ち込んでいた兄の姿を照らし合わせて、シャーロットは少しアドバイスを口にした。シャーロットたちの言葉に諦める覚悟をしていたグレンが困惑した表情を見せた。
「オリヴィア様が今回の婚姻に乗り気ではなければ、婚約はなくなります。さらに言うと、ディーン殿下も乗り気とは思えません。」
「まあ、オリヴィア嬢はディーン殿下の好みではなさそうですよね。」
「ジェフリーはなぜディーンの好みを知っているのだ?」
「ディーン殿下は確実に華やかな方が好みでしょう。少なくとも笑わないことで有名なオリヴィア嬢は好みではないと思います。」
「そうなのか?確かにシャーロット嬢はよく笑ってくれるな。」
「シャーロット嬢の場合は、笑みを浮かべてくれることが多いのもそうですが、容姿も華やかですからね。」
「オリヴィア嬢も美しくないか?」
「セドリック殿下。私の前で他の女性を褒めるのはどうかと思います。」
「すまぬ」
「オリヴィア様は洗練された美しさと言いますか。美しさのせいで反対に冷たさが引き立っているとも言えます。」
「そうなのか。しかし、私とも普通に話してくれたではないか。シャーロット嬢以外で普通に接してくれた令嬢はオリヴィア嬢ぐらいだ。」
「何度か会われていますの?」
「少しな。」
「一応婚約者候補でしたからね。」
「どうして、私は呼ばれなかったのかしら。」
「フローレンス公爵と違って、ノース公爵は王家との婚姻に前向きでしたからね。」
「お父様…。過ぎた話はやめにしましょう。セドリック殿下から見て、オリヴィア様は婚姻についてどう考えていると思いますか?」
(お父様の性格を考えるに、私を王家に推薦することは考えにくいわ。セドリック殿下が一応のお見合いとして会われているのであれば、オリヴィア様から婚姻について何か聞いているかもしれないわ。)
「完全に親まかせという感じがしたな。少し諦めている風にも感じた。」
「そうですか。とりあえず様子を見ましょう。披露宴の際に私からオリヴィア様に聞いてみますわ。」
「私もディーンに聞いてみよう。私とは話してもらえないかもしれないが…。」
「分かりました。お2人がそうおっしゃるなら止めはしません。王家の婚姻であるため、節度はは守ってくださいね?」
ジェフリーの問いかけに、シャーロットとセドリックは深く頷いた。グレンは最後まで困惑したままだったが、各自披露宴に向けて準備することため、今回の茶会はお開きとなった。




