失恋
初めての王妃教育から1週間経ち、本格的な王妃教育が始まる予定だったが、ディーンの婚約者が決まったことで、王家の婚約発表のための披露宴が行われるこどが確定したので、マナーレッスンを行うことになった。基本的なマナーは完璧だが、王子の婚約者としての立ち振る舞いや当日の流れなどの確認をして、本日の授業は終了となった。
他国の方も呼ぶ大規模の披露宴にも関わらず、準備期間は1ヶ月しかないため、城内は表には皆出さないが、慌ただしさをシャーロットにも感じた。
バタバタしているため、執務室でセドリックとお茶をすることになったので、ティアを引き連れてシャーロットはゆっくりとした足取りで歩いていた。
(なんだか、すごく見られているわね。どうしてかしら?まあ、疑問に思うことではないかしら。城内が慌ただしくなっているのは私とセドリック殿下の披露宴が理由でもあるし、私に注目するのも無理はないわね。)
城内で働く人たちの不毛な視線も前向きに捉えたシャーロットは、機嫌が良くなり、セドリックが待つ執務室に向けて心なしかスピードを上げた。
「どうしましたの?」
機嫌よく、ジェフリーの応答を聞き執務室に入ったシャーロットの前には、死にそうな顔をしたグレンと、困った顔をしたセドリックが見えた。
「シャーロット嬢。疲れたであろう。座ると良い。」
グレンを見ながら困った表情をしていたセドリックは、シャーロットの声が聞こえたことで慌てて、シャーロットに声をかけた。
「一応聞きますが、兄に何かあったのでしょうか?」
シャーロットはあまり興味はないが、見るからに落ち込み、さらにセドリックを困らせている原因であろうグレンに視線を向けながら尋ねた。
「失恋したそうです。」
「あら?」
全く興味のないと思っていたが、唯一兄の話題で興味があったものだったので、シャーロットは意外さも含めて驚きの声を上げた。
兄の人生は兄の人生なので、正直シャーロットには興味がない。しかし、婚姻については別である。兄の結婚、すなわちシャーロットにとって義姉になる人がどういう人かは、流石のシャーロットも他人事ではない。
フローレンス家の一人娘であるシャーロットは、密かに姉妹に憧れを抱いていた。容姿端麗・成績優秀なシャーロットは、ある意味近寄りがたい存在である。さらに、何故か世間では人気のある兄2人には、婚約者は未だにいない。そのため、2人を狙う令嬢たちにとって、シャーロットに話しかけるという行為自体が、抜け駆け行為にあたるらしい。つまり、何が良いたいかと言うと、シャーロットにはあまり友人がいないのである。正確に言うと、本音を話せるのは侍女のティアしかいない。
そんなシャーロットにとって義姉は憧れの存在だ。同性同士で茶会をしたり、何気ない話をしてみたいというのは、まだ15歳の少女であるシャーロットであれば、憧れるのは必然であろう。しかし、セドリックに女兄弟はいない。そうなると残る可能性は、実の兄2人である。
しかし、2人とも色恋に興味を見せるそぶりはなく、どちらかというと話題を躱すことに尽力していた。下手に適当に婚約者を決めて、利害だけの関係になるのは、シャーロットの望み的には大反対だった。そのため、オスカーの婚約話から話題を逸らすのにも、令嬢たちからそう言った話も躱し、シャーロットは理想の義姉のために協力をしてきた。
そんなグレンが失恋したというのだから、何故自分に話さなかったのかという怒りと、一応恋愛に興味があったのかという安心感、そして、突然の失恋にシャーロットは首を傾げた。
「グレンお兄様にお慕いしている人がいるというのは初耳ですわ。」
「シャーロット様もご存知なかったのですね。実は私も今日知りました。」
「実を言うと、私もだ。」
(犬猿の仲っぽいので、ジェフリーに言ってなかったのは想像できましたけど、セドリック殿下にも言っていませんでしたのね。そうなると、まさかとは思いますけれど、身分を超えた悲恋だったのかしら?)
「お二人も今日知ったのですね。ちなみにお相手もご存知なのですか?」
「ええ。崩れ落ちる瞬間を見ましたから。」
「崩れ落ちる瞬間?」
「先程セドリック殿下が、陛下から聞いてきたのです。」
「何をですか?」
「ディーン殿下の婚約者です。」
シャーロットはジェフリーの言葉に絶句した。
(ディーン殿下の婚約者を聞いて崩れ落ちたということは考えられるのは一つしかない。)
「グレンの意中のお相手は、ノース公爵家の長女オリヴィア嬢だったらしいです。」
ノース公爵家は、3大公爵家の一つである。プレギー王国の歴史において、建国時代からあるのは、ノース公爵・フローレンス公爵・モラレス公爵家である。モラレス公爵家は、ジェフリーの家でもあり、建国時の宰相をしていたことで、歴史的にも多くの宰相を輩出している。フローレンス公爵家は、建国時の王妃の生まれの家であり、魔力の強い血筋でもある。教会や国民からの信頼も厚く、プレギー国の経済の中心ともされている家だ。そして、今回話題に上がった、ノース公爵家は建国時から、代々騎士団長を輩出している。王家の護衛や騎士団長としての務めを果たしている者が多く、王家への忠誠心は一番高い。
そんな御三家は、一応権力分散のために距離間を維持してきた。だからと言って、仲が悪いわけではなく、むしろ良い方である。家同士の結婚も何度かしてきたので、グレンにとって全く悲恋ではない。そのため、幾度とチャンスがあったはずなのに、婚姻を申し込まなかったことにシャーロットは首を傾げた。
「オリヴィア様ですか。行動さえしていれば、不可能では無さそうですが。何故この馬鹿は、今になって落ち込んでいるのでしょう?」
「可能性としては、オリヴィア嬢がセドリック殿下の1番の婚約者候補だったからでしょうか。」
「な、なんですって?」
ジェフリーの衝撃の言葉で、シャーロットは暫し硬直した。話を聞けば聞くほど、他人事ではなくなっていく話題にシャーロットは困惑した。
「シャーロット様も私欲を抜きにして考えれば、オリヴィア嬢と考えるのではないですか?」
プレギー王国は現在安定しており、無理な政略結婚は望まれていない。さらに、セドリックに意中の女性がいなければ、当然無難な相手を選ぶなら御三家になるだろう。王家というよりも、プレギー国に忠誠を近う絶対中立主義のホワード公爵にも娘はいるが、無難に考えると御三家が望ましい。そんな御三家のモラレス公爵にも娘はいるが、セドリックよりも年上で、すでに婚約者も決まっている。それに対して、オリヴィアは13歳でセドリックの2つ下だ。婚約者として申し分ない。むしろ、セドリックの側近に、フローレンス家と、モラレス家が付いているのであれば、シャーロットよりもノース家のオリヴィアが相応しいだろう。
セドリックとの婚約を目指していたシャーロットが、この計算式を描かないはずがない。驚いた声を上げては見たが、今まで勝手に『打倒オリヴィア』を掲げていたシャーロットは、全く驚いていない。
「順当に行けばそうでしょうね。しかし、絶対にオリヴィア様である必要はありません。それなのに何故、兄はあのように無様な姿になっているのでしょうか。」
「それに関しては分かりません。気づいたら、ずっとあのままだったので。」
哀れな者を見るかのように2人がグレンに視線を向けると、セドリックが意を決したようにグレンに話しかけた。
「グレン。」
「…、」
「其方がオリヴィア嬢を慕っておるとは知らなかった。私が頼りないせいで、相談できなかったのであろうか。」
「そんなことありません。」
セドリックの困った声に屍と化していたグレンが声を上げた。
「殿下に非はありません。私が勝手に落ち込んでいるだけです。」
「ですが、グレン。結局、オリヴィア嬢はディーン殿下と婚約しましたが、何もしなければセドリック殿下と婚約していました。それについてはどうお考えなのですか?。」
「もちろん殿下には、殿下が共にいたいと思った方と共に過ごしてほしいと思っていました。政略結婚などではなく、ご自分で選んだ相手と婚約して欲しいと。シャロをお選びになったのは意外でしたが、まあ殿下が良いなら問題ありません。」
(私、地味に貶されてないかしら?)
グレンの話し方にシャーロットが疑問を抱いている間も、グレンの話は止まることはない。
「例え、シャロと縁がないままオリヴィア嬢と殿下が結ばれたとしても諦められました。正直、オリヴィア嬢とは4歳も歳に差があったので、自分が彼女と結ばれたいとは思っていませんでした。ただ、もし彼女が15歳になっても婚約者がいなければ、想いを告げようというくらいは思っていました。それに殿下とオリヴィア嬢が結婚すれば、殿下の側近として、尊敬し愛する2人を見守れるので、殿下と彼女の婚約に関しては悲観したことはありません。」
一応、グレンの中では失恋であるので、女々しいと思いながらも直接本人には言わずに、シャーロットとジェフリーは残念な者を見る眼差しを向ける所に留めた。しかし、そんな2人の耳に意外な人物の声が響いた。
「流石に気持ち悪いある。」
予想外の声にその場にいた3人全員が絶句した。




