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楽しいひと時の前に

「素晴らしいですわシャーロット様!」


城内のとある部屋で、甲高い叫び声が部屋の中全体に響いた。耳を塞ぎたくなった気持ちを抑えながら、シャーロットは淑女らしく微笑むだけに留めた。


「15歳でありながら、マナー・ダンス・語学・歴史のどれをとっても完璧ですわ!本当に素晴らしい!」

「ありがとうございますマーガレット夫人。」


心の中で当然だと胸を張りながら、もちろん声には出さず、しかしながら、シャーロットは否定もせずににこやかにお褒めの言葉を受け止めた。マーガレットは、アレン陛下の実の妹君で、セドリックの叔母にあたる方だ。現在では降嫁し、公爵夫人となっている。


「語学までしっかり学ばれているのは驚きました。フローレンス家は、歴史的に領主の他に内政などを任されることはありますが、外交を任されたというのは聞いたことがありません。語学の勉強をされた理由が何かあるのかしら?」

「直接的に関わることはありませんが、夜会や式典などで会う可能性もありますし、王家に女性は現在王妃様しかおられませんので、他国との政略結婚の可能性もゼロではありません。学んでおいて損はないと考え、語学も学びたいとお父様にお願いしました。恋愛結婚が主流にはなってきましたが、誰と結婚しても良いように構えておくのも公爵家の娘として必要なことだも考えておりますの。」

「まあ!なんて素晴らしいお考えでしょうか!今の時代、女性も積極的に学んでいく必要がありますもの。シャーロット様は女性の未来を先導なさるでしょう。」


シャーロットは、堂々と元王女様に嘘をつくという不敬を働きながら、間違ったことも言ってはいないと開き直った。


(他国に嫁ぐ気は一切ないけれど、どこにでも嫁げるようになるくらいではないと、セドリック殿下には相応しくないから、ある意味正解よね?)


「そうですわね。それでは今後、シャーロット様には各国の文化や流行、そして話術を学んで頂きます。」

「話術ですか?」

「はい。夫が困った時に助けてこその妻です。さらに、女性同士のお茶会などもある意味情報戦争です。王妃となれば、シャーロット様の言葉・行動の一つ一つを多くの者たちが注目します。少しでも失敗すれば、弱みと取られシャーロット様だけでなく、セドリック殿下そして国の弱みとなりましょう。」

「分かりましたわ。」


セドリックが夜会などで困った時には、グレンやジェフリーよりも当然パートナーであるシャーロットが、セドリックの隣にいることになる。そんな時に、何もできないなんてシャーロットのプライドが許さない。


(どんなトラブルにも対応できる力を身に付けなければならないわね。)


「さらにパートナーの心を掴んでおくことも大切です。」

「どういうことでしょうか?」


(心?心なら先日セドリック殿下と通じ合って問題ないはずですけれど…。マーガレット様には政略結婚だと思われているのかしら?)


「近年、政略結婚よりも恋愛結婚が主流になってきたことで、大きな問題が多発しております。」

「なんでしょうか?」

「略奪婚です。」

「り、りゃ、略奪婚ですか?」

「はい。今までは身分に差があれば、諦めるか、妾になることしか考えられませんでした。しかし、兄上の政治により、実力主義制度も取られてきています。そのため、仕事さえできれば結婚相手は最低限のマナーが備わっている貴族で有れば、大きな問題にはならなくなってきております。流石に王家の婚姻で身分を完全に無視するのは困難ですが、他国を見るに不可能とも言い切れません。」


(王妃様の実兄も恋愛結婚で王位継承権を手放したって言ってたわね)


マーガレットの言葉に、先日王妃様から聞いた話を照らし合わせて、シャーロットは納得した。


「つまり!女性社会も実力主義社会になってきているのです!親の権威に胡座をかいていい時代は終わりを迎えようとしていますわ!」

「マーガレット様の言う通りですわね。」


(まあ、この国に私以上に魅力的な方はいらっしゃらないと思うけれど…。セドリック殿下への愛も誰にも負けない自信はありますが、セドリック殿下の魅力に気づく方は出てくるかもしれないし、念には念を入れておかなければならないわね。)


「シャーロット様であれば問題はないと思いますが、セドリック殿下も殿方です。それに王家は側室を取る可能性が高いです。正式にセドリック殿下が王太子とは言われていませんが、王位継承権第一位なことに変わりはありません。子どもを産めるかどうかは、神に祈るしかありませんが、生涯お飾りの王妃にならないためにも魅力を磨いておくことは大切です。」

「分かりましたわ。」


(子どもの性別は流石に努力で変えられるものではないわ。側室を取っても寵愛を受けてこそよね。婚約がゴールではないわシャーロット。)


マーガレットの言葉で、シャーロットは自分に喝を入れ直し、自分が今後やるべきことをリストアップした。


「本日はシャーロット様のそれぞれのレベルの確認をするだけですので、ここで終了にさせていただきます。」

「本日はありがとうございました。今後もよろしくお願いします。」

「もちろんですわ。この後はセドリック殿下とお茶会があると聞いております。」

「はい。仕事の合間で時間を作ってくださるそうです。」

「仲がよろしいですわね。シャーロット様に合わせた教材やスケジュールを作成するので、次の王妃教育は1週間後にさせていただきます。」

「ありがとうございます。それでは失礼いたしますわ。」


シャーロットは、マーガレットに感謝の言葉を告げ、深く礼をして、部屋を後にした。外で待機していたティアが静かにシャーロットの後ろに着いたのを確認して、シャーロットはセドリックが待つ執務室の隣の応接室に向かった。


◇◇◇



「シャーロット嬢!」


マーガレットの甲高い叫びとは異なり、廊下全体に響き渡りそうな勢いのある声がシャーロットの耳に届いた。


「お久しぶりです。ディーン殿下。」


愛するセドリック殿下のいる城内には、当然セドリックの弟のディーンがいる。知ってはいたが、一応ディーンも王子なので忙しく、約束でもしなければ会うことはないと思っていたが、初日からその考えは間違っていたことにシャーロットは気づかされた。


「先日のお茶会ぶりですね。」

「そうですわね。」


よく自分を振った女に話しかけることができるなと、シャーロットは一周回ってディーンに尊敬の眼差しを向けた。


「兄上と婚約したと先程父上から聞きました。」


(あら?先程聞いたばかりなの。でも聞く前に会わなくて良かったわ。ただ非常に気まずいわ。どうしてわざわざ私に確認しにきたのかしら?直接振られたいという変わった性癖をお持ちなのかしら?)


なんと言葉にしようか悩んでいたせいで言葉が出ず、なかなか返事をしないシャーロットをディーンは勝手に斜め上へと解釈した。


「女性の口から言わせるのは罪なことですね。分かっています。兄上は一応第一王子であられる。断ることができなかったのでしょう?俺と貴方を引き裂くなんて、兄上は罪深い方だ。」


(何を言っているのかしら?)


あまりにも自分勝手な解釈の仕方に、流石のシャーロットも絶句した。


「良いのです。安心してください。必ず俺が王となり、貴方を助け出して見せましょう。」


(陛下、王妃様。本当にこれは素直なだけなのかしら?王妃様のお腹の中に人間として大切なものを置いて来たのではないかしら?)


「お気遣いは無用です。私はセドリック殿下を愛しております。例え、セドリック殿下が王にならなくても、生涯あの方と共にします。ディーン殿下も私なんかよりも相応しい方をパートナーにしてくださいませ。」

「なんと謙虚なんだ。自分の幸せよりも俺の幸せを願ってくれるなんて…」

「はい?」

「ああ。もうこのような時間に。それではまた今度。失礼するよ。」

「いや、ちが…。ちょっと」


今必要のない無駄のない動きで、ディーンはシャーロットの元から離れた。当然ながらシャーロットの静止の言葉はディーンには届かなかった。唖然としたままシャーロットは、ティアが近づいた気配を感じて小さく口を開いた。


「ねえ、ティア?」

「なんでしょうか。」

「あれって素直なのかしら?」

「シャーロット様。片耳をお借りします。」


ディーンのいなくなった方を見つめながら、シャーロットの耳にティアの『ただのバカです』という言葉が響き渡った。




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