盗み聞き
そんな噂の中心にいる妖精姫ことシャーロットは、会場を抜け出し少し離れた庭園を見ていた。
そんな彼女の耳に花壇の面影で、3人の御子息たちが話し込んでいる声が聞こえてきたため、シャーロットは側のにあった壁の裏にそっと身を隠した。
「シャーロット嬢を見たか?あの娘は、俺の妻にふさわしい。俺の隣に立つなら、あのくらいの容姿でなくてはならない。」
1人の少年が、無駄に眩しい白金色の髪をかき上げて、自信ありげに2人の少年に話しかけた。
「もちろんでございます。ディーン殿下にこそふさわしいです。しかし、セドリック殿下の婚約者とのバランスも考えると分かりませんね。フローレンス公爵は、公爵家の中でも権力が高いですから。」
明るめな新緑のような緑の髪と対照的に黒に近い深緑の瞳を持つ少年が、前者の言葉の否定とも肯定とも考えられる言葉を口にした。
「ディーン殿下の次にふさわしいのは俺に決まっているさ。」
少し癖のある赤茶色の髪に、赤に近い橙色の瞳を持った少年が、自身ありげに言葉を発した。
「冗談だろうダニエル?中立の立場であるモラレス公爵家の私こそがディーン殿下の次にふさわしい。」
「お前たち勝手なことを言うでない。シャーロット嬢はこの俺と結婚する。兄上は、お前たちの妹たちのいずれかと結婚するだろう。」
「いやー、俺の妹にセドリック殿下はもったいないですよー。エドワードの妹の方が向いてると思います。」
「私の妹も王妃なんて務まりません。」
「ふむ、そうか。兄上が結婚できなければ、後継が生めんからな。そうなると俺が王にならねばならん。お前たち支えてくれるか?」
「「もちろんです!!」」
3人の男たちの高笑いを壁越しに息を潜めて聞いていた彼女は、バレないように侍女を連れてその場を後にして大きく息をついた。
(私からしてみれば、あんな男が第二王子で、その側近候補が馬鹿2人な方がこの国の将来が心配だわ。誰がセドリック殿下よりもディーン殿下の方が王にふさわしいなんて馬鹿なことを言ったのかしら。それも話の内容は今まで聞いた中で1番最悪だわ。あんな男たちと結婚だなんて、こっちから願い下げよ。見た目が良くても中身があれでは、100年の恋も覚めるわね。)
彼女は見た目の美しさとは裏腹に、とても心が病んでいた。
「ドラじい。どうかしたのか?」
(あら?この声はもしかして…。)
3人の男たちに見つからないように逃げてきた彼女は、全く周りを見ておらず、突然聞こえてきた聞き覚えのある声に、反射的に身を潜めた。
「セドリック殿下、今日はお茶会の主役ではなかったですか?このようなところでどうしたのです?」
長靴に作業着を着ている年老いた男性が、先ほどとは違う白金色の髪を持つ青年の問いかけに優しい声色で応えた。格好からして、王家専属の庭師であることが分かる。
「主役は私ではなくディーンであろう。側近はもうすでにジェフリーとグレンがおる。それに婚約者も母上が決めてくださるさ。」
「そんなことはありません。将来を共にする伴侶なのですから、ご自分で決めた方がよろしいですよ。」
「私に選ばれるなんて、気持ち悪いであろう。」
「気持ち悪いだなんてそんなことありません!」
「ハハ、お前は優しいな。それよりもどうかしたのか?」
「いえ、水を撒こうとしたらぎっくり腰になっただけです。使用人の心配をするセドリック殿下の方がとてもお優しいですよ。」
「ぎっくり腰か。ならば、褒められたお礼に今日の水やりは私がやろう。」
そう言うと、一瞬で花壇の上から水が降り注いだ。細かい滴は優しく、見ているこちらも暖かになる光景だった。
その後、セドリックは庭師の元まで行くと、腰のあたりに手をかざし、緑色の光が手に灯った。
「これで痛みは和らぐはずだ。治ったわけではないので、今日は安静にする様に。」
「ありがとうございます殿下。私は心優しいセドリック殿下が誰よりも幸せになることを願っております。」
一連の流れを盗み見ていたシャーロットは感激した。
(相変わらず、なんてお優しいのかしら!さすがセドリック殿下だわ。庭師にまでお優しいなんて、弟とは大違いですわ。それにお噂通りの優秀さ。あれほどの魔法を一切詠唱なしで扱えるなんて素晴らしいわ。それだけ鍛錬したに違いありません。)
「なんて素敵な方なのかしら」
シャーロットは、離れていくセドリックの背中を見つめながら、誰にも聞こえないように呟いた。
「ディーン殿下たちの話を聞いた後からですと、セドリック殿下の優しさが際立ちますね。容姿が良ければもっといいですけどね。」
訂正。いつもシャーロットの世話をしてくれる侍女のティア以外に聞こえないように呟いた。
ティアは、瞳の色も髪の色も茶色で、一般的に多い色だが、顔が整っており、侍女の中でも一つ一つの所作が美しいため、目立ちにくいながらも洗練された美しさがある。
3歳年上で、昔からそばにいてくれるため、シャーロットはよく彼女の所作の多くを参考にしていた。
「容姿なんて関係ないわ。それに容姿の美しい方の側には争いがつきものでしょう?結婚して20年も経つのに、お母様はお父様をかけて社交界で常にピリピリしているじゃない?私は平和に、穏やかな暮らしがしたいわ。」
「まあ、そうですけど。シャーロット様なら選びたい放題ですのに。」
ティアは私の答えにふてくされた表情をした。
「我が家は私以外全員男です。しかも、私より少し歳の離れたお兄様ばかりよ。その中でお兄様たちと共に過ごして、殿方の本音をたくさん聞いてきましたの。女性に対して顔や身体目的の方、相手の身分によって態度を変える方、お金でなんでも解決できると思っている方など、この国の殿方は頭の弱い方が多いわ。お口がとても軽くて驚きました。幼い私には意味が理解できないと思ったのかしら?」
「シャーロット様…それは…」
「いい?ティア。殿方はね、容姿からでは何も分かりはしないのよ。容姿の良い方に限って頭が弱い方ばかりなのですから。」
「それはシャーロット様の偏見ではないのでしょうか。それにシャーロット様の兄君たちは異なるのではないですか?」
「お兄さまたちは頭は良いかもしれないけど性格が…やめておきましょう。知ってしまうと、あなたが今後働くときに支障が出るかもしれないわ。身近な人ほど、知らないことの方がいいことがあるのよ。」
「よく分かりませんけど、そんな殿方の印象が180度も変わるような方だったのですか?セドリック殿下は」
「当然よ!今日の殿下の優しさをご覧になりまして?殿下の心と同じく、魔法からも滲み出る優しさは、この腹黒い社交界での唯一の光ですわ。初めてお会いしたあの日もそうでしたわ」
そう言うと、シャーロットは幼い日の出来事を目を輝かせながら、話し始めた。