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学校一の美少女が俺の持ち物に難癖をつけてくるんだが。  作者: 円谷忍
6.鳴らない電話、着れない洋服、或いは銀の燭台
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48話 ミシェル! またやりましたね!

 パリの北西、クリニャンクールの蚤の市を訪れるのは私も初めてだった。蚤の市とは読んで字の如く、蚤が湧くようなガラクタを売る市場のことだ。ちなみに英語のフリーマーケットのフリーは自由のfreeではなく、蚤のfleaである。


 てっきり露天市を想像していたのだけど、エマが連れてきてくれたMarche Dauphineは倉庫のような巨大な建物に収まっていた。中に入るとガラス天井と緑の鉄骨の洒脱な内装で、お洒落なカフェにでも来たみたいだった。天井から差し込む光に照らされながら、数々のアンティークが店に並んでいる。蚤なんて出てきそうもない。


「Dauphine? イルカ市場? どの辺がイルカなの? いや、末尾にeが付いているってことは女性名? どういう意味かしら?」


「ミズキ? どうかしましたか?」


「……いいえ、なんでもないわ」


 エマに訊ねれば由来を教えてくれるだろう。しかし、彼女に教えを乞うなんて私のプライドが許さなかった。あとでこっそり調べておこう。


 三人で適当に店を見て回る。思わず財布の紐が緩みそうな、素敵な小物がたくさんあって、たびたび足が止まった。エマは古書に興味があるようだった。中には日本の古雑誌なんかも置いてあって、私や彼に何て書いてあるのか頻りに訊ねる。彼は彼で、ツール・ド・フランスのレトロなグッズを売る店を見つけて、それなりに楽しんでいるようだった。


「あ、あのお店に寄ってもいい?」


 それは見るからに古いカメラを集めたお店だった。そういえば、先生もあのカメラを蚤の市で見つけたと言っていたっけ。


「ミズキ、カメラが好きなんですか?」


「私じゃないわ、友達がね」


 店主に許可を貰って、スマホでお店の写真を撮り、塔子に送った。向こうは夜だろうけど、まだ起きているかも知れない。やや間があって、塔子から電話がかかってきた。興味があるだろうと思っていたけれど、まさか国際電話をかけてくるとは思わなかった。


「写真見てくれた? すごいでしょう? ダゲレオタイプまで置いているそうよ」


「……いいですね、先輩は楽しそうで」


 電話でもわかるくらいに塔子の声は沈んでいた。もともと明るい子ではないけれど、それにしたって様子がおかしい。


「塔子、どうかしたの? なんだか元気がないようだけど」


「先輩、私振られたのかもしれません」


「振られた? 告白したの?」


「……告白というか、自分の気持ちを伝えたつもりです。でも、それから避けられているみたいで」


「それは……なんというか、御愁傷様ね。でも、許せないわ、塔子みたいな良い子を振るなんて。相手はどんな人なの?」


「先輩もよく知っている人ですよ。ていうか、こんなことになったのも先輩のせいなんですから」


「え、私のせいなの?」


 まさか自分に責任がある話だとは思わなかった。


「まあ、それは冗談ですけど。先輩も他人事だと思わない方がいいですよ。じゃあ、もう切りますね。電話代かかるんで」


「そう、うん、わかったわ。またこっちから電話するわね。詳しい話はその時に聞かせて」


 通話を終えると、二人が待ちぼうけていた。また店巡りを再開する。しかし、もうアンティークどころじゃなかった。塔子みたいな子でも、恋愛に苦心しているとは考えもしなかった。確かに他人事ではない。彼と私の関係もまだ始まったばかりだが、それがいつまでも続くとも限らないのだ。それに、


「ミズキ? わたしの顔に何か付いていますか?」


「いいえ、大丈夫よ。今のところはね」


 もしかしたら現在進行形で私の恋も脅かされているのかも知れない。案外、破局の時は近いのか。


「ユータ、ミズキがまた恐い顔してます」


「エマよ、それはままあることなんだ。気にしなくていいぞ」


 私の陰で二人は囁き合う。ていうか聴こえているんだからね。二人を置いて、市場の奥へと私は歩を進める。


「あ、ごめんなさい。お姉さん」


「いいえ、こちらこそ」


 途中、キャスケット帽を深く被った小さい男の子にすれ違いざまにぶつかった。こういう時に限って違和感に気付かないものだ。彼が日本語を使ったことを私は不思議にも思わなかった。そのまま、歩き続けようとした時、後ろにいたエマが声をあげる。


「ミシェル! またやりましたね!」


 帽子の鍔を持ち上げて、少年は苦虫を噛んだような顔を覗かせる。


「げ、もしかしてあんた、エマの知り合いかよ。まずったな」


 ミシェル、そう呼ばれた少年は私に何かを放って寄越すと、一目散に駆け出した。俊敏に人ごみをかきわけて、彼は市場の出口に向かって行った。


「待ってください、ミシェル!」


 エマもまた少年を追って走り出した。二人はすぐに市場から消えてしまう。私はミシェルが投げ渡したそれを確かめる。それは紛れもなく私の財布だった。信じられない、確かに上着の内ポケットに入れていたはずだった。


「私たちも行くわよ」


「そうだな」


 今日もエアマックスを履いていて正解だった。ヒールある靴ではとても走れなかっただろう。私と彼は急いでエマの後を追いかける。

カクヨムコンの初日なので複数投稿してみました。

読んで頂きありがとうございます。

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