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学校一の美少女が俺の持ち物に難癖をつけてくるんだが。  作者: 円谷忍
6.鳴らない電話、着れない洋服、或いは銀の燭台
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47話 博物館の問題

 ホテルを出て、エマを真ん中にして私たちは駅に向かって歩いていた。


「それでどこに行きますか?」


 エマは私が加わっても何ら問題ないばかりか、むしろ余計に嬉しそうに声を弾ませている。それにしても彼女は日本語がとても上手だった。母から習ったんだろうか。しかし、あの母がエマに懇切丁寧に言葉を教えている様子なんて想像も出来なかった。


「そうね、私は美術館に行きたいかな」


「いいですね。ユータは?」


「まあ、美術館とか博物館とかも悪くはないんだが……」


 妙にひっかかりのある言い方だった。


「悪くはないけど、何なのよ」


 エマ越しに彼に横槍を入れた。私の剣呑な言い方にエマはおどおどしながら様子を窺っている。


「いや、なんというか。エマに連れられて、色々回ってわかったんだが。パリには美術館だの、博物館だのがたくさんあるだろう。パリは歴史がある街で、どの場所にも何かしら所縁ゆえんがあって、貴重な物が溢れてる」


「当たり前よ、かつては文化の中心地だったんだから」


「かつて、ということは今は違うのか?」


「それは……」


 しまった。今のは失言だった。日本かぶれとはいえ生粋のパリジェンヌが、パリが過去の街だと目の前で言われては気分が悪いだろう。だが、エマは気にする様子もなく無言のまま話の続きを促していた。


「……話を逸らさないで。結局、あなた何が言いたいの?」


「上手くは言えないけど、随分寂しい場所だなって思ったんだ」


「寂しい?」


 それこそ私には理解できない感覚だった。芸術の王宮ルーブル、傑作の集うターミナルのオルセー、現代アートを体現するポンピドゥ・センター、いずれも芸術の優れた集積であり、美の噴出する場所だ。今日も大勢の人がそこを訪れている。それを寂しい場所と呼んでいいはずがない。


「ユータの言いたいこと、わたしにもわかりますよ」


 エマは一歩前に進み出て、私たちを振り返る。彼女は歯痒い顔で話し始める。


「確かにパリは、かつては世界の中心、それこそ『19世紀の首都』でした。ここでたくさんの芸術や文化が花開きました。しかしそれも過去の話で、今ではその残骸を死蔵するミュージアムだらけの街になってしまったんでしょうね。そういう意味では美術館もまた墓所に数えるべきなのかも知れません」


 エマの言葉にある種の自虐的な含みがあることに私は気付いた。


「……そういえばある詩人が言っていたましたね。『「絵画」も「彫刻」も棄子すてごである』——『その母親は死んでしまったのだ』と。そう言われると、ちょっと寂しい気もしますね」


 棄子、か。ダヴィンチの懐から離れたモナリザ、或いはギリシャの海から引き上げられた彫刻は、まさしく親を失った子供たちなのだろう。しかし、それはルーブルの美術品よりもまず、私たちのことを指しているとしか思えなかった。


「……ごめんなさい、変な話になってしまいましたね。そうだ! 今日は蚤の市に行きませんか?」


「蚤の市?」


「ええ、環状道路の外側にフリーマーケットがあるんです。そこでガラクタ漁りでもしませんか。古ぼけているけれど、まだ生きているガラクタです」


 彼も私もエマの提案に賛成した。こうして私たちの目的地は定まった。それが冥府の入り口だとも知らずに。

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