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ある日の視聴覚室

 放課後の視聴覚室、写真部兼映画部の部室だが、部員のほとんどは幽霊部員で、部室にはよしのと私がいるだけだ。


 ニヤニヤ、ニヤニヤです、と彼女は実際に口に出しながら、それに違わぬにやついた笑みを浮かべて私を見ていた。何かよっぽど嬉しいことがあったんだろう。長い溜息を吐いてから、raw現像に使っていたノートPCを閉じて私は彼女に付き合うことにした。


「何がそんなんに面白いのかな、お姫様」


「その妙な呼び方はやめてくださいよ」


「私が考えたわけじゃないさ」


 クラスメイトの連中は私のことを写真部の王子様なんてあだ名をつけて喜んでいる。そして、便宜上よしのは映画部のお姫様というわけだ。私もよしのもそんな柄じゃないのに、周りが勝手に盛り上がっているんだ。このままじゃ秋の文化祭には、適当な演目をでっち上げて、王子役と姫役をやらされるに違いなかった。


「それにしても残念でしたね、塔子」


 ちっとも残念そうな様子も見せず、むしろ嬉しそうに彼女は言う。なるほど、私をからかう何か格好のネタが手に入ったのだろう。だから今日は上機嫌だったのだ。よしのは人の不幸を喜ぶような子ではないのだけど、私だけは例外らしい。


「何が残念だって言うのさ。先輩の写真のお陰で、コンテストで賞も取れたし、写真部兼映画部も廃部を免れたじゃないか」


「映画部兼写真部です! まあ部の継続は喜ばしいことですけど……」


 実際、あの写真は思っていた以上に高く評価された。なにせ審査員特別賞を取ったのだ。一見すれば普通の家族写真、仲のよい夫婦が一緒に写っているようにしか見えない。しかし、写真をよく見れば夫婦は多重露光によって繋ぎ合わされていることがわかる。何か一緒に写ることのできない事情でもあったのか、不穏な何かを感じさせつつも、母に抱かれた娘の眩しい笑顔が家族の結合を祝福しているようにも思える。何か物語を彷彿とさせる写真だ、と言うのが審査員の評だった。審査員の目に狂いはない。あの写真には物語が隠されているんだ。先輩の哀しい、哀しいお話が。それがどんな結末を迎えるのかは、私もまだ知らない。


「そっちじゃないです。私が言っているのは篠原氏のことです」


「篠原先輩? 先輩がどうかしたの?」


「とぼけても無駄ですよ。塔子が会いたいと言うから、折角私が篠原氏との出会いの場をセッティングしてあげたのに……」


「ああ、そのことか。あの時は無理を言って悪かったね」


「なのに塔子、思いっ切り篠原氏に振られましたね。普段から王子様なんて持て囃されて調子に乗ってるからですよ。ざまーみろです」


「振られた? 私が?」


「完璧に振られたでしょうね。しかも21世紀で最も平凡なお兄ちゃんに負けるなんて。ねえ、今どんな気持ちですか?wwwwww」


 よしのは盛大に草を生やして私を煽り立てる。普段、私にからかわれていることへの仕返しのつもりらしい。私の弱みを掴んで、してやったりと思っているんだろうけど、残念ながらとんだ的外れだ。


「……確かにお兄さんに負けたと思われるのは癪だね」


「……塔子?」


 私は立ち上がってよしのに歩み寄る。それから彼女の小さい手を取った。


「と、塔子? 暴力は反対ですよ」


「姫に乱暴はしないさ」


 そして私は仰々しく跪いて、彼女の手に口付けをする。


「何か勘違いをしているようだけど」


 唇を離して、彼女を見上げると、驚きに目を見開き顔を真っ赤に染めている。


「私の本命はよしのだよ。だからもう学校を休んだりしないでよね。君がいなくて寂しかったんだ」


 私が笑いかけると、よしのは強引に手を振り払って、視聴覚室から逃げ出してしまった。彼女にはちょっと刺激が強すぎたみたいだ。


「本当、よしのをからかうのは楽しいね。でも、今日は少しやりすぎたかな。けれど……」


 私は席に戻って再びノートPCを開いた。グレアパネルに反射した自分の顔に思わず苦笑する。


「……私の初恋を笑った罰だ。簡単には許してあげない」


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