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学校一の美少女が俺の持ち物に難癖をつけてくるんだが。  作者: 円谷忍
4.マークトウェインと魔法のカメラ
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36話 曇り空の撮影会

「私はね、カップルを連れてきて欲しかったんだよ」


 この写真部の子は、手のひらに収まりそうなほど小さな黒いカメラを持っていたが、私たちなど撮る気もないのか、構えようともしない。彼女はよしのちゃんと同じジャンパースカートの制服に上からジャージを羽織っていた。


「何言っているんですか、まがうなきカップルですよ」


 よしのちゃんは友達に向かってもう一度私たちを指し示した。


「まったくカップルには見えないけれど、本当に付き合っているの?」


「失礼ですね、確かにお兄ちゃんは冴えない男ですが……あ、本当だ。月とスッポンですね」


「スッポンで悪かったな。だいたい、カップルだったら、もっとお似合いの二人がいるだろうに」


 彼が言っているのはおそらく再婚しようとしている二人のことだろう。なるほど、彼の言う通りそちらの方が写真映えしそうだ。


 ふと、写真部の子と目があった。そらしてしまうのも気が引けて、軽く会釈すると、向こうはニヤッと笑って体を翻した。


「まあ、いいけどね。部活がなくなっても写真は一人で撮れるから」


「それはダメです! 視聴覚室のプロジェクターがないと、学校で映画が観れないじゃないですか」


 結局、よしのちゃんが廃部を阻止したいのはそれが理由らしい。写真部兼映画部は部員も少なく、活動実績がないと廃部になってしまうそうだ。なので直近に開催されていたカップルフォトコンテストを狙っているらしい。


「プロジェクターなら、家にあるのを使えばいいじゃない」


「普通の家にはプロジェクターはありませんよ」


「え、そうなの?」


「とにかくさ、私、帰るよ。映画は諦めて」


「ああ、待ってください……あ、思いつきました!」


 よしのちゃんは高槻くんと友達を連れて公園の公衆トイレに入った。やがて、服装を変えた写真部の子が出てきた。


「それ高槻くんの服?」


「ええ、姫のやつなにを考えているのやら」


「すごい、本当に男の子みたい……」


 言ってから失礼だと気づいて謝った。


「いいんですよ、言われ慣れてるから」


 遅れてよしのちゃんに押し出されるようにジャージとスカート姿の彼が出てきた。彼には悪いけれど、私は笑いを堪えることができなかった。よしのちゃんは持ってきたカメラで兄を容赦無く撮影している。


「先輩、そんな顔で笑うんですね」


「あ、変な顔してたかしら?」


「いいえ、ただ……」


 彼女が言いかけたところで、よしのちゃんの大きな声がそれを遮った。


「ベストカップル誕生です!」


「へ?」


「さあさあ、塔子も篠原氏も、くっついて並んでください」


 よしのちゃんに押されて、私は彼女に肩を寄せる。


「ぴったりです。まるで月と太陽ですね」


「なるほどな。これなら釣り合いがとれてる」


 スカート姿の彼までそんなことを言い始めた。


「バカだね、私がモデルをやったら、誰が写真を撮るのさ」


「心配ご無用です。全員、カメラを持ってきてますから。ねえ、お兄ちゃん?」


「ああ、スマホだけどな」


「私はこれです!」


 よしのちゃんは自信ありげに『写ルンです』を掲げていた。


「それ、カメラっていうよりレンズ付きフィルムだよね」


「何を言ってんですか。『写ルンです』はあの『G-SHOCK』と並んで重要科学技術史資料にも選ばれているんですよ。エモい写真が撮れるって、インスタ女子にも人気なんです!」


「……まあ勝手にすればいいよ。ねぇ、先輩?」


「別に私も構わないけど……」


 そんな写真でコンテストに受かるのかな。


 そうして曇り空の撮影会は始まった。彼女……名前は塔子ちゃんと言っただろうか。本当に男装がしっくりくる不思議な子だ。さっきまでスカートを履いていたのに、今もう男の子にしか見えない。塔子ちゃんはいろんなポーズを取りながら、私に喋りかけた。


「実はずっと先輩に会いたいと思っていたんですよ」


「私を知っているの?」


「ええ、だって私が写真を始めたのは先輩がきっかけなんですから」


「え?」


「覚えていますか? 以前、ヴァイオリンの発表会に出ていたでしょう」


 それはもう思い出したくもない記憶だった。日本で通い始めた教室での発表会。私は張り切って練習して、父からもらったガラスの靴を履いて舞台に上がった。けれど、すべて徒労に終わったのだ。


「姉も同じ教室に通っていて、私も見に行ったんです。祖父から姉の写真を撮ってくるようにカメラを渡されて。だけど、姉の番がくる前にフィルムを使い切ってしまったんです」


「どうして?」


「先輩が美しかったからです」


 この子は何を言っているのだろう。


「今でも忘れられません。ガラスの靴を履いて、涙を流しながら演奏する少女。この世にこんなに美しいものがあるのなら、私は写真を撮る人になろうと思ったんです」


「それは……その、ありがとう」


 あんなに惨めで仕方なかったあの時の私をまさか美しいと言ってくれる人がいるなんて考えもしなかった。


「けど、今の先輩は違う……」


「え?」


「今の先輩は気の抜けた顔で笑っている。あの時とはまるで別人です」


「そう」


「あの男のせいですか?」


「……いいえ、違うわ」


「じゃあ、どうして?」


「変わったわけじゃないの。元の私に戻っただけなの。元から私はよく笑う子だったの」


「そうですか」


 彼女は納得がいかないのか。それきりそっぽを向いてしまった。撮影会が終わった後で、彼女は再び口を開いた。


「ところで、先輩のカメラって……」


「ああ、これね」


「Lomo lc-aですよね」


「知っているの?」


「知ってます。そんな時代遅れのオモチャみたいなカメラ、先輩には似合いませんよ」


 彼女はそう難癖を付けて、公園を立ち去った。

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