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学校一の美少女が俺の持ち物に難癖をつけてくるんだが。  作者: 円谷忍
4.マークトウェインと魔法のカメラ
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28話 難癖美少女の万年筆講座 

 万年筆は船乗りたちの必需品だったそうだ。つけペンが使われていた時代、文字を書くためにはインク瓶をそばに置く必要があった。しかし、揺れが大きい船の上ではインクがこぼれてしまう。ペンの内部にインクを吸引して使う万年筆が船乗りには最適というわけだ。


「だからね日本の万年筆メーカーの水先案内人パイロット水夫セーラーはそれにちなんだ社名をつけているの」


「随分と詳しいじゃないか」


 店に向かう道中、篠原が万年筆についてレクチャーしてくれる。どうやら電車での一件はさほど気にしていないようで、俺はホッとする。


「ここよ、私のお気に入りのお店なの」


 その店は雑居ビルの一階に居を構えていた。看板には「penlife」と書かれている。しかし、


「閉まっているみたいだな」


「そうね、店主が趣味でやっているお店だから、開いている方が珍しいの」


 篠原はあまり驚いた様子もなく、こうなることを予想していたみたいだ。


「でも、大丈夫。他の文房具屋さんも近くにあるから」


 篠原に連れられて、伊東屋という大きな文房具屋に入った。万年筆の売り場を二人で見て回る。


「ほら、こんなにインクの種類があるのよ。いろんなインクの中から自分のお気に入りの色を選べるのも万年筆のいいところよ」


「黒でよくないか?」


「……黒もいいけれど、私のオススメはブルーブラックね」


「ブルーブラック?」


「本来は青から黒に変化する古典インクのことなんだけど、最近は青と黒の中間色のインクがほとんどなの。これもメーカーごとに微妙に色合いが違っていてね。最初は扱いやすい水性インクから選ぶべきね。私もペリカンの水性インクを使っているの。ああ、でもモンブランのインク瓶は靴の形でとてもかわいいのよ」


「なあ、一つ聞いていいか?」


「ええ、万年筆のことならなんでも聞いて」


「別にボールペンでよくないか?」


「ボールペン?」


「ああ、文字を書くならボールペンで十分じゃないか。色もたくさんあるし、インクも乾かないだろう」


「……あんたは今、全国の万年筆愛好家を敵に回したわ」


「そんな大袈裟な」


大袈裟……だよな?


「ボールペンも確かに便利だけど、万年筆には万年筆にしかない魅力があるの」


「その魅力がさっぱりわからんのだが」


「毎日使わないとインクが乾いてしまうのも、ある意味ではメリットでもあるのよ」


「どういうことだ?」


「例えば小説家志望の人が万年筆を使えば、毎日文章を書くことになるから、文章力も上がるし、毎日更新も夢じゃなくなるの」


 毎日更新? なんか嫌な響きのする言葉だ。


「俺は作家志望じゃないから関係ないな」


「あら、そうなの。でも受験生にもオススメよ。私も万年筆で毎日勉強しているから成績はいつもトップクラスを維持しているわ」


「それはもう万年筆関係ないだろう。他にないのか」


「そうね……万年筆は人を覚えるのよ」


「人を覚える?」


「そう、使う人の書き癖に合わせてね、ペン先が徐々に変化していくの。長くの使っていると自分の専用のペンみたいに書きやすくなるの」


「じゃあ、このペンにも親父の癖が染みついているわけか」


「そうなるわね」


「親父のやつ、これでどんなこと書いていたんだろうな」


「え? お父さんの小説読んだことないの?」


「ああ、あんまり興味がなくてな」


 家には親父の本が揃っている。よしのなんかはたまに読むらしいが、俺はついぞ手をつけていない。


「もったいないわよ、それ」


「篠原は読んだことあるのか?」


「ええ、最近読み始めたばかりだけど」


「面白いか?」


「ええとっても! 南極調査隊シリーズは面白くって全部読んじゃった」


「へーどんな話なんだ?」


「衝撃的よ。昭和基地近くの永久凍土から凍った猿人の遺体が見つかるの。歴史的な大発見に湧いたんだけど、同時に基地の倉庫から食料がなくなる事件が起きるの。主人公の博士が名推理で犯人を捕まえるんだけど、肝心の食料はもう胃袋に収まっていたの。未曾有の食料危機に調査隊は、餓死寸前に追い込まれるんだけど、冷凍された猿人の肉はまだ腐ってないから食べられるって博士が言い出して、みんなで電子レンジで解凍しようとしたら、なんと猿人が蘇っちゃうのよ。隊員に襲いかかかる猿人をなんとか撃退するんだけど、死体から未知のウィルスが検出されてね……」


「親父らしいな」


 それはいかにも親父が考えそうな話だった。この万年筆を使ってそんな馬鹿馬鹿しい小説をしこたま書いたに違いない。それは親父にしか書けない愉快な法螺話なんだ。


「私ね、すっかりファンになっちゃった」


「そりゃよかったな」


 なのに、そんな親父の小説を一番に愛していたはずの母さんはどうしてこの万年筆をあっさりと手放してしまったんだろう。まるでもうそんなもの不要だと言わんばかりに。


「どうしたの、また浮かない顔してる」


「いや、なんでもない。それでどのインクを買えばいいんだ?」


 俺は篠原が薦めるままにインクとノートを買った。親父みたいに小説を書くことは出来ないが、日記くらいならなんとかなるだろう。俺は店を出ようとしたが、篠原が売り場に留まって離れようとしない。


「どうしたんだ?」


「その、同じモデルを探しているんだけど、やっぱり見つからないの」


「ええと、モンブランの『マーク・トウェイン』だったか」


「そうよ。モンブランには作家シリーズといって、世界の文豪の名前を冠した限定モデルの万年筆があるの。ヘミングウェイに、ドストエフスキー、バルザックとかいろいろあるのだけど」


「『マーク・トウェイン』もその一つってわけか」


「だけど、店員さんに聞いてもそんなモデルは聞いたことがないっていうの」


「本当か?」


 文房具屋の店員も知らないほど、珍しいものだったのか。親父がそんなものを持っていたなんて少し意外だな。


「ネットで検索してもでてこないのよ。penlifeの店主さんならなにか知っていると思うけど」


「そもそも、マーク・トウェインって有名な作家なのか?」


「失礼ね、偉大な作家の一人よ。アメリカ文学の父と呼ばれているのよ。『トム・ソーヤの冒険』って聞いたことがあるでしょう」


「なんとなくあるような、ないような」


「いま読んでも全く色あせていないわ、19世紀の作家とは信じられないくらいよ」


「19世紀? そんな昔の作家なのか」


「そうよ、でも書店に行けば必ず彼の作品はおいてあるのよ」


「それはすごいな」


「あなたのお父さんも同じ作家なのよ、誇りに思っていいわ」


「そうだな」


 今度、本屋に行ったら親父の名前を探してみるか、そんなことを考えていたら、後ろから声を掛けられる。


「あら、きみがこんなところにいるなんて珍しいじゃない」


 振り返ると母さんが立っていた。隣に高級そうなスーツに身を包んだ背の高い男を連れている。


「パパ!?」


 篠原が声をあげる。


「水希、どうしてここに?」


 男の方も驚いた様子だった。


「「もしかして、再婚相手って……」」


 俺と篠原は同時に顔を見合わせて青ざめる。


 こんな展開ありなのか。これじゃあまるで、親父の小説みたいだ。

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