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学校一の美少女が俺の持ち物に難癖をつけてくるんだが。  作者: 円谷忍
4.マークトウェインと魔法のカメラ
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26話 fountain pen

 図書室で俺はカウンターに座りながら、ペンを回していた。外では雨が降り出したみたいだ。カーテンの隙間から雨音が漏れ出している。


 雨のせいか珍しく放課後の図書室はにわかに人が多い。それでも本を借りに来る生徒はほとんどいないから、俺は相変わらず暇を持て余している。


 図書室の入口が開かれる。俺はペンを止めて、そちらを見遣るが、知らないやつだったのでまたペンを回し始める。


 司書の先生が準備室から顔を出す。


「高槻くん、今日もそろそろ帰っていいわよ。傘はある?」


「ええ、天気予報は見ていたので」


「あれ、今日は彼女まだ来てないのね」


「彼女?」


「彼女よ、わかってるでしょう?」


「わかりません」


「あなたの彼女の篠原さん」


「篠原とは付き合っているわけじゃないですよ」


「ええ!? まだなの? 随分と奥手なのね」


「いえ、俺は……」


 俺はちゃんと篠原に気持ちを伝えたはずだった。篠原も返事をくれると言っていた。それならあとは待つだけ……だよな?


「そんなんじゃ、他の子に盗られちゃうわよ」


「篠原は物じゃありませんから」


 俺は立ち上がって、傘とカバンを持つ。挨拶をしてから、図書室を後にした。階段を降りて、昇降口に向かう。保健室近くの掲示板にはすでに夏休みに向けての警句が並んでいた。


 靴を履いて昇降口を出ると、()()がそこに立っていた。


「どうしたんだ。浮かない顔をして」


「あんたこそ、憂鬱な顔をぶら下げて。何かあったの?」


「……ちょっとな。篠原は?」


「私も。でも別に悪いことじゃないの、安心して」


「そうか、なんかあったら相談してくれ」


「うん、ありがと」


 篠原がこちらを振り向いて笑った。


「ところで早速相談があるんだけど……」


「なんだ?」


「傘入れてくれない?」


「なんで?」


「なんでって……傘忘れたから」


「そうか。でもいいのか、周りから噂されるぞ」


 俺が言いながら傘を広げると、篠原は有無を言わせずに入ってきた。


「もう噂になっているから、別にいいよ」


 そんなに大きな傘じゃないから、互いの肩が触れてしまう。制服越しのその感触を俺はこそばゆく感じながらも歩き始める。篠原が濡れないように傘をそちらに寄せておいた。歩調がずれないように小さな歩幅で歩き続ける。


「駅まででいいよな」


「うん」


 隣の篠原に顔を向けられないくらい近かったから、俺は前だけ向いて喋る。篠原も同じようにしているみたいだ。


「あの、この前のことだけどさ」


「この前っていつ? 映画のとき? タピオカ飲んだとき? それとも図書室で勉強したとき?」


「違う、もっと前だ」


「この時計を買ったとき?」


「前すぎる」


「じゃあ、スニーカー?」


「その次だよ」


「次? 何かあったかしら?」


「ほら、放課後の教室で話しただろう」


「話したってなにを?」


「覚えているだろう」


「いいえ、忘れてしまったわ。もう一度言われたら思い出すかも」


 篠原め、俺をからかっているな。それならこっちにも考えがある。


「わかった。もう一度言えばいいんだな。大声で叫んでやるから今度は聞き逃すなよ」


「え、待って、本当にここで言うの?」


 まだ学校からさほど離れてもいない。駅までの道には下校途中の生徒がわんさかと歩いている。


「ああ、お前が思い出さない限りな」


「あ、思い出した。そうよね、そんなこともあったわね」


「それで?」


「それでって?」


「だから、返事は……」


「あれ、あんたそんなの持ってたっけ?」


 篠原が何かに気づいたようだった。


「ん? ああ、これはな……」


「万年筆……あんたにしてはセンスがいいわね」


「例のごとく親父のだよ」


「そっか、お父さん作家をしていたのよね」


「親父のこと話したっけ?」


「横宮さんから聞いたのよ」


「ああ、ひなたか。あいつべらべら喋りやがって」


 横宮ひなたは同じ中学出身の同級生だ。家もわりと近い。


「ちょっと貸して」


 篠原はブレザーのポケットに刺さっているペンを引き抜いた。


「Montblancね、でも見たことないモデルだわ」


「モンブラン? ケーキみたいだな」


「モンブランは山の名前よ。Montblancはスイスの高級万年筆メーカーなの。キャップのホワイトスターが目印ね」


 確かにキャップの先端に白い星のマークがある。


「高級だが、万年筆だが知らないが、それ壊れてるぞ」


「本当に?」


 篠原はキャップを抜いて金属のペン先を確かめる。


「ああ、いくらやっても書けないんだ」


「なんだ。インクが入ってないだけよ」


「インク?」


「万年筆はインクを吸引させて使うのよ。そんなことも知らないの?」


「使ったことがないからな」


「見て、ペン先に彗星の絵が書いてある。見事な装飾だわ。それに文字も刻んであるみたい、……『by the mark twain』」


「どういう意味なんだ?」


「『水深2ひろあり』、水先案内人パイロットが使う合図だったの。そしてアメリカを代表する作家の名前よ」


「マーク・トウェイン?」


 それは親父が一番好きだった作家だ。そしてこの万年筆の名前でもある。


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