救出、救助、逮捕状
悪寒がする。
どうしようもない直感が頭を過り、捕虜の見張りをしていた海賊の一人は、もう一人に話しかけた。
「なんか嫌な予感がするぜ」
「気のせいだろ。今頃、お頭たちは略奪に勤しんでるはずだ」
もう一人は至って楽観的で、頭目の成功を信じて疑わない。
だが戦場において、その僅かな慢心が命取りとなる。
落ちる。
電力が停止して、灯りが残らず消えた。
「な、なんだ!?」
「落ち着けよ。ただの故障だろ。艦橋の奴らがすぐに直すさ」
完全な真っ暗闇の中で、動揺する一人の海賊と、いたって冷静なもう一人。
捕虜の乗組員たちは縛り上げられているから、この暗がりの中で暴れ出しても特に心配はいらない、というのがもう一人の見解だった。
この貨物船は襲撃の際にずいぶんと傷つけられていた。
だから、きっと、電気が突然消えてしまっても何も可笑しくはない――。
衝撃。
海賊二人の意識は音もなく途絶えた。
「敵性戦闘員無力化」
「この痴れ者たちを縛り上げればいいんだな」
そうして姿を現したのは生ける板金鎧と白い髪に赤い瞳、褐色肌の美少女。
鎧の方が海賊の身体に触れると同時に、海賊たちが崩れ落ちたのを少女ははっきりと認識していた。
その力は一体どういう原理で動いているのだろうか、という疑問を抱きながら少女は縄で倒れ伏した海賊を縛った。
その間に鎧は、捕虜の方に近寄ると、縄を引きちぎった。
「救助対象の保護を確認」
「あ、ありがとうございます」
「助かった……」
安堵のため息を漏らす乗組員たちは、口々に鎧にお礼を言い―暗闇の中で少女の姿は認識できていない―立ち上がった。
少女は乗組員たちが解放されたようだと分かると、ほっと胸をなでおろし、言う。
「皆、無事だったか」
「あ! ご無事でしたか」
自由の身となった乗組員たちは暗がりの中で、軒並み整列すると、左胸に手を当てる貴人への礼をした。
そのことから少女がただ者ではないことを鎧は認識する。
ともあれ鎧にとって少女が誰かは重要ではない。
最優先事項は主人である少女の生命維持。
そのためには、如何なる敵をも排除する覚悟が鎧にはあった。
ともあれ、海賊はこれで最後だったので、鎧の仕事はひとまず終了したが。
「ほかの皆さんは?」
「艦橋に行ってもらった。今、この船を再掌握しているはずだ」
一人の乗組員の質問に、少女が答えると、電気がついた。
そして、皆、仁王立ちで少女の傍に控える板金鎧を目視した。
「こ、これは、閣下の家宝である古代文明の甲冑!」
「なぜ、ここに?」
口々に疑問を呈する乗組員たち。
混乱するのも無理のないことだ。
誰もまさか中世の板金鎧が一人でに動き出して、活動を始めたとは思うまい。
実際、少女もこの生ける鎧の正体を量りかねていた。
だがそれでも、自身を「主人」と慕って助けてくれる鎧を信頼したい、と少女は思う。
なればこそ、ここで鎧に対して便宜を図ってやるのも主人の務めである。
というわけで少女は適当な話をでっち上げた。
「父上が万が一のためにと用意したアンドロイドだ。皆、よろしく頼む」
我ながらひどい言い逃れだ、と思った少女だったが、乗組員たちはすんなりとこれを信じた。
「さすが閣下です。このような事態をも想定して準備をされていたとは!」
うんうん、と頷いて賛同を示す乗組員たちに少しばかり顔が引きつった少女であった。
「そ、それはともかくとして海賊たちはどうする?」
彼女の質問に乗組員たちは唸りを上げて考え込みだした。
海賊は百人ほどいたのだが、彼らにそんな数の捕虜を養う余裕はなく、かといってこのもはや廃棄物と化した貨物船に置いていくのも気が引ける。
というのもこの貨物船「モスグリーン号」は今にも爆発しそうな気配を漂わせていたからだ。
今も乗員が爆発四散していないのは、ひとえに艦橋の乗組員たちの尽力のおかげである。
だが、そんな悩みを抱える必要もなくなる。
「所属不明機接近中!」
突如、船内放送で警戒が促された。
同時にその所属不明機とやらの通信が流される。
「こちら帝国警備隊。重大な損傷を受けているようだが、助けは必要か?」
帝国という言葉に鎧を除く全員の間に緊張が走る。
「また、当方「モスグリーン号」は積荷目録を偽装していたとの報告が出ている」
続きを聞いて乗組員たちは思わず目を覆った。
「検閲調査を行いたい。ただちに乗船許可を求む」
「どうなさいますか?」
船内放送担当のオペレーターの声には焦りが浮かぶ。
そんな中、少女は握り拳をつくり、唇を噛みしめて、覚悟を決めた。
「艦橋へ向かう。皆、ついてきてくれ」
「主人の仰せのままに」
鎧はにべもなく頷くと、駆け出した少女の後を追った。
その後に捕虜にされていた乗組員たちも続き、昏倒した海賊たちだけが、取り残された。
肝心の艦橋までは一分もかからず到着した。
「船長、状況は?」
「先方はこちらの返事待ちです」
艦橋の中央に座して、各種コンソールに向き合う乗組員たちに指示を出していた船長は、少女の到着に気付いて一礼した。
「乗船を許可しようと思う」
「な!? 駄目です。奴らに見つかれば貴方様は――」
「分かっている。だが、もう逃げ場などないのだ」
少女はそう言いきると、通信管制担当のオペレーターに視線で訴えた。
乗船を許可しろ、と。
「こちら「モスグリーン号」。乗船を許可します」
震える声で、しかし、オペレーターは発信した。
その返答を聞いた帝国警備隊からの返答はこうだった。
「ご協力に感謝する」
そうして、帝国警備隊の艦船が「モスグリーン号」に接近する。
その威容は、帝国警備隊の船が近づくにつれてはっきりとした。
「駆逐艦……」
誰かの呟き。
帝国警備隊の船は流線形の洗練された細身なフォルムだった。
が、特筆するべきはその大きさである。
三百メートル級の貨物船「モスグリーン号」の三倍、一キロメートルに迫るその艦船は、正面に魚雷発射管を備え、また上下左右に十数門のビーム砲を搭載、加えて機銃が数十、側面から生えていた。
これぞ帝国宇宙艦隊の誇る最新鋭駆逐艦コボルト級。
亜光速機関を搭載するコボルト級から逃れられる民間船など、この宇宙には存在しない。
その艦体から分離する者が一つ。
舟だ。
恐らく兵士を満載しているであろうそれは、速やかに「モスグリーン号」に接舷した。
無事に海賊船の攻撃を免れた貨物船のハッチの一つから帝国軍人が隊列を組んで下りてくるのが、監視カメラの映像に映る。
「機械兵、重装歩兵、機械化歩兵。我々では、とても……」
「敵わない、な」
船長の言葉を少女が継いだ。
帝国兵は総勢二十名ほど。
軒並み重装備で、重火器を携行している彼らは先ほどの海賊とは比べ物にならないほど、強い、ことが見てとれた。
その先頭に立って隊を指揮するのは青白い不健康な肌の士官。
その腰には上等な小型拳銃とブラスターが収まっている。
その後ろの兵士たちが持つのは、グレネードランチャー、ロケットランチャー、重機関銃、アサルトライフル、ビームライフル、ブラスターライフル、電磁パルス砲、電磁ブレード、ビームサーベル等々。
多彩な武器を携行している。
彼らは、そのまま艦橋に向かってきて、自動扉から艦橋に足を踏み入れた。
乗組員の誰かがごくりと唾を飲み込む音がする。
艦橋内部に立ち入った帝国兵の注目はただ一人、少女に集まった。
「これは、これは。今や亡国となった王国の姫君ではありませんか」
先頭の士官がそう言うと、両脇に控えていた帝国機械兵が前に出た。
「さて、ご同行願います。エイダ・ラ・トーバ姫」
少女―エイダ―は苦々しい様相で、士官を睨みつけた。