鎧櫃から御挨拶
爆発―閃光―四散!
航宙貨物船「モスグリーン号」の苔色の装甲が弾け飛び、内部の区画が宇宙空間に露出する。
非武装の貨物船を襲うのは、野蛮残忍な宇宙海賊どもの百メートル級航宙船三隻。
アサルトビームをぞんざいな狙い方で照射し、バラバラに貨物船をあちこち傷つけながら破壊していくその腕前は三流そのもの。
しかし、非武装の貨物船にとってはその程度でも脅威であった。
「おいおいおい、降伏すれば積み荷と女だけで許してやるってのに、なんでこんな頑なに抵抗すんだ!」
楔形陣形を作って貨物船を追跡する海賊船三隻。
僚艦をリードする旗艦役の航宙艦では豪華絢爛に飾られた艦橋に鎮座する海賊たちの頭目が苛立ちのままに喚き散らしていた。
「そんなこと言われても俺達には分からねえぜ、お頭ァ」
「お前らは黙ってさっさとエンジンを破壊しやがれってんだ! 無駄に傷つけんじゃねえぞ!」
頭目が怒鳴り散らした甲斐もあってか、ようやく海賊船のうち一隻が貨物船の動力機関を無力化した。
最大速度で逃走を試みていた貨物船はエンジンの損傷で、ついに海賊船に追いつかれる。
待ってましたとばかりに、海賊船は軒並みトラクタービームを発射して―短射程なので今まで使えなかった―強制的に貨物船を減速させる。
途端に勢いを失った貨物船。
すかさず海賊船は接舷して白兵戦用の小舟を送り込む。
十数隻の小舟の中には武装した戦闘員がすし詰め状態で待機しており、略奪の瞬間を今か今かと待ち構えていた。
一方、貨物船の内部では、慌ただしく乗組員が動いて回り徹底抗戦の準備を進めていた。
乗組員の一部が携行するのは低火力な拳銃サイズのブラスター。
海賊のブラスターライフル、実弾銃、火炎放射器、電磁パルスガンなどと対比すると些か心もとない。
それでも、乗組員は諦めるわけにはいかなかった。
「積み荷」を守るために……
「ハッチ解除!」
「よぅし、待ってましたァ!」
海賊たちが飛び込んできた時、貨物船の乗組員たちは決死の覚悟で突貫した。
というのも近距離先頭に持ち込めば火力の差を覆せると考えたからである。
実際その考え方は間違っていなかった。
「ヒャッハー! 向こうから乗り込んできたぜェ!」
「生かして捕らえろ、奴隷にして売り飛ばしてやる!」
ただ数的劣勢は、それで覆せなかった。
各区画で乗組員たちは次々に捕縛されていく。
ブラスターを持つ者はパワードスーツを来た重装歩兵に攻略された。
残りは素手だったからなすすべが無かった。
「けっ、地味な戦いだぜ。歯ごたえのあるやつはいねえのか?」
略奪の陣頭指揮を執る頭目が捕虜にして縛り上げた乗組員たちを見渡して言った。
あまりにも呆気なく事が進んでいたからだ。
抵抗はするものの、貧弱な武装の乗組員たちは全く相手にならなかった。
激しい抵抗と銃弾の嵐をどこかで期待していた頭目は、いかにも残念そうにため息をつくと、耳に付けた通信装置で手下とコンタクトをとる。
「貨物室は見つけたか?」
「へい。今積み荷を探索中でさぁ」
貨物室という単語にピクリ、と乗組員たちが反応したのをがめつい頭目は見逃さなかった。
さては、相当ヤバい積み荷があるんだな、と推測した頭目は一目散に貨物室へ向かうことにした。
「そこで待ってろ。今から俺も行く」
「分かりやした」
貨物室にいるという手下が先走らないように釘を刺した頭目は、手勢の中から捕虜の監視役を選んで置いていくことにした。
まあ、二人ぐらいでいいだろう、と頭目は思い十数人の捕虜の見張りを適当に選ぶと貨物室へと向かった。
「私に近寄るな! この悪党どもめ!」
貨物室へ行くと、律儀に手下たちは頭目のことを待っていた。
細剣を手に海賊たちを威嚇する少女を警戒しながら。
「へぇ、こいつは上玉じゃねえか」
「ぐへへ、お頭もそう思いますか」
「とんだ掘り出し物でしょう、お頭」
下卑た笑みを浮かべる海賊一頭のいやらしい視線の先にいるのは、白い姫カットにした髪に褐色肌の鼻筋くっきりしてキツい眼差しを見せる赤い瞳の美少女だった。
バインバインとはいかないが確かに膨らみのある胸と、しなやかで肉感的な肢体、まろやかな丸みを帯びる尻、一文字に引き締められた口元。
その所作口調は洗練されていて、その胸中には正義の心があった。
だから彼女は船を襲ったこの海賊たちを許せない。
略奪目的で面白半分に獲物をいたぶる海賊の精神性とは相容れない。
であるから彼女が武器をとって外敵に立ち向かおうとするのは当然であった。
「お嬢ちゃん、そんな怖い顔するなよ」
「お頭の言う通りだぜ、大人しく捕まりな」
「そうすれば、命だけは助けてやるぜェ。貞操の方は無事じゃあすまねえけどな!」
ギャハハ、と大声で下品な笑い声を漏らす海賊一同。
少女は顔を真っ赤にして「黙れ、下郎!」と叫ぶ。
そうやって少女が興奮している間に、海賊は彼女の退路を断つ包囲を完成させた。
頭に血が上っている彼女はそんなことには関心を示さない。
それにしても、と頭目は思う。
貨物室の中にこんなだだっ広い空間があるとは思いもしなかったぜ、というのが頭目の感想だ。
彼が不思議に思うのも無理はない、貨物室のこの一角だけ、荷物が異常に少なく、目立つのは少女の傍らにある柩のようなものだけだ。
同時に頭目はこう思う。
積み荷の目録を見たが、この区画はレアメタル鉱物で埋まっているはずなのではないか、と。
彼の灰色の脳細胞が急速回転する。
目の前の美少女、本来あるはずの積み荷、目録の偽装。
導き出される結論は――。
「さては、お嬢ちゃん。亡命者だな?」
「な、なぜそれを!?」
図星であったか、と頭目は思う。
わざわざ積み荷の目録を偽装したのは、少女の存在を誤魔化すため。
では、なぜ少女の存在を誤魔化す必要があるのか。
つまるところ、それは少女の存在自体が違法だから。
頭目には思い当たる節があった。
「さては先日滅んだ王国から亡命してきたさる御身分の御人だな、お嬢ちゃん」
「し、知られてしまった!? くっ、殺せ!」
悔し気に顔を歪める少女を見て海賊一同はにやにやが止まらない。
彼らは、少女が苦痛と快楽に喘ぐ様を妄想する。
彼女を組み伏せて、ベッドの上で征服したい、というのは海賊たちの一致した見解だ。
もっとも、一番に彼女を征服するのは、頭目であることは序列順から明白だったが。
そんな下劣な思考に思いを馳せる頭目とその愉快な手下たちは、包囲網を狭める。
「さあ、観念しな、お嬢ちゃん。出自に関わらずたっぷり可愛がってやるからよォ」
にやけた面を隠そうともしない頭目。
少女の細剣を構える手は小刻みに震えている。
それは恐怖と緊張からの動作。
彼女に、人を殺す覚悟は、あるのか――。
「近付くな!」
「重装歩兵、やれ!」
とにかく海賊どもを近づけまいと細剣を振り回す少女へと迫るのは重厚な合金鎧を身に纏うパワードスーツ兵。
厳つい岩石の如き様相の重装パワードスーツ歩兵(三メートル)を前にして、実戦経験のない少女の足は竦む。
だがそれでも、彼女は立ち向かう。
かつて師に教わったように「轟」と踏み込み、「烈」と気合を入れ、「破」と突き刺す。
狙うは急所一点。
疾風となって間合いを詰めた少女は最も装甲の薄いであろう喉元へと、細剣を伸ばす。
その一撃は渾身の力を振り絞った痛恨の一撃。
だから合金製の装甲板に、食い込んだのかもしれない。
「な、なんてこった!?」
「あの鋼鉄を貫きやがった!?」
さすがの海賊たちもこれには驚愕した。
が、頭目は冷静だった。
「おーい。調子はどうだ?」
「ちょっと装甲が壊れやした。でも問題ねえっす、よ!」
ぐにゃり。
細剣がねじ曲がって使い物にならなくなった。
「な!?」
「重装歩兵を舐めるんじゃねえっすよ、お嬢ちゃん」
細剣を捻じ曲げたのは重装歩兵を操る海賊の男。
金属の腕で刃を直接掴んで壊したのだ。
相当な握力をパワードスーツは発揮するらしい。
その首元にはわずかな傷跡があるが、操縦者にとっては取るに足らない程度の損傷だった。
武器を使えなくされた少女は、咄嗟に剣を捨て、自身を捕らえようと掴みかかる重装歩兵の魔の手を躱した。
武器を捨てたことで、捕まることはなかったが、攻撃手段がなくなってしまった。
そのことに焦りを覚えて、少女は追撃してくる重装歩兵から後退りながら必死に頭を回し――。
思い出した。
彼女の背後にある柩―鎧櫃―には大昔の骨董品と共に本物の段平が収められていたことに。
少女は急いで後ろに振り向くと鎧櫃の荘厳に飾り立てられた蓋を開けた。
中に入っていたのは、西洋の甲冑一式と鞘に収められた一本の段平。
目当ての段平を見つけた彼女は、それに手を伸ばして、掴み取ろうとして、届かなかった。
「捕まえたっす」
脇の下に差し込まれた冷たい丸太のような腕が、少女をホールドする。
「は、放せ! 私に触れるな!」
「初々しいお嬢ちゃんだぜ。何はともあれ、これで一件落着だ」
パワードスーツに捕獲されてジタバタともがく少女を見据えながら頭目は笑った。
そのどんよりと曇った目に映るのは渦巻く欲望。
どうやって少女で遊ぼうか、どういう風に少女をいたぶろうか、どのようにして少女を辱めようか、ねっとりと思考している。
頭目は少女の元へ歩み寄って、その頬に手をやった。
「何をする!」
「もちもちすべすべな肌触り。整った顔立ち。それを今から俺が汚す」
にんまりと微笑む頭目をキッと少女は睨みつけて、憤怒に顔を滾らせた。
「私をどうするつもりだ!?」
「へへっ、今夜はお楽しみだぜ」
彼女の成熟した胸に頭目は手を伸ばし、少女はこれから何をされるのか悟って、顔を真っ赤にした。
もはや、手遅れ。
誰にも海賊の暴挙を止めることは出来ない。
じりじりと頭目の手は近づき、手で胸を弄べる距離まで来た――。
少女は目を瞑った。
一秒、二秒、三秒。
だがしかし、いつまでたってもその瞬間は来ない。
少女は目を開けて、それを、見た。
「へ? な、何が起こってやがる……」
「……」
威風堂々、寡黙な騎士がそこにはいた。
知る人ぞ知る神聖ローマ帝国の胸甲騎兵、骸骨とも呼ばれた板金鎧。
それが一人でに動いて、両手でがっしりと頭目の両腕を拘束していた。
奇怪なるかな。
誰も入っていないはずの中身のない鎧が、まるで生きているかのようだ。
「て、テメェ、何者だ!?」
頭目の誰何に、鎧は虚ろな目で答えた。
「鎧櫃から」
ボゴリと骨のひしゃげる音が。
「ぶへェ!?」
「御挨拶」
頭目の頭蓋には無数のひびが入り、顎は割れてケツ顎になった。
殴られたのだ。
綺麗なストレートパンチで。
しかも金属の籠手で豪快に殴打されたものだから、出血も激しい。
「「お、お頭ァ!?」」
海賊たちは混乱して悲痛の叫びを上げた。
こうして、海賊の頭目は意識を失い、同時に海賊たちの統制も失われ、組織的な抵抗は不可能になった。
「こ、この、こいつがどうなってもいいんすか!」
その中でいの一番に冷静さを取り戻したのがパワードスーツの中の男だ。
彼は少女を盾にして鎧の武装解除を試みる。
流れるような動作で人質をとったパワードスーツの男は、これで鎧を無力化できる、なんて思ってしまった。
「保護対象を確認。敵性戦闘員を確認。至急、保護と排除に移る」
鎧は止まらなかった。
怒涛の足さばきで一気に間合いを詰め、腰だめに拳を構える。
そして、あろうことか少女に向けて鎧は拳を振るった。
「ち、血迷ったんすか!? 人質ごと殺すなんて――」
拳は、進む。
一センチ、二センチ、三センチ、十センチ、十五センチ。
――到達。
少女の臍辺りに拳は触れて、貫通した。
「と、透過するんすか!?」
なんということだろう、鎧の腕先が消失して、少女の腹部に入り込んだかと思えば、背中側から拳が飛び出したではないか。
なぜか少女の体内を突き破ることなく、少女に傷一つ付けることなく、鎧は重装パワードスーツ歩兵に拳を叩きつけてみせた。
が、そこまでだった。
ガチンと鋼鉄と鋼鉄のぶつかり合う音がして鎧の拳はパワードスーツの分厚い装甲に弾かれた。
「あ、焦ったじゃないっすか」
「対象の構成を把握。電脳掌握」
装甲を貫通するほどの威力が拳になかったことにほっとしたパワードスーツの男は、胸をなでおろして、動けなくなった。
「あ、あれ? 動くっす。動くっすよ!」
男が着るパワードスーツは脳内の信号をスーツに読み取らせて、自由自在に操り動かすタイプだった。
だから、念じれば簡単に動くはずなのに、スーツが動かない。
「ど、どういうことっすか!?」
「敵性戦闘員一名の無力化を確認。保護対象を確保」
呆気にとられるパワードスーツ男を余所に、だらん、と動力源を失って垂れたパワードスーツ男の腕の中から鎧は少女を救出した。
急な展開に頭が追い付いていない様子の少女に鎧は声をかける。
「もう安全です。あなたは救助されました」
「あ、ありがとう。しかし、あなたは何者なのだ?」
「自分は――」
何かを口にしようとして、鎧は咄嗟に少女を自分の背中の後ろに覆い隠して庇った。
そして、銃声。
「お頭の仇ィ!」
「おい、待て。撃つんじゃねえよォ。商品に傷がついちまう!」
発砲音がしてキンキン、と鎧の背面装甲が何か―弾丸―を弾いた。
「実弾が効かねえ! 何㎜弾使ったと思ってんだ!?」
「電磁パルスガンで無力化しろ!」
そこで海賊が持ち出したのは対人非殺傷兵器、電磁パルスガン。
それは、スタンガンの発展形で、至高性を伴った電流を照射し、敵を無力化するというもの。
これならば少女が傷つくことはあるまい、と電磁パルスガンを持った海賊は引き金を引いた。
特徴的な形をした電磁パルスガンの銃口から稲光が迸る――。
「電磁フィールド展開」
そう呟いた鎧は背中の後ろに少女を庇ったまま、向けられた銃口に手を伸ばした。
すると鎧の手先から半透明の膜が出現する。
それは押し迫る電流を、受け止めて。
「攻性反射」
跳ね返した。
貨物室全域に。
「「アブゥァァアアアア!?」」
貨物室内部にいた海賊たちは揃って感電した。
痺れるほどのバーニングに身をよじらせる彼らは、しめやかに失禁した。
そうして、貨物室は安全区域となった。
完全に外敵を排除したことを確認した鎧は、立ち上がって少女に手を差し伸べる。
おずおずとその手を取った少女は、腰を上げると同時に心からの謝辞を述べた。
「感謝する。強いのだな」
「自分はそのようにプログラムされました。当然の働きです」
鎧は本心から言ったが、少女は謙遜だと受け取った。
「重ねてお礼を言う。危ないところだった」
「主人を助けるのは自分の義務です」
頭を下げる少女を見て淡々と鎧は答えた。
一々機械的な受け答えをする鎧に対して少女は言いにくそうに告げた。
「乗組員を助けたい。私に力を貸してくれるか?」
「仰せのままに。我が主人」
胸に手を当て、お辞儀をして見せた鎧は、力強い眼差しで少女の手を取った。
「エスコートします」
「あぁ、頼む」
こうして少女と鎧は邂逅した。