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困った。実に困った。
実のところ、俺には秘密がある。というか黒歴史だな。中学時代の黒歴史。
中3の夏、俺には意気投合した悪友がいた。そいつに残り半年、黒歴史を味わわさせられるとも知らずに。
要するにあれだ、中二病だ。中3だけど中二病だ。
そいつと意気投合した俺は、クラスの評価そっちのけで中二病に勤しんでいた。おかげでクラス内の評価が成績が中くらいの変わった名字の人から大変人へとランクアップした。いや、ランクダウンか。まあ、そのおかげで手先が割と起用でなぜか物理に強かったり、警報を丸暗記したりと馬鹿で有意義かもしれない時間を過ごしたわけだが。
でも嫌だ! あんな白い眼を見られるのは嫌だ! 女子から変な目で見られるんだぜ。俺だってモテたい! 変人は違うが。モテないにしても、それなりの青春を送りたい。もう中二病まみれの黒歴史の青春は嫌だ。
そういうわけで、受験する学校をあいつとは変え、こうして俺は中二病からきっぱり足を洗った。俺の過去を知る者は、このクラスには荒井しかいないはず。学校レベルじゃなく、クラスレベルの変人に過ぎなかったからな、俺は。あいつとは違って。で、荒井もそんなことをしゃべるやつじゃないから大丈夫、と信じたいんだが。
「どんな手段を使ってくるのか怖えよ」
「どうした、小鳥遊?」
昼休みにため息を吐いて机に寝そべっていたところを荒井に声を掛けられる。
「いや、あいつらが、例のあいつらがどんな手を使って俺を脅してくるのか、怖くて怖くて」
「ああ、あれは、うん。あいつにも負けず劣らず変人だからな」
唯一過去を知っている荒井が言う。
「でも、ちょっとだけ、楽しそうだよね」
おい、立川、やめとけ。それは地雷だ。核のブリーフケースだ。
「それはやめとけ。マジで苦労するから」
「え、でも、みんな美少女ぞろいだし、面白そうじゃない? 入ってみたいけど」
それでも、一人を除いて頭の中身がおかしいし、残りの一人は見た目がこれ以上ないくらい変なんだよ! 本人のせいじゃないけどさ。
「やめとけ。というか変われるならちょっと変わって欲しいんだが……お前じゃたぶん無理だ」
「え、なんで?」
「どうやらあいつ、俺の名前しか見てないらしい。小鳥遊が珍しくて、正義が勇者っぽいからだとか」
「うわ、そりゃ確かに大変だな」
「それじゃあ、僕も無理だね」
荒井と立川が同情するようなことを言う。そうなんだよ、どうしてこんな名前なんだよ。親のせいじゃないけど、俺のせいでもないけど、どうしてこんな名前なんだよ!
「というわけで、なんかいい算段をくれ。あいつらから逃げる」
ため息交じりに荒井と立川と、あとついでに近くにいた女子に打開策を尋ねる。
「とは言われても、無理やり連れていかれるんだよね」
「ああ、そうだ」
荒井が尋ねるが、それは無理だ。俺は護身術なんてやってない。関節を決められたら抵抗のしようがない。
「ほかの人に押し付けるってのは?」
「それもやった。イケメンの田中に、剣道の山田。どっちもお気に召さんかったらしい。特技がないっていったら、最初は不遇職だけどのちに無双するパターンだって言われた」
「それもだめかあ」
立川が言う。だから困ってるんだよ。というか田中か山田が立候補してくれればそれでよかったのにな。現実というのはうまくいかないもので、だから、中二病患者が生まれるわけで。もういやだ、この世界。
「ちなみに母親の旧姓は桜庭なので名字も変えられません」
「小鳥遊も桜庭も珍しい名字だしね」
「このままじゃ弱み握られて脅される。といか、それくらい影響力あるし。あいつここの理事長の娘だし」
八方ふさがりだよ。そう思った時、聞き覚えのある女子の声がした。
「しかし、元から弱みがなければそんなことにはならないのでは」
そうなんだけどね。非常にそうなんだけど、遺憾ながら秘密があるのよねえ。それを暴露されたらどっちにしても俺の高校生活終わる。
「それならよかったんだけど」
「詳しくは口止めされてるけど、小鳥遊には中学時代いろいろあったんだよ」
主にあいつとかあいつとかあいつのせいで。はあ、逃げ出してきたというのに、あいつはどこまでも影響してくるのかよ。
「なるほど、いいことを聞きました。中学時代に弱み、ですか」
え?
がばっと跳ね起きる。今、しれっと不穏な声が聞こえたんだけど!?
「な、なんでここに!?」
友梨がなぜここにいる!? ここは教室だぞ!? 制服を着てるし騒がしくもないから気づかなかった!
「なぜも何も、同じクラスですよ、私たち。ついでに言うと席は隣です」
知らんかった! というか気づけよ、俺! 何やらかしたんだ!
「ともかく、いい情報をもらったのでお伝えしないと」
そう言って友梨は消えていっていった。
「もう、終わりだ……」
「あれ、彼女は?」
「服部友梨。忍者の末裔らしくて、変な部活の一員だよ」
立川の呟きに力なく答える。
「ああ、それは災難だったな」
「ともかく、今からでも同じクラスだったやつに話さないようメールしとかないと!」
急いでスマホを立ち上げてメールを送る。だけど、だけれども。
「やっぱりこれ確実にだめな予感しかしない……」
どうあがいても絶望だよ、これ……。
「まあまあ、頑張れ」
「荒井、俺がおかしくなっても親友でいてくれるか?」
「それは……その時のお前次第かな」
頼むから顔をそらさないでくれ……。
そうして、笑顔を弾ませた透華が俺の教室にやってきたのは思っていたよりも早く、その日の放課後のことだった。誰か、助けて……。