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桜前線が俺の住む町に到着したころ、俺は桃色に染められた川沿いの道を、ノリのピシッと効いたカッターシャツと新品のブレザーを羽織って学校へと向かっていた。
これから俺たちが通うことになる高校の入学式が行われるわけだが、高校生活を送るにあたって、俺は一つ目標を立てた。といっても大した目標じゃないが。その目標とはつまり、高校生活を平穏無事に過ごす、である。俺だって彼女くらいは作りたいが、まあそれはそれということで。小鳥遊正義という名前以外は、容姿、成績、運動神経すべて並みの俺だ。普通にしておけば、そんな大変なことに巻き込まれないと思うが。中学時代はあれだ、その、具体的に言うと中学二年生くらいの子どもがかかりがちになるあの病気、あれで、少し痛い目に遭ったからな。ともかく、小説の中のような中二的なこと、特に勇者召喚だったり、あるいは突然能力に覚醒したりするなんて言う非常識なことはないわけだから、俺の目標は、容易に達成されるといってもいいのではないのだろうか。
そんなことを考えながら、俺は春の風の気持ちいい川沿いの道を歩いていた。ちなみに俺の両親は共働きで忙しいので、入学式には来てくれないそうだ。少し、残念ではあるが、まあ、仕方あるまい。ぽかぽか陽気が俺の新たなる高校生活を祝福してくれているようだしね。俺の通う高校は川沿いにある。入学式と大きく書かれた看板と、その前で写真を撮る親子を横目に、俺は校内、すなわち私立一条学院高校へと入っていった。
俺がこの学校を選んだ理由は三つ。一つ、学力。これは、まあ、理解していただけると思う。幸いにして家が貧しいとかいうわけではなかったので、このあたりの選択の自由度はそこそこにあった。そして二つ目が、俺の家から徒歩で通えること。そのおかげで、中学の時の知り合いもそこそこ一緒に通うことになった。彼らとも仲良くやりたいところだ。そして三つ目。これが一番大事だ。悪友がいないこと。あいつがいると、ろくなことにならないからな。俺は普通の高校生になると決めたんだ。だから、あいつのいかないところを選んだ。きっと、この学校は普通の人間が多いと信じて。
なのに、なんでいきなりこんなに濃い人間がいるんだ。
「ちゃんと制服を着てください!」
「だから我はちゃんと制服を着こんで居るし、校則も破っていない。ほら、生徒手帳のここに書かれているであろう。厳冬期、10月から4月の間はコートの着用を許可すると。ほらここ!」
何かは知らないが、生徒会執行部の腕章をつけた男子生徒と、魔女っ娘のような恰好をした生徒が言い争ってる。何人か好奇の視線でそれを見てるけど、本人たちは気づかないようだ。
「だからといってその杖と帽子は!」
「我はちゃんと校則は確認している。生徒手帳のどこにも帽子や杖を持ち込んではならないなど書かれてはいない。校則にのっとった行為なのになぜお主は言いがかりをつけるのだ」
うわ、あれはかなりマジの中二病だな。カラコンは禁止されてるからつけてないみたいだけど。でもあそこまで本気でコスプレをするとは。スルーだスルー。あんなのに関わってもろくなことがない。俺はああいうのにはかかわらないと決めたんだ。
それに、きっとあの人だけだよね。変な人なんて。あれレベルの変人がそんなにポコポコいてたまるか。っていた!
何あの人! クラス掲示板の前で仁王立ちしてるんですけど! 足を肩幅に開いて腰に手を当てて、ザ・仁王立ちとでも言いたげにクラス掲示をにらんでいる人がいるんですけど。ベリーショートでちょっとかっこいい感じの女子なのに、なんかすごく残念臭が漂ってくるんですけど。あと、その横にいるなぜかメイド服を着た少女が所在なさげにうろついてるんですけど。
いや、何も言うまい。下手に炎にガソリンを注ぎたくない。しかも、無意識じゃなしに。ここからじゃ遠いけど、そっと距離を取って確認しよう。周りの人もそうしてるみたいだし。目を細めないといけないのは大変だけど、爆薬だらけの密室に飛び込むよりはましだ。
それで、小鳥遊、小鳥遊っと。あった、1年3組、出席番号は16番か。それじゃあ、早速3組の教室に向かいますかね。
その日の入学式はつつがなく終了した。うん、格好しか見てないけど変人はあの3人だけで済みそうだ。幸いにして同じクラスになる、なんてこともなかったわけだし、上手くやり過ごせそうだ。自己紹介も普通にできたし、クラスメイトに何人かかわいい女子もいたし、そのうちの一人とでも付き合えるように頑張りますか。
それにしても、理事長の挨拶とやらはどうしていつもいつも同じことしか言わないんだろう。この学校は自主性を重んじている、とか、生徒自治に力を入れてる、とかそんなこと。要するにあれでしょ。あんまり語ることがないのをごまかしてるだけでしょ。まあ、生徒会の権限が強いのかもしれませんが。でも、初日から寝るような不真面目な少年だとは思われたくないし、重い瞼をこすって聞きましたとも。まあ、その後の、生徒会長と新入生代表の少女がかわいかったからよかったんだけどね。結月さんだっけ、新入生の方は。まあ、倍率高そうだから行かないけれども。刺されたくもないし。それは大げさか。
まあ、ともかく、初日は中学の時の知り合いと少し話をして、それから初めてあった人とも少し挨拶をこなして、俺は一人さっさと家路につくのだった。ああ、昼ごはん考えるの面倒だな。チャーハンでいいか。
外壁(高さ約2.5メートル、とっかかりなし)を素手で登っていく少女を見たような気がしたが気のせいだ。たぶん。他にも見上げてる人がいたが気のせいだ。