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「ふっふっふ、よく来たわねセイギ!」
透華が笑う。うわぁ、悪魔の笑みそのものだ。俺、どうしたらいいの。というか、まさかそんなに早くつかんだの? そんなわけないよね? ないといってくれ!
「な、何ようだよ」
「見なさい、この私が手に入れたノートを!」
そう言って透華がかざしたのは、真っ黒に塗られた大学ノートだった。……ヤバイ、ミオボエガアル。
で、でもたぶん空似だよね、うん。そ、それにもしそうだったとして解読できないはずだし……。
「ふむふむ、アーティファクトインデックス、と。日本語にするなら制作目録といったところかしらね?」
「……な、なあ。なんでお前、ルーン文字が平然と読めるんだ?」
絶対読めないと思ったのに! 俺とあいつ以外読めるやつなんていないと思ってたのに! なんでいともあっさり読んじまうんだよ!
「え、そんなの普通じゃない。勇者召喚を目指すものたるこの私が、古代文字や暗号が読めないとでも?」
「ちくしょうめ!」
嫌だ、こいつ嫌いだ。というか、これ終わりじゃね? ほとんど黒歴史の塊みたいなものなんですけど。俺の黒歴史の半分がこれに詰まってるんですけど。
だ、大丈夫だ。まだ、大丈夫なはずだ。俺もルーン文字が読めるということが分かっただけで、別にこれを作ったのが俺だとばれたわけじゃない。しらを切れば、何とか、いける。……と思う。
「それじゃあ、中を見てみましょうか。これは、ハイドロリックプレッシャーガン、日本語にして水圧銃ってところかしら」
そ、それは、俺のアーティファクトの中で最高傑作ともいえるもの……。設計図から材料、さらに完成写真まで全部張り付けてあるんですけど! どうしたら、いいんだ!
「へえ、高圧洗浄機を応用して作ったのね。器用なものじゃない。それにしても、わざわざルーン文字を英語に置き換えて読ませるなんてかっこつけたことするじゃない。ね、セイギ?」
「ソ、ソウデスネ」
仕方ないだろ! ローマ字は格好付かないと思ったから、使えるのが英語しかなかったんだよ! 電子辞書にはゴート語なんて乗ってないしな!
「そ、それより、そのノートって制作者の黒歴史の塊みたいのものじゃないのか? あんまり、じろじろ見るのはよくないんじゃないか?」
とりあえず、強引に話題をそらす。
「そうね、黒歴史は暴露されたくはないもんね、セイギ?」
だから! そこでしれっと俺の方を向くな! 心臓に悪いじゃないか! ま、まさか、俺のものだってわかってるわけでもないよな? ないよな!
「そうそう、実は裏表紙になんだけどね、製作者らしき銘が打ってあったのよ」
え、おい嘘だろ!? 確かにそこに書いたけどさ! だからって、俺だってわかるわけないよな? ないよな!
「Playing Birds、小鳥が遊ぶってところかしら。それで、小鳥遊と。安直な発想ね」
「ちょ、それ!」
安直ってひどすぎるだろ! Justiceよりはましだと思ったんだよ! それに英語だってそこまでできるわけじゃないんだからな!
「というか、それが小鳥遊だとしても、俺だって証拠はないだろ! 小鳥遊って、珍しい名字だけど、そこまで少ないってわけでもないし!」
「私は、水圧銃素敵だと思いますよ。それに、もっと続きを読みたいです!」
「やめろ! やめてくれ!」
飛鳥も変なことを言うな! というかアーティファクト目録を開くんじゃない!
「ふうん、これ、やっぱりセイギのじゃないの」
「ち、ちがう!」
そうだなんて口が裂けても言えるか。
「それじゃあ、これのコピーを取ってネットで売りましょう! 絶対いい値で売れますよ! セイギのじゃないなら文句ありませんよね」
「そうね、自由にしていいって言ってたわね」
「勘弁してください」
無理です。こいつら相手に立ち向かえる気がしません。というか、それ、返してください。それ公開されたら、俺の高校生活まじで終わります。
「それじゃあ、認めるのね」
「認めるから、俺のだって認めるから、まじで勘弁してください」
もう、どうとでもなりやがれ。
「それじゃあ、部活、入ってもらえるわよね」
「入りますから、入りますから返してください。それ、返して」
「その前に入部届を書きなさい」
ああ、そうか。返してもらうだけでそれを奪って逃げるなんて手もあったのか。今更だけど。追い詰められてて思い浮かばなかったけど。
「これで、いいか」
ご丁寧に俺の名前の欄以外はすべて埋められていた入部届を差し出す。もう、中学の時のひどすぎる黒歴史を晒すくらいなら、いたいグループに付き合わされてるかわいそうな人と思われた方がよっぽどましだ。知らない。俺はもう何にも知らないの。
「はぁ」
ため息が漏れる。そりゃ、そうですよね。高校デビューしようとしていきなりこんな変な組織に入らさせられたわけだから。しかも、それが中学時代の黒歴史だなんて。
「セイギさん、どうかしましたか?」
俺を除いて唯一良識のある礼奈さんが声をかけてくれる。それでも、オッドアイのメイドなんだよなあ。
「いや、透華のやつ、あれをどっから持って来たんだと思って」
あれの存在は、俺と、あと校則の緩い学校に行ったあいつしか知らないはず。なのに、どこからばれたかなあ。
「ああ、これ? うちのいとこがセイギと同じところの中学出身だったから。中3の時クラスメイトだったんだって」
うう、世界は狭い。まさか、俺が中二病に染まっていた時代の、40人もいないクラスメイトの内のいとこの1人に入学早々目をつけられるなんて。これは、ついてないというべきなのか。
「あなたも知らない? 名字は近衛っていうんだけど」
「あいつかよ!」
よりにもよって俺よりも変人扱いされていた挙句、校則の緩い学校に行ってまで中二病を貫き通したあいつかよ!
近衛某さんは、たぶん出さないと思います