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幕間 パン屋で転生チートをしたいと思う

 パン屋の朝は早い。


 どれだけ早いのかというと、まだ朝日も出ない真っ暗なうちに起きるのである。

 寝るのも早いので、慣れれば普通に起きられるけど、最初はたまに寝坊してしまい青くなることもしばしばだった。

 なにせ貴族時代は当たり前のように侍女に起こしてもらい、水差しやお湯の入った盥は既に用意してあって、着替えもさせてもらって、髪の毛も整えてもらって……と何も自分でやる必要がなかった。前世のわたしはごく普通の庶民だったけど、それでも目覚まし時計で起きて、お母さんが作ったご飯を食べて学校へ行く生活だったので、起きるところから誰にもなにも頼れないのは初めての経験だった。


 そういうわけで今朝も、まだ真夜中に近いような暗いうちに起きる。おかみさん達もまだ眠っている頃合いだ。

 明かりがないと当然真っ暗なので、役に立つのは私の魔法力だった。

 私は潜在的な魔法力は高いそうだ。それは曲がりなりにも大貴族の血筋なので当然なのだけど、実は魔法力の高さがあっても魔法を使うのに比例しないのだ。

 魔法を使うためには適正と器用さが必要になる。例えば、ゲームにありそうな『ファイア』という炎を真っ直ぐに飛ばす魔法があるとする。これに必要なのは魔法力の高さ、炎魔法の適正、火をある程度の大きさで固定する器用さ、まっすぐに飛ばすための器用さ、そしてそれらを行うための技術力が必要である。

 しかしながら私にあるのは魔法力の高さと炎魔法への適正のみとなる。つまり圧倒的に器用さがないわけだ。そういうわけで、私は魔法らしい魔法はほぼ使えない。唯一の特技がこれ、蝋燭に火をつけること、である。

 けれどこれがなかなか侮れない。毎朝真っ暗な時に起きて、手元の燭台の蝋燭に火をつけるのにはとても役立つのだから。


 着替えて髪を手櫛で整えると私は燭台を持って部屋を出た。

 室内にある何箇所かの燭台に火をつけ、ついでに竃にも火をおこして温めておく。

 これが私の毎朝の最初の仕事である。

 おかみさんは真っ暗な中、火をつけようとして床板を踏み抜いたことがあったらしく、私が毎朝明かりをつけておくと喜んでくれるのだ。


 そして私はおかみさん達が起きて厨房に来る前に水を汲んで、ついでに顔も洗っておく。それから髪の毛をしっかりと結び、三角巾とエプロンを身につけて身支度は完成だ。化粧をしなくていいのは楽でいい。髪の毛も以前の半分くらい、胸元までしかないので手櫛で整えて紐で結ぶだけなのだからすぐだし。


「おはようございます」

「クリスちゃん、おはよう」

「おう」


 ささっと身支度を整えて厨房に行くと、おかみさんとおやじさんは既に用意を始めていた。前日に仕込んでおいたパン生地のチェックやら成型やらだ。そして第一陣はすでに竃の中だ。

 パンを焼くのはあくまでおやじさんの仕事。わたしはまだまだ見習いなので手伝いだ。



 せっせとパン生地を成型していくおやじさんとおかみさんの邪魔にならない位置に陣取ると、粉や酵母など必要なものを用意し始める。

 私が焼くのは、修行用のパンや新作の試作品だ。

 それらはおやじさんからの許可が出れば店頭に出したり、近所の人に配って感想を聞いたりするのに使う。勿論自分でも食べるけど。


 今日は何を作ろうかな。

 色々考えて、メロンパンを作ることにする。

 前世でも時々パンを作る手伝いはしていたし、いくつかは作り方の手順や材料を覚えている。しかしこちらの世界で手に入れるのが難しい材料や、特別に型が必要なパンは作ることができない。

 なので、レーズンパンや、簡単なお惣菜パンを作るようにしていたが、たまにはがっつりとした甘さの菓子パンも作りたい。

 こちらの世界は中世ヨーロッパ風ではあるが砂糖やバター、スパイスなんかは普通に手に入る。日本より気温が低くて湿度も低いから冷蔵庫がなくても鮮度がそこそこ保つこともあり、平民でも食生活は中々水準が高いと思う。

 ただし甘い菓子パンはほとんど普及していないようなので、開発すれば珍しくていいかもしれない。ここで腕を磨いて、いつかは暖簾分けをしてもらって、菓子パンが名物のお店を開くのもいいかもしれない。


 そんなことを考えながらメロンパンのクッキー生地の部分を作る。私はメロンパンはサクサク派である。

 クッキー生地ができたらパン部分を作る。ここで私のチート技が炸裂する。

 なんと、私の炎魔法適正が役に立つのだ! 火の加護により、パン生地の発酵が早くなるという、パン屋をやるために生まれてきたような力である。

 ふんふんと鼻歌を歌いながらパン生地を捏ねる。楽しいひと時だ。

 いい感じに一次発酵ができたので、先程のクッキー生地でパンを包み、格子状に模様を入れた。よしよし、いい感じだ!


「できました! もうしばらく発酵させたら焼いて大丈夫です」

 私は鉄板にメロンパンの生地を並べて、竃近くの邪魔にならない位置に置いた。


「はいよ。こっちが焼き上がったらそれを焼いておくから、クリスちゃんは運ぶの手伝ってくれるかい?」

「はい!」


 おやじさんは感心したように腕組みしている。

「おめえのその加護とかいうやつはすげえな。速さが違う。しっかし変わった形だが、こりゃなんだ?」

「メロンパンっていうんです。この上の部分がクッキー生地で、甘いパンなんですよ」

「メロ……? 聞いたこともねえな。まあ焼き上がったら呼ぶ」

「はい! お願いします」


 結果的に言うとメロンパンは素人的な目線の出来では、十分に美味しかった。しかしまだまだ改良の余地がありそうだ。

 おやじさんの感想も概ねそんな感じで、今回はあくまで試作品として、普通のパンを購入した人へのオマケとしてつけることになった。


 うーん。パン屋チートの道はまだまだ長く険しい……。





 余談だが、この試作品メロンパンを食べたアンリ殿下は、しばらくの間毎日、メロンパンはないのかと聞いてくるようになった。

 実は甘党だったらしい。一度食べているところを見てみたいものだ。


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