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7 手遅れ悪役令嬢、幼女と戯れる

「マルゴさん、こんにちは!」


 パンの入った籠を片手に、もうすっかり通いなれた商店街をまっすぐ進み、あの古着屋の木の扉を開ける。カラン、ドアベルが音を立てる。

 マルゴさんというのがあの店主さんの名前だ。


「あっ! クリスおねえちゃん! いらっしゃい!」


 私を確認するやいなや喜色満面で私の胸に飛び込んで来るコレットを受け止めた。

 コレットはマルゴさんの娘さんだ。今5歳だという。

 くりくりの金色の巻き毛が愛らしく、前世に美術の教科書で見た宗教画の天使のような子だ。見た目だけではなく中身もとにかく愛らしい。


「コレットー! 元気だった?」

「うん!」


 私はコレットをぎゅうっと抱きしめる。子供特有の甘い香りを胸いっぱいに吸い込む。ぷにぷにと柔らかくて私よりも高い体温の体を抱きしめるのは最高に癒される瞬間だ。


「こら! コレット! おてんばも大概になさい! ごめんなさいね、クリスちゃん」

 コレットがいるとマルゴさんがすっかりお母さんモードに入るのは面白い。普段はしっかりものでおしゃれな店主さんなのに。


「いいんですよ。コレットが元気いっぱいで私もうれしい」

 すべすべのほっぺに頬ずりするとくすぐったいのかきゃっきゃっと笑う。あーかわいいなぁ。弟のエミリオは年子だったから、あまりこういう可愛がり方はしたことがない。ずっと年の離れた妹か弟が欲しかったのだ。


「あ、そうそう。マルゴさん、これ食べて」

 私はコレットを抱いたまま片手でパンの入った籠を差し出すと、マルゴさんは申し訳なさそうに眉を下げる。


「クリスちゃん……いつも悪いわね。もらってばかりで……」

「いいんですよ! 私こそマルゴさんにはお世話になってるし、コレットには癒されてますもん。あ、でも食べたら感想を聞かせてくださいね!」

「クリスちゃんのパンが美味しくなかったことなんて一度もないよ」

「えへへ……うれしいな。今日のこれは特に自信作なんですよ。おやじさんが珍しく褒めてくれたんです!」

「あら、ブレイズって絶対お世辞言わないのよ。本当に腕を上げたのね。すごいわ」


 ちなみにブレイズがパン屋のおやじさんの名前で、おかみさんはブレナだ。

 目的のパンは渡したし、コレット分を補給して疲れも取れたし、そろそろパン屋に戻ることにした。


「それじゃあ戻るね。近いうちにまた新作のパン作るから味見してね」

「うん! コレットね、あまいのがいい!」

「甘いのね、わかったよ」

 名残惜しいのでもう一度コレットをぎゅっとする。


「あ、そうだ。クリスちゃん、これ」

 

 マルゴさんは私を引き止めて手に持っていた布をふんわりと首に巻いてくれる。

 柔らかな風合いの黄色いストールだった。細めの糸でざっくりと編まれていて、黄色といっても落ち着いた色合いでシックな感じがする。

 その黄色がどことなく、アンリ殿下の黄水晶(シトリン)のような瞳を思い出して、慌てて打ち消した。


「うん、よく似合う。いい糸が手に入ったから編んでみたの」


 マルゴさんのお店は古着屋と言ってもこんな風にハンドメイドした服や小物も置いているのである。


「クリスおねえちゃん、にあう!」

「最近なんだか変な冷たい風が吹くでしょ。女の子は体を冷やしちゃいけないし、いい色だからクリスちゃんにどうかと思ってね。もらってくれる?」

「そんな。これ以上恩が増えちゃったら何も返せませんよー!」

「やーだ恩なんてこっちこそ、よ。それに恩返しってならそのストールを巻いて歩くのがこれ以上ない恩返しよ! あら素敵! どこで買ったの? ……って聞かれたら?」

「古着屋のマルゴさんの店です! でしょ?」


 私は笑いながら答えた。

 マルゴさんも笑いながら頷く。

 ありがたくストールはいただいて帰ることにした。確かに暖かい。


「それじゃあ……」

「おねえちゃんバイバイ!」


 私は古着屋さんから出ようと扉を開けたところできちんと前を見ていなかったからか、横から早足で歩いてきた背の高い男の人にぶつかりかけて慌てて避けた。

 おっと危ない。ちらりと見れば下町には珍しく身なりがいい。ぶつかる前でよかった。


「あっすみません」

「いや、こちらこそ急いでいたもので。すまなかったね」


 それで終わりかと思われたが、その男に急に肩を掴まれてギョっとする。


「まさか……クリスティーネ嬢……ですか!?」

「えっ…!?貴方は……」


 そこには見知った顔があった。

 かつて王立魔法学園で同じクラスだったフェオドール・オリックという男子生徒だった。



 そして彼、フェオドールは一時期エレナと親しくしていた人物で……つまり『恋情ラプソディア』の攻略対象キャラクターの一人でもあったのだ。


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