42 手遅れ悪役令嬢、正念場を迎える2
正念場、ではあるが。
せっかくマティアス殿下も目の前にいるし、先ほどのエドガーが戻るまで多少時間はありそうだったので、ユニトのことをマティアス殿下に頼んでみることにした。時間も勿体ないし、何度も王城に行くのは面倒だ。
できることからやるのがモットーである。
「勿論遊んで暮らせる待遇とは言いません。はっきり言ってそこらの修道院に入れたって、今よりはマシだと思います」
ユニトが今更、日々の労働や他人とのコミュニケーションを必要とする修道院に行って上手くやっていけるかはわからない。けれど、あの離宮で軟禁状態のまま、もうカステレードから届く物資もなく、これからの日々を不安だらけで過ごすのなら、心機一転させた方がマシだろうという気持ちだった。
一方的過ぎるのはわかっているし、同じ前世の記憶を持つユニトに必要以上の肩入れをしているのもわかっている。
けれどもかつて私が公爵家令嬢からパン屋で働くことを経験していることもあり、頑張ればユニトにもできるはずだと私は楽観視していた。
幸い、アンリ殿下も同様に口添えしてくれたおかげで、マティアス殿下はユニトの処遇について考えてくれそうだったが……。
「はっ、今回のことがただのでまかせ、狂言の類でないとまだわかったものではないだろう」
ローランはそう憎々しげにそう言うが、それも一理ある。
もし何事も起きてなければ、ユニトの出まかせと、それに乗せられてしまったアホな令嬢(私)という状態にしか思えない事柄だ。
前世のファンディスクがどうのこうのと言えない以上、かつて預言者と呼ばれたユニトの託宣で通すしかないのだから。自分で言っても非常に胡散臭いことこの上ない。
マティアス殿下だって本気で信じてはいないけれど、アンリ殿下と元婚約者の私の言葉を無碍にできないだけだろう。
「今回、ベルトワーズはこれ以上の肩入れは無理だ。可愛い娘の頼みでもできないものはできない」
そう言ったのはお父様で、その理由もたしかにわかる。
ベルトワーズ公爵家がカステレードの血筋の人間を表立って擁護するのは政治的に色々と問題があるのだろう。
「ですが、マティアス殿下。この場合でしたらやはり修道院に入れるのがいいでしょうね。彼女はカステレード公爵の腹違いの妹に当たります。法に照らし合わせた場合、彼女は二親等であるため修道院が妥当となります。腹違いであること、長期間に渡り離宮にいた為、カステレード公爵と接触が少なかったであろうことが加えられます」
お父様は実に正論でマティアス殿下にそう言う。
マティアス殿下は頷いた。
「そしてこれが重要なのですが、彼女がいかに離宮で不遇をかこっていたとしても関係ありません。先王の側室であること。それ自体が名誉なことだとされています。その立場を剥奪し、罪を償うという名目により修道院に送れば反カステレード派にも面目が立ちましょう」
実際、反カステレード派のローランも罰則を考えた上での修道院ならまあ許容という態度だった。
カステレードの血筋なせいで、当の本人であるユニトに意見を聞くことはできない。あくまでこれは罰だからだ。
ただ利用されたユニトに悪意はない。しかしただカステレードに生まれたことがある日突然罪になることだってありえるのだ。この世界には。それは私だって例外ではない。ベルトワーズだって同様に没落する可能性はいつだってある。王族も同じだ。
ゲームではない、現実なんてそんなものだろう。
前世のように平和で豊かな国であっても、わたしやカトウマイコのように、若い身空であっさりと死んでしまうこともありえるのだから。
しかしこれでユニトはなんとか今の境遇から抜け出せそうだ。
修道院だってピンキリではあるが、マティアス殿下が選んだところなら大丈夫だろうし、少なくともあの離宮よりはマシだ。毎日修道院で祈りを捧げ、仕事をして、たまには美味しいものを食べて、ささやかでも日々を楽しく過ごして欲しい。
もしかするとユニトとイレールは別々の修道院……イレールは下手したらもっと重い処遇になる可能性もあるのだが。今のユニトに必要なものは彼女を受け入れてくれて、きちんとした生活が送れる場所だろう。
「王都から少し離した方がいいかもしれないね。またカステレードの他の子女がおらず、受け入れをしてくれそうなところを探さなくてはね」
と、ようやく話がまとまり始めた時。
「……ちょっと、遅くないかな?」
ふとそう言ったのはアンリ殿下だった。
顔を上げて扉の方を見ている。
そしてそれが、牢を見に行ったはずの護衛騎士エドガーが一向に戻らないという意味だと一瞬遅れて私は気が付いた。
確かに思ったよりも時間た経ちすぎている。広い王城内だから牢まで行って戻るまでにそれなりに時間がかかるとは思っていたが、ユニトの件で白熱しすぎて、時間の感覚をうっかりしてしまっていた。
お父様も眉を寄せている。
「……まったく……エドガーはサボりか。戻ってきたらしごいてやらんとな」
ローランはそう言いつつも、彼から立ち昇るピリピリした雰囲気がさらに増していく。
警戒モードに入ったのが武術に疎い私にもわかる。
多分これが殺気だとかそういうものなのだろう。
ぞわりと体の産毛が立つような感覚。
ユニトも何事かを感じているのか、ローランから離れようとするように1歩下がった。
「……どうする? 何かあったにしろ、この人数では更に人員を割いて様子を見に行くのは難しい」
アンリ殿下はひどく冷静にそう言う。
確かに、マティアス殿下やアンリ殿下は、それなりに腕が立つにしろ最も重要な護衛対象だ。
護衛騎士のローランはマティアス殿下の側を離れられない。アンヌもアンリ殿下を守る為に同様。
そしてお父様が腕が立つがどうか私にはわからない上に、大貴族の当主である。本来なら当然警護対象だ。
残る私とユニトとイレールは完全に非戦闘員だ。はっきり言って何の役にも立たないのは自覚済みだ。
私はユニト達となるべく固まって部屋の中心からジリジリと離れた。何かあった時にせめて邪魔にだけはならないようにと。
――その時、扉がガンガンガン、と激しい音で叩かれた。
扉を守る衛士がびくりと跳ねた。
私の心臓も同様に跳ねた。
扉を守る衛士が、どうするか伺うようにマティアス殿下の方を向く。
「……開けてくれ。エドガーが戻ってきただけかもしれない」
「は、はっ」
衛士は若干のへっぴり腰で扉を開けた。
ローランは抜刀はしていないものの、片手を腰の剣の柄に当てている。
おそらくいつでも剣を抜けるように……一瞬で攻撃ができるようにだろう。
「た、助けて! 助けてくださいませ!」
部屋に転がり込むように入ってきたのは女性――服装からおそらく王城の侍女だ。
顔に見覚えはないが、私は王城内の侍女を全て網羅しているわけではない。幾人か知っている侍女がいるだけの話で、それはマティアス殿下やアンリ殿下も同様だろう。王城内に侍女はかなり多いし、王城内の侍女はそのほとんどが貴族出身ではあるが、家格によっては、王族ともほとんど顔を合わさないようにさせられていると言うからだ。
駆け込んできた侍女は血相を変え、ほっそりとした肩を震わせて、扉を開けた衛士に掴みかかったまま腰が砕けるように地面に座り込む。
その勢いで扉を開けた衛士も巻き込まれて一緒に尻餅をついていた。
「おい、どうした!?」
ローランはそれでも警戒の構えを解かずに侍女に問うた。
侍女は青ざめ、ワナワナと震えながら己が飛び込んできた、開け放たれたままの扉を指差す。
「お、男が牢から逃げて……! 騎士の方が刺されました! わたくしは命からがら逃げて……」
私の方に背を向けて座り込んだ侍女のエプロンのリボンが、彼女が身じろぎするたびにヒラヒラと揺れる。
あ、リボンが縦結びになってる、と気が付いて、つい目で追った。
私はそんなその場にそぐなわないことを考え、そしてそのリボンの先に付着した赤黒いシミに気が付いた。
赤黒いシミ――これは血だ。
「ちょっと貴方! 怪我しているの? ……リボンに血が――」
私がそう言いかけた時、既にその侍女はスルリと俊敏な猫のように動いていた。
「ガッ……!」
尻餅をついていた衛士の足元にパタパタと音を立てて落ちるものは……真っ赤な血液。
それに気が付いた瞬間、私の喉から悲鳴が迸っていた。
侍女――いや侍女に扮した暗殺者は衛士に小刀のようなものを突き立てていた。
小刀が引き抜かれると同時に血が溢れる。
衛士は地面にドサリと崩れ落ちた。
そのまま流れるような動きで、私の目でははっきりとはわからないけれど、何か細い金属の棒状ものをマティアス殿下に投げた。
武器には詳しくないが、投擲武器のようだった。飛び苦無のようなものかもしれない。
暗殺者は衛士の血に塗れた小刀を右手で握ったまま、左手で投げたのだ。
しかしそれはローランに弾かれた。
だが暗殺者はまさに忍者のようにいくつもの苦無のようなものを投げつつ高速移動してマティアス殿下との距離を詰め――しかし勝負は一瞬で終わった。
ローランがさっと剣を抜いて踏み込むと、その暗殺者の胴を横切りに切ったのだ。
剣筋が早すぎて私にはそんな説明しかできない。
剣の勢いで弾かれるように暗殺者が吹き飛び、壁に叩きつけられ、鞠のようにバウンドした……その瞬間、キラリと何かが光ったのが見えた。
切られていながらもあの僅かな一瞬でまたも苦無を投げたのだ。
ひとつはマティアス殿下……それはあっさりとローランに弾き飛ばされ、その勢いのまま追撃をされて暗殺者は動かなくなる。
二本目、アンリ殿下の元に投げられたのも同様、アンヌが。
そして最後の一本。
それはカステレード公爵家の人間であるユニトを狙ったのか、それとも私を狙ったのかは、わからない。
私達は邪魔にならないようにと固まっていたからだ。
暗殺者がユニトの顔を知っているとも思えないし、しかしながら私にも狙われる要素はないと思う。
先ほど声をかけたからかもしれない。
もしかしたら、ここにいる女性というだけで、マティアス殿下の婚約者とか妻と勘違いされたのかもしれない。
しかし理由なんて詮無いことだった。
ただ、その苦無が私に向かっているということが事実であり、私にはそれを避けるとか弾くとかは無理な芸当だということだけだった。
そう、前にもあったこんな感覚。
卒業パーティの控え室でヨシュア・アトキンに襲われた時のことだ。死ぬ直前はゆっくりに見えるのだというアレ。もう2度と味わいたくはなかった。
前の時には……アンヌがいた。
しかし、下手に部屋の中心からジリジリと離れていた私達のところには、戦う心得を持つものは誰もいない。アンヌでも無理だ。距離がある。届かない。
アンリ殿下も遠い。
アンリ殿下は私の方へ腕を伸ばし、駆け寄ろうとしていた。
――けれどそれは間に合わない。
「クリスティーネ!!」




