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41 手遅れ悪役令嬢、正念場を迎える

 マティアス殿下の執務室は広々としているが、人は少なく閑散としている。


 顔見知りの従僕と扉を守る衛士の他、護衛騎士であろう全身鎧を着た男性が2名いた。

 顔まで覆われているので個人の区別は付きにくいが、私の知っている人ではなさそうだった。

 おそらくヨシュア・アトキンの後釜としてマティアス殿下の護衛になった騎士なのだろう。


 そしてもうひとり――


「お父様……」


 そこには2週間ぶりであるお父様の姿があった。


 仕事で忙しく、王城に詰めているのは知っていたが、マティアス殿下のところにいるとは思っていなかった。

 しかし陛下からの引き継ぎや、カステレード公爵家の件でマティアス殿下の下にいてもなんらおかしくはない。


 けれども未だに気まずい思いを引きずっている私には、どんな態度を取ればいいのか判断もつかない。

 お父様は公爵家当主としての顔をしつつも、こちらに話しかけたい雰囲気を醸し出しているのがわかった。

 しかし私はこちらから娘として話しかけることはせず、マティアス殿下に貴族令嬢としての挨拶をするだけに留めた。別に意地悪をしたいわけではないが、かつてお父様が私の記憶を弄ったこと、それはなかったこととして流すにはまだ胸の中にしこりが残っている。

 こういうことは大抵時間が必要なのだ。つまり私がもういいかなって思うまでは放置!


 アンリ殿下にもこの話はしていなかったが、私達の間に漂う気まずい雰囲気に気がついたのだろう。

 私の肩に優しく手を置くと「マティアスには僕が話すから、必要があったら補足をして欲しい。それから彼女のことを見ていてあげて」

 そう言ってユニトを私に預けて、マティアス殿下に今回来訪した理由――暗殺の可能性があることを伝えたのだった。


 ……アンリ殿下は察しがよすぎる。また助けられてしまった。気が利きすぎるのだ。


 しかし、王城のしかも皇太子殿下の前ということもあり、ユニトもイレールもカチコチに緊張し、手を取り合って固まってしまっている。

 いきなり連れてきてしまったのが気の毒なほどだったので、私が小声で挨拶の仕方を教えたり、睨みを利かせている護衛騎士から少しでも距離を取ったりと、少しくらいは自分が出来ることをした……と思いたい。



 アンリ殿下が要約した話を聞いたマティアス殿下は眉を顰めて何事かを考えているようだった。簡単に信じてもらえるとは思っていない。しかも先触れは出したとはいえ、いきなりカステレードの血筋の者を連れてきたのだから。

 こうしてマティアス殿下の執務室まで顔パスで通されたのは、単に王弟であるアンリ殿下のおかげなのだろう。

 

 マティアス殿下は戸口に立っていた自分の従僕を呼び、何事かを伝えている。

 従僕はそのまま退室していった。

 マティアス殿下のことだから、真っ先に、ここにはいないエレナの安全を確保させに行ったのかもしれない。


 しかしながらマティアス殿下のふたりの護衛騎士のうち、おそらくは地位が上の方であろう騎士――名前も名乗らず、わからないのでとりあえず騎士Aと呼ぼう。

 騎士Aはそのフルフェイス越しにもわかるほどあからさまに、信じていないどころか私達にピリリとした敵意を向けたままであった。


「殿下、信じる必要はございません。ソレはあのカステレードの者でしょう?」


 そうユニトをソレ呼ばわりする騎士A。

 ユニトは騎士Aの悪意を敏感に感じ取ったのかびくりと体を竦ませる。

 私はそんなユニトをなだめるように肩に手を添えた。

 騎士Aはそんな私達にフン、と鼻を鳴らした。


「それこそ罠かもしれません。卑劣なカステレードですからな。それに万が一に真実だったとしても、我らが御身をお守りしますゆえ」

「……しかしながら、マティアス殿下をお守りするのに四六時中お側に付くにしても限界があるでしょう? 勿論護衛騎士団の優秀さ、強さはよく存じています。しかし寝ている時も食事をしている時も全く気が抜けない状態だ。そしてそれが何日続くかはわかりませんが、人の集中はそれほど長くは続きません。いずれ疲弊し、隙ができた時に狙われるかもしれません。信用に値する護衛騎士が総出で交代制で侍るよりも、その暗殺者をどうにか捕縛するなりなんなりした方がいいかと思われますが」


 そう言ったのはお父様だった。確かにその通りだ。

 騎士Aも負けじと言い返す。


「だがそもそもカステレードの者を信用する方が間違っている! ベルトワーズ公爵も、カステレードの厄介さは身にしみているはずです。ご息女の戯言に乗せられるなど以ての外」


 騎士Aはかつてカステレードに煮え湯を飲まされでもしたのだろうか。とにかく否定的な物言いだった。


「そうですね……確かに簡単に信じるわけにもいかない。しかし、カステレードはもう完全に終わったのです。そこにいる女性は最早カステレードの人間というわけではない。むしろカステレードの被害者のような女性だ。マティアス殿下を害する必要もないでしょう?」

「そのような。そこの女のただの愚かな私怨かもしれないではないか!?」


 騎士Aは騎士だけあって直情型なのか、お父様に向かって声を荒げ、もうひとりの騎士に「まあまあ……」と抑えられている。


 その騎士Bは鎧越しにも多少は若い声に聞こえるので騎士Aよりは若いようだった。


「わかりました。とりあえず、まだ信じるとか信じないとかは一旦置いておきましょう」


 騎士Aに比べると騎士Bは若いながらも柔軟なようだった。


「そしてベクレイアの間者が逃げたどころか不審な動きをしているなどという報告は、今のところありませんでした。しかしながらそのような情報がもたらされたのを放置しておくわけにも参りません。私が一度確認して参りましょう。殿下、よろしいですか?」


 成り行きを見守っているようだったマティアス殿下もそれには賛成なようだった。

 騎士Aは「そんなこと衛士にさせればいい」とひどく腹立たしげだったが。


「まあまあ、落ち着いてくれ。我が護衛騎士の強さは私もよくわかっている。しかしまずは情報が必要なのだ。ではエドガー、頼めるかい?」


 騎士Bことエドガーは、マティアス殿下に騎士の礼を取ると、この王城内のどこかにある地下牢へフットワークも軽く向かっていった。




 さて、この部屋に残るはマティアス殿下、護衛騎士A、そしてお父様。それからアンリ殿下とアンヌ、私とユニトとイレールである。

 あとはしっかりと閉めた戸口のところに衛士が扉を守るように立っているだけだ。

 マティアス殿下を守るためには少々人数が心許ない気がするのだった。

 せめてオルガもいればもう少しは心強かったのだろうが、さすがに早馬で体を酷使させた直後だ。もう少しくらいは休ませてあげたい。


「護衛が少ないと思っているのだろう?クリスティーネ嬢。それはね、カステレード公爵の息のかかっていた者……いわゆるカステレード派であった者を排除しているからだね。先ほどのエドガーやこのローランは言わば反カステレード派なのだよ」

 

 マティアス殿下は苦笑いを浮かべながらそう言った。


 む……また顔に出てしまっていたようだ。

 私は曖昧に頷いた。


 そしてようやくわかる騎士Aの名前。

 彼――ローランはやはり物言いの通り反カステレード派であったようだ。


 カステレード公爵家は取り潰され、それに連なる者は捕らえられ隣国と通じた罰を受けることとなった。しかし、今回のことで罪にはならないものの、カステレード公爵家の肩を持っていた貴族や騎士も数多い。彼らはカステレード公爵家の甘い汁を吸っていた連中だ。


 そういった連中は、次は他の貴族……例えばうちのベルトワーズ公爵家に取り入ろうとしたり、下手したら成功したベルトワーズ公爵家に逆恨みもしかねない。もしかすると王家にすら逆恨みをする者がいてもおかしくない。危険なわけだ。

 勿論それ以外の中立派だとか他の派閥もいるのだろうが、今はまだゴタゴタしている状況で見極めが難しいのだろう。


 だからマティアス殿下の周囲は特に気をつけて配備されているのだろう。それがこの少人数の理由だ。それでも敵味方が混ざっているよりも安全だというわけだ。


 マティアス殿下もまた、味方の少ないかつてのアンリ殿下と似たような立場になってしまっている。そのためにこのローランも普段よりピリピリとしているのだろう、とまあいうことにしておこう。その態度には少しばかり腹も立つのだけれども。

 実際にベルトワーズの人間である私がカステレードの血筋であるユニトを連れて来ているのだ。ローランの方も私のことを何を考えているのだと思っていることだろうから。



「まあ、そういうわけで私が暗殺される可能性は勿論示唆されていた。そして、その女性の言うことが真実であれば、今がまさに正念場と言うところだろうね」


 マティアス殿下は言う。暗殺されるかもしれないのだ。不安でないはずはないのに、その鷹揚とした態度は立派だった。

 民を不安にさせないというのも、上に立つ者には必須なのであろう。

 彼の端々から時期国王としての自負が見えるようだった。


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