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40 手遅れ悪役令嬢、転生者に出会う2

 廊下に出ると、アンヌはすぐに出発出来るようにと、表に馬車を回してくれているとのことだった。

 私のやり取りだけですぐに察してくれたのがありがたい。


 私はアンリ殿下に小声でファンディスクの内容にあったことを伝える。


「……マティアス殿下が暗殺される可能性があります。急ぎ王城に向かいましょう」


 アンリ殿下は頷く。


「詳しくはここではなく馬車で説明を……」

「お待ちください!」


 言いかけた私を遮るように、ユニトの部屋から侍女が出てきた。

 確かユニトがイレールと呼んでいた侍女だ。


「どうか……姫様を助けていただけないでしょうか……」

「……ごめんなさい。急いでいますから。次に伺った時にまたお話を聞かせてください」


 冷たいだろうが、今はそれどころではない。

 ユニトはあの通り、悪い人間ではなさそうだし、短時間で確かに情もわいていたけれど、今優先すべきは少しでも早く王城に向かい、マティアス殿下にファンディスクの内容を伝え、暗殺を未然に防がなければならないのだから。


 しかしイレールはなりふり構わず取りすがってくる。


「お願いします。カステレード公爵家は取り潰しと伺いました。もう姫様を……ユニト様をここから解放してください。この20年、先王様の訪れなど一度たりとてありませんでした。ユニト様がいなくなってもここでは困りはしないはずです。ですが、わたくし達だけでは出ることが叶いません! ですから、どうかユニト様もお連れになってください……処罰ならわたくしが受けます。……それにおそらく()()()について詳しいことを知っているのは、ユニト様だけでしょうから、お連れくださればきっとお役に立つはずです」

「……!」

「わたくしがユニト様からその話を聞いた時、固く口止めをいたしました。わたくしも誰にも……カステレード公爵にも話していない事柄です」



 私は無言でアンリ殿下を見上げた。はっきり言ってこの離宮から側室であるユニトを勝手に連れ出すのは難しいだろう。しかし、私がファンディスクの内容を詳しく知らない以上、ユニトの知識が役に立つ可能性は高い。


「アンリ殿下、ユニトを連れて行った方が詳しい事情を聞けるというのは確かだと思います」

「……わかった。連れて行こう」


 アンリ殿下の言葉を聞いたイレールは慌てて部屋に戻ると、ユニトを引っ張って連れてきた。ユニトは何が起きたのかわからない様子で目を白黒させている。


「えっ、なに? 今日は外に出ていいの? 怒られない?」

「ユニト、行きましょう。時間がないから」


 おずおずと頷くユニトの肩に手を置いた。


「う……うん」


「イレール、貴方も来なさい」


 そう言ったのはアンリ殿下だった。


「ひとりだと彼女が不安がるかもしれないし、貴方にも聞きたいことがある。……貴方がカステレード公爵にベクレイアの情報を流したのですね」

「……はい、その通りです。姫様……ユニト様の為にと……僅かな紙やインク…茶葉と引き換えに行いました。ユニト様は何もしておりません」

「わかった。彼女のことは悪いようにはしない。貴方さえ正直に話してくれれば、情状酌量の余地があると伝えよう」

「あ……ありがとうございます……」


 ユニトは言っていた。ここには誰も来ないと。

 王妃もカステレード公爵も直接来てユニトから話を聞くこともなかったのだ。そもそも王妃や公爵であってもこの離宮に頻繁に立ち入るのは難しかっただろうし。

 一方で、このイレールは侍女としてユニトのための雑用をこなす必要があり、その際に外部の人間と接触することもあった。それが王妃やカステレード公爵の手の者だったのだろう。

 寵愛のない側室というのは、実家からの金品を当てにしないとまともなな生活を送れないとも聞く。ユニトの部屋を見ればわかるが質素どころの話ではない。どうしても必要なものは実家からの金品で賄わなければならなかったはずだ。しかしユニトは厄介払いされた身である。それをしたカステレード公爵家がそんな簡単に仕送りはしないだろう。

 そしてユニトは侍女のイレールに暇つぶしを兼ねてゲームの話をしていたとも言っていた。つまりイレールがカステレード公爵にベクレイアの情報を流し、その代わりに必要最低限の金品を受け取るしか彼女達には生きていく道がなかったのだろう。

 イレールはおとなしく従った。おそらくは軽くはない罰が下されるだろうに。

 それでもカステレード家が没落した今では、そんな僅かな金品さえ事足りぬ日々だったのだろう。私達が来たこの機会を逃すわけにはいかなかったのだ。


 ……実家にさえ厄介払いをされていたユニトの行く末を心配していたのは、きっとこの人だけだったのだ。

 もしかしたら、アンリ殿下にはイレールがパトリシアと重なって見えるのかもしれない。少しだけ優しい声だと私にはわかったから。




「私は馬を借りてマティアス殿下にすぐ面会出来るよう、王城に先触れを出しておきます」


 オルガはそういうと、僅かにドレスの裾をたくし上げるとものすごい勢いで走って行った。侍女のドレス姿でもあそこまで機敏に走れることに私は驚いた。そしてこの迷路のような離宮の端から案内もなしに出入り口まで戻れることにも。


 離れたところで待っていた、先程案内をしてくれた衛士が走り去るオルガの勢いに驚いた後、慌ててこちらに駆け寄ってくる。


「ちょ、ちょっと待ちなさい!! すみませんが、側室の方を外に連れ出すのは……」


 衛士が止めにかかってくる。

 ユニトはそんな衛士の剣幕にびくりと身を硬くした。

 それを留めたのはアンリ殿下だった。


「陛下の命令で彼女らの取り調べが必要なのだ。急ぎなのでこのまま王城へ連れて行く。僕の権限で問題ないはずだ。手続きは後ほどこちらでやっておく。……構わないね?」

「わ……わかりました」

「では出口まで案内を頼む。急ぐんだ」

「はっ、こちらです」


 衛士は王族のアンリ殿下にそこまで言われ、渋々ながらも引き下がった。



 この離宮は側室にとって牢獄というのもわかる。このように自分の意志で出るのも無理、家族が連れ戻すこともできない。入ったら終わりなのだ。思い描いていた絢爛豪華な後宮物語のようにはいかない。ユニト以外にもこんな生活を送っている女性がたくさんいるのだろう。それらの全てを救うことは私にはできない。ただ大義名分があるこのユニトひとりを連れ出すのが精一杯だった。

 ここに配分されている予算にもキリがある。おそらく、先王の寵愛が深い女性に優先的に予算が割かれ、ユニトのように見捨てられたも同然な側室達は紙やインクを手に入れることだって難しく、古いドレスをいつまでも着て、些細な物が入用になっても実家からの金品に頼らずを得ない。


 私は最後に一度振り向いてその部屋の扉を見た。

 虚栄に満ちた古びた扉だ。



 それでもユニトにはこの場所しかなかったのだ。

 ユニトもイレールも急なことだというのに何ひとつ持ち出そうともしなかった。持ち出したい荷物のひとつもなかったのだろう。


「さあ、ユニト、行きましょう」


 そう促すとユニトは目に見えてホッとした顔で頷いた。



 ユニトは20年、ろくに出歩かなかったからか、かなり歩くのが遅いしすぐに息を切らせていた。それでも私達はできるだけ急いで入り口まで戻るのだった。

 出てすぐのところにアンヌが手配しておいてくれた馬車が横付けされている。

 私達はそれに乗り込み、急ぎ王城へ向かうのだった。





「クリス、マティアスが暗殺されるというのは」

「はい、私よりユニトの方が前世の記憶に関して詳細に知っていました。恋愛ラプソディアのファンディスク……ええと番外編……いや後日談、かな。そういうものがあったそうです。そこに暗殺の話が出ていました。ユニト、詳しいことを聞かせてくれる?」

「は、はいっ。ファンディスクは本編ゲームの一年後が舞台で、シナリオは何本かあるんだけど、それのひとつがヒロインがマティアスルートに入ったその後ってことになってる話で、それのせいでマティアスルートがメインルートって確定しちゃって、掲示板もすっごく荒れちゃって……」

「ユニト、ストップ! 暗殺されるルートの内容に関することだけお願い。とにかく本編の一年後ったことは、まさに今頃なんです」


 ユニトは説明は上手ではないものの、非常に細かく多くの内容を記憶していた。

 ゲーム内のことに詳しいだけでなく、設定資料集や公式ガイドブック、はたまた制作スタッフが個人的に作った同人誌やトークショーでの話、プロデューサーやライターのSNSでの四方山話のようなものまで、世界観の設定などの多岐にわたった情報を集め記憶しているようだった。それだけ好きなゲームだったんだろう。


「地下牢に入ってた他国の間者が逃げてしまって、ミニゲームで低い点数か、選択肢を全て間違えるとバッドエンドでマティアスが刺されて……」

「ユニト、マティアス殿下とアンリ殿下にはちゃんと殿下ってつけること。王様のことは陛下って呼んでね。あと敬語はわかる? 王城ではできるだけ敬語を使うこと。挨拶なんかはもしわからなかったら私の真似をして」

「あ、えっと、はい……」


 ユニトは頷いた。思っていたよりずっと素直で扱いやすいのは助かった。


 ユニトの話は非常に長く、ゲームに関わる内容ばかりだったので割愛する。



 おそらくゲームにおいて暗殺者と呼ばていれる男とは、隣国ベクレイアから引き渡されているという、陛下に呪いをかけた間者である可能性が高かった。その男は今は王城の牢にいるはずだが私には詳しい情報はわからない。


 ファンディスクには、その間者が牢から逃げ出して、マティアス殿下を暗殺しようとするイベントがあるらしい。しかしユニトの話ではミニゲームでの点数が低く、なおかつ選択肢を間違え続けるとマティアス殿下とエレナの親愛度が下がりバッドエンド……暗殺が成功しマティアス殿下が死亡するというものだった。



 しかしながら、この世界はゲームとよく似てはいるものの、実際にミニゲームが起きるわけでも選択肢が出るわけでもない。

 どういった会話をするのかはユニトのおかげでわかったが、どこまでがゲーム通りになるのかもわからない。

 そもそも親愛度を高く保てることができれば暗殺されない、とかゲームならではの理屈がわからない。だからありえる可能性を潰していくしかないのだ。



 そして暗殺される場面は数カ所あるらしい。

 まずひとつめは何らかのセレモニー、これははっきりと何のセレモニーかはゲーム中では言われていないらしい。前世において他国の大統領がパレードの最中に暗殺された事件が昔にあったから、それのパロディなだけかもしれない。

 そして近隣の農村の視察時、最後に陛下の執務室の3箇所だそうだ。陛下の、とは着くが一番いる可能性が高い執務室が厄介そうだった。


「結局、マティアス殿下に注意喚起と護衛を増やしてもらって、あとはその間者がまだ牢にいるかを確認してもらってからでしょうか」


 私の言葉にアンリ殿下も頷く。


「マティアスにはその暗殺されたという場所にも近寄らないように予定を変更してもらおう。近隣の農村への視察は予定がないけれど、王城内の薬草畑を視察する予定があったはず。そちらは中止として、セレモニーは……しばらくはやる予定がない。あとは陛下の執務室からは離れてもらう」

「そうですね、それから万が一に備えて、癒しの魔法を使える人をすぐに呼べるようにした方がいいのではないですか?」


 癒しの魔法は使える人がそう多くはないけれど、王城内にはいざという時に備えて必ず数人はいるのだ。そして治療が一分一秒でも争うような怪我の時にはすぐに駆けつけられるような場所に控えていてくれたほうがいいだろう。


「うん、そうだね。近くに控えさせよう」


 そんなことを話しているうちに馬車は王城へ着いたのだった。






 先触れを出してくれていたオルガと、王弟であるアンリ殿下のおかげで、怪しい部外者を連れているにも関わらず、私達一行はマティアス殿下のいる部屋までスムーズに来ることができたのだった。

 尚、先触れを出して馬で全力疾走してくれたオルガはさすがに疲弊しきっており、別室で休ませることになった。


 マティアス殿下はこの時間は当然仕事中だったので、マティアス殿下が普段から使っているという執務室に通された。


 暗殺される可能性があるのは『陛下の執務室』だというから、そこに比べればおそらくここの方が多少は安全なのかもしれない。とはいえ暗殺者が狙っているのならこの王城内のどこにも安全な場所なんてないのかもしれない。

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