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37 手遅れ悪役令嬢、念願の帰宅をする4

「……ユニト・カステレード……? その名前、もしかして……」


 以前、フェオドールが言っていたような気がする。カステレード公爵家の庶子に、預言者と呼ばれた子供がいたと……そしておそらくは私と同じ転生者の可能性が高い人。確かそんな名前ではなかっただろうか。


「……やはり知っていたか。ユニト・カステレード、彼女は前カステレード公爵の庶子で、20年以上も前に預言者だと巷で評判になった女性だ。サロンに彼女を招いて話を聞くのが一部の貴族の間で流行したんだよ。私は直接の面識はないが、ユニトの語る話は前世で知ったのだとも言われていたのを聞いたことがある」

「……前世……」


 前カステレード公爵の庶子ということは、今回の事件を引き起こした現公爵の腹違いの姉妹にあたるはずだ。


 そしてそこでも前世の話が出たことで私は確信をする。

 しかし前世を含む私の話はアンリ殿下に余すことなく伝えてはいたが、そのアンリ殿下からお父様に何処まで話したかは聞いていない。態度も何も変わっていないから、もしかしたら説明しにくい前世の話は省いたのかもしれないと勝手に思っていた。


 けれど――確かに聞いていたのだ。私の前世の話を。


「アンリ殿下からクリスティーネの前世の話も聞いた。信じられないだろうが、本来知り得ない情報を知っているのはそのせいだとね」


 お父様は言いにくそうにひと呼吸おいた。


「……しかしね、私はクリスティーネが前世の記憶を持っていることは、ずっと知っていたんだ」


「知って……た……? お父様が? ……そんな」


 うそ、と口を押さえた。

 衝撃の事実に、突然地面がなくなったかのように足元がふわふわと揺れた。座っていなかったら倒れていたかもしれない。それほどに私は狼狽していた。

 そんなはずはない。

 記憶を取り戻した一年前の卒業パーティー以来、顔を合わせたことなどほとんどなかったはずだ。アルノーさん経由で私の動向を監視していたにしろ、前世の話など誰かに漏らしたこともないのだから。



「ああ……。だがそれを説明する前にユニト・カステレードの話をさせてくれ。ユニトは幼少の頃に、ひどい高熱を出したのだそうだ。すぐに回復はしたものの、それ以来、変なことを言い出すようになったのだという」


 高熱……それがきっかけで前世の記憶を取り戻したのだろうか。では私が一年前に前世の記憶を取り戻したのも、何かきっかけがあったのだとすれば……あのタイミングであれば、ヨシュアに秘術をかけられたことだろうか。



「ユニトの話す内容は20年以上前からすれば、大抵はずっと未来の荒唐無稽なことばかりだったが、中には当たっていることもあったらしい。幼く政治情勢もろくにわからないような子供が言い当てるのだから本物だと、一部の貴族の間で話題になった。中でもアドリエンヌはユニトを気に入っていた。陛下との婚約が決まる前から、アドリエンヌが正妃になると言い当てていたからね。実際に婚約者に選ばれたことで更に活気付いた。アドリエンヌのような上級貴族の令嬢の御用達ということもあり、ユニトは持ち上げられていた」


 やはり、ここで王妃アドリエンヌと転生者のユニトが繋がるのだ。ユニトからエレナに関する話を聞いて、ヨシュアを使って都合のいいように画策したのは間違いない。


「しかし、ユニトはその後に起こるベクレイアとの戦争については一切当てられなかった」


 それも当然だろう。ユニト・カステレードが転生者であるなら、ゲームで知りえる知識しかない。ゲームに出てこない過去の戦争などわかるはずがない。


「そして戦争で情勢がゴタゴタしたのもあって、預言者ユニトは一過性の流行で終わった。そしてユニトはあっという間に見向きもされなくなった」

「その後はどうなったのですか? 情報通のフェオドールさんもよくは知らないようでした。庶子とはいえカステレード公爵家の令嬢ですから、どこか遠くで結婚をされたとか?」


 実際の年齢はわからないが、20年以上前の人物であれば少なく見積もっても30代以上のはずだ。 

 もしくは、今回の件で既に幽閉か修道院にやられている可能性もあるとは思ったものの、それは口にはしなかった。

 しかしお父様は苦しげに首を振るのだった。


「いいや……。ユニトはその能力でもてはやされるばかりで、貴族教育も一切施されなかったらしい。流行が去ったことでカステレード公爵家からも見捨てられ、今までまともに教育もしていなかったから学園に通うことも許されず、先王の側室として離宮に追いやられたのだそうだ」

「先王……それって……アンリ殿下のお父様の……!?」

「そうだ。先王の離宮にはたくさんの側室がいる。その中のひとりだ。あそこはまさに先王を隔離するための場所だよ。同様に側室には自由もなく、出ることは許されない。自分で望んだわけでもないのに哀れなことだ。……もう20年になる」

「まだ……生きているのですか?」

「おそらくは。とはいえ調べてみないことにはわからないが。……会ってみたいかい?」


 私は躊躇った。私以外の転生者……わたしと同じゲームが好きだった人。会ってみたいけれど、何を話せばよいのだろうか。

 

「会って大丈夫なのですか……? その、今回の件で……」

「カステレード一族の処罰に則って言えば、前カステレード公爵の庶子であるため修道院に送るのだが、そもそも彼女は離宮から出ることができない以上関与していたという証拠もない。今回の件とは無関係ということになりそうだ」


「あの、お父様。そのユニト・カステレードは、おそらく私と同じように前世の記憶があり、ベクレイアの呪術の情報をカステレード公爵や王妃に伝えたのだと思います。ですから完全に無関係というわけでは」

「ああ、その可能性は高いだろう。しかし、もうカステレード公爵家は没落した。ろくに教育を受けていない無力な側室ひとりを放置したところで何もできないだろう。あの離宮自体が牢獄のようなものだから」

 

 私は眉をひそめた。

 やけにユニト・カステレードの肩を持つお父様に違和感を覚える。


「……それでは私が彼女を見定めてきます、というのは駄目ですか? ユニト・カステレードの悪意の有無で罪状は変わると思います。もしも悪意があったのなら放置した場合、第二の王妃のような者が現れ、彼女の持つ情報を悪用するかもしれません」


 私はひとつの提案を出した。

 何より、私はユニトにとって知っている人物だ。悪役令嬢クリスティーネが接触してきた時、彼女はどういう態度を取るだろうか。それで彼女の悪意の有無が見破れないだろうか。

 ……本当はただ会ってみたいだけなんだけれど、それだけだと私は尻込みしてしまいそうだった。だから見定めるなんて言って、自分に役割が欲しいだけなのだ。


「会いたいなら手続きをしておこう。……できればアンリ殿下にも付き添ってもらえるように頼んでおこう。王族が一緒なら離宮に立ち入る許可も出やすいだろう」

「よろしくお願いします、お父様」


 しかしお父様は悲しげだった。いつもは明るい琥珀色の瞳が今日はなんだか翳っている。


「……私とユニトを会わせたくない理由でも?」

「いいや、違う。……私はね、ユニト・カステレードに同情してしまうんだよ。その理由は……君だ。クリスティーネ」

「私……?」


 何故だろう。私は首を傾げた。同じ前世の記憶を持つ転生者だからだろうか。

 お父様は息を吐いた。苦しいものを吐き出すような呼吸だった。そんなお父様を見たのは初めてだ。



「……私は君に謝罪をしなければならない。君の記憶を歪めたのはこの私なのだから」

「記憶を歪めた……とはどういうことですか?」


 私はお父様の言葉に眉を顰めた。


「……クリスティーネは幼い頃の記憶を覚えているかい?」


 記憶……? 突然の言葉に私は目を瞬かせた。

 今まで特に不自然に思ったことはない。……けれど、私は幼い頃に何度か王城に行っていたはずだが、あまり覚えていないのは事実だ。アンリ殿下の幼い頃のことを一切覚えていないのだから。


「そういえば、忘れっぽいとエミリオにも言われたり……」

「8歳より以前の記憶が曖昧になっているのではないかな」

「……言われてみれば」

「クリスティーネが7歳の頃に、高熱を出して生死の境を彷徨ったことがあるのを覚えていないかい?」


 私は無言で首を振った。そんな記憶はない。幼い時の記憶なんて人によって覚えてたり覚えていなかったりするものだ。だから今までは自分は随分と忘れっぽい子供だったんだな、くらいの認識でしかなかった。しかし、これでは。


「熱が下がってから君は変なことを言い出すようになった。突然、今が何年だと聞いてきたり、ゲームだとかラプソディアとか、聞き覚えのない単語を使ったり、知らない名前を出してきたこともある。おかしい言動の割にはしっかりとしていて、熱の後遺症という風でもなかった。そして、その口調はきちんと敬語を使いこなし、幼い子供のものとは思えなかった」

「それって……もしかして……」


 おそらくユニトと同様、高熱を出した時に今のように前世の記憶を取り戻したではないだろうか。

 もしも子供時代のクリスティーネに転生したのなら、ゲームの世界と一致しているのかを当たり障りなく大人に聞いてみることもありえる。どうもお父様にはバレバレだったみたいだけど。


「ああ。ユニト・カステレードのようになったのだと思った。しかし私はそのままにはしておけなかった。預言の力は恐ろしいものだ。ユニト・カステレードは利用され食い物にされて、最後は捨てられるように離宮に追いやられた。預言なんて力があったばかりに不幸になった。……だからクリスティーネにそうなって欲しくないと思った私は陛下に頼んで、記憶を扱う秘術の術者を紹介してもらった」


「それで記憶を……私の記憶を消したのですか! そんな! 勝手に!?」


 私は思わず声を荒げた。

 まさかそんなことが自分の身に起こったなんて考えられなかった。


「……そうだ。高熱を出した前後からの記憶の消去を頼んだのだが、細かい調節はできないようだったから、古い記憶がかなり曖昧になったのだと思う。基本的な記憶には問題ないようだったが、なるべく齟齬がでないように、療養ということで遠方の領地でしばらく過ごさせた。当時はその措置は間違っていなかったと思っていた」

「そ、その失った記憶を元に戻すようなことは……」

「出来ないと思う。術者はあの時点で高齢だったからもう死んでいる。マイナーな分野の魔法研究家だったから、他に使える者がいるとも聞いたことはない」


 ざわり、と背中が粟立つような感覚。

 目の前にいるお父様が知らない男のように見えた。

 私の記憶は知らないうちに勝手に弄られていたのだ。他でもないお父様の手で。



 記憶を消すという措置について、理解はできないがわからなくもない。

 幼い娘が突然不可解な言動をし始めたのだ。しかも悪い前例があるのだから、それを脅威に思うのは当然だろう。

 お父様はいくら私に甘かろうともベルトワーズ公爵家の当主。家に不利になるかもしれない状況を見過ごすはずがない。例えば一年前の私の勘当という厳しすぎる措置だってそうだ。私のしでかしたことは私に責任を取らせる必要があった。その後、アルノーさんがこっそりと私の監視と護衛をしてくれたことも、それは私をただ守るだけではなく、自由になった私がベルトワーズ公爵家へ不利になるような事件を更にしでかさないかを見張るためでもあったのだろうから。


 だから記憶だってどうにかできる手段があるのなら、強行するのは当然だろう。

 

 そして今の私は一年前に再び前世の記憶を取り戻したが、既に性格や考え方が定まった年齢だったから少し前世の記憶に影響されたかな、という程度で済んだ。しかし、それがまだ発展途上の子供であれば、人が変わったと感じるほどだったとしてもおかしくない。


 しかし、そうだとしても嫌な感情が胸のあたりでぐるぐると渦巻いてどうしようもない。

 今まで信頼していた人間が、突然そうではなかったことを知ってしまった。


 そして、嫌なことばかり頭を巡る。


 ……もしも前世の記憶があれば、一年前の卒業パーティーでのことは上手く切り抜けられたかもしれない。そう考えてしまう。もっといい選択肢があったのではないかと。


 けれどそうすると私はアンリ殿下と婚約していなかっただろうし、お世話になった下町の人達にも会えなかっただろう。

 だから多分、結果オーライなのだろう。私さえ納得できれば。記憶をいじられたからって今の私に不都合があったわけではない。

 ただなんとなく、そんなことまで干渉をされたという拒否感が強く、お父様に対して不信の念を抱いてしまった。

 その感情だけはどうにかできるものではない。


 ちらりとお父様の方を見ると、私を見つめていたお父様と目が合って、思わず顔を背けた。

 胸が重苦しい。


「クリスティーネが怒るのも当然のことをしたよ。私はそれだけのことをしたと思っている。親が子を心配するのは当たり前の行いだが、私のしたことはそれを逸脱し、君が本来持つべきものを失わせた。君の選ぶべき権利を奪い取ったのだから」


 私は怒っているのだろうか……? ぼんやりとそう思った。


 私はエミリオがポヤポヤしていると言うほどに怒るということには縁が遠かった。公爵家の令嬢として、ずっと周りから優しくされて育ち、怒りたくなるような理不尽な出来事は去年の卒業パーティーからの一連の事件くらいで、それだってゲームのシナリオなのだから仕方ないと、早々に諦めてしまった私は、いままできちんと怒りを発露したことがないのかもしれない。

 しかしこれは怒りではないような気がした。言語化は難しいが、寂寥感のようでもあり恐怖のようでもあった。自分が自分でなくなるようで、ひどく混乱する。自分の全ての根本が揺らぐような感覚で気持ちが悪い。

 


「……お母様やお兄様達は、このことを知っているのですか?」

「マリアンヌは知っている。最後まで反対をしていたのを私が独断で決めた。全て私の責任だ。フィリップ達には言っていないが、薄々気がついているかもしれない」


 エミリオはともかく兄ふたりは気がついていそうだったが、母も含め今までそんなそぶりは見せたこともない。

 それだってなんだか怖い感じがした。両親が、兄達が何を考えて私をどういう目で見ていたのかがわからなくなってしまった。


「……お話は以上でしょうか。それでしたら私は戻ります」

「ああ」


 自分でも驚くほどの硬い声が出た私に、お父様が寂しそうにするのに気がついたが、その時は優しい言葉を掛けることすらできなかったし、するつもりもなかった。


 私は逃げるように書斎から出た。


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