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32 手遅れ悪役令嬢、卒業パーティに出席する3

 フィオナは語り出した。


「わたくしとヨシュアの母は光栄なことにマティアス様の乳母でございました。わたくしはそのご縁から陛下の側室として望まれ、後宮に上がりました……。しかしそれはヨシュアを縛る為のものでございました。わたくしは王妃に人質として扱われていたのです」

「……陛下と王妃、そして私は学園の同期でね、昔からよく知っているが、当時から彼女は陛下を愛し過ぎる傾向にあった。同じように子供への愛も深い。愛する者の為なら何でもする女性だったよ。ジェミール殿下のことでもわかるだろう」


 お父様がフィオナの話を捕捉してくれる。陛下達と同級生だったのは私も知らなかったが、話を聞いた限りだとヤンデレのようなタイプだったのだろうか。


「その愛情はきちんとマティアス殿下にも向かっていたということだ。やり方は悪かったけれどね。マティアス殿下が絶対に寝首を掻かれないよう、マティアス殿下の最も近くにいるヨシュアの姉を側室に仕立て、もしもマティアス殿下を裏切ったら姉を殺すとか、命に代えても守るようにと、そう脅されていたんだね」

「……その通りでございます」


 フィオナはそれを肯定した。


「はっきり言って、彼女がいた場所も軟禁どころか囚人に近い扱いだった。いくら人質状態とはいえ、側室にはありえない。元々悋気の強い女性だったが、自分で都合よく使っている側室にまでこのような扱いをするとはね」


 お父様がそれほどまでに言うのだ。このフィオナがいたところはそれほどまでに酷かったらしい。それを聞いているマティアス殿下も流石に絶句している。

 マティアス殿下はヨシュアの姉が自分の父の側室になっていると知らないはずがない。後宮だからいくらマティアス殿下といえども早々立ち入れる場所ではないにせよ、少しばかり責任を怠っていたのは否めない。


「そうして忠誠を誓わせるだけならまだしも、王妃の命令にも従うようにと言われ、適正があるとわかると危険な秘術を半ば無理矢理に学ばされ、使うことを強制させられてきた。それもマティアス殿下が王位継承するのに不利になることまで」

「ええ……。ですがそれはわたくしの為にしたこと。全ての咎はこのわたくしにあるのです……。どうかヨシュアの罪をわたくしの命で贖わせてくださいませ……!」

「姉さん……! やめてくれ!」


 ヨシュアが悲痛な声をあげる。


「ヨシュア・アトキン、全て王妃に命令されたと証言をするかね?」


 ヨシュアはお父様の方を向き懇願する。


「致します! ですから姉を、姉を救ってください!」


 必死なヨシュアにアンリ殿下が静かに歩み寄る。ヨシュアの目をじっと見つめている。


「ヨシュア・アトキン。秘術の代償は……貴方の姉か」

「……はい。俺は何度もこれを使って、姉が死ぬ悪夢を、幻覚を何度も見せられてきました……。もう姉が本当に生きているのか死んでいるのかもわからないほどでした。そしてそれはクリスティーネ・ベルトワーズのせいであると、王妃様から言われていたのです……」

 

 私は口を手で覆った。大切な人の死を繰り返し見せられるなんて……そんなの酷すぎる。それは確かに何度も使い続ければ狂ってしまうのもわかる。恐ろしい代償だ。

 目の前のヨシュア・アトキンが哀れだった。姉を人質に取られ、その姉も酷い扱いを受けていた。アンリ殿下だってこんな風になっていた可能性があった。そんな恐ろしい秘術を強制されていたのだ。

 そしてその代償の幻覚すらも私のせいだと言われていたこと……。ヨシュアが錯乱した時のお前のせいだ、という言葉の意味がわかる。下手をしたらマティアス殿下の前でもなりふり構わず攻撃されたかもしれないほどに正気が危うかったかもしれない。アンヌが守ってくれると信じていたけれど、今更ながら危ない橋を渡っていたのだと冷やりとする。


「うん、この状態になれば、しばらくは不安定だけどもう問題ないはず。秘術の代償は、術者の一番見たくないもの……大抵は愛する人間の死を見る。だから愛する人が目の前に生きている姿を見ると安定を取り戻すことが多い」

「とりあえず、ヨシュア・アトキンはしばらく療養だね。証言もしてもらわなければならないし。貴方の姉に関しても任せてほしい。さすがに修道院に送るしかないだろうが、安全で居心地の良い場所を責任を持って探そう」


「……ちょっと待ってくれ。私にも話をさせてほしい」


 待ったをかけたのは――マティアス殿下だった。少し青ざめ、表情が硬いけれど、それは自分のあずかり知らぬ事情を聞かされてしまったのだから当然だろう。

 お父様はそれをさも面白いとばかりの表情で両手を広げてマティアス殿下に譲る。

 考えてみればマティアス殿下も可哀想な人だ。乳兄弟で一番信頼が厚い友人でもあったヨシュアが、人質を取られていたからとはいえ自分を裏切っていたこと。更に母親は恐ろしい企みをいくつもしており、愛する家族以外には人を人とも思わない所業をしていたのだ。


 マティアス殿下はヨシュアにゆっくりと近付く。


「ヨシュア……君は私を裏切っていたのか……」

「申し訳ありません……」


 ヨシュアは縛られた体勢のまま地面に頭を擦り付けるように謝罪をする。


「マティアス殿下……どうか……俺に死を賜ってください……。俺はもう貴方に顔を向けることができません」

「……わかった」


 マティアス殿下は苦しげに瞑目すると、腰の剣を抜いた。


 ――とんでもない! 

 せっかくの生きた証人なのに、と止めようとした私をアンリ殿下が留める。

 声には出さず、人差し指で唇を押さえて見せる。

 何か考えがあるのだと私は動くのを止め、小さく頷いてみせた。

 エレナも見届けるように顔をしっかりと上げている。唇を引き結び、マティアス殿下を見つめるエレナの目に彼への不信の色はない。


「最後に聞く。私への忠義は……友情は、命令されたものだったのか」

「……信じてもらえるとは思っていませんが、俺にとって貴方と過ごした時間は何よりの宝でした。そして他でもない貴方から殺されることが、俺にとっての最大の罰です」

「そうか」

 

 ヨシュアはどういうわけか満足そうに頭を垂れる。

 皆が固唾を呑んで見守る中、マティアス殿下は跪いたヨシュアに剣を振りかざす。

 そして目にも留まらぬ速さで振り下ろした。



 ――プツリ、と軽い音がした。

 ヨシュアが首に下げていた革紐のペンダントが切られ、ペンダントトップが落ちる。


 ペンダントトップのメダルは床に落ちてカランと音を立てて転がる。ヨシュアは呆然とそれを見つめて……悲しげに目を瞑った。

 マティアス殿下の剣は決してヨシュアを傷つけることなく、見事にそのペンダントの革紐だけを切ったのだ。

 それは以前にアルノーさんが身につけていたものと似ている。違うのはそのメダルの刻印が王家の紋章であること。

 


「これは私が忠義の証としてヨシュア・アトキンにやったものだ。我が忠臣にして我が友であるヨシュア・アトキンは今、死んだ。ここにいるのはただのヨシュア。……私の忠臣ではない、ただのヨシュアよ。生きて償うことが最大の罰である」


 そう言ってメダルを拾いあげるマティアス殿下にエレナが慰めるように寄り添う。メダルを握りこんだ手が震えている。マティアス殿下にとってヨシュアは本当に大切な友人だったのだ。それを失った辛さは私にもよくわかる。


「……そこのヨシュアという男には、用が済んだら、どこか田舎の……修道院の近くにでも住処を与えてください」


 そう私のお父様に向かって言う。

 お父様は微笑んで頷くと、一変して表情を引き締めた。


「かしこまりました。マティアス殿下、貴方は王に相応しい。当家はマティアス殿下が次期国王となられる為の後ろ盾を全力で致しましょう」


 お父様はベルトワーズ公爵家の当主として、マティアス殿下を認めたのだ。


 お父様は外に待っていた衛士達を呼び、ヨシュアとその姉フィオナを連れていくように命じた。ヨシュアは魔法を封じる為の腕輪らしきものを嵌められて、衛士に連れていかれた。寄り添うようにフィオナがついている。




「さて、今頃は王妃、そして王妃と共謀していたカステレード公爵家にも衛士が向かっております」

「カステレード公爵!? お父様、証拠が見つかったのですか!?」


 私の問いかけにお父様は頷く。マティアス殿下は母親である王妃のことを聞いても、最早ゆるぎない表情をしていた。


「カステレード公爵はベクレイアと密通し、陛下に呪いをかけていました。しかしながらカステレード公爵は非常に抜け目がない。国内の証拠は全て消されていましたよ。しかし……」

「……ベクレイア側には、まだ残されていたのですね」

「クリスティーネの言う通り、ベクレイアにはいざという時の交渉材料として証拠をあえて残し、そして呪いをかけた当の術者を生かしておいていた。それを我が国に引き渡すことを条件に、当国はベクレイアに食料援助を行うことに同意をした」


 そう、ベクレイアが挙兵しかけた背景には、陛下が病に倒れた好機だからという理由だけではない。元々飢饉による食料不足があったのだ。

 下町にいた頃、最近なんだか天候がおかしいと言われていた。マルゴさんが最近冷えるからとストールをくれたのを思い出す。アンゲルブルシュト内ではそのように例年よりも少し寒いとか、季節外れの強風や雨といった程度ですんだが、山を一つ越えたベクレイアでは酷い異常気象による飢饉が起きていた。元々我が国に比べて豊かな土地ではないベクレイアには蓄えも多くない。飢えたベクレイアの民を救う為には他国を襲ってでも食料を得なければならなかったのだ。だからカステレード公爵が持ちかけた話に乗るしかなかった。


 しかし、エレナが陛下の呪いを払った時の秘術の光はベクレイアの国境付近まで届いていた。飢えた民を寄せ集めただけの、ただでさえ録に食料がなく士気の低い兵士の集まりはその光に恐れおののき、あっという間に瓦解したのだという。

 王妃とカステレード公爵は捕まり、懸念していたベクレイアとの戦争は回避された。


「ベクレイアとの交渉にはオリック商会が先導して行ってくれた。国交は断絶しているが、商人間では僅かにやり取りが残っていたからね。おかげで話が早くまとまったよ」

「えっうちの親父が!?」

「おそらくこの功績でオリック家への爵位が認められることになるだろうね」


 マジかよ、と驚いているフェオドール。フェオドールは私のせいでアンリ殿下の屋敷に滞在しているか、アンリ殿下に連れ回されいるかだったので知らなかったのだ。

 ――知らぬは本人ばかりである。

 とはいえほんの数日でよくここまで話が進んだと思う。私の話を信じてくれたアンリ殿下や動いてくれたお父様には感謝しかない。



「……ジェミールはどうなりますか」


 そう聞いたのはマティアス殿下だった。……血を分けた実の弟なのだ。ジェミール殿下自体は何も知らされておらず、本人には罪のないたった5歳の幼子だけれど、発端は王妃がそのジェミール殿下を王にしたいと思ってしまったからである。お咎めなしとするわけには行かないのだろう。

 私の横に立つアンリ殿下がそっと私の手を握ってくる。……きっと複雑な心境なのだろう。

 ジェミール殿下とアンリ殿下は似たような立場にある。スペアとして、または謀反の材料としてしか必要とされず、必要がなくなれば処分される。上手く立ち回らなければ生きてすらいられなかった人。


 ……私はしっかりとアンリ殿下の手を握り返した。


「生かしておくのは今後の火種になると思うが、どうするかね。これまでの判例からすると、よくて王位の継承権を剥奪した上で一生幽閉が妥当ですが」

「ええ、生かしておくと、私の反対派が次はジェミールを担ぎ上げるでしょうね。……しかし」


 マティアス殿下は顔を上げる。


「今は王族が少なく、私に何かあればさらなる混乱を招くことになるでしょう。ジェミールには然るべき後見人を付け、養育してはどうでしょうか。まだ5歳ですから今後の教育次第では毒にも薬にもなるでしょうが、私はジェミールを薬として扱いたい」

「後見人……例えば?」

「それはアンリに頼みたい。私もアンリであれば信頼できるし、他でもないアンリに任せたという私からの信頼を公然と認識させることもできる。また、王族の傍流には臣籍降下させ公爵位を与えていたが、それを大公と改めたいと思う。王族の家系は子供が生まれ難い。いざという時には王族の血を引いた子供を大公家から養子を取ることも可能になる」


 話を振られたアンリ殿下が目を瞬いている。これは初耳だったらしい。

 しかしアンリ殿下はちゃんとマティアス殿下から信頼されているのだ。私も少しうれしくなる。


「これは元々考えていたことなのです。元王族の貴族ということで発言力は高まるばかり。また直轄地の分散にも繋がる。しかし王族傍流を大公にすることで第3の勢力ができる。将来的には王と大公、そして貴族。この3つでバランスを取っていきたいと」

「ふぅん、3つ巴で牽制し合える、か。面白いね。うちやカステレード公爵家も遡れば王族の血が入っている。そういう大きい貴族がこれ以上、簡単に増えないようにというわけだね」


 マティアス殿下は頷く。


「そうです。忠臣であるベルトワーズ公爵家には申し訳ないが、カステレード公爵のような力を持った逆賊が増えるのは困る。それから、母は反逆罪とはいえ国母。死刑は難しいでしょう。すると幽閉ですが、母が生きている限り再びこのようなことが起こりかねない。ジェミールはその楔にもなります。……母がやってきたことを母に返すのです」


 ……つまり、ジェミールは王妃にとっての人質になりうる。だから生かせるべきだというのだ。

 私は正直なところ、かなり驚いた。

 元々マティアス殿下は確かに優秀ではあったが、ここまでとは思っていなかった。それがしっかりと自分の意見を持ち、将来的なことを見据えている。いずれはいい王になる素質はあると思っていた。しかしそれは10年、20年先の話であると。

 しかしマティアス殿下が話しているのを見守るエレナの、凛とした表情、寄り添った時の聖母のように慈愛満ちた表情を見てわかった。

 エレナの存在がマティアス殿下を変えたのだ。マティアス殿下もこの一年、弛まぬ努力をしてきたのだろう。

 ……エレナの為に。

 そしてエレナもマティアス殿下の隣に並ぶ為に努力したのだろう。

 ゲームのヒロインだからとか、運命だから、なんてものではなく、このふたりはお互いを高め合える組み合わせなのだ。


 とても嬉しい反面、なんだか置いて行かれたようで少し寂しくもある。


 しかし私にはこの手の温もりがある。

 ……繋いだままだったアンリ殿下の手を改めて握り直した。




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