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31 手遅れ悪役令嬢、卒業パーティに出席する2

 ――スローモーションのように見えた。

 いわゆる走馬灯に近いのだろうか、死にそうな時は身を守るために脳の処理でゆっくりと見えるとか聞いたことがある。

 普段なら絶対に見えないであろうスピードの迫り来るヨシュアの剣がはっきりと認識できる。その怒り狂った悪鬼のような表情も。私に向けられた強い殺意も。

 しかしながらその速さの剣を避けるというのは、私の身体能力では完全に無理な話だった。



 ――ただし、それが私ひとりならば。


 ガキンッと金属を弾いた音が……ふたつ。


「大丈夫か!エレナ!」

「マ……マティアス……!」


 先程、エレナを守ると約束したマティアス殿下は、ちゃんとその言葉を守ってくれていた。フェオドールの剣を弾いて取り押さえている。

 とはいえこれを想定して、フェオドールの剣はあらかじめ模擬刀に変えてあったのだけれど。

 

 そして――


 ヨシュアの剣を弾いたのは、アンヌであった。


 侍女姿でも隠し持てる程度の短剣で、騎士見習いとして剣技の堪能なヨシュアの剣――こちらはもちろん真剣だ。それを弾いてみせたのだった。

 そこからは早すぎてよく見えなかった。アンヌは侍女のドレス姿でありながら、大柄で体重も倍近いであろうヨシュアを軽々と取り押さえてみせたのだ。柔道の技や合気道の技のような体術だった。こちらの世界でもそういう技術があるのは知らなかった。

 そして細いロープのようなものをどこからか取り出し、縛り上げる。さらには秘術を使われないように目隠しと、舌を噛まれないように口に猿轡まで噛ませた。


 おお……お見事……!


 その手際のよさにアンヌに拍手をしたいのをこらえて、私はマティアス殿下に声をかけた。


「あの、フェオドールさんは秘術で操られていただけで、もう大丈夫なんで離してもらってもいいでしょうか」

「秘術……!?」


 マティアス殿下は驚いたように取り押さえたフェオドールを見て、その後ヨシュアを見た時に全てを察したようだった。その為にこれを見せたのだけれど、やはり流石に察しがいい。

 マティアス殿下が手を離したことで、フェオドールはよろよろと立ち上がって、肩を押さえている。


「いってえ……折れるかと思った……。あ、すみません。クリス嬢が言った通り秘術で操られてました。俺に敵意はないです」


 そう言って両手を挙げている。


「ヨシュア……君が……何故秘術を」


 ヨシュアは縛られていながらも暴れようとしていたが、その言葉を聞いて、とうとう観念したように動かなくなった。

 エレナも不安げにマティアス殿下とヨシュアを交互に見ている。


「……それは私から説明します」


 そして私は王妃のこれまでの策略と、それに使われたヨシュアの秘術の話を伝えたのだった。

 しかし、フェオドールが最初に操られたエレナとマティアス殿下の出会いについては黙っていた。人為的に出会わされたなどと聞きたくはないだろう。主に私がエレナを突き落とした時と、フェオドールが偽証をさせられたことに絞る。


「じゃあ……クリスティーネは……何も悪くないじゃない! そんな……酷すぎる……! 私は突き落とされたって当然のことしたのに」


 また泣きそうになっているエレナが抱きついてくるので、落ち着かせるために背中を撫でる。せっかく涙が止まったのに。


「エレナ、貴方が一年すごく頑張って王妃教育を受けたことを知ってる。それに陛下の呪いを解くほどすごい秘術が使えたことも。私は貴方が王妃になってくれたら嬉しい」


 大体私にも悪いところはあったし、前世の記憶のことがあったとはいえ、もっと周りの人を信用して説明すべきだったのを怠ったのは自分だ。それに――アンリ殿下や下町でもいい出会いがあった。私の一年はただ失われたわけではない。多くのものを得た一年だったのだから。それはそのうちエレナにもゆっくり話したい。とりあえず今はこちらの話が優先だ。

 私はマティアス殿下に向き直る。


「私はマティアス殿下にこそ次代の王になってほしいのです。その為にこの話をしました」


 私が真実を話そうとした時点でヨシュアが私の命を狙おうとするのはわかっていた。マティアス殿下の護衛としてずっと一緒にいるであろうヨシュアを掻い潜ってこの話をするのはそもそも無理だったし、マティアス殿下も護衛抜きで話そうと言っても頷くほど無用心でもない。それならばいっそ現場を見せてしまえばいいという乱暴な作戦だった。それにヨシュアはマティアス殿下にだけはこのことを知られたくなかったはずだ。必死な抵抗があると思われた。

 だから、わざとフェオドールを同席させた。そうしたらきっとフェオドールを秘術で操るはずだ。フェオドールが卒業式での剣舞の為に腰に剣を差しているのはヨシュアも知っていただろう。だから万が一がないように、あらかじめ模擬刀に変えておいてもらったのだ。


 そもそもこうして予測できた裏側にはこの秘術の特性がある。この秘術は魔法力が高ければ高いほど操ることは困難になるのだ。つまり王族であるマティアス殿下と特別編入生のエレナは別格なほどの魔法力の高さがあるので除外される。私もそれなりに魔法力が高いので、私を操ってもほんの一瞬、それも単純な動きをさせるのが精一杯だろう、というのが同じ秘術が使えるアンリ殿下の意見であった。つまり、操ることのできる人間はこの部屋にはフェオドールとアンヌしかいなかったのだ。


 もしも、ここでアンヌが操られたら私は死んでいた可能性が高かったのだが、ヨシュアから見て丸腰にしか見えない華奢な侍女より武器を持った男の方を操るだろうと予測したというわけだ。

 ……そして操ったフェオドールにはエレナを攻撃させる。これは実際怪我をさせるとか命を狙う意図ではなく、マティアス殿下が私を助けるために動くのを防ぐためだ。ヨシュアから見れば、この部屋でまともに戦えるのは、幼い頃から訓練をさせられているマティアス殿下くらいのものだ。


 私とエレナが同時に危険であれば、マティアス殿下は絶対にエレナの方を守ろうとする。つまりヨシュアにとってフェオドールを操ってエレナを襲わせるのはただの陽動なのだ。本命は私の命。それを確実に狙うには剣技に優れたヨシュア自身が行うはずだと思ったのだ。

 そして、ヨシュアは私が完全な無防備だと思っただろう。しかし私はエレナから距離を取り、ヨシュアが狙いやすい位置でありながらもアンヌが私を守りやすい位置にと移動していたのだ。

 アンヌは一見大人しげで華奢なごく普通の侍女にしか見えない。だがその真価は知っての通り、侍女兼護衛であること。私は最初、オルガに頼もうと思っていたのだが、話をしたところアンヌの方が適任だと言われたのだ。さすがにこれほどの手練れとは思っていなかったけど。

 オルガが元冒険者で攻撃寄りのオールラウンダーだとすれば、アンヌは防御に優れているタイプなのだそうだ。また若い時には騎士見習いでもあったのだという。何故侍女をやっているのか、正直わからない人材である。とはいえアンヌを雇っていてくれたアンリ殿下のおかげのような作戦だった。

 アンヌは後に「一線を退いて久しいですが、あのような若造にはまだまだ負けませんわ」と儚げに微笑んでいたのだが、やはり謎の多き人である。





「さて、そろそろでしょうか」


 私がそう言ったまさにその時、扉がノックされ、こちらから開く前に開かれた。やはり扉の前で待機していたようだ。私の作戦を聞いて、本当に危ない時には助けてくれるつもりだったのだと思う。


 入ってきたのはアンリ殿下と、オルガに連れられた見たことのない20代ほどの嫋やかな女性。――そして一年ぶりに会うお父様、ベルトワーズ公爵家当主であった。


「クリス! 大丈夫だったか? 怪我はない?」


 アンリ殿下は私に駆け寄り抱きしめてくる。その温もりに私はようやく安堵の息を吐く。作戦は上手くいったものの、正直なところ不安だったし怖かったのだ。


「はい、大丈夫です。アンヌがちゃんと守ってくれましたから」


 アンリ殿下にそう答える私をお父様が横からじっとりとした目で見てくる。これは拗ねている顔だ。穏やかな外見に冷酷なる公爵家当主と世間で言われるお父様だが、意外と子供っぽいところもあるのを家族の皆が知っている。


「クリスティーネ、一年ぶりだね、私の可愛い娘。いつのまにか婚約したんだってね」


 私はアンリ殿下の腕から一旦離れてお父様の側に寄った。


「不肖の娘、クリスティーネでございます。お父様、婚約の件は真実です。事後承諾で申し訳ありません。それからアンリ殿下からお伝えした件も全てその通りでございます」

「怒っているわけではないよ、クリスティーネ。私は可愛いクリスティーネを狙う男がいたら決闘してやろうと思っていただけさ」

「お父様……」


 そう言って、私の頭を撫でてくれる。しかし決闘は困る。アンリ殿下が父と兄ふたりと弟の合計四人の勝ち抜きバトルをしなきゃいけなくなってしまう。


「再開の挨拶と、お父様へのキスは後でね、可愛いクリスティーネ。今はこちらを優先させよう。さあどうぞ」


 そう言うと先ほどの見知らぬ嫋やかな女性が一歩前に出て礼をした。


「皆さま、大変申し訳ございませんでした。わたくしは、そこにおりますヨシュア・アトキンの姉……フィオナと申します。そしてアンゲルブルシュト国王陛下の側室、その末席を汚している者でございます」


 目に見えてヨシュアの動きが変わった。フィオナの声が聞こえた途端にだった。縛られ、目隠しと猿轡をされているのにポカンとしたあとに呆然としているような、声の主を探しているような姿だった。


「目隠しと猿轡を外してやりなさい。もう秘術も使わないだろう。意味がないからね」


 お父様の一言でアンヌは目隠しと猿轡を外してあげた。

 ヨシュアは縛られたままであるので床に這い蹲りつつも顔だけを上げて姉を凝視している。


「フィオナ……姉さん……?」

「ごめんなさいヨシュア……わたくしの為に……」


 悲しげにヨシュアを見つめた後、フィオナはヨシュアから私達の方に向き直った。


「……全てお話致します。ヨシュアはわたくしの為にこのようなことをしたのです」

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