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30 手遅れ悪役令嬢、卒業パーティに出席する

 私はオルガとアンヌの二人掛かりでドレスを着付けられていた。

 淡い黄色のエンパイアラインのドレスは、今日のこの日に間に合うように特急仕上げで頼んでいたものだ。正直よく間に合ったと思う。オリック商会の職人さんに感謝である。

 

 袖とスカート部分はごく薄く透けるほど軽やかで細かな縮緬の入ったジョーゼット生地である。たっぷりと幾重にも重なった布が、重量のままストンと落ちて、それが実に美しく見事なドレープになっている。胸元の布には光沢のある黄緑の糸で細かな刺繍が施されている。清楚ながらも華やかであった。


「すごく素敵なドレスね」

「クリスティーネ様はエンパイアラインのドレスがお気に召したようでしたので、こちらもそのように致しました。とてもよくお似合いです」


 私が色しか指定をしなかったので、アンヌが細かなところを注文してくれたらしい。さすがのアンヌセンスである。

 そして小物やアクセサリーは紫がメインである。黄色と反対色に近いことと私の目の色が紫なので、アクセントになりつつもいい感じに調和されている。

 特にヘアアクセサリーは髪色が銀なので、淡い黄色よりもハッキリとした色合いの紫がよく映えるようだった。




 ――今日は王立魔法学園の卒業パーティーの日であった。


 そして私はアンリ殿下の婚約者として同伴することになっているのだ。

 中退なのでもう二度と出られないと思った卒業パーティーだったが、まさか同伴役としてでも出席できることになろうとは。そしてもう一年が経ったのだとようやく実感が湧いてくる。

 去年着た紫のドレスは布に光沢があり、キラキラと輝くスワロフスキーのようなビーズがふんだんに使われていた華やかなドレスだったが、今年はそれより全体的に抑えめで、清楚な雰囲気のドレスだった。しかし去年のドレスに負けず劣らず、自分によく似合っていると感じた。



 アンリ殿下とは現地合流なので、私はアンヌだけを伴って馬車で学園に向かう。

 オルガはまた別用があって別行動だが、後ほど合流できるだろう。


 今更だがアンリ殿下の別邸は学園都市内にあったらしく、すぐに到着した。久しぶりの学園である。

 現在の私は部外者であるが王族の婚約者なので予め話は通してあり、入り口からして別待遇で控え室代わりの応接室に通された。

 広々とした応接室のソファに座り、その時を待つ。少々気が早ったのもあって、約束の時間よりも随分と早かった。待っている間も落ち着かず、アンヌに淹れてもらった紅茶もほぼ手付かずだった。


 そこで待つことしばし。

 ようやくその時が来た。

 コンコン、と控えめなノックの後、まずアンヌが確認し、扉を開ける。

 私は立ち上がった。


 入って来たのは、輝く陽の光のような金の髪、緑のドレンチェリーのような鮮やかなグリーンの瞳、薔薇色の頰に花弁のような愛らしい唇の少女――エレナ・ヴァリエであった。そしてその愛らしさを引き立てるような淡いピンク色のオーガンジーを幾重にも重なったドレス。まるで妖精のような可憐さであった。


 それとエレナのパートナーであるマティアス殿下とその護衛のヨシュア、それから彼らを連れてきてくれたフェオドールもいたのだが、私の目にはその時、エレナしか映っていなかった。


「エレナ……」


 私を確認したエレナの緑の瞳が潤む。その目は決して私を拒否するものではなかった。むしろ歓喜の色ですらあったことに私は安堵する。


「クリスティーネ……!」


 私も涙で目の前が滲むが、まだだ。私はぐっとこらえてエレナに話しかけた。


「エレナ……去年の卒業パーティーではごめんなさい……。怖い思いをさせてしまって」


 私はエレナに向かって頭を下げる。


「本当にごめんなさい。ずっと会いたかった……。なのに謝りにも行かなくて……本当に……ごめん……なさいっ……!」


 後半は涙声になってしまっていた。

 顔を上げると、エレナの緑の瞳から、大粒の透明な雫がはたはたと零れ落ちていた。


「グリズディーネ!!」


 涙声を通り越して涙でべちゃべちゃのエレナが私に抱きついてくる。


「あ……会いたかった! なのに! どこにもいないし! 探したのに!」


 私はエレナを抱きとめた。


「ごめんなさい! 私、勝手に貴方ともういられないって思って……!」


 ずっと我慢していた涙が決壊する。もう止まらなかった。


「ちが……わ、私が、私がマティアスを取っちゃったから! クリスティーネの居場所全部奪っちゃった……私が悪いの! なのにっ……誰も私のこと責めないしっ……」


 私もエレナもべちゃべちゃに泣いていた。

 私が悩んだように、エレナもこの一年苦しんでいたのだ。エレナからすれば、自分のせいで友人の地位を追い落とし、居場所を奪ってしまったと思っただろう。一年前の私は、そんなエレナの気持ちも考えていなかった。


 アンヌがお化粧……と呟くのもその時には聞こえなかった。

 私とエレナは抱き合って泣きながら謝り合戦を続けた。目と鼻が真っ赤になるまで。

 お互いが泣き疲れてしゃくり上げ始めた頃合いでアンヌのストップがかかる。

 エレナと私に暖かい濡れタオルが渡されて顔を拭いた。拭き終わった後は今度は冷たいタオルで目を冷やすように渡された。


 エレナとふたり、ようやく落ち着いて顔を上げると、マティアス殿下達は何故か壁の方を向いていた。淑女達のガチ泣きを見ないようにと気を使ってくれたらしい。


「あー、……もういいかい?」


 マティアス殿下がそう聞いてきて、私は頷いた。

 私の左側にはエレナがべったりとくっついてきて離れない。

 マティアス殿下が私の前にやってきて謝罪をした。


「クリスティーネ……いやクリスティーネ嬢、私も心から謝罪をする。本当にすまなかった……。私は貴方という婚約者がありながらエレナのことを愛してしまった……どうしても諦めきれなかった。将来的に側室として迎え入れられるのであれば今でも構わないだろうと……貴方に甘えてしまっていた」


 私は首を振る。


「いいえ、私はあの当時からエレナ達のことはわかっていましたし、受け入れていたつもりです。それに人の心を強制するのはどうにもならないことです」

「しかし、貴方のプライドをひどく傷付けてしまったと思う。私達の間には恋愛こそなかったものの、将来、支え合う相棒となるはずであった。私はエレナを愛していても、貴方を優先しなければならなかった立場であった。それなのに、それを放棄したこと、……それが私の罪であるとわかっている」

「ええ。しかしもう今はエレナがその優先するべき女性です。そのことがわかっていらっしゃるのであれば、私からはもう何も言うことはありません。……どうかエレナを守ってあげてください。私が言うことではないでしょうが」

「ああ、約束しよう。貴方の大切な友であるエレナのことは私が絶対に守ると」


 そしてマティアス殿下に差し出された右手を取る。

 固く握るそれは、ただの握手だった。

 しかしそれまでのお互いの確執も全て消え去ったという証拠でもあった。

 ――1年経って、ようやく和解が叶ったのだった。


「なんだかクリスティーネ、変わったね」


 私の左横にくっついているエレナが私の顔をじっと見つめながら言う。


「そう……?少し太ったからかしら」


 私は自らの顔をペタペタと触る。肉付き以外に変わった箇所はよくわからない。


「む、胸が多少……? いえ、そうじゃなくて、かっこよくなった、かな。今の貴方も素敵よ」


 かっこいい……生まれて初めてそう言われた。もうポヤポヤだなんて言わせない!?



 

 ――全ての謝罪合戦が終わったところで私は本題を切り出した。


「実は、今回お呼びしたのは他でもありません。マティアス殿下の王位継承について大切な話があります」

「ああ、母上はジェミールに後を継がせたいということだろう……」

「はい……。その件です」


 やはり知っていたようだった。マティアス殿下は大きくため息を吐く。エレナも悲しげに俯いていた。自分に後ろ盾がないせいだとわかっているのだ。こんな顔をさせてしまって私も辛い。


「しかしながら私に考えが――」

「やめろ!!」


 言いかけた私の言葉を遮ったのは、それまで護衛として大人しくしていたヨシュア・アトキンであった。怒鳴りながら私に指を突きつけ恐ろしい形相で睨んでいる。


「貴様! なんのつもりだ!? どうせあの王弟の差し金であろう!」


 身を竦めたくなるほどの怒声だが、お腹に力を入れて耐え、ヨシュアを睨み返した。ここで怯んでは思う壺だ。


「何をいきなり……? ヨシュア! どうしたんだ!?」


 止めようとするマティアス殿下の言葉も聞かず、さらに怒鳴り散らすヨシュアの姿ははっきり言って異様だった。マティアス殿下もエレナも絶句している。フェオドールも為す術もなくおろおろとしていた。


「この、魔女め! 貴様がいるから! 殿下、この女の言葉に耳を傾けてはなりません! この女は――」

「あら、私がなんだと言うのです、ヨシュア・アトキン。わたくしは、クリスティーネ・ベルトワーズ。公爵家の令嬢にして王弟の婚約者です。魔女だなどと言われるのは心外だわ」


 私はまだ実家に戻っていないから厳密には公爵家令嬢ではないが、挑発するために敢えてそう言った。しかし魔女呼ばわりも酷い。とにかく錯乱に近いヨシュアは、その体の大きさもあって異様な恐怖を感じさせる。しかしそれを表に出してはならない。私はしっかりと睨み返した。

 そして私に腕を絡めていたエレナからそっと体を離し、距離を取る。

 じりじりとエレナからもヨシュアからも離れた位置で足を止めた。


「まさかアンリ殿下がマティアス殿下の王位継承権を狙っているとでも?」

「お前があの王弟と手を組めばそれを狙えるだろうが! お前の魂胆はわかっているんだ! 魔女め! やっと殿下から引き離せたのに!」

「何を言うの、ヨシュア・アトキン! ……貴方こそ――」


 ここでも私は最後まで言わせてもらえなかった。


 ――突如、ヨシュアが腰の剣を抜くやいなや、一気に私の方に詰め寄ってきた。

 

 数歩の距離を稼いでおいたのに、そんなものはほんの一瞬で詰められる。予想よりも早い!

 後ろに引くことも何もできなかった。

 そもそもドレス姿で俊敏に動くなど到底無理な話だ。


 そして、視界の端に見えたものは、おかしな瞳をしたフェオドールもまた剣を抜き、エレナに走り寄ろうとする姿だった。


「エレナッ!」


 マティアス殿下がエレナの名を呼ぶ。

 エレナの悲鳴が聞こえた。



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