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17 手遅れ悪役令嬢、悶え転がる

 気が付いたら知らないうちに婚約していた私です。


 しかも今更、本当に今更にその人のことが好きなんだって気が付いてしまったなんて、これからどうすればいいんだろう!?

 

 ここ数日、イベントが起こり過ぎて脳の飽和量を超えてしまいそうだ。


 自分の恋心を自覚してしまった私は、ひたすら恥ずかしさに耐え、ベッドで足をバタバタとさせたり、ソファの上を転がってみたり、床を歩き回ってみたりと、とにかく何かしていないと顔から湯気が立ちそうなほどで、動物園の熊よろしく落ち着きなく部屋中をうろうろとするしかなかった。


「アンリ殿下の婚約者…!? 次に会った時、どうすればいいの……! どんな顔をしたらいいの!?」


 なにせ同じ屋根の下にアンリ殿下がいるのだ! いやまだ帰宅していないはずだから、厳密には違うのだけど、ここはアンリ殿下の別邸、アンリ殿下のお住まいなわけで、しかも私が婚約者!

 それを今更ながら意識してしまうのだった。落ち着け! って自分でも思うけれど、それで落ち着けたなら苦労はしないんですよ!

 婚約者っていっても(仮)とか(一応)とかカッコが付く方の一時的な婚約者なのだから、こんなに悶え転がったって意味がないのはわかっている。けれど、あわよくばこのまましれっと結婚しちゃえないかな、なんてウェディングドレスとか想像してしまって、より一層恥ずかしくなるのだった。




 ひたすらうろうろしたり悶え転がって体力が尽きた私は、次はベッドに転がってモダモダする、を繰り返していた。おそらくは部屋の外まで謎の物音が聞こえているだろうに、ありがたいことに放っておいてくれている。


「世の中の人って、恋をした時、どうしているのかしら……」


 私は体力を使い果たしてよろよろとしていたそう思った。

 みんながみんな、こんな熊のようにうろうろと徘徊するとは思えない。


「もっと穏やかに、相手の方を考えて、ときめいたりしているものだと思っていたのに」


 そう、窓際のソファに座って、夜空の月や星を見上げたりなんかして、うっとりと好きな方のことを考える……こんなイメージだったのに!

 ちなみに前世から恋ってこんなイメージでした! どうせわたしは乙女ゲー経験しかない夢見る乙女ですよ!


 これまでのアンリ殿下とのアレコレを思い出し、さらには目の前でみっともなく泣き喚いたことの恥ずかしさが相乗効果でやってきて、夕刻になりパトリシアから声を掛けられるまで、ひたすら身悶える時間を過ごしたのだった。





「失礼します、クリスティーヌ様」

「は、はひ」


 噛んでしまった。

 ノックをされた後、一旦呼吸を整えてからパトリシアを招き入れたというのになんたる失敗。

 パトリシアは首を捻りながら「失礼します」と私の額に触れる。


「お熱があるわけではございませんが、ご気分はいかがですか?」

「だ、大丈夫でひゅ!」


 あ、また噛んだ!


「そ、それでしたらお着替えの準備をいたしますね。それからお体の採寸も致します。ドレスを何着か誂えるようにとアンリ様から伺っておりますので」

「あああアンリ殿下から……」


 多少戻りつつあった顔色が再び真っ赤になる。この顔色の変わりやすさ、もしかして火の加護に関係しているのかもしれない。いや、そう思いたい。

 パトリシアがなんだかすごく生暖かい目で私を見ている気がする。うう……とてつもなく恥ずかしい。



「本来でしたら服飾の者を呼ぶのですが、アンリ様からできるだけ外部の者を出入りさせないようにと言われておりますので、わたくし達が失礼いたしますね」


 毎度3人の侍女達に手際よくささっと採寸をされながらそう言われる。やはりそこらへん気を使ってもらっていたらしい。ありがとうございます……。


「ですので今回は布や型紙もお選びいただけないのですが、ご希望がございましたら伝えるように致しますよ」


 ドレスの希望……公爵家にいた頃はあまり希望がなかったからお母様任せだったり、これからの流行を踏まえて適当にお願いしていたのだけれど、今回はひとつだけ希望があった。


「形とか布はお任せしますが、色だけ……いいですか?」

「ええ、勿論でございます。どんなお色がよろしいでしょう」

「その……黄色のドレスが一着あるとうれしい……です」


 お気に入りのストールの黄色、アンリ殿下の瞳のような色……。とても素敵な色だから。なんて考えるだけで再び顔に血が上っていく。

 そんな私にパトリシアは今まで見た中で一番の笑顔で頷いてくれた。


「ええ、かしこまりました!」





 採寸が終わると、今度は私の夕食用の着替えだった。

 今回はエメラルドグリーンのエンパイアラインのドレスだった。胸元のすぐ下で切り替えて、スカートが真っ直ぐに流れるような形のドレスだ。

 この国ではコルセットで体のラインを絞るのが普通だ。スカートはボリュームがあるものが去年は流行していたが、エンパイアラインのドレスも根強い人気がある。

 実際に着てみるとコルセットでぎゅうぎゅうに絞る必要がない分楽だし、清楚なイメージになる。絞ったら絞ったで、かなり華奢な感じに見えそうで、華やかなのが好きな人にもシンプルなドレスが好きな人にも好まれそうだ。

 コルセットに関しては基本オーダーなので今回は間に合わなかったのと、エンパイアラインは横側の見えないところをピンで止めてしまえば、ジャストサイズじゃなくても綺麗なシルエットで着られるから、なんだろうけど。

 いつか公爵家に戻ることができたら、エンパイアラインを再び流行させよう、と心に誓う私なのだった。コルセットは苦行です……!

 左手の包帯も巻き直されたが、薬が効いたのか、見た目の割にはもう痛みは少なかった。長袖で袖周りがふんわりとしているので包帯も目立たない。手形がくっきりなのは見ていて精神衛生上良くないので、早く見た目の方も治ってほしいものだ。




 準備万端、ダイニングホールに案内された私は、アンリ殿下の顔を見たときに取り乱したりしないように、と両手で頰を叩いて気合を入れて待機していた。

 しかし、しばらくしてパトリシアが申し訳なさそうにやってくる。


「大変申し訳ございません。アンリ様は政務のご都合により戻るのが遅くなるそうでございます。クリスティーネ様は先にお召し上がりください」

「そう、ですか」


 高揚していた気持ちが萎んでペチャンコになっていく。

 この分じゃ、帰ってきてから話を聞くのも難しそうだ。

 でも政務なら仕方ないし、むしろ忙しくて全然休めてないだろうし体が心配でもある。

 仕方ない……そう頭ではわかっているのだけれど、心の方は中々納得してくれない。私はそれを一生懸命に押さえつけるのだった。



 豪奢なダイニングホールで、私はひとりで食事をした。給仕をしてくれるパトリシアはいるけれども、一緒に食べる人のない食事はなんだか味気ない。


 アンリ殿下も、いつもこんな風にひとりで食べていたのかな……。

 それを考えるとなんだかとてつもなく切ない。


 淡白な白身魚にコクのあるソースが効いているこのソテーも、滑らかで複雑な味わいのスープも、きっととても美味しいんだろう。王族が普段食べているだけあって、とてもいい材料をふんだんに使って、味だけでなく見た目まで美しく手の込んだ食事の数々。



 けれど、私はパン屋でおかみさんやおやじさんと食べていた質素な食事の方がよほど美味しかったと感じてしまうのだった。


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