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10 手遅れ悪役令嬢、メロンパンを食べさせる

 私はおかみさんの指示で、スープを温め直すとマルゴさんに渡した。


「体が温まりますよ。とりあえず食べてください」

「ありがとう……クリスちゃん……。ブレナも……」

「いいのよ。今日は雨だからね、うちの店も開けてても閉めてても、そう変わりゃしないから」


 そう言うとおかみさんは外に出て、外を迂回して店に入っていった。荒らされた店内を片付けてくれると言う。コレットは眠っているのに、内側の扉からじゃなくて、雨に降られてまで外から迂回するおかみさんは、コレットだけでなくマルゴさんにもこれ以上ショックを与えないように、という配慮を感じた。

 私も手伝おう、と立ち上がりかけていたのだが、マルゴさんとコレットに付いててあげるよう、おかみさんに言い含められてしまったので、再度席についている。




 私達が出入りしたり、スープを温めるのに音を立てたからか、コレットももそもそと起き出して目を擦っている。

 寝起きだし、機嫌もよくなさそうだったが、お膝においでと誘うと喜んで私の膝に座った。

 まだ目も赤かったので少し心配だったが、私がメロンパンを渡すとぱっと顔を輝かせた。

 コレットがなるべく荒らされた店の様子を思い出さないように、たくさん話しかけて気を逸らすように心がけてメロンパンを食べさせることにした。


「ねえコレット、これメロンパンっていうんだよー」

「メロンパン! へんななまえー! めろんってなに?」

「とっても珍しい果物だよ。そのメロンっていう果物の形に似せて作ったの」

「えーめろん入ってないのにメロンパンなの!? なんで!? ぶどうが入ってたらぶどうパンでしょー。おかしいよー」

「そうだよねえ……あみあみパンのがいいかなぁ……? ねえコレットはどう思う?」

「あみあみ!! あのねえコレットはねえあみあみがいい!」

「じゃあ、あみあみパンだー!」


 メロンパン改めあみあみパンである。

 命名者コレットは一口食べると目を輝かせた。


「あまーい! ねえクリスおねえちゃん! これね、上のとこ、さくってしてね、すっごくあまいよ」

「そうだよー! あみあみパンは甘いのだ。クッキーみたいでしょ」

「うん!」


 ニコニコしながらメロンパンを齧るコレット。気に入ってもらえたようで何よりだ。




 私がコレットと話しながらパンを食べさせている間に、おかみさんが荒らされた店をささっと片付けておいてくれた。これでコレットが店を見ても、もう驚かないで済むだろう。

 私も片付ける前に少し見たが、荒らしたというか漁ったという感じで、実際、壊されたり破られたりしたものはなかったらしい。


 マルゴさんも温かいスープを飲んでやっと人心地ついたようだ。青ざめていた顔色が随分とよくなっている。




 片付けの終わったおかみさんは眉をひそめてマルゴさんに小声で話しかけていた。私はコレットと遊びつつも耳をダンボにして聞いていた。


「なんだか、変な泥棒だね。金目のものを探して荒らしたって感じじゃあないよ。目立つところにあった、あの高い翡翠のカフスボタンもそのままだ。引き出しに入ってた留め金、あれだって銀だろう?」

「それは……その……」


 マルゴさんは私をチラチラ見て口ごもる。


 私はマルゴさんにコレットを返した。マルゴさんは察したようにコレットを抱き上げて、私とおかみさんから少し距離をとった。

 込み入った話はコレットの耳にはできるだけ聞かせたくない。


「実は……私がマルゴさんに預けてたものだけ、盗られたみたいなんです……」

「……それでかい。ああ、何かなんて聞かないけどね。そりゃ困ったねえ……。それで、クリスちゃんはどうしたいの」

「どうしたいって、何が?」

「ほら、取り返したいとかそういうのだよ。大事なものなんだろ?」

「うーん、大事かって言われると……」


 取り返すのはまず無理だろう。今頃ドレスはバラバラの端切れ、ビーズも全部取り外されてちりじりという可能性が高い。


 今になって思えば、あのドレスは実家である公爵家で誂えた最後の思い出の品であり、唯一の繋がりでもある。お父様やお母様が似合うと褒めてくれたことを、今でも昨日のように思い出せる。


 けれど大切かと言われると、少し違う。

 卒業パーティで全てを失った、苦しい思い出の象徴でもあるのだ。あの時のことを思うと今でも身を切られるほどに辛い。




「いいえ、あれは私にはもう必要ないものですし、私のせいでマルゴさんに迷惑をかけたことを心苦しく思いはするけど、あれ自体には未練はありません」


 きっぱりとそう言うと、おかみさんは優しく肩を叩いてくれた。


「そう、ならいいね。きっとね、ただの金目当ての泥棒だったのさ。それで、金目のものが見つかったからそれだけで満足して去ったのさ。いや、根こそぎやられなくて運がよかった」


 暗にそういうことにしておこう、というおかみさんに私もマルゴさんも頷いた。






 その話が終わるとおかみさんは店に帰ったが、私にはここでゆっくりするように言い残していった。

 マルゴさんも誰かいた方が安心するみたいだ。


 その後しばらくコレットと遊んですごした。


 コレットは機嫌がすっかりよくなってニコニコしている。

 一度、店の方を覗きに行っていたが、もう荒らされた状態ではない室内に首を傾げていた。

 寝ぼけていて怖い夢を見たのだと、自己処理をしているようだった。


「コレットね、こわいゆめみたの」

「怖い夢? 怖い夢はぎゅーってしてポイ!だよ」

「ぎゅーってしてポーイ!!」

「おっ、上手ー!」


 マルゴさんお手製の布のボールを、ぎゅうっと握ると遠くに投げるコレット。

 機嫌よく遊ぶコレットに、マルゴさんももうすっかり安堵したように微笑んでいた。






「長々と居座っちゃって、すみません。お邪魔しました」

「おねえちゃん、バイバイ!」

「コレットと遊んでくれてありがとう。いつでもまた遊びに来てね」

「はい、また来ますね! 次の試作品のパンも楽しみにしててください!」


 私がマルゴさんの家を出たのは外が薄暗くなり始めた頃合いだった。いつもよりも随分長居してしまった。

 パン屋は朝が早い分、夜は暗くなるとすぐに寝てしまうので、おかみさんやおやじさんはもう寝る準備をしていることだろう。

 私も帰ったらすぐに寝支度だ。





 雨はもう止んでいたが、今にも降りそうな暗い雲のせいでいつもよりも暗く感じる。

 冷たい風が吹き抜けて、体を震わせる。私はマルゴさんにもらったお気に入りのストールを体にぎゅっと巻きつけると帰路を急いだ。

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