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幕間 エレナ・ヴァリエの困惑しつつも楽しい日々 2

 私、エレナ・ヴァリエは困っていた。


 授業中のことである。

 魔法学実技の先生は教室に入るなりこう言った。


「はい、二人一組を作ってください」


 なんということだ、その呪文は戦争が起きると先生は知らないのではなかろうか。ああ、おそろしや。


 魔法学の実技は人数的な都合上、男子と女子は別なので、唯一の友人であるとまあ認めてあげなくもないフェオドールはこの場にいない。


 つまり、ぼっちである。


 いやしかし私が悪いのではない。そもそも編入したばかりだし、毛色の違う貴族の令嬢とすぐさま仲良くやるのは難しい。こっちはまだクラスメイトの名前も全員は把握していないのだから。べ、別にぼっちじゃないんだからねっ! まごうことなきぼっちである。はい、ただの強がりです。


 クラスメイトたちは次々に二人一組を作っていく。私は誰にも声をかけることができずにぼんやりとそれを眺めていた。


 奇数なら一人余るから先生と一緒にやればいいし、偶数だったら同じようなぼっちが最後に余るでしょ。

 だから、一瞬、気がつかなかった。私に声をかけてくる人がいるなんて思わなかったのだ。


「…さん、…ヴァリエさん、エレナ・ヴァリエさん?」

「はっはい!ごめんなさい!ぼーっとしてました!」


 振り返ったそこには白百合が咲いていた。なんて詩的なことを言ってみる。


「まあ、ごめんなさい。驚かせてしまうつもりはなかったの」


 まあ、ってやったときにさりげなく手を口元にやっている。まさに優雅なお嬢様ポーズのその令嬢は、私がこのクラスでちゃんと名前と顔が一致している数少ないクラスメイトだった。

 小首を傾げる姿まで実に美しい。彼女の名前は


「クリスティーネ・ベルトワーズ様……」


 白百合のようだと思うのも納得の艶やかな白銀の髪。神秘的な紫水晶(アメシスト)のような紫の瞳。これまで一度も陽に焼けたことがないんじゃないかっていうほどに白く、シミひとつない肌。

 大貴族のベルトワーズ公爵家の令嬢、クリスティーネ・ベルトワーズだった。


 はあー……近くで見ても欠点が一つも見当たらないほど美しい。顔立ちが少々きつめなのがまた、なよなよとせず凛としていていい。


「あの、様はやめてほしいの。学園にいる間は皆さん等しく学生でしょう? あら、エレナさん? 聞こえてらして?」

「あっ、すみません。クリスティーネさん……あの、貴方が美しすぎて、間近で見たもので少々びっくりしてしまいまして」


 おっと、うっかり口説いてしまった。


「まあ…いやだわエレナさんったら、貴方こそ緑のドレンチェリーのような瞳が素敵。とても愛らしくてよ」


 恥ずかしげに身をよじる姿も絵画のようだ…でも今変なこと言わなかった? 緑のドレンチェリー?

 たしかに私の瞳は明るいグリーンだけど緑のドレンチェリーと言われたのははじめてだわ。でもたしかに似ているかもしれない。




「はい、二人一組ができたみたいですね。それでは始めます」


「あっ……」


 そうだった。これは二人一組を作るんだった。容姿を褒めている場合ではない。


「あのう……クリスティーネさん、よかったんですか? 私と組んだことになっちゃいましたよ」

「あら、わたくしはそのつもりでエレナさんに声をかけたのだけれど、もしかして迷惑だった?」

 悲しげに眉をひそめる。


「い、いえ、とんでもない。光栄です……あの、よろしく!」


 私がそういうと、クリスティーネは頰を薔薇色に染めた。


「こちらこそよろしくお願いしますね」



 それが私とクリスティーネの出会いだった。


 彼女は思っていたよりもずっと気さくで優しく、そして少々変わっていた。

 クリスティーネがマティアス殿下の婚約者だと聞いた時は胸がチクリどころではなく痛かったが、二人が並ぶところはとんでもなく美しくてお似合いだった。


 なんとなくそれから意気投合した私達は、クリスティーネのお忍びにお付き合いと言うていで、放課後に一緒に学園都市にある喫茶店(学園から徒歩5分)に行ったり、図書館でおススメの恋愛小説を交換したりした。なんとクリスティーネは恋愛小説が好きなのだ。なんかもっと高尚そうな詩とかを好んで読んでいると思った。

 というか、未だに彼女が私と同じようにご飯を食べているとか信じられない。砂糖菓子と薔薇の花びらとかだけを食べて生きていそう。

 冗談交じりにそれを話したら、「わたくし、パンが大好きなの!」とキラキラした瞳で語られた。パンって……パン? あの毎食食べてるパンのこと?

 それで、私でもパンなら作れるという話をしたらぐいぐいと食いついてこられた。

 こんなに積極的にきたクリスティーネは始めて……。どれだけパンが好きなのだ。



 そんなわけで、放課後に時折、寮にあるキッチンを借りてパンやお菓子を一緒に作るようにになった。

 けれどクリスティーネはとにかく力がない。腕が細すぎるのだ。ついでに体力もないので大変そうだった。顔を真っ赤にしてパンを捏ねるクリスティーネ、なんていう非常にレアなものを見たりもした。

 最初は焦がしたり失敗もしたけど、何度か焼くと、だんだんと上達した。

 紅茶を淹れて焼きたてのパンやお菓子を食べるのは楽しかった。クリスティーネは始めて自分で紅茶を淹れました!と大喜びだったし、焦がしたパンを食べては目を白黒させたりもした。何度目かにチャレンジして、ようやく上手くできた干した葡萄入りのパン、婚約者のマティアス殿下にあげるのかと思っていたら、ニコニコして「弟のエミリオにあげるのよ。前に焦がしたのを食べさせてしまったから、きっとびっくりするわ」なんて言う。


 私は、とびきり美しくて、でも可愛くて、ちょっとヘンテコなこの令嬢が大好きだった。




 ある時、意を決してクリスティーネにマティアス殿下への想いを告げた。


 マティアス殿下とは、洗ったハンカチを返しに行って以来、時折会うようになっていた。婚約者のいる相手だもの、駄目だってわかっていても、好きで好きでたまらなかった。話をしたくて、話ができると嬉しくて、会えない日は悲しくて、毎日ふわふわしてドキドキした。手を握った。口付けをした。彼とずっと一緒にいたかった。


 でも私の身分は低い。彼の正妃に、だなんて、そんな大それたこと言うつもりはない。それでもこのことを大切な友人のクリスティーネに黙ってはおけなかった。


 黙ったままだなんて、卑怯だと思ったのだ。


 婚約者本人に言うなんて、戦線布告と取られてもおかしくない。だけどクリスティーネは私を優しく抱きしめてくれた。

 悲しまれたり、泣かれたり、詰られるたりするかと思ったけど、そんなこともなかった。

 ただ彼女は、うれしい、と言ったのだ。


「うれしいわ。それならわたくし達、結婚しても一緒にいられるのね」


 なんでも、クリスティーネとマティアス殿下は親が決めた婚約者で、お互いに恋愛感情はないらしい。こんなに美しすぎる二人が並んでて恋愛感情がないとか、そんなことあるのか、と私は心底驚いた。


「ドキッとかもないの?」

「ないわねえ……。ドキッてどんな感じなのかしら。恋愛小説でたくさん読んだのだけど、よくわからなくて」


 ほやほやと小首を傾げる。


「えーと……なんていうか、胸っていうか、心臓がドキッてなるの。それで、一緒にいたいのに、恥ずかしくて目の前から消えてしまいたくなる。でもやっぱり一緒にいたくて……その……ええと……ふ、触れたいとか触れてほしいというか……、そんな感じ」

「ドキッて……? ううん……わからないわ。びっくりした時のような感じなのかしら」


 実はなかなかのボリュームを持つ胸元にクリスティーネはほっそりとした白い手を当てている。


 まあ、そんなわけで私はマティアス殿下の婚約者公認の側室候補となったのです。



 ……それでいいの!?って思うよね。でもいいんですって。王族は慣例的に正妃以外に側室を複数人持つものらしい。

 私は一応男爵家の娘というギリギリの身分があるので側室、形式上はちゃんと妻という身分になれるらしい。平民だったら愛妾で妻とは違う身分になるらしい。そこらへんは子供が出来た時に色々変わってくるみたいだ。


 なんていうか、愛した人が王子様で良かった。婚約者がいるって諦めていたけど、彼のそばにいられるなら側室でもいいや。


 それにクリスティーネが正妃なら、後宮でのドロドロ愛憎渦巻く小説のようにはならないだろうし。





 そうして私とクリスティーネの仲は更に深まっていったのでした。

 そう、時折マティアス殿下が嫉妬するくらいに、ね。

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