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アイドルクレイドル  作者: 和和和和
愚者・ONSTAGE
7/12

エキシビションマッチ




「『括野友也』か……」

 エキシビションマッチを申請するのは、当然全てのIDOLAを製造し、管理している「アルカナコーポレーション」。そして、そもそも事前に適合者が現れた時点で第一交渉権を持たない三つの会社にも、適合者の情報は知らされている

 画面に映し出された友也の姿を見る男は、小さく息をついて一抹の哀愁が感じられる表情で笑う

「そうか。千歳がこの少年のIDOLAの補佐役にな」

「よろしいのですか?」

 その男――凛々島千歳の実父にして、エクエススペードの社長でもある「凛々島京一郎」は、秘書風の男の言葉にため息を返す

「あれが自分で決めたことだ。とはいえ、私も一人の親だ。初戦の相手位は、こちらで用意するとしよう」

 様々な意味を含んだ秘書の男の「このままでいいのですか」という言葉に嘆息した恭一郎は、その手を机の上に在る電話機に伸ばしてボタンを押す

「『エイジ』に繋いでくれ」

「かしこまりました」

 即座に繋がった電話の応対を聞いていた秘書の男性は、京一郎が呼び出した人物の名に目を瞠る

「社長」

 その言葉が言わんとしていることを察し、それを視線で制した京一郎は、机の上に置かれているデジタルの写真立てに触れ、先日まで手元にいた愛娘の姿を映し出す

「『最強のアルカナ』。それを前に、お前達の運命がどれほど抗えるのか、見せてもらうか」



※※※



 アイドルクレイドルは年度を一期として行われる。即ち、現時点で今年度のアイドルクレイドルは開幕している。友也が免許を取得したのが、今年の三月、そして四月にグラールハートへ入ったのだから、詮無きことではあるが

 というわけで、グラールハートという企業としては、一年待って開幕から参加させるより、例え途中からでも友也を「アイドルクレイドル」の舞台へと送り出したいと考えている


 結果、千歳との模擬戦を行ってから、一週間もしない内に友也に彩音からの連絡が入ってきた


「エキシビションマッチの初戦の日取りと、相手が決まりましたよ」


 まだ愚者の操者になったことは公表されていないため、その事実を隠しながら学校へと通い、その後にICの練習を積むということを繰り返していた友也は、夕刻に訪れたグラールハートで、一緒に出社してきた千歳と共にその話を聞いていた

「エキシビションマッチは、二週間後の日曜日。対戦相手は、ペザントクローバー所属『渡辺(わたなべ)悠里(ゆうり)』です」

「……!」

 彩音の口から告げられた対戦相手の名前に、友也と千歳は小さく息を呑む

「彼女のDOLL――『コールドフレア』は、近接戦闘型ではありますが、重装甲と一撃の重さに比重を置いた機体です。油断をすれば、いかにIDOLAといえど、足元をすくわれかねませんよ」

 その反応に二人がわずかに表情を強張らせたのを見て取った彩音は、必要ないことを察しつつも、念のために毅然とした口調で釘をさす

「それと、友也さんにはその前にお披露目の会見を開いてもらいます」

 そして事務的な口調で続けた彩音の言葉に、友也は気乗りしないことがありありと伝わってくる表情で言う

「やっぱり、やらないとダメなんですかね?」

「当然です。そう身構えなくても、気楽にやればいいんですよ。そんな感じの人もたくさんいたでしょう?」

 恐る恐るといった様子で訊ねた友也は、彩音の毅然とした口調と朗らかで優しい声音を使い分けた語りかけに、反論の術もなく沈黙する

「うぅ……そうですけど」

(テレビに囲まれると思うと、今から気が重い)


 友也のアイドルクレイドルの操者としてのデビュー戦はエキシビションマッチではあるが、「括野友也」という人物としてのデビューまでがそれと同じという訳ではない

 友也のように、新しくデビューするIDOLA操者は、その前に一度会見を開いて世間と機体の認知を得るというのが通過儀礼になっている

 視聴者だった時には期待に胸を膨らませる会見だったが、いざ当事者になってみると、何十何百というカメラと人の目に晒されることへの緊張が、友也の胃を痛ませる


「では、私からの連絡は以上です。二人とも、試合当日までに可能な限りコンディションを整えておくようにしてください」

「はい」

 彩音の言葉に頷いた友也と千歳は、いつもと違った緊張感を持ちながら、いつものように愚者の操作性を高めるための訓練に向かう

「それにしても、よりにもよって渡辺さんが相手か」

「何度か戦ったことがありますが、彼女は強いです。勝率そのものは私の方が高いですが、それも薄氷を踏むようなものでした」

 ICのファンだということもあって、次の対戦相手の事を知っている様子の友也に、千歳は神妙な面持ちで言う

 かつて、何度かICで戦ったことがある渡辺悠里という人物のことを、その戦いの記憶と共に思い返した千歳は、余裕のない緊張感に満ちた面差しを浮かべていた

「愚者の操作が万全といえない今の状態では、危ないかもしれませんね」

 あれから数日、操者の意思に反して出力を変化させるという厄介な特性を持つ愚者という機体を調整してきた友也と千歳だが、未だその制御を完璧にこなせるとは言えない

 現状のままでは、速度に特化した千歳のミセリコルダとは違い、頑強な装甲と破壊力に重点を置いた悠里の機体に勝利することは難しいだろう

「まあ、やれることをやるしかありませんけどね」

「はい」

 結局今できることをやるしかないという共通の認識を確認した友也と千歳は、いつものように愚者の機体を完全に制御するための訓練を始める


 千歳の役目は「サポーター」。操者の体調をはじめとするコンディションを預かり、ICでは作戦や装備などで戦いを補佐する「もう一人の操者」とでもいうべき存在だ

 その手に持つタブレットには、操車である友也のバイタルデータ、そして愚者の機体データが映っており、それらを見比べながら最適な状態を維持するために思考を巡らせる


(やはり、一朝一夕にはいかないものですね――まさか、愚者がここまで扱いづらい機体だったとは)

 自身のサポーターとしての未熟さと、愚者という機体の厄介な特性に渋い顔を浮かべそうになるのを押しとどめながら、千歳はそのデータが映し出されているタブレットに穴が開くのではないかと言うほどの視線を向ける

「少し、休憩しましょう」

 そう言って傍らに置かれたクーラーボックスからドリンクを取り出した千歳は、卵型をしたクレイドルシステムの操縦装置から出てきた友也にそれを手渡す

「あ、ありがとうございます」

 感謝の言葉を述べてからそのドリンクに口をつけた友也は、喉を鳴らしてそれを飲むと、盛大に息をつく

「はぁ~。全然だめだ」

 自身の操者としての未熟さと、期待操作の難しさを実感して疲れと共に憂いを吐き出したように友也の言葉に、千歳は画面に視線を落として目を細める

「でも、少しずつうまくなっていると思いますよ」

「でもまだまだです、千歳さんに色々サポートしてもらってるのに、なんか申し訳ないです」

 キャリアも実力も自分より上であるにも関わらず、未熟な自分のために力を貸してくれている千歳に報いることができない己に自己嫌悪しながら友也が肩を落とす

「誰にでも最初はあるものです。今力が足りないということは、気を落とすことではありません。それに、私こそ、友也さんには感謝の念しかありません」

「……え?」

 慰めの言葉をかけてくれるのは予想もできたが、それに続いて出た「自分に感謝している」という千歳の言葉に、友也は驚きを禁じえずに目を丸くする

「だって、友也さんが私をIDOLAクラスの舞台に連れて行ってくれるんですよ? 私一人では絶対に行くことができなかった場所に」

 そんな友也の意外そうな顔に、千歳はさも当然と言った表情で微笑みかける


 IDOLAクラスは、適性がある者しか操者として参加することができない世界。IDOLAに選ばれなかったものがそこに携わりたいと思うなら、千歳がしているように操者のサポートに付くか、機体の調整などを行うエンジニアとしてしかない

 しかし、いかに千歳が優秀でも専門の知識と技術、無数の資格が必要になるエンジニアとして関わることは困難を極めるだろう。一刻も早くIDOLAにかかわるためには、こうしてサポーターになることが最も確実な手段だったのだ――例えそこに、自分をサポーターとして付けた話題性によって注目度を上げるという社の打算と思惑があるとしても。


「――……」

 その満面の笑みに赤面し、言葉を詰まらせた友也に微笑みかけていた千歳は、ふと思いついたような表情を浮かべる

 咄嗟に視線を逸らした友也は、自分の火照った顔を見られていないかと、横目で千歳の様子を窺うのだった

「だから、二人で頑張りましょう」

 その横顔を見て微笑んだ千歳は、優しくも強い決意の籠った声で語りかけた



※※※



「――ッ、っ……」

 唇を引き結び、緊張しきった顔で佇む友也に惜しみなく注がれるのは、カメラのフラッシュの嵐

 閃光が視界に瞬き、自分を取り囲むようにしているその人の波を前にした友也は、まるで凍り付いたかのように直立不動となっていた

「IDOLAの操者としての意気込みをお聞かせください」

「今回、凛々島さんをサポーターに迎えるにあたり、なにか一言いただけませんか?」

「ぅえ、え、えと……」

 上ずり、今にも裏返りそうな声で友也が答えるのは、国内外の記者団達。

 新しくIDOLAの操者となった友也が公式に世間に発表されるにあたり、グラールハートの社長であるケイネスと安曇、そしてパートナーの千歳と共に会場に立った友也は、まるで旧世代のロボットのようなギクシャクした動きで受け答えする

「凛々島さんのご意見は?」

「はい。私の一存で、多くのファンの方にご心配をおかけしてしまいました。ですが、多大なご厚情を賜り、こうしてまたアイドルクレイドルに――私の夢だったIDOLAに携わるという形でかかわらせていただくことができます

 操者という立場ではなくなってしまいましたが、多くのアイドルクレイドルのファンの皆様に楽しんでいただけるよう、括野さんと共に邁進してまいりたいと思いますので、よろしくお願いします」

 かつては操者として受けていたインタビューを、一人のサポーターとして受ける千歳は、慣れた様子ですらすらと答えていく


 かつて一世を風靡したトッププレイヤー「凛々島千歳」が、新しいIDOLAの操者をサポートする側となって現れる――そんなセンセーショナルな会見が人目を引かないはずはない

 グラールハートにとって、千歳はそんな話題を提供してくる人物。そして千歳にとってグラールハートは、自分を夢だったIDOLAの世界へと導いてくれる――この会見は、その互いの利害関係が一致しているからこそのものだった


 緊張のあまりまともに離すことができずにいる友也の傍らでは、グラールハートから来ているケイネスと安曇が、簡単ないきさつなどに答えていく

「括野さんは――」

「括野さんはどうお考えですか?」

「括野さん」

「括野さん」

(え、えっと……えっと……俺、なんて答えるんだっけ?)

 今までは、テレビ越しにわくわくと見ていた場所に立った友也は、好奇の眼差しを注がれながら、もはや自分で何を言っているのかも分からない状態で答え続けた






「あー俺、一生の黒歴史確定だ」

 永遠と思えるほどの会見が終わった後、机に突伏した友也は、自身が晒した醜態を思い返して頭を抱える

 自分でも何を話したのか分からない上、緊張のあまり変な顔をしていたかもしれない――そう考えると、友也は自己嫌悪とやり直したいという後悔に苛まれて悶絶するばかりだった

「最初はあんなものですよ」

 机と額を触れ合わせて力なく項垂れて落ち込んでいる友也に、千歳は苦笑混じりに慰めの言葉をかける


 これまでアイドルクレイドルのトッププレイヤーとして、そしてアイドルとして多くのマスコミに囲まれる経験の多かった千歳とは違い、つい先日まで一般人に過ぎなかった友也がその雪崩のような取材の中で平静を保つのは容易なことではないだろう

 もっとも、これまで何人も出てきたIDOLAの操者の中で、今の友也ほど返答にくぐもった人物がいなかったのもまた事実ではあるが。


「あれが、全国ネットで世界中に流れるんすよ。俺……俺もう、立ち直れないっす」

 しかし、千歳の慰めも友也の慚愧の念を吹き消すことはできない

 直視に絶えない自身の失態を思い返して仰々しい様子で落ち込む姿を見た千歳は、小さく肩を竦めて苦笑する

「そんな冗談を言えるだけの余裕があるのなら大丈夫です」

「ハハ。だから会見の前に言っただろう? 肩の力を抜き給えと」

 その様子を見て豪気で気さな笑い声をあげた安曇は、落ち込んでいる友也の肩を軽く叩くのだが、それが傷ついた少年の心を発奮させることはなかった





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