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プロト・イェーガー  作者: 来生直紀
EP00/ 第3話 誤りと過ち
8/10

#07

「すーくんっ!」


 頭の中で、真っ白な光が弾けた。

 雷鳴のような声にぎょっとする。俺は叫び声のした方向を、つまりすぐ隣を振り向いた。

 制服姿のリリが、怪訝そうな表情で俺を見ていた。

 手には学校指定の鞄、肩には大きなスポーツバックをかけている。登校中か下校中のような荷物。

 雷鳴のような叫び――というのは俺の錯覚で、実際にはたいした大声ではなかった。その証拠に、すぐ近くをほかの生徒たちは自分たちに特別関心を示すこともなく通り過ぎていく。

 ここは――――どこだ?

 一瞬、場所と時間がわからなかった。冷静になって当たりを見渡した。開けた廊下と並んだ下駄箱、反対側は吹き抜けで中庭へとつながっている。

 ここは学校の昇降口の前だ。

 時刻は放課後。HRを終えて一日が終わり、下校しはじめたところだ。ただし部活動がある生徒はこれから校庭なり部室なりそれぞれの活動場所へと向かう。

 俺はそのまま帰宅するが、リリは陸上部のマネージャーをやっているので、いつもは昇降口を出たところで別れることが多かった。

「もうっ、またぼーっとして。わたしの話聞いてなかったでしょ?」

「それは……聞いてなかった。けど、べつにぼけっとはしてない」

「してるよぅ。じゃあ、今日の五限の授業はなんだった?」

「数学」

「じゃあ今日出された宿題は?」

「いつものチャート式から引っ張ってきたプリントだろ」

「うー。そういうことはちゃんと覚えてるのに……」

 なぜかリリはすこし悔しそうにうなった。

 そう、大丈夫だ。

 べつに俺はなにもおかしいところはない。

 たまにぼんやりくらいするかもしれないが、そんなのは誰にだってあることだ。きっとリリが気にしすぎなだけだろう。

 外靴に履き替え、俺はリリに軽く手を挙げてそのまま別れようとしたが呼び止められた。

「? なんだよ」

「……あのね。その……すーくんの、アルバイトのことなんだけど」

「!!」

 心臓が強く跳ねた。

 周囲の音が遠ざかり、自分の心音と頭のなかの血流の音が大きくなる。

 途端に息苦しさを覚え、呼吸を整えようとするも一向に息が吸えない。

 脳裏に、こちらに向かって手を伸ばすパイロットの姿が浮かんだ。


 あのとき。

 VRゲームであるプロト・イェーガー内で、猟機の操縦席にいた俺が見たもの。

 現実の映像と区別がつかないほど精巧な人間の姿。

 大怪我して、血まみれの――


 気づくと俺は、絶句したままリリから一歩遠ざかっていた。

 過剰な反応だったのだろう。むしろリリが驚いたように

「す、すーくん? 大丈夫?」

「……なにが言いたい」

「え? えっと、た、ただ忙しいのかな、って思っただけで……。ほら、最近おうち寄ってもいないこと多いから。大変なのかなーって……」

 俺はリリの言葉を聞きながら、落ち着きを取り戻すように努めた。

リリはなにも知らない。

 知っているはずがない。当たり前だ。プロト・イェーガーのことは守秘義務があるので、友人はおろか学校側にも話していない。

「べつに、たいしたことないって。……もうその話はするな」

「でも……」

「いいから――」

 リリの言葉を強引に終わらせようとしたときだった。

「おい」

 スポーツウェア姿の男子生徒が、すぐ近くに立っていた。

 背が高く体格もよい。長谷部のような人懐っこいタイプではなく、むしろ近寄りがたい硬質な雰囲気をまとった男だった。

 沖田晃。

 同じクラスで、以前にちょっとした諍いと衝突があった相手。

 だがその視線は俺ではなく、リリに向けられていた。

「あ、沖田くん」

「マネ、今日のメニューは」

「え? あ、そうだ。先生にもらいにいかなきゃ……ご、ごめんねいまから行ってくるから」

「時間、けっこう遅れてるぞ。早くしたほうがいい」

「う、うん。急ぐね。あ、じゃあすーくん、また明日ね」

 リリはこちらに手を振り、職員室のある校舎内へと小走りで戻っていく。

 残った沖田は、最後の最後で俺に一瞥を向けた。

 目を合わせながらも、互いになにも言わない。

 当然だ。

 俺たちの間に交わす言葉など、なにもないのだから。


 ――ところが、その予想はすぐに覆ることになった。


 *


 その日の放課後、俺はクラスの男子連中に誘われてだらだらと遊んでいた。

 軽音部の連中が部室でこっそりと麻雀をやっているので、それに付き合っていた。多少勝ったものの、掛け金は子供のお使い程度の額なのでたいした儲けにはならなかった。

 帰る頃には、すでに日が深く傾いていた。

 帰宅部の生徒が残っているには遅い時間帯。だが偶然にも、それが部活動を終えた連中と重なってしまったのだろう。

「待てよ」

 昇降口を出たところで、背中に剣呑な声が突き刺さった。

 足を止めて、振り返る。

 沖田がそこにいた。

 近くに、俺のほかに人影はない。

 どうやら俺のことを呼び止めているらしかった。小さく困惑する。

 あれ以来、俺とは沖田と一度もまともに話したことはなかった。沖田が不運にも(、、、、)交通事故に遭って入院し、退院してきてからも、とくに言葉を交わした覚えはなく、教室ですら近づくこともなかった。

 そういう暗黙の了解ができていたのだと、俺は思っていたのだが――

 だが沖田は俺を見て、軽く後ろを指さした。

「ちょっといいか」



 沖田は俺を校舎裏に連れ立った。

 武道館と体育館の間の細い道。普段はまず立ち寄ることがないような場所だ。

 わざわざこんなところまで来て、いったい何の用事だろうか。

 ふと、脳裏にあの日のトンネルのなかでの出来事がよみがえった。

 頬を打ち付けた重い感触と、口のなかに広がった血の味も。

 まさか、あの日の続きをしようというのだろうか?

 だとしたら――まあ構わない。

 だが、今度は黙ってやられるつもりはなかった。向こうがやる気であれば望むところだ。むしろ期待に応えてやるのが礼儀というものだろう。


「――最近、弓月の様子がすこしおかしい」


 だが、沖田の口から出てきたのはまったく予想外の言葉だった。

「リリの?」

 そう呟いてから、俺は自分の失言に舌打ちする。

 沖田も、俺しか使わないあいつの愛称を耳にして眉をひそめたが、聞かなかったかのように話をつづけた。

「部活中、ちょっとしたミスが多いっていうか、集中してないっていうか。クラスや部活の女子連中に聞いても、とくに思い当たるようなことはないみてえだし。

 となると……原因は、おまえじゃないのか」

 俺は黙っていた。

 沖田の言葉を咀嚼しようとして、不思議に思った。

 こいつはなにを言っているのだろう?

 仮にあいつが、なにかを悩み事を抱えているとして、そしてその原因が俺だとして、それを俺を聞いてどうしようというのか?

 気になるのなら、リリ本人に尋ねればいい。同じ部活の部員同士なのだから簡単だろうに。

 なぜ他人の俺にリリの胸中を聞くのか理解できなかった。

「あいつが何に悩んでるかなんて、俺が知るかよ」

 俺がそう答えると、今度こそ沖田は露骨に頬をゆがめて不快さをあらわにした。

 次は舌打ちが出るだろう。

「あいつを、あんま不安にさせんな」

「はっ……。なんで、あんたにそんなこと言われないといけないんだよ? あんたはリリのなんなんだよ」

「……部活の、仲間だ」

 仲間?

 たかがお遊びのクラブ活動で?

 そういえば、以前揉めたときも、俺が彼らの部活を軽んじるようなことを口にしたのが発端だった。べつにその考えはいまでも変わっていなかったが。

 沖田は俺と話が通じないと感じたのか、やはり舌打ちした。

「おれなら、弓月を悲しませたりしない」

 沖田はまたしても、予想外の言葉を口にした。

 俺はおかしくてたまらなかった。

 ばかばかしい。これ以上は付き合っていられない。時間のムダだ。

「好きにしろよ」

 俺は最後にそう言って、沖田に背を向けた。

 嘘ではない。

 本心からの言葉だった。


 *


 自宅のチャイムが鳴った。

 沖田に呼び出された翌日の夕方だ。

 だれが来たのか、出る前にわかっていた。そもそもこの家を訪ねてくる人間は、主に二人しかいない。そしてリリでない。

「やあ、守皇くん」

 玄関の戸を開けると、そこにすらっとした細身のスーツ姿の男がいた。

 丁寧に撫でつけられた髪から光沢のある革靴まで、久世間有為はあいかわらず洗練されたいで立ちだった。

 事前に来ることは連絡を受けていた。

 だが俺は緊張していた。

 久世間を前にして、身体がこわばるのを止められなかった。

「いつも学校帰りにすまないね。守皇くんのおかげで、プロト・イェーガーの開発は順調に進んでいるよ。今日は、次の段階の準備が整ってね。弊社の関連施設で、より本格的なテストを行いたい。移動に少々時間がかかるが、その分謝礼は弾むよ」

 久世間は俺を外に促した。

 砂利が敷き詰められただけの駐車場に、いつものSUVが停まっている。

 だが俺が玄関から動かないことに気づき、久世間が振り返った。


「あれはいったい、なんなんですか?」


 ひどく抽象的な言い方だと思う言い方で、俺は疑問の言葉を紡いだ。

 だがそうせざるを得なかった。具体的なことは俺にはわからない。

 あのVRゲームがどういう仕組みで動いているのかも、俺の協力がゲームの開発にどう役立っているのかも。

 俺が見た映像が――本当に“作り物”なのかどうかも。

 久世間は俺の問いに対して、不思議そうに首をかしげた。

「あれ……とは、この前、守皇くんが気にしていた映像のことかい?」

「…………」

「たしかに、少々グロテスクだったかもしれないね。大丈夫、担当者には修正するように言ってあるよ。安心してほしい」

「で、でも……!」

 その続きの言葉を、俺は持ち合わせていなかった。

 でも、なんだというのか。

 まさか、本物の人間だとでもいうつもりか。

 あれは実在の場所で、俺が倒した攻撃ヘリも、そこに乗っていた人間も本物で、

 つまりは俺が操っていた“猟機”も――


 ばかげてる。


 落ち着いて考えればわかることだ。そんなことありえない。あるはずがない。

 だが俺は不思議な矛盾に囚われていた。

 俺はなにも知らない(、、、、、、、、、)

 そう自覚したばかりではないか。

 なぜ、ばかげていると思う。


 なぜ――――“ありえない”と言い切れる?


「守皇くん、きみはなにかを気にしているようだが、心配するようなことはなにもないよ」

「だけど……」

「それにどのみち――」

 守皇は銀色に光るメガネのフレームに触れ、その奥から俺を見下ろした。

「きみは、これ(、、)をやめたりはしないだろう?」

「え……?」

「この貸し家も、きみの生活費も、我々からの報酬でまかなわれているはずだ。それがなくなったら、きみはここでの生活が続けられなくなってしまう」

「そ、それは……」

「ああ、すまない。まるで脅しているような言い方になってしまったね。僕が言いたかったのは、我々が一方的に恵みを施しているわけじゃない、ということだ。

 僕たちはお互い、対等な立場(、、、、、)として、これまで協力してもらってきたと考えている。もちろん、これからもね」

 対等。

 高級なスーツをまとった久世間と、安い古着に身を包んだこの俺が同じ?

 冗談と解した。だが久世間は笑わなかった。  

「守皇くんとしても、あの施設での生活から抜け出したかったから、協力を了承してくれたはずだ」

「……はい」

「この状況は、きみの望みに適っているはずだ。それに……せっかく、大切なお友達とも会えたのだからね」

 はっとする。

 なぜ、彼がリリのことを知っているのか?

 そういえばこの前、帰り道でふたりは互いの顔を見ている。

 リリのことを友達だと認識しても、おかしくはない。

 だがなにか、久世間の言葉にはべつの含みがあるようにも感じた。

 俺が黙りこんだまま固まっていると、久世間は小さく嘆息した。 

「では、こうしようか。僕たちも、守皇くんに無用の疑いや心配を持たれたまま協力してもらうのは忍びない。もしなにか気にかかるようなことがあって、心の整理が必要だというのなら、すこし時間をあげよう。じっくりと考えてみてほしい」

 久世間は続けて、十日後の土曜日、日付にして十月十日に返答を聞かせてほしいと、語った。

 考える? なにを?

 決まっていた。どちらを選ぶのか、という話だ。

 この久世間たちへの協力を、プロト・イェーガーのテストプレイヤーを続けるかどうかを。

 この土地でのこの生活を、続けるかどうかを――


「賢明な選択をしてくれると、期待しているよ」


 玄関の戸が占められ、久世間の車の音が聞こえなくなってから、俺はようやく気付いた。彼が去り際に残した言葉。


 それが、俺に対する「宣告」だったということを。



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