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プロト・イェーガー  作者: 来生直紀
EP00/ 第3話 誤りと過ち
10/10

#09

 騒動の翌日。教室には普段と微妙にずれた日常があった。

 長谷部などはいつもと同じテンションで話しかけてくる一方で、それ以外のあまり絡みのない男子連中や女子は、俺から一定の距離を置いていた。

 それでなにか困ることがあったわけではない。

 俺はべつにぼっちではないが、クラスの人気者というわけでもない。多少の視線やささやき声にさえ目をつむれば、日常生活になにも支障はなかった。

 唯一の大きな違いといえば――

「あっ……」

 朝、先に教室に入ってきた俺を見たリリは、凍りついたように固まった。

 俺はとくに反応もせずそのまま自分の席に向かった。それから、今日はまだリリとはなにも会話をしていない。

 いつもならどこかの休み時間でなにかしらの理由で話しかけてくるのだが、リリは俺の席のほうに近づこうとはしなかった。

 トイレに席を立ったあと、廊下でリリと鉢合わせした。

 リリは俺を見上げてなにかを言おうとする。だがそのときも、結局はなにもはっきりとは言葉にせず俯いてしまう。その苦しそうな様子をもたらしているのが自分だということが嫌で、俺は黙ってリリの横を通り過ぎた。

 そうして、いつもと同じようで、決定的にちがう一日が過ぎた。



 HRのあと、リリがさきに部活に向かうのを確認してから俺は席を立った。

 部活や委員会へと移動する生徒たちの喧騒が響く校舎内を歩いているとき、後ろから声をかけられた。


「貴峰くん」


 そこにいたのは、すらりと長い手足を持つ女子だった。

 名前が、すぐには思い出せない。


 彼女は――なんといっただろう――――?


 思い出した。

 クラスメイトの篠原美弥だ。なぜすぐに出てこなかったのだろう。

 リリとは親しい間柄だが雰囲気はまるで異なる。リリは小動物のように落ち着きがないが、篠原はわりとどんなときも飄々としている印象だった。

 だがいまはめずらしく、その表情は険しかった。

「ちょっと話があるんだけど」

 有無を言わせぬ口調に、俺はただうなずいた。



 外に出て、体育館の武道館に挟まれた人気のない裏道に場所を移した。

 奇しくも以前、沖田に連れてこれられた場所だった。俺が知らないだけで、もしかしたら密会の定番スポットなのかもしれない。

「なに?」

「凛理のことだけど」

 俺が用件を尋ねると、篠原は即答した。

「貴峰くん。まだ凛理と、ちゃんと仲直りしてないでしょ」

 篠原はストレートに切り出した。

「仲直りって……。べつに、俺はあいつと喧嘩してるわけじゃない」

「そういうことじゃなくて。ふたり、ぎくしゃくしたままでしょってこと。べつに貴峰くんに凛理や沖田くんに謝るべきだなんて言わないけど、凛理とは、ちゃんと話してよ。凛理、臆病なところがあるから、自分からは上手く言えないかもしれないし。とくに貴峰くんのことになると……」

 篠原は言って、すこし気まずそうに地面に視線を落とした。

 もしかしたら自分でもおせっかいだと感じているのかもしれない。 

 しかし、篠原はもう一度、決意を固めたような表情を向けた。


「――あのね、凛理、すごく明るくなったんだよ」


 その言葉は不可解なものだった。

「貴峰くんは知らないだろうけど、凛理、貴峰くんが転校してくる前までは、もっとおとなしい子だったの。私は最初から友達だったからよくわかってるけど、凛理は行動的な子じゃなかったし、同じクラスメイトでも男子に気軽に話しかけたりしなかった。でもほら、いまって長谷部とかなら普通に話しかけたりするでしょ? もちろんヘンな意味じゃなくてね。そういうの、前から凛理知ってる私からしたら、けっこうびっくりなんだよね」

 篠原の言葉を、俺は呆然として聞いていた。

 まったく知らないことだった。いや、知るはずもない。

 あのとき、この土地で数年ぶりに再会したとき、リリは俺のなかあったイメージのままだった。

 だから、ずっとそうだったのだと、疑いもせずに思っていた。


 リリが変わった?

 だとしたら――――なぜ?


「でも、貴峰くんが来てから凛理は変わった」


 俺の疑問に篠原がすぐに答えた。

「元気になったっていうか、たぶん、貴峰くんとまた会えて、しかも同じ学校で同じクラスになって、嬉しかったんだと思うよ。見た目もかわいく……まあ凛理はもとからかわいかったけど、うん、前よりキレイになった気もするし。えっと……だからとにかく、ちゃんと話して、元通りになってよ。ねっ?」

 篠原は両手をあわせて拝むような仕草をした。

「……ああ」

 すこし混乱したまま、俺はうなずいた。

 本当にわかっているのだろうか、と半分は自問しながら。

 だがそれで篠原は安心したような笑みを浮かべ、続けて言った。  

「それから、今週の土曜日、なんの日かわかってるでしょ? ちゃんと付き合ってあげてね。だから凛理ってば最近がんばって……」

「いや。っていうかそれ、マジでわかんないんだけど」

 俺が戸惑い気味に答えると、篠原は面倒くさそうに口をとがらせた。

 だが俺が眉をひそめたままでいると、

「え、ほんとに……?」

「ああ」

 今度は篠原が口を開けて唖然とする。

 いったい、なにがそれほど衝撃なのか。


「嘘……だって、凛理、言ってたよ。今週の土曜日、十月十日は、貴峰くんの誕生日だって」


「誕生日……?」

 俺の?

 言われてようやく、気づいた。

 たしかにそうだ。

 次の土曜――十月十日は、俺の生年月日だった。

 だが、言われればそうだなと思う程度で、特別それを気にかける習慣自体俺にはなかった。

 これまでの人生で、それが特別な意味を持ったことがなかったからだ。

「そういう人って、ほんとにいるんだねー……」

 篠原はまじまじと俺を見つめている。

珍獣のように見られるのは気分のいいものではないが、どうやら自分の誕生日を忘れるというのは一般的にはそれに該当するらしい。

「えっと……まあ、とにかくさ。凛理ね、実はちゃんと準備してるんだよ。いろいろプレゼントとか探したり……。部活もあるのに、帰りのバス何本か遅らせてさ」

 篠原のその言葉で、俺はふと思い出した。

 商店街の雑貨屋にいたリリの姿。

 まさか、あれはひょっとして――

「ほんとは黙ってて言われてるんだけど……いまのふたり、ちょっと見てられなかったからさ。凛理、たぶん貴峰くんのこと……」

 その続きを、篠原は言葉にはしなかった。

 すこし喋りすぎた、といったようなばつの悪い表情を浮かべている。

 俺は気を遣わせて悪かったと礼を言って、部活に向かうという篠原と別れた。


 *


 ひとり帰路につこうとした俺は、校門の手前で立ち止まった。

 リリに謝ろう。

 ふいにそう思った。

 胸の中には、なだ篠原の言葉がつっかえたままだった。

 きびすを返し、グラウンドへと足を向ける。

 べつに明日また教室で会ってから話せばいいことだったが、なぜかいまは、一分一秒が大切に思えた。 

 ここ最近、いろいろなことが狂い続けている。

 その理由は突き詰めれば、原因不明な体調の悪さにある気がした。

 けれど、いまならまだ元に戻れる。

 戻すことができる。

 そうすべきだ、と強く確信した。

 リリに余計な心配をさせたくなかった。

 不安にもさせたくない。

 いまはまだ、リリとどうなりたいとか考えてはいない。

 ただ、リリが変わったということを、しかも良い方へと変わったのだという話を聞いて、俺もやっと自覚できた。


 俺も同じだ。


 俺だって、ここでの生活に満足している。

 すぐに近くにリリがいて、長谷部や篠原のような友達がいて、ときおり沖田のような馬の合わないやつとぶつかることもあるが、それでも構わない。

 日々が穏やかに過ぎていく。

 俺にとっては、十分すぎる幸福だった。

 だから、たとえどれだけ続くかわからずとも、ここでの日々は俺にとってとても大切なものだったんだ。

 だから元に戻したい。

 ほんのすこし前の――そう、リリや長谷部たちと休日に遊びにいったような、あの緩慢で穏やかな日々に。

 そのために、まずはリリに謝る。


 そして、久世間たちへの協力を終わりにしよう。


 あれほど葛藤していたことに、俺は不思議なくらいあっさりと決意していた。

 真相はわからない。

 あのプロト・イェーガーというゲームに、なにか危険なものが隠されているなど、ただの妄想、俺の気にしすぎかもしれない。


 だが、そもそもが誤りだったのだ。


 縁もゆかりもない他人の力で生かされようとするなど、その考え方自体、きっと間違っていた。  

 久世間たちとの取引をやめて、そのあとどうすればいいのかはまだわからない。

 それでも、なんとかなるだろう。

 もしかしたら、時間がかかるかもしれない。

 それでもいい。

 たとえ時間がかかったとしても、自分の力でここに戻ってくればいい。


 そのときは、今度こそ――


 俺はグラウンドにリリの姿を探した。

 陸上部の部員らしき生徒たちがトラックを軽く流している。もう今日の主な練習は終わったのかもしれない。女子のマネージャーの姿もあったが、リリはいなかった。

 俺はなんとなく部室棟のほうへと足を向けた。

 といっても勝手に部屋には入れないので、周辺をうろつくだけだ。

 ふと、棟の裏手のほうから人の気配――話し声のようなものが聞こえた。

 吸い寄せられるように足を向ける。

 そこに、ジャージ姿の小柄な女子がいた。

 後姿だけですぐにわかった。リリだ。

「り――」

 呼びかけようとした。

 だが、俺の足は動かなかった。

 リリの前にスポーツウェア姿の男子がいた。

 沖田だ。

 なにをしているのか、俺は愚かにも、疑問を抱いて覗き込んでしまった。

  


 凛理の顔に、沖田が顔を近づけて――



 気づいたときには、

 俺は部室棟から遠く離れた、焼却炉のあるゴミ捨て場の前まで来ていた。

「ハッ……」

 乾いた笑い声がもれた。

 急速に、自分がひどく滑稽で間抜けな存在に思えた。

 人気のないその場所で頭上を仰ぐ。

 重々しい曇り空。

 なんてことはない。

 ここもあの場所とつながっている。根本的なちがいなどありはしない。


 俺はいったい、なにを迷っていたのだろう。


 答えなど、最初から出ていたというのに。

 俺があのときゲーム内で見たものがなんだろうと関係ない。同じだ。いまこの目で見た光景が真実だろうと見間違いだろうと俺にはどうだっていい。そう考えると、不思議なほど爽快で晴れやかな気分になれた。

 自分には力が必要だ。

 ひとりで生きていくために。

 ほしいものを、すべて手に入れるために。

 だから俺は――


 *


 土曜日を迎えた。


 俺は午前中に家を出る準備を終え、予定の時間が来るのを静かに待っていた。

 行先は決まっている。

 やがて、事前に連絡されていた時刻に呼び鈴が鳴った。

 立ち上がり、玄関へと向かい戸を開ける。


 そこに現れたのはスーツ姿の細身の男――久世間だった。


 家の前には、見覚えのある黒のSUVが停まっている。

 なぜかそのとき、それが不吉な黒猫のように見えた。

「返答を聞こうか」

 開口一番、久世間が言った。

 答えは用意してあった。

 なにひとつ迷いを生じさせるものはなかった。 


「続ける。――いや、続けさせてください」


 久世間が不敵に口の端を吊り上げる。

 不思議とそれは、今朝洗面台の鏡で見た自分の顔と、似ているような気がした。

 そのとき、なぜかあの生活指導室での教師の言葉を思い出した。


 人生には無数の選択肢があると。

 沢山の道があると。


「我々はきみを歓迎する。貴峰守皇くん」



 ――けれどいまの俺には、道はひとつしか見えなかった。



次回、第4話『岐路の向こう側』


過ちの先に待つものは。



=========================



ということで遠回りしましたが、次回からようやく本編に戻ります!

ただまだ時間がかかりそうなのですが、、


一応いまのところ、EP06は学校メインの話、

EP07は野郎とバトルの話(またあいつとかあいつとか出番です)、

という感じで考えています。


お待たせしてばかりですが大変恐縮ですが。。



それでは次回、アイゼン・イェーガーの予告にて。

 


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