盛田さんと井深さん
私は会話の内容が詳しく知りたくてドアの前にそっと近づいた。
そして耳をかざした。
しかし、運悪くその瞬間に勢いよくドアが開いた。
しかもその扉は外開きで私は頭に強烈な衝撃を喰らった。
自分がどの様な声を挙げたか憶えて無いが男性の声で「大丈夫か⁉」という叫び声が聞こえた。
私は咄嗟に「大丈夫です」と言おうとしたが意識が遠のきその場に倒れこんでしまった。
そして、どれだけの時間が経ったか解らないが私は気が付くと長椅子の上に寝かされていた。
反射的に飛び起きると辺りを伺った。
タバコの匂いが鼻に付く。
その匂いの主は私が起きたのに気が付くと
「大丈夫かい?」
優しい口調で話しかけてきた。
歳のころは私より若そうな感じがする。この部屋から町工場的な雰囲気を感じていた私は、彼のその爽やかな雰囲気に少し意外な感じがした。どちらかと言うと工員と、いう言葉よりセールスマンと言った言葉が似合いそうだ。
「はい、大丈夫です」
私はそう答えると起き上がった姿勢から座り直した。
改めて自分のいる部屋の中を見渡してみる。
何人もの人が忙しなく作業をしている。
「あの…。ここは?」
私は素直に目の前にいる男性に質問をぶつけた。彼は笑顔を浮かべると
「ここは、ウチの会社の中、井深さんが開けたドアがキミに当たって倒れたみたいだ。具合はどうかな?」
「はぁ、大丈夫です。どうも御迷惑をおかけしたみたいで…」
自分の頭を摩りながら、この部屋の様子を覗き見るような事をしていた気まずさからか?少しバツ悪く答える。
「まぁ、無理は禁物だ。具合が良くなるまでユックリして構わないから」
「ありがとうございます」
そう言って頭を下げると彼はその場から去ろうとしたので、私は慌て彼を引き止めるようにずっと気になっていた質問をぶつけた。
「あの!ココで一体何を作っているのですか⁈」
彼は私の声を聞くとその行き足を停めた。
しかし、その答えは別のほうから聞こえて来た。
「ラジオ用のコンバーターだよ」
その声のする方を私と彼は咄嗟に見た。
そこにはメガネをかけた男性が立っていた。歳の頃は私と同じ位で、腕まくりをしたワイシャツに胸のポケットにはこれでもか?と、言う程メモ帳と色鉛筆が詰め込まれていた。
私の目の前にいる男性と違い彼は少し無精な感じを受ける。
何だろう。昔の白黒アニメに出てくるようなエンジニア、技術者、といった趣きだ。
「いやー、盛田君すまないねー。随分君に迷惑を掛けたようだね。」
「いえ、大丈夫です」
そう言われると私と目の前にいる男性は一緒に同じ事を言った。
一瞬、目と目が合いお互いに見つめ合う。
「君も、盛田なのかい?」
私の目の前にいるセールスマン風の男性は目を丸くしながら私の方を見る。
「へー、こりゃあ驚いた。ちなみに僕は井深だけどね」
白黒アニメの技術者風の男性が私の側によって来てマジマジと両方を興味深げに見比べている。
「盛田さんに井深さんですか」
私は彼らを見ると名前を知った安心感からか?早速井深さんに質問を浴びせた。
「ラジオ用のコンバーターってなんですか?」
彼が少し意外な感じで私の方を見ると
「君は機械が好きなのかい?」
そう質問を返してきた。
「はい、主にオーディオが好きです」
と元気よく返した。
「オーディオ。ほー、英語で来たかい。」
井深は感嘆の声を挙げるが
「しかし、女性で機械好きとは珍しいな。しかもオーディオなんて言葉は我々技術者でもそうそう、口にはしないなぁ~」
盛田さんの方は少しいぶかしげな視線を私に向けた。
「さては進駐軍のスパイかな?」
冗談めいた言葉で井深さんはからかいながら私の方を見る。
「進駐軍?スパイ?」
その言葉を聞いて私はキョトンした表情を浮かべた。