こんな感じで
小説を書くという新たな趣味を始めた私は、今までの鬱々とした気持ちがウソの様に晴れた。
とはいえ人様に言えるほど立派な文章を書ける訳でも、何か賞を受賞した訳では無いので人知れずコッソリ書いているのが現状だ。
しかし、実際に執筆をしてみて解ったのだが小説を書く際には案外資料がいるという事だった。
だが、私が今書いている物語は日記に毛が生えたような物だ。それこそ文学的表現など皆無に等しい。
資料たって元々知っている事で案外事足りているから実のところそんなには苦労は無い。
あるとすればあまり馴染みのない建物なんかの細かい名称や当時の街並みだ。この辺は流石に資料だよりだ。確かに記憶に残ってはいるのだがやはりあやふやだ。物語の重心を落とす為にも時代背景なんかはキチンとしたかった。
そして遂にそれなりの量になってきたからソロソロ、ネットへの公開へと踏み切った。
よくよく考えてみたらだけど、ネットを介してるとはいえ人前で何かを発表するのはバンドを組んでいた学生以来だ。
恥ずかしいような、誇らしいような、気持ちが入り混じった不思議な感じで投稿用フォームに色々入力してゆく。そしてキーボードを打つ私の手はある所で止まった。
「ペンネームかぁ…」
流石に本名でこのような絵空事を発表するのは気恥ずかしい。思案に暮れて天井を仰ぐ。
「うーん」
すると自身の唸り声と、共にある事を思い出した。
「ウチのバイクに乗っていれば恐いもの無しってか⁈」
そう。青山で会った本田さんのあの一言だった。
何かに導かれる様に私はペンネームの入力欄に
「本田温子」
と入力した。
メーカー名のホンダから苗字は頂き、名前の方は自分の名前にしといた。
そう、いつもそうだった。私とタイムスリップした時、常に私の傍らにいた相棒。
HONDAのCBR600F
そしてコイツが居なければタイムスリップもあり得なかった。
バイクと私の時間旅行という意味も込めて、私のペンネームは「本田温子」とした。
安直な感じがするが私なりにこのペンネームは我ながら上等な気がする。
そしていよいよこの小説紛いの日記にタイトルを付ける時がきた。
私は再び思案に暮れる。
「うーん」
点滅するカーソルをボンヤリ見つめる。
徐々に画面から焦点がズレてボンヤリとした視界になって行く。
そんな時私の脳裏にある事が浮かんだ。
家電の元。電球を発明したエジソンの事だ。
「そう言えばエジソンって『メロンパークの魔術師』って呼ばれていたのよねぇ…」
メロンパークはエジソンの研究所があった所の地名だ。
「じゃぁ、盛田さん達がいたのは御殿山だから…」
私はタイトルの入力欄に「御殿山の」と打ち込み、それに続くように「魔術師」と入力した。
「って事になるわね」
そう。私の小説、処女作のタイトルは
「御殿山の魔術師」
となった。




