世界の〇〇
二人は何とあのHONDAとMIYATAの社長だったのだ。
本田は言うに及ばず。世界的にも有名な模型メーカーの宮田模型の社長がその隣にいるとは思わなかった。
私が驚きの余りに口をパクパクしていると
「なんでぇ、金魚みたいに口をパクパクさせて。お前、このバイクの持ち主なんだろ。ちょっと話し聞かせろよ」
そう言いながら伝説のエンジニア、本田宗一は私ににじり寄ってきた。
肩で風を切る歩き方から発せられるその威圧感は正直「ヤ」付く自営業の方だ。
「えっと、あの」
私の煮え切らない態度に業を煮やしたのか本田さんは
「とりあえず音聞かせな」
と言い放った。
「はいぃ」
と、私はアタフタしながらキイをメインスイッチに差し込んだ。
彼の怒った時のエピソードを知っている人間からすると、背広姿とはいえいつスパナが飛んでくるか正直気が気でない。
そんな気持ちのまま、キイをONの位置に持ってくる。メーターに光が灯る。
そしてセルモーターを作動させた。「キュルル」という作動音の後にエンジンに火が入る。
私はアイドリングを安定させる為2、3回レーシングをした。
「いい音、してるな」
本田さんはそうつぶやくとエンジンの音に聞き入った。
その後ろで宮田さんがニコニコしながらその様子を見守っている。
「サイドカムにDOHC、ダウンドラフトキャブレターか。圧縮比が高いな」
そうひとしきりつぶやくとハンドルを握ってサイドスタンドに車体を預けているバイクを起こした。
「なんだこりゃ⁉軽すぎるぞ!本当にバイクか⁈オモチャみてぇだ!」
本田さんはかなり驚いた様子で声をあげる。
その慌てた様子に導かれる様に宮田さんも
「ほ、本田さん私もいいですか?」
と、言いながら続いて同じ事をする。そして、似たような声をあげた。
「いや、参ったな。しかしこんだけ軽い車体にパワーのあるエンジン積んでんだろ?こんなネェちゃんでも乗り回せるってこたぁ、ウチのモンはいい仕事するな」
感心したようにそう言う本田さん。かたや私は
「こんなですか」
と、わざと不粋な返事を返した。
「ははは‼悪りぃ。俺ぁ機械の事なら得意だが人付き合いはからきしなんだ」
本田さんはそういいながら寂しくなった後頭部に手を回した。
「ところでお姉さん。あなた帰る当てはあるんですか?」
宮田さんがそう訪ねてきた。
「おう。そうだ」
本田さんが思い出したかのように言い放つ。
私は少しうつむき加減で
「無いですけど、いつの間にか戻されてるんですよ」
「て、事は来る時も突然?」
「はい、そうなんです」
「そいつぁ、難儀だな。助けてやりてぇのは山々なんだが…」
本田さんがアゴに手をあてて夜空に視線をさ迷わせる。
「まっ、でも今までなんとかなってるから大丈夫だと思います」
特に困る様子もなく私はそう言ってのけた。
「案外アッケラカンとしてんな、ネェちゃん」
「本田のバイク乗りですよ。」
「ハハハ!ウチのバイクに乗ってるなら怖い物は無いってか⁉」
「そんなところです」
「ハハハ!」
本田さんの豪快な笑い声が夜空に溶けていく。
タイムスリップを何回か経験した私だが不思議な事に不安になった事は一度もなかった。
自分自身の性格のせいもあるのだろうがそれより何より、相棒であるバイクがいつも側にいる事が大きいのかも知れない。
人間どんなものであれ、心を寄せる事ができるのであれば、不安がつきまとう事は無い気がする。
本田さん達は青山の街に消えて行ったが私は彼等との出会いの余韻に浸りたく、暫くその辺のベンチに腰掛け夜空を眺めながらボンヤリしていた。そして何時の間にか寝てしまったらしい。




