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御殿山の魔術師  作者: リノキ ユキガヒ
「なんで」
24/33

試作機・知り合い

「そういえばキミ。あの時ドアにぶつけた娘に似てるな…。どういう事だ?あれからもう20年以上の年月が経っているのに」

「う…あ…」

私は言葉を詰まらせた。流石はサニーの屋台骨であるエンジニアだ。年老いてもその頭脳に衰えの影はない。

私は一瞬観念して自分の身分を明かそうとしたが、サニーは設立より優に20年以上経っている。

心の中で祈る思いで

「実は母から聞いた話しなんです~」

と作り話をでっち上げた。

「あっ、そういう事かぁ~。いやしかし懐かしいなぁ~」

井深さんは納得いったようで遠くを見ながら昔を懐かしんでいた。

「そうだ!折角だし今から盛田君の所に行こう!彼は今日本にいるから会えるよ!よし!そうしよう。彼の驚く顔が見れるぞ!」

そういうと井深さんは私の手を取った。

「ちょっ、チョット、私バイクで来てるから」

慌てそう言うと

「そうか、なら僕はタクシーを拾うからその後ろから着いて来るといい。ここから御殿山の本社まで体してかからないから」

そう言うと井深さんは大通りに出てタクシーを拾った。

その一連のフットワークの軽さに私は少し唖然とした。

私達がいた所から御殿山のサニーまで五分位で着いた。

私はバイクに乗ってる間、この前のように警察に追いかけられないか、ヒヤヒヤしていたのだが、井深さんがこの辺に土地勘があるのか?大通りを避けて御殿山まで誘導してくれた。

井深さんは守衛さん一言いうと私と一緒に本社のビルに入って行った。

と、その時私は守衛さんの顔をチラッと見た。この前の大賀さんの時の守衛さんだ。しかし、私の事に気づいている様子はなかった。

井深さんはそんな事はお構い無しにエレベーターに乗り込んだ。私も後に続く。

慣れた感じで階数ボタンを押すとエレベーターは動きはじめた。

そしていよいよ盛田さんのいる階数へと到着した。

エレベーターの扉が開くと受付が目の前にあり、女性社員の方が立ち上がりお辞儀をした。

井深さんは一言「お疲れさん」と言うと私の方を一旦見てから、受付の方に

「僕の知り合い。通してあげて」

と付け加えた。

「はい」と彼女は言うと再びお辞儀をした。

そして井深さんは受付の後ろにあるドアを何の躊躇いも無く開けた。

「やぁ盛田君!」

井深さんはそう言いながら広い執務室にズンズン入っていく。

「井深さん!」

盛田さんもそれに答える。

二人とも部屋の中央に歩み寄ると固い握手を交わした。

そして二言三言交わすと盛田さんが私の存在に気が付いた。

「おや、君は確か…ワクドナルドの時…」

「え?盛田君知り合いなのかい?」

井深さんが幾分驚いたような表情を浮かべる。

「えっ⁉私の事覚えて下さったですか⁉」

私は単純に嬉しくて思わず声をあげた。

「そりゃ、かなりのインパクトだよ。忘れようにも忘れられないよ」

「なんだなんだ。結局、僕が一番驚いてるじゃないか」

「ははは、いや充分私も驚きましたよ。まさか井深さんの知り合いとは」

「私がお二方とお知り合い?」

笑い合う二人を見ながら私は思わず呟いた。

「そうだろ」井深さんがシレッとそう言い放つ。胸にジーンとくる物があった。

私が感激の余韻に浸る中、盛田さんは笑顔を残したまま机の方に体を向けた。そしてその上にある機械を取り上げ井深さんの前に差し出した。

その機械を見たとたんに井深さんの目はまるで少年のように輝き始めた。

「さぁ、井深さん。これからは外でも気軽に音楽をきけますよ」

盛田さんはそう言いながらそれを井深さんに手渡した。

彼はまるでそれを宝物を扱うような手つきで受け取った。


そう。それがオーディオの世界を変えた商品。ヘッドホンステレオの代名詞。


「ウォーキングマン」


の試作機だったのだ。



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