昭和の社長
私は銀座に向けてバイクを走らせていた。
大賀さんとの楽しいひと時のお陰で夜まで安全に時間を潰す事が出来た。
彼との話しの流れから私はおおよそ1960年代後半辺りに飛ばされたのだろう。
しかし、サニーの企業としての躍進振りは目を見張るばかりだ。
焼け野原の日本から僅か20年足らずで世界から一目を置かれるオーディオメーカーへと成長を遂げた。
並々ならぬ努力があったのは容易に想像つくがそれが顔に出ていない所に驚かされる。
いや、この時代の日本自体がサニーのように「何かを成し遂げたい」といった雰囲気に満ちている。
それは今の時代に生きる私達が知らない間に置き去りにしてしまったような気さえする。
「時代」という言葉で片付ける事も出来なくは無いが、それだけで片付けるには少し足りないのも事実だろう。
と、少しもの思いにふけりながらバイクを転がしていた。
丁度、数寄屋橋交差点に差し掛かると、とある一角が騒がしいのに気付いた。
私はその賑やかさに誘われるようにそちら側にハンドルを向けた。
歩道は規制されており何やら工事が行われてる様な感じだったが何か様子が普通とは違う。
私はその傍らにバイクを停めてその様子を暫く眺めて見た。
「おっしゃ、ここまで予定どうりや。みんなキバッてや」
男性の声のする方を向いた。
隣で工程表の様な物と睨めっこしている中年の男性がいた。現場監督かと思ったが、風貌からして違う様な気がする。
ヘルメットなどは被っておらずスーツ姿で、髪の毛が少し寂しい頭が露わになっていた。
まぁ、簡単に言うなら「絵に書いたような昭和の社長」みたいな感じだ。必要以上にドッシリ構えている所が尚更そう思わせる。
彼は私の視線に気付いたのか?こっちを見るとニッコリ人懐こい笑顔を向けて来た。
私も微笑み返したが再びその工事の様子を伺った。
それは店舗を三越銀座店の一角に構えておりカウンターのみの構成になっていた。
奥に厨房らしい設備があるので飲食系の店舗であるのは間違い無いのだが、何か違和感を感じる。
工事関係者に混ざってサラリーマンの様な人達もチラホラ見受けられる。
まぁ、様子からいって完成間近なので店舗の関係者も加わってもおかしくないと、思ったが彼らも工具を手に持ち工事に加わっていた。
「この時代はみんなで工事してのかしら?」
と思わず呟いてしまった。
「ガッハッハッ!オネーさんそれは違うで」
それは「昭和の社長」の耳に入り彼は豪快に笑い飛ばした。
「え、でもそれじぁ何であの人達まで工事に関わっているんですか?業者さんに任せた方がいいんじゃ?」
私は素直に質問をぶつけた。
「ガッハッハッ。オネーさんの言う通りに出来ればコッチも苦労は無いんやけど、三越さんがソレをヨシとしてくれなんや」
「と、いうと…」
「デパートが閉まっている間にナントカせいや、ってこっちゃ。しかも、くれた日にちはなんと40時間チョットやで。その間に店をこしらえ切れ無いと御破算や」
「え⁈」
「な、無茶やろ?でもな、ココでないとイカンのや。流行の発信基地『銀座』で開業せんとこの新しい商売は陽の目を見無いんや」
「新しい商売ですか…」
「そうやで」
昭和の社長がそう言った瞬間に開店するお店のネオンサインが明明と灯った。
私はそのお馴染みのネオンサインを見ると「アッ」と声をあげた。
「ひょっとしてオネーさん知ってるかいな?」
嬉しそうな声で昭和の社長は私の方を見ながら言った。
私は勢いよく答えた。
「当たり前じゃないですか!知ってますよ!ワクドナルドですよね!」
「そや!ワクドの一号店がココで銀座っちゅう訳や!」
「一号店?」
首を捻る私の姿を昭和の社長は一瞬不思議そうな顔で見つめるが直ぐさま豪快に笑い飛ばした。
「ガッハッハッハッ!オネーさんはアレやな。アメリカ帰りかい!日本でワクドはココだけやでぇ!あっちみたいにまだアチコチには無いんやで」
「あー、そうなんですかー」
私は咄嗟に話しを合わせたが、自分の目の前にあのワクドナルドの一号店が今、正に産声を上げようとしている所にいたのだった。




