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騎士物語  作者: RANPO
第十章 ~悪の世界~
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第七十七話 悪の格

普通の悪とネジのとんだ悪の戦いです。

 その男の子はよくモノを遠くに投げた。癇癪を起して投げつけるという事ではなく、何かをどこかへ投げるという行為が好きだったのだ。

 積み木を与えられればマトとなるモノを積み上げてそれに向かって残りを投げつけ、ぬいぐるみをもらえばゴミ箱や洗濯カゴにシュートしていた。小さい頃であればそれほど問題にはならなかったが、成長してある程度力がついてくるとモノを投げる時の勢いも増す為、ある時両親は男の子にボールを与えて外で遊ぶように言った。

 木や壁などをマトとしてボール投げを続けた男の子はいつしか球技においてその才能を開花させ、素人目にもわかる正確さとパワーで大人顔負けのプレイを見せた。両親は男の子が将来何らかのスポーツにおいてスター選手になるだろうと期待し、男の子もそういう選手に憧れるようになっていった。


 そんなある日、ちょっとした事件が起きる。男の子が投げたボールが友人の腕に当たり、あざを作ったのだ。事件とは言っても子供同士の遊びの中ではままある事であり、男の子と両親が友人とその両親に謝罪をし、今後は気をつけようと、特に険悪な関係になるような事もなく事態は収まった。友人の方もそれで一生恨むとかそういう事があるわけもなく、次の日には何事もなかったかのように男の子を遊びに誘いに来た。

 そう、傍から見れば日常の中にある些細な出来事。何かが大きく変わるわけもない一件。

 だが、男の子の心にはとてつもない衝撃が走っていた。


 自分が投げたボールが友人の腕にあざを作ったその瞬間、男の子の中にはかつて経験した事のない感情が爆発していた。友人にケガをさせてしまったという罪悪感や今後は注意しようという反省は確かにあるが、それらを遥かに超える何かが男の子の中には広がっていたのだ。


 それが何なのかわからなかった男の子は、もう一度同じ事をしようと思った。だが友人を再度傷つける事は良くないと思い、男の子は森の中にいる小さな生き物に石を投げつけるという事を始めた。

 これまで物に何かを投げて壊してしまうという経験は何度かあったがあのような感情が起きた事はなかった為、きっと対象は生き物でないといけないのだと考え、加えてその生き物にあざのようなダメージを与える為にはと、ボールよりもケガをしやすい石を選んだわけだが、動かない物よりも野生の生物の方がマトとしての難易度は高く、男の子が投げた石は彼らにかすりもしなかった。

 だがその難しさに胸を高鳴らせた男の子は日々試行錯誤を重ね、ある日投げた石は小さなウサギの頭に命中した。当たった事に喜び、ウサギの方へ駆け寄った男の子のは、流れ出る血液とピクリとも動かない身体を見てウサギが死んだことに気がついた。

 大人も驚くほどの強肩だった男の子の全力投球は一撃でウサギを絶命させたわけだが、その瞬間、男の子はあの感情が――あの時よりも更に強いそれが自分の中で炸裂したのを感じた。

 当時の男の子ではその感情を具体的な言葉では表現できなかったが、嬉しいや楽しいに近いモノだと感じた男の子は、それをもっと味わいたいと思った。


 離れた所から何かを投げて対象を傷つける、もしくは命を奪う。これは父親がたまにやっている狩りだと考えた男の子は、父親に自分もやってみたいと言った。

 国の違いや首都と地方の差で文化は様々だが、男の子が住んでいる町において狩りは一般的であり、男であれば狩りの一つも出来た方が良いとされていた為、父親は男の子に喜んでその手ほどきをした。

 初めは狩りで最もよく使われる銃に触れた。勿論一人で持たせてもらえるわけはなく、父親が狙いを定めた銃の引き金を引いてみる程度の事だったが――どういうわけか、それでウサギよりも大きな獲物を仕留めてもあの感情は起きなかった。

 次に弓矢を試してみたがこちらも同様で、男の子は狩りを「楽しい」とは思わなかった。

 何かに狙いを定めるという行為が非常に正確な為、父親はいい狩人にもなれるぞと嬉しそうだったが、男の子は思ったのと違った結果に戸惑っていた。


 結局自分の手で何かを投げて生き物の命を奪う――これが唯一あの感情を引き出す行為だと判明し、男の子は投げるモノや投げる相手を色々と変えて自身の感情を楽しんでいたが、ある時限界に気がついた。

 もっと重たいモノ、もっと大きなモノを投げてみたいし、小さな生き物ではなく銃で仕留めるような大きな相手に投げつけたいのだが、男の子の力ではどうしても届かない領域が存在したのだ。

 成長を待つしかないのか、鍛えるしかないのか、それでも無理なモノはどうすればいいのか。思い悩む日がしばらく続いたある時、町に一人の旅人がやってきた。

 その旅人は騎士でも何でもない一般人だったのだが、男の子のその先の人生を決定づけたモノ――魔法を見せてくれた。

 魔法の存在は知っていたし、いつか自分も炎や水を操るのだろうと何となく思ってはいたが詳しくは知らなかった男の子は、その旅人が自分の荷物をふわふわと浮かせていたのを見て衝撃を覚えた。そういう魔法もあるのかという驚きではない。自分が探していたモノ――想像する事しかできない領域に入る事のできる手段はあれだと確信したのだ。


 早速自分の得意な系統を調べた男の子は、自身が第九系統の形状の魔法の使い手だと知った。モノを投げるのだから、位置魔法や風魔法あたりがちょうどいいのではと思っていた男の子だったので少しがっかりしたが、歴史上の偉大な魔法使いや騎士などが載っている本を読むと、「その系統でその魔法?」というような使い方が多々あり、つまりは自分のイメージ次第なのだと理解した男の子は、形状の魔法を使ってモノを投げる事を考え始めた。

 ボール遊びや狩りをパッタリと止めて毎日町の図書館に通う男の子を不思議に思う両親ではあったが、何かを調べて勉強しているようなのでいい事だと思い、見守っていた。


 魔法について、そしてモノを投げるという行為について様々な観点から調べた男の子は、最終的に「ベクトル」という考え方に辿り着いた。

 数学的、物理的には様々な意味合いがあるが、男の子はこれを「モノが移動する方向を示した矢印」と理解した。直接目で見る事はできないが、投げたモノには必ずこの矢印が存在しており、とんがった部分が飛んでいく方向を、そして矢印の大きさが速さやパワーなどを表しているのだと考えたのだ。

 絵で描けば矢印は三角と四角が重なった図形。ならばこれの「形」を形状の魔法で変化させることでモノを好きな方向に好きな速度で飛ばせるのではないか――そんな考えに行きついた男の子は、森の中で小さな生き物に石を当てる為に試行錯誤したのと同じように、毎日魔法の訓練を始めた。


 そうして数年が経ち、同年代の子供たちがそれぞれに何かしらの魔法を会得し始めた中等の頃、周りの子たちは年相応の派手な魔法を好み、モノを飛ばすだけの男の子の魔法を地味だと言って笑ったが、男の子はその魔法を磨き続けた。結果として短い距離であれば牛を二頭ほど、軽いモノであれば二キロほど先のマトに向けて飛ばせるようになったのだが、男の子はスッキリしない気持ちを抱えていた。

 長年相手にし続けた森の中に住む生き物であれば、それが小さかろうが大きかろうが草食だろうが肉食だろうが百発百中でモノを当てる事ができるようになったが、代わりに得られるあの感情がどんどん小さくなっていったのだ。

 慣れ過ぎた、飽きてしまった、もはや森の生き物相手では簡単すぎる。色々な理由が絡み合って訪れたであろう現状を打開する方法は何かないか。男の子はしばらく悩み、そして思いつく。こういう時は、原点に戻るべきだと。


 全ての始まり、ボールをぶつけてケガをさせてしまったあの友人にもう一度何かをぶつけてみる――それで何かを思い出したりしないだろうか? 新しい道が開けないだろうか? いけない事だという認識と一度生じたアイデアの魅力の間で揺れた男の子だったが、実のところその揺れはほんの数分の出来事であり、思いついた翌日には行動に移していた。


 朝。町に住む子供たちが学校へと向かう時間。普段ならその一員となるはずの男の子は周囲とは異なる目的で歩いた。そしてあの友人を視認すると道の真ん中で立ち止まり、周りの子供たちから不審がられる中――男の子はボールを構えた。


 あの時と同じ。当てるつもりの有無の差は仕方がないとして、それ以外は同じ条件。

 同じボールを同じ場所に全力で投げる。

 勿論、当時の自分が全力だったように、今の自分も全力で。


 悲鳴が響き渡る。男の子の現状最大出力のベクトルの魔法で放たれたボールは優に音速を超え、友人の腕にあざを作るどころか肩口からえぐり取り、至近距離からの衝撃波を受けた友人は近くにいた子供たちを巻き込みながら半壊した。

 巻き散らかされた肉片と噴出する血液に阿鼻叫喚の中、男の子は過去最大のあの感情の爆発を感じ、そして理解した。


 これは、優越感であると。


 相手の手が届かない場所から、自身の手から放たれたモノで相手を害する。その一方的な暴力は自身の圧倒的優位を示し、時にその命すら支配する全能感をも与えてくれる。

 これほどの高揚を与えてくれるモノ――いや、自身がそれを得られる条件を知る事ができる人間はこの世にどれほどいるのだろうか。誰もかれもがそれを知るのであれば、世の中はもっと違う形のはずだ。

 ならば自分は幸運だ。自分は運がいい。それを、知ることができたのだから。


 この上ない幸福感の中でふと視界に入って来たのはすごい形相で自分の方に向かってくる大人たち。そういえば自分が今した事はいけない事だったと思い出した男の子は自身の身体にベクトルの魔法をかけ、その町で一番高い建物の上に自分を投げた。

 眼下に広がるのは逃げ惑う子供とこちらを睨む大人たち。この悲しみと恐怖と怒りの渦の中心は自分。この先どうしようか。まずは友人のご両親に謝罪だろうか。色々な事を考え始めた男の子だったが、ふと気がつく。


 事、ここに至ってはもう我慢の必要がない。

 一人も二人も同じで、ならばきっと全員も同じ事。

 つまり、下で蠢くあれらは――新しいマトだ。


 ゾワリと身を震わせた男の子は学生カバンの中から袋を取り出す。それは日課である森の中の生き物へのマト当てに使う為に持ち歩いていた大量の石ころ。

 男の子はそれを宙にばらまき、全てにベクトルの魔法を仕掛けた。


 一度に複数のマト。やったことがないわけではないが、これほど大量のマトは始めてだ。


 直後、尋常ではない速度で降り注ぎ始める石の雨。全てが明確な標的を持って飛来し、大人も子供も関係なく撃ち貫いていく。

 無駄弾は一切なく、平等に一人につき一発で確実に絶命させていく。


 しばらくの後、悲鳴も怒声も聞こえなくなり、頭に穴の空いた死体で埋め尽くされた町の中で一人、笑い転げる男の子がいた。


 数年後、成年を迎え、不本意ではあるが立派な犯罪者の仲間入りを果たした男の子――いや、男の名前はハート・キュピディア。

 ありとあらゆる物体を正確無比な精度で超速射出し、「マト」にしてみたいと思った人や物を破壊するS級犯罪者――通称『ベクター』とはこの男の事である。



「ああああああああああっ!!」

 桜の国独特の文化である畳が敷き詰められた部屋の中で一人の男が暴れていた。置いてあった机や調度品などが部屋の中を縦横無尽に飛び回って壁や天井に穴をあける中、男は自分の左手を睨みつけながら叫び散らしていた。

「戻ってくる事はよい心がけだが、ヒステリーを起こすなら自分の家でやってほしいな。」

 そんな惨状を襖に寄りかかりながら眺めているのは色の異なる着物を幾重にも重ね着している女で、壁にめり込んでいる壺らしき物を見て顔をしかめていた。

「うちの回復士の腕は一流。その手は完全に治っているはずだろう、何が不満だ。」

「完全なものか! これは命令通りに動くだけでオレの手じゃない! 存在の方向性が全然違うんだよ! これじゃあ違う……オレがオレの手で投げなきゃ意味がねぇんだよ!」

「そんな細かい事はどうでもいいが……結局のところ、邪魔が入って封印の破壊はできなかったわけだな。能無しに声をかけた覚えはないぞ。」

「黙れ! あのスライム野郎は必ず撃ち抜く!」

「別にそれは目的じゃないのだが……しかし魔人族とは少し妙だな。」

 手にしていた扇子を開いて口元を隠した女は考えをまとめるように呟く。

「そのスライムは夜の国の住人であり、友人やら未来の王やらの為に行動していると、そう言ったのだな?」

「そう言っただろうが!」

「肯定の返事程度でわめくなやかましい。普通に考えれば同族の為という意味だろうが……それはつまり『魔境』の中の存在は夜の国をおびやかしかねないという事か? 夜の魔法があっても危ういというのなら筋は通るがどうにも引っかかる。限られた数人としか交流を持たないあの国が自分から出てきたのだ、こちらが把握していない何かがあるのではないか……これは少し探る必要がありそうだな。」

 女がパチンと扇子を閉じると、いつの間にか女の横に膝をついている男がいた。

「相手はスピエルドルフの正規軍の可能性が高い。注意しろ。」

「はっ!」


「今魔人族という単語が聞こえたが?」


 女の命を受けた男が「ドロン」と言いながら消えると同時に、廊下の向こうから大男が腰を曲げながら歩いてきた。

「窮屈そうだな。」

「この城は小さすぎる。ワガハイの部下に改装させていいか。」

「あたくしの家を魔王城にするな。で、やはり気になるのか、魔人族は。」

「ワガハイは魔王だからな、是非魔王軍に入れたい。そいつが邪魔だというならワガハイが赴こうではないか。」

「人気者のスライムだな。どう片づけるかは『ベクター』と相談して決めてくれ。」

「ほう、この魔王の獲物を横取りすると?」

「……どういう方向の頭してんだ、あれはオレの獲物だぞ……」

 身をかがめて部屋の中を覗いた大男と暴れていた男が顔を合わせ、不穏な空気が漂う。

「好きにしていいが、仕事に支障が出ないようにな。あとあまりあたくしの家を壊すな。」

 男が暴れていた部屋を後にし、響き始めた轟音にため息をつきながら、女は壁の丸窓から外を眺め――ふいに「ぐぅ」と鳴った自分のお腹をさする。

「……魔人族……しかもスライムとは……どのような味なのだろうか。」




「腹の立つ連中と顔合わせて帰ってきたら……一体これはどういう事だ、あぁ?」

 国によって魔法を発展させているか科学技術を進歩させているかは異なる為、馬車が石畳の道を行く街があれば数センチ浮遊している乗り物がコンクリートで舗装された道路を飛び交う都市もあり、苛立ちを浮かべた男がいるのは後者の方――網目のように走る道路の間に乱立する摩天楼の一つ、その最上階で紙の束を持った別の男の頭を足で床に押し付けていた。

「前期マイナス五パーセントだぁ、ふざけんな! ちゃんと仕事してんのか!」

「も、問題が、問題があり、ましてごぶっ!」

 顔面を蹴り飛ばされてゴロゴロと床を転がった男だったが、すぐさま起き上がって片膝をつく。

「お、大口の取引相手が次々と、その、契約を打ち切ったのです!」

「あぁ? そういう勝手をさせない為に怖いお兄さんたちを用意してんだろうが、加減してんじゃねぇぞ!」

「そのような事は決して! ですが連中は恐れているのです……そ、その……と、とばっちりを受けるのを……!」

「あぁ……?」

「調べたところ、我々と手を切った連中が次の取引相手に選んでいるのはどれもこれも弱小組織! 品質も悪いし値段も高く、どう考えても我々の方が好条件です! それでも関りがあると思われるよりはましだと!」

「……『世界の悪』と、ってことか……?」

 苛立ちを抑えようとしてか、大都市を見下ろす窓際に移動して葉巻を大きく吸った、大柄かつ小太りな身体を高級そうなスーツで包んだ男――キシドロは自分が映っている窓に煙を吐き出す。

「S級が狩られ始め、次はA級にその手が及ぶのではないかという疑惑は着実に裏世界に広がっており、その筋の大手とされる多くの組織で同様の現象が起きているようです……!」

「ちっ、あのムカツク姉弟が話を持ってきたのはいいタイミングだったっつー事か……どうにかしねぇとおまんま食い上げってか、ふざけやがって。」


「その話っていうの、詳しく聞きたいわ。」


 突然聞こえてきた女の声にふり返ったキシドロは、さっきまで自分に報告をしていた男が膝をついていた場所に金髪の女がいるのを見て、表情には出さなかったが鼓動が早まるのを感じた。

「ていうかやっぱり大きな組織は違うわね。兵隊一人にもいい銃与えてるじゃないの。」

 金髪の女は手にした銃――腰の左右にぶら下がっている自分の銃ではないそれの握りの感触や銃口を覗いている。

「……そこに他の男がいただろ、どこやった?」

「あら、意外と部下想い? そろそろじゃないかしら……ほら、窓の外。」

 言われてキシドロがチラリと窓の方に視線を戻した瞬間、恐怖に怯える表情を浮かべたその男が、上から下へと落下していくのが見えた。

「こんな高い所にいるんだもの、死に方を選ぶとしたら投身よね?」

 この最上階はかなりの高度であるがもしもの事を考えて防弾ガラスにしている為、キシドロは男の恐怖の叫びも聞こえず、ただただその恐ろしい表情だけを目に焼き付けてしまったが、キシドロもまたそのような表情を作る側であり、ゆえにやれやれとため息をついて金髪の女へと視線を戻した。

「科学的にも魔法的にも、この建物の警備は厳重なはずだが?」

「厳重? 目の粗いザルみたいだったわよ? 警備会社変えたら?」

 そう答えた金髪の女だったが、実際のところこの建物の警備は考えられる限り最高のモノをそろえている自信がキシドロにはあった。それをあっさりと抜けてきた実力から、この金髪の女がどこの誰かを理解する。

「金髪で二丁拳銃の女……ここまで来れちまう実力と『世界の悪』絡みっつー事からして……お前が『イェドの双子』の女の方、ポステリオールか。」

「へぇ、よく知ってるわね。まぁ騎士たちにもお姉様に仕える七人が誰かっていうのは知られてるし、その辺の情報は当然入手してるわよね。ただ、お姉様絡みって考えたって事はやっぱりさっきの話っていうのはそういうことなのよね。」

「はん、話を聞いて帰って来たら早々にこれだ。どうやっておれまで辿り着いた? お前らと接触したのは『ケダモノ』の二人だけだろ。」

「そうよ。本当ならその二人を追いたいんだけど、あのブサイクコンビ、案外とやり手よね。なんか知らないけど途中から追えなくなったから、そこからは足取りからの推測よ。あの二人が何かをやった影響で大きな組織の間にちょっとした波紋が起きたっぽかったから、ここまで来たのよ。」

「は、大した推理力じゃねぇか。探偵にでもなればいい。」

「そうでもないわ、弟とあっちこっちしらみつぶしよ。あたしはここで四つ目。」

「……三つはどうしたんだ……?」

「そのつもりはなかったけど、噓ついて白を切ってるかもしれないからとりあえずボコボコにして最後は全員殺したわ。結構な重労働なのよねー。あなたでハズレだったらとりあえず今日は終わりかしらって思ってたところよ。」

 キシドロはごくりと唾を飲む。あの外道姉弟キッカケとは言え、自分を含めた巨大組織のトップ三人が一堂に会したという事実は他の組織にも動揺を生む。当然そういう集まりがあったという事は内密にしたが、そろった面子が大物過ぎたので隠し通せなかったのだろう。その情報が漏れ、この金髪の女まで届いてしまったのだ。

 その結果、自分と同業か、はたまた敵対組織だったかもしれないが、全く関係のない大きな組織が今日、少なくとも三つ滅ぼされた事になる。

 この、たった一人の女の手によって。

「悪の組織を壊滅とは、正義の騎士から感謝されそうだな。」

「悪? お姉様の目に留まらない三下、いない方がいいわよ。さてと……」

 話している間、ずっと銃をいじっていた金髪の女――ポステリオールはそれを完全に分解し終えると床に投げ捨て、ここに現れて初めてキシドロの方を見た。

「で、あの二人とどんな話をしたのか、教えてくれるかしら?」

「はっ、それですんなり教えるとでも思ってんのか? おれからすりゃあお前はあの女を殺す為の前哨戦だぞ?」

「あっは、雑魚が大口叩くんじゃないわよ。あたしと勝負しようってわけ?」

「普段なら無理だろうが……ここはおれの家で相手が双子の――「女」の方だからなっ!」

 キシドロがニヤリと笑った瞬間、部屋のあちこちから白い煙が噴出した。

「あら? これ……」

 余裕の表情で立っていたポステリオールは、そう呟いた瞬間にガクンと腰を落とした。

「あ……は……」

「だっはっは! どうだ、うちの最高傑作だぜ!」

 白い煙が充満する中、特にマスクをつけるわけでもなく普通にその煙を吸っているキシドロだがその様子に変化はなく、ドカリと机の上に腰かけた。

「おれの専門は酒と薬。最高の味と客が求める効能を提供するわけだが、薬の方は毒薬の類よりもこういうのの方が金になるから自然と研究も進むっつーわけだ! どんな気分だS級犯罪者? キシドロ印の媚薬の力は!」

 キシドロの声は届いているのか、ポステリオールは艶めかしく身体を揺らしながら肩を抱いて熱にうなされているような息を吐いている。

「股間を濡らす男を見て喜ぶ奴は少ないからな、割合は当然女向けに偏る。男の方――プリオルが相手じゃ動けなくできるほどのモノは無かったんだが、女相手ならそれ用の薬を各種取り揃えてる。これはその中でもナンバーワン、どんな女もよがり狂わす強力な一品だ。効果が切れる頃には心も体もぐちゃぐちゃになるが、この世のモノとは思えない快楽で――」


「いいわぁ、これ!!」


 何人もの女――屈強な女騎士や凶悪な女犯罪者をも狂わせ、その嬌声を笑ってきたキシドロだったが、ポステリオールの表情は今まで見た事のないモノだった。

「何よこれ、最高じゃない! これ、これなら――もしかしたらお姉様も……あぁ、お姉様の乱れるお姿――あぁあああぁ!」

 ぶるぶると身体を震わせながら立ち上がるポステリオールを信じられないという顔で見ていたキシドロは、次の瞬間にはその視界をポステリオールの顔で埋め、こめかみにヒンヤリとした銃口の感触を覚えていた。

「ブサイクコンビの事に加えてこの媚薬について、洗いざらいしゃべりなさい? 拒否権はないわ。」

 額に自分の額をくっつけてこちらの目を覗いてくるポステリオールの、瞳を潤ませて顔を火照らせて舌なめずりをしている表情は間違いなく性の快感に支配された女のそれのはずなのだが、キシドロは恐怖以外何も感じず――

「――っ!」

 咄嗟に机の上にあった置物を叩いた。すると部屋の中に白い煙を噴出していた箇所が光を放ち――爆発した。

「あの女イカレてやがる! どういう頭してんだ、クソ!」

 瓦礫と窓ガラスと共に摩天楼の最上階から外に吹き飛ばされたキシドロだったが、とんでもない高度を自由落下していること事態には慌てておらず、上着の内ポケットから取り出した注射器を首に刺して――数秒後、凄まじい衝撃波と共に道路と建物の間、エントランスへと続く広場に着地した。

「あっはは、緊急用の仕組みにしては雑な脱出ね。」

 当然のように近くに立っているポステリオール。誰もが美女と認識するだろう金髪の女が自身の胸を掴み、股を押さえている姿は非常に扇情的だが、この程度のはずではない事を知っているキシドロからすれば異常な光景だった。

「心――の方はお前に根性があったって事で納得してやるが、身体はそうはいかねぇ……動く事もままならねぇはずだぞ……」

「そうねぇ、あの薬の全部を受けたらそうなってたでしょうね。まぁ、お姉様相手ならそうじゃないと効果なさそうだけど――要するに、さっきのが一呼吸でお陀仏の毒だったとしてもあたしは元気にあなたを殺せるってだけよ。それよりもあなたもなかなかじゃない。強化魔法を使った感じじゃないし、風も炎も使ってないんじゃない? 純粋な筋力だけで着地したの?」

「……言っただろう、おれは酒と薬の専門家だ。」

 言い終わると同時に、袖の中に隠されていた単発の銃を空に向かって放つ。それは緑色の煙をふき出しながら上昇し、今さっき跳び下りた建物の半分ほどの高さののろしとなった。

「次は何のお薬なのかしら?」

「お前が侵入したって報告が下からあがってこなかったって事は、別にお前は下から上までうちの部下を皆殺しにしてやってきたわけじゃないんだろ? なら、あいつらにも仕事をしてもらうのさ。これは合図――毎日あいつらにこっそり飲ませといた薬の効果を発揮させるモノだ。」

「効果?」

 ポステリオールが火照った顔を建物の方に向けると、煙をあげている最上階を除く全ての窓が一斉に割れ、黒服に身を包んだ者たちが飛び降り始めた。ただしそれらは自由落下ではなく、魔法による飛行や小型のジェット噴射による標的を定めた突撃――着地を考慮しない特攻であり、剣やナイフを手にしたその者たちはポステリオール目掛けて迫って来た。

「人間の雨なんて、ちょっと初めて見るかもしれないわね!」

 砲弾のように降り注ぐ者たちをひらりひらりとかわしていくポステリオール。その度に水風船を壁にぶつけた時のように大量の血液と肉片が飛び散るのだが、その一滴ですら回避する狂気的で妖艶な舞い。たまたま建物の近くにいた通行人は、目の前で起こる惨劇よりも踊る金髪の美女に恐怖を覚え、走り去っていった。

「バケモンが……!」

 踊りまわるポステリオールを横目に、キシドロは上着の内ポケットに入れていた注射器、薬剤のケースなどを取り出し、その全てを自身の身体に施し始める。

「ふー、これはまたすごい光景ね。」

 辺り一面は真っ赤に染まり、爆破の衝撃で落ちてきた瓦礫よりも人体の部品の方が多い、常人であれば直視不可能な惨状の真ん中で相変わらず艶めかしく身体を震わせるポステリオールは、ふとキシドロの方を見てニンマリと笑った。

「ちょっと見ない間に大きくなったわね、あなた。」

『その「ちょっと見ない間」の為の部下の投身自殺だ。』

 ポステリオールの視線の先、先ほどまでそこにいたはずのスーツ姿の小太りの男はいなくなり、代わりに三メートルはあろうかという体躯に異常なまでの筋肉をまとった上半身裸の男が立っていた。

 皮膚の色は濃い緑色で白目の部分が黒く、黒目の部分が赤いというどう考えても正常ではない様子のその男は、しかし自身のその身体を見せつけるかのようなポージングでニヤリと笑い返した。

『おれがこの商売をやってこれた――いや、始めた理由がこれよ。体内に摂取した物質から、何を取り込んで何を排出するかを自身で選択できる特異体質――薬売りをしろっつー神様のご意思だよなぁ? 毒が効かねぇとか媚薬を全部は受けてねぇとか、もしかしてお前も似たような体質なのか?』

「あなたみたいな気持ち悪いのと一緒にしないで欲しいわね。それに……もう一回言うけど、それであたしと勝負しようってわけ?」

『お前の得物は銃だろ? 悪いがこの身体に――んなもんは効かねぇんだよ!』

 地面を粉砕しつつの踏み込み。建物から特攻してきた者たち以上の速度で迫り、ポステリオールに向けてその剛腕を放った。

「んなもん、とは心外だわ。」

 自分の身体を丸々覆えるサイズの拳に対し、タイミングを合わせて手にした銃の銃口をぶつけるポステリオール。力と大きさに歴然の差があり、次の瞬間にはポステリオールが殴り飛ばされると思われたが――


 グシャァッ!!


 先ほど特攻を仕掛けた――いや、キシドロによって特攻させられた者たちが無惨に地面のシミとなった時と同様の音が響く。大量の鮮血――薬の影響なのか、真っ黒に染まったそれをまき散らしながら吹っ飛んだ緑色の巨大な腕を見て、キシドロは自身の右腕が千切れている事に気がついた。

『な――なにぃいぃぃいいっ!?』

「あっはぁ――いいわぁ、発砲の振動でもビンビンきちゃう……!」

 銃から漂う硝煙を深く吸い込み、ぶるりと身体を震わせるポステリオール。

『ば、馬鹿な……例えショットガンのゼロ距離射撃だろうと傷一つつかないこの身体を――その銃、マジックアイテムの類か!』

「あはは、それなりにあたし好みのカスタマイズしてるけどただの銃と銃弾よ。けど――」

 もう一丁の銃を腰のホルスターからゆっくりと引き抜き、身体をなぞりながら口元へ持っていったポステリオールは、それをペロリと舐める。

「――んっはぁ……それを使うのが、あたしなんだもの、ねぇ?」

『――っ!! 調子に乗りやがって……! おおおおおぉっ!!』

 キシドロが咆哮にも似た叫びを放つと、右腕の千切れた箇所から、まるで植物の成長を早回しで見るかのように骨と筋肉が生えてきて吹き飛んだ腕を再構築した。

「あら、すごいじゃない。」

『……これ以上はあんまりやりたくねぇんだが、お前相手じゃそうも言ってられねぇみてぇだな……!』

 余裕の笑みを浮かべるポステリオールに対し、キシドロは全身の筋肉に力を込める。するとその体躯が更に膨らみ、人としてのシルエットが狂うほどに腕と脚の筋肉が増えた。

「どんどん気持ち悪くなるわね、あなた。」

『おれの、とっておきだ……これ――で、ミンチにしてやる……死に……さらせぇぇっ!!』

 たどたどしくなった口でそう言うと、先ほどの跳躍よりも更に速い動き――ほとんど位置魔法の『テレポート』のような速度でポステリオールに肉薄し、既にそれ自体で凶器となった腕を振るう。だがくるりとそれをかわしたポステリオールは手にした銃で殴るように、その銃口を緑色の腕に打ち込む。そしてインパクトの瞬間に引き金を引き、銃を叩き込んだ勢いと銃弾の衝撃が同時にキシドロを襲った。

『――っ!?』

 その一撃は「バキンッ」という、およそ人体からは発生しない音を響かせ、キシドロの剛腕に――小さなへこみを作った。

「なるほどなるほど、これくらいの加減でちょうど良さそうね。」

『加減――だと……?』

 じんわりと血の滲んできた傷跡を見て、先ほど自分の腕を吹き飛ばしたパワーをわざと抑えたらしいポステリオールに、キシドロの怒り――媚薬や薬によるパワーアップなどが目の前の女にはほとんど効果がなかった事を含めた苛立ちが爆発する。

『なめ、てんじゃねぇぞぉぉぉおおっ!!!』

 既に自分の腕の射程範囲に入っているポステリオールにその剛腕を連続で打ち込む。体術としての型のようなモノは一切見られない素人の連続パンチだが、その速度とパワーは武術を宿す拳を容易に超えるモノで、どういった形であれ当たりさえすれば文字通りの一撃必殺の威力を持っている連打だった。しかし――

「奥の手みたいに言っておいて、この程度?」

 それらを妖艶な舞いでかわし、その度に「バキン」という音を響かせて銃を打ち込んでいくポステリオール。

『――っ、くそ、がぁあああああっ!!』

 キシドロはラッシュを更に加速させるが何も変わらず、じんわりと血の滲む傷跡が次々と身体に刻まれていく。

「あはは! 穴の場所がわからないチェリーじゃないんだから、ちゃんと狙いなさいよ! ほらほらほら!」

 回避に位置魔法による瞬間移動も混ぜ、暴れるキシドロを全方位からの銃撃で弄ぶポステリオール。一発一発は大した事のない傷だがそれらが全身に隙間なく敷き詰められ、やがてキシドロの身体は緑よりも赤の面積の方が多くなっていった。

『くそ、くそ、くそおおおおおっ!』

「ただの暴れるゴリラね。これ以上の切り札はない感じかしら?」

 ふっとキシドロの視界から消えたポステリオールは、次の瞬間キシドロの首に両脚をまわし、その頭を抱え込むような体勢で取りついた。

『ぶぁっ、てめ――』

「ん――はぁ、というかあたしもそろそろやばいのよね。今なら弟とだってヤれそう――ほら、冥土の土産にサービスよ?」

 左右から頭を挟む太ももにホットパンツの隙間から漏れ出る液体が伝うが、キシドロの集中は額に押し当てられた銃に向いていた。

「さあ情報を吐きなさい?」

『発情女が、さっさと降り――』


 バキン。


 組みついたポステリオールを振り落とそうとしたキシドロの額に衝撃が走る。滲み、滴る血液を感じ、キシドロはこの後何をされるのかを察してゾッとした。

「かなり加減してるから一発じゃ大した傷にならないけど――何発も撃ち込めばその内、ね。」

『ま、待て! このアマ、やめ――!? お前、おれの身体を――位置を!?』

 再度振り落とそうと力を込めたキシドロの身体はピクリとも動かない。まるで周りの空気が突然固まってしまったかのように。

「チキンレースじゃないから、さっさと言った方がいいわね。」


 バキン、バキン。


 淡々と撃ち込まれていく弾丸。銃口を額に当てた状態、いわゆるゼロ距離射撃なので放たれた弾丸は銃口の中に残るはずなのだが、弾丸はキシドロの額をえぐるとその場所から消え、次の弾丸の為に道を開ける。


 バキン、バキン、バキン。


『ふ、ふざけんな! ま、まて――』

 相当な強度となっている今の身体だからこそわかる――わかってしまう。一発撃ち込まれる度に、銃弾の至る場所が深くなっていく事に。


 バキン、バキン、バキン、バキン。


『は、話す! 話すから止めろ! お、おい――』

「あたしの話聞いてた? 情報を吐けって言ったのよ。そっちが先に決まってるじゃないの。」


 バキン、バキン、バキン、バキン、バキン。


 キシドロもまた悪党である故に理解している。相手の知りたい事を話して――話し終えた後、自分が生かされるとしたら、それは相手が騎士などの正義の味方の場合のみ。自分と同等かそれ以上の悪党である金髪の女がそれをする可能性など皆無だ。

 ならば何もしゃべらない方が良い。死が確定しているのであれば、わざわざ自分を殺す相手に有益な情報を渡してやる事はない。理論的に考えれば、そうだろう。

 だがキシドロの、鼓膜と骨を一定のリズムで震わせているそれが冷静さを奪う。同様の悪逆非道を数多くの他者にしてきた悪党ではあるが、それが自分の身に降りかかった時にニヤリと笑うほど――キシドロは、ネジのとんだ悪党ではなかった。


『あ、あいつらは――チェレーザとロンブロはフェルブランドに! 騎士の学校のセイリオスに目をつけてる! そこに『世界の悪』に繋がる何かがあると睨んで、おれとアシキリとテリオンに声をかけた! い、今はそれくらいしか――そ、それしか話せる事はねぇ!』


 バキン、バキン、バキン、バキン、バキン、バキュ。


『いっ――が――っ、お、おい――!』

「あたしに使った媚薬についてがまだよ。」

『ち、地下だ! 地下の研究施設に在庫と、せ、製造方法がコンピューターにある! す、好きに持って――』


 バチュン。


「あーあ、もうちょっと早くしゃべりなさいよね。」

 ぴょんと飛び降りたポステリオールが銃口についた血を特攻してきた者の誰かが着ていたのだろう落ちていた服でふき取り、二丁をホルスターに収めると、ズシンという音を共に緑色の巨体が倒れた。

「そ、セイリオスってところまで。急がないとダメ――なんだけどああ、ダメダメ、今すぐ男とヤらないと――あぁはぁ……おさまらないわ……下着も気持ち悪いし……」


「んー、これはまたレアな食材でさぁ。」


 くねくねと身体を揺らすポステリオールの耳に聞き慣れた声がし、見ると倒れたキシドロの巨体の横に負けず劣らずな巨体でしゃがみ込んでいる太った男がいた。

「キシドロと言えば薬の良いとこ取りができる体質って話っすから、きっとこの身体は人体に有害なモノが一切ないウマミの塊でさぁ。じっくり煮込むのがうまそうっすけど、まずは生っすかねぇ……」

「あんた、こんなところで何してんのよ。殺されかけて絶賛入院中だったんじゃないの?」

「別にどこの病院にも行ってないっすが、まぁそういう言い方をするならこの前退院したんでさぁ。んでリハビリがてら、姉御の為に二人のやらかしの尻拭いの手伝いに来たんでさぁ。」

「は? 誰も頼んでないわよ。」

「あっしに頼んできたのはマルフィでさぁ。」

「あの蜘蛛女……で、病み上がりがあたしの心配して来たってわけ? そんな気持ち悪いのに負けるって?」

「姉御が選んだ悪党っすから、それは考えてないでさぁ。ただA級ってのは何かの組織のボスってパターンが多いっすからね。たぶん頭を殺すだけで構成員はほったらかしになるんだろうなぁと思って来たんでさぁ。二人とも、一度に何人も始末できるタイプじゃないっすから。」

「あんたのデカイ口に比べれば誰だってそうでしょうよ。別にいいじゃない、雑魚なんかほっとけば。」

「不安の芽は摘んでおく、これが悪党でさぁ。」

「あっそ。でも残念ね、たぶんほとんどが投身自殺したからあんたの出番は無いわよ。」

「何言ってるんすか。折角下ごしらえされてるんすから、ちゃんと食べるでさぁ。」

 そう言いながらのしのしと、特攻した者たちで真っ赤に染まった場所に移動すると、太った男は落ちている肉片を拾って――こね始めた。

「『マダム』の料理で必要な栄養素は補充したっすからね。次は純粋に量が欲しかったところなんでさぁ。久しぶりに食べ応えのあるハンバーグになりそうでさぁ。」

 ゴキリと、巨大かつ岩のような質感に変化した両腕で潰れ切っていない部分を骨ごと潰していく太った男に、ポステリオールは「うえぇ」という顔をする。

「折角いい感じに熱くなった身体が萎えるわ。後はあんたの好きにしなさい。あたしは男を食いに行くわ。」

「へぇ、いつの間に人間の味がわかるようになったんすか?」

「今のをそのままの意味で捉えるのはあんたぐらいよ。」

「へっへ、冗談でさぁ。確かにかなり強烈に雌の匂いが出てるっすね。なんならあっしが?」

「それも勿論冗談でしょうね? あたし、デブは嫌いなのよ。」

 そう言うとポステリオールの姿は消え、後には血の海で肉をこねる太った男だけとなった。遠くの方でサイレンの音が聞こえるが、特に気にした様子もなくひひっと軽く笑う。

「冗談に決まってるでさぁ。乱れて喘ぐ女なんて、しめる以外の何をするって言うんでさぁ。」




 惨劇の現場に駆け付けた騎士――その国では警官と呼ばれる者たちが巨大な竜と対峙した頃、別の国のとある街で、喫茶店のテラス席で金髪の男が小さな女の子とお茶をしていた。

「それでねー、ヒーくんがあたしにいじわるするのー。あたしのねー、おぼうし、へんなところにかくすんだよー。」

 口の周りをクリームだらけにしながらケーキを食べる女の子の口元をふきながら、金髪の男は楽しそうに女の子の話を聞いていた。

「うーん、もしかするとヒーくんはきみが違う男の子と遊んでいるといたずらをしてこないかな?」

「? えっと……そーかも。」

「もしもそうならヒーくんの事を許してあげて欲しいかな。男の子――特に小さい頃は自分にはない女の子の美しさというモノが理解できずに妙な行動をする事があるんだ。相手に気があるとなればなおさらね。」

「? おにーさんのおはなしむずかしー。」

「ふふふ、つまりきみはそのままでいいという事さ。」

 親子には見えないため、年の離れた兄妹という認識をギリギリされているかもしれない二人だが、女の子の方はともかく金髪の男はその服装が少々怪しかった。

 きちんと手入れされているのだろう、キラキラと輝く金髪を正面から見て左側を後ろに、右側を前に垂らすキザな髪型に、夜の街で女性の話し相手をしていそうなホストのような上下。見る人によってはこの二人に犯罪の気配を感じるものもいるだろう状況に微妙な視線が集まる中、金髪の男が向こうから駆け足で近づいてくる一人の女性を目にとめる。

「なるほど、きみの瞳はお母さん譲りなんだね。」

「おかーさん!?」

 金髪の男が見ている方に身体を向け、近づいてくる女性を見つけると、小さな女の子はテラス席から駆け出してその女性に飛びついた。

「美人なお母さんだ。その美しさを最大限に引き出す最低限の装飾、手入れの届いた身なり……あの指輪が男避けでないなら、あの子の父親はなかなかによくやっているようじゃないか。」

 女の子から話を聞いてこちらに近づいてくる女性を見つめてそう呟いた金髪の男は、迷子になった娘の面倒見てくれてありがとうという言葉に大した事はしていないと微笑みを返す。


「再会できたようで、何より。」


 誰もがそうだと認めるような美形である金髪の男の笑顔にほんのりと顔を赤くしながらペコペコとお礼を言う女性と元気に手を振る女の子に手を振り返す金髪の男の背後、背中合わせの形で隣の席に座っていた男がそう呟いた。

「噂通り、お茶をするだけでそれ以上は何もしないのだな。よもやあんな幼女を手籠めにするのかとヒヤヒヤしていたが。」

「下品な考えはよしてくれ。幼いとはいえあの子も立派なレディー、ボクに素敵な時間を与えてくれる女神の一人さ。それにヒヤヒヤというのならこちらも同じだぜ?」

 金髪の男は紅茶を手に背もたれ越しに背後の男に視線を送る。その男はラフなシャツにスラックスというビジネスカジュアルのような上下にコートを羽織っており、長い黒髪を後ろで束ねて四角い眼鏡をかけていて、別の椅子に巨大なヴァイオリン――コントラバスを入れるような大きいケースが立てかけてあった。

「オシャレな音楽家っぽい外見だけど、その無駄に上手な気配の殺し方は一般人じゃない。その他大勢に溶け込むのならそんなスキルは使わない方がいいと思うけど。」

「策を労せずに堂々とか。変装の一つもしないでお茶をしている全世界指名手配の犯罪者が言うと説得力が違うな。」

「毎日犯罪者の手配書とにらめっこしている人なんて騎士にもそういないからね。この前の桃色の髪の女性が熱心だっただけで、見るからに犯罪者顔という風でもなければ普通に出歩いて問題ない。そもそも、ビクビク逃げ隠れしているようじゃ姉さんに怒られてしまう。」

「桃色の女も姉さんも誰だか知らないが……とりあえず状況は把握しているって事でいいんだな?」

「ああ。どう考えてみ演奏家じゃない君がそんな大きな荷物を持ち運ぶのは中身が楽器じゃないからで、そうやってカムフラージュしているという事はつまり君がそういう人物という事だが……こうしてのんびりお茶をする余裕があるなら一つ聞いておきたいのだけど、いいかな?」

「さて、何かな。」

「君がボクに恨みを持つ者なのか、誰かからの依頼や命令を受けただけなのかは二の次として、ボクを見つけたのは偶然かい? それとも何かしらの手段で? 後者なら非常に気になるところだ。」

「んー……まず俺は依頼を受けてここに来た。あんた自身に恨みも何もない。そして居場所を突き止めたのは俺じゃなくて依頼人。ここにいるから殺してこい、というわけだ。たぶんあんたを見つけたのは特殊な魔法とかじゃなくて単なる人海戦術だと思うぞ。依頼人はデカイ組織の頭だからな。」

「なるほど。しかしいいのか? そんなにペラペラと依頼人の事を話して。」

「ああ、あれか? 殺し屋の掟その一、依頼人の事は話さないーみたいな? はは、それは腕の悪い奴が保険の為にやる事だ。これから殺そうって相手に何を話したところで問題はないはずだろう?」

「確かに。つまり君は腕利きというわけだ。」

 ガタリと席を立った金髪の男。もう一人の男も立ち上がり、順番に会計をすませ、二人は喫茶店を出てしばらく歩いた。

「悪いね、関係のない女性は巻き込めない。」

「構わないさ。できれば俺も標的だけを殺したい。」

 奇妙な合意の下、「取り壊し予定」という看板の出ている建物を見つけた二人は互いに頷き、中へ入ってその屋上に出た。

「開けた場所――確かあんたは剣を飛ばすんだったな。建物の中の方がこっちに有利だったか?」

「? それがいいならそれでもいいが。」

「いや、俺もこうやってあんたが見える方が都合がいい。お互いにやりやすいって事で。」

 適当な距離を取って向かい合った二人はそれぞれに得物を手にする。金髪の男はどこから取り出したのか、巨大な大砲のような、しかしどう考えても砲弾を打ち出す形をしていない奇妙な武器を構え、対するもう一人の男は楽器ケースを開いて布でぐるぐる巻きにされている棒状の何かを取り出した。

「さてと……あー、あんたはプリオルでいいんだよな。『イェドの双子』の。」

「? 今更なんだい?」

「一応の確認だ。標的を間違えたりしたらことだろう。ちなみに俺はコッポラだ。」

 そう言いながらぐるぐる巻きの棒状の得物を剣のように構えた男――コッポラは、喫茶店からここまで穏やかな表情だった顔を切り替え、深く息を吐きながら戦闘態勢に入る。

「ちなみに、『そこに座って』大人しく斬られるっていうのはどうだ?」

「……んん?」

 コッポラの冗談に驚いた――というわけではないらしい金髪の男――プリオルは自分の手を見つめ、そして脚をペシペシと叩いた。

「今の感覚は……もしや君のそれは――」

 何かに気づいて目を丸くしたプリオルの隙を突き、一瞬で肉薄したコッポラがぐるぐる巻きの布の中から武器を引き抜きながらこう言った。


「『動くな』。」


 姿を見せたコッポラの武器、その刃を視認したプリオルはその表情を一瞬だけ鬼気迫るそれに変え、素早いバックステップで攻撃を回避した。

「いやいや、これは驚きだ。さすがS級ってところか……」

 今の一振りをかわされた事に心底驚いているコッポラは、ぐるぐる巻きの布――たった今振り抜いた剣の鞘を隠していたそれを取り払った。

「普通の奴なら最初の一言で潔く正座してるし、集中力が攻撃の方にも向く二言目に至っては抵抗されたのなんか初めてだぞ。」

 布の中から現れた、金色の装飾が美しい真っ赤な鞘を腰についている金具にぶら下げ、コッポラは両刃の剣を肩に乗せた。

「ああ……あああ! なんて事だ!」

 驚いた顔のコッポラに対し、プリオルはそれ以上の驚きに歓喜を乗せた顔をコッポラ――いや、コッポラの剣に向けた。

「歴史に名を刻むような名剣はその所在がすぐにわかるモノだけど、所有者が裏の世界の人間の場合は話が別! その者が腕利きであれば目撃者が消されるせいでなおさらに! ああ、あの二人は姉さんの邪魔でしかなかったが、こうなっては感謝すら送ろう!」

 まるで王様から剣を授かる騎士のように、片膝をついて両腕を前に出したプリオルは熱い視線をコッポラの剣とその鞘に送る。

「命令剣ダインスレイブ――使用者の血液を代償にして相手の行動を制限する魔剣……持ち主の血を飲んで敵を服従させるとはまさに女王――美しい……!」

「さ、さすが剣のコレクターだな……その命令に抵抗できる精神力にも驚きだが……そんな女を落とすような顔を俺に向けるなよ……」

 コッポラが「うげぇ」という顔をするが全く気にせずにキラキラとした視線をコッポラの剣に送るプリオルだったが、ふと表情をくもらせる。

「……待ってくれ、それは……君、よくないな。」

 ゆらりと立ち上がったプリオルは次の瞬間、剣を肩に乗せたコッポラの背後にいた。

「――!!」

 油断していたわけではないが背後に立たれて初めてその事に気づいたコッポラは反射的に距離を取る。だが――

「手入れが行き届いていない。光沢に濁りがあるじゃないか。」

 そうやって移動したはずのコッポラの、今度は真横に立って剣の腹の部分を鑑定士のように凝視しているプリオルにこの上ない恐怖を覚えたコッポラは、これまた反射的にその剣を振ったが――

「名剣の切れ味を過信して持ち主がするべき事を怠る……よくある事ではあるけど、実に嘆かわしいね。剣の悲しい声が聞こえてくるよ。」

 既に離れたところに移動しているプリオルは大きなため息をついており、コッポラは厳しい表情を浮かべて剣――ダインスレイブを構え直す。

「位置魔法……しかも初動の気配すら感じさせない圧倒的な完成度……十二騎士ですら居場所をつかめない大物をやれるってんでこの仕事を受けたが……そりゃあ強さの方も相応か。少し早まったかな。」

「……まあ、S級というのは同じ悪党が縮こまるくらいに強い人が多いけど、そんな面々の一人であるボクに挑む君も動きからしてその実力はかなり高くて……早まったって事は無いと思うくらいには凄腕だけど……ああ、どうして、どうしてそんな扱いを……君ほどの使い手が!」

 信じられないという嘆きの顔でそう叫んだプリオルは再度ダインスレイブに視線を送り、そしてまるで何かの意思を受け取ったかのように頷くと、残念そうな表情に静かな怒りを混ぜて――肩に下げていた大砲のようなモノを地面に置き、丸腰の状態で一歩前に出た。

「……どういうつもりだ……」

「敬意を忘れた扱い、ボクにはその剣の怒りが聞こえる。君を殺し、そのドレスを着るモノがいるとしたらそれは――その剣以外にあり得ない。」

「……この剣を俺から奪い、この剣で俺を斬ると……? おいおい、さすがになめすぎじゃないのか、S級犯罪者。この剣の力――命令の特性を知らないわけじゃないだろう?」

 少し前に感じた恐怖がなめられている事に対する憤りになったコッポラは、体勢を低くして突撃の構えになる。

「さっきの二つには抵抗できても、この命令にはどうかな!」

 踏み込むと同時に隆起した地面がその足を押し出し、先ほど以上の速度でプリオルに迫ったコッポラは――

「『一歩前へ』!」

 ――そう叫ぶと同時に剣を横に一振り。その軌道に吸い寄せられるかのようにズズッと右足を前にすり出してしまうプリオルだったが、体操選手のようなしなやかさで上体を反らし、そのまま剣を振りきったコッポラに下からの蹴りを放つ。

 かなり勢いのついた蹴りだったが防げないほどではないと判断したコッポラが、その蹴りを肩で受けながら更に一歩踏み込もうとした次の瞬間、コッポラは上空十数メートルの位置にいた。

「――!?」

 突然の浮遊感に驚きつつも、下にいるプリオルが地面に手をついて何かをしているのを見た瞬間、自身の背後に突風を起こし、それによる推進力でプリオルに向かって兜割りを叩き込んだ。

「第五に第八、魔法の腕も中々――」

「『目を閉じろ』!」

 上空から振り下ろされた一撃をひらりとかわしたプリオルにその一言が届くと、プリオルの両目はパタリと閉じられ、その隙をついてコッポラの剣が袈裟切りの軌道を描く。

「――とと。」

 目を閉じてからコッポラの剣が届くまでの時間は一秒よりも遥かに短い刹那。だがたったそれだけの時間でもプリオルは位置魔法を発動させ、コッポラから離れた場所に移動した。

「ふむふむ、感覚的にさっきの『動くな』という全身に対する命令よりも『一歩前』とか『目を閉じろ』っていう身体の一部に働きかける命令の方が強力だな。抵抗できずに従ってしまうよ。」

「……それでも体術と魔法で完全回避――武器が無くても充分に化物だな。それに……」

 空振りとなった剣を構え直し、コッポラはじわりと垂れる汗をそのままにプリオルを睨む。

「さっき、俺を上に『テレポート』させたな? 位置魔法ってのは相手の許可がないと他人を動かす事はできないんじゃなかったか?」

「どうやら位置魔法に関しては勉強不足らしい。魔法の印を刻む事でそのルールは回避できるさ。」

「いつの間にか俺にはそれが刻まれてると?」

「うん、喫茶店でね。」

 さらりとそう言ったプリオルにコッポラは驚愕する。互いに戦闘態勢ではなかったとは言え油断はしていなかったあの時の、一体どのタイミングでどういう手段でそれがなされたのか、コッポラにはまるで見当がつかなかったのだ。

「とはいえ刻んだ印にも限りがあるし、命令とのコンボをどこまで回避できるか不安だからね。」

 そう言いながらプリオルは小さな瓦礫――おそらくはコッポラが兜割りをした際に砕いた地面の欠片を、位置魔法の応用なのか、アイスピックのような鋭い針の形状へと変化させた。

「ちょうどいいモノがないかなって地面を探してたんだけど、君が作ってくれて助かった。」

「……それを武器にするとでも?」

「まさか。しょうもない事で剣にボクの血を着せるのは嫌なのさ。」

 そう言うとプリオルは、その変形させた瓦礫を――自身の耳の穴に刺しこんだ。

「なっ!?!?」

 驚くコッポラに対し、プリオルは淡々ともう片方の耳も突き刺し、両耳から血を流しながらふぅと満足そうに息を吐いた。

「これで君の命令を聞かずに済む。」

「その――為に……それをそんな……」

 正直なところ、コッポラの剣の能力に対しそういう対策を講じた相手というのは過去にいなかったわけではない。だが今のように、一切の躊躇なくそれをやった相手は初めてだった。

「……だが……折角やってもらったとこ悪いが……それだけじゃ足りない……!」

 ダンッと勢いよく地面を踏みしめ、コッポラは叫ぶ。

「『手を動かすな』!」

 瞬間、プリオルの身体が一瞬震える。自身の身体に起きた事に驚いた顔をして手に――動かなくなった両手に視線を落としたプリオルは、自身の両脚が地面から伸びた岩の腕にがっしりとつかまれている事を視認し、はっとして顔を上げ――


 ザンッ!


 その身体を縦に真っ二つにされた――かに見えた。

「なにぃ!?」

 狙いを外すわけもなく、手ごたえも充分。確かに切断したと思った目の前のプリオルはどういうわけか無傷であり、そして何故かその足元に謎の斬撃の跡が生じた。

「いやぁ危なかった。考えるだけでも魔法は使えるけど、何だかんだ、手の動きを封じられるとその精度は落ちるモノだからね。瓦礫を拾った時に保険をかけておいたんだけど、こんなにすぐに出番が来るとはね。」

「まさか……お、俺の攻撃の――斬撃の位置を、ズラしたのか……!?」

「? 悪いけど何を言ってるのか聞こえないからさっきみたいにしてくれるかい? ほら、地面を振動させてボクの身体――骨を通して命令を「聞かせた」だろう? いやはや、耳を潰す対策の対策もあるとは、すごいね。やはり君のような強者が剣の手入れをしなかったというのは、色々と悲しいよ。」

「バカな……自分の攻撃の位置を操るならともかく、相手の攻撃の位置を――ま、まさか既にこの剣にも印が――」

 そう言って手にしていた剣に目をやったコッポラは、それが掃除用のデッキブラシになっている事に気がついた。

「は――はぁっ!?!?」

「ああそれ、喫茶店から持ってきたモノだから返さないといけないんだ。壊さないように頼むよ。」

 そう言ったプリオルの手には、コッポラの剣――ダインスレイブが握られていた。

「ははは、ビックリしているね。保険があったとはいえ今の一撃は予想外だったわけだけど……まぁ、折角ボクの身体に触れたんだ、移動させてもらったよ。鞘は君を殺したあとで貰う。」

 デッキブラシをカラリと落とし、コッポラは後ずさる。


 S級犯罪者の中で一番の位置魔法の使い手とされる二人組、『イェドの双子』。その片割れであるプリオルはコレクションした剣を『剣銃』という特殊な武器で射出するという戦い方をする。古今東西のあらゆる名剣――マジックアイテムとして特殊な能力を持っているモノもある剣を無数に放ってくる攻撃は対応が難しく、防戦を強いられた挙句に大量の剣に刺殺されるというのがプリオルに挑んだ者の末路だ。

 だがコッポラは理解した。真に警戒するべきは大量の剣ではなく、プリオルの魔法技術。位置魔法の弱点とも言える、許可を得るか印を刻むかしなければ他人や他人の所有物の位置を操ることはできないという制約。それを理解不能な速度で印を刻むという、もはや人の域ではない技術で無いように扱ってしまう実力。本人の言葉通り、触れただけでアウトというのであれば攻撃する側はどうしようもない。

 一体どのような技を使えばこの男に勝てるというのか。


「おお、血の供給はこの持ち手から行うのか。剣に自身の血を捧げる感覚……ああ、なんて素晴らしいのだろう。ええ、今すぐにご所望のドレスをあなたに。」

 その重さを確かめるように何度か素振りを行うプリオルから、ゆっくりと距離を取るコッポラは――


「ほら、女王の御前だよ。『跪くんだ』。」


 その場で膝をついて頭を垂れた。

「――ぐ、ああああっ!!」

 ダインスレイブによる命令に抗う事ができるとすれば、それは筋力ではなく精神力。それを知っているはずのコッポラだったが、両脚に全力を注いで立ち上がろうと声をあげる。

 そうしなければ、確実に、殺されるからだ。

「ん? 自分で命令を出しておいてなんだけど、あっさりと効いたね。精神力が揺らぐような、何かショックな事でもあったのかい?」

 頭を下げている為、プリオルの顔は見えないのだが、自分の目の前にその両足が並んだのを見てコッポラは血の気が引く。

「ま、まて――」

 コッポラが何かを言い終わる前に、そしてプリオルから、今から命を絶とうという相手への言葉も特になく、跪いていた男の首が宙に舞った。

「さあ、どうぞお召しを。」

 噴き出る血しぶきはまるで吸い寄せられるかのようにダインスレイブを覆っていき、その刃を真っ赤に染めて行った。

「あぁ、美しい……素晴らしい! ええ、すぐにでもその濁りを取り除き、新たなドレスをご用意いたします。」

 赤い剣を日にかざして恍惚とした視線を送る事数秒、プリオルは頭部との距離がだいぶあいたコッポラの身体に視線を移す。

「どうやら鞘の方はそれなりに手入れをしていたようだ。まぁ、及第点――っと、そういえば誰の命令で来たのかを聞いてなかったな。手がかりの一つでも……お、これは手紙?」

 コートのポケットから一通の手紙を取り出し、それを読んだプリオルはほほ笑んだ。

「普通、こういう手紙は処分するものだろうけど、君は自分が失敗する事を前提としているとでも言うんだろうね。それか、自身の失敗は依頼人の失敗、という意味合いかな。おかげでボクを狙った人物はわかったからいいのだけど。」

 手紙を折りたたんでポケットにしまったプリオルは、血で覆われたダインスレイブを鋭く一振りする。すると血が振り落とされた――というよりはどこかへ消え、プリオルはゆっくりとした動作で剣を鞘に収める。

「しかしこれは期待してしまうな。依頼人もまた、ボクが探し求めていた剣を持っているのではないかと……ふふふ。」

 満足そうに剣を腰に下げ、そしてデッキブラシを拾いあげたところでプリオルはふと気がついた。

「……? 耳が治っている……?」

 流れ出た血の跡はそのままだが、耳の近くで指を鳴らし、自分の聴覚が正常である事に驚く。

「もしかして姉さんの血をいただいた影響かな? 身体能力が上がった感覚はあったけれど、こういう効果もあったとは。ケバルライかバーナードに治してもらえないかと考えていたけど、これはありがたい。」

 首無しの死体を背に鼻歌交じりの上機嫌な足取りで、プリオルはそのデッキブラシを喫茶店に返しに行った。




 同時に、複数の場所で悪党による悪党の殺害がなされている頃、筋骨隆々とした男が自分の弟子の通う騎士学校にやってきて、その学校の長――セイリオス学院の学院長を訪ねていた。

「オレガノから話は聞いておる。この老いぼれの力を借りたいとな。」

「おう! 老いぼれってのは身体だけの話で中身はまだまだ現役だろう、大魔法使い!」

「恥ずかしい呼び方をするでないわ。」

 セイリオス学院の学院長室。応接室では無いにせよ来客用のソファがあるにも関わらず、筋骨隆々とした男は部屋の真ん中に腕組みをして立っている。

「しかし『魔境』の封印のかけ直しとはのう……今の儂にそれだけの体力があるかどうか。」

「心配するな! 休み休みでのんびりやってくれ! その間は俺様と俺様の『ムーンナイツ』が守るからな! それにクソババアの能力がありゃあそこまで時間はかからないだろ!」

「軽く言ってくれる。しかししっかり守ってもらえるというのであれば……ふむ、あそこの封印に興味がないわけではないからな。先人の偉大な遺産、じっくり味わうのも悪くないじゃろう。」

「決まりだな! んじゃ早速出かけるぞ! 『ムーンナイツ』を待たせてあるから、オレガノのババアを拾って移動だ!」

「今からか? 相変わらずじゃが……事が事、急いだ方が良いのは確かじゃな。という事だから数日……いや、おそらく一週間ほど留守にする。あとは頼んだぞ。」

 大抵学院長の近くにおり、今も他愛のない雑談を学院長としていたところに突然十二騎士がやってきていきなり話を始めたので部屋から出るタイミングを失い、部屋の隅っこに立っていた人物――田舎者の青年が言うところの金髪のにーちゃん、ライラック・ジェダイトが急に話をふられてポカンとする。

「あ……へ? い、今!? これから!? 一週間も!? なな、何言ってんすか!」

「心配はないじゃろう、直近には学院見学くらいしかない。」

「「しかない」じゃなくてちゃんと「ある」じゃないですか! 挨拶とかどうするんですか!?」

「メインは見学で学院長の挨拶なぞ飾りじゃよ。それに今の若い子ならばアドニス先生がいるだけで大満足じゃろうて。」

「今年は貴族がわんさか来るって話ですけど!?」

「ああ、そういえばそんな事になっておったか……うむ、任せたぞ。」

「学院長!?」




「お久しぶりですね。あれから随分と強くなられたようで。」

「は、はい、おかげさまで……」

 いつものように部室に集まり、迫る学院見学についてあれこれ話しながら今日の鍛錬を始めようとしていたら部室のドアがドバーンと開き、いきなり現れたフィリウスが「学院長を呼んでくるからこいつらを頼むぜ、大将!」と言って……前にランク戦の後に手合わせをしたエーデルワイスさん、社会科見学で国王軍の訓練を見に行った時に風の魔法について色々と教えてくれたスプレンデスさん、それと初めて会う……妙に丸っこい鎧を着ている大きな人を部室に残して去って行った。

「見たところ鍛錬の途中――でしたか? すみませんね、突然邪魔をして。」

「あ、いえ、たぶんその「突然」はフィリウスのせいでしょうし……と、と言いますか、エーデルワイスさんの方が年上ですし先輩騎士ですし、そんなかしこまらなくても……」

「私のこれは元々そうなだけですよ。それに……サードニクスさんは私の兄弟子ですからね。」

「えぇ?」

「オリアナは今、フィリウスに鍛えてもらってるのよん。」

「ぎゃあああ!? ス、スプレンデスさん!?」

 社会科見学の時もそうだったが、騎士には見えない色っぽさ全開のお姉さんであるスプレンデスさんにするりと後ろから抱きつかれ、腕やら胸やらをペタペタ触られあああああ!

「やっぱり、前よりもたくましくなってるわねん。」

「びゃあああああ!」

「確か国王軍のお風呂で男湯を覗いていた方……でしたね……?」

 服の内側に入ってくる手に震えるオレとスプレンデスさんにローゼルさんが氷の笑顔を……!

「あはは、実はオズマンドとのいざこざの時もあなたたちとは違う場所で連中の幹部と戦ってたのよん。サルビア・スプレンデス、フィリウスの『ムーンナイツ』よん。」

「『ムーンナイツ』!? いきなりやべぇ騎士が登場したな!」

 嬉しそうに驚くアレクを見て、スプレンデスさんが「あら、こっちもいい身体」と呟きながらオレから離れてアレクの方に……!

「お姉さんだけじゃないわよん? オリアナもそっちの鎧も『ムーンナイツ』よん。」

「?? おい、くすぐったいからやめてくれ。」

 アレクのがっしりとした腕をつつくスプレンデスさん……

「鎧とは雑な紹介だな。」

 かなり上の方からそんな呟きがもれ、腕組みをしてオレたちを見下ろす鎧の人――その鎧のせいなのか素でそうなのか、アレクを軽く超えてもしかするとフィリウス以上の体格の人物がヘルムの奥でため息をついた。

「私はグラジオ・ダークグリーン。会えて嬉しいぞ、フィリウスの弟子。」

「ど、どうもです……」

 まるでローブを羽織ったスピエルドルフの人たちのようにヘルムの十字ののぞき穴の奥は真っ暗で顔が一切見えず、声の雰囲気的には穏やかな印象なのだがそんな外見のせいでとんでもない迫力になっていて、思わず一歩下がってしまう。

「とと、と言いますかエーデルワイスさんも『ムーンナイツ』だったんですね……!」

 そんな大迫力から逃げるように話題を変えると、エーデルワイスさんは困ったように笑う。

「以前お会いした時点ではただの中級騎士でしたが、その後フィリウス殿に誘われました。他の皆さんに比べると、私はまだまだですよ。」

 まだまだ……と、本人は言うけど前に手合わせしてもらった時、オレは手も足も出なかったわけで……今ならもう少しましな戦いになるだろうか。

「ふむ……つまり今日のフィリウス殿はロイドくんの師匠ではなく、『ムーンナイツ』を連れた十二騎士の《オウガスト》という事ですね。大事の気配がしますけど、もしかして『魔境』絡みですか?」

「あら、よく知ってるわねん。そ、解けかかってる封印を大魔法使いと伝説の女戦士の力を借りて修復しに行くのよん。」

「えぇっと……大魔法使いはフィリウスが呼びに行った学院長の事でしょうけど、女戦士っていうのは――あ、もしかしてオレガノさんですか?」

「へぇ、あのリビングストンとも知り合いなのん? フィリウスとあちこち旅してただけあって顔が広いわねん。」

「た、確かに旅の途中で会いましたけど、オレガノさんはここでは寮長さんやっていますから……」

「あのオレガノ・リビングストンが寮長……これ以上ない安心感がありますね……」

 エーデルワイスさんが驚きの顔になるが……あれ、もしかしてオレガノさんって騎士の世界で有名な人だったのか……?

「そうだわん、フィリウスと旅って事はあなたも魔人族と関りがあるって事よねん? フィリウスったらその辺話してくれないからちょうどいいわん。スピエルドルフには入った事あるのん?」

「えぇ!? あ、いや、それはその……」

「だっはっは、やめとけやめとけ、大将に聞くのは俺様に聞くよりもヤバイぞ!」

 どう答えたものかと困っているとナイスタイミングでフィリウスが――いちいちドアを破壊する勢いを出さないと気がすまないのか、ドバーンと再登場した。

「なによん、ホントにこの件に関してはヒミツが多いわよねん。」

「だっはっは、こればっかりは仕方ない! お前たちを信頼してないわけじゃないが、あいつらからは知ってる奴を増やすなって言われてるんでな! あんまりそれを破ると殺されちまう!」

「十二騎士があっさり言うわねん……」

 数少ない――本当に数えるほどしかいないらしい、スピエルドルフとの交流を持っている人間の内の一人であるフィリウスは、十二騎士という立場もあってか、かなりしっかりと秘密にしているみたいだ。

 それに対してオレは……我ら『ビックリ箱騎士団』の全員が魔人族と知り合いになってしまっていて……ミラちゃんが突然現れるっていうのもあるけど、オ、オレもちょっと注意しないとな……

「ま、もしかすると今から行くところにあいつらがいるかもしれないんだがな! とりあえず青の国まで頼むぜ! そっから先は目印がある!」

 そう言ってフィリウスがバシンと背中を叩いたのは学院長……このバカ、手加減ってものを……

「老体には加減せい。というか儂が運ぶのか……」

「ひひひ、弱々しいこった。」

 背中をさする学院長の隣で笑っているのはオレガノさん。伝説の女戦士らしいオレガノさんの実力は前に見た事あるし、この前「力の理解と引き上げ」ができる能力を持っているとか言っていたから、それで今回の……作戦? に呼ばれたのかもしれない。

「あー、えっと、フィリウス。」

「なんだ大将!」

「これから『魔境』の封印をかけ直すって……つまりはその、ミラ――あっちのみんなの関係でオレに面倒な事が起きないようにっていう……」

「だっはっは、大将の為にってか!? それはたまたま項目に並んだ理由の一つだ!」

 ガシッと、割と久しぶりにフィリウスに肩をつかまれる。

「あの封印を施したのはむかーしむかしの偉大な先輩、つまりは人間! それを壊しかけたのも人間なら、修復するのも人間ってだけの話で、それをするとしたら俺様、十二騎士だろう! 必要な役割が適した人間にまわってきただけ、大将は気にせず青春しろよ!」

 ニカッと、数年にわたってほぼ毎日見たと思う気持ちのいい顔をしたフィリウス。

 その当時は気づかなかったけど、今ならわかる。何でもないような顔をして、その実オレの為に色々な事をしてくれていたことに。

「……わかった。オレはせ、青春――するから、フィリウスはたまにしかやらない仕事をしてこい。」

「おう! 結婚式の挨拶は任せろ!」

「いきなり何言ってんだお前は!」

 とんでもない事をグッと親指を立てて言い残したフィリウスと、その『ムーンナイツ』と学院長とオレガノさんは、リリーちゃんがいつもやっている『テレポート』よりももっと多くの魔力が込められたのだろう、学院長が発動させた強力な位置魔法でパッとその場から消えた。


「毎度毎度あのゴリラは。」


 フィリウスの言葉のせいでまた妙な展開になるのではとドキドキし始めたオレだったが、ふらりと部室に入って来た人物――パムを見て、驚きと共に話題を変えるチャンスだと確信した。

「あ、あれーパムじゃないか。来てたのか。」

 エリルが言うにはすっとぼけた顔がそっくりらしいオレの妹は、エリルよりも小さな身体を国王軍の軍服に包んでちょっとムスッとした顔をする。

「兄さんが全然会いに――いえ、自分は一応この部活の顧問ですからね。たまには顔を出そうと思ってやってきたら中々のメンバーがそろっていたので何となく隠れてました。」

「中々……やっぱり学院長やオレガノさん、『ムーンナイツ』も騎士の中では……えぇっと、一目置かれる? 人たちなの?」

「正直学院長さんとリビングストンさんはその武勇伝が昔の事ですからそこまで話題にはなりません。ですが『ムーンナイツ』の面々は現役で活躍している騎士ですからその実力も伝わってきます。『鮮血』ことサルビア・スプレンデスは魔法の気配を感じさせない風の刃で、相手は自分の身体がバラバラになって初めて攻撃された事に気づくと言われています。」

「せ、『鮮血』……怖い二つ名なんだな……」

「グラジオ・ダークグリーンは……二つ名よりも通称である変態騎士の方が有名ですね。そのパワーはあのゴリラと同等と言われていますけど。」

「へ、変態騎士!?」

「オリアナ・エーデルワイスは最近加入した新メンバーだそうで、中級騎士――スローンですけど風の魔法の精密なコントロールに関しては右に出るモノがいないとか。」

「ああ、うん、確かにあれはすごかった。」

「加えて……あのゴリラの『ムーンナイツ』は他の十二騎士のそれとは少し見方が違うといいますか、他の『ムーンナイツ』に選ばれるよりも嬉しい――らしいですね。」

「えぇ?」

「兄さんも知っての通り、あのゴリラはあちこちを放浪していますから、大抵は自分が所属している軍などから選出される『ムーンナイツ』を、世界のあちこちから選んでいるんです。確か今現在、あのゴリラの『ムーンナイツ』は八人ですが、その半分は国外の者――中には軍人どころか騎士ですらない者もいるらしくて……要するに十二騎士が世界を回って選んだ精鋭という事であのゴリラの『ムーンナイツ』はちょっと雰囲気が違うそうですよ。」

「なるほど……なんかフィリウスっぽいなぁ……」

 世界中で「お前面白い奴だな!」って言って肩を叩いている光景が目に浮かぶ。

「世界を旅するフィリウス殿の『ムーンナイツ』がそういう感じならば、エリルくんの家のアイリス殿――《エイプリル》の場合はメンバー全員がメイドや執事だったりするのか?」

「……メンバーの構成までは知らないわ。すごく少ないとは言ってたけど。」

「今のところ《ディセンバ》を除いた全十二騎士にそれぞれが選出した『ムーンナイツ』がいますが、なんとなく率いる十二騎士の色が出るそうですよ。」

「んまぁ、個人が選ぶんだしな……というか《ディセンバ》さんには『ムーンナイツ』がいないのか?」

「決まりではないのですが、『ムーンナイツ』はそれを率いる十二騎士と同じ系統の使い手が集まるのです。さっきここにいた面々が全員第八系統の使い手だったように。ですが第十二系統の時間の魔法の使い手はそもそも数が少ないですからね。記録を見ると、《ディセンバ》の『ムーンナイツ』は系統混合の場合が多いみたいです。」

 ……あれ? この話、前にも聞いたような気が……あぁ、ローゼルさんがジトッとこちらを見ている……!

「つーかむしろそっちの方がいいんじゃねーのか? 系統を統一しちまうと、全員の弱点が一緒ってことだろう?」

「それはもっともだが……アレク、単純に同じ系統のチームというのはカッコイイだろう。」

「いや、そりゃそうだがよ……」

「ふむ。まぁ騎士というのはケレン味を大事にするからな。それはそれとして、新郎側の挨拶が十二騎士のフィリウス殿となると、こちらもそれなりの人物を呼ばないと釣り合いが難しい気がしてきたな。どうするか……」

「あ、あんたはいきなり何を悩んでんのよ……!」

「お姫様は王族を呼べるからいいのよねー。こうなったら早くカンパニュラ家を火の国の王族にしないとだねー。」

「あんたも何言ってんのよ!」




「この阿呆が。また余計な事をしゃべったな、フルト。」

『いやぁ……ついうっかり。』

 田舎者の青年――の妹が、「仮に万が一そういう事態になったら挨拶は自分がします!」と言っている頃、とある森の奥にある断崖絶壁でフードを目深にかぶった者たちがいそいそと作業している横で、これまたフードを目深にかぶった二人が話をしていた。

「こういう術式系の問題はお前の専門とは言え、時間がかかりすぎていると思って来てみれば……人間に邪魔されていたとはな。しかも俺たちが動いている理由まで口走るとは。」

『何となく、姫様やロイド様の邪魔になりそうな連中相手だと箔をつけたくなるというか、カッコつけてしまうというか。』

「この前の闇の魔法の使い手の時も注意しただろう。情報の扱いには気をつけろと。」

 そう言うと注意していた側がくるりと首をまわし、注意されている側の一歩後ろで気をつけをしている緊張顔の男に視線を送る。

「で、その人間は?」

『フィリウスの知り合いだそうだ。この封印をどうにかする為に動いているようで、その為の先見らしい。』

「……ヒュブリスのような格好をしているのは?」

『本人曰く、憧れらしい。』

「……フィリススの知り合いらしいヘンテコぶりだな。」

 そう言って注意していた側がフードを取ると、男はビクッと身体を震わせた。

 フードの下から出てきたのは巨大な蛇の顔。両手足がある事を踏まえるとトカゲが二足歩行しているような感じだが、男が知っているリザードマンという魔法生物とは何かが根本的に異なる迫力にごくりと唾を飲み込んだ。

『ははは、怖がられているぞ、ヨルム。』

「初見の人間は大抵こんなもんだ。フィリウスとロイド様はちょっと違ったが――」


「どわぁっ!」


 蛇人間が言い終わる前に、断崖絶壁の前に不自然に広がっている草原の真ん中にどちゃりと複数の者が出現した。

「えぇいなんじゃこれは! お主の言うマーカーの先に移動したらこれじゃぞ!」

「だっはっは! マーカーは高い位置にしろと言っておいたんだがな!」

「まぁ、あの鳥バカに任せたんだし、上空から落とされなかっただけマシかもねん。」

「! あ、す、すみませんダークグリーンさん! 今降りますから!」

「構わない。鎧を外しておけば良かったな。」

「ひひひ、どいつもこいつもだらしないね。着地くらいキレイに――おや?」

 積み上げられた面々とは違って唯一華麗な着地を決めた老婆が自分たちの方に視線を向けているフードの面々に気がつき――拳を構えた臨戦態勢となった。

「ひひひ、おいフィリウス、こんなヤバイ連中がいるなんて聞いてな――」

「おお、ヨルム!」

 その老婆にしてみれば何十年ぶりの冷や汗が額から伝ったのだが、筋骨隆々とした男――フィリウスは元気に立ち上がって呆然とこっちを見ている蛇人間に手を振った。

「だっはっは、お前たちがいるような気はしていたが、やっぱりだったな!」

「フィリウス……噂をすればだな……」

「だあああフィリウース! 良かった、来てくれて良かったぞ!」

 蛇人間の前で震えていた男――鳥のコスプレをした男がフィリウスの方に駆けていく。

「だっはっは! 魔人族に歓迎されてたとは、ビックリしただろう!」

「ビックリなんてもんじゃない! こういう事は先に言っとけ!」

『ふむ、どうやらフィリウスの知り合いというのは本当だったようだ。これで殺さずに済む。』

 そう言ってフードを取った注意されていた側に、フィリウスと共に現れた面々――やれやれと腰をさする老人以外が視線を送る。

「あらやだ、スライム――じゃないわよねん? あっちの蛇さんはまだ見た事ある感じだけどああいうのは初めてだわん。」

「フィリウスが今魔人族と言ったが、つまりあの二人――いや、あちらにいるフードの面々も含め、全員が魔人族……スピエルドルフの住人か。」

「魔人族……ス、スピエルドルフ……本当にいたんですね……」

「ひひひ、心臓に悪い歓迎だよまったく。」

 各々の反応を眺め、鳥のコスプレをした男の頭をバシバシと叩いたフィリウスは、両者の間ぐらいに立ってそれぞれの指差呼称を始めた。

「あの蛇がヨルム・オルム! あの水がフルトブラント・アンダイン! スピエルドルフの、俺様たちで言うところの国王軍にあたるレギオンっつー部隊のトップだ!」

「おい、なんだその雑な紹介は。」

『あはは、蛇と水だと。』

「んでそこの赤い女がサルビア・スプレンデス! 緑の鎧がグラジオ・ダークグリーン! 鳥の格好がドラゴン・フラバール! ピンクの髪がオリアナ・エーデルワイス! 俺様の十二騎士としての仲間みたいなもんだな! でもってこの爺さんは学院長! 婆さんはオレガノ・リビングストン!」

「なぜ儂だけ役職……」

「追加であと四人、俺様の仲間が来る予定だ! 間違って殺さないでやってくれよ!」

「……仕方のないタイミングとは言え、こうもあっさりと俺たちの紹介をされるとはな……事前に伝えておくべきだったか。」

『これはこれで都合がいいんじゃないか? あの人間、S級犯罪者とかなんとか言っていたし、フィリウス達の方が詳しいだろう。』

「S級? おいおい妙な単語が出てきたな! とりあえず情報交換と行くか! この辺で野営してるのか? お茶でも出せヨルム!」

「お前な……」

 騎士っぽい外見をしているのがピンク色の髪の女だけだという事にため息をつきながら、蛇人間――ヨルムはスライム――フルトブラントが建てた野営地という単語が似合わないコテージを指差し、きっと人間のように表情を作れる顔だったなら「やれやれ」という半目だろう声色でこう言った。

「人間の舌には合わないクッキーも一緒にどうだ?」

チラホラと登場してはものすごく強いという事をアピールして帰って行くアフューカス一味を一人一人掘り下げる事になる――気がしています。

しかしポステリオールは対象年齢を引き上げるキャラになりつつありますね……困った悪党です。

バーナードも相変わらずですが、今回は部下をああいう風にしたキシドロのせいですね。


ちなみに前話から登場した裏世界のボスたちですが、割とそのままな由来で名前をつけいて、キシドロは酒と薬が専門ですからそっち方面の単語から来ています。

なので、コッポラが誰の命令で動いたのかも名前から推測できちゃったりします。


悪党がメインの章ですが、進むフィリウスたちと魔人族、そして学院見学の方も楽しくなりそうです。

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