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騎士物語  作者: RANPO
第九章 ~選挙戦~
74/113

第七十二話 狙撃手の本気

選挙戦の最中にロイドくんが直面するデートと、こっそりと動いている様々な思惑のお話です。

「ダメだぞロイドくん、他校の生徒を誘惑しては。」

「み、身に覚えがないのですが……」

 ポリアンサさんとの試合を終え、出入口でみんなを待っていたら走って来たローゼルさんに抱きつかれ、それを追ってきたエリルの飛び蹴りを……たぶんローゼルさんを狙ったんだけどローゼルさんがひらりとかわし、かつオレが試合直後で精神的にぐったりしていた為、エリルの蹴りはオレにクリーンヒットした。

 新たなダメージで更にぐったりしたオレを「かわしなさいよバカ」と言いながらエリルが起こす横で、しゃがみこんだローゼルさんがオレのほっぺをひっぱりながらそんなことを言ったのだ。

「ロイドくんはカッコつけるとカッコよくなってしまうから、いつものすっとぼけた感じでいないとダメなのだ。」

「えぇ……」

「普段のロイドとノクターンモードのギャップがいいとかなんとかって、カペラで人気なんだってさー。」

 追加にアンジュからのつねりも入ってきたが……ま、まさかノクターンモードになった時のあの悲鳴はそういう……――というか!

「ふ、二人ともソーユーしゃがみ方をするとみみ、見えますから!」

 当然の事ながら制服姿でスカートであるローゼルさんとアンジュは両ひざをくっつけてしゃがみこむという危険な体勢でチラリと……チラリと!!

「む? 大丈夫だ、フェンネル殿のマジックアイテムのおかげでロイドくんにしか見えない。」

「大丈夫じゃないですよ!?」

「ほんと、師匠にそれもらってから優等生ちゃんやらしーよねー。」

「やらしーのはしりのアンジュくんに言われたくないぞ。」

「どっちもどっちよ! 人のこ、恋人に!」

「何を言うか。しれっとロイドくんを膝枕に乗せておいて。」

 しゃがんだローゼルさんとアンジュのした――ア、アレがよく見えてしまう体勢になっている理由である柔らかな感触を後頭部に感じながら、視界の上で「うっさいわね!」とエリルが言う。

「だいたいこんなの部屋で――……べ、別にいいでしょ、ここ、恋人なんだから!」

「……言いかけた部分が非常に気になるのだが、もしや膝枕も一度や二度ではな――」


「いつでもどこでもいつも通りに楽しそうですね、みなさんは。」


 ローゼルさんが追及を始める前に、オレたちの一騒ぎを「いつもの光景」として眺めていた強化コンビの横にいつの間にか並んでいたレイテッドさんが……呆れ笑顔とでも言うような顔でそう言った。

「レイテッドさん。もしかしてオレの試合を?」

「ええ、すごいモノを見させてもらいました。半分以上、何が起きているのかよくわかりませんでしたが……あなたの魔眼の力なのでしょうか? あれは驚異ですね。会長が生徒会に入れたがるのもわかります。」

「い、いやぁ……」

「クルージョンさんとの試合で良くない方向に傾いていたようですが、この試合で選挙の方も――」

 と、そこまで言ったレイテッドさんはハッとしてオレに頭を下げた。

「ごめんなさい。嫌な事を。」

「あ、えっと、そんな気にしなくても……」

 慌ててエリルの膝枕から起き上がったが、レイテッドさんは申し訳なさそうな顔を上げる。

「クルージョンさんは優秀なのですが、あの特殊な魔法に関しては結果に考えを巡らせずに使ってしまうところがありまして……同じ生徒会メンバーとして、もっと注意するべきでした。」

「そ、そんなレイテッドさんが……」

「いえ……度を過ぎた物事というモノはありますよ。」

 周りにチラホラといる生徒たちを暗い顔で眺めながらレイテッドさんは呟く。

「ここは騎士の学校、名門セイリオス。生徒のほとんどが騎士として名高い家の出身ですが……有名な騎士の全てが名誉ある死を迎えたわけではありません。名家の出身であるほど、近しい者を許しがたい悪によって奪われた過去を持つ可能性は高いモノです。それを無理矢理引っ張り出すなど……」

 苦い顔でそう言ったレイテッドさんだったが、オレは今まで考えた事のなかったその事実にハッとした。

 暮らしていた村ごと家族を失ったり、幼い頃にさらわれて暗殺者として育てられたり、その家柄から常に悪意に狙われていたりというのは、騎士の家系ではない故の暗い過去、厳しい現状――そんな風に認識してしまっていたがそうではない。

 騎士の家系だからこそ、悪と戦う者だからこそ、悪逆非道との距離が近い。全員が騎士の名家の出身だからキラキラな人生を歩んできたかというと、そうとは限らないのだ。

 そう……具体的には聞いていないけど、デルフさんも――

「デルフは逆の事を言ってたわね、それ。」

 考えた瞬間にエリルがそう言ったから驚いたのだが……デルフさんが逆の事を……?

「この学院の生徒の大抵は悪意に触れた事なんてないって。」

「会長が……そうですね、会長からすればそうかもしれません。」

 デルフさんからすれば……?

「ていうかあんた、人の事よりも自分の選挙はどうなのよ。」

 空気を切り替えようとしたのか、エリルがそう尋ねるとレイテッドさんは少し申し訳なさそうな感じが残るも、笑顔で答える。

「え、ええまぁ……会長立候補者の選挙戦は期間の後半になりますからね。一先ず他の候補者の方々の状況を把握してきたところですから、そろそろミニ交流祭などで露出を増やしていきたいところですね。」

「へー、二日もかけて敵情視察なんてよゆーっていうか用意周到ってゆーか、さすがって感じー?」

「そんなことは……」

「む? という事はスオウ・キブシについても情報を集めているという事か。わたしを仲間外れにしてロイドくんの愛を遠ざけたあの男はどんな感じなのか聞きたいところだ。」

 割と真面目に怒っているローゼルさん……あ、朝の事がそんなに……

「そういえばサードニクスさんと一悶着しているそうですね。彼は攻撃的な性格をしていますから……」

 何かを思い出してやれやれという表情になるレイテッドさん。

 ……オレはレイテッドさんを「生徒会の副会長」としてしか知らないが、当然ながらセイリオス学院の二年生としての立ち位置もあるわけで……おそらくキブシは二年生の中でそういう目立ち方をしているのだろう。

「オカトトキ流剣術を使う、ランク戦では常に上位に食い込む実力者です。得意な系統は第四系統の火の魔法で、オカトトキの家から受け継いだという……一体何で出来ているのか、それとも規格外の魔法がかかっているのか、魔法との親和性が異常に高い刀、『炎刀・鬼火』を使います。」

「ランク戦上位……という事は一位のレイテッドさんは何度か戦った事があるんですか?」

 今更ながら、さすが生徒会副会長という感じにレイテッドさんはこの前のランク戦において二年生一位。

 ちなみに三年生はデルフさんで、一年生はエリル。おお、全員知り合いじゃないか。

「性格通りに好戦的ですからね。一位だからという理由でランク戦以外でもよく勝負を挑まれます。正直、私と彼の場合は相性の問題が大きいだけで、彼の間合い――近距離戦であれば私は手も足も出ません。」

「えぇ?」

「わかりやすく言いますと……彼の間合いの中で彼の抜刀速度を上回ったのは、私の知る限り会長だけです。」

「ほう、それは興味深い。」

 キブシの強さについてレイテッドさんが話し始めてから真剣な表情で聞いていたカラードがギラリと眼を光らせる。

「つまり、『神速』と呼ばれるほどの人物でないと抜刀速度に追いつけないという事か。」

「少なくとも二年生の中にはいません。ですから、会長との試合はよく覚えていますよ。去年――私たちが一年生の時の最初のランク戦でAランクになった彼は学年末のランク戦にて、当時既に学院最強と呼ばれて生徒会長になった会長目当てに二年生のランク戦に挑んだのです。」

「……?」

「ロイドくんがキョトンとしているが、ランク戦でAランクを取ると次のランク戦において上の学年のランク戦に混ざる事ができるというルールを忘れているな?」

「え、あ、そうでしたっけ……」

「間合いに入ってしまうと本当に何もできずに切り伏せられてしまっていた私たちには衝撃的でしたね。あれをヒョイヒョイとかわす会長は。」

 当時の事を思い出しているのだろう、嬉しそうな顔のレイテッドさん。

 これだとデルフさんがすごいって話になっちゃうけど、問題はカラードが言った事――デルフさんクラスじゃないと回避できないという点だ。

 事実、キブシが刀を抜くところは何度か見ているけど抜刀途中の光景が記憶にない。選挙云々は関係なく負けたくないのだが……厳しい戦いになりそうだ。

「しかし彼も当時のままというわけではありませんからね。最近では――」

 と、何かを言いかけたレイテッドさんはオレの顔を見てハッとする。

「――いけませんね、あまり喋っては。事前情報無しの相手との勝負は得られるモノが多いですから。」

「べ、別にオレは気にしませんよ……?」

 冗談交じりにそう言ってみると、ふふふと笑ったレイテッドさんはこんな事を言った。

「では一つだけ。今の彼は重力魔法の中でもその抜刀速度が変わりません。」

「え――えぇ?」

 たぶんレイテッドさん自身の経験だろうから、ランク戦一位クラスの人の重力魔法をモノともしないという事か? そんなにマッチョには見えなかったから……強化魔法?

「ふふふ、では私はこれで。頑張ってくださいね。」

 頭の上にはてなを浮かべているとレイテッドさんは軽く会釈して去って行った。

「おいおい、聞いたかカラード。高重力の中でも変わらねぇんだとよ。」

「ああ……恐らく筋力や強化魔法ではないのだろう。第四系統の使い手という事だから……例えばクォーツさんのような要領で抜刀を爆発で加速しているとかかもしれん。気になるなら彼の選挙戦やミニ交流祭を見ておくといいかもしれないな。」

 最後の一言はオレに対しての提案だったが、オレは少し考えて首を横に振る。

「レ、レイテッドさんが言ったように、折角なら得られるモノは多い方が嬉しいから、お楽しみ――って事にしておくよ。」

 あと単純に、例え戦いを有利にする為であってもキブシを観に行くというのが……なんか嫌だ。

「でもさー、なんかイメージが合わないよね。」

 今までの態度や物言い、キキョウへの件を思い出して少しムッとなっていると、リリーちゃんがそんな事を言った。

「今の話を聞く感じだとバリバリの騎士っていうか、フィルさんみたいにバトルして強くなるのが大好きって感じで、ボクみたいな可愛い奥さんがいるロイくんに嫉妬しちゃうの会とかに入るタイプじゃないよね。」

 オ、オクサン……!

「うむ……確かにわたしのような美人妻を持つロイドくん羨ましいの会に入って文句を言う感じの男子ではないな。」

 ビジンヅマ……!

「つまりこの場合は具体的な被害――この中の誰かに惚れ込んでいたところをロイドくんに奪われて――という勘違いも甚だしい流れで入会、というパターンではなかろうか。」

「奥さんとか妻とかさらりと言ってんじゃないわよ!」

 ムッとしていた心が一気にドキドキする方向に持っていかれた……心臓には悪いけどちょっとありがたい……

 しかし……リリーちゃんの疑問は確かにそうだな……

「確か大浴場で会った時に「同士たちの代表として――」って言ってたから……え、えっと、オ、オレの被害者の会――に自分と同じ境遇の人が多い感じ、なの……では……ああぁぁあぁ……」

 自分で自分の被害者の会とか言うのめっちゃ恥ずかしいぞ!

「なるほどな。であれば具体的な被害としての可能性が高いのはリシアンサスさんではないか?」

 リリーちゃんとローゼルさんのさっきの発言みたいなモノにドキドキするのとは種類の違う恥ずかしさで顔を熱くしていると、みんなとのアレな会話にもさらっと入って来るカラードがそんなことを言った。

「む? わたしか?」

「入学式の時点ですごい美人が入って来たと男子寮の中が騒がしかったのを覚えている。実際、学年を問わず多くの男子生徒がリシアンサスさんに告白したのではなかったか?」

「はて、いたようないなかったような……」

 本気で何も覚えていない感じに首を傾げるローゼルさん……

「あははー、たくさんの男子をことごとくふっていったのも含めて『水氷の女神』だもんねー。実はあのうるさいサムライにも告白された事あるんじゃないのー?」

「むう…………?」

 本気で分からないって感じにうなるローゼルさん……

 と、というかやっぱりローゼルさんってそんな感じだったんだな……オ、オレはとんでもない人を……

「む、ロイドくんが今更ながらもわたしの夫となった事の重大さに気づいたような顔をしているが、他の男性からの評価は特に気にしていないから気負う必要はないぞ。まぁ、誰もが求める美女だからという事で今以上に愛を注がねばと決意したのなら、それに反対する理由はないが。」

「は、はひ……頑張ります……」

「はひ、じゃないわよバカ!」




「ふぅ、なんとかなったかな。」

 激闘の熱気をそのままにセイリオスとカペラの生徒が闘技場から出てくるのを遠目に眺めていたデルフは、やれやれと大きく息をはいた。

「これだけ盛り上がればここにいない生徒にも話が伝わるだろうし、完全に元通りとはいかないかもしれないけれど、サードニクスくんの支持率は一先ず安泰かな。」

「随分と執心しているようだが、選挙の私的利用は良くないぞ、会長。」

「誰のおかげでここまでしなくちゃいけなくなったと思っているんだい、風紀委員長?」

 デルフは自分を見下ろしている黒いヘルメットのような髪型の男をわざとらしくほっぺを膨らませて見上げた。

「……そこまでするほどに、彼が会長の目的に必要だと?」

 風紀委員長がそう言うと、デルフはコミカルな表情をふっと冷たいそれに変えた。

「『神速』と呼ばれ、セイリオス学院始まって以来の天才とも称され、仮に国王軍に入るのであればすぐさまセラームとして活躍する事を誰もが疑わない。加えて人当たりの良い性格でお祭り好き。ルックスも相まってあの『光帝』のように誰もが慕い、憧れ、尊敬するような人気かつ立派な騎士としての未来を多くの者が望んでいる。《マーチ》と呼ばれる日も遠くないと噂される、そんなお前の最大の目的を知る者は非常に少ない。」

 冷たい表情のまま闘技場の方に視線を戻したデルフの背を無表情に見つめながら風紀委員長が――

「会長は、どうあってもあの蜘蛛を倒したいのだな。」

 ――と言った瞬間、デルフの脚が風紀委員長のこめかみ辺りにピタリとそえられていた。

「……さすが『神速』、そのまま蹴り抜かれていたら危なかったな。」

「危ないのは君の口だよ、風紀委員長。」

 普段の楽し気な雰囲気からは想像もできない表情と口調のデルフは、片脚立ちという不安定な体勢を微塵も揺らすことなく告げる。

「その辺の木に巣を作るのとか、部屋の中に突然現れるのを指しているのなら構わないけれど、アレを指してその言葉を口にされると――まだまだ未熟な僕は感情を抑えられなくなる。」

 突きつけられている脚が大剣が大砲にでも見えてしまいそうな圧を放つデルフに対し、風紀委員長はその仏頂面に微かな笑みを浮かべた。

「それほどの感情を秘める会長がどうしても手に入れたい人物――いや、人材があの『コンダクター』というわけか。ふん、私のせいで面倒な事になっていると言いたげだったが、選挙の方はともかく風紀の観点において、私は私の道理を曲げる気はない。スオウ・キブシはいい仕事をするだろう。」

「あ、それなんだけど、正直あんまり意味ないと思うんだよね。」

 凄まじいプレッシャーを一瞬で霧散させ、いつの間にか脚をおろしたデルフは腕を組む。

「サードニクスくん被害者の会の中でも発言力の大きいキブシくんをぶつけて否定派の存在を印象付ける事で君の言う乱れを抑制しようっていうのはわかるけど、前にも言った通りぶつける相手を間違えている。君が干渉するべきは彼女たちさ。」

「スオウ・キブシはあの通り感情が表に出やすい男だ。試合ともなれば内にたまったそれを爆発させる事だろう。それを見て彼女たちも意識するはずだ、自分たちが行き過ぎているという事に。」

 無表情にそう言った風紀委員長をデルフは目を丸くして見上げ、そして「ぷふっ!」っと吹き出した。

「あはは、甘いなぁ君は。既に周りの目なんて気にしていない彼女たちに今さら外野の声が届くとでも?」

「それならそれでも構わない。声の届く者たちが潜在的な乱れを抑えるのであれば。」

「ふふふ、それもどうかなぁ。彼女たちのサードニクスくんへの想いは並大抵じゃないからね。ハッキリ言って普通じゃないあれの影響力もまた、計り知れないよ。全く、君は真っすぐでド正直だよ。少しはジンジャーくんみたいに裏を読むようなずる賢さ的考え方もしないと。」

「……その呼び方だと私も振り向いてしまうな。」

「そうかい? 僕は風紀委員長って呼ぶから大丈夫さ。」

 ニシシと笑うデルフにため息を返す風紀委員長。

「……何にせよ、スオウ・キブシは波紋を起こす。場合によっては『コンダクター』の生徒会入りもなくなるだろうが、だからと言って私を蹴り飛ばしてくれるなよ。」

 やれやれと去って行く風紀委員長を眺め、デルフもまたやれやれとため息をつく。

「全く、その可能性がちょっと高くなってきたから困りもの――」


「ぎゃああ!」


 ふいにそんな悲鳴が聞こえ、闘技場の出入り口から少し離れたところで紅い髪の女子生徒に殴られた男子生徒がとんでいくのを見て、デルフはふふふと微笑む。

「――いやはや、波紋なんてものすらも蹴散らしてしまうかもしれないね。」




 田舎者の青年が強烈なボディブローをくらっている頃、彼の師匠である筋骨隆々とした男、フィリウスはフェルブランド王国の国王軍司令室にいた。

「火の国から戻って久しぶりにあそこのナンバーワンとイケると思ったら爺さんからの呼び出しとはな! 腕の調子はどうだ!」

『ガルドの技術をなめるでないわ。それより隣に立っとる《ディセンバ》が迫力満点なんじゃが、お主ついに手を出したか?』

「気にしないでくれ《フェブラリ》殿。ナンバーワンとやらが気になっただけだ。」

 司令室にある巨大なモニターに映る帽子をかぶった老人、《フェブラリ》に氷点下の笑顔を向けたのは、軍の施設内では非常に浮いてしまうどこぞの町娘のような格好をしている女性、《ディセンバ》ことセルヴィア。その笑顔を横目に珍しく冷や汗をかいたフィリウスは、画面の向こうで首をかしげる《フェブラリ》に問いかける。

「んで、いきなりなんなんだ? 緊急とか言って軍の通信使って俺様とセルヴィアを呼び出したからにはそれなりの事なんだろう?」

『む? 正確にはそっちの十二騎士全員――《エイプリル》も呼んだつもりだったのじゃが。』

「あー、十二騎士の前に本職はメイドだからな。本人が必要と判断しねぇとこういう呼び出しには応えねぇってだけだ。最優先は仕える主ってな。」

『ふん、まぁ良かろう。恐らく魔法に特化しておるそっちじゃ観測できていないだろう現象の共有じゃ。』

「現象? 『ディザスター』が何かしたか?」

『……そっちの方が良かったかもしれん。』

 画面に映る《フェブラリ》が微妙な表情でそう言うと映像が切り替わり、どこかの写真が映し出された。それはぶすぶすと煙のあがる荒野のようで、それ以外には何もない風景だった。

「なんだこれは。焼き畑でもしたのか?」

『古臭い例えじゃが案外と的を得ているかもしれんの。』

「あぁ?」

『これは青の国のとある場所を写したモノでな。数時間前まではここに……町があった。』

「――!」

 フィリウスとセルヴィアが表情を厳しいそれに変える。

『尋常ではない熱量をこっちの――ガルドのレーダーが捉えてな。一応の確認で青の国に連絡を取り、偵察機を飛ばしてみたらこの有様じゃった。』

「攻撃を受けたという事ですか……? 生存者は……」

『無事だったのは十人とちょっと。他にいたはずの数千人は行方不明だ。』

「!! まさかそんな大勢が町ごと……」

『最悪はな。無事だった者の話によると、ここがこうなった理由はどこからともなく現れた二人の戦闘に「巻き込まれた」からだそうじゃ。』

「流れ弾で町が消し飛んだってのか? どんな化物のバトルだ。」

『確かな事は言えんがその二人の特徴とこれだけの惨劇からして……戦っていたのは『紅い蛇』のアルハグーエと『マダム』じゃ。』

「! これまた随分とタイムリーだな。『灰燼帝』からその辺の連中の潰し合いの話を聞いたばっかりだぞ。」

『んん? なぜいきなり『灰燼帝』が出てくる?』

「気にすんな、こっちの話だ。しかし『マダム』が絡んでるとなるとここにいないだけで町人全滅とはなってないかもしれないな。とりあえずは、」

『ああ、だから行方不明扱いなわけじゃが……問題は悪党二人のバトルでも町人の安否でもないのだ。』

「なに?」

『場所がいかんかった。町が消滅する程の、遠く離れたこちらのレーダーが感知する程のエネルギーがここで炸裂したのがまずい。』

「!! おい、さっき青の国っつったが、まさか――」

 フィリウスの焦りに答えるように画面が切り替わり、どこかの地図が表示された。

『ご名答じゃ。ここは『魔境』の一つ、『ラウトゥーノ』に最も近い町――この途轍もないエネルギーの影響でそこの入口が開きかかっておるのだ。』

「だぁああ、まじか! はた迷惑なバトルをやってくれたな、おい!」

「『ラウトゥーノ』……なるほど、それで十二騎士に連絡を。」

『その通り。あとで他の連中にも一報入れるつもりだ。』

「お知らせすんのはいいが、どう対処するんだこれ? ここの封印をやった魔法使いはもうこの世にいねぇんだぞ。」

『馬鹿め、なんとかするためにこうして十二騎士にお知らせしとるんじゃろうが。いいアイデアを考えておけよ。』

 画面の中の《フェブラリ》が二人を指差しながらそう言うと通信がぶつんと切れ、フィリウスは大きくため息をついた。

「面倒事ってのは重なるもんだな、全く。アイデアっつっても、パッと思い浮かぶのは学院長くらいだぞ。」

「セイリオスの……確かに、あの方なら――いや、しかしそれでも……」

 あごに手を当てて難しい顔をするセルヴィアを横目に、フィリウスは再度のため息にぼそりと呟きを混ぜる。

「もしくは、夜の魔法か……」




 選挙期間に入り、オレは初日に……一応、庶務を巡る対立候補者であるクルージョンさんと選挙戦を行った。記憶の魔法とやらを受けてオレが倒れたので試合は中止となったが、この魔法によってオレのあの過去が公開される事となり……複雑な気分ではあるがオレの支持率はガクンと下がった。

 その後はミニ交流祭の観戦――マーガレットさんと生徒会長立候補者の一人であるブラックムーンさんの試合を観て……記憶の魔法の影響か、夜に悪夢を見たからバクさんがくれた飴玉をなめて……あ、あの夢を見てしまった……

 そ、そして翌日の朝、ラクスさんと一緒に朝ご飯を食べていたらキブシがやってきてエリルたちを侮辱したのでそれに怒り、更に支持率が低下。

 どうにもオレは……殺気――というのを抑えることができていないようで、たぶんこれは直さないといけない事――だよなぁ……

 でもって昼休みにキキョウの友達のヒースとラクスさんの友達……? のアリアさんの試合を観戦し、放課後にポリアンサさんと再戦した。

 エリルたちの話によるとポリアンサさんとの試合の時に観客席にカペラの人たちがいたのはオレを当選させたいデルフさんの作戦だったらしく、これと言った変化は感じないけど、下がる一方だったオレの支持率が上がってしまった――かもしれない。

 んまぁともかく、ポリアンサさんとの試合では色々と疲れたのでその日も試合は一回だけにし、翌日、オレは選挙期間の三日目を迎えた……わけなのだが、ここからが怒涛だった。



「やぁロイド、昨日は凄かったね。」

 まずはポリアンサさんとの試合を観てくれていたらしいマーガレットさんがキキョウとヒース、それと名前の知らない何人か連れてやってきた。

「彼らがプロキオンの新生徒会のメンバーだ。みんな、彼がご存知『コンダクター』ことロイド・サードニクスだ。」

 セイリオスと役職が同じかどうかはわからないけど、キキョウとヒースを加えて六人の面々が……二年生もいるはずなのだが、一人一人、一年生のオレに対して丁寧な挨拶をしてくれた。

「えぇっと……紹介してくれるのは嬉しいんですけど……な、なんでオレに……?」

「ロイドはこっちですごいんだよ!」

 困惑するオレに嬉しそうな笑顔を向けたキキョウだったが……な、何がすごいんだ……?

「あー、あれだ、ここにいるマーガレット・アフェランドラ元生徒会長ってのはプロキオンじゃ『女帝』の名の通りに絶対的なんだよ。」

 説明を加えたヒースだったが、マーガレットさんは困り顔で首を振っている……

「最強無敵の『女帝』を『雷帝』にした上で引き分けたセイリオスの『コンダクター』! これだけでこっちじゃ有名人の仲間入りなんだぜ?」

「えぇ……」

「そんなロイドがセイリオスの生徒会に入るっていうなら、ぼくたち新生徒会はまず挨拶しておかないとって感じなんだ。」

「い、いや、入るかどうかわかんないぞ……」

「いーんだよ。仮に入らなかったとしても、シリカ勲章とかとっちまう奴とは仲良しになっといて損はないだろ?」

「えぇ……」

 もしやカメリアさんやミラちゃんが言っていたオレの人脈とかの価値的な話だろうか……オレってそんなに……そんなになのだろうか……?

「ま、まぁ、生徒会長ではなくなっても「元生徒会長」という肩書は結構残るもので、交流祭の一戦の影響で私と言えばロイドという妙な括りがプロキオンの中で出来上がってしまったのだ。」

 申し訳なさそうな顔をするマーガレットさん。

 んまぁ……いや、むしろ歓迎するべき事か。デルフさんの作戦が怖いけどオレは生徒会に入るつもりはないわけで、それでも他の学校の生徒会メンバーとの繋がりが持てるというのは……こう言ってはなんだが、お得な気がする。

「と、とりあえず――は、はい、よろしくです……」

「すまないね。ところでそれはそれとして……ポリアンサと戦ったわけだし、私とも一戦どうだい?」

 ニコリとほほ笑んで小さな鉄球をふわふわ浮かすマーガレットさん。

「えぇっと……昨日の試合で力を出し過ぎたと言いますか、前の交流祭でマーガレットさんと戦った時ほどのパワーは出せそうにないんです……」

 正確に言うとノクターンモードの力の源であるミラちゃんの血が足りない。交流祭でのマーガレットさんとの勝負で飲んだ分と同量を昨日飲んだわけだから残りはわずかで、たぶん『雷帝』とやり合うには不足なのだ。

「そうか、それは残念だな。」

「んん? 二人とも変身無しでの手合わせって事にすりゃあいーんじゃねぇの?」

 ヒースがそう提案するが……ノクターンモードによるパワーアップっていうのはかなり大きくて、素の状態だとオレじゃあマーガレットさんと勝負にならないんだよなぁ……

「ふふ、あれだけ出し尽くした勝負をした相手と手を抜いて戦うというのは後々スッキリしない感じになってしまうよ。とはいえ折角の機会だから……うん、この新生徒会と手合わせというのはどうだろうか。お互いにいい経験になるはずだ。」

「えぇ? い、いやぁそれはどうでしょうか……曲芸剣術だってマーガレットさんの鉄球の下位互換みたいな感じですし……」

「そんな事はない。あれと私の攻撃方法は確かに似ているけれど別物だよ。それに、ロイドの操る精密な風は体験する価値のあるモノさ。」

「そ、そうですかね……んまぁ、オレも色んな人と――しかも生徒会の人と手合わせできるのは嬉しいですけど……」

「おお!? プロキオン新生徒会対『コンダクター』ってか!? こりゃあ面白くなってきたぜ!」

「えぇ……? ま、まさか全員と――」

「ぼくも頑張るからね、ロイド!」

「えぇ……」



「昨日の今日でこの連戦とは凄いですわ。極端な大技を使わなければ、曲芸剣術は魔法効率の良い技術でもあるのですね。」

 プロキオン新生徒会との戦いの後、色々と回復するとは言えぐったりしているオレに、試合を観ていたらしいポリアンサさん――と、ラクスさんたちが声をかけてきた。

「こんな連戦の後で悪いな。珍しい事にアリアがあんたに興味を持ったみたいでよ。」

 背後にエリルたちからの鋭い視線を感じたが……昨日ヒースとミニ交流祭をしていた魔法ロボットのアリアさんがラクスさんの後ろからズイズイと出てきてズズイと顔を近づけてきた。

「なな、なんでショウカ……」

「妙なのデス。」

 ジロジロと、上から下へ物凄い至近距離でオレを観察するアリアさん……!

「あなたとは初対面のはずなのデスが、メモリーのどこか――思考回路の奥底に記録があるようなないような奇妙な反応デス。あなたは一体何者デスか?」

「何者と言われましても……」

 美人なアリアさんにドキドキしながらエリルたちからの突き刺さる視線を受ける事数分、アリアさんはシャキンと顔を上げてオレの手をつかんだ。

「データ収集デス。勝負するのデス。」

「えぇ!? いや、それは――ってうわっ!」

 フィリウスやアレクと腕相撲した時に感じるような有無を言わせない圧倒的パワーで、オレはついさっきまでプロキオン新生徒会と戦っていた場所に引きずられる。

「あの、その、アリアさんのようなすごい魔法ロボットとの手合わせは嬉しいんですけど少し休憩を――」

「お、魔法ロボットを知ってるのか。さすがだな。」

「ガルドの技術者によると、アリアさんは現状の最先端の十年ほど先を行っているそうですから、貴重な一戦になると思いますわよ。」

 関心するラクスさんと聞き捨てならない事をさらりというポリアンサさん。最先端の十年先って、アリアさんこそ何者――い、いやその前にまずは休憩――むしろ勝負は明日がいい……!

「ア、アリアさん! き、きっと今のヘロヘロなオレと戦っても満足なデータは取れないと思うのですが!!」

「?」

 オレをずりずりと引きずるのを止め、アリアさんはペタペタとオレの身体を触り始め――ぎゃあぁっ、リリーちゃんが凄まじい殺気を!

「確かに、ケガなどはありませんが全身に渡って多量の疲労蓄積が見られます。」

「そ、そうです! 今日データをとっても良い結果は得られないと思うのです! な、なので勝負は明日にしませんか!」

「……残念デスがその方がいいようデスね。では今日は別のデータだけにします。」

「べ、別――ひゃわっ!?」

 別のデータってなんですかと言う前に口の中にアリアさんの指が突っ込まれ、ガバッと口を開かされた。

「他の生体データを収集します。」

「はひほ――ひゃあ! ひょわ! へああああ!?!?」

 そこから数分間、アリアさんの手がさっきよりもペタペタと身体のあちこちを這い回り、時に服の中にまで入って来るその少し温度の低い手に、オレは変な声を上げ続けた。

 そんな新手の拷問が終わり、アリアさんがとりあえず満足そうに帰った後、続いてオレはみんなから袋叩きにされた。



 翌日――即ち選挙期間の四日目。プロキオン騎士学校の新生徒会との連戦とアリアさんからの拷問によって……ああいや、恐らくはほとんど後者の影響で、良いモノなのか悪いモノなのか判断しにくい微妙な視線を送られるようになった。

 支持率も上がったのか下がったのかよくわからない感じの中、昨日の三日目から始まってはいたのだが、生徒会の他の役職――広報、書記、会計の選挙戦が週末を前に一段の盛り上がりを見せていた。各委員会の委員長候補同士の選挙戦も行われているのだが生徒の注目が集まるのはやっぱり生徒会の方らしく、候補者たちのミニ交流祭にもたくさんの生徒が観客として集まった。

 オレは昨日の疲れが抜けきっていない事もあり、エリルたちと一緒にあちこちを巡ってたくさんの試合を観戦した。そして最後に約束していたアリアさんとの勝負に昨日よりはましになった状態で臨み……ちょいちょいあの拷問に似た攻撃が混じる戦いを行った……

 ちなみにエリルたちは……今までのオレの試合も対象にしてちゃっかりとやっていたのだが、選挙戦やミニ交流祭に参加できない人の為にとデルフさんが配ったカード――各試合の勝敗を予想して豪華景品と交換できるポイントを貯めていくというイベントを楽しんでいた。



 そうして迎える休日。今までの色んなイベントの中でも群を抜く極端な連戦で疲れた身体をどっぷりと休ませたいところなのだが――そんな疲れが吹っ飛ぶイベントが待ち構えていた。



「えっと、それじゃあ……リリーちゃん、移動をお願い、ね……」

「んもーみんなボクを運び屋にして! 今度ボクがロイくんとイチャイチャする時には全員協力してもらうんだから!」

 どこかに出かけるわけではないからラフな格好で良いと言われ、部屋着寄りの簡単な服装でやってきたのは森の中にぽっかりとあいた空間。大きな湖のほとりにぽつんと建っている木組みの家。

「えぇっとここって……」

「うん……あ、あたしの家、だよ……」


 そよそよと吹く優しい風が草木をなでる音と鳥の声しかしない静かな空間。たくさんの緑で身体が元気になりそうなほど空気が美味しいこの場所で……ティアナとのお泊りデートが始まったのだ。


 ティアナの家はもともとガルドに住んでいて、マリーゴールドと言えばあっちで五本の指に入るガンスミスの名前だったらしい。けれどティアナのおばあさんが病気を患い、おじいさんが自然の豊かな場所で療養させたいという事でフェルブランドにやってきた。

 そのおばあさんは既に故人だがマリーゴールド家はこの場所に住み続ける事にし、現在は元ガンスミスのおじいさんと騎士のお父さん、そして料理の上手なお母さんがこの家に暮らしている……はずなのだが……

「あ、あれ? ティアナ、家の人は……」

「うん……ロ、ロイドくんと二人で行くって言ったら……ちょうどいいから、りょ、旅行にでも行ってくるよーって……」

「えぇ!? そそそ、それじゃあ二人きりデスカ!?」

「うん……」

 普段着であるダボッとしたワンサイズ上の服からちょこっと出した指をツンツン突き合わせて恥ずかしそうにするティアナ。

 どうにも「ちょうどいい」の裏側に別の意味合いが隠れていそうというか、マリーゴールド家の人たちまでこここ、こういう感じに……!

 ティアナの実家で二人だけ……はぅあ、リリーちゃんとのオトマリデートを思い出してしまう……! ままま、まさかティアナも……!!

「えっと……それじゃあロイドくん、ちょ、ちょっと手伝って欲しい、かな……」

「はひ!」

 ちょいちょいと家の中に手招くティアナに心臓をバクバクさせながらついていったオレは……数分後、家の真ん前、湖のほとりに木製のイスとテーブルを置いてティアナと並んで座っていた。

「せ、選挙とか色々、大変そうだし……えっと、い、いっぱいお話もしたいなって、思って……だ、だからのんびりデート……が、いいかなって……」

「ティアナ……!」

 ついさっきいやらしい妄想をした自分を恥じる。最近の色々で完全に思考がそっち方向になって……ダメだぞ、オレ!

「いいと思う! すごくいいと思います!」

「う、うん……あ、これクッキー……と、紅茶……」

 テーブルの上に置かれたそれらのいい匂いで心がほっとする。ああ、なんだかものすごくまったりしてしまいそうだ……

「えっと……えっとね、ロイドくん……」

「なんでしょうかぁ……」

 身体から力が抜けていき、この大自然の中に溶けていくような感覚に包まれ始めたオレは――

「ロイドくんはあ、あたしのどこが……好き、なんだっけ……」

「へぶぁっ!」

 突然の質問にはね起きた。

「え、えっとね……この前のオズマンド……ラ、ラコフとの戦いの時に、あのフランケンシュタインさんの魔法で……ロイドくんの、想いは教えてもらってるん、だけど……やっぱり、直接聞きたいなって……」

 アンジュと同じことを言うティアナ。ユーリの魔法でみんなに伝わったのは爆発するような感情で、たぶん言葉にはできないようなモノも含んだ純粋なオレの想いだ。

 しかしそれをあえて言葉という伝えきれないモノで聞かせて欲しいと思うのは理解できない事でもなくて、あれはあれとしてやっぱり言葉でも聞きたいと――って冷静に分析してる場合じゃないぞオレ! この質問には真っすぐに答えなければいけないぞオレ!

「あびょ、ぼ、ぼ、ぼ……」

 ちゃんと答えようとするもいきなりの事に準備ができていなかったらしいオレの口は謎の音を発する……

「わ、わたしはね……初めて会った時に……ひ、ひとめぼれって、言うのかな……ロイドくんの事を……王子様だって……思ったの……」

「オウジサマ――そそ、そういえば最初にこここ、告白してくれた時に言ってイマシタネ!」

「ちゃんと、魔眼が制御でき、なくて……魔法が暴走、しちゃって……すごく困ってた時にね、突然現れて……形状の魔法のせいで、へ、変になってたわ、わたしに優しく……えへ、えへへ……」

 恥ずかしそうに笑うティアナが反則的に可愛い……!

「ロゼちゃんの、お友達ってわかって……たくさん知れば知るほどに……どんどん……エリルちゃんたちがライバルってわかった、後も……諦めるとか、全然頭に、なくてね……絶対、絶対わ、わたしが……えへへ、こ、こんなになったの、初めてなん……だよ……?」

「は、はひ……ありがとうございます……」

 何言ってんだオレ!

「だから、ね……ほ、ほんとはすっごく……恥ずかしいけど、ロ、ロゼちゃんとかがやっちゃってて……しかもすごく嬉しそうにするから……わ、わたしも色々したいなぁって……こ、この前の列車の中でたくさん、調べて、練習もしたから……安心してね……」

「……?? えぇっと、な、なんの話を……?」

「お楽しみだよ……ほら、ロイドくん……わ、わたしの……好きなところ、教えて……?」

「ひぐ!」

 テーブルをはさんでこっちに微笑みかけるティアナ。

 さっき思った通りだ。ここは……キチンと答える……!

「オ、オレは――」




「実家、二人きり、周りはひと気ゼロの大自然、ノクターンモードの副作用、そしてティアナが時折見せる色っぽさ全開の度胸! まずい、まずいぞこれは!」

「だ、大丈夫だよね……ロイくんと一番イチャイチャしたのはボクのはずだもんね……」

 当然のようにあたしとロイドの部屋に来てブツブツいいながらウロウロするローゼルとリリー。

「あんたらはどうして毎回ここに来る――アンジュはそこで何してんのよ!」

「えー? お姫様も一人の時にはたまにやるんじゃないのー?」

 ロイドのベッドの上でゴロゴロしてるアンジュに言われてちょっと反論に困――らないわよ!

「し、しないわよ!」

「む? いつだったかロイドくんのベッドの上で転げまわっていた時があったような気がするが?」

「う、うっさいわね! だいたいもしもそ、そう――だったとしても、あたしはこ、恋人なんだから問題ないわよ!」

「わー、またお姫様のやらしー発言――ってそうだよね……」

 小馬鹿にした顔でニヤニヤしたかと思ったらふいに真面目な顔になったアンジュ。

「お姫様はムッツリだけどロイドも相当だからねー。もしかして……ロイドが一人の時はお姫様のベッドに転がったりするのかなー……?」

 アンジュの疑問に全員がハッとしてあたしのベッドに視線を移す……

 ……あ、あたしのベッドであのバカが……


「のああああああっ!」


 ロイドが自分のベッドの上でゴロゴロしてるイメージが浮かんできたところで外から間の抜けた声が聞こえてきた。


「ひひひ、相変わらずなのは別にいいが、わたしの女子寮で馬鹿はさせないよ?」

「大きな誤解だがそもそも何でこんなところにいやがるクソババア!」


 聞き覚えのある男の声とあんまり覚えのない女の声といっしょに、なんだかとんでもなく大きな力がぶつかり合うような音が響く。

「あれ? この声フィルさんだよね?」

「うむ、相手は寮長のようだな。」

 ほとんど女子寮にいないから印象が薄くて、あたしは名前も覚えてなかったここの寮長――オレガノ・リビングストン。ロイドが言うにはあの怪物みたいな筋肉のフィリウスさんよりも力があるすごい人らしい。

 とてもそうは見えないお婆さんなんだけど……まさか今フィリウスさんと戦ってるのかしら?

「おもしろそー。行ってみよー。」

 女子寮の外に出ると入口の前にあたしたちと同じように様子を見に来た生徒がぞろぞろといて、その視線の先で……信じられない事が起きた。

「甘いわ若造が!」

「ぐぼあっ!!」

 寮長――オレガノの繰り出したアッパーをあごに受けたフィリウスさんがその巨体を数メートル浮かせ、ぐるりと一回転してバターンッと地面に倒れ伏した……って、ちょっとうそでしょ……?

「おやなんだい、こんなに集まって。」

「おお、いいところに! 大将のお嬢ちゃんたち、助けてくれ! このクソババアを止めばぁっ!」

 ガバッと顔を上げてあたしたちを見つけたフィリウスさんが助けを求めたんだけど、その頭を踏んづけて再度地面に埋めるオレガノ……

「んん? もしかして坊やに会いに来たのか? それならそう言わないかい。いつもの覗きかと思ったじゃないか。ほら、それならそれでそんなところに転がってるんじゃないよ。」

 そう言いながらオレガノがフィリウスさん――じゃなくて近くの地面を思いきり踏みつけると、まるで地面がバネか何かになったみたいにフィリウスさんの巨体が強制的に立たされた。

「だけど勿論寮の中には入れないからね。部室にでも行きな。」

 ひひひと笑いながら寮に戻っていくオレガノをやれやれと眺めながら土を払ったフィリウスさんは、あたしたちを見て眉をひそめた。

「ん? 大将はいないのか?」

「え、えっとロイドは今――」

「ロイドくんはわたしというモノがありながらも押しに弱い為、ティアナと一泊二日のデートにでかけています。」

 さらりとローゼルがそう言うと、フィリウスさんは大笑いした。

「だっはっは! さすがだな大将! この調子だとお嬢ちゃんたち全員と熱い夜を過ごしそうだな!」

「……」

 笑いながらそう言ったフィリウスさんだったけど、それに対するあたしたちの反応を見てちょっと珍しいギョッとした顔になった。

「まさか! 既にか!」

「ロイくんてば、ボクがいるのにみんながあの手この手で押し倒すもんだから結局全員とイチャイチャしちゃうの。ちょっとフィルさんからも言ってあげてね、大将のお嫁さんはリリーちゃんだぞって。」

「うおお、まじか! こりゃあいよいよ本気で大将に教えを乞う時が来たようだが、それよりも先にちょっと話しておきたい事がある。大将がいないってんならお嬢ちゃんたちに伝言を頼んでいいか?」



 話ができるところって事でオレガノが言ったように部室に移動する間、この中じゃフィリウスさんとの付き合いが一番長いリリーが自慢気にロイドと自分、それとあたしたちとの現状を話した。ところどころに出てくるリリーのウソにツッコミを入れつつ、ロイドの保護者にあたるフィリウスさんに報告を済ますと、部室についた頃にはフィリウスさんが感動の涙を流しそうな顔になってた。

「あの大将が――おお、あの大将が! くー、なんか知らんがこみ上げるもんがあるな! たくさんの女を愛し、幸せにしようってのは俺様好みの心意気だ! さすが俺様の弟子ってとこだが、それならそれでもうちっと上手なやり方ってのがあるからな! 今度お姉ちゃんたちの店に連れてって俺様の技を伝授してやろう!」

「そんな事したら怒るからね、フィルさん。」

「だっはっは! 本気で睨んでくるあたりに愛の深さを感じるってもんだ!」

 部室に置いたソファの上で、『暗殺商人』の睨みを笑い飛ばすフィリウスさん。

 ちなみに休みの日だと強化コンビが部室で飽きずに鍛錬してたりするんだけど、ミニ交流祭は休みの間もやってるから二人はそっちを観に行ってて、あわよくば他校の生徒との模擬戦をしようとしてる。

「その愛を吸血鬼の女王様からも賜るってんだから恐ろしい限りだぜ、大将は。」

「む……そこでカーミラくんが登場するという事は、スピエルドルフ絡みの話ですか?」

「ああ。俺様としては本意じゃねぇんだが、面倒な事になりそうでな。お嬢ちゃんたちは『魔境』って知ってっか?」

「知ってるよー。ヴィルード火山みたいな所の危ないバージョンみたいな場所でしょー?」


 テキトーな感じでアンジュが答えたけど、それでだいたいあってる。

 世界にはヴィルード火山みたいに特殊な環境になってる場所っていうのがいくつかあるわけだけど、中でも危険すぎるからっていう理由で世界連合が立ち入り禁止にしてるエリアがある。それが『魔境』。

 確か七か所あってそれぞれに名前があるんだけど……名前をつけた奴がしゃれたのにしようとしたのか、お覚えにくいのよね……なんだったかしら。


「火の国はその中の……なんだっけー? なんとかっていう場所の一歩手前だって聞いた事あるよー。」

「だっはっは! 火の国ってんなら『エスタテ』だな! わかるぞ、この覚えにくさ! おしゃれな奴の名前みてーで頭に入んねーんだこれが!」

 あたしと同じような感想を言いながら爆笑するフィリウスさんだったけど――

「全部で七つ! 死ぬほど暑い『エスタテ』! 死ぬほど寒い『リヴェルノ』! 超悪天候の『スタボサ』! 眩しくて何も見えない『ノテビア』! 真っ暗で何も見えない『テトレマ』! 変な魔法生物がいる『プラリマ』! 超強い魔法生物がいる『ラウトゥーノ』! これが『魔境』だな!」

 ――普通に全部覚えてた。さすが十二騎士……もしかしたら行った事あるのかもしれないわね。下手すればロイドも一緒に……

「ざっくり分けると人間が生きていけない環境になってるとこと、ヤバイ進化を遂げた魔法生物がうじゃうじゃいるとこの二種類なんだが、後者の方の一つ、『ラウトゥーノ』で事故っつーかなんつーか、問題が起きちまっってな。」

 豪快な勢いがちょっと落ち込んで、冗談じゃないぞまったくって感じの表情になるフィリウスさん。

 魔法生物がいるところで問題……つい最近にもあったわね、それ……

「『プラリマ』もそうなんだが、『魔境』にいる魔法生物のヤバさは尋常じゃない。ひょっこり出てこようもんならそれだけで近場の生物が全滅しかねない。勿論、人間も含めてな。だから『プラリマ』と『ラウトゥーノ』は特殊な魔法で隔離してたんだが、『ラウトゥーノ』の方の封印が一部解けかかっちまったんだ。」

「え、フィルさん、それって相当まずくない? なんでそんな事になっちゃったの?」

「簡単に言えば、S級犯罪者同士の潰し合いの余波だ。」

「うわぁ、迷惑……」

「全くだ! 人知れず潰し合えって感じだな!」

「それでフィリウス殿、その話とカーミラくん――スピエルドルフがどうつながるのですか?」

「んあぁ、その封印ってのは大昔の偉大な魔法使いがやったモンでな。だから解けそうになっちまったその魔法をかけ直せるような奴が存在しねぇんだ。現状、人間にはな。」

「! それでスピエルドルフですか……」

「ああ。だがあいつらは基本的に人間側のお願いなんざ聞かない。人間社会がどうなろうが割とどうでもいいし、俺様たちにはヤバイ『魔境』の魔法生物たちも魔人族にとっちゃそうでもないしな。」

「それは……しかしフィリウス殿が頼めば――」

「無理だな。俺様はあいつらと仲良くしてっし、ダチと呼べる奴もいるが、頼み事を聞いてくれるとしたら俺様個人レベルのモンだけだ。今回みたいな人類の存亡に関わりそうなモンは許容の範囲外ってわけだな。」

 ……そんなに……そんなに冷たい感じかしら……? カーミラは人のこ、恋人を狙うむかつく女王だしストカはむかつく胸してるしユーリはいきなり変な魔法使ってくるけど、フィリウスさんが言うような線引きをする感じじゃないわ……

「んま、大将といっしょにいるとそうは思えないだろうけどな。」

「ロイドくん……まさか、ロイドくんは――ロイドくんだけは例外……?」

「そう、そこが困ったところだ。あいつらは大将を次期国王にしようとしてて、それはカーミラちゃんだけじゃない、ほぼ国の総意ときてる。つまり、大将の頼み事だけは扱いが別物で、世界で唯一、スピエルドルフ相手に自由なお願いができちまうんだな、大将は。」

「……つまりフィリウスさんは、『魔境』の封印を直すためにロイドからカーミラにお願いさせようとしてるってこと……?」

「だっはっは、んな怖い顔するな! 言ったろ俺様だって本意じゃない。こんな、好意を利用するようなことは気分が悪いし、一度許しちまったら後々ダメになる。だが上の連中が何をしてくるかわかんねぇから、まぁ頭の隅っこにでも今の話を置いといてなんとなく警戒しといてくれってことだ。」

 上の連中……フィリウスさんが――十二騎士がそう呼ぶ相手って言ったら世界連合のトップ連中って事で、そんなの相手にあたしたちがどうこうできるとは思えないんだけど……何とかなりそうな気もしてくるのはどうしてなのかしらね……

「うむ、そういう事をしてしまうとカーミラくんがどんな条件をつけてくるかわかったものではないですからね。絶対に阻止です。」

「だっはっは! そいつは確かにな! ひっひっひ、あー、悪いが今の話を大将にもしといてくれな! だっはっは!」




 夕ご飯まではよかった。ティアナからの恥ずかしい、しかし真面目に返さなければならない質問になんとか答え、しかしてそれでは終わらなかった更なるあれこれに顔を沸騰させながらお返事をして過ごした午前中。

 ドキドキし過ぎて精神的にぐったりとしたが、これでもかという幸せ顔のティアナが作った昼食で一気に回復し、今度は他愛ない会話を楽しんだお昼。

 そして夏休みに来た時にも乗ったエアロバイクで町へ行き、ラパンにはないようなお店を巡った後、夕ご飯の買い出しをし、ちょっと憧れでもあった「料理を一緒に作る」という事をおしゃべりしながら行い、キッチンで温かい時間を過ごして迎えた夕ご飯。

 な、なんだかシシシ、シンコンサンのような一日ではあったがドキドキしたりワタワタしたりという感じではなく、オレはティアナと今日の事を振り返りながらほっこりと食後のお茶を飲んでいた。するとティアナは「さ、さてと……」と言ってふらりといなくなり、しばらくして戻って来るとこう言った。


「お、お風呂の準備……できたよ……?」


 言ってくれれば手伝ったのにと思いつつ、それなら準備したティアナが先だろうと反射的に「お先にどうぞー」と言いそうになったオレだったが……ティアナの表情を見て状況を理解した。

 その、とろんとした色気のある微笑みで……!

「あ、あの……ティアナさん? そそ、それはつまり――」

「みんなとも、いっしょ……したんでしょう……?」

 その一言でみんなとのあれこれがフラッシュバックし、抵抗しようとするも、ティアナの有無を言わさない笑みを前にオレは成す術もなかった……

 結果、決して大人数で入る為の大きさではない、二人が限界だろう浴槽の中に、オレとティアナは並んで……並んでぇぇえええぇぇっ!!

「えへへ……ふたりきり……」

 とりあえず全力でお願いしてタオルを巻いてもらったのだがピタリと触れるティアナの肩にお湯以上の熱を感じて身体が固まり、斜め下にある……ダボッとした服を着ていたり、普段引っ込み思案というかなんとなく縮こまっているせいでわかりづらいが結構な威力のある胸元が視界に飛び込み、思考が止まる。

 お、落ち着け……そうだ、こういうシチュエーションはつい最近アンジュで何度も経験して――びゃあああああ! それを思い出したら余計にダメだ!

「こ、こんな事……えへへ、すごく恥ずかしいのにね……なんでなのかな……? こういう気分、にさせちゃうのも……恋愛マスター、の……運命の力、なの……?」

「どど、どうでしょう……」

「それとも……気づいてなかっただけで、あ、あたしが元々……そういう女の子、だったのかな……?」

「ドド、ドウデショウ……」

「でもみんなが、こんな風になってるし……や、やっぱり運命の力なのかもね。それか……ロイドくんが、そうさせちゃうような男の子だったり……? もう、ロイドくんはえっちなんだから……」

「びゃひゃっ!?」

 寄りかかっていただけのティアナがタオル一枚という防御力の薄さというか攻撃力の高さの状態で腕を絡めて――これはマズイデス!

「オオオ、オレは先に洗おうかな!」

「ひゃっ。」

 現状から離脱するべく立ち上がろうとするも、そんなに広くない浴槽なのでうまい事立ち上がる事が出来ず――いや、恐らくはノクターンモードによるラッキースケベ状態の影響なのだろう、ティアナを巻き込んでザブンと倒れた。

「――!!!」

「……ロイドくんてば……」

 どこかや何かに触ってしまうという事はなかったが、気づけばタオル一枚を隔ててティアナがオレと向かい合う形に倒れ込むというか覆いかぶさるというかあちこちに柔らかな感触をお見舞いしながらオレを見つめていた。

「ゴゴゴ、ゴメンナサイ!」

「……許して、欲しいなら――」

「――んぐ!?」

 すぅっとオレの後頭部へ手を伸ばし、引き寄せると同時にオレの口を自分のそれで覆うティアナ……!

「――! ――!!」

「――ん……んん…………んはぁ……」

 ジタバタ暴れるほどのスペースもない為、されるがままに無限のような時が過ぎ、ふっと唇を離したティアナはくすりとほほ笑んだ。

「――少しの間、そのままで、いてね。」

「ほへ!? ティアナしゃん、しょれはむぐ――!!」

 先ほどよりも力強く、更なる密着度で打ち込まれる攻撃。時間が経つごとに、そして回数が増すごとに、理性が溶かされていくのを感じる……あぁあぁ、ダメだこれは……ダメなのです……



 地獄――天国のようなお風呂を終え、寝間着に着替えたオレはこれまた有無を言わせないティアナに引きずられてティアナの部屋にやってきた。かわいい小物とかわいいぬいぐるみがたくさんの部屋で、理性がほぼ溶け切っていたオレは……しかし最後の抵抗というかなんというか、近場にいた大きめのぬいぐるみを抱きかかえ、盾にするようにして部屋の隅っこに立った。それを見たティアナは、自分のベッドの上に座ってくすくす笑う。

「ふふ、そんなにしなくても……ど、どっちかって言うなら……あ、あたしの方が緊張、してるのに……み、みんなとのあれこれ……で、経験豊富になっちゃったロ、ロイドくんがリードしてくれないと、ダメ、だよ……?」

「ソウ言われマシテモ! コレバカリハ!」

「そんなこと言って……みんなの話で、知ってるん……だからね……? 始まっちゃったら……ロ、ロイドくんがその気になったら……すごいって、こと……」

「シュゴヒ!?!?」

「で、でもね……あ、あたし、思ったの……みんなとの色々でたくさん、経験して……そ、その上ロイドくんには、吸血鬼の技術……が、あって……普通にやったらきっと、あ、あたしはロイドくんにやられっぱなしで……ロ、ロイドくんにあ、あたしを印象付けるっていうか、心の中を……あ、あたしだけでいっぱいにするような状態……にはできないかもって……」

「すでにいっぱいいっぱいですが!?」

「それで……あ、あたしの……個性って、言うのかな……あ、あたしだけの――あ、あたしだけとの時間を作るにはどうしたらいいかって……考えたの……」

 瞬間、盾として抱きしめていたぬいぐるみが意思を持ったかのように動き、オレはベッドの方に放り投げられた。

「だぼふっ!」

 恐らく形状の魔法を使ってぬいぐるみを動かしたのだろう。なんだかベッドに投げられる事の多いオレは顔面からの激突からすぐさま起き上が――ろうとしたのだが、仰向けになったオレの視界に入ったのは、オレの事をう、馬乗りの一歩手間、膝立ちで見下ろすティアナの――「ドキッとする」を少し通り越してゾワワとする妖艶な微笑み……!


「今から朝まで、あ、あたしの言う事を聞かなきゃ、ダメ、だからね……?」




「おま、お前! ぶひひ、だははは! マ、『マダム』相手に、だっせーの! あっはははは!!」

『私がださいと言うのならそれはアフューカスのせいだぞ……』

 様々な機械が並ぶ「研究室」という表現がピッタリの近未来的な空間で、ドレスの女が爆笑していた。

「ださいかどうかはともかく、ここまでの状態になったところは初めて見るな。良いのかヒメサマ、ワレがやって。」

 笑い転げるドレスの女の横で何かの装置を動かしていた老人がそう尋ねると、ドレスの女はお腹を抱えながら答えた。

「ひひ、ひ、おいおい一体いつの話だと思ってんだ? 今のあたいがなんとかできるわけねぇだろバカ! あひゃひゃ!」

『ヒドイ話だ……』

 いつもドレスの女の近くに立っているフードの人物の呆れた声が、老人の動かす装置についたスピーカーから漏れ出る。

『すまないなケバルライ。彼女の治療をしていたのだろう?』

「コルンの事か? あれは治療ではない、進化への対応だ。ヒメサマの血によって暴走していたが、これまたヒメサマが持ち帰ったどこぞの立派な魔法生物の腕のおかげで安定した。《フェブラリ》の雷の力もより馴染み、単純な戦闘能力ならば十二騎士にも後れを取るまい。」

『……それにしては随分と怯えているようだが?』

 フードの人物の言葉に老人は部屋の隅へと視線を移す。そこには外見の年齢で言えば十歳くらいの少女がおり、物陰に隠れて老人たち――いや、ドレスの女を睨んでいた。

「ヒメサマにボコボコにされたのを覚えておるのだ。肉体的には十二騎士クラスでも内側は公園を走り回る女児だからな。」

『トラウマのようなものか。アフューカスの得意分野だな。』

「ひー、ひー、あたいはんなもんを特技にした覚えはねぇぞ。おいケバルライ、どれくらいでこいつはなおんだ?」

「ふむ……『マダム』相手にこの程度なのかアルハグーエにここまでのダメージをと言うべきなのかわからんが、一か月はこのままだな。」

「あぁ!? ふざけんな、他のS級の駆除は誰にやらせんだアホ!」

「それはしばらくお休み……いや、待てよ。ヒメサマ、その件、コルンに任せてはもらえないだろうか。」

「あぁ?」

 ドレスの女が部屋の隅の少女をギロリと睨むと、少女は物陰に隠れ――るのではなく、その場で霧のようになって姿を消した。

「まだまだアルハグーエの足元にも及ばぬが、S級に分類される連中全てにアルハグーエ並みの戦闘力が必要なわけではないだろう。つまりは……S級の中でも雑魚に分類される連中をコルンにやらせてもらえないか?」

「あのガキンチョでもできるってんならやれ。そもそもあたいに許可なんか求めねぇでやれんならお前もやってこい。恋愛マスター探しのついでに――っつーか恋愛マスターはどうした! どいつもこいつも使えねぇ!」

『そう言ってやるなアフューカス。相手は王の一人だぞ。』

「知るか! 欲しいモンが欲しい時に手に入れられねぇなんざ悪党の名折れだろうが!」

「ムリフェンはだいぶ近づいたようだが、どうも他の面々はツァラトゥストラで暴れる小悪党や『罪人』、件の『マダム』の影響下の者が邪魔になっているようだぞ。巡り巡ってヒメサマのせいかもな。」

「小物相手に躓くあいつらがゴミなんだろうが! あのクソババア、アルハグーエじゃなくてあたいがやりゃあよかったぜ!」

 八つ当たりに装置を二、三個破壊して部屋から出ていくドレスの女。それをひひひと嫌味な笑みを浮かべて見送った老人は、装置に視線を戻す。

『しまったな。この上先の戦闘で『魔境』の封印に影響を与えたせいで厄介事が増えるかもしれないなどと言ったらアフューカスがキレてしまう。』

「ワレとしては嬉しい限りだ。あそこの魔法生物は興味深い。」

『下手をすれば『マダム』以上の強敵だぞ?』

「ますます興味深い。そういえばお主、『マダム』との戦闘で町を消してしまったのだろう? そこの人間は全て蒸発してしまったのか? 残骸が転がっているなら回収して実験にでも……」

『いや、そうなる前に……あれは恐らく『マダム』の部下だろうが、全住民を保護していた。随分悪党らしくない行動だが。』

「保護とは違うかもしれんぞ? あのバーナードと話の合う『マダム』だからな。使い道あってこその行動である可能性が高い。」

『あの数を全てか? 恐ろしい大食漢だ。』

「『マダム』は女だぞ。大食いなのは否定しないが。」

『女……アフューカスといい、どうしてこう女は強いのだ?』

「当然だろう。男が上なのは筋力だけで、全体的な強さは女の方が圧倒的だ。」

『妙なフェミニズムなことだ。』

「はっはっは、モノの価値を正しく判断しているに過ぎない。なんならこれを機にお主の身体を女方向にシフトさせようか? パワーアップするかもしれんぞ。」

『やめてくれ……』




「もう少しゆっくりお召し上がりください『マダム』! 傷に障ります!」

「その傷を癒すために身体が欲している……! ドンドン持ってこさせよ!」

 やわらかな光が照らす厳かな空間。桜の国にて主流となっている畳が敷き詰められ、壁に墨でかかれた文字や絵が並ぶ広間の最奥、一段高い厚畳の上に一人の女が座っていた。

 背後の床に自身の長い黒髪を広げ、頭や顔、腕などに包帯を巻いて着流しのような簡素な着物を羽織っている。帯は結んでいるのだがそれ以外に何も身につけていない為に胸元があらわになっているのだが、そこに女性らしい部位は存在していなかった。

 代わりにあるモノは巨大な口。胸から更に下まで縦に避けた巨大な口に、その口の中から伸びた無数の腕が畳の上に並べられた大量の料理を休むことなく放り込んでいる。そんな異常と呼べる光景を前に、しかし女の近くに立つ男はそれを心配そうに見つめていた。

「他の凶星ならば始末できる自信があるが、やはりアルハグーエは別格……準備不足だった。しかしこの傷と引き換えにあの怪物をしばらく動けなくできたと思えば多少の釣り合いもとれるだろう。」

「そんな、『マダム』! ご自身を犠牲になどしないで下さい!」


「そいつの言う通りだぞ。言い出しっぺ――方向のまとめ役がそんなんじゃ困っちまうだろう?」


 そう言いながら広間に入って来たのは奇妙なモノを身につけた男。青い長髪をオールバックにして後ろで複数に結び、ラフな上下にポケットが大量についているベストとパンパンにふくらんだウエストバッグを身につけているところまではそれほどおかしくないのだが、目の部分にメガネでもゴーグルでもない、表面の一部がライン状に光る四角い箱のようなモノをつけていた。

「というかもう少しきちっと食事できないのか……」

 レンズにあたる部分が無いので前が見えるとは到底思えないのだが、男は女が散らかした皿やそれが乗っていた盆を綺麗に並べ始めた。

「まとめられる気もないのによく言う。しばらく連絡が取れなかったのはどこの誰だったか。」

「あー、それは悪かった。オレのちょっとした因縁の方向的に欲しいモノがあったんだ。まぁ、思いがけない邪魔のせいでゲットできなかったんだけどな……っと、こっちもか……」

 せっせと食器を綺麗に並べていく男を数秒眺め、巨大な口による食事はそのままに女はため息をついた。

「それでも、こうしてここに戻るあたりは他の二人よりも協力的と言うところか……」

「そりゃあ仕方ない。片方はあんたみたいに一つの組織のトップだし、もう片方はあのザビクの後継を名乗るような超慎重派。一緒に頑張ろうっつっても微妙に方向が合わないのは当然さ。というかあんたこそ一人で突っ走ったみたいじゃないか。アルハグーエとやり合ったんだって?」

「事前に言っておいただろう。必要な事だ。倒す事はできなかったがもう一つの目的は果たした。次はお前の出番だぞ。」

「ホントに開けたのか。アルハグーエの火力を利用する方向で行くとか無茶な事言ってるなぁと思ってたんだが、そのケガと引き換えにやったわけだ。さすが『マダム』。」

「無駄にはしてくれるなよ。」

「わかってる、目的の為だ。しかし……」

 言いながら男が腕を組むと、男が整理していた全ての食器がふわりと宙に浮き、同時にその内の一つが視認不可能な速度で放たれ、女の背後の壁に突き刺さった。

「さすがに無防備が過ぎるんじゃないか? 協力関係と言っても、お互いに凶悪が頭につく犯罪者――そんな肌着一枚の姿をさらして、オレに襲われても文句は言えないぞ?」

「――! 貴様、『マダム』に対して――」

「落ち着け。」

 傍にいた男が一歩前に出ようとしたところを女が制する。

「今のあたくしを見て無防備と判断している時点で問題はない。」

 何でもないような顔で女がそう言うと腕を組んだ男の表情が変わり、突然胸を押さえて膝をついた。

「か――は――」

「逆に言っておこう。協力関係、S級に分類される犯罪者同士とは言え、あたくしたちの間には力の上下関係がある。そっちこそ、無防備が過ぎるんじゃないか? そんな軽装であたくしの前に立つなど。」

 女が言い終わると同時に男はせき込み、ニヤリと笑みを浮かべて立ち上がった。

「これはこれは……おっしゃる通りだな。失礼した。」

「お前の仕事、きちんとこなしてくれるな?」

「ふふ、ああ、もちろんさ。あんたはゆっくりとそのケガを治してくれ。」

 ひらひらと軽く手を振りながら男が広間から出て行くのを眺めていた女は、ふと視線を下にして眉間にしわを寄せた。

「……畳の上に土足で上がるなと何度も……」




 ロイドがティアナとのお泊りデート……に出かけて、フィリウスさんがやってきて『魔境』の事を話した次の日の夕方。時計と睨めっこして時間になった瞬間にリリーが『テレポート』して二人を連れて帰ってきた。

「ただい、ま……行きも帰りも、ありがとうね……リリーちゃん……」

「そんな事よりもロイくんとの事! 全部話してもらうからね!」

「そうだぞ二人とも。この一泊二日で何をしてきたのかをじっくりと……む? ロイドくんは一体どうしたのだ?」

 お泊りデートから戻って来るロイドは大抵、魂が抜けたような感じで真っ白になってるんだけど……今回はなんか違った。

 ティアナがニコニコ顔でツヤツヤしてるのはともかく、ロイドはずっとうつむいてる。耳が真っ赤だから顔もそうなんだろうけど……なんか変ね。

「あ、あれ……ロ、ロイドくんてば……も、もういいんだよ……?」

 うつむくロイドの顔を覗き込みながらティアナ言うと――

「はひっ!」

 ロイドは急に敬礼の勢いで背筋を伸ばしてとてもいい返事をした……なにこれ?

「……あんた、ティアナと何した――っていうか何されたわけ……?」

 あたしがそう聞くと、真っ赤なロイドは声の出ない叫び顔になって固まり、そして両手で顔を覆ってまたうつむき、わなわなしながら震える声で答えた。

「い、今までとは違うとイイマスカ……レベルというか次元というか、そそ、そういうモノが一つ上で……オ、オレはあんな……そんな……あれを……それを……」

 びゃあーとかああああとか言わないで静かに震えるロイドは今までと明らかに違う……一体何をされたらこうなるのよ……

「む、むむ? ティアナ? ロイドくんにな、何をしたのだ……?」

「え、えっと……」

 ちょっと青くなったローゼルにそう聞かれたティアナはなんて言えばいいのかを考える風な表情になって、そして……ローゼルが自慢する時みたいな「ふふーん」って感じの顔に妖艶さを追加したような顔で笑った。


「あ、あたしの事を、ロイドくんに……刻み込んだ、感じかな……」


 普段のティアナにはないけど時々顔を出す妙な圧に思わずごくりと唾を飲んだあたし。ティアナとのお泊りデートはまずい気がするってローゼルが言ってて、あたしもそんな気がしてたわけだけど……よ、予想以上の何かが起きたんだわ……

 ひ、人の恋人相手に…………そ、そうだわ!

「ふ、ふん……何したか知らないけど……それはその内……あ、あたしにも――」

「びょえぇっ!?」

 ロイドとした我ながらや、やらしい約束を引っ張り出したらうつむいてたロイドがものすごい反応をした。

「エエエ、エリルとアレを!? エリル相手に!?」

 それを想像でもしたのか、もうなんて表現したらいいかよくわからない変な顔になったロイドは――

「――ぶはっ!」

 ――鼻血をふいて倒れた。

「なにっ!? 様々な経験によってわたしたち相手だと鼻血が出なくなってきていたロイドくんが!? こ、こらティアナ! 本当に何をしたのだ!」

「なにって……え、えへへ……」

「そ、そんな……まさかティアナちゃんがボク以上の事を……? ダ、ダメなんだから! ロイくん、ボクにも同じことやって!」

「商人ちゃん、そんなに揺らしてもロイド気絶してるってばー。でもほんと、何したらこーなるんだろーねー。スナイパーちゃんってばえっちなんだからー。」

「う、うん……お、思い返すとそう、思う……けど……」

 さっきの妖艶な笑みを浮かべたのと同じ人物とは思えない、純真無垢で幸せいっぱいの笑顔でティアナは呟く。


「すごく……素敵な、夜だったよ……」


「ぬあああ! こうしてはいられん! 起きるのだロイドくん! ティアナとのデート内容を白状してその全てをわたしにもするのだ! 今すぐに!」

「ボク今日ロイくんと寝る!」

「うーん、これはさすがにやばそーだねー。ロイドー、とりあえず一緒にお風呂入ろー。」

「あんたら勝手なこと言ってんじゃないわよ!」

 余裕たっぷりの笑顔のティアナをよそにロイドを取り合うこと数分、あっちこっちに振り回されても起きないロイドが割と大ダメージってことに気づいたあたしたちは、とりあえず魂の抜けた人形状態のロイドをベッドに転がした。

「ええい、押せば倒れるロイドくんに聞くのが一番早いのだが――ティアナ! 何をしたのか話すのだ!」

「えへへ……き、きっとすぐにバレちゃうだろうから……そ、それまではあ、あたしだけのヒミツ……だよ……」

 そのヒ、ヒミツを思い出してるのか、幸せそうに照れながらニコニコするティアナ……!

「まー、すっごい気になるけど普通は人に話さないよねー。優等生ちゃんとかが変なだけでさー。」

「ぐぬぬ! わたしにも記憶の魔法が使えれば……!!」

 たぶん、つい最近それの使い手を見たから自然と出たんだろうその言葉を聞いて、あたしは――いえ、あたしたちふいにある事に気がついた。

「……ティアナちゃんとの夜は気になるけど……ボク、今どうしても確認したい事ができちゃった……」

「……奇遇だなリリーくん。このような危機的状況だというのに一瞬で頭が冷えるような疑問が、わたしにも浮かんだぞ。」

「……まさかねー……でもねー……」

「……もしもそうだったら……燃やしてやるわ……」



 数分後、気絶してるロイドはともかく、今のティアナと二人きりの状態にはしておけないからニコニコ顔のティアナを引きずりながら、あたしたちは男子寮にやってきた。

 男子が女子寮に入るのは禁止されてるけど、その逆については何も言われてないから、女子寮と同じように出入口にある、どの部屋に誰がいるか書いてある地図から目当ての奴の部屋を確認したあたしたちは――


「――!? にゃ――なんだお前ら――」


 そいつの部屋に押し入って問答無用で外に引きずり出し、リリーの『ゲート』で部室に強制移動。椅子に座らせた後、ローゼルが手足を氷で固定した。

「いっちゃい――一体なんなんだいきなり! ま、まさか『コンダクター』の過去を暴いたからお前たちが報復を!?」

 椅子の上でジタバタしてるのはこの前ロイドと選挙戦をした男子。現生徒会の庶務で次の生徒会でも庶務を狙ってロイドと戦い、記憶の魔法でロイドのあの過去を引っ張り出した奴――ラドラ・クルージョン。

「ありぇ――あれは俺にとっても予想外だったんだ! まさかあんなモノが――ひぃっ!」

 いつの間にか後ろに移動したリリーがラドラの首に短剣をピタリとそえる。

「聞きたい事は一つだけ。こっちの質問にだけ答えればいい。理解した?」

 ものすごく冷たい声と真っ黒な気配――完全に暗殺者となってるリリーの言葉にラドラは無言で何度も頷いた。

「では一つ確認させてもらうが、記憶の魔法でロイドくんの頭の中を覗いた時――」

 一歩前に出て、リリーに負けないくらいに温度の低い顔でラドラを見下ろすローゼルは、それだけで気温が下がりそうな声色で尋ねた。


「わたし――わたしたちとロイドくんとの愛の時間の記憶を、よもや覗き見してはいないだろうな?」


 そう……あたしたちが気がついたのはそれ。記憶の魔法がどういうモノかよくわからないし、ロイドのあの過去を引っ張り出した時の反応からして好きな記憶を好きなように見られるわけじゃないとは思うんだけど、こればっかりは確認せずにはいられない。

 同じように……いや、それもムカツクけど、ロイドの事を好き――なローゼルたちがあたしとロイドとの……その、あれこれを知るっていうのは……ギリギリ許せる――気がする。

 けどこんな第三者に覗かれたのなら、こいつは灰にしなきゃいけないのよ。


「な――びゃ、バカを言うな! そんなモノ、覗けるわけがないだろう!」

「そんなモノ、だと……?」

 バキンッと、手足だけだった氷がラドラの首から下を全て覆う。

「みゃ――待て! 悪い、言葉のあやだ! き、記憶の魔法について詳しく知らないなら、そ、そういう誤解も仕方がない! きちんと説明する――から、ここ、この氷は何とかして、くれ! 凍えてしまうぞ!」

「凍死する前に話せばいい。」

 ゾッとする表情でそう言ったローゼルに顔を青くしたラドラは、口早に記憶の魔法について説明を始めた。



 一口に記憶と言ってもひと一人の頭の中にある記憶の量は膨大で、記憶の魔法の使い手は大抵それを海に例える。

 どこまで行っても水平線しかなくて、どこまで潜っても海底に辿り着かない。そんな広大な記憶の海から特定の情報にアクセスできるのはその海を管理している者――つまりは記憶の持ち主だけらしい。

 だけどその記憶の海には、外から覗きにきた記憶の魔法の使い手でも判別できるモノが二つだけある。

 一つは木とかボールとか、色んな形で海の上をぷかぷか浮いてるモノ。これは「意識下にある記憶」って呼ばれてて、テストの為に勉強した内容みたいに、本人が意識的に忘れないようにしてる記憶らしい。

 特定の人物しか知らないような事――例えばその人物が忘れないようにしてる機密情報なんかを得るために、この浮いてるモノを片っ端から拾ってそれを探すっていうのが記憶の魔法の主な使い道なんだとか。

 で、もう一つは……海の中から顔を出してる岩山や氷山っていう形をとってる記憶。これは「無意識下にある記憶」で、本人は忘れてるけど頭の中には確かにある記憶や、忘れようとしてる記憶がこれにあたる。

 前者の方――覚えてないけど記憶は確かにそこにあるっていうのは、つまり封印された記憶の事。あまりにひどい出来事から自分の心を守る為に、もしくは魔法とかで手を加えられた結果そうなったそれらの記憶は、ラドラが言うにとんでもなく重たくて頑丈だから、覗いて拾い上げる程度が精いっぱいの記憶の魔法じゃ手が出せないらしい。

 後者の方は、心を守る為に封印するほどじゃないけど本人にとっては忘れたい事――つまりは思い出したくない嫌な記憶。何かが嫌いになるキッカケとか、それこそトラウマの原因とかがこれで、こっちの方は記憶の魔法で引っ張り出す事が割とできてしまうらしい。

 つまりロイドにとってあの記憶は……忘れたい記憶ではあるけど、封印して無かったことにしてしまう事はできない記憶――って事になるのね。


「いじゃ――嫌な事ほどよく覚えているモノで、忘れたと思っていても、なな、何かをキッカケにすぐに顔を出す……だからああいう形になっている、のだと、魔法学者はい、言っているな……」

 ぶるぶる震えながらそこまで説明したラドラに、だけどローゼルは表情を変えずに質問を続ける。

「では、わたしとロイドくんの愛の時間のような記憶はどうなるのだ? 記憶の魔法で覗く事は不可能なのか?」

「む、無理だ……本人にとって良い記憶というのは、かか、数ある、き、記憶の中でも最も広く、記憶の海に広がる……そういう記憶は、頭と、ここ、心の栄養だからな……せ、積極的に広がるように、でで、できているのだ……そ、そうして広がってしまった記憶を引っ張り出すなど……い、一度海に溶けた数ミリリットルの溶液を再度回収するのと、どど、同義で、不可能だ……」

「ふむ。」

 良い記憶ってところに少し表情が緩むローゼル……

 ま、まぁあたしとのあ、あれとかそれが良い記憶じゃなかったりしたら……あのバカ、殴ってやるわ。

「一応ウソの場合を考慮してあといくつか裏付けが必要だが……一先ずは解放してやろう。」

 ローゼルがパチンと指を鳴らし、砕けた氷の中から出てきたラドラは、縮こまってぶるぶる震えた。

「うちゃ――疑り深い事だ……良い記憶の抽出が可能、なら……他人の情事で商売する者が、あ、後を絶たない、だろう……それに、すす、少なくとも、の、覗いたが最後、こ、こんな目に遭うと言うのなら、お前たちの記憶など、見たいと、思わない……」

「気色の悪い趣味の奴っているもんだからね。きみがそうじゃない事を祈るけど――ついでにもう一ついいかな。」

 再度突きつけられる短剣に声を失ったラドラに、怖い顔のままのリリーはこんな事を聞いた。

「ロイくんの記憶を覗いた時、たぶん封印されてるタイプの記憶は一つ――いや、二つで、嫌な記憶は一つだけだったと思うけど、もしかして他にも何かあった?」


 ロイドの封印されてる記憶。一つはスピエルドルフ絡みの件で、ロイドとカーミラが右眼を交換した理由とか、次期国王とまで言われてるわけがそれにあたる。恋愛マスターのちょっとしたミスで封印されたっていうから……たぶん、ラドラの表現で言えばとんでもなく重くて頑丈にできちゃってる記憶ね。

 もう一つは……たぶん、あの過去の記憶に関する事。ロイドの記憶では……その、妹のパムは死んだ事になってるんだけど実際は違ってて、あの時の真実――って言えばいいのか、そういう感じのモノが……封印されてるとしたら、重くて頑丈で手が出せないタイプの記憶になってるかもしれないわね。

 嫌な記憶は勿論、あの過去で……もしもそれ以外に何かあるんだとしたら、それはあたしたちが知らないロイドの過去って事になるわ……

 な、なんかそれこそ勝手に覗き見してる感じだけど、気になるのも事実――よね……


「て、手の出せない記憶はた、確かに二つだった……が、い、嫌な記憶というのは誰にでも、そそ、それなりの数あるものだ……い、一番大きいモノを引っ張り上げたら、あ、あの凄惨な過去だったわ、わけで、あのレベルのモノは他には無かったが……小さいモノは、い、いくつかあった、ぞ……」

「ふぅん……見てみたりしたの?」

「ひ、一つ、二つ……だ、だがあの記憶が圧倒的で、デカかったからな、あ、あれを選んだ……」

「……その一つ二つの中、何があったの?」

「く、詳しくは見ていない……軽くも、持ち上げてみただけだからな……あ、ああ、そういえば片方を持った時に……」

 リリーに睨まれてそっちの意味でも震えてるだろうラドラは、あたしたちの間に電撃の走る事を言った。


「エリカ……と、という名前が、出てきた、な……」

『ビックリ箱騎士団』の彼女たちとの夜を制覇したロイドくんです。

ヒロインの人数や、彼女たちとどこまで関係が進むかという事などは何も決めずに書いていたのですが……ここまでの事になるとは、フィリウス同様に私も驚きです。ここまでくると女王様がどうするか、気になるところです。


休みが明けると、選挙戦は会長候補者の戦いに突入します。ロイドくんを当選させようとするデルフさんの策略も気になるところですが、この章は私にしては珍しい、ある人物についてちゃんと書きたいなという予定のようなモノがあって、それについて触れ始める気がしますね。


裏では新たな悪党が登場したり、『魔境』というエリアの存在も明らかになりました。

ちなみに、『魔境』の七つの場所の名前はとある単語をとある言語で表した時の読み方が元ネタです。

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