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騎士物語  作者: RANPO
第九章 ~選挙戦~
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第六十八話 会計の集計

ロイドくん自身の選挙について考える為、ロイドくんの評判調査が始まります。

「やはり人の域を超えた存在との戦闘では多くの前提が崩れるな。騎士の仕事の大半は対魔法生物なのだから、しみついてしまっている対人戦闘からの切り替えをできるようにならねばな。」

「それが混ぜこぜになんのが召喚魔法ってわけだろ? 前のラコフみてーに自分で変身すんのとはまたちげーから面倒だぜ。」

 レイテッドさんとオレたち『ビックリ箱騎士団』の手合わせ。その初回である今日はレイテッドさんが言った通りアレクとカラードの二人と模擬戦を行ったところで終了し、オレはその二人と一緒に男子寮の大浴場に来ていた。

 二人との戦いからレイテッドさんは色々と気づきを得たようで「明日もお願いしますね」と満足そうに帰って行ったのだが、強化コンビの方は第六系統の魔法を前にイマイチ攻めきれなかった点を思い返して反省会を開いていた。

「近接においては重力の魔法も厄介だったな。向きや身体の重さをああも変えられるといつも通りには動けない。魔法の気配を読んであれを食らわないようにできれば……」

「あー、それは俺の一番苦手なやつだ。リズムってのをつかんでなんとかしてぇな。」

「でも二人とも、レイテッドさんの重力魔法を受けても動けてたぞ?」

「あれは見てわかる通り無理矢理だ。おれもアレクもいつも以上に魔法の負荷を受けている。避けられるならその方がいい。」

「そうだぜ。つーかロイドの場合はあれくらったら致命的じゃねーのか? 剣飛ばせなくなんぞ。」

「それは交流祭でポリアンサさんと戦った時に経験したよ……二人が無理矢理やってようやく動けるような重力をかけられると曲芸剣術を完封されそうな気がするな……」

 銃や弓矢もそうで、何かを飛ばして相手にぶつけるという攻撃は第六系統が相手だとどうしようもなくなるのではなかろうか……

「どうすればいいのやら……」

「その答えを、もしくは手掛かりを見つける為の手合わせだ。それにロイドが生徒会のメンバーになった場合はあれほどの使い手が常に身近にいる状態になるからな。天敵になるかもしれないタイプを相手に修行を重ねられるぞ。」

「天敵か……ううん、そう考えると生徒会の魅力が更に――」


「生徒会を目指すのか、ロイド・サードニクス。」


 他にも生徒がいてガヤガヤしている大浴場に割と大きめの声でそんな一言が響いた。

「一体どれほど奪えば気がすむのか……あの人の言った通りだったな。」

 オレたちが浸かっているお湯の外、一段上のへりに立つその人物はローゼルさんがお風呂に入る時にやるように――いや、それを知っているオレもあれだが……長い髪をくるくる巻いてタオルで固定するあれをして、他は隠さずに堂々たる仁王立ちでオレたちを見下ろしていた。

 というか何だ……奪う?

「しかしいい機会だ。選挙に出るというのなら公式戦ではないがきちんと形式の整った勝負ができるというモノ。それに他の立候補者は仲間に引き入れる形での利用を考えているようだが、おれの場合は敵対の形でこそ有用。」

「え、えぇっと――」

「いきなりなんだお前。」

 一人で語り始めた謎の人物相手にどうしたものかと思っていると、アレクがザバッと立ち上がってその人を睨んだ。裸のアレクは――あ、いや、変な意味ではなく、そのムキムキさが目立って普段以上の迫力になり、謎の人物も少し気圧されたようだった。

「……お前とは失礼な奴だな。おれは二年生、先輩だぞ。」

「は、風呂場でどうやって判断すんだよ。それともお前は有名人なのか? わりぃが覚えがねぇぜ。」

「狐風情が、光る虎がいるとなかなかの態度に――いや、取り巻きに用はないのだ。ロイド・サードニクス。」

「へ、は、はい……」

「それで、お前はどの役職を目指す? お前の事だ、今以上のハ――状況を作る為に生徒会長を目指すか?」

「え、いや、あの、オレはまだ――」


「サードニクスくんなら庶務と言ったところだろうね。」


 そう言って登場したのは長い銀髪を結っている、知っていないと男湯に女子が来たのだと誤解しそうな見た目のデルフさん。肩にタオルをかけ、腕組みでこちらも堂々とした立ち姿。

「様々な経験ができるし、他の役職に比べると部活との両立もしやすい。そうじゃないかな、サードニクスくん。」

「そ、そうですね、立候補するとしたら庶務かなぁとは思ってますけどまだ――」

「両立とは聞こえがいいが、要するにたらしこんだ者を手近に置いておきたいだけだろう、スケコマシめ。」

「へ?」

「聞き捨てならないな。きちんとした確認もせずにおれたちの友人を悪く言わないでもらいたい。」

 そう言ってザバリと立ち上がったカラード。身長はオレと同じくらいだが引き締まった筋肉で圧のあるシルエットになっている。

「さっきも言ったが取り巻きに用はなく、重要なのはおれとロイド・サードニクスが選挙に出るという点だ。」

「あの、だからオレは――」

「だけど君とサードニクスくんでは立候補する役職が異なるんじゃないかな?」

「……基本は対立する立候補者同士の勝負でしょうがルールとして定まってもいないでしょう。互いに利があるのなら試合は組めるはずです。」

「だ、そうだけどどうなんだい、選挙管理委員長。」

 言いながらデルフさんが顔を向けた先、ティアナがお風呂に入る時みたいに――いや、それを知っているオレもあれだが……おりきった前髪のせいで目元が隠れているこれまた謎の人物が登場した。

「普通なら二年が一年に挑むなんて印象悪い上に負けたら最悪だが、その一年が勲章までもらってる実力者ってんなら話は変わる。一年からしても、上級生に勝てたならプラスにしかなんねぇだろうしな。こっちとしちゃ試合を組む事に異論はねぇ。だがデルフ、この場合は……」

「まあ、僕の理想からは離れるかもしれないけれど、これはこれで面白いじゃないか。」

「てめぇなぁ……」

「選挙管理委員長直々の了承が出た。選挙戦という場を借り、踏みにじられた数多の想いをお前に刻み込んでくれる。」

 これから何かをかけた熾烈な戦いが始まる――という風な事をビシッと言い放った謎の人物だが何が何やらというオレはどう答えるべきかわからず口をパクパクさせる。

「おいおい、セリフ決めてそのままいなくなりそうだが結局お前は誰なんだよ。」

「……どこまでも失礼な……ふん、覚えておけ。」

 頭に巻いていたタオルを取り、その内側から紺色の長い髪を舞わせながら謎の人物は名乗りを上げる。

「おれは二年生、スオウ・キブシ。同志たちの代表としてロイド・サードニクスに天誅を下す者だ!」

 いつの間にかギャラリーの増えた一角、お湯の中に座っているオレを囲んで立つ五人の裸の男たちの間にそんな一言がこだました。



「という事で選挙参加おめでとう、サードニクスくん。選挙管理委員長が「後で持ってくるの待つよりはオレが代筆しちまった方が早い」って言ってたから書類は持っていかなくて大丈夫だよ。」

「全然大丈夫じゃないんですが!」

 大浴場を後にして男子寮を出たオレたちとデルフさんは、学院の真ん中辺りにある噴水でさっきの――オレが何かを言う前に色々と決定してしまった何かについての話をしていた。

「いつの間にか庶務を目指す感じになってるのもアレですし、あのキブシっていう人はなんか怒ってましたし……」

「名前からわかるかもしれないけれど彼は桜の国、ルブルソレーユの出身でね。武器は刀で、あちらでは有名な道場でその腕を磨いたそうだよ。レイテッドくんを脅かす強敵の一人だからね、サードニクスくんも頑張るのだよ。」

「そうですか――あ、いえ、そうじゃなくて……」

「怒っているのはそもそも筋違いだと思うのだけど、たぶん彼をけしかけたのは風紀委員長だね。彼そういうの得意だから。」

「ふ、風紀委員長? という事はあの話が絡むんですか……?」

「ふふふ、詳しくはレオノチスくんとビッグスバイトくんに……ああいや、今となっては二人も『ビックリ箱騎士団』の括りだから微妙かもしれないね。となるとこの手の事に詳しい人に話を聞くといいかな。カルクくんは覚えているかい?」

「ま、まぁ一緒の授業がありますから……」

 カルクさんはランク戦でエリルと戦った第十一系統の数の魔法の使い手だ。オレたちと同じようにAランクなので、クラスは違うがランクごとの授業では顔を合わす。放送部所属でランク戦では実況をやっていたけど……そういえば情報通な感じだったから、色々知っているかもしれないな。

「サードニクスくんに関わっていながらも何もないとは珍しいが、今回に関して言えば丁度良い。しっかりと状況を把握し、選挙に臨むのだ。応援しているからね。」

 色々と引っ掻き回したというか、むしろさっきの事はオレを選挙に参加させる為に計算してやったのではという疑いすらあるデルフさんは、鼻歌まじりで男子寮の方に戻って行った。

「ふむ……会長はああ言ったが、一応おれたちでも調べておこう。蚊帳の外ではあるかもしれないが、噂話くらいは挟めるだろう。まぁ、予想はつくが。」

「だな。どーせ前からあった流れが大きくなっただけだろ。」

 心当たりのありそうな二人とわかれ、オレは女子寮の方に戻る。今さらながら「女子寮に戻る」ってのがなんだかあれだが……とりあえずカルクさんだ。



 寮の入口には各部屋に誰が住んでいるのかがわかる地図があり、その人の部屋に行った事がなかったり、そもそも面識が無かったとしても訪ねる事ができるようになっている。これはランク戦などを観戦して誰かに何かを教わりたいと思った時にそれができるようという事らしい。

 んまぁ、残念ながらそういう理由でも男子が女子寮を訪問するというのは禁止されているのだが……しかしそうなるとちょっと前まで庭で朝の鍛錬に参加できていた強化コンビは寮長さんから随分と信頼されていたのだな……

「……そういやオレ、結局寮長さんには会えてないな……」

 カルクさんの部屋の場所を確認し、普段は行かない女子寮の奥――ローゼルさんとティアナの部屋に行く時以外は足を踏み入れない領域へ進もうと地図から廊下へ身体を向けた時、オレはすぐそばに誰かが立っている事に気がついた。


「ひひひ、ようやく会えた感想はあるかい、坊や。」


 それは小柄なおばあさんで、真っ白な髪もしわの目立つ顔もまさしくという感じなのだが、黒い……こういうのはワンピースタイプ? と言うのか、上から下までスッポリな服の上に白いストールを巻き、頭に丸い眼鏡を乗っけてスタイリッシュな立ち姿で壁に寄りかかる様はかなりカッコイイ。そんなクールなおばあさんがニヤリと笑ってオレを見ていた。

「えぇっと……あ、もしかして寮長さんですか……?」

「ご明察。こっちの都合と坊やが一人になるタイミングを見計らってたらこんなに遅い挨拶になっちまった。モテる男は大変だねぇ、えぇ?」

「す、すみません……」

 ……? なんだろうこの感覚……どうにも初対面な気がしない……

「あの、どこかでお会いしましたでしょうか……?」

「おやまあ、随分だね。こんな美人を忘れるたぁヒドイ男だよ。ま、あの時はアレだったから仕方ないと言えばそうなんだが……そうだねぇ……」

 何かを考えるようにあごに手を当てること十数秒、おばあさんは右腕に力こぶを作るような動きをしながらこう言った。

「フィリウスの馬鹿は元気かい?」

「!」

 瞬間、フィリウスとの旅の中で出会った色々な人たちの中から一人のおばあさんの記憶が呼び起された。

「もしかしてオレガノさんですか!?」

「よくできました。思い出せなかったら殴ってたよ?」

「いや、だって見た目が……し、しぼんでいるというか……」

「ひひひ、その言い方は面白いな。あの馬鹿とやりあうには本気出さねぇとだからああなったが、普段はこっちなんだよ。」

「そうなんですか……お久しぶりです。」

「おう。坊やは今夜のお相手でも吟味してんのか?」

「お相手?」

 イマイチ言葉の意味がわからず、さっきまで眺めていた地図に目をやったオレは――

「――! そそそ、そういうんじゃないです!」

「そうなのかい? 『淫靡なる夜の指揮者』様よ。」

「その呼び方やめてください!」

「ひひひ、冗談だ。坊やがそういうことをするとしたら好き合う女にだけだもんね。」

「びゃ、びょ、ややや、それは――」

「ひひひ。んで、坊やはどうしてそれを眺めてたんだ?」

「……ちょっと話を聞きたい人がいるんです……」

「そうかそうか、新たな愛人候補かい?」

「オレガノさん!」

「ひひひ。」

 心底楽しそうに笑ったオレガノさんは、モデルのようなカッコイイ足取りで去って行った。

「相変わらずだなあの人は……フィリウスでもあれだったし、もしかしたらオレが知っている中じゃ最強かもしれないなぁ……」

 初めて会った時のことを思い出しながらカルクさんの部屋を目指す。んまぁ、と言ってもオレと同じ一階だから大した距離じゃないのだが。

 ……というかオレガノさんが寮長さん? あの人、ただの旅人じゃなかったのか?

「あ、ここだ……」

 思いがけない再会に色々と驚きながら表札にあるカルクさんの名前を確認し、オレはドアをノックした。

「はーいどちら様――にゃあ、ロイドちゃん。どーしたのー?」

 妙な形にはねたクリーム色の髪がネコの耳に見える上に首から鈴をぶら下げているカルクさんは、部屋着なのかデカデカとネコの足跡がプリントされたシャツに短パンという姿で現れた。

「ど、どうもです。あの、カルクさんにちょっとお話がありまして……」

 正直ドアをノックしてカルクさんのルームメイトの方が出てきたらどうしようかと思っていたのでホッとしながらそう言うと、カルクさんは首を傾げてちょいちょいと手招きした。

「にゃあ、わざわざ来るなんて面白そうな気がするねー。どうぞー。」

「え、いや、そんなご迷惑は……ちょっと聞ければいいだけで――」

「エルルクちゃんは買い物に行ってるから大丈夫だよ。」

 エルルク……地図や表札に書いてあったカルクさんのルームメイトの名前だ。

 ――って、そしたら今カルクさん一人!? そこに男のオレがのそのそ入ったら色々とアレなのではなかろうか!

「ほらほらー。」

「あ、びゃ、ら!」

 ぐいぐいと部屋の中に引きずり込まれたオレは、その部屋の異常さに一瞬思考が止まった。

 ベッドの位置がオレとエリルの部屋同様に左右に分かれていたので、たぶん片側がカルクさんでもう片側がエルルクさんのスペースなのだろう。オレたちのように真ん中にカーテンが引かれたりはしていないが……左右の光景が変なのだ。

 ベッドや机の位置だけならともかく、飾ってある小物や棚にある本、その種類や色や向きの何から何までが左右対称なのだ。部屋の真ん中に鏡があるんじゃないかと錯覚するくらいに。

「にゃあ、座ったらー?」

 奇妙な内装に戸惑っている内にお茶とお菓子を用意したカルクさんが部屋の真ん中に置いてある丸テーブルにそれらを置いて座った。

「は、はい……」

 カルクさんの向かいに座り、何かの催眠にかかりそうな部屋に落ち着かないまま、オレは要件を伝えた。




「す、すごかった……ね、召喚魔法……特に、最後に出してた……あの大きいのとか……」

「妙にテンションが高いな、ティアナ。」

「だ、だって……ああいうふ、不思議な生き物って……色々と、参考に……なるから……」

 第九系統の形状の魔法の奥義の一つ、『変身』を使えるティアナは……いえ、だからこそ使えるのかもだけど、生物の身体の構造とか仕組みに興味津々で、ヴェロニカが召喚した悪魔たちについて熱く語ってた。

「とりあえずあの副会長はロイくんを狙ってないみたいだから、一先ず安心して購買の方に行けるよ。」

「商人ちゃんの購買、明日から再開するんだー?」

「うん。火の国で色々買えたしね。」

「あんた、いつの間に買い物してたのよ……」

「買い物じゃなくて取引をしておいたの。特殊な鉱石で作った武器とか、珍しい宝石のアクセサリーとか、他のところだといい値がするんだけど火山で採れる関係であっちじゃ結構安く売ってたんだよね。」

 ちゃっかりと商人をしてたらしいリリーがお湯の中でニヤリと悪い顔をする。

 ヴェロニカとの模擬戦でいい汗をかいたから風呂に行くって強化コンビが言ったのをキッカケにお風呂に入る流れになって、ロイドが二人について男子寮の大浴場に行ったから、あたしたちもってことで女子寮の大浴場にやってきた。

「しかし生徒会か……ロイドくんが一層目立つ事になるのは避けたいところだが、きっと無理だろうな。」

「……でも今の生徒会で目立ってるのって会長だけだし、そんなに変わんないんじゃないの?」

「うん? ああいや、無理と言ったのは選挙への参加についてだ。ロイドくんはわたしとの時間が削られるから嫌だと言っていたが、推薦したのがデルフ会長となるとな。きっとさらりとした策略で見事にロイドくんを選挙に放り込んでしまうだろう。」

「あんたもさらりと言うわね……」

 でも確かに、ロイド自身は迷ってたけど、ロイドとの繋がりがどうたらこうたらって言ってたデルフが参加不参加をロイドに決めさせるっていうのは無い気がするわ……

 ……ヴェロニカ・レイテッド。副会長に相応しい実力っていうか、実際かなり強かった。この学院で唯一デルフの光速を止められるってのは本当みたいで、強化コンビの馬鹿力を重力や召喚で抑えてたし、あれにあたしのガントレットは届くのかしらって感じで……もしもロイドが生徒会に入ったらああいう連中の近くできっとどんどん強くなっていっちゃって、あたしは更に置いてけぼり……

 ――! 何弱気になってんのよ、あたし! むしろあいつが強くなることはいい事だわ! 追いかけがいがあるし、ライバルはそうでなくちゃいけないわ!

 選挙が終わったら一年生最後のランク戦……今度こそ本気でぶつかってあいつに勝ってやるのよ!

「選挙と言えば応援演説の件も厄介だな。誰を応援するにしても、そういう場に立つ事でまた目立つ事になってしまう。しかも応援相手が上級生なわけだから、二年、三年からのアプローチが増えかねん。全く、夫は妻の苦労を知らないのだからな。」

「あんたねぇ……」

「いっそ生徒会をあたしたち『ビックリ箱騎士団』で乗っ取るとかはー? 全部の役職をあたしたちでゲットしちゃうんだよー。」

「ほう、それはそれでありだな。」


「不穏な事を話していますね。」


 いたずらをしそうなニヤリ顔じゃなくて割と真剣な顔で頷いたローゼルに呆れた声を発したのは、ツインテールをおろして雰囲気が変わったヴェロニカだった。

「あ、ふ、副会長さんも……お風呂、ですか……」

「ええ。いい汗をかきましたから。」

 すぅっとお湯に浸かったヴェロニカ……なんだけど、こうやって見るとだいぶ美人っていうか、キリッとして近づきがたい雰囲気が緩むとこんな感じなのね……

「むー。」

 褒めるみたいでムカツクけど、ローゼルが誰にでも分かりやすく美人なのに対し、ヴェロニカはひっそりとしたおしとやかな美人って感じ――とか思ってたら、たぶん似たような感想を抱いたリリーがヴェロニカを睨んでた。

「な、なにか……」

「一応確認するけど、副会長はロイくんの事好きになってたりしないよね?」

 い、いきなり聞くわね、この商人……でもまぁ、確認は大事よね……

「私が? そうですねぇ……」

 特に慌てたりする事無く、ヴェロニカは斜め上を眺めながら答える。

「魅力的だとは思いますよ。容姿や性格、騎士としての強さなど評価の高い点は多いですし、何よりあの独特の雰囲気と言いますか……自分のベッドで寝転がっている時のような妙な安心感には惹かれますね。」

「へぇ……」

 ぞわっとする気配をさせてリリーが商人から暗殺者に切り替わったんだけど――

「ですが私の心は会長に向いていますので、皆さんが心配するような事はありませんよ。」

 っていう、それだけで大丈夫だって安心できる一言で黒い殺気はなくなって――ちょ、今なんて……

「ほほう。副会長は会長を?」

「ええ。」

 隠すことなくニッコリとほほ笑むヴェロニカ。こうもハッキリと言えるのはなんかすごいわね……

「へー! それじゃー生徒会室ではラブラブな感じだったりするのー?」

 ガブリと食いついたアンジュだったけど、ヴェロニカは困った顔でため息をついた。

「いいえ……想いは伝えていませんし、そもそも会長はそういう事柄を遠ざけているようでして。」

「? どういうことよ。」

「不思議だとは思いませんか? 会長の会長としての人気は明らかですが、サードニクスさんのような女性人気の話はほとんど聞きません。」

「む? 言われてみれば……美形銀髪の学院最強にしては何もなさすぎるか。ファンクラブの一つもありそうだが。」

「そういうモノの設立の話はありましたが……どうやら会長が手を回して自然消滅へと誘導したようなのです。」

「ほう。まぁ確かにあの会長ならそういうことはさらりとやってのけそうだ。」

「ええ……入学してから今まで、女子生徒からの告白なども何度かあったそうですが全て断り、今言ったファンクラブのようなモノも阻止し……徹底して異性からの異性としての注目を避け続けているようなのです。」

「だからあんたは……その、こ、告白してない――ってわけ……?」

「そのチャンスは幾度かあったのですけどね。その度に会長は……困ったように笑うのです。」

 自分の言葉をなぞるみたいに困った顔で笑ったヴェロニカ。

 ……あのふざけた会長には謎が多い。ロイドを生徒会に入れるのにも何か目的があるからみたいだし……よく会うけど一番わからない奴かもしれないわね……

「まぁ、それでも会長の卒業までには伝えるつもりですよ。」

「あははー、もう時間ないねー。」

「ふふふ、そうですね。」

 クスクス笑ったヴェロニカは……そこでふとあたしたちの顔を眺めて呟いた。

「そういえばサードニクスさんはいないのですよね。」

「はぁ? 女風呂なんだから当たり前じゃないの。」

「いえ、そうなのですが……となるとこのタイミングでは彼は一人なのですね。」

「……何が言いたいのよ……」

「サードニクスさんは常に皆さんに囲まれている印象でしたが、一人の時があるとなれば立候補者に限らず様々な方たちから接触があるかもしれません。今のサードニクスさんはいわゆる時の人ですから。」

「ロイくんに他の女が言い寄るって事!?」

「そうは言って――いえ、もしかするとそれもあるかもしれませんね。」

「ぐぬぬ、そう言われると心配になってきたぞ……カラードくんたちがいるからと思っていたが、男子寮から女子寮までは一人――!!」

 なんとなく顔を見合わせたあたしたちは同時に立ち上がり、足早にお風呂を出てとりあえず戻ってるならいるはずのあたしの部屋に――

「あ、みんな。」

 ――に行く途中、あたしたちの誰の部屋でもない所から出てきたロイドに遭遇した。




「ではロイドくん、見知らぬ女子生徒の部屋から出てきた理由を説明してもらおうか。」

「あ、いえ、見知らぬというわけでは――」

「知った仲だと? ほうほう、どこまで知り合った仲なのかな?」

「い、いやいや! みんなも知ってますから! カルクさんですから!」

 話を聞いてカルクさんの部屋を出たら丁度いいタイミングでみんなに会ったと思った瞬間、氷点下の笑顔を浮かべたローゼルさんにオレとエリルの部屋まで連行され……現在、正座で尋問を受けていた。

「まさかカルクちゃんとイチャイチャしてたのロイくん!」

「しし、してないよ! 話を聞いただけで――」

「な、なんの話、してたの……」

「それは……なんというか、自分で言うのは恥ずかしいんだけど――」

「へー、恥ずかしー話なんだー。」

「うん……あ! いや! たぶんみんなが思っている事とは違くて――」

「じゃあ何よ。」

 今にもオレを燃やしそうなムスり顔で睨んでくるエリルに心臓をバクバクさせながら、オレはお風呂場での一件とその後カルクさんから聞いた事を話し始めた。



「スオウ・キブシ? あー、ロイドちゃん被害者の会の幹部の一人だね。」

「ひがいしゃ――え?」

「正式にはロイド・サードニクス被害者の会。もしくは『コンダクター』被害者の会。」

「オ、オレが何かしちゃったってこと……? しかもそんな、会ができるほどたくさんの人に……?」

「にゃあ、ロイドちゃんが何かをしたっていうのとはちょっと違うと思うけど、その認識でも正解かなー。順番に説明するなら……うん、ランク戦が始まりかもね。ローゼルちゃんとマッキースちゃんの試合覚えてる?」

「まっき……まっきす……ああ、光の剣の人だ。」

 確か……そう、マッキース・ハーデンベルギア。ローゼルさんのリシアンサス家と同様に騎士の名門って言われている家の人で……女なんぞに騎士ができるかって感じの人だった……

「あの試合でロイドちゃん、すごく嬉しいこと言ったでしょ。」

「? 何か言ったかな……」

「にゃあ、マッキースちゃんがお得意の差別発言をした後にさ、ロイドちゃんはこう言ったんだよ。女が騎士を目指すなんて変だっていうけど、そもそも男が頼りないからそういう事態になったんじゃないかって。」

「あー……言ったような気がする……」

「あれねー、騎士を目指す女の子には結構くるモノがある言葉なんだよー? 平等って言われてる今でも、昔の名残はあちこちで見えちゃうものだから。それを十二騎士の弟子がハッキリと言ってくれたんだからねー。まずこの時点でドキッとしちゃった子は多かったはずだよ。」

「ソ、ソウデスカ……」

「だけどロイドちゃんにはルームメイトのエリルちゃんがいた。『フェニックスカップル』とか呼ばれちゃうくらいに仲良しでいつも一緒。二人はつきあってるんだってみんな思ってて、だからドキッとしちゃった女の子たちは残念だなぁーってガッカリしたの。」

「そ、その頃はまだでしたけどね……」

「でもってもう一方、ちょっとカッコイイ感じになって女の子から人気が出そうだったけど既にロイドちゃんはエリルちゃんとカップルだから大丈夫だーって、男の子たちは思ってたのね。」

「? な、何が大丈夫なんでしょう……」

「にゃあ、ロイドちゃんが女の子に人気のアイドル男子みたいになっちゃったら、もしかしたら自分の好きな女の子を取られちゃうかもって、男の子は心配してたんだよ。あと単純に羨ましいってのもあったはず。」

「は、はぁ……」

「入学当初からその美人っぷりで上級生の男の子からも注目されてたローゼルちゃんや、可愛いって事で有名だった商人のリリーちゃんと仲良さそうにしてても、ロイドちゃんにはエリルちゃんっていう相手がいたからそこまで騒ぐ人はいなかったの。だけど……交流祭でそれがひっくり返っちゃったんだよ。」

「交流祭で?」

「ローゼルちゃんがみんなの前で告白したでしょ?」

「びゃ!」

 思わず変な声が出た。リゲル騎士学校のパライバ・ゴールドとの試合の後、他校でもそのび、美貌が注目されている事を知ったローゼルさんはハッキリと宣言――したのだ。自分の好きな相手はオオ、オレであると……

「ロイドちゃんの彼女はエリルちゃんなのになんで今さら告白をするんだろう? もしかしてカップルと思ってたけどそうじゃない? 仮にカップルであったとしてもチャンスはゼロじゃないのかも? 前提になってたモノがぐらぐらし始めて……そしてみんなは思い返すわけだよ。エリルちゃんっていう恋人がいる割に、学食とかでローゼルちゃんやリリーちゃん、ついでにティアナちゃんやアンジュちゃんとイチャイチャしてるロイドちゃんを。」

「はひ……優柔不断なダメ男です……」

「そして周りの生徒たちは色々と事実を確認してこんな結論に至ったの。どうやらエリルちゃんと恋人関係なのは確かみたいだけど、ローゼルちゃんたちは諦めずにロイドちゃんを奪おうとしているってね。」

「…………そ……そうです、ね……」

「つまりまだチャンスがある。相手は強敵ぞろいだけど、ロイドちゃんをゲットできる可能性はゼロじゃない。たぶんすっごく珍しくて変な状況なんだけど、ローゼルちゃんの告白で略奪愛が正当化されちゃった感じだねー。」

「リャクダツ!?」

「さっきの発言の後、カラードちゃんとの激闘なんかでも増えて、だけど諦めてたファンたちが熱を持ち始め、『雷帝』との一戦でそんな女の子が更に増えて……この前のシリカ勲章で爆発。それが今なんだよー。きっと『ビックリ箱騎士団』への入団希望が殺到してるでしょ。」

「はい……」

「勿論純粋に強くなりたいっていう人もいるだろうけど、そこにはロイドちゃんとお近づきになってゲットしようと企む女の子も混じってるはずだよ。」

「ゲット……」

「にゃあ、女の子側はそんな感じだけど、じゃあ男の子はっていうのがロイドちゃんが聞きたい本題だね。ロイドちゃんは恋人がいるからって事で見逃されてたけど、結局たくさんの女の子を虜にしちゃってたわけだから、女の子人気が上昇する裏で男の子の嫉妬も沸々と煮えてたんだねー。」

「ト、トリコ……」

「美人なローゼルちゃんや可愛いリリーちゃんをはべらせ、しかもやらしー事もしちゃったりしてるらしい。男の子たちの羨ましい思いはシリカ勲章に対する羨望と混ぜこぜになってこっちも爆発を――」

「ちょちょちょ! やや、やらしー事もしちゃったりとかそそ、そういう話はどこから!」

「にゃあ、食堂での会話とか聞いてればわかるよー。ちなみにこれを知って幻滅する女の子もいたけど、逆にそれが効果的な攻め方なのかふむふむって参考にしちゃう女の子もいる感じだよー。」

「サンコウニ!?!?」

 レモンバームさんの攻撃はこういう話から来たモノだったのか!

「みんなの憧れだったローゼルちゃんやリリーちゃん、他にもたくさんの女の子を虜に……この場合は奪われて? そんな子たちに想いを寄せてた男の子たちは大ダメージを受けた。こうしてロイド・サードニクス許すまじって思いで団結した男子たちが、ロイドちゃん被害者の会の面々ってわけだよ。」

「そ、そんな事に……」

「スオウ・キブシの言葉から察するに、ロイドちゃんにお灸を据えようと思ってたところに選挙の話が出たから、ランク戦みたいな公式戦じゃないけど充分に注目される選挙戦を利用して、みんなの前で化けの皮をはがしてやろうってわけだね。」

「ば、化けの皮?」

「ロイドちゃんの功績を疑う人もいてね。シリカ勲章とかも親の七光ならぬ師匠の七光で色々と優遇されたに違いないって思われてるんだよ。被害者の会のメンバーはみんなそう考えてるんじゃないかな。」

「そう……ですか……」

 前にも思った、自分はずるいんじゃないかという考えが再度浮かび上がる。やっぱりそう思う人はいるんだよな……

 しかしそうか、デルフさんが風紀委員長がどうこうと言っていたのも、オレのや、やらしー事がキブシさんの行動の理由の一つというなら合点がいく。もしかしたら風紀委員長が会長選挙に出るキブシさんに懲らしめてやってくれとか頼んだのかもしれない。

「以上が、スオウ・キブシが怒ってた理由だよー。お役に立てた?」

「は、はい、バッチリです、ありがとうございました。えぇっと、何かお礼を……」

「いいよー、ロイドちゃん略奪の会から睨まれちゃうから。」

「え、そ、その不穏な団体は……」

「あ、でもそれならロイドちゃんからリリーちゃんにお願いして欲しい事があるんだけど――」




「……つまりロイドが選挙に出ることになっちゃったのはローゼルとリリーのせいってわけね。」

「生まれ持った美貌に文句を言われても困るな。」

「ボクの可愛さはロイくんの為のモノなんだから、他の男なんて知らないよ。」

 あたしの一言にどうでもいいって顔をした二人が答える。

「それに今の話、男子側について考えることは何もないだろう。ロイドくんに嫉妬した者たちがどんなチームを作ろうと、ロイドくんに挑んで――例え勝とうと負けようと、わたしのロイドくんへの愛は変わらないのだからな。」

 赤くなるロイドを横目にニンマリしながらそう言ったローゼルは、ふと難しい顔で腕を組む。

「問題は女子側……交流祭の告白が逆効果になっていたとは失敗だった。まさかエリルくんとカップルという仮設定にそんな効果があったとはな。それに食堂でロイドくんとの熱い夜などを話すことで近づこうとするわずかな女子をも撃退したつもりだったのだが、こちらは半分成功で半分失敗……選りすぐりの精鋭を抽出するハメに……ぐぬぬ。」

「ロイくんを狙ってお色気アタックする女がいるって事だよね……ふぅん……」

 本気で自分の失敗を悔しがるローゼルと短剣を出してくるくる回すリリー……

「あ、あのー……」

 あたしたちの反応をおずおずと見てたロイドがそろりと手を挙げる。

「男子側の事情はともかくとして……じょ、女子側の事情はみんなも知っていたのでは……」

「はぁ? 知らないわよ。」

「えぇ……で、でも、女子同士の会話からそういう噂も聞こえてくるんじゃ……」

「ロイドくん、エリルくんにはわたしたち以外の話し相手はいないのだ。」

「う、うっさいわね!」

「それにわたし――たちは、友人であると同時に片時も油断できないライバル同士。他の女子と多少の世間話や必要な会話はするが最優先で身を置くべきはここであり、他の子が嬉々として語る恋愛話には興味ないのだ。」

「えぇ……」

「よーするにあたしたちって結構浮いてるんだよー。ついでに言えば強化コンビも男子の中じゃ別枠って感じだし、『ビックリ箱騎士団』はみんなとちょっとずれた所にいるんだよねー。」

「それで特に問題もなかったのだが……その特殊性が今の我々――特にロイドくんへの注目を助長してしまったのかもしれないな。」

「あ、あの……」

 さっきのロイドみたいにティアナが手を挙げた。

「ロゼちゃんは、考えることないって言った、けど……ロ、ロイドくんをあんまり良く、思ってない男子が……た、たくさんいるんだとしたら……せ、選挙は大変、なんじゃ……」

「ぬ? 言われてみればそうだな。そのロイドくんに嫉妬の会のメンバーはどれくらいいるのだ? 場合によっては不利に…………いや、そもそも……」

 黙り込んで考えた後、ローゼルは正座のロイドの前に同じように正座した。

「前提の確認をするが……ロイドくんを生徒会に入れたい現生徒会長の策略によってまんまと選挙に参加させられたロイドくんなわけだが、選挙に不利になるかもしれない嫉妬の会の存在は、果たして困った事なのか? 参加が決まってもロイドくんにその気がない――勝つつもりがないのなら、むしろ嫉妬の会を煽るようにより深くわたしとイチャイチャすれば負けを濃くしたりできるのだが。」

「よりフカク……」

 ちょっと赤くなった後、ロイドは真面目な顔で答える。

「なんというか……どっちがいいのか迷っていたんだけど、実際に参加する事になって……もしも当選したらって事を考えた時、オレの中では生徒会に入って得られる色んな経験への期待よりも『ビックリ箱騎士団』としての活動が生徒会の仕事で削られるっていう残念さの方が先に来たんだ。たぶん、オレは生徒会に入りたくない……というよりは部活の方をもっとやりたい――んだと思う。エリルも嫌だって言ったし。」

「あ、あたしはいいからあんたが自分で……」

「いや……その……エリルがああ言ったってことが割と大きくなってきたというか……たぶん、オレが決める理由としては充分だったんだよ。」

「なな、なに言ってんのよ!」

「や、やっぱりここ、恋人が嫌がったのならそれだけでダメな理由にいててて!」

 たまに来るロイドの恥ずかしい言葉に顔が熱くなってるあたしを睨みながらロイドのほっぺをつねるローゼルは、ものすごく不機嫌そうに話を続ける。

「…………つまりロイドくんは選挙に勝ちたくないわけだ。ならばさっき言ったようにわたしとラブラブなところを見せつける事が効果的だろう。ついでにそのキブシという者との模擬戦もわざと負ければ確実性も増す。わたしを奪ったロイドくん羨ましいの会は勢いに乗るだろうがわたしがいるロイドくんには関係ない。」

「ソ、ソウデスネ!」

 ほっぺをつねりながら顔を近づけるローゼルにわたわた答えるロイド……

「たた、確かに結果的には負けた方が良さそうだけど、先生も言っていたように折角の機会だし、キブシさんとはちゃんと戦ってみたい気も……」

「あははー、それは難しそうだねー。勝ち負けそのものにあんまり意味はないから、負けてもいい勝負してたら票が入っちゃうかもよー?」

「えぇ……?」

「ふむ、しかも今のロイドくんは時の人だからな。嫉妬の会がロイドくん以外の全男子だという事は無いだろうし、ついさっき女子の人気の話もした。この上生徒会長の推薦も――むむ? 負けようと思って現状を考えると、これはかなり難しいのではないか?」

「そ、そうかな……あんまりヤル気のないところを見せれば投票なんてしないんじゃ……」

「それを塗りつぶしてあまりある実績があるのだ。これは何とかしなければ……」

「ロイくん! みんなの前でボクとイチャイチャするんだよ!」

「えぇ!?」

「それはわたしだけで充分――いや待て、それの効果があるのは嫉妬の会の面々のみ。カルクくんの話の通りならば一部の女子には逆効果になってしまう場合もあるわけだから……むぅ、これはしっかりとした作戦を練らなければな。少し時間をくれないか? 考えてみる。」

「え、あの、でもこれって一応オレの問題でててててて!」

 ぼそぼそとそう言ったロイドのほっぺをもっと不機嫌な顔で再度引っ張るローゼル。

「今更だぞロイドくん。これは『ビックリ箱騎士団』の今後に関わる問題であるし、何よりロイドくんとの逢瀬の時間が減るとあっては妻であるわたしが動かないわけにはいかないだろう。エリルくんに先を越されたが、正直わたしだって嫌なのだ。」

「は、はひ……ごめんなさい……」

「この際だから言っておくが……きっとロイドくんがそうであるように、わたしはロイドくんやロイドくんと過ごす時間の為なら割と何でもするからな。ドンドン頼るといいぞ。」

「――! お、女の子が「何でもする」とか言っちゃいけません……!」

「……それもまた今更だ。」

「ボクだって何でもしちゃうからね、ロイくん!」

「あ、あたしも……」

「んふふー、あたしもあたしもー。」

「……あたし――も……す、するわよ……」

「うん……ありがとう……」

 照れながらお礼を言ったロイドは、そこで何かを思い出した顔になった。

「そうだった。えっと……べ、別に今のを聞いたからってわけじゃなくて元々お願いしようとしてたんだけど――リリーちゃん。」

「なぁにロイくん! 今夜一緒に過ごす!? 大歓迎だよ!」

「ち、違います! リリーちゃんの購買――っていうか、商人としてになるのかな。これを手に入れて欲しくて……」

 ロイドからメモを受け取ったリリーはそれを見て首を傾げる。

「? なんでロイくんがガルドの最新モデルのマイクを欲しがるの?」

「オレじゃなくてカルクさんにあげるんだ。さっきの話のお礼に。」

「!! ロイくんが!? 他の女にプレゼント!?!?」

「い、いやいや! 何かお礼をって言ったらそれを取り寄せて欲しいって! た、確かにプレゼントのつもりはあったけど代金は自分で払うって断られたし!」

「……ロイドくんこそ、お礼という形であっても何でもするような感じはいけないと思うぞ。」

「はい……」

「一応聞いておくが、わたしたちがお風呂に入っている間に起きたことは選挙への参加とカルクくんのお部屋訪問だけか? 新たな女子や会長立候補者からの接触はなかったか?」

「ないです――ああ、そういえばオレガノさんに会った。」

「誰よそれ。また新しい女なわけ?」

「じょ、女性だけどそういうんじゃないですから……ここの寮長さんだよ。」

 寮長……ここに入る時に一回だけ見たわね。なんか威勢の良さそうなおばあさんだったわ。

「……あれ、オレガノっていう名前だったの?」

「……これも今更だがエリルくん、寮長を指して「あれ」と言ってしまう偉そうな感じは良くないぞ。」

「うっさいわね……あんたに偉そうとか言われたくないわよ。」

「わたしは目上に対してきちんと猫をかぶる。」

「堂々と言うんじゃないわよ……」

「あんまり見ないけどあのおばあさんだよねー。普段どこにいるのかもわかんない不思議寮長だけど……さっきの言い方、ロイドの知り合いだったのー?」

「オレというかオレとフィリウスのかな。オレガノ・リビングストンっていって、旅の途中で会った人なんだよ。オレたちと一緒であんまり目的を持たない旅をしてるって言っていたんだけど……まさか寮長さんをしていたなんて。」

「ロイドくんが寮長から妙に信頼されていたのはそういうワケか。しかし六、七年前であっても結構な歳のはず……それで旅とはなかなか元気だな。」

「が、学院の、寮長さんになれる、ってことは……もしかしたら、元騎士……とかなのかな……」

「騎士だったかどうかは聞いてないけど、強いのは確かだよ。オレガノさんはオレが知っている限りじゃ唯一フィリウスに腕相撲で勝った人だからね。」

「……は?」

 ロイドがさらりと言った事の意味がすぐには理解できなかった。アレキサンダーが小さく見えるくらいの筋肉の怪物のフィリウスさんが腕相撲――力で負けた? あのおばあさんに?

「へー、フィルさんに勝っちゃうなんてすごいね。すごい強化魔法の使い手なの?」

「ううん、純粋な筋力勝負で勝ったんだよ。あのあと一週間くらいフィリウスが自分の筋トレメニューを倍にしてたなぁ。」

「い、いやいやロイドくん、そんな懐かしいなぁという顔をする前に……女子寮の寮長をやっているおばあさんがフィリウスさん相手に腕相撲で勝ったなんて信じられないぞ。」

「うん……さっき会った時の外見ならそう思うだろうけど、オレたちが会った時はフィリウス並みのムキムキボディだったんだよ。」

「どんなおばあさんよ……」




「なんだその化け物は。」

 あれよあれよと選挙に出る事になり、ついでに自分がこのセイリオス学院で男子と女子からどんな感じに見られているのかを知った次の日の朝。日課である鍛錬の為に集まった部室にて、カラードとアレクが男子寮で得たオレについての噂や評判みたいなモノを教えてくれた。

 んまぁ、ほとんどカルクさんから聞いた通りだったわけだけど、ついでにオレが昨日出会った女子寮の寮長さん――オレガノさんについての話をしたらアレクがそう言ったのだった。

「アレク、女性を化け物呼ばわりはいけないぞ。しかしあの寮長がそれほどの人物だったとはな。」

 女子寮の庭でやっていた鍛錬に参加する為の許可を得る時に、カラードは寮長であるオレガノさんに会っているのだ。

「そうすっと男子寮の寮長も実はやべぇ奴なのかもな。だいぶわけぇけど。」

「元騎士だったというには若すぎる気がするが、先生のようにあの若さで国王軍指導教官になってしまう人物もいるわけだからな。もしかするかもしれない。」

 学院長自身が何やらものすごい魔法使いとして有名らしいし、いつも一緒の金髪のにーちゃんも実はすごい人みたいだし、知らないだけでこの学院には大物がそろっているのかもしれないなぁ。

「ふむ……男子寮の寮長は普段どこにいるのだ?」

「む? 寮長の部屋だが。」

「ほう、男子寮にはそういう部屋があるのか……」

「あん? んだよ、女子寮にはねぇのか?」

「ああ。だからなのか、こちらの寮長はほとんど見かけないのだ。もしや「元」ではなく今でも現役で騎士をやっていたりするのだろうか。」


「ひひひ、こんなババアを頼る戦場があってたまるかい。」


 突然のひひひ笑いに顔を向けると、部室の入口のところにオレガノさんが立っていた。

「寮長は副業なんでね。本業でいないだけだよ。」

「オレガノさん! おはようございます、どうしたんですか?」

 寮長さんはたまにしか出会えないレアな人なんだなぁと思っていたら昨日の今日でまた会うとは。

「ひひひ、坊やが選挙に出るって聞いてね。今話題の『ビックリ箱騎士団』ってのを見に来たのさ。」

「? オレが選挙に出るのがオレガノさんに何か関係するんですか?」

「ひひひ、なんだい知らないのかい。学院の選挙で投票権を持ってんのは生徒だけじゃないんだよ。教師は勿論、わたしみたいな寮の監督者から門に立ってる護衛の騎士まで、関係者全員にその権利があんのさ。ま、一票の重さは違うがね。」

「! それはどういうことでしょうか。」

 話に反応したローゼルさんが尋ねると、オレガノさんはふむふむと唸りながらローゼルさんを眺める。

「ひひひ、なんだい坊や、いい女をモノにしてんじゃないか。さすがあの馬鹿の弟子。」

「モ、モノにしたとか言わないで下さい!」

「照れるな照れるな。質問の答えだが、寮長のわたしの場合は一票が五票として数えられんのさ。役割によって違うから、場合によっちゃ一票が十票扱いってのもあったはずだ。」

「なるほど……しかしなんでまたそんなシステムに。教師陣にも投票権があるという話は……少なくとも普通の学校ではない話でしょう。」

「ひひひ、普通の学校と比べると委員長や生徒会が学院の代表として顔を出す機会が多いからさ。わたしらはこの学院に雇われてる身だから、働いてる所のイメージになっちまう代表選出に口を出せるってのは当然の権利だろうよ。」

「ふむ……これはロイドくんの選挙に有益な情報だな……それと一応言っておきますと、わたしはロイドくんのモノです。」

「ローゼルしゃん!?!?」

「ひひひ、性格的にケツにしかれそうなのはあの馬鹿と違うみたいだな、ひひ。」

 悪い魔女のように大笑いするオレガノさんに、オレはふと思った事を尋ねる。

「あの、というかオレガノさん、昨日、自分の都合とオレが一人の時のタイミングが合わなくてって言ってませんでした? 今オレ一人じゃないですけど……」

「ああ、あれは最初に会う時は一対一がいいって話さ。わたしがちっとばかし面倒な体質だからね、そっちの魔眼持ちとかそっちの特異体質のが近くにいるとずば抜けてへんちくりんな坊やに変な影響を与えて暴走とかさせちまうかもだから、一応の用心だったのさ。まー結果として――」

 言いながら、オレガノさんがオレの右眼の横をトントンと叩く。

「初めてあった時よりも制御がバッチリされてるみたいだから安心したよ。」

 右眼――ミラちゃんからもらった……というかオレの右眼と交換した結果ここにある魔眼ユリオプス。経緯は未だに思い出せていないけど、この魔眼の力が規格外というのは確かだから、万が一暴走とかしちゃったらかなりまずい事になるだろう。

「……気づいていたんですか……この眼に……」

「詳細は分からなかったけど、尋常じゃないってのはね。ランク戦でのそこの正義の騎士とのバトルでそれが発動した時はひやひやしたもんだが……その口ぶり、坊やはこれが何なのか理解できてるんだね? ならより安心だ。」

 ……ここで魔眼ユリオプスを知っているんですかと聞いてしまうとミラちゃん――吸血鬼の話になって魔人族の話へとつながるだろう。オレガノさんを信じていないとかそういうのではないけど……あんまり話していい事じゃないし、オレから言うのは止めておこう……

「失礼、リビングストン殿。」

 オレが割と頑張って考えて何も言わない事にしたところで、カラードが手を挙げた。

「ひひひ、わたしは教師じゃないんだから手なんか挙げなくていいよ。なんだい?」

「今……「魔眼持ちとか特異体質の」と言った時、アレクを指差しませんでしたか?」

 んん? オレからは指の方向が見えなかったからてっきりマナや魔力との親和性の高いエリルを指しているんだと思ったけど……アレク?

「おれたちの中で特異な体質というとロイドを除けば魔法負荷への耐性の高いクォーツさんだけだと思うのですが……」

「ひひひ、魔法との相性が良いってだけじゃ特異体質とは言わないさ。だけどそっちのいい身体してる子――アレクっていうのかい? そいつは充分特異体質だよ。」

「俺が? 心当たりねぇぞ?」

 腕組みをして首をかしげるアレクに、オレガノさんは愉快そうに笑う。

「ひひひ、確かに分かりにくいっちゃぁ分かりにくいからね。そうだね……この『ビックリ箱騎士団』ってのはシリカ勲章もらうくらいに色々と修羅場くぐってんだろう? そういうのの後とか、あんただけ回復が早かったりしなかったかい?」

 オレガノさんのその質問に全員がハッとする。オズマンド襲撃の際にみんなで戦った――いや、オレは寝っ転がっていただけだけど、あのラコフとの一戦においてユーリやカラードの魔法で全員が強化を受け、結果戦いの後はそろってクタクタだったのだが、アレクは元気に他の騎士の手伝いとかをしていた。

 そして火の国のワルプルガで起きた魔法生物との戦いの後も、長時間魔法を使い続けた上にこれまたカラードの強化を受けたというのにケロッとしていた。

 単に体力が凄いんだなと思っていたけど、そういえばユーリが興味深いとか言っていたし……もしかして今までのは全部特異な体質ゆえの事だったのか……?

「ひひひ、あんたは『ヴァラージ』って呼ばれる、魔眼以上にレアな体質なんだよ。」

「ばら――んだそれ。」

 アレクがオレを見るがオレも聞いた事は無く、他のみんなもそうだった。

「ひひひ、あんたそんなに鍛えてるんだし、超回復は知ってるだろう?」

「筋肉が増える仕組みだろ? 筋トレで損傷した筋繊維が回復する時に前よりもちょっと太くなるってやつ。」

「ああ、それだ。『ヴァラージ』は、その超回復が筋肉だけじゃなくて全身で起きるんだよ。」

「ああ? 腕の筋トレしたら脚に筋肉ついたりすんのか?」

「ある意味そうだね。筋トレに限らず身体にかかるありとあらゆる負荷――疲労、攻撃によって生じたダメージ、ケガ、魔法負荷。身体にとってマイナスなモノを受けた時、次に同じモノを受けても充分に耐えられるように身体が強くなる。それが『ヴァラージ』っていう体質だ。」

「おいおい、それじゃあ同じ攻撃は二度と通じないって事か!? 無敵じゃねーか!」

「ひひひ、そこまで極端じゃない。一回の超回復で強くなる程度には限界があるからね。心臓を突き刺されても死ななくなるまでには五、六回風穴をあけなきゃいけないだろうよ。」

「んだよ、大したことねぇじゃねぇか。」

「それは違うぞアレク。」

 がっかりするアレクに対し、カラードが……あんまり見ない凄く嬉しそうな顔でアレクを見上げた。

「五、六回経験すれば魔法を使わずとも鋼鉄の心臓を手にできるという事だ。一回の強化に限界があると言っても、その幅は通常の超回復からすれば極大だろう。事実、アレクはおれの『ブレイブアップ』を数回受けただけで術者のおれ自身よりも耐性がついている。」

「ひひひ、なんだいそりゃ。数回の経験で変化に気づくほど強くなったって事は、その負荷が尋常じゃないって事だ。超回復はあくまで受けた負荷に対しての反応だからね。普通の筋トレしてたら普通の筋肉しかつかない。」

「ふむ……つまり一般的な訓練をしていれば一般的な成果しか得られない普通の騎士だが、丸三日も動けなくなるような負荷を受けたりそうそう出会わない強敵との戦闘を経験していけば相応に強くなっていくわけか。確かにそうだとは分かりにくい特異体質だな……S級犯罪者やら魔法生物の大群やらと戦うハメになるロイドくんの近くにでもいないと気づかなかったかもしれん。」

「す、すみません……」

「ひひひ、実際ほとんどの奴が自分がそうだって事に気づかねぇままだよ。」

「『ヴァラージ』か……ハッ、魔法とかじゃなくて身体の強化なんざ俺にピッタリじゃねぇか。こりゃ毎日死ぬほど走って死ぬほど筋トレだな!」

「ひひひ、残念だけど普通の超回復と同じように休息期間ってのが必要だよ。死ぬほどやるのは時々にしときな。」

 笑いながらアレクから視線を移し、オレたち一人一人を眺めていくオレガノさん。

「特異体質やら魔眼やら、でもってそういうのがなくても――ひひひ、こうやって見ればわかる高い実力。一年生のくせに何を経験してきたのやら。いいねぇ『ビックリ箱騎士団』。それの団長ともなれば投票したくなるってもんだよ。」

「そ、それはちょっとあれなのですが……ちなみにオレガノさんがさっき言っていた自分の面倒な体質っていうのも『ヴァラージ』みたいなレアなモノなんですか? どんな力が……」

「ひひひ、わたしのこれは事故みたいなモノで後天的に発現――いや、発症しちまったもんだから同じ体質の奴は他にいないと思うよ。能力は……そうだね、力の理解と引き上げってところだよ。勝手にね。」

「は、はぁ……?」

「ひひひ、ババアの身体なんぞに興味持たないで可愛い彼女――彼女たちを愛でることだよ。」

「メ、メデ……」

「それじゃまたね。」

 魔女のようなからかい笑いを残し、オレガノさんは部室から去って行った。

 ……どういう経緯で寮長さんになったのかを聞きそびれたな……

「ふむ、アレキサンダーくんが凄いという事がわかったが、五票を持つ寮長がロイドくんに投票する感じになってしまったな。しかしそれはそれとしていい事を言った。ロイドくんはキッチリわたしを愛でるように。」

「は、はひ……」




 なんで愛でるようにって言われて「はひ」って返事してんのよ、そういうのはあたしだけで――べ、別にされたいわけじゃないわよ!

 と、とにかく……『ビックリ箱騎士団』の半分が魔眼とか変な体質とかを持ってるって事がわかって、テンションの上がったアレキサンダーが朝の鍛錬だっていうのに全力で暴れて、あたしたちは結構ぐったりした感じで朝食を食べてた。

「だー、わりぃわりぃ。ワクワクしちまってな!」

「もー朝からクタクタなんだけどー。」

「むう……筋肉と同時に頭の方もパワーアップして欲しいものだ……」

「リシアンサスさんは辛辣だな。しかしああいうハードワークを突発的にしてみると体力の差がハッキリ出るな。」

 あたしとローゼルとティアナとアンジュはぐったりしてるんだけど、ロイドとカラードとリリーと張本人の筋肉馬鹿はケロッとしてる……

「んまぁ、オレは七年間フィリウスに鍛えられたから……」

「ボクはそんなに体力ないよ。バレないスムーズな暗殺の為に無駄な動きをしないように訓練されただけ。はい、ロイくんあーん。」

 もう何も気にしないで元暗殺者としての話題を出すリリーは、あたしたちが動けないのをいいことにロイドの隣で……!

「だ、大丈夫です、一人で食べれます……!」

「ダメだよロイくん、ちゃんとイチャイチャして何とかっていう人たちを煽らないと選挙に勝っちゃうよ?」

「で、でも逆効果になる人もいるんだよね……」

「うむ、恐らくな。きちんと調査して人数――せめて割合だけでもわかれば――」


「チョーっと意外な数値だねー。」


 そう言っていきなり現れたのは、モッサリした金と茶色の髪にビンの底みたいなレンズのメガネを乗っけてあっちこっちにアクセサリーをチャラチャラさせてるクセに白衣を着てる変な女――確か現「会計」のペペロ・プルメリア。

「会長が推薦してるのにチョーっと変な感じ?」

「お、おはようございます、プルメリアさん……あの、その……」

 ロイドがわたわたしてんのはペペロがその顔をロイドの顔にグイッて近づけてるからで――こ、こいつ何してんのよ!

「へー、ほー、ふぅーん。」

 ロイドの顔をジッと見つめたと思ったら白衣のポケットから折りたたまれた大きめの紙を取り出し、それを広げてぶつぶつ喋り出した。

「シリカ勲章とかで『コンダクター』を評価してるだけって感じが男五十、女五十。そこにそんな『コンダクター』がやってる『ビックリ箱騎士団』内の恋愛ドタバタの影響で青春したい気持ちを乗っけたのが男十、女十。でもって『コンダクター』略奪の会が女の五だけど、『コンダクター』被害者の会っていうのが男三十もある。これが原因な感じ?」

「! プ、プルメリアさん、今のって……」

「全校生徒の『コンダクター』の支持率だよー。」

 そう言いながらペペロがひっくり返した大きめの紙には……気分が悪くなりそうなくらいびっしりと、大量の数字が書かれてた。文字の色がいくつかに色分けされてるけどそれでも何を意味してんのかさっぱりな数字にあたしが目をシパシパさせてたら、リリーがちょっと驚いた顔をした。

「へー珍しいモノ持ってるね。それ『アンサーガイド』でしょ?」

「ぬ、マジックアイテムか? どんな効果なのだ、リリーくん。」

「あの紙に質問を書くと答えをくれるの。」

「は? 何よその万能アイテム……」

「全然万能じゃないよ。数字の計算とかならパッと答えてくれるけど、例えば誰かの居場所とかを質問してもそれだけじゃ答えが出てこないの。一年前はここにいた、一か月前はここ、一週間前はここって感じに真実に近い情報を書いていくとその内正解を教えてくれる。」

「何よそれ……」

「得られるだけの情報をゲットして、それでもわからないって時の最後の一押しとして使われるのが普通だよ。しかもそれなりの技術があれば誰でも作れるマジックアイテムだから、ポンコツ魔法使いが作った『アンサーガイド』だと一時間前はここっていう情報を書き込んでようやく正解が出てくるなんて事もあるの。」

「そ、それじゃあ……逆に、す、すごい魔法使いがつ、作ったら……」

「うーんそこまで劇的に変わらないと思うけど、人の居場所くらいだったら追加情報無しでも答えを出してくれるかもね。」

「えぇっと……つまりプルメリアさんはそのマジックアイテムでオレの支持率を……」

「チョーっと違う。ウチが全校生徒を対象に『コンダクター』を支持するかどうかっていうのを魔法で出して、その数値の意味合い――それがどういう派閥なのかをこの紙に聞いた感じ?」

「えぇ? す、すごいですね……確かプルメリアさんは第十一系統――の使い手ですよね……? 数の魔法ってそんな事ができるんですか。」

「普通は無理。特定の範囲内にいる人の何かに対する割合なんて出せない。でも学院の生徒が対象なら全員に数字が割り当てられてるからできちゃう感じ?」

「数字? オレたちにですか?」

「そー。何年何組で出席番号何番。この三つの数字で全ての生徒を特定できるから、ウチの数魔法が使えた感じ?」

 大きな紙――『アンサーガイド』を折りたたんだペペロは再度ロイドに顔を近づけ――ちょっと!!

「男女共に六割の支持があるけど男の三割から嫌われてるって、なかなか面白いねー。でも個人的には会長が推薦するような優秀な人は生徒会に欲しいよねー。ウチ、次も会計やるつもりだから、『コンダクター』が庶務になってくれたらチョーっと嬉しい感じ?」

 格好こそ変人だけどよく見れば美人な顔立ちだしたぶんスタイルも結構な――な、なんでロイドに近づく女はこういう……こういうっ!

「じゃねー。」

 何しに来たのかわかんない――いえ、ロイドに生徒会に入って欲しいっていうなら、もしかしたらロイドの現状を伝えることで選挙に勝つ為の作戦を練りやすくしたとか……?

「……あー、思いもよらないところから知りたかった情報が転がってきたが……状況はだいぶ悪いようだぞ。」

「あははー、支持率六割だってさー。てゆーか今の内訳どういう意味ー? 青春とか略奪とかさー。」

「青春したい云々というのはこの前会長が言っていた、風紀委員長が気にしているという件だろう。騎士の学校は強さを求めてそれ鍛える場所であるから、もしかすると普通の学校よりも色恋に対する印象が……「現を抜かしている」という感じにマイナス面の強いモノなのかもしれない。しかしわたしたちも年頃なわけだから、そういう経験をしたい者は多いのだろう。」

「そ、そういう……生徒たちから、ロ、ロイドくんは支持を得てる、んだね……」

「……もう一個の略奪とかってなんなのよ……」

「ロイドくんをわたしから奪おうとしている女子だな。よもや女子の五分もいようとは……」

「……あたしからう、奪おうとしてんだからあんたもその内の一人じゃないのよ……!」

「む? 一時的に正妻の座にいないだけで、既にわたしはロイドくんのモノだしロイドくんはわたしのモノ。わたしの立ち位置は五分に分類される略奪者とは一線を画している。」

「あんたねぇ……」

「しかし困ったな。嫉妬の会の面々が男子の三割というのはなかなかだが、確実に落選したいこちらとしては少々弱い。煽りを入れたとしても大した増加にはならないだろうし、となると今ある支持率を下げる方向に動いた方がいいだろうな。」

「どどど、ドウすればいいんでショウカ……」

 たぶん「ロイドのモノわたしのモノ」辺りで顔を真っ赤にしたロイドがローゼル――とあたしを見れない感じで変な声を出しながらそう言った。

「基本的に評判を上げる事よりも下げる事の方が簡単なはずだが……ここでいうロイドくんの評判の大部分を占めているのは実績に裏付けされたその強さだからな。仮にその……なんだ? ニボシだかなんだかとの選挙戦でわざと負けてみてもこれまでに成し遂げた事が無くなるわけではないし、その上相手が二年生という点もあるから大して評価は下がらない。」

「勝ち負けが関係ないならロイくんの戦い方を変えてみたりするのは? 相手に一撃入れるたびにボクの方に投げキスするとか。」

「……内容はともかく方向性はおそらく正解だ。何かこう、ロイドくんって実はこんなんだったのかーと強さに憧れていた面々がガッカリするような……いや、それもイマイチか? ランク戦や交流祭で戦う姿は見せているわけだし、わざとらしく思われる……ん? それはそれで変な印象を与えてマイナス点に……」

「あー、おいお前ら。朝飯食う時間がなくなんぞ。」

 ローゼルがぶつぶつ考え始めたところでアレキサンダーが空っぽになった自分の皿を指差しながらそう言って、とりあえずあたしたちは……この筋肉馬鹿のせいでクタクタになった身体を動かしてなんとか朝ご飯を食べ終わった。




「やぁやぁすまないね。スパイのようなことをさせてしまって。」

「別にー。『コンダクター』が入るとうれしーのは本当だし。」

「それでどうだった? サードニクスくんのヤル気のほどは。」

「十パーセント以下って感じ? 当選する気ないねー。」

「ふふふ、やっぱりね。僕だってサードニクスくんと同じ立場だったら生徒会にそれほどの魅力は感じないもの。」

「でも支持率けっこーあるし、本人があれでもオッケーじゃないの?」

「六割じゃあまだまださ。大丈夫、他校のみんなをこの時期に呼んだのはこの為なんだからね。」

「今日、全員到着な感じ?」

「うん。ゴールドくんみたいにそれぞれのタイミングで来ればいいと思うのだけど、こういうケレン味を大事にする辺り、ポリアンサさんの提案かな。」




「あー、サードニクスたちだけちょっと外れて交流祭で使うゲートの所に行け。次の授業の先生には伝えてあっから。」

 朝ご飯の後、教室にて先生が出欠確認をした後にそんなことを言った。不思議に思いながら廊下に出ると違うクラスのアンジュとカラードとアレクがいて、どうやら『ビックリ箱騎士団』が呼び出しを受けたらしい。

「そういえば男子寮でロイドの評判を聞いた時、リゲル騎士学校の生徒会長を目撃したという話があったな。ゲートに集合という事は、もしや他校の生徒が来るのだろうか。」

 ここで言うゲートとはリリーちゃんが使う位置魔法の『ゲート』ではなく――ああいや、たぶんそのゲートにかけられている魔法は『ゲート』と同じようなモノなのだろうけど……それをくぐると交流祭が行われるアルマースの街に繋がっていて、そこには他校に通ずるゲートも存在している。

 つまり交流祭に参加している学校――リゲル騎士学校、プロキオン騎士学校、カペラ女学園にセイリオス学院を含めた四校の人が他校に行こうと思ったらアルマースを経由してゲートを通った方が早いのだ。

 んまぁ、ゲートは普段閉じているのだが、カラードが言ったように他校の人が来るという事で起動させているのかもしれない。

「やぁ、来たね。」

 ゲートにはオレたちの他にも結構な人数がいて、そこにはキブシさんを含む会長立候補者の人たちもいた。

「授業をさぼらせて悪いね。でもお出迎えは多い方が嬉しいだろう?」

 その中から一歩前に出てそう言ったのはデルフさん。レイテッドさんやプルメリアさん、それと名前は知らないけど生徒会の人として見た事のある人が何人かいるから、たぶん現生徒会メンバーも集まっている。

「お出迎えって事は、じゃあやっぱり他校の人が……」

「うん。一人で先に来ちゃったゴールドくん以外の生徒会長とそれぞれの付き添いがね。」

 デルフさんが指差した方向、ゲートの周りの人だかりから少し離れた所で大きめの岩に座って本を読んでいる人がいた。

 軍服のような制服をまとい、キラキラの金髪を王子様のような髪型にしてメガネを光らせ、向かって左のほっぺに黒い模様のようなモノが描かれているその人はリゲル騎士学校の生徒会長、ベリル・ゴールドさん。

 ブロックという、空気を強化魔法で硬くしたモノを使って戦う人で、交流祭では『ブレイブアップ』したカラードを『ヘカトンケイル』という技……というか技術? で一撃で倒し、デルフさんとの試合では『概念強化』という第一系統の強化の魔法の奥義みたいなモノも見せた。

 全ての攻撃がゴールドさんに届く前に見えない壁に止められてしまう事から、『エンドブロック』という二つ名を持っている。

「ほら、僕ってそろそろ生徒会長じゃなくなっちゃうでしょう? だから最後のイベントとして他校の会長を呼んでひと騒ぎしたいと思ってね。」

「そうなんですか……で、でもなんでオレたちがお出迎えを……」

「サードニクスくんはポリアンサさんやアフェランドラさんと戦った人だから、お出迎えメンバーに入れとかないとダメだと思ってね。でもってサードニクスくんが来るなら『ビックリ箱騎士団』もついてくるのがお決まりさ。」

「は、はぁ……」

「あとは今の生徒会メンバーと、僕らが引退した後に生徒会として他校との交流をしていくだろう生徒会の役職立候補者を集めたんだ。」

 選挙の立候補者……つ、つまりこの中にはオレと「庶務」の座をかけて戦おうとしている人もいるのか……

「ちなみに他校の人たちにも今が選挙時期だっていうのは伝えていてね。既に会長じゃなくなっている「元会長」もいるだろうから、次期生徒会メンバーを連れてくるところもあるんじゃないかな。」

「デルフ、お前さっき会長を呼んだっつったが、それは「元」も含むわけか?」

 そう言ってこっちに近づいてきたのは……何というか、セイリオスにこんな人いたのかって思うくらいの見るからに不良な感じの人で、髪を全部逆立たせてデルフさんにガンを飛ばしていた。

「僕の言う会長っていうのは僕と同時期に会長を務めた三人の事だよ。招待したのはその三人で、同伴はご自由にってしたから次代のメンバーを連れてくるかもねって話さ。あ、サードニクスくん、お風呂場の時と見た目が違うけど彼が選挙管理委員長だよ。」

「えぇ!?」

「あぁ?」

 思わず声が出たオレに泣きたくなるくらいに怖い睨みをきかす選挙管理委員長。こ、こんな人が管理している選挙で「わざと負ける」とかやったら後日指を落とされるのではなかろうか……

「お、どうやら来たみたいだよ。」

 デルフさんの言葉にゲートの方を見ると、光を帯びたアーチの下からぞろぞろと人が現れた。


「ですからラクスさんにはもう少し生徒会としての立ち振る舞いをしていただかないといけないと言っているのですよ。」

「いや、だから俺は生徒会をやる気はねぇって何度も――ってなんだこりゃ!?」

「あいた、急に立ち止まらな――きゃあ!」


 あっちからしたらゲートをくぐった先でいきなりたくさんの人が待ち構えていたわけだからビックリするのも当然で、先頭を歩いていた男子が驚いて立ち止まったせいで後ろを歩いていた女子――何人かの女子がぶつかり、転び、男子は一番下に埋もれた。


「や、ちょっと変なとこ触んないでよ!」

「ララ、ラクスさん!? どこに顔を――!!」

「マスター、それはワタシの胸部デス。」

「重いよー、お兄ちゃん助けてー!」

「何よりもまず一番下の俺を助けてくれ!」


 ジタバタと蠢く物体にポカンとしていると、一人遅れてゲートを通った女子がそれを見て目を丸くした。


「もー、ラクスくんてばちょっと目を離すとこれなんだから!」


 ほっぺを膨らませて可愛く怒ったその人は、倒れ込んでいる女子たちと同じ紺色を基調とした制服を着て、ポニーテールにしている水色の髪に大きな花の髪飾りをつけている、ここ、フェルブランド王国にてトップクラスの人気を誇るアイドル、サマーちゃんことヒメユリ・サマードレスさんだ。

 確かデルフさんがそのファンクラブの一員だったなぁと思ってデルフさんの方を見たら……いつの間にかライブの時に着ていたハッピを羽織っていた……

「だぁー、着いて早々死ぬかと思ったぞ……」

 山の下からはい出てきた男子がパンパンと服を叩きながらため息をつく。

 白いシャツに黒の上着とズボン、ぼさぼさながらもカッコイイ感じにまとまった薄い黒髪。色合いがモノクロなその人は女子校であるカペラ女学園唯一の男子生徒、ラクス・テーパーバゲッドさん。お姉さんがカペラの校長先生という事で無理矢理入学させられたという……なんだか親近感を覚える人だ。

 得意な系統は第十二系統の時間の魔法なのだが、史上三人目らしい『イクシード』という特異体質で第一系統の強化の魔法が使える。加えて時間魔法の使い手にしか発現しない魔眼マーカサイトを持っていて、一つの事象に対し、一定時間の観察を条件として未来予知を可能にする。

 でもって剣タイプのベルナークシリーズ、その三本の内の一本を持っていて、オレやパムみたいにベルナークの血を引いてはいないのだが時間魔法とマジックアイテムを組み合わせる事で一時的に真の力――高出力形態を発動できる。

「ま、全く、ラクスさんがいきなり止まるからですよ。カペラの代表として恥ずかしい限りですわ……おほん、お久しぶりですね、『神速』。」

「うん、久しぶりだねポリアンサさん。」

 服を整えて何事もなかったかのように挨拶をしたのはくるくるとらせんを描く金髪と綺麗な青い瞳が目立つ美人さん――カペラ女学園生徒会長のプリムラ・ポリアンサさん。第十二系統の時間の魔法以外の系統を達人レベルで使いこなす上、ありとあらゆる剣術をマスターしていると言われている凄い人。一瞬毎に形も流派も変わる上に高度な魔法が乗っかった剣劇から『魔剣』の二つ名で呼ばれている。

 交流祭ではオレと戦ってくれて……十一個の系統を極めた人が到達できるという魔法の極致である空間魔法――ポリアンサさんが『ヴァルキリア』と呼んでいた魔法で、オレの必殺技である『グングニル』は真っ二つにされた。


「ああ、やはりこういう感じになったか。少し遅れてくぐったのは正解だったようだな。」


 デルフさんとポリアンサさんが挨拶をかわす後ろ、転んだ女子たちが立ち上がろうとしているのをゲートからひょっこりと顔を出しながら見ていた人物がそう言いながら姿を現す。

 四校の中で一番魔法使いっぽい制服を着て、長い黒髪を綺麗に切りそろえ、眠そうにも見える半目から黒々とした瞳を覗かせるその人はマーガレット・アフェランドラさん。プロキオン騎士学校の生徒会長だ。

 得意な系統は第二系統の雷の魔法で、おじいさんがその系統の頂点に立つ《フェブラリ》。小さい頃から十二騎士の指導を受けて育ち、その上自身の得意な系統が持つ性質を自分の身体に付与するという、こと戦闘に関して言えば最強と言われる魔眼ユーレックの持ち主。自分の身体を雷そのものに変化させたマーガレットさんにはほとんどの攻撃が通用せず、雷という膨大なエネルギーを前に相手は成す術もなく黒焦げにされる。

 色々ないきさつで交流祭が始まってすぐに知り合いとなり、吸血鬼の力を最大限に引き出して挑んだ激闘の末、友人――戦友と呼べるくらいに仲良くなれた人だ。

 ちなみに本当はいいお姉さんという感じなのに雰囲気が怖いせいで『女帝』という二つ名で呼ばれ、魔眼ユーレックを発動させた状態では『雷帝』となる。

「やぁやぁアフェランドラさん、ようこそようこそ。」

「お招きありがとう。しばらく世話になる。」

「……『神速』の態度が明らかにわたくし相手の時よりも大歓迎という感じなのはどういうことかしら?」

「気のせいだとも。決して、この前の交流祭で唯一戦えなかったからというわけではないよ?」

「気のせいではないみたいですわね!」


「う、うわぁ……セイリオス学院に来ちゃったよヒースくん……」

「シャキッとしろよナヨ、こっちに来る機会もこれから増えるかもなんだろ?」


 生徒会長同士がワイワイ話している中、ゲートから追加で登場したのはマーガレットさんと同系統の制服を着た二人の男子。

 女の子にしか見えないけどちゃんと男の子な方は交流祭よりもずっと前、フィリウスとの旅の中で出会った友達のキキョウ・オカトトキ。柔術のような、相手の力を利用する武術の使い手。オレと同じ第八系統が得意な系統で、風を鎧のようにまとって姿を消したりする事と、たぶん桜の国ルブルソレーユ出身って事から『ニンジャ』って呼ばれている。

 そしてそんなキキョウを「ナヨ」というあだ名で呼んだのがキキョウの友達のヒース・クルクマ。こんがりとした日焼けした筋肉が目立つ人で……戦っているところを見た事はないのだが、どうやら風魔法の使い手らしい。

「あ、ロイド――」


「キキョウ?」


 オレの方を見て手を振ったキキョウに答えようとしたのだが、それより先に誰かがキキョウの名前を呼んだ。

「お前……そうか、プロキオンにいるのか。」

 どう考えても久しぶりに会った友人に対する雰囲気じゃない声色でそう言って一歩前に出たのは……キブシさんだった。

「ス、スオウさん……」

 キキョウも知っているらしく、けれどこっちも会えて嬉しいという感じではない顔をする。

「オカトトキの家に生まれながら剣の道を捨てて拳法家の門を叩いた恥さらしが……一体どの面で騎士の学校に通っている。」

 これは……あまり良くない間柄……みたいだな……

「ああ、そういえばお前をたぶらかしたのは《オウガスト》だったな。なるほど、そこの女ったらしの師匠だ、剣の腕の上がらない出来損ないのお前にとってさぞ甘い囁きをしたのだろうな。」

「――! フィリウスさんは――」

 あまり見せない怒りの表情を浮かべたキキョウの顔に、キブシさんは目にも止まらぬ速度で抜いた刀を突き出した……!

 場に緊張した空気が走り、キキョウは自分の顔の先数センチの刃に目を丸くする……

「そ、その刀は……」

 黒い峰に赤い刃。普通のそれとは違う雰囲気を持つその刀は、一ミリも揺れることなくピタリとキキョウの額を捉えていた。

「オカトトキ流剣術皆伝者の中から選ばれた者にのみ授けられる五行剣が一振り、『炎刀・鬼火』。もしかしたら、お前が受け継ぐはずだったかもしれない刀だ。」

「……!」

「お前の二人の兄も受け継いだ五行剣……その全てに持ち主が定められ、当然ながらお前の分はない。わかるか? 今やオカトトキの後継は三兄弟ではなく二人兄弟。お前の名前は存在していないのだ。」

 突き出していた刀を気づいたら納刀していたキブシさんは……更に一歩前に出てキキョウを……見下ろす……

「よもや未だにオカトトキを名乗っているのではないだろうな? お前には過ぎた名前だぞ。」

「ぼ、ぼくは――」

「お前に家名など必要ないだろう? この軟弱者め。」

 ドンッと……キブシさんがキキョウの肩を押す……


 ……こいつ――


「まぁまぁキブシくん、それくらいで。」

 心の内か頭の中か、ぞわりと広がったモノが表に出る直前にデルフさんがキブシの背中をバシバシ叩いた。

「武の道を行けばそれなりの因縁や確執は生まれるモノだけど、お出迎えの場で披露する事はないだろう?」

「おれは流派を背負っている者として誇りの話を――」

「だからそれくらいに。君の為に言っているところもあるのだよ?」

 デルフさんの言葉にハッとして視線を移した先、二つ名の『女帝』が示す通りの凄まじい圧力を放ちながらキブシを睨むマーガレットさんがいた。


「お、お、なんだこの雰囲気。よう兄貴、喧嘩か!?」


 張り詰めた空気も何のそのという感じに、ゲートから現れた人物がケラケラ笑った。

 短い金髪を適当にぼさぼささせ、ボタンをとめていないシャツの内側からガッシリとした筋肉と金色の首飾りを見せるその人は……交流祭でローゼルさんがボコボコにしたパライバ・ゴールド。お兄さんであるベリル・ゴールドさんと同じような模様が向かって右のほっぺに描かれていて二つ名は『ディゾルブ』で……まぁ、とりあえずオレの嫌いな部類の人だ。

「ふん、お前にしてはいいタイミングで来たな。危うく一人死ぬところだった。」

「おいおいなんだそりゃ! セイリオスも結構やべーとこじゃねぇかよ!」

「プリムラ、マーガレット、お前たちの連れはそれで全員か?」

「わ、わたくしはこれで全員ですわ。」

「……私の方はあと何人か来るが、少し遅れる。」

「だそうだデルフ。全員を宿舎に案内しろ。」

「おやおや、ゴールドくんが仕切るとは珍しいね。じゃあとりあえず移動しようか。」

 微妙な空気を相変わらずな事を言いながら笑うパライバが更に変な空気にしていく中を歩き出す他校の皆さん。

 ……というかキキョウがああなってマーガレットさんがあんなに分かりやすく怒ったという事はもしや……二人の仲は進んでいるのだろうか……!

 腹の立つ人がちらほらいるけど、そっちにイライラしている場合じゃないな!




「やれやれ、ああいうのがあるのを忘れていたね。」

 それぞれの制服を着た一行がぞろぞろと宿舎に向かう中、デルフは困ったように笑いながらそう呟いた。

「あー、結構やばかった感じ? さすが『女帝』だよねー。」

 デルフの言葉にそう返したペペロだったが、デルフは首を横に振る。

「そっちもそうだけどもっと大変な気配があったのさ。ゴールドくんの言った「一人死ぬところ」っていうのが言い過ぎじゃないくらいのね。」

「? なんかあったっけ?」

「長い旅で数々の実戦を経験したゆえの事かなと思っていたけど、今のはちょっと桁違いだったよ。あんなのまともに受けたら心臓が潰れてしまうね。」

「??」

 何の事やらという顔で首をかしげるペペロを横目に、デルフはやれやれと呟く。

「大丈夫かなぁ、サードニクスくんの選挙。」

久しぶりの他校の面々の登場です。ロイドくんのようにハーレム状態になっているラクスくんやマーガレットさんとキキョウの進展も気になるところです。


寮長さんであるオレガノさんの登場でアレキサンダーの驚きの体質が判明しました。

何度か書いたと思いますが、アレキサンダーはランク戦だけの登場のはずだったところを、

気がつけば強化コンビとしてカラードくんの良き相棒になっています。

ローゼルさんもそうでしたが、進化するキャラクターに作者は驚いています。


次はキキョウの故郷、桜の国ルブルソレーユについて語られるかと思います。

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