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騎士物語  作者: RANPO
第八章 ~火の国~
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第六十五話 授業の終わり

戦いが終わり、第八章のエピローグです。

 その昔、ヴィルード火山で人間と魔法生物の共存が始まって間もない頃、ギサギルファーという魔法生物がいた。

 高い知能を授かり、今のクロドラドさんと同様の参謀的ポジションにいた彼は今のガガスチムさんの立場にあたる当時の長や仲間たちから大変信頼されており、魔法生物側で大きな発言力を持っていた。

 また、彼は人間との共存に積極的で非常に友好的。人間の、高い知能を使いこなして様々な物事を生み出していく様に感動して尊敬の念すら抱いていたらしく、だから人間側から魔法生物側への窓口として人間とよく接していたという。


 そして当時の人間側――つまりは火の国ヴァルカノだが、学者とその家族が住む小さな村があっただけの状態から大きく成長し、国とまでは行かないが大きな街――現在の首都ベイクの前身が出来上がりつつあった。

 その発展に大きく貢献したのはいわゆる商人たちで、破局噴火を防ぐために抽出される膨大なエネルギーを生活に利用できるようになった辺りから噂を聞きつけた者たちが商売のチャンスを求めて大勢やってきたのだ。

 そしてその当時は現在の火の国の状態に近い形――即ち財力がそのまま権力につながる形が出来上がりつつあった時であり、今のように常に上位に食い込む圧倒的な家があるわけではなかった為、商人から貴族、果ては王族になり上がろうと多くの家が権謀術数を巡らせて暗殺なども行われた暗黒の時代だったという。


 そんな中、とある家がヴィルード火山で採掘できる鉱物に目を付けた。魔法的に特殊な土地である為、煌天石以外にも価値のあるモノが多く眠っていたのだ。

 そこでその家はギサギルファーに鉱物のよく採れる場所などを聞いた。彼は学者たちの研究協力の為にヴィルード火山の地質について魔法生物側が把握している事をまとめていたのだ。ヴィルード火山と一口に言っても広大なその土地のあちこちに住む魔法生物たちから情報を集めるその作業は、参謀である彼にしかできない仕事だった。

 ギサギルファーがまとめた鉱物の分布図は、しかし魔法生物にとっては大して意味のないモノで、だからそれを尋ねてきたその家に、ギサギルファーは快く情報を提供した。


 が、ここで悲劇が――人間の黒い一面が姿を見せる。分布図によって大量の鉱物を得て大きな財を築いたその家だったのだが、他の家が同じことをするのではないかと考えたのだ。

 実際、ギサギルファーは相手が誰で何を求めようと全ては人間側の発展に繋がるのだと信じており、魔法生物側に不利益にならない限りは協力を惜しまなかった。


 故に、利益を独占したいその家は分布図を把握している唯一の存在であるギサギルファーを――排除する事にした。


 真正面からでは腕の立つ騎士を何人集めようともギサギルファーには勝てないし、何より大っぴらに消すわけにはいかない為、その家は他の家を蹴落とす時と同様に権謀術数を巡らせた。


 数日後、ギサギルファーは「人間と共に鉱物の採掘に出かけた際、不運な事故に遭遇した人間を守る為に」命を落とした。

 彼の死は魔法生物たちにとって大きな悲しみで、人間に対して怒りをあらわにしたモノもたくさんいたという。しかし「人間を守る為に」という点が彼の意志そのものであるとし、二度とこんな事が無いようにと人間と魔法生物は様々な取り決めをし、またそれを通して共存という繋がりをより強固なモノとした。


 結果として双方がよい方向に進んだこの事件だが、当然ながら事実は異なる。


 罠にはまり、毒を盛られ、それらの痕跡を消す為と事故に見せかける為に抵抗できないまま凄惨な殺され方をしたギサギルファーは、その怒りと憎しみ、はたまた絶望からか、死後、その身体を禍々しい形をした大剣へと変化させた。

 人間の為に命を落とした同胞、その高潔な魂の宿った剣として、彼は彼と同じ血を持つ者――人間で言うところのトカゲの外見を持った魔法生物へと代々受け継がれていった。

 そして今代、彼はクロドラドさんの手に渡った。同じ立場だったからか、もしかすると性格や外見が似ていたのか、あるいは何かしらの波長が合ったのか――クロドラドさんは大剣へと姿を変えた彼の感情を知り、言葉を聞き、記憶を見た。

 だけどクロドラドさんは現在仲良く共存できている人間がそんな事をするわけがないと信じられず、自分の目で確かめる為にしばらくヴィルード火山の外を旅し……全てを理解して帰って来た。

 語り継がれてきた話の真相がどうとか、そんな事をした人間が許せないだとか、そういう感情は当然あったのだが……クロドラドさんにとっては、人間にそんな醜い一面があるという事がショックだった。

 いずれそういう一面が同胞たちに害を成すかもしれないという理由の中にもっと単純な「人間が嫌い」という感情を入れ、気に入らない奴を殴るような心持ちでとりあえず身近にいる人間を排除しようとした。それが――今回の騒動の全て。


「――何であれ、人間と敵対する形を作れば同胞たちも戦わざるをえない。どちらが先に仕掛けたとかそういうのは関係ない。多くの魔法生物を暴走させ、街を襲わせる。怒った人間と戦争状態になる。同胞たちと共に人間を駆逐し、ヴィルード火山から醜悪な生き物を一掃する。それが目的だったそうです。」


 ここはアンジュの家、カンパニュラ家のリビング。ふかふかのソファにぐったりと沈むみんなに、オレは聞き及んだクロドラドさんの事情を説明していた。


 クロドラドさんを倒した事で魔法生物たちを暴れさせていた魔法が完全に解除され、事態は収束した。到着した火の国の軍に後処理を任せ……というか疲労がピークで何もできないオレたちは、事実確認を後日行うという事で一先ずアンジュの家に戻り、治療が必要なケガなどはしていないのでとりあえず「疲れたー」と言ってソファに沈んだのだった。


「あー……つまり今の話をティアナの膝の上のもこもこがしゃべったという事でいいのか……?」

 そう言って……エリルみたいなムスッとした顔でローゼルさんが指差したのはオレの横に座っているティアナの膝の上にいる魔法生物。


 彼女の名前はデモニデア。ガガスチムさんが長ならデモニデアさんは副長で、ヴィルード火山で二番目に強い魔法生物。高い知能や強靭な身体、超速の再生能力などは持っていないけど魔法の扱いは一番上手なのだとか。

 ゼキュリーゼさんの怒りを引き金にクロドラドさんが怒らせる魔法を発動させた時、それが危険なモノだと瞬時に判断して自身に対抗魔法をかけて難を逃れた。そして魔法の中にクロドラドさんの気配を感知したデモニデアさんは最悪の事態を想定し、ヴィルード火山で最も危険なモノである煌天石が封印されている場所に駆けつけ――クロドラドさんと対峙した。

 普通に戦えばデモニデアさんの方が上らしいのだが、煌天石のエネルギーすら制御下に置くツァラトゥストラの左腕と魔法主体のデモニデアさんは相性が悪く敗北。重傷を負ってオレたちがいた場所まで連れてこられた後、ティアナの治療によって一命をとりとめたのだ。


「クロドラドさんとの戦闘中、デモニデアさんも大剣を通してギサギルファー……さんの記憶を見て、それに気づいたクロドラドさんが今の話――事件の動機を話したらしくて、それをオレがみんなに伝えたんだ。」

「へー、ノクターンモードって魔法生物としゃべれるよーにもなっちゃうんだー……」

 ぐったりしつつ不機嫌そうなアンジュ……実はオレは戦いが終わってから今までずっとノクターンモードのままでいる。理由は――

「あー……」

 ソファの一つを占領して横になっているストカの為だ。


 実は今回の戦いで一番消耗したのはストカだ。何故なら、あれだけ巨大な壁を出したり魔法生物の大群との戦闘を「日中」に行ったのだから。

 戦闘中はそういう素振りを一切見せなかったが、戦いが終わると同時にストカは倒れた。太陽の光を浴び過ぎて衰弱した魔人族を回復させるにはどうすればいいのかわからなかったオレにストカが指示したのが、自分を「闇」で包む事だった。

 吸血鬼の「闇」は夜の性質を形にしたモノ。だからなのか、最後にオレが全員を「闇」で覆った時、ストカは自分の身体が少し楽になったというのだ。

 という事で、ストカは今……例えるなら真っ黒な綿菓子に潜り込んで頭だけ出しているような状態でソファに転がっている。

 で、そうやってノクターンモードでいたらティアナが治療したデモニデアさんの声を聞くことができたというわけなのだ。


「しゃべれるというか、一方的に声を聞くだけなんだけどね……オレからはデモニデアさんに言葉を伝えられないから……」

 そう言いながらティアナの膝の上のデモニデアさんを見る。遠目には大きめのぬいぐるみに見えるかもしれない、大きな丸い猫。ピンク……というほどピンクじゃない、言うなればいちごみるく色のもこもこした毛に覆われ、角とか鋭い爪とかは一切ない。一見強そうには見えないけど、ノクターンモードのオレにはこの小さな身体からあふれ出る圧倒的な魔法の――これはマナの気配なのだろうか? ガガスチムさんら他の派閥のトップの誰をも凌ぐ凄まじい圧力が感じ取れる。

「……なんでそのもこもこはティアナの膝の上にいんのよ……懐かれでもしたわけ……?」

 いつもの八割増しくらいのムスり顔でそう言ったエリル……

「ふふふ、こう見えてもデモニデアは人間で言ったら結構なおばあちゃんだからね。懐いたというのは違うんじゃないかな。」

 そう言ったのはカラードのように車いすに座っているフェンネルさん。何故なら、一番消耗したのがストカなら一番の重傷はフェンネルさんだったからだ。


 今回の戦いの中、フェンネルさんは炎をまとった脚でゼキュリーゼさんとクロドラドさんを相手にしたわけなのだが、どちらも頑丈な身体の持ち主で、終盤のクロドラドさんに至っては鋼鉄を遥かに超える硬度だった。そんな相手を蹴り続けていたフェンネルさんの脚は、実のところ途中から折れていたというのだ。

 ストカ同様に戦闘終了と同時に……痛みを抑えていたアドレナリンとかが切れたのか、痛みで倒れたフェンネルさんをこれまたティアナが応急処置したのだが、ティアナいわく、骨は元の形に戻しても元の強度に戻るまで時間がかかるという事で、今は両脚をギブスで固定して車いす状態なのだ。

 後からやってきた軍の医療班の人が言うには、仮に治癒魔法で治そうとしたら本人の生命力を多量に必要とするような重症だったらしく、ティアナの形状の魔法がなければ完治までかなりかかっただろうとの事。


「デモニデアは新しい魔法とかに興味津々みたいだからね。自分の致命傷や僕の滅茶苦茶だった脚を治してしまうようなティアナさんの魔法が気になっているんじゃないかな。」

 こっちから「そうなんですか?」と尋ねることができればいいのだが、デモニデアさんの方からしゃべろうとしてくれないとわからないので、ティアナの膝の上で丸くなるデモニデアさんの真意は謎のままだ。

 さっきはオレに言葉が通じるというのに気づいてクロドラドさんの事を教えてくれたから良かったのだが……やっぱり一方通行だと会話にはならないよなぁ……

「……でもそのもこもこって魔法生物側で偉いんでしょ? 大混乱してる仲間のところにいなくていいわけ?」

「それは僕も思うけど……こういう時はガガスチムの方が声が大きいからね。」

 たぶん発言力という意味と声量という意味が合わさっているんだろうけど……そう、なんとガガスチムさんはクロドラドさんが倒れてから五分後くらいには元気に立ち上がったのだ。

「……ガガスチム……あのゴリラ、あんなやられ方したのにあっという間に再生したわね……強い魔法生物は全部あんなんなわけ?」

「ふふふ、さすがにあのレベルはそうそうお目にかからないと思うよ。第四系統の使い手である事とヴィルード火山で生まれ育ったという事が合わさった結果だからね。」

「? 師匠、それどーゆー意味ー?」

「あれ、話したことなかったかな。学院でもまだ教わって――ああいや、そういえば僕もこれを教わったのは最高学年になってからだったな。」

 どんなに強い騎士にもそういう時代があったはずで、学校に通っていた頃を思い出してしみじみするフェンネルさん。

「解説する前に予備知識を教えると……全部で十二個ある系統だけれど、これは別名「縦系統」って呼ばれていてね。これらを横断する「横系統」っていう分類があるんだよ。」

「何よそれ、聞いた事ないわね。」

「ふふふ、まぁあるって言っても魔法学で正式に決まっているわけじゃないし、分類の仕方も学者によるから便宜上の呼び名なんだけどね。例えば……今回で言うとクロドラドの魔法がわかりやすいかもしれないね。」

「魔法生物を暴れさせた魔法が? どういう事よ。」

「ふふふ、突然だけれど――みんなはあの魔法、第何系統の魔法だと思う?」

 ふいの質問に頭をひねってみたが……あれ、そういえばどの系統の魔法になるんだ、あれは。

「ふむ……感情が関わるとなると第六系統のような気がするな。闇の魔法には幻術や呪いのように内面に働きかける魔法が多い。」

「ふふふ、正解は第四系統――あれは火の魔法なのさ。」

「はぁ? あれが?」

「? そんな魔法あったっけー?」

 第四系統の使い手であるエリルとアンジュがそろって納得のいっていない顔をするのを見てフェンネルさんが笑う。

「ふふふ、現象としての火とは関係がないからしっくり来ないかもしれないね。そうだなぁ……「怒りの炎」っていう表現を聞いた事ないかな。」

「あるけどー……え、だから怒らせる魔法が火の魔法なのー?」

「ざっくり言うとね。火というモノを感情という観点で見ると、ポジティブなモノだと熱意や情熱、燃え盛る闘志。ネガティブ方向だとさっきの怒りに加えて憎しみや嫉妬の炎っていう言い方もある。どちらにせよ、どこか激しさを含んだ感情には火のイメージが伴う事が多い。」

「ふむ、つまり第四系統が……「担当する」と言えばいいのか、領分とする感情系の魔法はそういう熱を含んだ感情――ということか。」

「そんなところだね。これが第七系統の水の魔法であれば逆に熱の希薄な感情――冷静さや落ち着き、ネガティブな方面だと冷酷、冷徹などが担当になるね。」

「どの系統にも感情系の魔法はあるんだけど、系統毎に扱える感情が限定されるってことなんだー。なんか面白いねー。」

「ふふふ、各系統には日頃扱っている魔法以外にもその系統固有の特徴があるというわけさ。そしてここからがさっきの話だけど、火の魔法を再生能力っていう観点で見たらどんなイメージにつながるかな?」

 話の始まりに戻り、しかしみんなが上手い事イメージできずにいる中、オレはなるほどと合点がいった。

「そうか……エネルギー。」

「? エネルギーがどうしたのよ。」

「なんとなく……エリルがやっている事に近いのかなって。」

「はぁ?」

「ほら、エリルって『ブレイズアーツ』の影響で常にフルパワーで動けるだろう? ああいうイメージで火の魔法をエネルギーとして見るとこう……再生能力に使われるエネルギーにも……えぇっと……」

「ふふふ、言いたいことはわかるしズバリその通りだね。」

 ちゃんとした言い方ができずにこんがらがっているオレに助け舟を出すフェンネルさん。

「彼らが持つ再生能力とは即ち僕ら人間にもある治癒能力の上位版だから、僕ら人間がケガを治すのに養生を必要とするように、その発動には当然ながらエネルギーが必要なのさ。そして通常は自身の生命力を使うところを、ヴィルード火山で生まれ育った彼らは周囲に漂う大量の火の魔力を使う。」

「なるほど……火は機械を動かす動力源にもなるというし、エネルギーとしての側面が強い。ここに生きる魔法生物たちは……自身の身体が火の魔力と相性よくできている事を利用し、周囲の火の魔力を再生用のエネルギーとして取り込む事であの超速再生を可能にしているわけか。」

「超速……再生……あ、あたしにもできる、かな……」

 ふとオレの隣のティアナが自分の手の平を見つめる。形状の魔法でエリルとデモニデアさんの傷を治したティアナ的には今の話に思うところがあるのかもしれない。

「てゆーかティアナちゃん! 一人だけずるい!」

 エリルたち同様にソファに沈んでいるリリーちゃんがそう言ったのは……そ、その、オレの隣に座るティアナがオレのう、腕に抱きついて座っている――からだ……

「み、みんなぐったりしてう、動けないみたいだから……えへへ……」


 そう、この中で一番……こう言ってはあれだけど、疲れていないのがティアナだ。ティアナは壁の防衛戦においては司令塔として戦場全体を見渡してオレたちに指示を出し、あとはエリルやデモニデアさんの治療を行っただけで、みんなほど魔法の負荷がたまっていないのだ。

 で……アンジュの家に着くや否やみんながリビングのソファに倒れこんだのを見て……オ、オレがストカを寝かせたソファの隣のソファに座るとすすーっとオ、オレにピッタリとくっついて……!

「ロイド……」

 エリルが! ものすっごい睨んでくるのですぐさま離れるべきなのだけど、そうしようとすると有無を言わさずオレの腕をつかむ力がアップして色々と触れて――別の意味でオレも動けずにいる……!


 つ、つまり現状、エリル、ローゼルさん、リリーちゃん、アンジュはソファに座り込んで……魔法の負荷などの疲労によってそのまま動けなくなり、ストカはソファに寝っ転がって「闇」に包まれ、フェンネルさんは車いす。ノクターンモードを解除したら疲労に襲われそうだけど発動しっぱなしの現状は割と元気なオレの横に普通に元気なティアナがくく、くっつき――膝の上にデモニデアさんがいるという……状況なのだ……

 ちなみにカラードとアレクは……

「やれやれ、皆さんに加えてフェンネルまでこんな状態だというのに……あのお二人には申し訳ありませんね。」

 コロコロと、お茶の乗った台車を押してやってきたのは……普通、そういう事は使用人の方とがやりそうなのに自分で持ってきたアンジュのお父さん、カベルネさん。


 カベルネさんはゼキュリーゼさんが暴走を始めた直後、フェンネルさんが安全な場所まで避難させたので特にケガとかはしていない。これから事後処理とかで大忙しだろうけど、とりあえず今は崩れたコロシアムなどの被害状況の確認を軍が行っているので手が空いているらしい。

 そしてカベルネさんが今言った「お二人」というのがカラードとアレクで、カラードが戦闘終了後にロゼさんに呼ばれたというか連れていかれたので、アレクも車いす係としてついていったのだ。

 というのも、『ブレイブアップ』が解除されるや否やカラードが操縦していた機動鎧装がガラガラと崩れたのだ。『ブレイブアップ』によって機体が持つ可能性の全てを引き出されてロゼさんの想定を超える動きを見せたわけだけど、それに機動鎧装そのものが耐えられなかったわけだ。

 カラードはロゼさんに謝ろうとしたのだが――


「可能性を引き出す!? それは強化の域を超えているというか、つまり機動鎧装にはあれだけのポテンシャルがあったという事よね! 貴重なデータだわ! 忘れない内に操縦してた時の状況とか感触とかを記録に残させてちょーだい!」


 と、ロゼさんはむしろ嬉しそうにカラードを連行していった。

 ……オレとしてはみんなと同じように防衛戦を戦った上に『ブレイブアップ』まで使用したのにカラードの車いすを押してすたすた歩いていったアレクに驚愕だったのだが……


「当主様、使用人の仕事をとってはいけませんよ。」

「彼らには今別の仕事を頼んでいてな……」

 フェンネルさんの注意に真剣な顔を返したカベルネさんは、しかし慣れた手つきでお茶を淹れていく。

「今回の騒動の裏で計画的にか偶発的にか、貴族たちにも様々な事が起きたようでな……同業ということで他の家の使用人たちと強い繋がりを持つ彼らに情報収集を頼んだのだ。」

「! 何かあったのですね……? カンパニュラ家に影響は……」

「今のところはなさそうだが……聞いたところだとバサルト家がな……」

 バサルト……あれ、どっかで聞いたな……

「それって確か女性を使って他の家に取り入ってるとかいうゲスのところよね。」

 ティ、ティアナの事で八割増しのムスりが一割追加になった顔でエリルが呟く。

 そうだ、確かワルプルガでレッドゴブリンのチームと戦ってた家だ。好色家の一族で家には美人のメイドさんだらけとかいう……

「そう、ゲスの――ああいや、そのバサルトなのですが、騒動の後で家に戻ったところ――」




「どういう事だ……?」

 カンパニュラ家の当主の口からうっかり本音が出た時からさかのぼること小一時間、クロドラドが引き起こした騒動が収束してスタジアムにいた貴族たちがそれぞれの家に帰って来た頃、その内の一つであるバサルト家の当主は自身の屋敷の閑散かつすっきりとした光景に目を丸くしていた。

「これはまた、随分と風通しが良くなったんじゃないか?」

 困惑顔の当主の横、目のやり場に困りそうな格好ながらも浮き出る筋肉に色気がかき消えている女性騎士がケラケラと笑った。

「おい、誰かいないのか! メイド!」

「誰もいねぇみたいだぞ、ご当主様。気配がない。避難したのか?」

「バカな、家を守らずに何のハウスキーパーだ!」

「あんな騒ぎの中でもんなことしてたらそりゃもう、どうかしてるぞ。」

 バサルト家の当主はぶつぶつと文句を言いながら煌びやかな調度品の数々が無くなった家の中を歩き回り、部屋を一つ巡る度に顔を青くしていった。

「ちょっと待て……メイドが一人もいないぞ! 荷物も無くなっている!」

「だからさっき誰もいないって言ったろう。というかあの辺にあったツボとか変な石像とかは無くなっても良かったのか?」

「そんなモノはいくらでも買い戻せるがその為に必要な商品が無くては話にならん!」

 当主の言う商品がさっきまで言っていたメイドと同じモノを指している事を知っている女性騎士はやれやれとため息をつく。

「――! まさか地下からも!?」

「地下? この家にそんなモノあったのか?」

 ハッとして駆け出した当主についていった女性騎士は、何もなかったはずの壁にぽっかりと開いている下り階段に消えていった当主を見て少し険しい顔をする。

「……まさかこの家――」

「ああ、そんな、ここまで!?」

 下から聞こえてきた当主の悲鳴に近い声を聞きながら階段を下りた女性騎士は、そこに広がる奇妙な光景に面食らった。

 階段の先には大きな金属の扉があり、その奥には無数の扉が並ぶ無機質なホールのような空間があったのだが……その壁いっぱいに書類のようなモノが張り付けられていたのだ。

「ない、ない、ない……! 折角集めた原石がっ!!」

 扉の一つ一つを覗いていく当主を横目に、女性騎士は壁の書類の一つを手に取り、その内容に驚愕した。

「……おい、ご当主様。あんたかなりヤバイぞ。」

「――! なんだ貴様、雇われの騎士の分際で! 騎士の正義に反するか!? 生憎だがこの国では――」

「あんたがここで何をしてたかってのは大いに興味あるが、それよりも壁の書類を見た方がいいぞ。」

 女性騎士に言われて壁の書類の一枚を乱暴にはぎ取った当主は、その内容を見て目を丸くした。

「!?!? なんだこれは――ど、どうして我がバサルト家所有の店のオーナーがあの女に……!?」

「どっかの施設の責任者に……おお、土地の譲渡まで。どうやらバサルト家が所有してた財産という財産が一人の女に渡ったみたいだな。」

「バカなっ!! こ、このような書類、存在するわけがない! 全てに私のサインが必要なのだからな! 魔法を込めたサインを細工できるわけが――」

「できないわけじゃない。物凄く難しいだけだ。でもって……ふん、ここに書いてある女の名前はそっちの筋のスペシャリストってことで騎士の間じゃ知られた悪党だぞ。」

「あ、悪党!? リレンザは商品の教育係だぞ!?」

「そうやって潜り込んで内側から金持ちの家を崩すプロなんだよ。この書類みたいに、表面上は合法的にな。この女――リレンザは通称『罪人』と呼ばれる集団の一人で……ふふ、こうやってあたしっていう騎士があんたに雇われてるってのに本名を名乗ってたとは恐れ入るが――まぁ、この地下室の存在を今知ったようなあたしとは顔を合わす機会もなかったか。」

「で、ではリレンザが商品まで持って行ったというのか!?」

「それはどうかな……連中の目当てはあくまで直接的な金――うん? この書類は名前が違うな。」

「! よこせ!」

 女性騎士から書類を奪い取った当主はそこに書いてある名前を見て、今日一番の驚愕顔になった。

「!?!?!? な、なぜ口座の一つの名義がメイド長に……!?!?」

「はー、それメイド長さんの名前だったのか。となるとこっちの名前もメイドの誰かか?」

「!? それはこの部屋にいた原石のうちの一つ――ま、待て待てどういう事だ!? リレンザがうちの財産をう、奪ったのはわかるとして、商品に財産の一部が渡ってるのはどういうわけだ!?」

「あたしに聞くなよ。リレンザのいたずらか何か――」


 パァン。


 突然鳴り響いた乾いた音。女性騎士にはそれが銃声であるとわかったが、いきなり響いたその音よりも――

「商ヒンなどと、モノのように……!!」

 一体いつからそこにいたのか、たった今放たれた銃弾でバサルト家の当主を撃ち殺したその者の気配に自分が気づけなかった事に驚いていた。

「おマエは騎士だな……この家の――」

「おっと早とちりするなよ。あたしは今回のワルプルガの為に雇われただけだ。」

 自分の死角に立っているその者が女であることは声でわかったが、敵意からして未だ銃を構えたままであろうその者に、女性騎士は両手を上げて戦闘の意志が無い事を示す。

「……ベツに関係者だったとしてもお前を殺す気はない。それは必ヨウないからな。」

「それは良かった。ちなみに、この家にいたメイドさんやこの部屋にいた子たちはあんたが?」

「……そうだ。」

「書類の書き換えは?」

「……ナンの話だ……」

「そうか、じゃあいい事を教えとく。この壁に貼り付けてある書類の中からリレンザって名前が書いてない書類を全部回収していけ。あんたの役に立つと思うぞ。」

「……そうだとして、どうしてそれをオシえる……?」

「あー……そうだな、あんたのしてる事に、立場的には拍手喝采を送れねーが心の中じゃ応援したいと思ってるからだな。薄っぺらで悪いが。」

「……そうか……ついでに、キシであるお前に一つ聞いておきたいんだが……」

「んん?」

「ムカシ、奴隷制度のあるどこかの国でこの家のような事をしていた、この家よりも遥かに大きな所を……政治的問題などを無視して壊滅させた騎士がいたという……それは誰だ……」

「んー、正直そういう熱い騎士はそこそこいるからその話だけだと特定はできねーが……それが「たった一人で」っていうなら九割方断定できるぞ。」

「……人ズウはわからない……でも参考までに聞いておく。」

「その騎士の名はフィリウス。現十二騎士で第八系統の頂点である《オウガスト》を任されてる騎士だ。国政のしがらみとかを無視して自分の正義――いや、騎士道を貫く男さ。お偉いさん方からすると使いにくいことこの上ないたんこぶだが、多くの騎士の憧れだな。」

「《オウガスト》のフィリウス……オボえておく。」

 そういう呟きが聞こえたと思った瞬間、壁一面に張り付けられていた書類の内の何枚かが無くなり、女性騎士の背後から気配が消えた。

「……最近悪党連中が大騒ぎって時にダークヒーロー――いや、ヒロインも登場とはね。」

「団長ー、どこですかー。」

 ため息をついた女性騎士は階段の上から聞こえる仲間の声にハッとして頭から血を流しているバサルト家の当主を見下ろした。

「……報酬はどうなるんだ、この場合……」




「当主が殺されてメイドと財産がなくなった? 何よそれ、大事件じゃないのよ……」

 さすがのエリルも超ムスり顔に困惑が混じる。

「雇われていた騎士の方の話によると『罪人』という犯罪組織の一人が潜り込んでいたらしく、その結果ではないかとの事です。」

「『罪人』……!」

 エリルを含めた全員が反応するが、やはりエリルの反応が一番大きかった。

 壁の防衛戦の場に登場した……クロドラドさんの依頼を受けて身代わり水晶に細工を施して混乱を招いた男、インヘラー。エリルによると、そいつは自分を『罪人』の一人だと名乗ったそうなのだ。

「あたしは聞いた事ないけど……有名なわけ……?」

 普段ならこういう質問はオレの役回りだが、エリルも知らないらしいその組織についてローゼルさんが答える。

「まあ、騎士の間ではそこそこ知られた名前だな。『世界の悪』が率いる『紅い蛇』のように世界のあちこちで悪事を働く集団の一つだ。一人の悪党がいて、その下に他の悪党が集うというお決まりのパターンだが……『罪人』は他のそういう集団とはある一点が決定的に違う。」

「……自分たちで『罪人』とか名乗っちゃってる痛いところとか?」

「その呼び名も関わって来るのだが……連中は犯罪の証拠になるようなモノを一切残さない。だから、誰がメンバーなのかわかっているのに捕まえる事ができないんだ。確実に、どう考えてもそいつが犯人なのだが証拠となると何もないゆえに。」

「何よそれ……悪党が野放しにされてるってこと?」

「残念ながらな。だが今回、エリルくんはもしかしたら初となる現行犯逮捕をやったわけだから、その状況も何か進展するかもしれないな。」

「おお、さすがエリル。また勲章みたいのをもらえるかもしれないぞ。」

「みたいのって何よ……そんなポンポンもらえるわけないじゃない。」

「いえいえ。」

 全員にお茶を手渡していたカベルネさんがエリルの呆れた顔に首を振る。

「シリカ勲章に比べたら影響力は小さいでしょうが、現国王は今回の活躍に対して感謝を示したいとの事ですよ。」

「は!?」

「やったなエリル!」

「あ、いえ、壁を築いて街を防衛した皆さん全員が対象ですよ。」

「えぇ!?」




 田舎者の青年がすっとんきょうな声を上げた頃、ヴィルード火山の中腹にある研究所内のとある場所――煌天石のような危険な鉱物の研究の為に作られたシェルターのような広い部屋の中心に、不思議な赤い光をまとった鎖に縛られたトカゲ――クロドラドがいた。

『ヴィルード火山が噴火しないように作られた、火山のエネルギーを吸い出す術式だかがその鎖にはかかってるらしい。魔法は勿論、火の魔力と相性がいいせいでそっちに性質がよってるわしらの生命力みたいなモノも吸っちまうんだとよ。力入らないだろう、クロドラド。』

 縛られているクロドラドの前、あぐらをかいて葉巻をくわえたゴリラ――ガガスチムが煙をふかしながら話しかける。

『……何故殺さない、何故追放しない、何故……私をここに?』

『殺したり追放したりしたら話が聞けない。お前みたいに考える奴が他に出てこないとも限らないんだからな。第一号のお前の意見はきちんと知っておかないといけないだろう。』

『では、事情聴取が終わればどちらかに処されるか?』

『さてな。わしの一存にするにはデカい一件だ。同胞の意見を聞いてからだな。』

『宙ぶらりんな事だ。それで……今は何を聞きに来たんだ、ガガスチム。』

『お前の胸の内は後でじっくりとして、たぶんすぐに聞いとかんといかんのは二つだろう。』

 大きく煙をはいたガガスチムは真剣な顔をクロドラドに向けた。

『まずは今回お前が身代わり水晶への細工を依頼した人間の悪党について。煌天石を報酬にすれば仕事は受けてくれるだろうが……そもそもお前、あんなのとどうやって知り合った。』

『……外を見て回った時に出会った――いや、あっちから近づいてきたというべきか。』

『あの悪党がか?』

『いや、仲介屋だ。人材を求めるモノと求められている人材をつなぐモノ――恋のキューピットならぬ仕事のキューピットだと言っていたな。』

『なんだそいつは……』

『そいつが持つ人材のリストに自分の名前を載せる事で契約となり、契約者はそのリストに載る人材へ仲介屋を通して助力を求める権利を得る。そこで相手が承諾すれば欲しい人材が手元に届くというわけだ。当然自身が求められる事もあるが、嫌なら断ってもいい。』

『便利な事をしてる人間がいたもんだな……』

『いや……そいつは魔人族だった。スピエルドルフから出たのか、元々国民じゃないのかは知らないが……故にあいつのリストには善人悪人どころか種族も問わず様々な名前が並んでいた。』

『それであの……『罪人』? とかいうのを呼びつけたわけか……』

『……もう一つはなんだ?』

『……その左腕だ。』

 鎖に縛られているクロドラドには現在、左腕がない。ツァラトゥストラが切り離された事で再生能力は戻っているはずだが、何故か左腕だけは再生していなかった。

『あんな滅茶苦茶な能力を持ったモノを身体にくっつけて使ったんだ、お前の左腕が戻らないのは代償とでも考えるが――あんなものどこで拾った。』

『言っただろう、事故にあったと。まったく予定になかった役者がいきなり現れて私の左腕を引きちぎり、代わりにあの腕を置いていった。』

『ツァラトゥストラ……フェンネルの奴から聞いたが、それは人間のとある大悪党が世界にばらまいた兵器らしい。』

『ああ……ならあれがその大悪党だったんだろう。』

『……お前の左腕を軽々奪う奴か……何者なんだ、そいつは。』

『化け物だよ、ガガスチム。人間の形をしてはいたが……あれは魔人族以上の怪物だ。』




『随分と機嫌が良くなったみたいだな。』

 ずるずると、巨大な何かを引きずりながら暗い部屋に入ってきたドレスの女を見て、フードの人物はそう言った。

「そこそこいい運動ができたし、『罪人』の馬鹿共も結構殺せた。あとは置いてきた土産がどんな結末にして何を生むかだ。」

『何の事だかさっぱりだが……それは何だ? ドラゴンでも狩ってきたのか?』

「バカお前、こりゃトカゲの腕だ。ケバルライに渡しとけ。いい感じに使えってな。」

「ヒメサマがワレにプレゼントとは、明日は空から何が降るのやら。」

 定位置である部屋の真ん中のソファに沈んだドレスの女が放り投げた巨大なモノを片腕でキャッチしたフードの人物の背後から、いつもならクリーニングしたてかと思うほどにパリッとした白衣を真っ赤に染めた老人が葉巻をふかしながら現れた。

「ほう、魔法生物――リザードマンの腕のようだがこの筋肉、何かの体術を身につけていたな。たまにいる喋れるくらいに知能の高まったタイプか。これはなかなか。」

「んだお前、いつからイメチェンしたんだ?」

「ん? ああ、これはコルンのだ。ヒメサマの血を得てからというモノ、凄まじい進化と変化で身体が幾度も破裂しているのだ。それで死なないのもまたヒメサマの血の影響……ふむ、ならばこの腕のように人間の性能の遥か上を行く成分を加える事で進化に耐えうる……いや、それではそもそもの――」

「小難しい話は別でやれ。ちなみにバーナードはどーなった? スリムなイケメンに生まれ変わったりしたか?」

「八割ほどの作り直しが終わっていたから、そろそろ意識が戻るであろうな。」

「んだよ、まだ寝てんのかあいつは。他の連中はどこで何してんだ。」

「プリオルとポステリオールはその機動を活かして彼女の足取りを追っているようだ。マルフィは間違えて他の王を見つけたとか言っていたな。」

「何してんだあのクモ。誰が腹ペコと居眠りを見つけろっつったんだ。」

『ムリフェンはどうなっているのだろうな。そろそろあの特殊な魔法でたどり着いていそうだが。』

「あ? そーいや火の国で会ったな。賭場を荒らされた時の顔で『罪人』殺してたが……あいつ、ちゃんと探してんだろうな。」




「どどど、どこですかここは!?」

 ヴィルード火山の岩肌とは打って変わって一面の草原。小高い丘の上という事もあり、周囲には空しかない一面の緑。その中にポツンと、奇怪な帽子をかぶった青年とディーラー服の女は立っていた。

「恋愛マスター――彼女が神出鬼没なのはこれを使っているからなのですよ、『ハットボーイ』。」

「なんの話ですか!? またマグマに潜ったと思ったら何かと戦って気づいたらここってどういう事なんですか!?!?」

「地脈、レイライン、色々な呼び名がありますが、要するに地面の下を行くエネルギーの奔流です。その始点や終点には先のヴィルード火山のような特殊な土地や大国の地下などにある亡骸がありますが、途中の分岐は割とランダムでしてね。仮にその枝のどこからでも流れに入る事できるというのなら、彼女の位置魔法を超えたあっという間の移動にも納得なのですよ。」

「ち、地脈? それにマグマの中から入ってこんな所に出たって事ですか!?」

「ここはマナが……特に第五系統よりのモノの密度が高く、始点の一つになっているのです。枝先からの出入りはできませんが、大きな出入口であれば私の魔法でも行き来ができそうです。いやはや、『バッドタイミング火山男』がいなくなってくれて良かったです。火山を覆うほどの広範囲で火の感情魔法を使い、火山の火の魔力を消費する事で『バッドタイミング火山男』の存在を薄くしてくれた誰かさんに感謝です。」

「火山男……さ、さっきマグマの中で戦ってたのはそいつだったんですか……?」

「いいえ。あれはマルフィさんの同族――魔人族の方でしたね。身体がマグマで出来ていたようなのでマグマの中では見えにくかったでしょうが。」

「ま、魔人族!?」

「『ドロロンニンジャカメレオンマグマ』さんですね。とても強い方でした。少し本気を出してしまったのでしばらく魔法が使えません。『ハットボーイ』、とりあえず近場の人がいそうな場所はどちらでしょうか。お腹が空きまして。」

「は、はぁ……ち、地形を読み込んでデータと照らし合わせるのでちょっと待っててください……」

 ノート型のコンピュータを開いて小さなカメラで周辺を撮影し始めた奇怪な帽子をかぶった青年は、そうしながらディーラー服の女に尋ねる。

「それで……えっと、つ、次はどうするんですかね……そろそろぼくを解放――」

「大きな出入口しか使えませんが、流れを追えば枝がどうなっているかを把握する事はできます。なので『ハットボーイ』にはこれからその地図を作ってもらおうと思います。」

「え……え!?!? 地下を流れるエネルギーとかいうのの道をマッピングするんですか!? 軽く国を超えてつながってそうな壮大なモノを!?!?」

「はい。それさえ完成すれば――いえ、それを完成させる事が彼女を捕まえる可能性の最も高い手段なのです。」

「そ、そんな……」

「それほど時間はかかりませんよ。『ハットボーイ』の力と私の魔法を使えばね。」




 火の国から遠く離れた場所。夜の国と呼ばれるその国の王城の一室で、まるで火葬でもするかのように炎の中で横になっている人型のシルエットを眺める派手な軍服姿の者がいた。ただし眺めると言ってもその者に目はなく、むしろ鼻や口もないのっぺらぼうで、まるで水面のような顔は燃え盛る炎の光を反射していた。

「どうですか、ヴァララさんの具合は。」

 そう言いながら軍服姿の者の横に並んだのはところどころに赤い模様の入った黒いドレスに身を包んだ女性で、黒の右眼と黄色の左眼にうつる炎に苦い顔をした。

『純粋な炎の中で一か月というところでしょうか。命に別状はなく、後に残る傷などもありませんが……正直驚いています。ヴィルード火山での任務という事で安心し切っていましたが……まさかこれほどの手練れだったとは……』

「フィリウスさんのような強者もいるという事を失念していたワタクシのミスです。大事なレギオンメンバーをこのような……」

『謝らないで下さい、姫様。今回の経験でヴァララは更に強くなり、より一層スピエルドルフの未来に貢献できるようになるのです。敗北は悪い事ばかりではありませんよ。』

「……ならばワタクシは、ロイド様と共に貢献に足る未来を作らなければなりませんね。」

 しばらく炎を眺めた後、姫様と呼ばれた女性――カーミラと軍服姿ののっぺらぼう――フルトブラントはヴァララの部屋をあとにした。

「ヴァララさんの記憶によると接敵したのはロイド様を狙っている『世界の悪』、アフューカスの部下の一人でした。確かムリフェンとかいう賭博師……あのマルフィも名を連ねる集団ですのに、ワタクシはできたらアフューカスの始末もなどと……!」

『ご自分を責めるのはそれくらいで。マルフィならともかく、あれほど火の魔力に満ちた土地に加えてマグマの中という条件下でヴァララを打倒しうる人間がいるなどと、私も思いませんでしたよ。』

「……ヴァララさんとストカのおかげでロイド様に新たな武器をお渡しする事はできましたが……あれほどの強者、いよいよロイド様にも護衛をつけなければならないかもしれませんね。」

『私の他、二人のレギオンマスターもそれには同意です。ですが――』

「任せられるような者は各地に散っている……ワタクシがお傍につければ良いのですが……」

『力及ばず申し訳ありませんが、国内にも姫様のお力が必要な事がありますから……』


「そもそも女王不在なんて事になったらヨルムが怒るわね。」


 二人が歩く廊下の先に立っていた者――フルトブラントと同じ軍服に身を包み、背中から大きな翼をはやした鳥の頭をした人物がそう言いながら恭しく頭を垂れた。

「だけど現状は何とかしなくちゃいけないって事で、わたしに一つ提案が。」

『ん? 何かあるのかヒュブリス。』

「連絡係を派遣するのはどうかしら。」

「連絡係?」

「一応、ロイド様の「今の状況」は姫様の右眼である程度把握できているけれど、それにも限界があるし、何より「今」しかわからない。だからもっと詳細に、ロイド様へ降りかかる危険を事前に察知できる者を配置して、有事の際にはその者にこちらへ連絡してもらうの。護衛をつけるのに比べるとワンテンポ、アクションが遅れてしまうけれど、今よりは安心できないかしら。」

『なるほど。それならば「ロイド様を守るための戦闘力を持つ」という護衛の条件を緩和し、選択肢を広げる事ができる。』

「そういうこと。各地で任務にあたってるレギオンメンバーは強さと情報収集能力に長けた者たちだけど、この場合に求められるのは危機察知の能力。きっとベストな人材が残ってるわ。」




 魔法生物たちの大暴れの次の日、いわゆる魔法切れのだるさがまだ残る身体を引きずって、あたしたちは火の国ヴァルカノの王城に来てた。

『――という極めて混乱した状況の中、暴走状態となりました同胞たちを抑える事に尽力してくださいました。その頃のわたくしカーボンボと言いますと、間違えて人間の貴族たちが避難したシェルターに来てしまいまして――』

 昨日の今日でワルプルガの続きが行われるわけはなく、今年はゼキュリーゼが暴れ出すまでに行われた試合結果だけで星とかの計算をすることになった。後半戦に勝負をかけてた貴族とかからは文句が出てるらしいけど、その辺の調整はおいおいでしょうね。

 とにかく今年のワルプルガは中途半端だけど一応終わりを迎えて、あたしたちの校外実習――魔法生物討伐体験特別授業は終了した。生徒たち全員がそれぞれの場所で実習を受けるから長めの期間が取られてるこの特別授業だけど、これから後始末とかでゴタゴタしてく火の国に長居すると迷惑になるかもって事で、予定通りにこっちに来てから五日目の今日、帰国する事にした。

 カベルネが言ってた国王が感謝を示したいっていう話も、そういう事が落ち着いてできるようになってから改めて――って思ってたんだけど、カベルネづてに現国王にそう伝えたらそれはダメだっていう話に何でかなり、今、あたしたちは王の間に並んで立ってる。

 んで……現国王からの言葉の前に魔法生物側も感謝を述べたいって事で代表としてやってきたカーボンボの長い話を聞いてるところなんだけど……いつまでしゃべってんのよこの犬!

『――という事で、手短ですが我々の感謝の言葉を送ります。』

 ペコリとお辞儀して壁際に移動したカーボンボをげんなりした顔で見ながら、現国王がゆらりと立ち上がる。

 国王って言ってもそれっぽいのは頭の上の王冠だけで、なんか商談でもしに来た人みたいにぴっちりしたスーツを着てる。金持ち具合で位が決まる国だから、格好からしてたぶん今の王族は元商人の家系なのね。

 だからなのか――

「――てことで、君たちがいなければ生じていた損害はこれくらいになるわけで、ならばこれの何割かを報酬として渡すのが筋なのだろうけど君たちは騎士見習い。正式な騎士ではないにせよその行動は騎士としてのそれであり、ならば人々の安全を守るのは当然の行い。よって支払われるべき報酬は騎士の給料そのものであるわけで特別こちらが何かを――」

 ――てな感じに、別にそんな話はしてないんだけどそういう話題を持ちかけられる前に言いくるめようとしてる風に、あたしたちに対してお金的な報酬を渡す理由はないって事を延々と語った後、腹立つくらいに偉そうに勲章を渡してきた。

 そして用は済んだから帰っていいぞって言って現国王はとっとといなくなり、あたしたちはさらりと王城の外に追い出された。

「すみません。現国王は元々商人でして、何かと金銭的な損得の話に持っていってしまうのです。おかげで今の火の国の財政は安定しているのですが……」

 ペコペコ謝るカベルネ。もしもカンパニュラ家が王族になったらこの山賊みたいなのが国王になるわけで……そう考えるとこの国って代によって顔色がかなり変わるのね。

「ふふふ、でもまぁみんなが受け取ったその勲章は今の王族には関係のない、昔からあるヴァルカノの勲章だからね。現国王に腹を立てて捨てたりしない方がいいと思うよ。」

「しないわよ……」

「そうだよ、こんな大きな宝石がついてるんだから捨てちゃもったいないよ。」

 国王みたいな商人目線でそう言ったリリーはもらった勲章を日にあててじっくりと眺める。

 この前もらったフェルブランドのシリカ勲章はすごく細かい飾り細工がされたモノだったけど、ヴァルカノの勲章には大きな宝石がいくつかついてるモノで……リリーじゃないけど、確かにそういう価値は高そうだわ。

「ふふふ、権威や誉れ云々よりも財力がモノを言う国だからね。勲章にもそういう宝石がついてしまうわけさ。しかしこれでみんなは学生の身でありながら二つの国から一つずつ勲章を貰うという恐ろしい経歴を手にした事になるね。」

「でも師匠、フェルブランドのシリカ勲章とうちのこれじゃあ凄さが全然違うんじゃないのー?」

「ふふふ、それはそうだけれど国から感謝される騎士はあちこちにいるモノじゃないからね。既に偉業だよ。」

「偉業か……しかしおれたちは未だ学生。これに満足したり驕ったりしないように引き締めなければならないな。」

「だな。つーかシリカ勲章も困ってんだがよ、こういうのって部屋に飾っとけばいいのか? それとも引き出しに大事にしまっとくもんなのか?」

 昨日の遅くにロゼと一緒に戻ってきた強化コンビが勲章の取り扱いについて話し始める。

 カラードは相変わらず車いすだけど……アレキサンダーはほんとどうなってんのかしら。『ブレイブアップ』もしたクセにあたしたちより元気なのよね、この筋肉……

「そういえば良かったのですか? あの魔人族の方にも授けられるべきですのに……」

 残念そうにしてるカベルネが言ってるのはストカの事で、実はこの場にはいない。というのも、昨日の内にスピエルドルフに帰ったのよね。

 ロイドのノクターンモードの「闇」の中で寝てたストカは、夜になったら多少は元気が戻ったのかだるそうに起き上がって、勲章の話をしたらこの前のラコフの時のユーリと同じように、魔人族が関わってたって事が公になるのはマズイってことで……どうやって呼んでるのか知らないけど、ひょっこり現れたユーリに連れられてスピエルドルフに戻った。

 ……これもユーリの時と同じだけど、今回一番の活躍をしたのはたぶんストカで、あの壁が無かったら防衛戦なんてできなかった。ほんと、魔人族ってデタラメだわ。

「えぇっと、スピエルドルフの方針みたいなモノなので……それに本人はたまの国外を楽しんだみたいですし、ご飯も美味しかったって満足していましたよ。」

「そうですか……機会があれば、また来ていただきたいですね。次は私も料理を振る舞いましょう。」

「はい、喜ぶと思います。」

「時にロイドさん。」

「はい。」

「諸々拝見させていただきましたし、アンジュとの仲や進展も良好。何より今回の件にて「将来有望」を通り越す確たるモノを感じました。」

「はい?」

「最も大切な点はアンジュ自身の決定であると考えていますが、結果ロイドさんの持つあまりに価値の大きなあれこれに触れられるとなりますと、久しく忘れていたモノに火が付きそうで困ったものです。」

「は、はぁ……?」

「それゆえに、大前提がクリアされている現状、私も欲しいモノを手に入れる為に全力を尽くすことを断っておきますね。」

「???」

 話を初めから理解できてないロイドはともかく、アンジュの父親であるカベルネが……ロ、ロイドを認めた――的な事をしゃべってると思ったら……なんかよくわかんない方向に話が進んだわね……何言ってんのかしら、この山賊。

「こちらへ来られた時と同様にヴァルカノから出ている寝台列車を手配いたしますので、ご出発は夜になりましょう。最後の夕食は盛大にご用意させていただきますね。」

 王城の外、迎えに来た自動車とは別のモノに乗り込んだカベルネはそのままどこかへ行ってしまい、話の内容がイマイチわからなかったあたしたちはポカンとする。

「ふふふ、これはこれは当主様にまで影響が。」

「あ、あのフェンネルさん? 今のは……」

 昨日は車いすだったけど今は……機械の松葉杖って言えばいいのかしら、腰から生えてる変なので両脚を浮かせた状態で立ってる相変わらずの真っ黒衣装でつまりは素っ裸の変態フェンネルが「怖い怖い」って感じの笑みを浮かべて汗を拭う。

「当主様、今でこそ趣味の格闘技の影響で動きやすいワイルドな格好ばっかりしているけど、あの人は間違いなくカンパニュラ家という、火の国ではそれなりに歴史を積んできた貴族。若い頃は家を繁栄させる為、様々なモノに目を光らせていてね。実際当主様が当主様になってから、カンパニュラ家の資産は三十パーセント増しになったよ。」

「へー、じゃああの人は腕利きの商人――いや、投資家だったんだね。」

 ニンマリ笑うリリー。つまりカベルネは、直接商売をするんじゃなくて何か新しいモノを売ったり作ろうとしたりしてる人を見つけて支援する事で儲けを生んでたって事。まぁ、貴族なら大抵何かしらの事業に出資してるもんだし、変な話じゃないけど……フェンネルの顔からするに、相当なやり手だったのね。

「奥様との出会いのキッカケも機動鎧装というアイデアに当主様が興味を持った事だったしね。今回の一件は図らずも機動鎧装の実戦テストになり、その結果は上々。その上カラードくんの強化魔法によって更なる可能性もあるとわかり、予算を出しているカンパニュラ家としては絶好調なところにロイドくんというとてつもない価値を持った人物との繋がりも得られるかもしれないときては、当主様も血が騒ぐというものさ。」

「オ、オレがですか……?」

 ……なんかこの流れ、前にもあったわね……

「……カーミラがお姉ちゃんと会った時に言ってたわね。ロイドの持つ人脈は価値があるって。その辺が……お金になるって事?」

「ふふふ、その人脈とは即ち……嫌らしい言い方をすると金のなる木なのさ。友好的な繋がりは信頼の証であり、お金が動く時には必要になるそれをロイドくんはたくさん、多方面に、しかも強大なモノを持っている。王族や貴族、名門騎士や十二騎士に魔人族。しかもロイドくん自身も勲章という信頼が形になったモノを手にしている将来有望な騎士。こんな人物に価値を感じない為政者や商売人はいないよ。」

「えぇ……」

「加えて直接的に価値の高いモノ――ベルナークの剣、隻眼の魔眼、魔法を弾く力は、その筋に通せばどれほどの価値と影響力を持つか計り知れない。ロイドくんという人物を手中におさめるという事は無数の金儲けへの道を手にする事と同義なのさ。」

 他人事っていうか笑い話をするような顔でそう言ったフェンネルだったけど、ロイドの顔はちょっと青くなる。

「……ど、どうしよう、エリル……」

「……あたしに聞かないでよ……」

 でもまぁ……確かにこいつは色々トンデモナイからそれを狙って悪党が動くかもなわけだし、青くなるくらいの自覚はいい事かもしれないわね。

「ふむ、ロイドくんの価値云々はともかくとして直近の問題は帰りの列車だな。」

 真面目な話をしてる中で真面目な顔でそう言ったローゼルだったけど……これたぶん、真面目な内容じゃないわね……

「昨日は全員ぐったりしていたし、ストカくんが帰った事で部屋が空いた為にロイドくんは一人部屋だったわけだが――先ほどのアンジュくんのお父さんの発言から推測するに、アンジュくんにチャンスを作る為、きっと帰りの列車は一部屋足りないだろう。」

「チャンスヲツクル……い、いやそんなまさか……」

 青い顔が元に戻り、逆に赤くなってくロイド……

「しかも今のロイドくんはノクターンモード使用の副作用でラッキースケベ状態。二人きりになったら何が起こるか分かったモノではないというか分かり切っているというか……」

「ラッキー……?」

 今のロイドがどういう状態なのかを知らないフェンネルが首を傾げ、ロイドが赤い顔でわたわたする中、あたしたちの間で火花みたいな何かがバチッとした……ような気がした。

 ……て、ていうかこういう場合は普通こ、恋人のあたしと……




 国王様から勲章を頂いたことがかき消えそうな桃色の不安というか理性との戦いというか、ノクターンモードを解除した事でドッと来た疲労がまだ残る身体でどこまで抗えるか欠片も自信のない状態で迎える火の国最後の夜。カベルネさんの言葉通りに豪華な食事が夕食のテーブルに並んでいるのだが……何故かその場所はあの広間ではなくてカンパニュラ邸の庭。夜空がきれいでそれはそれで素敵なのだがどうしていきなりと思っていると、ズシンズシンと大きな足音が聞こえてきた。

『バッハッハ! うまそうな料理が並んでるが量が足りないようだな! わしらの分はあるのか!』

 額と両肘から噴き出る炎が暗闇の中にその姿をぼんやりと照らし、まるでヒュードロドロとおばけが出るようにぬぅっと登場したのはガガスチムさん。

『――』

 そしてその足元からトトトと走ってきてチラリとこっちを見て何かを言った――と思うのだがノクターンモードじゃないオレにはその内容がわからず、そんなオレの反応を見て首を傾げた後ティアナの背中に飛びついたのは大きな丸い猫――デモニデアさん。

 最後に――

『何故オレが人間なんぞと……』

 暗闇から現れるとかなり怖い独特なシルエットの持ち主――ゼキュリーゼさんがやってきた。

『バッハッハ! クロドラドのせいとはいえ、最初に暴れ出したのはお前だからな! 我らの同胞たちが人間の街を襲うのを止めてくれた戦士たちに、暴走組代表として礼を言わんといかんだろう!』

『ふざけるな! 人間に礼など――』

『あのままだったら多くの同胞たちの命が失われる大戦争になりかねなかったんだ。それを防いだってのは立派に恩人だろうが。感謝もできない野蛮にはなるなよ、ゼキュリーゼ。』

『――っ……』

 ものすごく嫌々な顔で……ゼキュリーゼさんがオレを見下ろす。

『……覚えてるぞ。燃え上がったオレの怒りを吹き消したのはお前だろう。』

「え、えぇっと……」

『…………手間をかけた。』

「へ、あ、はい……」

 お礼のような何かを言っているのだけど全力で睨んでくるゼキュリーゼさんにどう答えたものかと固まっていると、その形相がふと緩んでオレに近づいてきた。

『……こうして見ると随分と変だな、人間……』

「そ、そうでしょうか……」

『異様な気配を感じる……何か強大で底知れないが――しかしお前自身には馴染んでいて違和感ではない。』

 そのまま食べられてしまうのではないかというくらいに近づいてきたゼキュリーゼさんの不思議そうな顔と睨めっこしていると、カンパニュラ家のメイドさんたちが運んできた大きな樽をジョッキのようにしてぐびぐび飲み始めたガガスチムさんがバハハと笑う。

『ああ、わしも戦った時に思ったぞ! クロドラドみたいに本来の身体とは違う変なモノがくっついたら気持ち悪い気配になるモンなんだがな! その人間はまるで初めからそういう存在だったみたいにしっくりだ! 随分と妙な弟子だなフェンネル――っておいおい、なんだその脚は! だらしない!』

「そっちの三番と四番を蹴り続けたんだぞ。これくらいなって当然……というかよく来たなお前たち。」

『そっちからこっちの窓口にメッセージが来たんだ。フェンネルの弟子たちを見送りに来ないかってな。』

「……当主様ですか?」

 フェンネルさんが庭に置かれた大きなテーブルでロゼさんといっしょに高そうなお酒をあけていたカベルネさんを見ると、カベルネさんはニコリと笑った。

「敵対した、というのが彼らと共存している火の国最後の思い出とあっては困ってしまうからね。昨日の今日だからダメもとではあったのだが……いやいや、よく来てくれた。」

 クイッとグラスを傾けるカベルネさんに合わせて樽を掲げるガガスチムさん。

『さっきも言ったが感謝の気持ちだ。そこのゼキュリーゼとクロドラドを……最終的に殺さずに解決できたのはフェンネルたちのおかげだからな。』

 殺さずに……

「あ、あのガガスチムさん。クロドラドさんはこの後どう――なるんですか……?」

 反乱と言うべきなのか、人間の大量虐殺を目論んだとか戦争を起こそうとしたとか、罪状で言ったら色んなモノが当てはまりそうなクロドラドさんは、人間の法律なら死刑にすらなりうるだろう。このヴィルード火山に生きる魔法生物たちは、今回の騒動の首謀者をどう扱うつもりなのだろうか。

『最終的にどうするかは保留だ。同胞たちの意見をまとめて結論を出すことにはなるだろうが、まずはどうしてこうなったのかをハッキリさせる。特に、今回の騒ぎに関わった人間の悪党をな。』

「『罪人』……ですか。」

『悪党の集団なんだろう? 今回はクロドラドから依頼したらしいが、今後そういう連中が同胞たちをそそのかさないとも限らないからな。それと――いや、むしろこっちの方が気になってるんだが、クロドラドにあの左腕をよこした奴が問題だ。』

 ツァラトゥストラ……その昔に『世界の悪』がばらまいた強力な生体兵器。今また悪党たちの間に出回り始めたというそれを渡した者……最悪、あの場に『紅い蛇』の誰かがいた可能性も……!

『クロドラドが言うには、黒い服を着て長い髪をうねうねさせた凶悪な女だったらしいぞ。』

「はぁ!? それアフューカスじゃない!!」

 反射的にそう叫んだのはエリルで、他のみんなも驚きと緊張の混じる顔をした。『世界の悪』こと最凶最悪の犯罪者、アフューカスの容姿がどういう風なのかというのは聞いていたけど、実際に見たエリルたちの方が反応は速くて……その速さを見たフェンネルさんが少し怖い顔になる。

「……ロイドくんの価値の高さは話した通りで、それは悪党にとっても魅力的なモノであるから当然、並ではない大物に狙われる事もあるだろうとは思っていたけど……今のガガスチムの言葉だけで『世界の悪』の名前が出るという事は……会った事があるのかい? あの伝説級の怪物に。」

「あるよー。アフューカスが連れてるっていうS級犯罪者たち全員とねー。」

 何でもないように、むしろ「すごいでしょー」という風に答えたアンジュに対し、フェンネルさんは更に表情を険しくした。

「『紅い蛇』に……もしかしてだけど、マルフィの事を知っていたのは魔人族つながりというわけではなくて……」

「うん、あのクモみたいな魔人族、アフューカスの仲間みたいだったねー。」

 それを聞いて険しい顔に恐怖のような焦りのような、そんな表情を浮かべるフェンネルさん。

「……ロイドくん自身にどうこうという事はないがしかし……そんな集団が接触してくるような状況となると、ロイドくんの近くにいるのはかなり危険――」

「フェンネル。」

 フェンネルさんが呟くようにそこまで言ったところでカベルネさんが遮る。

「アンジュの気持ちを阻む壁になってはいけないぞ。」

「し、しかし当主様……」

「それに、アンジュが強くなるために騎士の学校に入ると言った時点で悪党に襲われてケガでもしないかという心配は続いているのだ。しかし悪党の大小に限らず騎士の道とはそういうモノだと、フェンネルが一番よく知っているのではないか?」

「で、ですが……」

「師匠、言っとくけど何言っても無駄だからねー。」

 するりするりと移動して近づいてきたアンジュがそのままオレに抱きつく……!

「あたしは欲しいモノを必ず手に入れるんだよー。世界一の悪党が怖くてロイド争奪戦はやってられないんだよー。」

 むぎゅっとくっつくアンジュのそんな言葉を聞き、カベルネさんとロゼさんはニヤリと笑い、フェンネルさんは……そんなアンジュをじっと見つめた後、ふぅと大きくため息をついた。

「……やれやれ、まったくこれだから。失礼を承知で言うけれど、この親にしてこの子ありだね。もはや今さらだけど……ロイドくん、アンジュを頼むよ。」

 しょうがないなぁという気持ちと、それでもやっぱり心配だっていう感情が混ざった表情でそう言ったフェンネルさん。この人は本当に弟子を――アンジュを大切にしているんだ。

 オレは、この人を安心させるくらいの騎士にならなくちゃいけない……!

「は、はい! もちろ――」

「こらこら、そういう事を先に言うのではない! 行くぞ、ロゼ!」

「ええ!」

 自分なりの決意を答えようとしたのだが、フェンネルさんを押しのけてカベルネさんとロゼさんがアンジュに抱きつかれたままのオレの手をそれぞれにとってかたく握りしめ――

「アンジュをよろしく頼みますね、ロイドさん。それとカンパニュラ家の繁栄も。」

「あなたがうちに来る頃には機動鎧装の力で王族になっとくわ!」

 と、握手した手をぶんぶん振りながらそう言って――

「皆さんも、今後ともアンジュと仲良くしてあげてくださいね。」

「恋敵としてもよろしくねー。」

 エリルたち全員とグラスをぶつけて乾杯し、カンパニュラ夫妻は再び席に戻って新たなお酒を開け始めたのだった……

『? おい、さっきからなんなんだ? 凶悪な女について知ってるなら誰か教えろ。』

 ……そ、そうだ! いきなりカンパニュラ夫妻の流れに飲まれたけどアフューカス! なんでこの国に……どうしてクロドラドさんにツァラトゥストラを――

「あの化け物みたいな悪党の考えはどれだけ頭を捻ってもわかるまいよ。」

 オレとアンジュの間に腕をねじ込んで離れさせながらローゼルさんがそう言った。

「で、でも相手が相手だし……」

「むしろ相手が相手だからこそ考えても仕方がない気がするのだ。ああいう存在は……」

 ローゼルさんの言葉に、他のみんなもなんとも言えない顔で頷いた。実際に会った事のあるみんなが同様の、そういう印象を抱く人……なのだろう、アフューカスという悪党は……

「まぁ、それでも推測をたてるとするなら……そうだな、彼女は今はロイドくんに手を出さないと言っていたが、あれだけ近くに来たのなら何かしらのアクションがあってもいいところだろう。しかしロイドくんに対しては何もなかった。」

「そう……ですね。」

「だから恐らく、ここに来たのは偶然だ。『罪人』のように、年一回のワルプルガというイベントに何かを企んでやってきたのかどうかはわからないが、近くにロイドくんがいる事には気づかないまま、彼女は魔法生物たちの暴走という事態に遭遇した。そして……何かを狙ってなのか気まぐれなのか、彼女は騒動の中にツァラトゥストラを投げ入れたのだ。」

 ローゼルさんの予想はフィリウスから聞いたアフューカスという人物の性格とも合う気がする……もしかしたら本当にただの気まぐれでツァラトゥストラを……

「それになロイドくん、そんな事よりも重要な問題があるのだ。」

「えぇ?」

「昼間も言ったが、列車の部屋割りだ。」

「えぇ!?」

「アンジュくんではないが、『世界の悪』のあれこれよりもまずは今夜の戦いなのだ。というわけでロイドくん、部屋は私と同じでいいな?」

 するするとオレの腕に抱きついてくるローゼルさん……!!

「もー、優等生ちゃんってば、あたしをひっぺがして自分がくっつくんだからー。ロイドー、昨日は疲れてたからあれだけど、一昨日の続きがあるでしょー?」

「えぇっ!?」

『??? 凶悪な女の話をしてたんじゃなかったのか……? おいフェンネル、いつの間にか交尾の話になったぞ。』

「交尾言うな……その女については僕から教えよう。」



 カンパニュラ夫妻がお互いに酔っ払いながらカンパニュラ家の今後についてニマニマしながら話し、ガガスチムさんたちとフェンネルさんが真面目な顔で『世界の悪』について話し、強化コンビがモリモリと料理を頬張る中、オレとみんなは今夜の列車の部屋についてドタバタする。

 防衛戦やゼキュリーゼさん、クロドラドさんとの戦いの時の共闘がウソのようなバラバラ感で最後の夕食を過ごしたオレたちは、その後その場の全員に見送られて……というか全員と一緒に色々な事を話しながら駅へ向かった。

 そしてガガスチムさんとゼキュリーゼさんとまたワルプルガで会いましょうと握手――というか指先にタッチをし、全員で一回ずつデモニデアさんのもこもこを堪能し、カンパニュラ夫妻から色々な意味を含んだ激励をもらい、最後に――


「当初の予定とはだいぶ違う事を体験させてしまったけど……僕とは違い、君たちはそういう経験を強さに変えていける。色々な繋がりがこの先良い事も悪い事もたくさん連れてくるのだろうけど、それらの先へ――『ビックリ箱騎士団』の名が轟くのを待っているよ。」


 今回一番お世話になった先輩騎士であるフェンネルさんと握手を交わし、オレたちは窓の外に手を振りながら火の国ヴァルカノを後にした。



 ……そうしてすんなりと学院に戻れれば良いのだがそうも行かなくて、ローゼルさんの予想した通りに部屋は一人分なかった……

「ではおやすみだ。」

「また明日な!」

 さらりと自分の部屋へ行った強化コンビ。そしてジロリとオレを見るみんな……!

 だが今夜のオレはちょっと頑張った。ラッキースケベが何かを引き起こす可能性が高い今、オレは恋人と――エ、エリルと相部屋になるべきと考え、あみだくじを広げるローゼルさんたちを振り切り、エリルを連れて一つの部屋に転がり込んだのだ。

 昼間から続いていた戦いだった為に心の準備とか覚悟ができていたといのもあるが、我ながら恋人らしいというか、優柔不断を乗り切ったのではなかろうかと思ったのだが……連れてきたエリルはちょっと赤い顔でオレを睨んで――あ、あれ……?

「あの、エリルさん……?」

「あ、あんた……」

「は、はい……」

「あ、あたしと…………シ、シタクテ……同じ部屋に……」

 あらぬ誤解が! た、確かに流れを考えるとこここ、今晩の相手はエリルだーみたいな感じになってしまっている!

「ち、違います! そういうやらしい感じではなくてこういう場合はこここ、恋人と一緒の方が良いというか正解というかそうあるべきのような、だからそんなつもりは一切――」

「……一切……したく……ないのね……」

「びゃ!? いや! そう問われるとどっちかと言うのならしたい――いやいや! あの、違くてですね!!」

 一人でバタバタするオレをしばらく睨んだエリルは、むすっとため息をついてベッドに腰かけた。

「…………別にいいけど……」

 別にいい――そ、その「別にいい」とはどういう意味合い――ま、待てオレ! とりあえず落ち着け! 冷静になるのだ……!

「…………なんで正座してんのよ……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、息を整えるから……」

 すーはー……よ、よし、エリルの言葉の意味は一先ず後にして――とりあえず、今のオレはラッキースケベ状態ではあるが、こうやってじっとしていれば何かが起こる確率は下がるはず。一つの部屋で二人なんてのは寮でのいつもの光景だし、少し気をつければ大丈夫だろう。

 や、やらしい理由でエリルと同室を選んだのではないという事を再度説明しつつ……そうだ、校外実習お疲れ様と、いつものように会話を……!

「……今回の校外実習……」

 床の上に正座しながら、話しかけようとベッドに腰かけるルームメイトを見上げるといつものむすり顔に戻ったエリルがぼそりと呟いた。

「魔法生物との戦闘……前にあった首都への侵攻で相手にしたみたいな一人でも倒せる小さい奴もいれば、ゴリラやトカゲみたいに大勢で挑んでも勝てるかどうかっていう別格もいて……騎士になったら、守りたい人を守る為にあんなのと戦わなきゃいけない時っていうのが来るかも……なのよね……」

「……んまぁ、ガガスチムさんたちみたいなのは別格中の別格だと思うけど……あんな体術や剣術を身につけた魔法生物はそうそういないはずだし。」

「それでもいる所にはいて……個人レベルじゃどうにもならない戦力差を埋める為には誰かとの共闘が必要で……あたし、お姉ちゃんを守れる騎士になる為にここにいるけど、それってあたし一人じゃできない事なのかもしれないのね……」

 落ち込んでいる……わけではなさそうだけど、何かを実感して「やれやれ」って顔をしているエリル。

 確かに、今までの学院での授業やランク戦、交流祭で求められたのは個人の力だったわけだけど、ラコフとの戦いや今回の防衛戦では協力が必須で、一人で戦う時とは違うモノ――自分の行動を誰かと合わせるっていう事が求められた。

「んー……きっとフェンネルさんとか先生とか……あとたぶんフィリウスも、凄腕の騎士っていうのは誰かと息を合わせるってなってもいつも通りのすごい技をコンビネーションの形で使えるんだろうな。今はまだまだだけど、オレたちだってできるようになっていけるさ。」

「当然よ。ていうかそうなると……この校外実習での一番の収穫はフェンネルから教わったリズムって事になりそうね……」

「ああ、確かに。あれは共闘する時に重要になってくる技術――」

 と、そこまで言ったあたりでエリルがむすっとオレを睨んできた。

「な、なんでしょうか……」

「……トカゲとの戦いの最後、あんたいきなり無茶なこと言ってくれたわね……攻撃のタイミングをあたしに任せるとか……」

「あ、あれは……エリルならできるっていう確信が不思議とあって……そ、それに任せなさいって言ってましたし……」

「それはあんたが言うならできるはずって――う、うっさいわね! そんな不思議な確信で任せるんじゃないわよ!」

「で、でもほら、実際ベストタイミングだったぞ……!」

「……あれこそ、リズムっていうモノの存在を教わってたからできたんだと思うわ……」

「えぇ……?」

「あの時、バカみたいな速さで動くトカゲも強化コンビもフェンネルも、あたしにはちゃんと見えてなかったわ。そんな中で唯一見えてた……いえ、見えてないけど把握できてたのがあんたの剣だったのよ。」

「オレの回転剣?」

「朝の鍛錬でも何となく、見えはしないけど避けれるようになってきたって思ってたけど……たぶ、あれはあたしがあんたのリズムを掴んでるって事なのよ。」

「オレのリズム……」

「あんたは剣をたくさん飛ばせるようになったし速さもすごいけど、それを動かしてるのは結局あんたで……全方向から飛んでくる剣にはどうしてもあんたのクセみたいな……得意だったり苦手だったりする軌道があって、たぶん、そういうのをあたしは……無意識に捉えてるんだと思うわ。」

「クセか……たぶん戦闘に限らず、だいたい一緒にいるエリルにはオレの考え方みたいなモノもわかっちゃうわけ――だば、な、なんだエリル、枕を投げないで……」

「い、いきなり変な事言うからよバカ!」

「えぇ……」

「と、とにかく、あの時あたしは、ノクターンモードになってあたしよりも色々見えてるあんたが動かしてる剣の動きを頼りにタイミングを計ったのよ。」

「そうだったのか……で、でもさらっと言ったけどそれってすごく難しい事だよな……やっぱりさすがエリル。」

「…………」

「……ど、どうしましたか……」

「あたしが……あんたのリズムを掴んでるなら、あ、あんたもあたしのを掴んでる……はずよね……」

「んまぁ、朝の鍛錬とか一緒にいる時間を考えれば……たぶん……」

「何よたぶんって……」

 あまり考えずに答えたら、なんだかエリルのむすりが増した……

「わかんないかもしれないってこと……?」

「い、いや、実際にやってみないことには……ほら、エリルと同じで掴んでいても無意識っていう可能性もあって……」

 ハッキリとはわからないが、オレがエリルのリズムを掴んでいないと非常にまずい。そう直感したオレは何を説明すればいいのかわからないままとりあえず立ち上がって弁明を――


「びゃ!」

「――!」


 正座から立ち上がったその瞬間に列車がガタンと揺れ、バランスを崩したオレはエリルをベッドに押し倒しばぁあああああ!?!?

「……」

 下から覗くほんのり赤い顔でむすっとオレを睨むエリル……あぁ、可愛い――じゃなくて!

「こここ、これはそのきっとラッキースケベの――」

「……そういえばあんた、アンジュと色々したのよね……」

「あ、あれはその……オレのダメなところと言いますかあの……」

「浮気者……」

「は、はひ、浮気者のスケベ野郎です……」

「……どうにかしなさいよ……」

「せ、誠意努力を……」

「……そっちじゃなくて……どうせどうにもならないんだろうし……」

「はひ? そっちじゃなくて……ど、どっち?」

「――このバカっ!」

「ぎゃあ!?!? エ、エリルさん、この部屋は寮ほど広くないのでその攻撃はかわすのが大変です!」

「うっさい!」


 ドタバタと狭い列車の一室の中を走り回るオレとエリル。寮でも結構な頻度で起こるそんな攻防――いや、オレが一方的に攻撃されるから逃走劇で、色々な事が同時に起きたオレたちの校外実習は幕を閉じた。

 んまぁ……このドタバタは翌日の朝にも続いたのだが……




「ふー、やっぱりいつもよりは静かだね。」

 列車の中の一室で田舎者の青年が恋人ともに朝を迎え、正義の騎士と彼が乗る車いすを押す騎士に見守られながら他の女性メンバーにタコ殴りにされている頃、彼らが向かっているセイリオス学院にて、朝のランニングを終えて一息ついている運動着姿の生徒がいた。

 綺麗な銀髪と病気かと思うくらいに白い肌。普段はおろしている長い髪を運動の為かゴムでまとめているせいでいつも以上に女性に見えてしまいそうなその男子生徒は、身体をほぐしながら隣で同じように身体を動かしている人物に話しかける。

「去年もそうだったけど、この時期は一年生が校外実習――魔法生物討伐体験特別授業で外に出てしまうから、単純計算で学院の生徒の三分の一がいなくなってしまう。特に今年の一年生は元気な人が多いから、余計に静かに感じてしまうね。」

「それも今日明日で終わりますよ。だいたい一週間くらいでどの生徒も帰ってきますから。」

 そう答えたのは同じく運動着姿の女子生徒。紫色の髪を左右で束にしており、銀髪の生徒が割と緩い感じでのほほんと呟いたのに対し、彼女はキリッとした表情でまるで定期連絡のようにハキハキと答えた。

「そうしたらいよいよ生徒会選挙です。準備はできてますか、会長。」

「準備も何も、僕は引退するだけだよ?」

「後任の推薦や引き継ぎ、まだまだ仕事はあるんですよ。」

「会長をレイテッドくんが、副会長を残りの誰かが引き継いで、空いた所に選挙で選ばれたメンバーが入ればそれで終わり。レイテッドくんはもう会長の仕事をわかっているし、教える事は何もない。ほら、後は引退するだけ。」

「推薦は……確かにほとんど当確ですけど、そうと決まっているわけじゃないんですから、早々にだらけないで下さいね。」

「ふふふー、だらけるなんてとんでもない。生徒会長として最後にパーッとやりたいからね。色々考えているよ。」

 悪だくみをしている顔で笑う銀髪の男子生徒を「またこの人は……」という顔で見てため息をつく紫髪の女子生徒。

「というか、本当に私を推薦する気なんですか……? 私は……」

「現生徒会長が後を任せたいと思える人物は現副会長。何かおかしいかい?」

「そうじゃなくて――」

「昔の事をいつまでも引きずっちゃいけないよ、レイテッドくん。今さら何か言う人も……多少はいるかもだけどほとんどいないし、生徒会に限らず委員会でも長の後任はその時の副長っていう流れがあるじゃないか。問題な――」


「それは正式ではない、良くない流れだ。」


 現生徒会の会長と副会長の会話に入って来たのは制服姿の男子生徒。銀髪の男子生徒はなかなかの高長身なのだがそれを超える更なる身長の持ち主で、二メートルに届くのではないかという高さ。身長に付随して長い四肢に丸くて黒いヘルメットのような髪型。丸いメガネの奥から見下ろしてくるその人物に、銀髪の男子生徒は気さくに挨拶をする。

「やあ、風紀委員長。君も朝の運動かい?」

「会長が毎朝ランニングをしていると聞いて待っていた。それより先の発言は良くない。生徒会長や委員長は流れで決まって良いものではない。」

「それはそうだけど、そうなってしまっている場合が多いのも事実だろう? それに、実際そうやって長に決まってきた元副長は組織の動かし方をわかっているからね。あながち「良くない」モノでもないだろう。」

「……そこは認めるが……」

 あまり納得のいっていない顔の男子生徒――風紀委員長に、紫髪の女子生徒が……少し不機嫌そうに口を開く。

「それで、風紀委員長はこんな朝早くにどうして会長の待ち伏せを?」

「おお、そうだよ。どうしたんだい? よく間違えられるけど僕は男の子だから告白されても困っちゃうよ?」

「……そんな間違いはしないが、しかし話したい事はその辺の事柄だ。」

「? あ、もしかして古めかしく異性交遊禁止とか言うんじゃなかろうね。だとしたら愛の力について語って聞かせるけど。」

「別に否定はしない。だが風紀委員として見過ごせない乱れがあるのだ。」

「?? 何かあったかな。」

「周囲の生徒の目を配慮しない異性へのアプローチ、大勢の前で大々的な告白、女子寮に一人だけいる男子生徒。」

「あはは、それ全部サードニクスくん絡みじゃないか。なるほど、彼のモテっぷりは風紀委員の目に余るってわけかい?」

「その男子生徒が問題とは言わん。女子寮からクレームが上がっているわけでもなく、聞き込みを行ったら信頼できる男子だと評価も高かった。」

「サードニクスくんはサードニクスくんハーレム以外の女子からも結構信頼を得ているからね。大抵、普通に過ごしていれば良くも悪くもないという評価になるモノだけど、「良い評価」を得ている点が彼の面白いところさ。あの寮長が何も言わないのも大きいね。」

「問題は、彼を中心に起きている恋愛事の数々が他の生徒の風紀に影響を及ぼしてしまっている点だ。」

「おや、そうなのかい?」

「人柄から来る信頼に加え、彼はシリカ勲章という功績――騎士としての信頼も得た。結果、彼がなす事、彼の周囲で起こる様々な事象が「良い事」という認識になりつつあるのだ。」

「ああ、なるほど。え、それじゃあ僕が気がつかないだけで学院のあちこちで「好きだー」って異性にとびつく生徒が続出なのかい?」

「そこまでには至っていないが、そういう雰囲気が出来上がりつつあるのだ。」

「あはは、それはまた。でもそれがそうだとして、どうして君が僕の所に来るんだい?」

「会長は彼と親しく、次の選挙では生徒会の枠に推薦するという話も聞いた。ゆえに会長から彼へ恋愛関係の事柄を控えるように言って欲しいのだ。」

「サードニクスくんに? 控えろって? あはは、それは無理だよ。」

「無理? 何故だ。」

「サードニクスくん自身もそうあればいいと望んでいるのに実現していないからさ。」

「なに?」

「確かに原因――事の中心はサードニクスくんだよ。でも君が心配している乱れに繋がる行動を起こしているのは女性陣の方なのさ。控えろと言うなら、それはサードニクスくんではなくてサードニクスくんハーレムの方に言わなくちゃね。」

「……言われてみれば確かにそうだな。考えを改めて対策を練らなければ……朝早くにすまなかったな。礼を言う。」

 誰かが回れ右と号令でもしたかのようにビシッと背を向けてぶつぶつ言いながら去ろうとする風紀委員長に、銀髪の男子生徒は思い出したように声をかける。

「そういえば今年の風紀委員はやるのかい? 試合は。」

「……最早毎年の恒例行事だろう。さっきも言ったように、必ずしも副長がなるわけではないのでな。生徒会も荒れそうではないか。」

「? そうなのかい?」

「最終的な候補者は一年生が戻ってからだが、選挙管理委員会には既に結構な数の応募があると聞く。ゆえに、そこの副会長がすんなり会長とはいかないかもしれないぞ。」

 軍隊の行進のようなキッカリとした歩幅とフォームで歩く風紀委員長の背中を見送り、銀髪の男子生徒は面白そうな顔を紫髪の女子生徒に向けた。

「ふふふ、今の情報が漏れるような選挙管理委員会の情報管理はどうかと思うけど、大変そうだね、レイテッドくん。」

「そう……みたいですね。」

「これは他のメンバーにも言っておかないとね。楽しくなりそうだよ。」

 ふふふと笑い、また生徒会室でねと言って男子寮の方へ去っていく銀髪の男子生徒。その背中をしばらく見つめた紫髪の女子生徒は、女子寮の方を向いて……木があるせいで直接は見えないが、一階の角部屋の方を神妙な面持ちで眺めた。

「……ロイド・サードニクスか……」

 第八章はこれまでで一番長いお話になりました。一か月一話ペースで十二話ですから、かれこれ一年間続いた章でした。

 魔法生物との戦いをメインにしようと決めた時に巨大ロボットの登場が同時に決まり、何かとデタラメなカラードくんが操縦者に選ばれ、ならばランスをぶん投げるシーンを書かなければ――というイメージの最後の戦いを目指して進んだ章でした。

 魔人族がたくさん出てくる第五章を書いている時もそうでしたが、人外を書くのは(描くのも)楽しいですね。


 さて、次は学校でのイベント、生徒会選挙です。久しく登場していなかった学校側の面々が顔を出します。

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