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騎士物語  作者: RANPO
第一章 ~田舎者とお姫様~
6/110

第四話 彼の騎士が守る者

バトル回です。


そして一先ずの区切りです。

小説で言えば第一巻でしょうかね。


さて、いきなりとんでもない敵を出してしまいましたよ。

 おやつの時間くらいに寮に戻って来たオレたちは、そんな時間だからエリルの紅茶を飲む事にした。そうして一息ついた時、やっぱり話題になったのはフィリウスについてだった。

「十二騎士の一人にみっちり七年間も修行をしてもらった……ロイドくんの体術にも納得できるというものだ。」

「でも……イメロも持ってなかったし、それにあっちこっちを放浪してるだけの十二騎士ってありなのか?」

「それぞれだと思うわよ。《マーチ》だって本を書いてるわけだし。」

「そういう称号を得ているというだけで、全員が全員誰かの護衛をしなければならないわけではないからな。ちなみにイメロについてだが……十二騎士ともなるとイメロなしで規格外に強いから単純に必要なかったのかもしれない。」

「持ってたけど、あんたには見せなかっただけかもしれないしね。」

「そうか……でもあのフィリウスがねぇ……」

「《オウガスト》と言えばその昔、剣の一振りで城を崩したという話を聞いたことあるが。」

「……なんかできそうだな……フィリウスって基本的に、でっかい剣を振り回して突風を起こして、それで相手を吹っ飛ばすってのをやってたから。」

「ほう……やはりすごいのだな、十二騎士は。」

 うんうんと頷くローゼルさんに、オレは何となくこう聞いた。

「ローゼルさんはどうして騎士を目指すんだ?」

「唐突な質問だな。どうして……か。」

「オレはほら、いつの間にかここに放り込まれてさ、でも二度と大事な人を失わない為の力を得られるって、そう思ったから騎士を目指すって決めて……」

「うん? その前に、「二度と」とはどういう……?」

「……そうか。ローゼルさんにも話すよ。」

 エリルには話した、オレの昔話。家族を賊に殺され、一人になったところをフィリウスに拾われて今日に至るオレの話。もう昔の事だし、オレにはフィリウスがいてくれたから今はもう色々と大丈夫だ。だけどローゼルさんは、話を聞き終わると床に額をつけて謝った。

「すまなかった! 知らなかったとはいえ……わたしは君に無神経な事を何度も……」

「あ、頭をあげて、ローゼルさん。気にしてないから……」

「まったくもう……」

 一向にあがらないローゼルさんの頭をペシンと叩くエリル。

「この際だからお互いに話しちゃった方が楽ね。騎士を目指す理由ってものを。」

「エリルくん……」

「そうすれば……あんたがそんな風に謝ったりしないですむわ。」

「……君は優しいが……しかし負けられないな。」

「なんの話よ。」

 その後、エリル、ローゼルさんの順番でそれぞれの理由を話した。エリルのは前に聞いたからあれだったけど、ローゼルさんの理由は……たぶん、同じ理由でここに来た人が他にもいると思うモノだった。

 家がそういう家だから。ローゼルさんがこの学院に入ったのはそれが全てだと言う。

「しかし家の名前を背負っている以上怠けてはいられない。だからわたしは、結構いやいや頑張っていたんだ。」

「……それで、あの優等生モードのあんたと今のあんたがいるわけね。」

「そうだ。だがな、今は……違うのだ。」

「? ローゼルさんも理由を見つけたのか?」

「ああ。つい最近だがな。」

 ドキッとする笑顔でそう言ったローゼルさんはその視線をオレに向けてくる。なんか時々こういう顔になるなぁ、ローゼルさんは。このローゼルさんは見ているとなんかムズムズする……

「なに見つめ合ってんのよ。」

 エリルがオレの顔を両手でつかんで自分に向けさせた。

「み、見つめ合ってなんかないぞ! ローゼルさんの顔を見ていただけで……」

「それを見つめ合うって言うのよ!」

「まぁいいじゃないか。ロイドくんにやましい気持ちはないよ。それに……ほ、本屋でそれ以上の事を……し、したしな。こ、この程度というやつだ。」

 ほんのり赤くなりながら恥ずかしそうにそう言ったローゼルさんだったが、オレはエリルに燃やされる一歩手前だった。

「何したの……?」

「え、えーっと、なんて説明すればいいのか……」

 なんとか誤魔化したい気持ちと何故か正直に話してしまいそうになる変な感覚のまま、オレは謎のジェスチャーをワタワタと披露する。

「……いいわよ、もう……」

 あきれ顔のエリル。オレはワタワタしながら話題を変える。

「そ、そういえばさっきの先生はなんだったんだろうな。学院から出てきたけど……休みの日って先生も休みなんだろ?」

「……基本的にはそうよ。でも寮もあるから何週間かの交代で常に誰かしらいるのよ。でも、今週は先生じゃなかったはずよ。」

「ふむ、どうもエリルくんに関係がありそうだったが……クォーツ家絡みだろうか。」

「まさか……悪い奴らが迫っているとかそういう……?」

「ないわよ、そんなの。」

 当の本人があっさりと否定する。

「あたしは一番下なのよ? 順番的にあたしに公務が回って来る事はないし、だからここにも入れたんだし。こんなあたしをどうにかしたって何もできないわよ。」

「それでもエリルくんはクォーツ家の人間だ。わたしたちには想像のつかない……君の使い道というのがあるのかもしれないぞ? 例えば、君を誘拐して君のお姉さんを脅してみたり……」

「それは……」

 何とも言えない顔になるエリル。たぶん、エリルがエリルのお姉さんを慕っているのと同じくらい、お姉さんもエリルを大切に思っている。実際、ローゼルさんの言った事はあり得るような気がする。




「タイムリーだな。」




 聞き覚えの無い声がした。

 警戒も恐怖も無い、単純に何が起きたんだろう、誰の声だろうっていう疑問で声がした方に首を動かしたあたしは、そこにあたしたち以外の誰かを見た。

 玄関に続く廊下とあたしたちがいる空間の境目くらいにいつの間にか人が立ってる。そいつが……そいつの性別が男だってわかったあたりで、視界の隅から何かが男に向かって飛んでった。

 急に感じる、何かに引っ張られる感覚。

 あたしの視界の中で急激に小さくなる男。

 何かが割れる音。

 気温が変わる感覚。


 気づくとあたしは、寮の庭にいた。


「……え……」

 何が起きたのか全然わかんなくて、あたしは首を動かす。そしたらあたしと同じ事をしてるローゼルが見えた。それもかなり近く――

「――て、ちょ、ロイド!」

 あたしは、いつの間にかロイドに抱えられてた。それはローゼルも同じで、つまり二人そろってロイドの小脇に抱えられて庭にいる。

 お腹にまわったロイドの手がくすぐったい。

「二人とも、大丈夫?」

 あたしとローゼルをおろして地面……庭の草の上に立たせたロイドの顔は緊迫したそれだった。

「ごめん、エリルの武器までは手がまわらなかった……」

「武器? なんで武器――」

 正面を見たあたしは、そこでようやく何が起きたのかを理解した。

 あたしたちは庭にいて、部屋の窓が割れてて、部屋の中に知らない男が立ってる。

 いきなり現れたあの男から、ロイドがあたしとローゼルを連れて距離を取ったんだ。

「おいおい、情報と違うじゃないか。情報は鮮度が命だってのに、あの野郎腐りかけのよこしやがったな……」

 男はそんな事を言いながら、ロイドの剣を持って窓から庭に出てきた。ロイドを見ると、ロイドが今持ってる剣は一本……

 そうか、さっき飛んでったのはロイドの剣だ。あの男に投げつけながら窓から脱出したんだ。

「お姫様は一人部屋。だからこの部屋以外の人間を止めればオッケーだと思ったんだがな。情報にない奴が二人もいる。お姫様の部屋にいるわけだから、護衛の騎士とも考えられるが……その制服はここの生徒のモノだし、歳も若い。護衛って線は……ないな。となると、たまたま居合わせたお姫様の友達か。だがそれも情報に無かった。お姫様は一人ぼっちの学院生活を送っていると聞いていたからな。」

「……よくしゃべるな、あんた。」

 まるで小説みたいに状況をぶつぶつと呟く男に、ロイドがそう言った。

「戦いにおいて、情報は命で現状の把握は最優先事項だ。俺はそんなに頭が良くなくてな、頭の中で物事の整理ってのができないんだ。だから口に出す。」

 男はケラケラと笑う。あたしは改めて、いきなり現れたそいつをじっと見た。

 脚まで隠れる黒いローブを羽織った男。歳はあたしたちより上で、だけどロイドがよく言う中年って年齢まではいってない感じ。ローブの下は黒いって事以外言うことがないよくある格好。

 強いて特徴を言うなら……栗みたいにとんがってる頭くらいかしら。

 特に変ってわけじゃない普通の男。だけどあたしたちよりもずっと……実戦の経験があるんだろうって思える貫録みたいのがある男だった。

「今そこの少年くんが言ったように、お姫様が使うと聞いていたガントレットなどは部屋の中にまだある。そっちの青い少女ちゃんが何の使い手かわからないが、見たところ何も持っておらず、部屋の中に他の武器は見当たらない。少々不安は残るが、おそらくこの場には武器がないんだろう。よって現状、そっちの三人と戦う事になった場合、攻撃手段が魔法だけの二人と武器持ちが一人という事だ。お姫様と青い少女ちゃんは学年そのままの、経験の少ない卵騎士そのもの。魔法を使うと言っても今の俺でも相手ができるだろうし、まず負けない。が、問題はそこの少年くんだな……」

 男がロイドの剣を地面に突き立てながら独り言を続ける。

「俺は気配を消してこの部屋に入った。俺を認識したのはまさに俺が声を発した瞬間だろう。二人は何事かと俺の方を向いただけだったが、少年くんは違った。声を聞くや否や傍に合った剣を俺に投げつけ、俺が驚いている間にもう一本を手に取って二人を抱えて窓に体当たり。そして今、突然現れた不審者とそこそこいい距離を取って対峙できている。その反応と状況判断の早さは、入学して二、三か月のひよっこのモノじゃあない。どっか別口で経験を積んできた者の動きだ。つまり、今の俺にとっては少年くんが一番の問題。」

 ローブの下から両腕を出してやれやれと肩をすくめた男は……直後、とんでもない事を言った。


「学院内の時間を止めている俺で、果たして勝てるかどうか。」


「! 時間だと!?」

 ローゼルが驚いて周りを見る。あたしも同じ様に周囲を確認した。

 寮の庭に誰かがいるってことは少ないけど、今は休日の夕方前って時間。生徒がたくさんいるこの学院で、遊びに行って帰って来た生徒が寮の近くにいる時間帯だって言うのに、あたりは物凄く静かだった。

 寮の建物に目を向けて、他の部屋の窓を見る。窓際に何人か見えたけど、その人たちは固まって動かない。

 まるで時間が止まったみたいに。

「ん? 今のだと誤解するな。正確には学院内の生き物の時間を止めている。全てを止めてしまうと空気までかたまって身動きがとれないし、そもそもそこまで止める事は俺にはできない。」

「……そんな欠点、話していいのか?」

「欠点じゃない、俺の現状だ。そこまでできると俺自身が誤解してしまうと、それは俺のおごりにつながる。強そうな少年くんを前に、それはまずいだろ?」

「変な事を気にするんだな。」

「言ったろう? これは大事なことなんだ。」

 男は両腕を腰の後ろにまわし、そこから二本の短剣を取り出してそれを逆手に構えた。

「そう、俺は第十二系統の時間の魔法を得意としている時間使い。というか時間しか使えない。何かと大量のマナを消費する時間魔法をいつでも使えるようにと、それ用の道具にため込んでいたマナをさっき使った。おかげで学院内の、少年くんら三人以外の人間は動きを止めている。あの厄介な魔法使いも『雷槍』も出てこないわけだ。しかし、そんな大魔法を使っているせいで、刻々と俺からは体力が削られていっている。なんかあっちこっち痛いしな。そんなこんなで、今の俺の実力は入学したての卵騎士くらいのものだろう。それでも経験の差でお姫様は余裕で捕まえられると思って来たんだがな。まさか卵騎士じゃ収まらない奴がお姫様の部屋にいたとは。こんな事ならちゃんと部屋の中を確認して、お姫様以外を魔法の範囲に入れるべきだったが……そもそも学院の敷地には時間を止めないと入れないし、だから大体の位置でお姫様の部屋以外にいる人間を止めたのに。全く、あの野郎がガセネタをよこすからこの様だ。無事に帰れたら絶対にあの野郎――」

「要するに。」

 男の長々とした独り言を遮ってロイドが……ちょっと怖い声を出す。

「あんたは敵なんだろ。エリルを狙ってやってきた。」

「そうだ。お姫様をさらって色々企んでいる……奴から依頼を受けた男だ。」

「なら!」

 ロイドの手の中で剣が回転を始める。そしてロイドはそのまま男に向かって走り出した。

「む、なんだその剣術は? 見た事が無いが――やはり強敵か、少年くん。」

 ロイドと男の戦いが始まった。回転する剣と男の短剣がぶつかってかん高い音が響く。

「予想以上に威力が高いな。これは油断すると一撃で武器を弾き飛ばされるか。」

 あたしがロイドの戦ってる姿を見るのはこれが二回目。だけど、前に見たロイドと今のロイドじゃ全然違う。前見た時、つまりあたしの攻撃を避け続けたロイドは本当に避ける事しかしなかったから攻めるロイドをあたしは知らない。朝の鍛錬で、やっぱりレベルの高い体術を身につけてるんだなって思う瞬間は何度かあったけど、それだって攻めてる姿を見たわけじゃない。

 だからあたしはビックリしてる。

「ロイド……あんた、こんなに強かったの……?」

 回転する剣で相手に斬りかかり、それが避けられても身体の勢いをそのままに自分も回転して鋭い蹴りを放つ。相手の攻撃も、相手の周囲を流れるように移動して、避けると同時に背後にまわる。

 剣劇が響く度に身体の向きがクルクル変わって、男もそれに振り回されてグルグルまわってる。

 剣だけじゃない。ロイド自身も回転してる。相手や相手の武器を中心に円を描く動き。足運びが上手ってのもあるけど……何か……ロイドの動きには浮遊感がある気がする……

「そうか……これだったのか。」

 あたしがロイドの動きに違和感を覚えてると、隣でローゼルがそう呟いた。

「エリルくんとロイドくんの戦いを見ている時、ロイドくんの動きに妙な感覚を覚えた。君もそうだったんじゃないか、エリルくん。」

「……そうね……」

 ロイドとの戦いで感じた事。ロイドの避け方が上手いって事以外に、なんか、あたしの攻撃がちゃんとロイドに向かって行かないって感覚。ちゃんと狙ってるのにいざ攻撃してみるとロイドはそことはちょっとずれた場所にいるみたいな……

「改めて見て、違和感の正体がわかった。ロイドくんの動きが……物理的におかしいのだ。」

「青い少女ちゃんの言う通りだな。」

 ロイドの、かなり速い攻撃に対応しながらあたしたちの会話に入って来る男。

「剣を回す剣術。なるほど、一見すると曲芸だが、その実恐ろしいモノだ。攻撃範囲が広いし、回転する刃物には恐怖を覚える。攻撃も防御もけん制も上手に織り交ぜた剣術だ。そして何よりも、少年くんの動きをサポートする働きがある。」

 回転する剣を今までで一番の力で弾いた男はそのまま後ろに大きく跳び、ロイドの攻撃範囲の外に出た。

「手の平でコマを回すのとはわけが違う。剣という重量物を高速回転させているのだ。当然、相応の遠心力が発生している。少年くん自身にすら影響を及ぼす力がな。剣から受ける力を、時に自分の進行方向に重ねてジャンプの距離を伸ばし、時に逆向きにして空中で自身の挙動にブレーキをかける。まぁ、それ故に動きが円を描きがちで先を読みやすいとも言えるが、円の動きこそ極致とうたう武術も多い。それが真理かどうかはさておき、厄介である事は確かだ。しかし驚くべきは遠心力に動きを合わせているのではなく、動きに回転を合わせている点だな。その時々でその回転は方向を一瞬で変えている。右回転を一瞬で左に、また右に、左に。向きを変えるという事は、一度回転を止める事だというのに、停止状態からトップスピードまでの加速が速すぎてよく見ないとわからないほどだ。」

 また男の独り言が始まったけど、この解説は正直ありがたかった。そう、ロイドの動きの違和感はローゼルが言ったみたいに物理的におかしいって所だったんだ。

 あたしたちは何かモノを投げたら、難しい計算とかしなくてもそれの重さとかから何となく、こう投げたらあの辺りに落ちるだろうなって事が経験的にわかる。それは戦いでも同じで、相手が自分の攻撃を避けるためにジャンプしたなら、着地する場所は何となくわかるもの。だからそこを狙って攻撃したりするけど……ロイドはその「何となく」の予測から外れた場所に着地してくる。だから変に狙いがずれたんだ。

「これ程の高い戦闘技術、一年生のお姫様と一緒にいた事から考えて同じく一年生かと思っていたが、これはもしや上級生か……いや、そうではないな。学院の上級生ともなれば魔法の一つも戦いに組み込むものだが……少年くんは、さっきから恐ろしい量が生成されているだろう風のマナを一切使っていないからな。」

 あたしは男の言葉でハッとする。ロイドが今持ってるのはイメロを取り付けた方の剣。回転してるんだからすごい勢いで風のマナが生まれてるはずだけど、ロイドはそれを使ってない。

 だってロイドは――

「少年くんは、きっとその回転の技術を磨きに磨いていたある日、突然学院に入学したような口だな? 魔法の存在は知っていても使うという事が頭にない。これはまさしく一年生だろう。それも魔法に関しては素人もいいところか。」

 男の独り言が、ロイドの現状をズバリ言い当てた。

「正直、少年くんの技術は高い。今の俺じゃ勝てないだろうが……魔法を組み込めば勝てるだろう。少年くんに、これ以上の何かがなければな。」

 男が走り出す。それに合わせてロイドも動く。二人の距離が近づいてまた剣劇が響くと思ったら、思ったよりも早くそれが響いた。

「なっ!?」

 ロイドが驚きの声を出す。あたしもびっくりした。男がロイドの直前で急に加速したからだ。

「少年くんは動きが速いからきっと目もいいのだろう。だがこれにはついてこられないようだな。」

 攻撃の速さがグンとあがった男。ロイドはさっきと同じように円の動きでかわすんだけど、危なげな瞬間が増えてきた。

 男が言った事を信じるなら、あいつは今、時間の魔法を使ってる。でも学院のみんなの時間を止めるなんてことをしてるんだから、そんなに大きな魔法は使えないはず。ということは――

「ロイド! そいつ、コンマ数秒ずつだろうけど、自分の時間を早くしながら戦ってるわ!」

 あたしの言葉を聞いて、ロイドはこくんと頷き、男は驚いた。

「お姫様は魔法の技術と知識が高いという情報は本当だったようだな。まさにその通りだ。学院内の生き物の時間を止めている魔法は、実際のところ身体への負担がでかい。もってあと数分というところだろう。そんなギリギリの状況で俺が使える魔法といったら、せいぜい自分の時間をほんの少し早める程度。だが一秒にも満たない加速であっても、戦いの中では大きな加速だ。」

 ロイドが振った回転する剣をコマ送りみたいな速さでかわした男は、そのままロイドのお腹に膝蹴りを一発――

「ロイド!」

「少年くんの実力は認めるが――」

 動きの止まったロイドを二本の短剣から繰り出される目にも止まらない無数の斬撃が包み込み――

「――終いだ。」

 一瞬の後、ロイドは大量の血をまわせて倒れた。

「ロイド!」

「ロイドくんっ!!」

 あたしとローゼルの声が響く。庭の草を赤く染めるロイドは倒れたままで……う、動かな――

「よくもっ!!」

 頭が、心の中が暗く、全身から温度がひいてくのを感じてる横でローゼルが走り出す。両手を叩き、氷でトリアイナを作って男に迫った。

「ほう。」

 男はロイドと戦ってたときよりも明らかに余裕のある動きでローゼルの攻撃を避ける。

「はあああああっ!!」

 水と氷を織り交ぜた槍術。『水氷の女神』の猛攻が男を襲うけど、男は余裕の顔だし、何よりローゼルの魔法にキレがない……!

「ローゼル!」

「やあああああっ!!」

 ローゼルの顔は今まで見た事のない顔だった。

 ううん、ローゼルに限らず……こんなに怒った誰かの顔を見るのは初めてだ。

「これはすごい。俺は第七系統の水を使えないから聞いたことがあるだけだが、水と氷の変換はかなり難しいはずだ。それを一年生でこの早さなのだから、青い少女ちゃんも頭一つ抜き出た才能の持ち主なのだろう。だが、技の割に心も頭も燃え盛っているようだな。冷静さがなく、きっとこの魔法にもいつものキレがないのだろう。まぁ、そういう事以前に――」

 身を屈めた男がそのままローゼルの脚を払う。一瞬宙に浮いたローゼルに放たれる鋭い蹴り。

「――っ!」

「戦闘技術がお粗末だ。」

 お腹に食い込んだ男の脚にそのまま蹴り飛ばされたローゼルは庭の端まで飛んでいく。

「ローゼル!」

 転がったローゼルは苦痛で顔をゆがめながらも立とうとするけど、お腹を押さえたまま立ち上がれない。

「俺は別にフェミニストじゃないんだが、それでもやっぱり、標的に含まれていない女を殺すのは気が引けるんでな。そこで寝ているといい。」

 男があたしを見た。

「さっきも言ったが、この状態を維持し続けるのは辛いんだ。だから大人しく俺に誘拐されて欲しい。痛い思いはしたくないだろう? その拳にまとった炎をおさめてくれないか。」

 スタスタとあたしの方に歩いてくる男。とっさに出した炎は、遠くで倒れてるローゼルとピクリとも動かないロイドが視界に入るだけで大きく揺らぐ。

 無理だ……あたしじゃこいつに勝てない。ロイドが勝てなかった相手にあたしが――

 ロイド……ロイドは無事なの? まさか……そんなの……あ、あたしの、せい……? あたしの傍にいたから?

 ダメ……ダメよ。ロイドは……ロイドだけでも……

「わかったわ……」

「エリルくん!」

 ローゼルの声が聞こえた。きっとすごく怒ってるローゼルを見ないまま、あたしは男を睨みつける。

「大人しく捕まるわ。でもその前にロイドを……そ、そのままにしないで! ちゃんと治療して! さもないと、あたしは今から全力で逃げるわ! 時間魔法が解けるまで逃げ回ってやる!!」

「ああ……それは困る。お姫様は炎の爆発を利用した移動を得意とするのだろう? それを逃げの一手に使われるとさすがに追いつけるかどうか……コンマ数秒の加速じゃ無理だろうな。だからお姫様の要求は飲みたいところなんだが……無理な相談だ。」

「なんでよ! 早くロイドを――」


「だってもう死んでいるからな。」


 ……

 …………え?

 今、なんて……

「個人的には前途有望な少年くんのこの先の成長を見てみたいところだが、俺の仕事からすると危険の芽でしかない。だから早めに摘ませてもらった。少年くん……ロイドくんか? 彼はさっき、俺が、この短剣で、殺した。」

 男が見せてくる短剣には血がついてる。ロイドの……血が……

「そんな――」

 脚から力が抜けてその場に座り込むあたし。目の前が真っ暗になってく。

 あたしの……学院に入って初めての……ううん……ずっとクォーツ家の者として育ったあたしにとっては人生で初めての……

 そしてきっと、あたしにとってもう一つの初めての……

 ロイドが……死んだ。




 覚えているのは噴き上がる血。きっと、名のある大悪党でもなんでもない、どこにでもいる安っぽい盗賊。下品な笑い声で、ついでのようにあっさりと、オレの家族を殺した。

 手を伸ばしても届かなくて、落ちていく命もすくえなくて、何もできずに視界が暗くなる。

 気が付けば血の海の真ん中、オレは一人だった。


 フィリウスが力をくれた。そしてこの学院に放り込んだ。

 それはきっと、オレがもう二度と、みんないるのに誰もいない家の中で泣き叫ばないように。

 オレがもう二度と失わないように。


 そして今。見える血はオレのモノで、オレ以外には誰も血を流していない。だけど、失われようとしている。

 ムスッとして、真っ赤に怒って、機嫌が悪そうで、時々ニッコリ笑って――

 出会ったのは数日前。どんなものが好きで、苦手な食べ物はなんなのかも知らない。

 けれどそんな事は関係ない。

 その人はもう、オレにとって――

 だから――


「エリルは渡さない。」


 真っ赤な痛みが走り回る身体を引っ張り上げて立ち上がる。

 剣は握れる。まだ回せる。

 敵も見える。脚はまだ動く。


「オレからもう、誰一人だって奪わせない。」


 へたりこんでいるエリル。ケガはない。

 男はこっちを見ている。まだピンピンしている。

 倒さなければならない。

 だけどさっき負けた。一度負けた。オレには他に無かったか? まだ出していない力は無かったか?

 ある。さっき男が言った。使い方もよくわからないけど、まだこれがある。

 オレにできるのは回転だけ。だからそれも回転させる。回して、回して、回して――


「――驚いた……ってのを通り越して何故だ? ロイドくん、何故君は死んでいない?」

「オレをそう呼ぶのはローゼルさんだ。お前じゃない。」

「さっきの一撃は致命傷だったはずだ……これでも俺は経験を積んだプロ……危険な相手が無防備になったあの瞬間、手元が狂って君が一命をとりとめるなんてことはあり得ない。」


 ローゼルさんがいない。少し首を動かすと、遠くに横たわるローゼルさんが見えた。お腹を押さえているけど、生きている。生きているけど……ケガをしている。


「……よくもローゼルさんを……」

「!? どういう事だ……よく見れば君の傷……浅く――ないか? もっと深く斬ったはずだ、なぜそれだけしか斬れていない? その傷では確かに致命傷ではないが、なぜそれだけしか斬れていない? 魔法か? 魔法なのか? 魔法を使えない素人だと判断したのはミスだったのか? ロイドくん、君は何をした!?」

「風を、回転させるイメージ……」

 剣を回す。感じるわけじゃないけど、風のマナが生まれる。それを取り込んで風の魔法に。

 回せ、回せ、回せ、回――!?

 腕が痛い……手の動きが鈍い……剣がいつものように回せない……

 ……そうだ、どうせ回転しているんだから、風で回そう。

 いつも手でやっていることを風でやるだけだ。




 ロイドが立ち上がった。男は死んだと言ったけどロイドは生きてる。ロイドは生きてる!

 男は信じられないって顔をしてる。でも……そうよ、ロイドはあの十二騎士の弟子だもの。そんな簡単に負けるわけないわ!

「……え……?」

 ロイドが剣を回す。だけどその剣は……宙に浮いてた。高速回転しながら、ロイドの周りを回ってる。

 そしていつの間にか、男がさっき地面に突き刺したロイドのもう一本の剣も回ってて、さらに剣以外のモノも回転しながら回ってた。

 あれはたぶん……ロイドが割った窓のガラスの破片だ。それがまるで一枚の円盤みたいに高速で回転してる。

「なんだそれは……君は風の魔法の使い手だったのか……? ならなんでさっきはそれを使わなかった? それほどまでに精密で高速な風の制御……複数の竜巻をいくつも操っているようなもの……しかも、その回転を一切乱すことなく、一定の速さで……周囲に散らすことなく同じ場所で延々と……それほどの技術を持っていながらなぜさっきは使わなかった? 死ぬような経験をして強くなる人間の話は聞くが、急激に魔法の技術が上達するわけはないし……もしかして俺は、最初から、君のことを測り間違えていたのか? 目の前の情報だけでイレギュラーな君を判断したのは誤りだったのか?」

「エリル。」

 男の話も聞かず、ロイドは真っ直ぐにあたしを見た。

「今、終わらせるから。」

 ロイドの視線が男に移る。両腕をクロスさせ、そして勢いよく開くと、ロイドの周りをクルクル回っていた無数のガラスが、まるで銃弾のように男に向かって放たれた。

「――! たかがガラス!」

 迫るガラスを短剣で弾く。だけど弾かれ、より細かく割れたガラスはその全ての破片が再び回転を始め、円を描いてもう一度男に向かって行く。

「っ!!」

 二本の短剣を目にも止まらない速さで振るってガラスを弾く。だけど弾く度にその数を増やしてく回転するガラスに段々と追いつけなくなっていって――

「!!」

 次の瞬間、男の周り全方位から無数のガラスが迫った。

 だけど――

「っつああああっ!!!」

 男の姿が消え、まるでフィルムの一部を抜き取った映画みたいに一瞬一瞬で場所を移動し、迫るガラスを順に叩き落としてく。

 そして全てのガラスが、回転してもモノを切る事はできないサイズの欠片まで砕かれてキラキラと光りながら地面に落ちていく中、男はその真ん中に現れて大きく息を吐いた。

「ぐぅ! 時間魔法を使い過ぎたか……だがこれで――」

 危ない状況を潜り抜けて安堵する男の横を、一本の閃きが走った。

「何が「これで」なのかわからないが……」

 トスンという音があたしのすぐ横で聞こえた。見ると、ロイドの剣が地面に深々と突き刺さってる。同時に、視界の隅で広がる赤。

「オレの武器はガラスじゃない。剣だ。」

 男が首を動かし、あたしが上を見上げると――


 そこに男の右腕が舞ってた。


「がああああああっ!?」

 男の絶叫と共に、耳の奥で何かが割れる音が聞こえた。そして、男の右腕が地面に落ちた頃、寮の中からいくつかの悲鳴が響き渡った。

 窓際でかたまってた生徒がこっちを見て叫んでる。

「! 時間が解けたんだ!」

 学院内の、あたしたち以外の全員の時間を止めてた魔法が解けた。たぶん、痛みで集中力が切れたんだわ。

 この悲鳴を聞きつけて、すぐに誰かがやってくる。先生や学院長が……!

「ぐ、あああっ! これは、まずい……」

 右腕――があった場所を押さえながら、男はぶつぶつと呟く。

「時間停止の魔法を解いてしまった……ため込んでいたマナを使ってようやくできたこの魔法、かけなおすのは不可能だ……だが今なら……魔法を全力で使える今なら、例え片腕だけでもロイドくんは殺せる……し、しかし魔法が解けた今、彼よりも遥かに手強い連中が数分と待たずにここに来る……ならばお姫様を捕まえてさっさと――いやダメだ。抵抗できないくらいに弱っているならともかく、この中で一番元気なお姫様を片腕で捕まえ、抵抗を抑え、追跡の手を振りはらいながら学院を出ることは不可能……! よって今回は……失敗……!」

 片腕を失ってもまだぶつぶつと情報整理という独り言をする男に寒気を覚えたあたしは、その抵抗の意思として、両手に炎をまとって立ち上がる。

「――ここは撤退だ……」

 あたしをちらっと見た男は、身を屈める。するとその姿は視界から消えた。残ったのはあたしたち三人――

「! ロイド!」

 風の魔法を解いたロイドはふらふらと身体を揺らす。そして倒れ始めたその身体を、あたしは全身で受け止めた。

「ば、馬鹿じゃないの、あんた! そんな身体で慣れない魔法使って――死んじゃうわよ!」

 もっと……違う事を言いたいはずなのに、あたしの口から出たのはそんな言葉だった。

「よ……かった……無事で……」

「何よそれ! 自分の心配しなさいよ! あたしなんて……け、けがの一つもしてないんだから! 無事も何もな――」

 あたしに体重をあずけたままで、ロイドはその腕をあたしの背中にまわした。

「ちょ、ちょっと――」

 いきなりの事にびっくりしたあたしは、ロイドを支えきれずに二人そろってペタリと座り込んだ。

「本当に……よかった……オレ、また……また失うんじゃないかって……」

 耳元に聞こえる、かすれた……ロイドの声。周りに寮生や、学院に滞在してる先生たちが集まる中、ロイドの嗚咽を聞きながら、あたしはそんなロイドを抱きしめた。

「ありがとう、ロイド。」




 女子寮から学院を囲む塀までの最短距離、その直線上を片腕の無い男が走っていた。男の走り方は奇妙なモノで、時折コマ送りされたように姿が消えて離れた場所に再び現れる。

 男の視界に学院の塀が入り、それを跳び越えようと踏み込んだその瞬間、男が着地しようとした塀の上に一筋の閃光が走った。

 響いた――いや、轟いたのは雷鳴。その衝撃を空中で受けた男は学院の方に押し戻される。片腕ではあったが見事に態勢を立て直して着地した男が見上げた先、黒く焦げた塀の上には女が立っていた。

 タイトスカートやヒールなど、あまり戦闘向けの格好とは言い難いその女は、そんな「女教師」そのままの姿であるにも関わらず、雷を帯びた槍を手にしていた。

「逃げられるとでも思ったのか?」

 女は塀から飛び降り、難なく着地。そしてゆっくりと男の方に迫っていく。

「……普通の、そこらにあるような騎士の学校だったなら、時間を止めるなんて面倒な事はしないで正面から突撃して仕事をこなした。だがこのセイリオス学院はそうもいかない……まともに戦ったらまず間違いなく俺が負ける相手が少なくとも三人いるからだ。だから出来るだけ教師のいない休日の、しかも夕方という微妙な時間に襲撃をかけて意表をついてみたのだが……なんでいるのかね、その三人の内の一人が。」

「……よくしゃべるな、お前。」

「あのお姫様が学院に入学……その担任となる者には相当な人物が選ばれるだろうって事は誰でも想像できることだったが、まさか『雷槍』とはね……」

「まさかも何も、私の本職だぞ、教師は。」

「教える相手のレベルが違うだろう、普段は。」

「それはそうだが、私は元々こっち志望だ。それが……もっと上の連中を教えろとか言われて仕方なくやってただけだ。だから、こっちに来れるようになったキッカケのクォーツには感謝してる。でもって――」

 女が槍を構える。それだけで周りの草木は圧倒され、幹がきしむ。

「クォーツ、サードニクス、リシアンサス……よくも私の生徒に手を出してくれたな……えぇ? 『セカンド・クロック』……確か名前は……プロゴだったか? 全世界指名手配のA級犯罪者がこんなとこによくもまぁ。」

「こっちの事はバレバレか。俺も有名にな――」

 男――プロゴが言い終わる前、決してプロゴ自身、構えた女を前に油断していたわけではないのだが――

「また長々と呟かれても面倒だからな。」

 気が付けば、プロゴは女の槍によって大木に縫い付けられていた。

「本当なら殺してやりたいところなんだがな。情報も欲しいし、専門の奴らに任せるさ。」




 目が覚めると、オレはベッドの上にいた。オレの部屋のオレのベッドじゃない、もっと真っ白なベッド。たぶん、保健室的な部屋だろう。

「目が覚めたか。」

 身体を起こしてぼんやりしていると、隣から聞き覚えのある声がした。横にはオレがいるベッドと同じものがあって、そこにオレと同じような姿勢で起き上がっていたのはローゼルさんだった。

「! ローゼルさん……」

「そんなこの世の終わりみたいな顔をするな、ロイドくん。君に比べれば軽いケガだ。傷は無いのだが、蹴られた場所がまだ痛むのだ。まったく、キックの一発でこれだからな、わたしも脆いモノだ。」

「よかった……」

 オレがほっとしていると部屋の扉が開き、見た事はないけど格好から保健室の先生だとわかる人が入って来た。そしてオレを見るとニッコリ笑い、回れ右して部屋から出て行った。

「……何しに来たんだ、あの人。」

「エリルくんを呼びに行ったのだろう。」

「そうか……心配かけたよなぁ……オレは何日くらい眠っていたんだ?」

「ん? 一日も経ってないぞ? 今日は日曜日で昨日は土曜日。要するに昨日の今日だ。」

「えぇ? 自分で言うのもなんだけど、オレ結構重症を負った気がするし、なんか身体の中が軋むくらい魔法を使ったと思うんだけど……」

「ああ……たぶんそれは間違ってない。魔法による疲労はともかく、ケガの方は、それをすぐに治してしまえる魔法使いがこの学院にはいるという事だな。」



 数分後、ベッドの上のオレとローゼルさんの前にパイプ椅子を並べてエリルと先生が座った。

「さてまぁ……とりあえずお疲れ様だ。事務的な連絡からすると、サードニクスが追っ払ったあの男は私が捕まえて然るべき機関に渡した。少なくとも、あの男はもう現れない。でもってサードニクスとクォーツの部屋の窓も修理した。つまり、今まで通りの生活にすぐにでも戻れるというわけだ。そのケガが落ち着けばな。」

「戻れる……?」

 オレは、若干口調を強めにそう言った。先生はオレが言いたい事が初めから分かっていたように、次の言葉を続ける。

「あの男の名はプロゴ。『セカンド・クロック』の二つ名を持つ、世界規模で指名手配されてる悪党だ。依頼を受けて悪事を働く……今回受けた任務はクォーツを拉致する事だったと、そういうわけだ。ちなみに依頼した人間は昨日の内に突き止めて、これまた然るべき機関に渡した。どうだ、これでクォーツを狙う奴はひとまずいなくなった。」

「でも、他にもそういう奴が来るかもしれない――んですよね?」

「そりゃそうだ。なんせクォーツはお姫様だからな。だがそんな事はクォーツが生まれた時から続いてる現状だ。だから私は言った、今まで通りの生活に戻れると。」

 ……お姫様だって聞いた時点でそういう運命にあるって事はぼんやり理解していたけど、ああやって実際に起こると……ひどい現状だ。そしてその事について先生に文句を言ったってどうしようもない。

「……わかりました。」

「よろしい。んじゃ次は二人の現状だ。まずリシアンサスに外傷はない。が、内臓にちょっとばかしダメージが残ってる状態だ。プロゴはプロだ。んあ、シャレじゃないぞ? あいつはそういう奴だから、ただのキックでも的確に相手にダメージの残る場所ってのを狙う。だがまぁ、今日一日ゆっくりしてれば痛みも引くだろう。」

「はい。」

 そうか。ローゼルさんはすぐに良くなるんだな。

「んで次はサードニクス。」

「あ、はい。」

「お前には二つ、ベッドに横になる理由がある――と、思ってるだろ?」

「? はい……その、斬られた傷と……まだ慣れないのに魔法を使い過ぎた……疲労的な何かが……」

「後者はその通り。保険医の話じゃお前は十年近く、魔法を一切使っていない身体だった。イメロを渡した時に使ったとは言え、あんなのは「使う」に入らない。要するにお前は錆びついた水道管に急に大量の水を流した事で、脆くなってたあっちこっちがぶっ壊れたような状態だ。こればっかりは魔法でもどうにもならないから、数日は安静にしてろ。逆に言えば、安静にしてれば治る。」

「そうですか。」

 先生は水道管に例えたけど、実際は身体の中の何がぶっ壊れたのかさっぱりだ。神経的な何かなのだろうか……

「問題は前者、斬り傷だが……そっちはもう完治してる。」

「えぇ!?」

 オレは思わず今来ている服をまくり上げた。包帯の一つも巻いてあるのかと思ったら、傷痕すらない。

「おいサードニクス。私は気にしないが、女の前で肉体をさらけ出すな。」

「あ……」

 見ると、エリルとローゼルさんが顔を赤くして目をそらしていた。

「ご、ごめん……」

「べ、別に……」

「そ、そうだ、気にしていないぞ……」

「えっと……あ、そうか。魔法で治してくれたんですね?」

「違う。お前をここに運んですぐにそうなった。つまり、昨日の内に完治した。私らが何もしなくても。」

「えぇ?」

「サードニクスは魔法の素人だし、そもそも魔法を使える身体じゃなかった。じゃあ誰かに回復を早める魔法でもかけられていたのかと思ったらそうでもない。そうして辿り着いた答えがこれだ。」

 先生が取り出したのはオレの剣だった。

「簡単に言えば、これを持っている時に受けた傷は治りが早い。特に致命傷に対してはとんでもない反応を見せるようで、致命傷が致命傷になる前にある程度治してしまう。」

 持っているだけでそうなるってどういう事だ? と思っていると隣のローゼルさんがオレよりは何かを知っている風に驚く。

「では先生、ロイドくんの剣はマジックアイテムなのですか?」

「そんなところだ。」

「えぇ? というかマジックアイテムって何……」

 オレがそう呟くと、そう言えば何故か普段以上にムスッとしているエリルが答えてくれた。

「第一系統の強化の魔法の中に、物にある特定の性質を与えるっていう魔法があるのよ。それを持ってれば力が上がるとか、毒を無効化するとか。勿論、誰でもほいほい出来る魔法じゃない、高い技術が必要な魔法よ。そうやって誰かが何かの効果を与えたモノを、マジックアイテムって呼ぶのよ。」

「よくできました、クォーツ。この剣はそういう類でな、詳しく言うと、この剣が受けたダメージとこの剣を持っている者が受けたダメージを軽減・修復する効果がある。ポッキリ折れたりしない限り、この剣は……例えば刃こぼれとかは自動で修復する。でもってこの剣を持っている者は傷が深くなりにくく、かつ治るのが早くなる。」

「でも――」

 先生の解説の後、エリルが納得いかないって顔をする。

「その武器から魔法を感じたからマジックアイテムだろうとはあたしも思ったわ。だけどそれ、普通のマジックアイテムとはちょっと違うのよ。なんか、まるでその剣には意思があって自分で――今先生が言った効果を生む魔法を発動してる感じなのよ。」

「その通りだ。マジックアイテムの類とは言ったが、これはマジックアイテムじゃない。もっと高度な代物なんだが……」

 そこで先生は困った顔で気まずそうに話す。

「それ以上とはわかるんだが、じゃあ何なのかと聞かれると私にはわからないんだ。こういう魔法技術は専門外でな。学院長とかにじっくり見てもらわないと確かな事は……」

 先生と、魔法に詳しいエリルにもわからない謎の剣。実際何なのかは今度、調べてみる必要があると思う。だけどそもそも――

「……フィリウス、そんなすごい剣くれたのか……」

 結構軽めに「大将にこれをやろう!」ってくれた二本の剣がそんなすごい物だったって事にオレは驚いていた。

「フィリウスか……サードニクスの師匠だそうだな? でもって、あの《オウガスト》だって?」

「! なんでそれを……」

「学院長が教えてくれた。お前をちゃんと指導できるようにな。」

「指導?」

「お前の剣術は古流剣術だと言っただろう? あの時はそれだけだったんだがな、《オウガスト》の話を聞いて思い出した。」

 先生は、あのプロゴとかいう奴の事とか、オレの剣の事とかを話す時よりもかなり嬉しそうに続きをしゃべる。

「歴代の《オウガスト》の中で最強と言われている騎士がいる。何代も前の《オウガスト》だし、別に歴代全員で総当たりのバトルをしたわけでもないからそれが正しいかはわからない。だが、そいつの記録を読むとそう言いたくなる……そんな《オウガスト》がいたんだが、その騎士が使った剣術がサードニクスのそれなんだ。」

「……馬鹿が考えた馬鹿な剣術を?」

 先生が言った言葉をそのまま言うと、先生はくすくすと笑う。

「そうだ。しかしその馬鹿を貫いた結果、《オウガスト》になった騎士だ。」

「どのような騎士だったのですか?」

 ローゼルさんの質問に対して、先生は待ってましたと言わんばかりの顔になる。

「そいつは、両の手で風のイメロを取り付けた二本の剣を回転させて風の魔法を発動し、その風で落ちているモノから兵士が持っているモノまで、戦場にある武器を片っ端からすくいあげ、回転させ、それを雨あられと敵軍に降り注がせたという。しかもそれら一つ一つを完全にコントロールし、迎撃も防御もかいくぐって、敵に回転する刃をぶつけたとか。文字通りの一騎当千だ。」

「それって昨日のロイドじゃない……」

 エリルがムスッとしながら驚くという器用な顔でオレを見る。

「オレのあれは……無我夢中だったからどうやってああなったのかよくわかんないし……それにコントロールなんて、相手にぶつける事しか考えてなかった。」

「それでもだ、サードニクス。お前のやった事はそいつの技そのものだ。ま、記録によるとそいつは一度に三百以上の数の武器を浮かせたらしいがな。」

「さ、三百……」

「しかし……」

 何故か嬉しそうな先生に、ローゼルさんが首を傾げる。

「《オウガスト》に選ばれた騎士が使っていた剣術というのであれば、真似をする騎士も多かったはず……それにそれほどの武勇を残したのであれば、あの剣術はもっと有名なのでは……?」

 ローゼルさんの最もな疑問に、先生はこれまた待ってましたと答える。

「確かに。当然、そいつに憧れて多くの騎士があれを真似したらしいんだが、どう頑張ってもあの剣術の基礎である「剣の回転」が上手くできなかったらしい。ある程度は練習すれば誰でも出来たんだが、その程度じゃ、複数の風の渦を回し続けるだけの風のマナを生み出せないし、そもそも風だけで剣を回すって事もできなかったらしい。」

「どういう事でしょうか……」

「サードニクスが今、軽々とできているあの回転と精密な風の渦はな、まず回転させる事に特化した筋肉と、回転に対する尋常じゃないほどに強いイメージが必要なんだ。それを今まで別の剣術で頑張っていた騎士がいきなりやろうってのは無理な話だし、ある程度風の魔法を使い慣れていると風の制御の難しさってのを無意識で感じてしまって精密な回転が作れなくなるんだ。つまり――」

 先生がオレをビシッと指さす。

「剣を教わる時、初めて教わった剣術があの古流剣術である事。古流剣術がある程度使えるようになるまで風の魔法を使った事がない事。これが、最強と言われている《オウガスト》を真似するのに必要な条件で――サードニクスはそれを満たしたわけだ。」

「えぇっと……つ、つまりオレは……すごいんですかね……?」

 何だかそう言われているような気がして若干ふざけ気味にそう言ったのだが、先生は大真面目な顔で頷いた。

「ああ、すごい。お前というよりはお前が今まで育ってきた環境がな。何がどうなって今の《オウガスト》に伝説の古流剣術を教わる事になったのかは知らないが……十二騎士なんていうトップクラスの騎士にそれを教えてもらったという点をふまえると、お前は最強の《オウガスト》以上になり得る。」

 そこまで言って、先生は――いつもやる気なさそうに見える先生がすごくいい笑顔でこう言った。

「私は教師だからな。自分の育てた生徒が立派になるのは勿論嬉しいが、元々すごい奴を育てる事ができるってのも嬉しいんだ。伝説の再来――そう呼べるかもしれない田舎者、王家の人間として魔法の英才教育を受けてきたお姫様、そして純粋に才能があって優秀なクラス代表……他にもたくさん……私はこれからが楽しみで仕方ない。」

 先生は立ち上がって伸びをして、オレたちをざっと眺めて出口へと向かった。

「私からの報告的なのは以上だ。あとは友人同士、心配し合うといい。」

「あ、先生。」

 さっさと出て行こうとする先生を呼び止めるオレ。

「ん?」

「えっと……色々教えてくれてありがとうございます。」

「当たり前だ。私はお前の先生なんだから。」

「それで、ついでに教えて欲しいんですけど――」

 オレは、何となく聞くタイミングを逃している事を先生に聞いた。


「先生の名前ってなんですか?」


 オレの、我ながら場違いと言うか流れに合わない質問に、エリルとローゼルさんは「またか」という顔をし、先生は不思議そうな顔をした。

「なんだ。ライラックの奴、教えてなかったのか……」

「らいらっく?」

「お前が私のクラスに来た時に隣にいた金髪の男だ。」

 へぇ。金髪のにーちゃんはライラックって言うのか。

「……聞いてないです。」


「そうか。私はルビル・アドニスだ。改めてよろしくな、ロイド・サードニクス。」


「はい、アドニス先生。」

「あーよせよせ。私はただの先生でいい――いや、がいい。」

「? そうですか。」

 という事で先生は保健室からさっさと出て行ってしまった。



「……さてと。それではけが人二人の前でふくれっ面なお姫様の話を聞こうか。」

 先生が出て行った後のちょっとした沈黙をローゼルさんがやぶる。そしてムスッとしているエリルがオレたちを――オレを睨んだ。

「ロイド。」

「は、はい……」

 エリルに睨まれることは多々あったけど、今のこれはこれまでと種類が違う――そんな気がした。

「あんた何で……あんなのと戦ったのよ。」

「? 何でって……」

 オレが戸惑っているとエリルは乱暴に立ち上がった。

「あんただってすぐにわかったでしょ! あいつが、あたしたちよりも格上だって! どうして逃げなかったのよ! あんたこの剣の力を知らなかったんでしょ!? じゃああそこで死ぬ覚悟だったの!? 実際この剣が無かったらあの時に――死んでたのよ!!」

 エリルは泣いていた。

「魔法だって! できもしないくせにあんなめちゃくちゃな事して! 使い過ぎたらどうなるか……わかって――」

 エリルは顔をうつむけ、その声はかすれていく。

「あんたにとってあたしは友達で、あたしにとってもあんたはそうよ……? でも、会って数日の相手の為に命をかけないでよ……あたしを無視すれば逃げれたでしょ……何してんのよあんた……」

「おいエリルくん。それが君を守ってくれたロイドくんへの――」

 ローゼルさんが厳しい声を出すのを、オレは制する。

 エリルが怒るのは……わかる。例えば立場が逆だったなら、オレもエリルに逃げて欲しかっただろう。せっかく、敵に先手をとって距離を取れたんだ。あのまま逃げても――逃げた方が良かったに決まっている。

 だけどあの時、自分の血の中に沈んでいたオレの頭にあったのは昔の光景。あの瞬間の記憶だった。

 だからだったんだ。オレがあの男と戦おうとしたのは。

「――エリル、オレ言ったろ? 身近な人を守る騎士になりたいなって。あれさ、ちゃんと言うと……自分にとっての大切な人を守りたいって意味なんだ。一度オレが失った、家族みたいに……特別な人を。」

「……それが何よ……」

「いつか、そういう人がオレにできたとして、二度と失わないように力をつける……それがとりあえず、オレがこの学院にいる理由的なモノなんだろうって思ってた。だけど……懲りないよなぁ……もう手遅れだったんだ。」

「手……遅れ……?」


「もうできていたんだ。エリルっていう大切な人が。」


「……!」

「オレ、あの男にやられて……あいつがエリルに近づいて行くのを見た時……家族を失った時の事を思い出したんだ。もう昔の事でさ……乗り越えたと思っていたんだけどな……」

 エリルが連れて行かれる。絶対に不幸になる場所に。

「あの男を前にした時、きっと無意識に考えたんだ。こいつは、オレから奪う男だって。怖かった……もう嫌だって思った……だから、また手遅れにならないように、オレが持っている力を全部出さないといけないって……そう思って夢中だったんだ。んまぁ、今回は巡り巡ってフィリウスに助けられた感じだったけどな。」

 うつむいたままのエリルを、オレは真っ直ぐに見る。

「エリルはそのまま、お姉さんを守る騎士になってくれ。オレはそんなエリルを守る騎士になる。オレの大切な人を守る騎士になる。きっと無茶もするし、エリルにも心配をかけると思うけど、いつか必ず、大切な人を心配させずに立派に守れる騎士になる。その日までは――勝手で悪いけど、我慢してくれないか。今みたいに、怒っていいから。」

「……――によ……」

「ん?」

「何よそれ……た、頼んでないわよ……」

「ああ。でもこれが、昨日今日でオレの目標みたいなモノになっちゃったんだ。もうどうしようもない。」

「そ、そもそも……あたしはあんたに守られるほど弱い騎士になるつもりはないわよ……」

「いいさ。守る相手より弱いなんて話にならないだろう? 頑張りがいがあるってもんだ。」

 オレは、新しく得る事ができた大切な人に手を伸ばす。

「これからもよろしく。で、どうか守らせて欲しいんだ、エリル。」

「……バカロイド……」

 まだ怒っているけど、「この馬鹿はどうしようもないわね」みたいな呆れも混じった顔で、エリルはオレの手を握った。

「言っとくけど……さ、さっきも言ったようにあんたはあたしの――と、友達だし、あたしにとっても――アレだから、あたしもあんたを……ま、守るから――ギ、ギブアンドテイクよ! お、お互いの目的の為になんだから!」

「ああ。」

 手を通して感じるエリルの体温。オレは、この人を守るんだ。




「コホン!」




 相変わらずこっぱずかしい、だけどその真っ直ぐさに自分も後押しされるみたいな。

 負けられないっていう気持ち。

 こいつとならあたしは強くなれるっていう確信。

 守ると言われて感じたうれし――くなんかないわ! 迷惑な話よ……

 なのに……死にそうなくらいに心臓がうるさいわ……


 って、心と身体が温くて熱いモノに包まれてたら、保健室の中に誰かの咳払いが聞こえた。あたしはハッとしてロイドの手を離す。

「二人で熱い志を確かめ合っているところ悪いが……ロイドくん、わたしはどうなのだろうか。」

 ロイドもハッとして、隣に座ってる――ひきつった笑顔のローゼルを見る。

「そりゃもちろん! ローゼルさんだってオレにとっての大切な人で! ロ、ローゼルさんの騎士でもあって!」

「わたしは「も」なんだな……ついでなんだな……」

「そ、そんな事は!」

 意地悪な、だけどちょっと泣きそうな顔のローゼルを何とかしようとあたふたするロイドを見て、あたしは笑う。



 少しずつ暑くなってくるそんな時期。

 あたしはあたしを守るという騎士に出会った。

第一章終了です。


これでようやく、この物語の基本設定の説明を終えた感じですね。


それと、田舎者の理由がかたまりました。


私のくせとして、初めの話は一生懸命説明し、次からは変な人がばっこします。


この物語も、そうなるでしょう。

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