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騎士物語  作者: RANPO
第七章 ~荒れる争奪戦とうねる世界~
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第五十二話 悪党混じりの決着

今回の騒動の最終決着、それと悪党のちょっかいです。

 十二騎士、第八系統の頂点たる《オウガスト》の席に現在座っている男、フィリウス。筋骨隆々とした身体に二メートル近い体躯。その力強い外見と背負った大剣から、誰もがこの男の戦闘スタイルを「力にモノを言わせてガンガン攻めるタイプ」と考えるが、それは半分ハズレである。

 近距離であれ遠距離であれ、自分に向けられる全ての攻撃を防御、回避し続け、その間に大剣にタメ続けた魔力をここぞというタイミングで撃ち放ち、その一撃でもって相手を倒す。対人であろうと対軍であろうと全ての勝負を一撃で終わらせてきたこの男の注目すべき点はその破壊力ではなく、その一撃に至るまでの回避能力である。

 事実、ある時期から現在まで、フィリウスは戦闘において傷と呼べる傷を一つも負っていない。弟子である田舎者の青年が数々の強敵との戦闘をくぐり抜けてきたのも、フィリウスから教わった回避術によるところが大きいだろう。

 そんなずば抜けた回避術を身につけているフィリウスは、かれこれ数年ぶりの「出血」を経験していた。

「あーははは! ほらほらほらぁっ!」

 クールな印象を与える凛とした女、カゲノカは抑えきれない欲情に身を任せたかのように頬を赤らめ、舌なめずりをしながら少し長い刀を振り回す。長いとは言っても相手のフィリウスは完全に間合いの外にいるのだが、外見に合わない超スピードで回避行動をとるフィリウスの身体や周囲の建物には次々と切れ込みが入っていく。

 致命傷は無いものの、薄皮一枚で身体中を斬られているフィリウスはパッと見、重症を負っているように見えるほどに血まみれだった。

「だー俺様の一張羅が! 色っぽい顔でとんでもない位置魔法を使いやがって、そりゃあ壁を半分ズラして二重にするなんて芸当もできるわな!」

「気づいていたのか。ふふ、よかったな。ここで私を倒せば壁は一つとなり、間に貯められた大量の水は流れ出るぞ!」

「外側の方が消えればな! 内側の方が消えたらアウトだろ!」

「心配するな。私に万が一の事があって魔法が解除されても大丈夫なように、壁が一つになった際は外側が消えるようになっている。」

「そりゃまた妙な設定だな! 「私に何かあれば街が滅ぶぞ」ってのが悪党の定石だろうに!」

「できればそうしたくないというのがアネウロの考えであるし、重要なのは壁によって街を隔離することだからな。」

「んん? 割と重要そうな事を聞いた気がするな。」

「関係ないだろう? さぁ、そろそろ痛がるお前が見たいところだぞ!」

 言いながら長い刀を腰にぶら下げた鞘にしまうカゲノカ。ただの納刀であり攻撃ではないはずだが、フィリウスがかわした後ろ、建物の壁に縦の切れ込みが走る。

「動かすだけでいいってか!」

 風を使って大通り脇道裏道を問わず縦横無尽に逃げ回るフィリウスと、それを『テレポート』を使って追いかけるカゲノカ。二人が通った道に無数の傷跡を刻む斬撃は無論、カゲノカの長い刀によって生じているモノだが、その発生には位置魔法が関わっている。

 通常――というよりは常識的に、刀を振るった際に「斬る」という現象が生じるのは刀が触れている部分に対してであるが、カゲノカはその位置をズラしていた。

 何もない場所で振るった刀がその刃に生じさせた「斬る」という現象をフィリウスがいる場所の近くに移動させることで、まるで風魔法における風の刃を飛ばす技のように間合いの外に対しての斬撃を可能としているのだ。

 故に、何かを斬る際に意識するはずの型がまるでなっていなくとも適切な角度で斬撃が走るように移動させる事できちんとした攻撃になるため、刀を少し動かすだけで相手を斬ることができるのである。

「斬撃の座標をお前自身に固定できればいいのだがな。少し止まってくれればその為の印を刻むぞ!」

「勘弁しろドSめ! 俺様はMじゃない!」

「防具なしのボロ布で戦いに臨んでおいて!」

 空中に『テレポート』したカゲノカは、まるで空気を蹴るようにその場で踏み込み、刀を構えた状態でコマのように勢いよく回転し始めた。

「うお! それはずりぃぞ!」

 直後、周囲に凄まじい数の切れ込みが入り始め、フィリウスの身体の表面にも新たな傷が刻まれていく。

「サーカスみたいなことしやがって、曲芸剣士は大将だけで充分だ!」

 それそのものは見えないが無数の斬撃が飛び回る空中を、しかし変わらず薄皮一枚程度で回避していくフィリウス。

「この連撃すら致命傷を回避するか! ならばこれはどうだ!」

 回転しながらカゲノカが叫ぶと、生じる切れ込みの数が少し減る。だが同時に一撃一撃の威力がはね上がり、傷跡を刻むだけだった斬撃は周囲の建物を切断し始めた。

「どうだも何も、さっきからやってんだろうがその重ね技!」

「ほう、仕組みを理解していたとは、第八系統以外はからっきしという噂はデマだったか!」

 複数の斬撃の移動先を同じ場所にし、時間的な差がある為に完全一致とはいかないが、部分的に攻撃を重ね合わせることで建物を両断する威力へと昇華させるという技をまき散らして街をコマ切れにしていくカゲノカを、攻撃にツッコミながらもフィリウスが少し厳しい顔で見る。

「あんまりやり過ぎるとセルヴィアの負荷が過大になるからな! そろそろ反撃と行くか!」

「自慢の一撃必殺か? ではこちらも大技と行こう!」

 そう言って回転をやめたかと思うと、カゲノカの姿が消える。

「! そうか、あんま気にしてなかったがお前のツァラトゥストラは『脚』か。」

 放たれる斬撃を含め、空気の動きを読むことでカゲノカの動きを把握しているフィリウスは、カゲノカが何もない空中を蹴りながら、かつ凄まじい脚力で縦横無尽に跳ね回るのを知覚していた。

「この速度で振るわれる刀が生む斬撃! その重ね合わせの威力はかの『絶剣』にすら届くだろう!」

「そりゃ言い過ぎだ。それに刀を手にして跳ねてるだけで振ってねぇだろうが。」

 斬撃の嵐が止み、風切り音だけが響く一瞬の間の後、高速移動によって生じた無数の斬撃を重ね合わせた特大の一撃が空を走り始め――


「『ディスターバー』。」


 ――たが、その一撃はフィリウスも周囲の建物も刻む事なく、何もない空の上で空気を切り裂いた。

「!?」

 戸惑いながらも続けて斬撃を放つカゲノカだが、その全てが遙か上空で走り終える。

「んな――まさか位置魔法――なわけはない、それなら私が気づかないはずが――何をした!」

 高速移動をやめ、風で空中に浮いているフィリウスの近くの建物の壁に着地したカゲノカは理解不能という顔でフィリウスを睨む。

「見えないせいでイメージをつかむのに時間がかかったが、さすが俺様だ。もうお前の攻撃は何も斬れないっつーか、斬らせないっつーか。」

「――! そんなこと――!」

 叫ぶと同時に刀を振り、生じた斬撃の位置を移動させて間合いの外からフィリウスに切り込むが、その一瞬前に突風が吹いたかと思うと斬撃は遠く離れた空を切った。

「!?!? ま、まさか……風で飛ばしているのか!? 私の斬撃を!」

「ああ。」

「そんなわけが――斬撃は物体ではないのだぞ! ただの現象が風でとぶわけがないだろう!」

「そりゃまぁ普通はな。だが魔法ってのは「通常」とか「普通」を超えて何かを起こす技術なんだぜ? 根っこのイメージさえ充分ならできないことはねぇよ。んま、そのイメージをかためるのが難しいから奇跡的な魔法を使える奴は少ないんだがな。そう、俺様のような!」

 これでもかという自慢げな顔をしたのち、ふと真面目な顔になる。

「現象だろうがなんだろうが、何かに変化を与える力ならそこにはエネルギーがあんだろ? 俺様は風から抜き出したエネルギーをそっちのそれにぶつけてるだけ。同じエネルギーなんだから、干渉できないわけはねぇだろう?」

 本人にしか理解できなさそうな理屈に対し、依然としてカゲノカは理解不能という表情だった。

「ま、どーでもいいだろう、仕組みなんぞ。俺様にはそういうことができるってだけだ。で、どうする? 降参は受け入れるぞ。」

 宙に浮くフィリウスと九十度傾いた状態で立ち上がったカゲノカは、一瞬の躊躇の後、ため息と共に何かを決心して余裕たっぷりのフィリウスに長い刀を向けた。

「……私の攻撃を飛ばす時、お前は私の動きや斬撃が生じた瞬間の空気の動きから……言ってしまえば後追いで対応している。」

「んん? まぁな。俺様に限らず、相手の動きを読むってのは初期動作から最終的な敵の動きを予想するもんだからな。そりゃあ後追いだろうよ。」

「ならば動きを読まれたとしてもお前の対応が追いつけない速度をこちらが持てば、先読みは攻略できるという事だ。」

 さっきまでの焦りの表情を完全に無くし、落ち着いた顔でカゲノカは片手を軽く振る。すると手品のように指の間にガラス玉のようなモノが二つ現れた。

「街を覆う壁を任されてる関係で、私はこれを二つ渡されている。お前のような別格と戦う為にな。」

「キリッとした顔で言われてもそのガラス玉が何か知らない俺様には何のことやらだぞ。」

「今にわかる。」

 言いながら二つのガラス玉を自分が立っている壁に叩きつける。直後カゲノカがその姿を消したかと思うと、フィリウスの左肩にこれまでよりも深い傷が刻まれた。

「おわ、なんだその速さ!」

 想像以上の速度に驚きのけぞりながら、フィリウスは両腕を開いて嵐の中のような暴風域を周囲に発生させる。

「狙いを定めずに範囲攻撃で対応――この速度にはついていけないと言っているようなモノだ!」

 上下左右、カゲノカの言葉はもはや一文字ごとに聞こえる方向が変化し、これまでを遥かに超える威力の斬撃が一閃ごとに街を破壊していく。

「制約上、他のメンバーではこうはいかないが私の位置魔法はそれをクリアできる! はっきり言おう《オウガスト》、相手が悪かったな!」

「時間魔ほ――いって!」

 空気の動きによる先読みを駆使しても対応が追いつかないほどの異常な速度の攻撃に対し、高速移動に加えて範囲攻撃で相手の狙いを定まりにくくする事で回避を行うフィリウスだが、それでも低確率で直撃してくる斬撃によって脇腹を深く刻まれて顔を歪める。

「あ――ああ! いい顔だ、それを待っていたんだ!」

「んの野郎め、いきなり調子づきやが――どわっ!」

 肩、脇腹と続いて切断されたかと思うくらいの深い切れ込みが太ももに入る。

「だーちょい待てちょい待て! タンマだ!」

 慌てた感じでフィリウスが片手を天に掲げる。すると、ここから離れた場所で戦っていた女騎士が引き起こした上から降り注ぐ暴風を遥かに超える超暴風が、まるで第六系統の重力魔法のように周囲の刻まれた建物を押しつぶしながら降り注いだ。

「――!」

 その脚力で跳び回っていたカゲノカの脚が止まり、その姿が現れるが、位置魔法で自身に当たる風を他所に移動させているのか、超暴風の中でも普通に立っているカゲノカは雨が降っているかを確認するかのように手の平を上に向ける。

「これは……いや、攻撃自体は位置魔法で自分に当たる風を移動させればどうという事はないのだが……まいった。それなりに集中しないと位置魔法が維持できない。この妙な風、ただの風ではないな。さっき言ってたエネルギーをどうこうという風か?」

「ちくしょうめ、その位置魔法も吹き飛ばせりゃあペシャンコにしてやれんのにな。」

「だがイメージをつかむのに時間がかかるのだろう? ふふ、言葉を返すが――で、どうする? いくら十二騎士とはいえこの特殊な風をこの威力――長時間の維持はできまい。対して私にはツァラトゥストラがある。魔法の持久力で言えば――」

「わーってるよ、今考えてんだ。」

 自分の先読みによる対応を超える速度で攻撃してくる相手は初めてというわけではないが、攻撃方法の厄介さを考慮すると過去最高にめんどくさい相手かもしれないと、やれやれと肩を落としたフィリウスは――


『聞こえていますか、ゴリラ。』


 ポケットに突っ込んでいた国王軍の通信機から聞こえてきた声に「お?」と少し驚く。自分をそう呼ぶ数人のうち、その声の主とは連絡がとれなくなっていたのだ。

「妹ちゃんか! 無事だったんだな!」

『エリルさんを追って壁の外に飛ばされましたがあなたのような筋肉お化けを倒して戻ってきました。今は軍の医療棟にいます。』

「ツッコミたいとこだらけのザックリ説明だが、やっぱ壁の外だったか。どうやって出てどうやって帰ってきたんだ?」

『行きは敵のマジックアイテムによる位置魔法で、帰りは兄さんの知り合いの魔人族が一瞬だけ壁に穴を開けてくれました。』、

「魔人族? また妙な面子だな。一応確認――つーか誰がいるのかわからんが、全員無事か?」

『無事です。ですから……街の中の状況がイマイチわかりませんが、とりあえず早くなんとかしてください、十二騎士。』

 プツンと切れる通信に一安心の息をもらしたフィリウスは、通信相手の兄である自分の弟子のことをふと思い出す。

「おお、そうだそうだ。あれをやるか。」

 カゲノカ同様超暴風の中に立ってはいるが、術者であるゆえに自分には風が来ないようにしているフィリウスはポンと手を叩く。

「この前の夏、大将の魔法の修行を妹ちゃんと一緒にやったんだが、大将の奴、あれでなかなかのアイデアマンでな。おかげで使い所があるのかどうか微妙だが一応新しい魔法を俺様も覚えたんだ。」

 コキコキと首を鳴らし、フィリウスは準備体操のように腕をぐるぐる回す。

「炎使いは火傷しねぇように耐熱魔法、雷使いは感電しねぇように耐電魔法、氷使いは凍傷にならねぇように耐冷魔法。腕が良けりゃその辺のを使わなくても自分を対象外にできたりするわけだが、こういう類の魔法は風魔法じゃ聞かねぇモンだ。今みたいに暴風の中に立とうってんなら、風が自分にこねぇように制御するだけだ。」

「……今更魔法の講義が必要なほどマヌケに見えたか……?」

「だが大将は魔法素人だからこんなことを言った。おいフィリウス、耐風魔法はねぇのかってな。」

 カゲノカを半分無視し、フィリウスは話を続ける。

「つまりはこういう風の中、自分に当たらないようにだとかの操作をせずに動き回れるようにする魔法。聞かれて調べてみたら何代か前の《オウガスト》にそういうのの使い手がいたんだな、これが。同系統の使い手との戦闘を想定したんだろうな。」

「……」

「しかしそんな使い方する奴はそういねぇからな。やり方ってのが残ってなかった。そしたら大将の奴が軽く言うわけだ。強風の中を進むなんて、それこそ俺様みてぇな立派な筋肉で立ち向かうのをイメージをすればできるんじゃないのかってな。それじゃ強化魔法だっつの。」

 ニッと笑ったフィリウスはパンッと手を叩き、今立っている場所――風が来ないようにしている所から超暴風の中へと一歩を踏み出す。

「!」

「だが間違っちゃいない。風使いだからこそ強風でも倒せない、壊せないモノのイメージは他の系統の使い手よりも強い。そのイメージを自身の身体に投影し、強化魔法で整えれば――」

 地面が潰れ、亀裂が走るほどの超暴風の中をフィリウスは悠々と歩き出した。

「な――」

「ざっとこんなもんよ。できるようになるとこれはこれで便利でな。魔法の負荷としちゃぶっちゃけ風を操作するよりも大変なんだが、その分風の中での動きの自由度が高い。今みたいに相手を動けなくしたのなら――」

 外見は同じ、吹き降りる超暴風の中で立つ二人だが、位置魔法に集中しているカゲノカは動けず、対するフィリウスはグッと拳を引いて攻撃の姿勢を取る。

「こういう一方的な攻撃が可能となる。ゆくゆくは剣を振れるようになる予定だが、今は耐風を自分の身体にかけるので精一杯でな、ちょっと剣までは意識がいかねぇんだ。だから今日のところはこっちで我慢しろよ?」

「――! た、確かにその拳を防ぐ術は今の私にはないが……まさかパンチ一発で私がやられるとでも? 女だからと甘くみているのか? 強化魔法は戦闘に入る前からかけているし、それはツァラトゥストラによって通常の数倍の強化になって――」

 焦り半分、余裕半分の顔を見せるカゲノカだが、直後フィリウスの引かれた拳に集中する圧力に息を飲んだ。

「お前こそ、俺様は剣しか振れない奴とでも思ってるのか? この筋肉は飾りじゃない。」

 拳にたまる、それがどういうモノかはわからないがその強大さだけは感覚的に理解できるエネルギーに青ざめるカゲノカ。

「別の弟子の話だが、ちょっとしたヒントだけでこの技に到達したのもいてな。なるほどなるほど、教官が先生になりたがったのもわかるってもんだ。」

 もう一人の弟子――桃色の髪の女騎士が装備している甲冑の籠手に力をためたのに対し、師匠であるフィリウスは拳に直接チャージしていく。

「イメージも大事だが、やっぱり基本は筋肉だわな。オリアナももちっと鍛えれば楽に使えるだろうに。」

「――! 一か八か――!!」

 その後の攻防は一秒以下の出来事だった。超暴風を位置魔法で無効化していたカゲノカはその位置魔法を解除し、吹き降りる風が自分の身体に触れる前に時間がとぶような超加速にて暴風域からの脱出を試みた。

 驚くべき事だがそれは成功し、カゲノカは一瞬安堵する。だが、回避が間に合わないだけでカゲノカの動き自体は捉えているフィリウスが超暴風の中、カゲノカの移動先へと身体を向け、ためこんだエネルギーを撃ち放った。


「元祖! 『バスター・ゼロ』!」




「前にも言ったすが、悪党からすると強い奴はそれに合った肩書きを持っておいて欲しいもんすね。やっぱり《フェブラリ》の称号はあの逝き遅れよりもあなたに与えられるべきでさぁ。」

「は、つい最近ジジイとやり合った奴の言葉と思うと信頼できる評価だな。」

 ハッキリ言って余裕はないのだが、軽口の一つもかまさないとやってられない。こいつの強さは勿論だが……出会い頭の光景が衝撃的過ぎた。


「んー、珍味珍味っす。これは生がオススメでさぁ、コルン。」


 リンボクとヒエニアを倒し、あとはフィリウスがカゲノカを倒せば――てな感じでちょっとばかし休憩の心持ちだった私の背後で響いた咀嚼音。振り返ると、逃げ遅れたらしい小さな女の子を連れた国王軍の騎士がいた。それだけなら問題はなかったのだが……その騎士は頭が通常の二倍くらいに膨らんでいて、何でかというと口の中で頭くらいある何かをモグモグしてるからで……

「この感じは『舌』っすね。ちょっと部位が小さいのが残念でさぁ。」

 でもってその口からは黒い髪の毛がのぞき、騎士の足元には首から上が無くなった女の身体が横たわっていて……

「ぶー、おいしくなーい。」

 さらに小さな女の子も、騎士ほどではないが口いっぱいに何かを頬張っていて、その横にはこれまた首から上の無くなった……男の身体が……

「おま……おまえら何を……一体……」

 数々の修羅場をくぐり、凄惨な光景っていうのもそれなりに見てきた私だが、あんな状況は初めてだった。首無しとなった女と男、それが誰かなんて言うまでもなく、数分前まで戦っていた敵――軽い会話もした相手が、いきなり現れた第三者に……「喰われてる」光景なんて……見たことあるわけがない……!

「そいつは残念でさぁ。コルンにはちょっとばかし大人な味だったっすかね。でも食べ残しはいかんでさぁ。ツァラトゥストラは美味しくなくても、他の部位は美味しいかもしれないでさぁ。」

「うん。」

 そう頷いた小さな女の子がしゃがみこみ、横たわる男の手を掴んだかと思うとその指にかじりついて――

「――っうぇ……!」

 思わず吐きそうになって目を背けるも、背後で響く骨をかみ砕く音に一層気持ち悪くなる。

 こいつらは騎士でも逃げ遅れた少女でもない。聞き覚えのある口調にこのおぞましい行動、そしてジジイから聞いた『ディザスター』の作品の話。

 S級犯罪者、通称『滅国のドラグーン』、バーナードとコルンとかいう化け物だ……!


「『サンダーボルト』っ!」

 冷静に考えるなら、一応私よりも強いはずの《フェブラリ》のジジイが負けたこの二人を私が一人で相手をするってのは無茶な話だ。だが放っておくとこいつらはこの場に倒れている国王軍の騎士たちをも食べ始めかねない。

 この混乱極める戦場に何をしに来たのかわからないが、カゲノカを倒して戻ってくるだろうフィリウスを待ちながら、こいつらの食事を妨害しなければならない……!

 くそ、あのゴリラをあてにするのは何か腹立つな!

「この短期間に雷使いのトップツーと戦う事になるとは思わなかったでさぁ。」

 鱗のような表面に長くて鋭い爪。その上人間を二、三人握りつぶせそうなデカさの腕で私の雷を受け、散らすバーナード。

 第九系統の形状の魔法の、悪党側の頂点に立つだろうこの肉ダルマの厄介なところはその桁外れな『変身』能力だが、それ以上に、そうやって手に入れたパワーをただ振り回すだけじゃねぇって点が一番の問題だ。

「ちょいやっ!」

 私との最短距離を走るバーナードの巨大な拳。槍で受けたその拳にはギザギザの刃がついていて、それが回転ノコギリのように高速回転して私の武器を破壊しようと火花を散らす。同時に拳から凄まじい高温が放たれ、耐熱魔法による対応を強いられる。

 攻撃の一つ一つに複数の攻め手を混ぜるこいつの『変身』を相手にすると持てる技術を総動員しなきゃならなくなるわけだが……まぁ、私もそれなりに経験を積んだ身だ。これに関しちゃどうということはない。

「ほわっ!」

 私に止められた拳を開き、爪を直下の地面に突き刺して自分の身体を引っ張りながらもう片方の腕で追撃を仕掛ける。それをいなし、両腕を伸ばし切ってスキだらけになった肉ダルマに突撃するも、おそらく耐電の特性を持った鱗のようなモノで両脚を覆って私の突きを……ぶよぶよの身体をぐにゃりとねじりながら足の裏で華麗に受け流す。

「今の《フェブラリ》は歳のせいもあって魔法で押せ押せタイプっすけど、あなたにはハイレベルの体術があるんでさぁ。やっぱり交代するべきっすね。」

 身体をひねった勢いで巨大な両腕を引き戻し、空中で何回転かした後に音もなく着地したバーナード。

 そう、こいつはこんな見た目のくせに相当な体術の使い手。攻撃は常に急所を狙うような殺人拳で、防御に関してもスキがない。仮にわずかなスキを突こうとも、『変身』によって防がれる。

 今はまだ半分以上肉ダルマだが……この動きがアレに『変身』した後も披露されるってんだから冗談じゃない。

「……あっちのガキンチョは来ないんだな。」

 呼吸を整え、槍を構えながら適当な会話をふっかける。

「コルンでさぁ? 今はちょっと練習中なんでさぁ。食べたい人間がいた時、必ずあるのが服っていう邪魔者でさぁ。頭は丸のみでいいんすが、身体の方はどうしてもっす。だからまずは服の処理――そのまま食べるのか脱がすのか、脱がすのならどうやるのがいいのか、開き方はどうするべきか……コルンはまだまだ子供っすからね、体験させてるんでさぁ。」

「迷惑な子育てだが、ま、お前と一対一でやれるってんなら今は目をつぶろう。」

「んん? あなたからすればあっしらが食べたあの男と女は悪党でさぁ? 槍で刺されて死のうが喰われて死のうが、悪党が減るのならウェルカムなんじゃないんすか?」

「別の悪党の腹が満たされてんのにウェルカムなわけあるか。」

「ああ、そりゃ確かに――」

 バカみたいな顔でバーナードが納得した瞬間、私は地を蹴った。

「『ライトニングスピア』っ!!」

 十数メートルの距離を瞬間的に詰めながら槍を突き出す。対して、私の速度を考えれば超人的な反応で防御の体勢――巨大な腕を盾代わりにしたバーナード。そこらの武器で斬りつけようモノなら刃が欠けるなり折れるなりするだろう硬度の腕だが、私の槍はそれをぶちぬいて矛先をバーナードへ突き刺した。

「ぶへぇっ!」

 見た目通りの声をあげるバーナードだが――これで終わらせない。このまま刺し貫く!

「はぁっ!」

 強化魔法と雷魔法でパワーと速度を増した身体で即座に掌底を構え、槍の石突き部分に打ち込む。再び推力を得た私の槍は巨大な腕を抜け、そのままバーナードを貫いて向こう側に――


 あん? なんだこれ。


「あばば――らばっ!」

 身体に風穴をあけられて噴水のように血を噴き出すが、バーナードはその噴き出た血を固めて巨大な刃と化し、掌底を打った直後の私へと振り下ろす。

 が、そんな感じの奇怪な反撃を予想していた私は赤い刃が届く前に後ろへ跳び、槍を引き寄せながら距離を取ってキャッチと同時に着地した。

「あたた、さすがでさぁ……」

 そう言うと同時に、まるで蛇口を閉めるように血の噴出が止まる。

「この前やり合った時は割とすぐに《ディセンバ》が来たっすからあんまり体験できなかったっすが、ハイレベルな体術と槍術、強力な雷魔法、それに加えてあなたは電磁力を使うのがうまいんすね。」

 ぶちぬかれた腕を修復しながらグーパーするバーナード。

「さっきのパンチを受けたときっすね? あっしの身体を帯電させ、それを利用した電磁力による引きと強化魔法と雷魔法による脚力アップで突進し、あっしの腕を貫いた。その後の掌底も、よく見ればその槍の石突きはとんがってるっすからそのまま打ち込んだら手に刺さるでさぁ。それがそうならなかったのは、手の平と槍との間で電磁力による反発力を生じさせたからっすね。」

「お前は試合の解説者か。」

「悪党ってのは基本、戦闘中でも饒舌なんでさぁ。でもってあっしが一番驚いてるのはその槍――あっしの拳を受けても壊れないのは、槍を構成する原子、分子の結合を電気の力で強化しているからっすね?」

「!」

「加えてあっしの腕を貫けたのはその強度アップに加えて、あっしの腕の結合を今度は弱める方向に電気を流すことで腕を脆くしたからでさぁ。」

 ……こいつ、いちいち見た目と違う事を特技としてるらしい……

「ちゃっかり心臓を狙った今の一撃、正直その槍があっしを貫いたのは予想外で結構ピンチだったっすが……あっし、心臓は勿論その他諸々の内臓の配置をいじくってるっすから、大抵の「急所狙い」は外れるんでさぁ。」

 ……半分くらい「勝った」と思ったのに貫かれた後何事もなく形状魔法で傷の修復を始めたからちょっとビビったんだが……どうやら私は狙いを外していたらしい。

 だが今の言葉、逆に言えば急所への攻撃が意味を持つって事を示してる。傷の修復はできても魔法生物が持ってるような問答無用の再生能力ってわけじゃないから、刺すとこ刺せば倒せるという事だ。

 ……まぁ、今の攻撃は今後警戒されて通用しないだろうが。となると……負荷はデカくなるがあっちの派手な方でいくか。

「こりゃあ硬度よりも耐電性に重点を置いて『変身』しておかないと、あっしの身体が内側から崩壊させられかねないっすね。なんだかケバルライみたいな電気の使い方でさぁ。」

「……解説ご苦労さんってとこだが……分子の結合とは、食い物にしか興味なさそうな顔で小難しい言葉を知ってるじゃないか。」

「そりゃあ、あっしの専門っすからね。」

 腕も身体も穴が塞がったバーナードはひひひと笑う。

「こっちの国じゃ首を傾げる人が多いらしいっすが、この世のモノは原子の組み合わせで出来てるんでさぁ。だから単純な話、必要な材料があれば組み合わせ――つまりは『形状』をいじることで色んな物体を作る事ができるんす。こんな感じに。」

 口の中で何やらもごもごした後、ペッと唾を吐くバーナード。その唾は地面に落ちるとジュワッという音をたててその場所を溶かし、穴をあけた。

「原子みたいな最小単位に限らず、例えば生き物の脳みそも少し中身をいじくれば従順にも馬鹿にもできるんす。魔法ってのは理屈を飛ばして不思議を引き起こすっすが、原理を理解した上で使うのなら形状魔法以上に何でもできる系統はないんでさぁ。」

「……それで色々勉強したってか。そこまでやって辿り着いたのが悪の道とはな。」

「仕方ないでさぁ。あっしは――」

 首だか胸だかわからないところがゴキンと鳴ったのを合図にバーナードの身体が……気持ち悪い音をたてながら変形していく――!

「『サンダーボルト』っ!!」

 伸びる首めがけて特大の雷を落とすが、ガバッと開いた大きな口に飲み込まれる。

『正義やら善行やらには欠片も興味を持たず、ただ色んなモノを食べてみたい衝動にかられてしまったんすから。』

 大きく広がった翼から私の方に戻ってくる飲み込まれた雷。それらをかわした頃には私の前から肉ダルマはいなくなり、代わりに一部が鎧のようになっている黒い鱗に全身を覆われた巨大なドラゴンが立って……おい、ちょっと待て……

「……この前よりデカくないか……?」

『悪党は、二戦目から本気を出すモノなんでさぁ。』

 首都への侵攻の時はフィリウスの倍くらいだったがそれよりも一回り――いや、二回りほどデカい。

 いや……そもそもこいつの『滅国のドラグーン』ってのはあの事件――巨大なドラゴンが一国を滅ぼすところを隣国の奴が望遠鏡で見たって話からついた二つ名なわけだから、たぶんこいつ、まだまだデカくなれる……!

 こりゃさっき見つけたあれに頼ることになるか?

『《フェブラリ》はコルンが食べたっすからね。今度はあっしの番……凄腕の第二系統の使い手の肉、じっくり味わうでさぁ!』

 足元の私に対し、巨大怪獣のお約束である踏みつけではない、右ストレートを打ち下ろすバーナード。それを回避しつつその腕に着地し、そのまま首に向かって走り出したが腕の表面の鱗が剣山のようにそそり立ち、私は慌てて降り――

『あいやっ!』

 バーナードの巨体が回し蹴りでも放つような勢いでねじれたかと思うと長い尻尾が超速で迫る。ガードの為に構えた槍から腕、そして全身へと走る尋常じゃない衝撃。あちこちがきしむ音と共に身体の中からのぼって来た血を吐き出しながら――私は落下し、地面に叩きつけられた。

『おっと、いかんでさぁ。あっし、ミンチよりもそのままが好きなんでさぁ。』

 が――くっそ、しくじった……ついデカい魔法生物を相手にするみたいに身体にとりついちまったが……あんな巨体でも体術を使いこなすこいつ相手には失策だ……

「バケモンめ……強化魔法使ってなかったら即死だった――ぞっ!!」

 その場に槍を突き刺し、地面を通して雷撃をくらわす。だが雷光でバチバチするバーナードは何でもないように一歩踏み込み――

『せいっ!』

 姿勢を落とし、普通のサイズであれば相手の足を払うかのような蹴りが地面をえぐりながら放たれる。サイズ的にちょっとした壁が物凄い勢いで迫ってくるような光景を前に、私は足と地面に電気を流し、電磁力の反発でジャンプする。が、巨大な脚を飛び越えた先にはワンテンポ遅れて巨大な翼が大剣のように迫っていて――

「なめんなよ肉ダルマっ!」

 槍を回して空中での姿勢を整え、その槍に大出力の雷をまとわせてぶん投げる。

「『ドゥエルアトラトル』っ!!」

 さっきバーナードが解説した通り、触れれば結合を弱める電流を混ぜた雷槍の投てきは、ドラゴンの翼を真っ二つに切断した。

『うほっ!?』

 間抜けな声を上げるバーナードは脚と翼を振り切った直後――つまりは私に背を向けている状態!

「もう一発っ!!!」

 雷をまとった槍を引き戻し、そのままの勢いでバーナードの背中に投げつける。

『おっほほ、この姿になって耐電を強化しててもその槍を受けるのは危ないみたいでさぁ。』

 だがその一撃がバーナードの身体を貫く直前、その巨体の一部がぐにゃりとうねって向こう側が見えるくらいのデカい穴が開き、私の槍はその穴を通って――バーナードにかすることなく反対側へと素通りしていった。

『ちなみにこんなことも。』

 槍が通った空洞を閉じながら、私に背を向けていたバーナードは――足を動かしてくるりと向き直るのではなく、身体をゆがめ、まるで裏返すように正面と背面を入れ替えて私の方を向いた。

「――デタラメめ……!」

 鋭い牙の並ぶ口をニヤリとさせ、直後目にも止まらない速さでその鎌首を振り下ろし、空中にいる私へと叩きつけた。

「ぐっ――つあっ!!」

 地面にめり込み、衝撃が再び全身を襲う。あちこちの骨が砕けて内側から突き刺さる感覚に顔が歪む。

 ああ、まずい。こりゃあ久しぶりにかなりやべぇぞ……

「んの野郎……ドラゴンの姿してんなら火の一つもはけってんだ……」

『あっし、今は生の気分なんす。』


 これはもう完全に「対巨大魔法生物戦」……小隊か、下手すりゃ中隊をぶつけてもいいレベルの厄介さだ。

 動きの分類で言えば力自慢の格闘家に尻尾と翼が追加された程度だが……サイズと質量が違い過ぎる。幾多の修羅場を潜り抜けた歴戦のアリんこがクマに挑んだどころで何も覆らないのと同じこと……これだけのパワーを個人がぶん回すなんざ自然の摂理に反するだろうがちくしょうめ。

 ハッキリ言って、私じゃ勝てない。

 だが……あれを使えばまだ勝機はある……!


『普通なら一発でパァンと破裂して死ぬんすけどね。二発も耐えるなんて、もしかして自分の身体の結合も強くしてるんでさぁ?』

「さぁな……」

 痛みを意識の外に置き、一息ついて槍を構えなおす。槍に雷をまとわせ、さらに雷で形作った槍を周囲に展開する。

「『ボルトランス』。」

『おおぅ、かっこいいでさぁ。それじゃあちょっとドラゴンっぽくいくでさぁ!』

 翼を大きく広げて爆風と共に飛翔したバーナードは――

『数で勝負、受けて立つでさぁっ!』

 その翼を黒い鱗で覆ったかと思うと、それを弾丸のように乱射してきた。

「わざわざ合わせなくてもいいんだがなっ!!」

 降り注ぐ黒い雨に向けてありったけの『ボルトランス』を放つ。私の崩す雷とあっちの強力な耐電がぶつかった結果なのか、『ボルトランス』と黒い鱗は互いを砕き、噴水を中心とした街の広場はまき散らされる雷撃と鱗の欠片で見る見るうちに廃墟と化していく……

 あとでセルヴィアに嫌な顔をされそうだ。

『ぶはははっ! 一人であっしとここまでやれる相手は久しぶりでさぁ!』

 ドラゴンの大口を開けて大笑いするバーナードだが、私はその巨体のある部分に狙いを定めてチャンスを待っていた。


 さっき私の槍がバーナードの身体を貫いた時、妙なモノをあいつの体内に見つけた。巧妙に隠されているからバーナードは気づいてないが、半分魔力――いや、下手すればマナとも言えるような不安定な状態ながらもその場に固定されていたそれは第二系統の使い手であれば感じ取れるモノ――圧縮された膨大な雷の塊。

 バーナード本人が仕込んだとは思えないし、あんな高度な制御で雷を仕込むなんざ第二系統の相当な使い手でないと無理だ。隅っこで食事を続けてるガキンチョを作った『ディザスター』は第二系統の使い手ではあるが……圧縮されて爆弾みたいになっている雷をバーナードの体内に仕込む理由がわからない。

 よってあれは状況から察するに《フェブラリ》――あのジジイの仕業だ。あいつ、片腕を失ってボロ負けしたくせに再戦する気満々だったらしい。

 ま、とにかく……あのジジイを褒めるようであれだが、形状魔法でとんでもない耐電能力を得ていようと、《フェブラリ》が仕込んだ渾身の雷が身体の中で炸裂したら結構なダメージになるはずだ。

 問題は炸裂させるには魔法で刺激を与えなきゃなんないって事で、そのためにはバーナードの体内に電撃を届かせ――


『うぉわっ! なんでさぁ!?』

 とかなんとか考えてる内にバーナードが盛大な隙を見せた。街を覆っていた壁――おそらくは外側の方が消滅し、閉じ込めてあった大量の水が外へと流れ始めたのだ。

 フィリウスがカゲノカを倒したんだろうが――ナイスタイミングだぞ、ゴリラ!

「ふっ!」

 私は手にした槍をふわりと投げ、その上に飛び乗ってバーナードの方へと突撃を開始した。

『おほっ! 波乗りでさぁ!』

 さすがの反応で意識をこっちに戻すバーナード。更に数を増す黒い雨の中、それらを『ボルトランス』で撃ち落としながら、バーナードが言ったようにサーフィン的な足さばきで槍を動かして空を行く。

 バーナードの黒い鱗のおかげでより効率よく広がったが、『ボルトランス』をこれでもかってくらいにぶちまける事で周囲を電気で満たし、電磁力の応用で空中を移動してるわけだが……これはグロリオーサのをパクった技だから本来は水魔法でやる移動法。

 だから技名を叫ぶとしたら――

「『絶槍・六式』! 雷バージョン!」

 第八系統の風使いが空気の流れで先読みをするように、周囲を満たす電気を利用して雨あられと降り注ぐ黒い鱗を回避、撃墜していく私に、バーナードは両腕と首を――比喩ではなく物理的に伸ばして特大の鞭のようにし、三方向からの同時攻撃を仕掛ける。

「――出し惜しみは無しだ――!」

 身体に相当な負荷がかかるからあんまりやらないが、サードニクスがたまにやる強風を利用した緊急回避のように、特大の電磁力で無理矢理身体を動かし、空中でバウンドするようにバーナードの攻撃を抜けた私はバーナードの懐に入り込んだ。そして――

「おらああぁっ!!」

 足さばきで槍をぐるりと回し、雷をまとって大きくなった矛先でバーナードの腹へ斜め一閃に斬りこんだ。

『ぼ――おぶ?』

 サイズに合った豪快な鮮血をぶちまけながら、しかしバーナードは驚きよりも困惑という感じの声をあげた。

 おそらく槍で貫かれると思ったんだろうが、私がやったのは斬撃。ここにきて何故と思うのは当然だろう。

 だが生憎と、私の狙いはこれなわけだ。

「せいっ!」

 一瞬かたまったバーナードへ、波乗ってきた槍を――雷を解除した状態で投てきし、腹の切れ込みに突き刺した。

「っと。」

 勢いを殺しながら着地した私を、バーナードは微妙な顔で見下ろす。

『??? 一体どういうつもりでさぁ。必死であっしの目の前まで来たのにこんな爪楊枝みたいな槍を傷口に刺して満足でさぁ?』

「ああ。予定通りだ。」

 あくまでもジジイが仕掛けた雷だから、干渉を防ぐためにも私の雷は起爆のキッカケを与える程度の最小限のモノでないといけない。だが耐電性を高めた今のバーナードの体内に電撃を届かせるには相当な威力のモノを使わなきゃならず、これは前提に反する。

 だから強力な斬撃でバーナードの強固な腹を裂き、銅線代わりの槍を突き立てることで最小限の雷を直接体内のあれに届くようにした。

 ……まぁ、あのまま槍で貫いても倒せたかもしれないが……体内の構造が愉快なことになってるバーナードに致命傷を与えられるかってのを考えると可能性は低い。ならばジジイの――魔法で押せ押せタイプの渾身の一撃を試してみようってわけだ。

『これが作戦でさぁ?』

 確かにサイズ感で言うと爪楊枝にしか見えない私の槍を見るバーナードに、指を鳴らしてちょこっとした電撃を槍に、そして雷へと送りながら決め台詞を送る。


「ジジイの置き土産だ、たんと味わえ悪食。」


 解き放たれる雷。放電は一瞬の出来事で、ジジイの特徴的な紫色の雷が巨竜を包むと同時に圧倒的な電熱でそれを炭と化し、直後生じた叫ぶ間も与えない爆発的な雷撃はひとたびの明滅をもってドラゴンの巨体の――半分を消し飛ばした。


 ドゴォンッ!!


 どれほど自然を捻じ曲げた雷だったのか、この近距離だというのに遅れて届いた雷鳴と爆音に頭をクラクラさせながら、死んだ魔法生物のように端から崩れていくドラゴンを見上げていると、中からゴロリと……本体である肉ダルマが転がり出てきた。

 どういう連動なのか、それともたまたまそういう場所にいたのか、黒焦げになったバーナードはドラゴンの身体と同様に左半身の大部分が無くなっていた。

こういうのを「奇しくも」っていうんだろうか、ジジイと同じように左腕が……いや、ありゃもう死んでるんじゃないか?


「ばーなー!!」


 一文字足りないがおそらくバーナードの名前を叫んだガキンチョが血まみれの顔でちょこまかと走り出――

「げっ!?」

 ――したかと思ったら背中から巨大な翼を生やして高速で滑空、その細腕を極太の剛腕に変えてバーナードを拾い上げ、あっという間に空高くへと飛びあがっていった。

「な――……あ、いや、だがまだ壁が……」

 いきなりの事に思考が追いつかずアホ面をさらしたが、防御魔法の壁がある限りは逃げられな――

「――――ィィィイイアアアアアッッ!!」

 ――いと思ったら甲高い獣みたいな声をあげて口から高出力の雷をビームみたいに撃ち放ち、バーナードを抱えたガキンチョは壁に一瞬だけ穴をあけてそこから外へ出ていった。

「……お、おいおい……」

 ジジイから多少は話を聞いてたし、そもそもジジイの腕を喰ったのはあのガキンチョらしいから普通じゃないってのはわかってたが……あれじゃバーナード二号じゃねぇか……

 しかも……仮にバーナードがまだ生きていたら……S級を一人減らす千載一遇のチャンスをかっさらわれた事に……ああ、くそ……

「……ま、とりあえずは……」

 スッキリしない決着にもやっとしながら、私は『ゲート』の無くなった防御魔法の発生装置へ近づき、そのスイッチを切った。




「なんだこれは。」

 首都ラパンで国王軍とオズマンドの戦いが繰り広げられている中、本来であればこの緊急事態への対策会議などが開かれるところを国王ザルフ・クォーツが玉座で静かに座ったままでいると、家臣の一人が分厚い紙の束を持って現れた。

「は、その……敵が要求してきた――王位に関する書類です。も、もしも、万が一の際には……」

「王座を明け渡すと?」

 鋭い視線を送られた家臣はその迫力にビクッとなるが、国王はゆっくりと目を閉じる。

「……いや、それも民を思えばこその選択……そう委縮するな。」

「……お、王よ、ならば発言いたしますが……皆、何もしなくて良いのだろうかと不安に思っております……」

「しなくて良いというより、する事がないのだ。」

「そ、それは……」

 思いもよらない言葉にキョトンとする家臣に、そして周囲に控える者たちにも聞こえるように国王は話す。

「敵――アネウロの三度に渡る進言、その全てを突き返した故の現状。既に話し合いの段階は終え、残るは武力行使のみ。定石通りであれば民を人質にとった敵へ反撃した時点で街を潰されそうなモノだが、それはしてこない。住民の避難を行った騎士からの報告によると民のいなくなった街で何やらしているらしいから、この水の檻は我々と外部を遮断する事が目的なのだろう。よって一時間とは連中にとって悪事を働く為の時間であり、我々にとっての反撃の時間。それを見越し、連中も強者を各所に配置しているようであるが、それを打ち破ればアネウロの要求は呑む必要がない。よって――」

 ギシリと玉座に沈みながら傍机の上の紅茶を一口飲む国王。

「……我々はこの国の守護者たる国王軍を信じて待つほかないのだ。」

 数秒間の沈黙が部屋を満たした後、書類を持ってきた家臣がおそるおそる口を開く。

「仮に国王軍が敗北――い、いえ……れ、連中は一体、街で何をしているのでしょうか……」

「何を、か……実のところ、王座も含めてその辺りのモノはオマケなのかもしれん。」

「お、おまけ……?」

「さっき報告が上がってきた……アネウロを追っていたはずの《ディセンバ》が、城に戻って来たとな。」



 不動の国王に皆がそわそわしている王城の中、一階のとある倉庫へ続く通路の床に大きな穴があいていた。その下にはかなり広い空間があり、魔法によって明るく照らされている。壁には数々の魔法陣や壁画が並んでおり、そこは太古の遺跡を思わせる場所となっていた。

 その空間を更にを進んだ先、まるで闘技場のように一際広くなった場所にかなりきわどい甲冑姿の女騎士、十二騎士が一角、《ディセンバ》のセルヴィア・キャストライトが息も荒く剣でその身体を支えていた。

「カゲノカが敗北したようである。やはり十二騎士は手強い。」

 そんなセルヴィアの前方、そこから先に彼女を進ませまいとしているように立ちはだかっているのは一人の男。品のある上下に落ち着いた雰囲気を漂わせる「紳士」という言葉がしっくりくるその人物は、地下にいるはずだがまるで地上が見えているかのように斜め上を向きながら、しかして目を閉じたまま呟いた。

「ふむ……時間停止に持ち込めなかったメンバーもいるようだ……これはざっと戦力半減というところである。あわよくばと思っていたが、やはり「あわよくば」程度の確率であったようだ。いくつかの「ついで」は諦めなければ――」


 ザンッ!


 呟きの途中で目を閉じたままの男の背後――いや、二人が立っている場所の壁をぐるりとなぞるような一周分の切れ込みが周囲の壁に入った。よく見ると同様の傷跡は壁中にあり、床や天井にも走っていた。

「はぁ……はぁ……」

「なるほど。同じ技を繰り出しているように見えてその実、微妙に組み合わせを変えて試しているのか。自分に攻撃を届かせるために。」

 目を閉じたままの男は腰にまわしていた腕を前に出して虫でも払うかのように手の平を動かす。

「がっ――!」

 すると剣を振った後の体勢で立っていたセルヴィアが何かに衝突されたかのように後方へととばされた。

「あの方は言っていた。戦闘において時間魔法を使う時、その基本用途は補助であると。相手を止めたり自身を加速したりという使い方が普通――いや、それしかできないはずだが……何をどうすればそうなるのか、貴女は時間魔法で攻撃を行う。この、防御も回避も許さない絶対的一撃で。」

「嫌味な事を言う……それこそ何をどうしているのか、その絶対的一撃を完全に無効化しておいて……」

「準備をしたからな。」

 立ちはだかる事のみが目的なのか、再び両腕を腰に戻した目を閉じたままの男は追撃もせずに解説を始める。

「あの方の魔法の気配を追って貴女がここに現れる事は予測できる。一対一であれば十二騎士最強と言われる貴女を手放しで待ち受けるような無謀はしない。あの方がこの場所に仕掛けた数々の設置型時間魔法によって貴女はかなり弱体化し、おかげで自分は貴女といい勝負を演じられるようになったのである。」

「謙遜だな……私にかけられている時間魔法とお前自身の魔法の区別くらいつく。彼女のサポート無しでも十分脅威だよ、お前は。」

「それはそれは。十二騎士からの評価とあれば少し自信を持ってもよさそうだが……力の大部分はツァラトゥストラによるところが大きい。個人的には微妙な気分である。」


「あら、折角の高評価なのだから喜んでおけばいいと思うわよ。」


 目を閉じたままの男の背後、奥の暗がりから老婆が姿を見せた。

「用事は済みましたので?」

「ええ。」

 そう言いながら老婆は何かの欠片が入った小さな小瓶を振る。

「なん――だ、それは……」

 下手をすれば木端にも見えるそれに対し、セルヴィアは目を見開いた。

「魔力……いや、マナの塊か? イメロに近い感覚だが……この尋常ではない気配の大きさ……この奥から持ってきたのか? 一体何があると――」

「知らなくてもいいことよ。」

「なに……?」

「ああ、意地悪な意味ではないのよ? 知ったところでこの国が変化するわけでもないし、国王軍がパワーアップしたりダウンしたりもしないの。たぶん国王も知らないだろうし、まともな文献が残っているかも微妙なところよ。だからあなたが他の面々に報告するべきは、私たちが大きな力を得たということのみね。」

 小瓶を目を閉じたままの男に渡すと老婆はくるりと今来た方へ向き直り、両手で何かを描きながらぶつぶつと呟く。

「! そ、その時間魔法は――」

 セルヴィアが言い切る前に、老婆がやって来た奥の空間が灰色に染まった。

「ええ、時間の壁よ。あちら側とこちら側を時間的にずらしたから、この魔法を解除しない限りは奥に入れないわ。あなたなら解除はできるでしょうけど、十年は見積もってもらいたいわね。」

「く……」

「それに親切で言っておくけれど、解除しても奥には入らない事ね。私がこの先に入れたのはツァラトゥストラの力があればこそ――普通に進んだら死んでしまうわ。」

「なんだと……?」

「自分がここで貴女を迎え撃ったのも、単に自分ではこの先に進めないというのがあったりするのである。」

 自分を笑うかのように肩をすくめた目を閉じたままの男は、スゥッとその顔を腰の曲がった老婆に近づけた。

「ところでアネウロ、この時間の壁ですが、確かセイリオスの方に魔法を無効化してしまう技を持つ者がいるとの事でしたが……」

「心配ないわ。大規模な設置魔法は大抵土地の力を使うわけだけれど、この魔法のエネルギーの供給源は奥のあれにしたから。仮にその者がこれを打ち消す事が出来るというのなら、かのスピエルドルフの夜の魔法ですら一撃で消してしまう力の持ち主という事になってしまうわ。流石にそれは人智を超え過ぎでしょう? そもそも、その者に関してはエリル・クォーツのついでにラコフさんにお願いしたわ。」

「――そのことなのですが……ラコフは敗北しました。」

「まぁ……時間停止は?」

「その間もなく肉体を消し飛ばされてしまいまして……」

「そう……ラコフさんは亡くなったのね……」

 老婆はその顔に悲しみを浮かべ、しばし目を閉じて何かを思い出すかのように息をはいた。

「……となるとエリル・クォーツの確保も失敗ということね。」

「加えて、街を覆っていた壁も解除されてしまいました。メンバーもだいぶ減ったようです。」

「そう……第三、第四目標は元々「できたら」くらいの心持ちだったけれど……多くの犠牲を出してしまったわね……」

「残念です。」

 目を閉じたままの男が姿勢を戻すと、老婆は穏やかな表情をセルヴィアに向けた。

「……ということだからセルヴィアさん、どうやら私たちオズマンドが挑んだフェルブランド王国との勝負はこちらの負けという結果になったようだわ。やはり魔法に特化したこの国は手強いわね。」

 首都に住む国民を巻き込んだ国とテロ組織の戦いにおいて、そのテロ組織のリーダーが突如口にした敗北宣言に面食らうセルヴィアだが、そこで「そうか」と終われるような会話をしていなかった二人に対し、情報を得るためにも問いかけを続ける。

「……元国王軍が他人事だな……しかし今の会話、負けても一番の目標は達成したと見える。王座も街で行っている強盗もフェイクで、初めからその小瓶の中の欠片が目的だったのか。」

「正しくは、ツァラトゥストラという力を得たから目的を変更したのよ。さっきも言ったけれど、ツァラトゥストラのような大きな力が無ければこの先には進めない――力を手に入れたことで選択肢が増えた結果、今回の目的がこれになったのよ。」

「今回の、だと……? お前たちはこの国を手に入れて他の国に挑むんじゃなかったのか? 世界を平和にするための世界征服を目指して……!」

「征服だと? アネウロの理想をそんな言葉で――」

「いいのよクラドさん。」

 ここで初めて敵意をあらわにした目を閉じたままの男を制し、老婆――アネウロはセルヴィアの問いに答える。

「そう……四大国の一つで最大戦力とも言えるこの国を手に入れることが平和への第一歩。けれどここは剣と魔法の国――私たちの勝算は始めから低かったわ。だけど昔国王軍をやっていた事もあって城や軍の攻略法はわかっているし、何より仕掛けてきた沢山の時間魔法がある。世界を一つにする為の初めの一歩としてどこかの国を手に入れるなら、ここ以外の選択肢はなかったのよ。」

「……それが、その欠片を手に入れた事で変わったと……?」

「その通り。セイリオスの生徒の魔法を弾く力のように、魔法に関して私も把握していない未知が数多く眠るこの国相手では、例えこれを手に入れたとしても確実な勝利は約束されない。けれど他の国――俗に言う「魔法途上国」なら、これの力でそれほどの下準備も無しに勝利することができるわ。フェルブランドはこちらの力がこれ以上ないというほどに充実してから手に入れる事にしたのよ。」

 語られたオズマンドの真の目的に驚きつつも、であればここで逃すことはできないとセルヴィアが剣を構える。

「それはつまり、フェルブランド出身であり元国王軍所属であり十二騎士でもあったお前がフェルブランドから奪った力で他国に攻め込むと、そういうことか?」

「そうなるわね。ふふ、上の人たちが青ざめそうな文章だわ。けれど心配しないで。この事実が他国に知れたらこの国は色々な文句を言われて国際的に弱くなってしまう。それは、この国の大きな力をいずれ手にしたい私には不都合なことよ。あなたたちが言わない限り、私は突然現れて国家転覆をはかった謎のテロリストであり続けるわ。」

 元十二騎士でテロリストのリーダーであるアネウロという存在は世界におけるフェルブランド王国への信頼を揺るがすモノであるし、何より「騎士」という制度にもヒビを入れかねない。故にフェルブランド王国においては国の最重要機密として国王にのみその存在が口伝されるほどの扱いをされていた。そんな彼女が他国へ攻め入る場合、本人がその身分を明かさないというのはフェルブランド王国にとっては、言わばスキャンダルが明るみに出ないという意味で状況としては良いモノである。

 勿論セルヴィアにもそれは理解できているが、厳しい顔のまま少し笑うように息をはいた。

「…………確かに、お前たちがやろうとしていることが実行されたら、その心掛けはフェルブランドにとっては一安心の事。しかし……国王はそういう行為を良しとしない人だ。」

 どこか誇らしげなセルヴィアの言葉にアネウロは微笑みを浮かべる。

「ええそうね。彼は正直に伝えて頭を下げるタイプだわ。でも今言ったようにそれは望むところじゃない。だからね、セルヴィアさん。私の……そう、脅しを国王に伝えてくれるかしら。」

 そう言いながらアネウロが手を振ると、剣を構えていたセルヴィアの身体がそのままの姿勢でかたまった。

「――!!!」

「この国、フェルブランド王国に対する反政府組織である我々オズマンドは本日より、この世界に存在する全ての国を標的として行動を開始するわ。きっとあちこちの国が「オズマンドとは何者だ」という疑問を抱くだろうけど、フェルブランド王国は我々に関する情報を他国へ一切流してはいけないわ。」

 ゆっくりと歩き始め、動けないセルヴィアの方へ近づいていくアネウロ。

「もしもそんな事をしたら、昔私がこの国のあちらこちらに仕掛けた時間魔法を発動させる。それは国の機能を奪うかもしれないし、自然災害の引き金になるかもしれないし、多くの国民が命を落とすかもしれない。そういう事を起こしたくないなら、我々のことは秘密にしておいて頂戴ね。」

 セルヴィアの真横でふと立ち止まったアネウロは、裏表のない穏やかな笑みを浮かべて最後に呟いた。


「でもきっと、世界が平和になっていく様を見れば最後に私たちがここに戻って来た時、あなたたちは私たちにこの国をゆずると思うわ。」


 平和を願うゆえの行動。正義に基づいた目標。そこには善意しかないはずなのだが、ほほ笑む彼女を見たセルヴィアには、目の前の老婆がひどく恐ろしい怪物に感じられた。




「すごいのよん。バラバラにしてミンチにした身体の時間が巻き戻ってみるみる内に元通りになったかと思ったら最後には転がってた首もくっついて、そこで「停止」したのよん。」

「は、はぁ……」

 オズマンドの序列十番、プレウロメとの戦闘にて重傷を負い、ついさっきまで気絶していた桃色の髪の女騎士オリアナは気がつくと赤い髪の、どう見ても騎士には見えないが騎士であるサルビアに背負われており、いきなりスプラッターな話を聞かされていた。

「どうしたものかしらーって色々試してたら、今度は突然消えちゃったのよん。停止したのも含めてアネウロの仕業でしょうけど、一体なんなのかしらねん?」

「時間魔法……そうなると自分が戦った相手もどこかへ消えた可能性があるのですね……」

「あの世へ消えたんじゃないかしらん? そのケガ、フィリウスの技を使ったんでしょ? 強力な技だけどあれはあの筋肉があって初めて無傷で撃てる大技よん。」

「そうで――」

「おお、お前たち!」

 聞きなれた大きな声に首を動かした二人は、予想通りの人物がそこにいたものの、予想外の姿にぎょっとした。

「ん? この魔力、俺様の技を使ったなオリアナ! そんなにボロボロで、だから筋肉をつけろと言っただろう!」

「ちょ、フィリウス!? あんたそれ、血だらけじゃないのよん。」

「人のこと言えるのか? いつものことっちゃいつものことだが、お前こそ血まみれだろ。」

「お姉さんのは返り血よん。でもあんたのはあんたのでしょ? らしくないわねん。」

「久しぶりに面倒な相手だっただけだ。だが! これで医療棟の女医に手当してもらえると思えば悪い事ばかりじゃないだろう!」

「あ、あの、フィリウス殿……街を包んでいた防御魔法が消えたのですが……決着がついだのでしょうか……」

「たぶんな。俺様がカゲノカをボコったから教官がスイッチを切ってくれたんだろう。でもってそうなりゃ連中の人質がなくなるわけで、国王は出てくる必要がなくなる。」

「教官――アドニス教官がこの戦いに!?」

「あら、それは惜しいモノを見逃したわねん。教官が十二騎士トーナメント以外で戦うのって今じゃ珍しいものねん。この前の侵攻の時に初めて間近で見たっていう騎士も多かったのよん。」

「教官になる前はバリバリ前線に出てたんだがな! 今じゃ先生だから余計にレアだ!」


「なんだ、私の話か?」


 サルビアもフィリウスも同じ場所――街の中心である広場を目指して歩いていたわけだが、いつの間にか到着していたその場所には件の教官、ルビル・アドニスが、あまり元気とは言えない顔色で座っていた。

「《オウガスト》とその『ムーンナイツ』の到着とはまぁ仲のいい事だが……おいフィリウス! お前どこまで行ってたんだこの野郎!」

「敵は位置魔法の使い手だったからな! 気づいたら街はずれにいた! というか教官、だいぶ重症だな。リンボクとヒエニアはそんなに強かったのか?」

「横から人喰い肉ダルマが登場したら誰でもこうなる。」

「『滅国のドラグーン』か!? そりゃまた随分な大物――ん? こうして生き残ってるってことは教官、バーナードを倒したのか? こりゃ名実ともに《フェブラリ》の爺さんを超えたな!」

「あいにく、勝てたのはジジイの仕込みのおかげだ。それにまだ生きてる可能性がある。」

「ほほー? しかし教官、その女教師スタイルのままで戦ったのか? 俺様的にはボロボロのスーツ姿とか色気たっぷりで嬉しいが、服を間違えたんじゃないか?」

「うるせぇ、どこでいつ着替えろってんだ。」

「教官、それ以上しゃべらない方がいいわん。見た感じ、内臓をあちこちやられてるわねん? まったく、この筋肉は察しが悪いんだからん。」

「んん? いや、そこに治せる奴がいるからな。」

 フィリウスが指差した先、広場につながっている道の一つから銀色の甲冑をまとった金髪の男、アクロライト・アルジェントが現れた。

「! みなさん、ご無事でしたか!」

「おお、アルジェントか……ちょうどいい。」

 ルビルを中心に集まっていた騎士たちに合流したアクロライトは、ルビルを見てハッとした。

「! すぐに回復系の光魔法を!」

 剣を置き、ルビルに手をかざすアクロライト。

「あんま無理すんな、軽くでいいぞアルジェント。お前もお前で満身創痍のはずだろう。」

「教官に比べれば大したことは。」


「げ、なんだこのオールスターは。」


 優しい光がルビルを包み始めたところで、戦場には似合わないシャツとネクタイという服装の男が奇抜な髪型の人物を背負ってやってきた。

「おおライラ――『無敗』、生きてたか。」

「言い直すな! つーかボコボコにされてんじゃねぇか教官、大丈夫か?」

「……今更だがどいつもこいつも「教官」って呼ぶな……特にお前はだぞ、ライラック。これでも私とお前は同じ学校の教師仲間だろうに。」

「……アドニス先生にいたってはボコボコにされましたようで。」

「この野郎。つーかそりゃ誰だ?」

「ああ、俺がやっつけたオズマンドだ。確かスフェノ。」

「あらん? てっきりアネウロはメンバー全員にあの変な時間魔法をかけたのだと思ってたんだけどん……」

「……? ……!? げ、おま、スプレンデスか! 血まみれお化けじゃねぇか!」

「久しぶりねん、ライラック。」

「お知り合い……ですか……? この方は一体……」

「あらん、オリアナは知らないかしらん? こいつは『無敗』……いえ、『自己蘇生』と呼ばれた頭のおかしい魔法研究者よん。」

「! 確か実験の失敗でゴーレムのような身体を手に入れたと……」

「そ、イケメンになろうとして土人形になっちゃったのよん。」

「や、やかましい! とりあえずこれ、捕まえるんだろ!? 引き取れよ国王軍!」

「引き取るわよん。ただ……ねぇアクロライト、あなたは上位メンバーと戦ったのん?」

「……ドレパノ、五番目の男と戦った。だが追いつめると時間が「停止」し……倒れた騎士を救護している間に消えてしまった。」

「お姉さんがコマ切れにした六番目のゾステロっていうのも「停止」した後どっか消えたわん。でもライラックが倒したスフェノは残ってるのよねん。フィリウスの相手はん?」

「ツァラトゥストラの『脚』を奪ったから移動できないとふんでその辺に転がしてきたからな、今どうなってるかはわからん。少なくとも「停止」はしてなかったが。リンボクとヒエニアはどうなったんだ?」

「……バーナードとガキンチョに喰われた。」

「うぇ、それはきついな。というかガキンチョ?」

「『ディザスター』が作ったとんでも生物……だっと。」

「ああ、教官、まだ立ち上がっては。今の私では危険な状態から一時的に抜け出す程度の回復しか……」

「充分だ。それよりも、お前らがこうして集まったみたいに、壁の発生装置が街の中心にあると推測していた他の騎士たちも壁が消えたことでとりあえずここに集まってくるだろう。あれから戦闘音がパッタリと止んだし、一先ずの決着の雰囲気だが……こんなとこに国王軍が勢ぞろいしたって仕方ない。騎士たちに指示を出せ、現状把握と取り残された住民がいないか確認だ。」

「おお、さすが教官! イエッサーだぜ!」

「だから教官言うな。」

「んじゃアドニス? それともルビルか?」

「…………いや、やっぱお前は教官のままでいい。いきなり呼び方変わったらセルヴィアに睨まれそうだ。」

「っとそうだセルヴィア! アネウロを追ってたはずだがどうなったんだ? いつの間にかオズマンド連中がいなくなってやがるから倒したのか?」

 他の面々と同じようにこの場に来ていないかと首を動かすフィリウスに、ルビルはぼそりと素朴な疑問を呟いた。

「……こいつ、いつから名前で呼ぶようになったんだ?」




 とある場所にひっそりと隠されている無機質な建物の、玄関に続く大広間。静寂が支配するその空間に突如大勢の人間が出現する。だが静寂の支配はそのままで、出現した者たちは時間が止まったようにかたまっていた。

「……やはり少なくなっているわね。」

 停止している者たちの中から顔を出したのは一人の老婆。大広間から他の部屋へと続く階段を数段上がり、振り返って蝋人形が並ぶような光景を前に表情を曇らせる。

「ツァラトゥストラを起点にする事で強力な時間魔法の自動発動を可能としたアネウロの技には脱帽ですが……そのツァラトゥストラを戦闘中に身体からはがされてしまっては……」

 老婆同様に階段を上がって横に立った目を閉じたままの男もまた残念そうな顔になる。

「特に上位メンバーには内臓や四肢を与えましたからね。他の下位メンバーの『血液』よりは失いやすかったのは確かです。」

「その『血液』を与えた方たちにもいない方がいるとは思わなかったわ……」

「おそらく戦闘で大量に出血したのでしょう……」

「……厄介な相手はカゲノカさんたちの方に集められたと思ったのですが……下級騎士も立派な戦力ということですね……情けない、私はつくづく甘く見ていたようだわ……」

 深くため息をついた老婆、アネウロは片手を額にあてながらとなりの目を閉じたままの男、クラドにたずねる。

「ラコフさんが亡くなったと言っていましたが、その他の方は。」

「カゲノカは《オウガスト》に敗北、『脚』を失った為に回収できず、スフェノも『骨』をはがされて同様に。戻ってこれたのはドレパノ、ゾステロ、プレウロメの三人です。」

「……リンボクさんとヒエニアさんは……?」

「それが……その、『紅い蛇』の一人、『滅国のドラグーン』ことバーナードに……捕食されました。」

「! なんてこと……」

「何が目的だったのか……『世界の悪』の意思なのかどうかも……」

「…………随分と大きな代償になってしまったわね……」

「しかし得たモノもあります。第一目標であったこれは手に入れましたし、第二目標の権利書もかなりの貴族らから奪うことができました。この欠片の持つ圧倒的な力は無論の頃、フェルブランドの貴族らは無駄に影響力の高い権力を他国領土にまで広げていますからね。これより後の国攻めは容易いでしょう。」

「そう願うわ……いなくなってしまった皆さんの為にも……」

「……大丈夫ですか?」

「…………ええ、大丈夫よ。ふふ、こんなんではいけないわね。なればこそ、私たちは手に入れた力で進まなければいけないのだから。」

 まるで変化はないが曲がった腰を伸ばすようにキリッとした表情になったアネウロは、停止している面々の中の一人の青年に目を止める。

「他の方がどうでもよいというわけではないけれど、ゾステロさんが戻ってきてくれたのは幸いね。彼の情報収集能力は頼りになるから。むしろ今回、なるべく国王軍の注意を引こうと裏方の彼まで戦場に送ってしまったのは失敗だったかしら……」

「不向きということを本人が実感したならそれはそれで収穫でしょう。」

「あら、ゾステロさんが聞いたら――」

 ふふふと笑ったアネウロの身体がふらりとぐらつき、クラドがそれを慌てて支えた。

「アネウロ!? まさか時間魔法の負荷ですか!? 昔仕掛けたモノは負荷がないとの話でしたが――」

「違うわ、単純に疲れたのよ……私はおばあちゃんだから。悪いのだけれど、皆さんの治療、お願いできるかしら?」

「勿論です。ゆっくりお休みください。」

 年齢相応の速度で階段を上がり、大きな古時計のあるアンティーク調の部屋へとやってきたアネウロは奥のベッドで横になろうと部屋を横切る。だが――


「なるほど、情報通なのはあなたではなくて『先取りおしゃれハットボーイ』なのですね。」


 いつからそこにいたのか、メンバーが集まる際に自分が座る椅子に座っている見慣れない顔。しかしアネウロは驚くことなく、冷静にその侵入者の方へ身体を向けた。

「設定を間違えると精度が落ちてしまうのが私の魔法の未熟なところ。ですがそれもどこかギャンブルのようで面白いですよね。」

 肩の辺りで内側にクルンとカールした黒髪と柔らかな微笑み。穏やかな雰囲気をまとっているのは、しかし赤を基調としたカジノのディーラーのような服で上下を包んだ女。露出皆無のその服装は一見男装ともとれるが、内側から主張する女性らしい起伏は美しく、スタイリッシュな印象を与える。

「……あなたの顔、最近見たわね……そう……そうだわ、ゾステロさんの資料にいたわね。」

 目の前の女が何者であるかを思い出し、アネウロの表情は険しいモノになった。

「前触れもなく私たちにツァラトゥストラを与えた者……『世界の悪』の思惑を知る為、あなたたちのことはゾステロさんに調査してもらったわ。そしてその時々の大悪党が名を連ねるという『紅い蛇』の現在の構成員七人、その内の一人があなただったわね……『ゴッドハンド』――ムリフェンさん?」

 自分の名前を呼ばれたディーラー服の女――ムリフェンは、にっこりと笑って拍手をした。

「素晴らしいですね。その七人が誰なのか、十二騎士の方々ですらザビクさんの一件で知ったばかりだというのに。」

「……それで、一体何用なのかしら?」

「人探しをしているのですが、なかなか見つけられないのです。初めは私の魔法で直接探そうとしたのですが、その場合クリアしなければならない相手が異常に強大になりましてね。そこで本人を探すのではなく、その人を見つけられる誰かを見つけるというアプローチに変えてみたのです。そうやってあの人この人と渡り歩いて今、ここにたどり着いたのですよ。」

「……過程はともかく目的はわかったわ。でもそう簡単にこの場所にたどり着いてもらっても困るわね。あなた、どうやってここに入ってきたのかしら?」

「ふふふ、それは質問を間違えていますね。「どうやってここに入ったか」ではなく、「どうやってここに入る方法を知ったか」が正しいかと。」

「入る方法……? 生憎、許可なしには入れないようになっているはずよ。」

「おや、既に答えを知っているではないですか。」

「え?」

「今言ったではないですか。「許可なしには入れない」と。どうやって入ったのかなどと、であれば「許可を得た」というのが答えなのでは?」

「その許可をあなたに与えるわけはないと、そういう前提があるのよ。」

「するとその前提は認識を改める必要がありそうですね。私がここにいるのですから。」

 のらりくらりとかわしているのか、それとも真面目に答えているのか、結局よくわからないムリフェンの反応にため息をつくアネウロ。

「……いいわ、本題に入りましょう。さっきの話、要するにあなたはゾステロさんに人探しを手伝わせるためにここに来たのよね?」

「ええ、そうです。それほどのお手間をとらせるつもりはありませんが……場合によってはしばらく連れまわす事になるかもしれませんね。」

「それは困るわね。脅しはかけたけどフェルブランドが何もしないとは思えないから、何かしらの対策をとられる前に私たちは他国へ進まなければならないのよ。」

「? 失礼、そちらの事情は把握していないのでよくわかりませんが……そうですか、私とあなたの希望は同時に通らないのですね。」

 笑顔を困った顔にしたムリフェンは、おもむろに上着の内ポケットからトランプを取り出した。

「では一勝負どうでしょう? 勝った方の希望が通るということで。」

 テーブルの上に新品のようにきれいなトランプを置くムリフェンだが、アネウロはやれやれと首を振る。

「噂通りにギャンブラーなのね……けれど、その勝負を受ける理由がこちらにはないわ。」

「ふふふ、賭け事は互いに欲しいモノを提示する事で成り立つモノ――さすがに用意していますよ、あなたが欲しがるだろうモノを。」

 そう言ってムリフェンは、アネウロの立っている場所からだと物陰に隠れて見えなかったある物をテーブルの上に置いた。

「!!!」

 瞬間、アネウロの表情は驚愕で染まり、対してムリフェンは再びにっこりとほほ笑む。

「良い顔です。この勝負、受けてくれますね?」

 テーブルの上のそれを数秒睨みつけ、アネウロは室内の別のテーブルから椅子を引っ張ってきてムリフェンの前に座った。

「ポーカーはご存知ですか?」

「ええ……」

「結構。どうぞ、改めてください。」

 トランプのチェックを促すムリフェンに、アネウロは懐疑の目を向ける。

「……勝負は構わないけれど……これじゃあ完全にあなたのフィールドよね。プロのギャンブラー相手にイカサマでもされたら素人の私にはどうしようもないわ。」

「おや、私のことを調べたとのことでしたからその辺も理解しているのかと。」

 ムリフェンは組んだ手にあごをのせてやんわりと語る。

「私が好きなのは、トランプの数字の組み合わせなりダイスの出目なり、言ってしまえばどうでもいい事で自身のこの先が決まってしまうというスリルです。勝てればまた別のゲームに挑めるし、負けたらしばらくはおあずけ――金銭や景品は二の次に、私はその運任せを楽しんでいるのです。まぁ、この勝負に限っては勝利を望みますがね。」

「……一国を傾けるような大勝負を何度もしてきたあなたが……仮にもS級犯罪者という悪党であるあなたがイカサマをしないと? 信じられないわね……」

「ふふふ、こうしてあなたが欲しがるこれをここに持ってきたように、勝負のテーブルにつくためならば何でもします。卑怯卑劣に残虐非道――構いませんよ、誰がどうなろうとね。ですがこの場所にたどり着いたら……それはダメです。」

「――!」

 にっこりとした微笑みはそのままに、その瞳に違う色が混ざっていくことにアネウロは気づく。

「持てる技術を出し尽くしての勝負がしたいならスポーツにでも興じればいい。ここは、人事を尽くさずに天命を待つ場所。大金の、宝物の、人生の、その後の行先きが些事で決まる狂おしくも素晴らしい狂気と緊張の時間。そこに無粋な横槍など――」

 そして、数秒前の自分の言葉を若干後悔しながらアネウロは続く言葉を耳にした。


「――私は、許しません。」


 元十二騎士であるアネウロですら息を飲む圧を放つその瞳が示すのは証明の必要などない確信。この女の前でイカサマなどしようものなら、この世の苦痛の全てでもって地獄を見る事になる。

 新しいトランプを出す必要はない。この女が差し出したトランプに傷だの折り目だのイカサマにつながるモノがあるわけがなく、チェックの必要すらないだろう。

 これから行われる一戦は、完全に五分と五分の運任せだ。

「……疑って悪かったわね。」

 こちらを安心させる為か、もしくは礼儀としてなのか、チェックを促されはしたがもはや問題などあるわけがないトランプを適当に眺めたアネウロはそれをムリフェンに返した。

「それでは。」

 先ほどの迫力が嘘のように楽しそうな笑みを浮かべてトランプを切り始めるムリフェンを眺めてアネウロは思う。おそらくこの女は理解していない――いや、理解していたとしてもどうでもいいのだろう。

 この一戦の勝敗、ゾステロの情報収集能力がオズマンド側にとどまるのか、一時的に別の目的のためにムリフェンの側へ移るのか……その結果で世界の動きは変わる。あの欠片を手にしたオズマンドの今後は、そのまま世界に影響を与えるからだ。

「ふむ……」

 トランプを配り終え、自分の手札を眺めてうなるムリフェン。もしかすると『世界の悪』と関わりのあるこの女の人探しとやらも、見つかる見つからないで世界の命運を左右するモノなのかもしれない。

 老婆とディーラー姿の女の五分にも満たないゲームが世界とつながる。なるほど、これは確かに楽しいスリルかもしれないと苦笑しつつ、アネウロは自分の手札に視線を落とした。




 国の存亡がかかった、と言っても過言ではないフェルブランド王国国王軍と反政府組織オズマンドの大規模な戦闘の後に、下手をすると更に大きなモノの命運をかけたトランプ勝負が行われていた頃、田舎者の青年もまた、一つの勝負に直面していた。

 オズマンドの刺客、ラコフとの戦闘の最中に生じた事を引き金にしたそれはこの先様々な場面で激戦を引き起こす。

 その前哨戦とも呼べる一戦が、体力を大幅に失っている為に治療を受けている彼に忍び寄る。


 そう、彼の理性と欲の戦いが。

主人公たちが出てきませんでしたが、変わりに強い強いと言われていた人たちの戦闘が目白押しでした。

十二騎士や先生、S級犯罪者のバトルは楽しかったですが、フィリウスとバーナードはまだまだ本気ではなかった感じでしたね。


バーナードとコルンの食事シーン、我ながら先生と同じ気分になりました。


さて、一応今回の戦いは終わりを迎えましたが、アネウロ率いるオズマンドはまだまだ何かをやらかしそうですし、悪党連中も何かしていますね。

色々な謎やらなんやらが残っていますが、一先ず次はエピローグ。

今章の最後の一文で予想できるかと思いますが、『ビックリ箱騎士団』のあれこれです。

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