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騎士物語  作者: RANPO
第一章 ~田舎者とお姫様~
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第三話 騎士の証とお買い物

この物語のキーアイテムの解説と一番強い人たちについての話です

 時に野宿をする事もあったオレの朝は日の出と共に始まる。その時期、その季節の日の出の時間に目が覚めるようになっているオレの身体は、例え久しぶりのフカフカ布団の中であってもその機能を維持した。

「だいぶ早いな……」

 金髪のにーちゃんにもらった学院の説明書に載っていた学食の開店時間までまだかなりある。とりあえずは……

「そうだ、顔を洗おう。やっぱり蛇口があるってのはいいな。」

 川とかの近くで寝れば朝起きて顔を洗う事もあったけどそんなのは稀だったし、大抵は寝ぼけ顔で二人そろって馬車の上だった。

「……エリルはまだ寝てるのかな……」

 カーテンの向こうから動いている気配はしないからたぶん寝ているのだろう。でもなんとなく、エリルは朝の鍛錬とかしてそうな気がするからその内起きて来るかもしれない。

 フィリウスが言うに、女の子の朝は忙しいらしい。鏡の前でしばらく過ごすようだし……ちゃちゃっと顔を洗った方が良さそうだ。

 オレはぺたぺたと踏み心地の良い絨毯を歩き、カーテンの向こう側を見ないようにして洗面所に入る。昨日お風呂を使う時にエリルからある程度の事は教えてもらったし、実際に使う時にも色々試したからオレは既に洗面所マスターだ。

「こっちをひねると……おお、お湯が出た!」

 お風呂場じゃない、ただの手を洗ったりするだけの蛇口からお湯が出る。これはすごい事だ。

 んまぁ、季節的にはそろそろ夏だから冷たい水をかぶるのが普通なのだが……この建物の中の温度は春というか秋というか、なんかちょうどいい温度になっているからあんまり関係ない。

 単純にお湯を出してみたかったというのもある。

「――ぷは。朝からお湯か……贅沢だなぁ……」

 かけてあったタオルで顔をふく。すると――


「……」


 洗面所のドアが開き、エリルが入って来た。オレは何か怒られるかとドキドキしたのだが、エリルは口を開かない。オレは恐る恐る朝の挨拶をする。

「お……おはよう……?」

「……」

 反応が無い。というか物凄く眠そうな顔だ。目は半分もあいていないし、光が無い。

 要するに、起きたばかりの寝ぼけ顔だ。

「……」

 オレの横……というか後ろあたりまで来たエリルは、両腕をクロスさせて自分が来ている寝間着のスカートの部分を掴んだ。

 そしてそのまま、眠たげにノロノロとスカートをたくし上げていった。


 エリルの寝間着は上からすっぽりかぶる感じの服だから、この動きはつまり……脱ごうとしている。何をしようとしているのかはわからないが、オレがここにいるのに服を脱ごうとしているということはどういう事か。いや、そんなの顔を見ればわかる。

 ものすっごく寝ぼけているのだ。


 そのまま見ていたいという欲もあったのだが……靴を踏んづけられたりいきなり突き飛ばされたり……そしてその延長にはきっとあの爆発する鎧攻撃があると直感したオレは、太ももあたりまでスカートをたくし上げたエリルの手を掴んだ。

「……」

 ものすっごい寝ぼけ顔がオレを正面に捉える。

「エ、エリル……落ち着くんだ。そして起きるんだ、エリル……」

「……」

 ぼんやりとエリルの目に光が灯る。

「…………」

 ぐんぐんと開かれるまぶた。

「…………――」

 それにつれて赤くなっていく顔。

「―――――――――!!!」

 わなわなと開く口。そして――

「みゃああああああああああっ!!!」

 オレは洗面所の外に蹴り飛ばされた。



 起きてからしばらく経ったけど、それでも学食の開店時間はまだ先。だから着替える事もないんだが、普通に制服の方が着心地がいいから、オレは上着とまだイマイチ結び方がわからないネクタイを身に着けずにシャツとズボンでベッドの上に座っている。

「……エリル、大丈夫か?」

 カーテンの向こうにオレは話しかける。洗面所から出てきたエリルはカーテンの向こう側に入ってから音沙汰ない。

「あー……と、とりあえず、エリルが朝にシャワーを浴びるタイプってのはわかったし、寝起きがすごく悪いってのもわかったから……もう大丈夫……だぞ?」

「どのへんが大丈夫なのよっ!!」

 シャッと開かれるカーテン。たぶん二十分ぶりくらいに聞いたエリルの声と見るエリルの顔は怒っていた。ちなみに服は……なんだろう、なんかスポーツする人が着る感じの長袖長ズボンの服だった。

「ああああんた、あ、あたしの……み、みたの!?」

 ふと反芻されるエリルの脚。

「……オレが見たのは太ももまで――」

「みゃああああああっ!!」

 炎をまとったエリルの蹴りがせまる。しかしここで避けるとオレの布団が炭になる。だからオレはフィリウスに教えてもらった……えぇっと? なんとかっていう技でエリルの脚を捉え、そのままエリルが来た方向に勢いを戻した。

「なに上手にいなしてんのよ! 燃えなさいよ!」

「む、無茶を言うなよ……」

「じゃあ記憶だけでも燃やさせなさい!」

「もっと無茶だ……」

「大体なんであんたはそんなに冷静なのよ!」

「れ、冷静じゃないぞ。これでもあのまま見ていたい欲と戦ってだな――」

「――!! 変態! 死ね!」


 その後、燃え盛るエリルから家具を守る防衛戦を繰り広げ、朝っぱらから全力の戦いをしたオレたちは数分後、それぞれのベッドに大の字に転がった。

「お、落ち着いたか、エリル。オレも……その、悪かったよ。でもこう……予想できない力と運命的な偶然が必然的にこう……」

「……もういいわよ……」

 ムスッとした声ではあったけど、エリルがそう言ったのでオレはホッとする。

「こ、今後はこういう事がないように気をつけるから……」

「……あたしも……悪かったわね。」

 なんとなく事が落ち着いたところで、オレはふと疑問に思った事を尋ねた。

「でも……あんな眠そうなのになんであんな時間に起きたんだ? 起きちゃったってわけじゃないんだろう?」

「……日課よ。朝は鍛錬してんの。」

 おお、予想通りだ。

「あたしは……魔法はいいかもしれないけど、身体を動かす技術はみんなより無い。だから修行するの。あたしは強くなって――」

「守りたい人がいるんだよな。」

「……お姉ちゃんよ。二番目の。」

「……家族か。」

 オレがそう呟くと、エリルはバッと身体を起こしてすごく申し訳なさそうな顔をした。

「……気にしなくていいよ。というか二番目? エリルって兄弟いっぱいいるのか?」

「……一番目の姉さんと二番目のお姉ちゃん、あと二人の兄さん。」

「五人兄弟! 多いな。」

 オレも身体を起こし、エリルの方を向く。

「でも一番目の姉さんは死んだわ。賊に襲われてね。」

「……悪い。」

「……あんたが謝らないでよ。でも……そのおかげって言うと一番目の姉さんにあれだけど、あたしはあたしの家がそういう狙われやすい家なんだって理解した。そして一番目の姉さんの仕事を引き継いで、危険な目に遭う可能性が高くなっちゃったお姉ちゃんを守るために、あたしは騎士になるのよ。」

「そういう事だったのか……」

 だからエリルは色々と焦っている感じなのだ。もしもエリルが立派な騎士になる前に……そのお姉さんに何かあったらエリルは――たぶん。前のオレになる。

「オレ……魔法の事とか、ここでの生活とか、たぶん色々エリルの世話になると思う。」

「なによいきなり。」

「だからさ、その代わりっていうか……オレに出来ることがあったら言ってくれ。エリルがエリルの目標に到達するのを、オレは手伝いたい。」

「……ありがとう。」

 オレとエリルは互いに笑い合った。そして、エリルはその後ふと思いついたように両手をパンと叩いた。

「じゃあロイド。あたしに体術を教えなさいよ。」

「? オレが?」

「一昨日の模擬戦の時も今も、あんたはあたしの攻撃を全部避けたり防いだりした。たぶん、同学年じゃダントツで、もしかしたら二年生にも通じるくらいにあんたの体術はレベルが高いのよ。」

「……ローゼルさんも褒めてくれたけど……よく考えたら騎士の家の人とかって小さい頃から修行しているんだろう? 時間で言ったら十何年ってところで、オレがフィリウスから教わったのは六、七年だぞ?」

「長ければいいってわけじゃないわよ。単純に……そのフィリウスって人がそこらの騎士とは比べ物にならないくらい強いのか、教え方が上手なのか……とにかく、あんたがすごいのは確かよ。」

「……エリルがそう言うなら……わかった。教えられることは教えるよ。」

「じゃあさっそくやるわよ、庭に出て。」

 そう言ってエリルはあの鎧を装着して窓を開けた。この建物は外から部屋が覗かれないように高い木に周囲を囲まれていて、窓からはその高い木と、木と建物の間に広がる芝生が見える。オシャレな机とかが何個かあって、確かに庭だ。

「……そこ、使っていいのか?」

「むしろそういう目的で使う人の方が多いわよ。たまに屋外パーティーとかやるらしいけど。」

「へぇ……というかその……なんかスポーツやる人みたいな格好でやるのか?」

「ジャージよ……制服着て修行なんかしないわよ。」

「悪かったな。これしか持ってないんだ。」

 靴を履いて庭に出る。朝日が気持ちいい。

「でも……その、ジャージってのにその鎧の一部は合わないな。」

「鎧の一部?」

 エリルは一瞬意味が分からないという顔をして、そして自分が装備しているモノを見た。

「……確かにそうだけど……これはこれ単体よ。こっちの手のがガントレット。足のがソールレットよ。」

「ガントレットとソールレット……なんかカッコイイな。」

「ちなみにあんたの剣は……ガードが無いから変だけど、バスタードソードだと思うわよ。」

「ガード?」

「握るところと刃の所の間につく……ほら、飾りとかが付く場所。」

「ああ、そういうのはないな。」

「あれもフィリウスって人が?」

「そうだ。くれた。」

「つまり、あんたの強さは全部フィリウスって人から教わったモノなのね。」

「……自分にはできないけどオレならできそうって言っていたけどな。」

「なによそれ。」

 そんな雑談をちょいちょいしながら、オレとエリルは朝っぱらから二回目の戦いを始めた。




「……どうして君たちは朝からそんな、「いい汗かいたー」というさっぱりした顔なのだ?」

 朝の鍛錬の後、いい感じにお腹がすいたあたしたちは学食で朝ごはんを食べてた。入学してからずっとやってきた朝の鍛錬だけど……今日ほど充実したっていうか……朝ごはんが美味しくなるくらいに頑張ったのは初めてだった。

 ロイドがいるから――いいえ! 教えてくれる人がいるからね! やっぱり我流じゃ限界があったのよ、そうなのよ!

 と、とにかくそんな感じにおいしい朝ごはんを食べてたらローゼルが口をへの字にして、あたしの前に座ってるロイドの横に座った。

「あ、おはようローゼルさん。」

「おはよう。昨晩は眠れたか?」

「うん、宿直室の布団よりもフカフカだったし。」

「それは良かった。わたしは君が消し炭になっていないかと心配であまり眠れなかったよ。」

 そう言ってローゼルはあくびをする。

「大丈夫だ。消し炭になりそうだったのはオレのベッドだし、それは起きてからだったから。」

 ロイド! 余計な事を!

「ほう……興味深いな。何があったのだ?」

「えぇっと……エリルがぼぶっ!」

 朝の事をペラペラしゃべりだしたロイドの口にあたしはパンをねじ込んだ。

「どうだっていいでしょ! ほ、ほら、今日はイメロをもらう日じゃない!」

「まったく誤魔化せていないが……まぁあとでいいだろう。実際、わたしも含めて今日は一年生の誰もがソワソワしている。」

「へぇー、イメロってそんなに良いモノなのか……」

 イメロの事を全然知らないロイドがパンをもぐもぐしながらそう言った。

「騎士の必需品的だったりするのか?」

「必需品というか……騎士しか持つことを許されていない。だから言い方を変えれば、騎士である事の証だ。」

「おお……そりゃ大事な物だな。」

「勿論、それ以上の意味がある。今日はイメロの使い方や規則についての話だけで一日が終わるしな。」

「え、じゃあ今日の授業はイメロだけ?」

「そうだ。そのかわり、いつもより少し早く終わるがな。明日は休日な上に授業が早く終わり、かつイメロももらえる。今日はなかなか嬉しい日なのだ。」

「? 明日休みなの?」

「なによあんた、曜日感覚ないの?」

「今までは曜日も何もなかったからなぁ。そうか休みか。なら服を買いに行こう……」

「そういえばそう言っていたな。では明日街に出よう。」

「だからなんであんたが当然みたいに!」

「エリルくんはロイドくんがいない間にクローゼットの中を整理するといい。」

「余計なお世話よ!」




 オレとエリルとローゼルさんがいるクラスの担任の先生というのは、つまりオレとエリルの模擬戦の審判をしていたあの先生で、結構授業毎に先生が変わるらしいこの学院だからイメロの授業をしてくれる人はどんな人なのだろうと思っていたのだが、結局担任のあの先生だった。

 どうやらイメロについてはそのクラスの担任の先生が説明するらしい。

「うーっし、授業始めんぞ。」

 まだ数えるくらいしか見ていない担任の先生。

 ヒール……だったかな? かかとが高い靴を履いているけど、それを差し引いても女の人にしては背が高い。黒いパンストに黒いタイトスカート、胸元のボタンを一、二個外した白いブラウスの上にまた黒いジャケット。そして茶色い髪の毛を頭の後ろでくるくるっとまとめて眼鏡をかけている。

 ……服なんかにはうといオレが服の名前を知っているのは、前にフィリウスが「こういうのが俺様的にはたまらねーのよ! わかるか、大将!」と言われて、わからないと答えたら小一時間ほど解説された事があるからだ。下手な図解付きで。

 まさに……フィリウスの言う所の「女教師」な格好をしている。

 んまぁ、そんな格好なのにエリルとの模擬戦に目にも止まらぬ速さで割り込んでエリルのパンチを止めたんだから、やっぱりただ者じゃない。

 口調も乱暴で、結構ガサツな感じが逆に強そうに見えるというかなんというか。

「……おい、サードニクス。」

「ほえ、あ、はい!」

 先生に呼ばれたからとりあえず起立するオレ。

「上から下まで、そんな熱い視線を私に送るな。」

「はぁ……すみません。」

 じろじろ見ていたのが気に障ったのだろう。そう思って謝ったのだが、ローゼルさんからは怖い目で見られ、エリルには足を踏まれた。


「さて、今日はお前らが待ちに待った日だ。今日、お前らにはイメロを渡す。」

 先生がそう言った瞬間、みんなの歓声がわきあがった。だがそんな大騒ぎも、先生がすっと挙げた拳の前に沈黙した。

 先生の拳には何の意味があるのやら。

「お前らは既にイメロについてかなり詳しいだろうから、今更説明すんのもだるいが……そういう騎士の当たり前をまったく知らない奴がこのクラスには一人いるし、それにイメロを渡す時には使い方とか注意事項を説明する事が私らの義務であり、お前らにはそれを聞く義務がある。」

 いつもは立っている先生が、今は教卓の椅子に腰かけている。本当にめんどくさそうだな。

「そもそもイメロとは何か。簡単に説明してみろ、リシアンサス。」

 先生が呼んだのはローゼルさんの苗字。呼ばれたローゼルさんはすっと立ち上がる。

「はい、先生。イメロ、正式名称イメロロギオは魔法の効果を増幅させる装置の名称です。」

 ? なんかいつもと雰囲気の違うローゼルさんだな。

「その通りだが……意識や自覚っていう面から言うと満点はあげられない。リシアンサス、もっと別の言い方をすると?」

「はい。イメロは魔法の――威力を増幅させる装置です。」

「そうだ。確かに、正確には『効果』を増幅させるモノだが、ここはあえて『威力』っつー単語を使う。座っていいぞ。」

「はい。」

 ローゼルさんの口調がなんか違う。いや、目上の人と話すわけだから敬語にはなるだろうけど……なんかそれ以前に別人みたいだ。

 これがエリルの言う、優等生ローゼルさんか?

「イメロは魔法の威力を増幅させる。初歩の初歩の魔法でも十分な効果を持ったモノにする便利な道具だが……日常生活で使うには増幅率が高すぎる。だから使われるのはもっぱら戦闘。だから『威力』なんだ。」

 結構大事な事をしゃべっているはずなのだが、ついには先生、頬杖をつき始めた。

「騎士として、誰かを何かから守るには力が要る。そしてイメロはその力を与えてくれる。だが残念、イメロは別に騎士でなくても使える。そう、悪党でも。」

 頬杖をついていない方の手をすっと挙げる。すると先生の手に電流が走った。

「これは第二系統の雷魔法において初歩中の初歩。ただの帯電だ。だが――」

 パーに開いていた手をグーにした瞬間、先生の手から天井に向かって雷が走った。教室の中が一瞬物凄く明るくなり、雷鳴が轟く。クラスのみんなが息を飲む。

「イメロを使うとこういうクラスの魔法になる。大して魔法の勉強をしてないド素人でも街を潰せるくらいの力を手に入れる。これは脅威だ。絶対に、悪党の手に渡してはならない。わかるか、サードニクス。」

「……あ、はい。」

「……義務とは言ったが、半分お前のために話してるようなもんだ。しっかり聞けよ。」

 すごくだらけた態勢でそう言われたが、その眼は真剣そのものだった。

「だからイメロには決まりがある。ここみたいな騎士の学校で所定の教育を修了した者にのみ、イメロは渡される。そしてすぐに、そいつしか使えないように魔法をかける。正式な騎士の見習いになって初めて手に入れる事ができ、かつそいつ専用となるわけだ。」

「……先生。」

「なんだ、サードニクス。」

 半分オレのためなら、オレが分からない事はガンガン質問しようと思った。というか、それが目的のような気さえする。

「えっと……ちゃんとした人に渡されるってのはわかりましたけど、もしも騎士の見習いに悪い奴がいたら……?」

「そいつが悪党だと判明した時点でイメロを渡した者によってイメロを破壊される。そういう仕組みになってるんだ。お前らの場合は学院長な。」

「……じゃあ渡した人が悪者だったら戦うしかないんですね。」

「そうなるな。ま、さすがにその辺の人選は慎重に行われる。ちなみに言うと、イメロを持った状態で人々の害になる存在と認識された場合、そいつはS級の魔法生物として扱われる。全ての騎士が総力をあげて、そいつを殺す。」

「な、なるほど。」

「だから、イメロを持つって事に相応の責任感を持て。それは騎士の証であると同時に、災厄を生む可能性だ。」


 イメロを持つ上での心構えみたいなものを話した後、先生はイメロそのものの説明に入った。



 昔、魔法生物を見て人間もマナを使いたいと思い、その結果魔法という技術が生まれた。だけど人間の使う魔法には欠点があった。

 一つ目は身体への負担。元々魔法――マナを使って何かする生き物ではない人間が、体内にマナを取り込んで魔力に変えて……なんてことをしているわけだから、身体に良いわけはない。

 二つ目はマナの量。体内にマナを生む器官を持っていない人間は、自然が生み出したマナを使う。その総量は膨大だし、生み出され続けるから無くなるってことは心配していない。

 だけど例えば、ある人がある場所ですごい魔法を使ってその場にあるマナを使い尽くしてしまうと、そこでは一時的に魔法が使えなくなる。そしてこういった理由から、ある一定量を超えるマナを必要とする魔法は人間には使えない。

 魔法生物なら身体に負担なんてかからない。そんでもって体内にマナを生む器官がある上にそれをためておける種族もいたりして、時間をかければ大規模な魔法を発動できてしまう。


 一つ目はしょうがないとしても、二つ目はなんとかできるんじゃないか。そんなこんなで初めはマナを生み出す装置を作ろうという研究が行われたんだけど、結局作れなかった。

 だけど代わりに、その研究の過程でイメロというモノが生まれた。

 確かにイメロはマナを生み出す装置だった。だけど当初目指していた、どの系統にも使えるあのいつものマナではなく、一つの系統にしか使えないマナを生み出した。

 強化のマナ、雷のマナ、光のマナという風に、その系統専用のマナを生み出す装置になったイメロだったけど、それでも十二種類作れば目指していた物と同等になる。研究者はそう思った。

 だけどイメロが生み出すマナで起こした魔法は、何故かとんでもなくその効果を増大させた。使う系統が限られた分、その系統の魔法をより純粋に表現するから……研究者たちはそう考えた。

 何にせよ、人工的にマナを補充できる事には変わりがないし、効果が増大するなんてむしろいいことだと研究者たちは喜んだが、実際に使ってみるとそうでもなかった。

 例えば火の魔法で料理を作るとする。いつものマナを使って火を出したなら、その温度や大きさ――火加減は発動させた人の思いのままに調節できた。だけど鍋を何十分も煮込むとかなると、その間ずっと魔法を発動させ続けるのは結構辛い。そうだ、こういう時こそ効果を増大させるイメロの出番。ちょっとのマナで大きな火が得られるのなら身体への負担は減る。

 しかしどうしたことか。イメロが生み出した火のマナを使って火を出すと料理が丸焦げになる。魔法を発動させた人ができる限り魔法の威力を小さくしてロウソクサイズの火を思い浮かべても、料理を半分炭にしてしまった。

 そう、イメロが生み出した専用のマナで発動させた魔法はその効果が大きくなり過ぎる上に調節が難しく、日常生活は勿論、制御が困難となれば大きな力が必要な工場などでも危なくて使えないし、研究の現場にも向いていない。大規模な魔法発動は確かに可能になったが、その使い道はほぼ攻撃に限定されてしまっていたのだ。

 そんなモノを必要とする者がいるとすれば、それは強力な魔法を使う魔法生物と戦うことのある騎士以外にはありえない。


 そんな昔話を経て、イメロは騎士の持つべき物、騎士の証となった。


 イメロは、言ってしまえば綺麗な石だ。それを思い思いに加工したりなんなりして装飾のように自分の武器に取りつける。これが一般的なイメロの付け方らしい。

 どうして武器に取りつけるのか。それはイメロの起動方法に関係がある。

 イメロが専用のマナを生み出すためには系統それぞれで定められた何かをイメロに与える必要がある。

 わかりやすいのが自然の力を操る第二から第八系統のイメロ。例えば火なら、火のイメロに火をあてればいい。自然の火でもいいし魔法で出した火でもいい。とにかくイメロに火をあてることで、火のイメロは火のマナを生み出す。

 水のイメロならイメロを濡らす、雷のイメロなら電気を与える。そんな感じでイメロを起動させるのだ。

 だから……そう、例えばエリル。エリルが使うとしたら火のイメロであり、それを取り付けるとしたらガントレットとソールレットを装備してあの爆発攻撃をする時に火が噴き出る場所だ。初めの一回は自然のイメロで火を出し、次からはイメロが生む火のマナを使って火を出す。その火でまたイメロがマナを生む。そういう使い方をするのが一番効率がいいから、大抵武器に取りつけるのだ。



 イメロの解説が終わり、オレたちはそれぞれの得意な系統に合ったイメロをもらった。オレの場合は風のイメロ。起動のさせ方はイメロに風を当てる事。

 風のイメロは大抵武器の先端や刃の真ん中あたりに取りつけるらしい。そうすれば、武器を振る度にイメロがマナを生み出し、強力な風の魔法を使えるからだ。

 オレは……そこまで聞いて自分の剣術の意味に気が付いた。

「オレの曲芸剣術って……」

 オレがイメロを手にボーっとしているとエリルとローゼルさんが同じ事に気づいたらしく、ちょっと驚いた顔で近づいて来た。

 今オレたちは校庭にいる。もらったイメロを早速使ってみようという事だ。

「ねぇ、ロイド。あんたのあのクルクルってまさか……」

「風のイメロに常に風を与える事で風のマナを生み出し続ける……という意味があるのではないか?」

「オレもそう思った……」

「ああ。それで正解だ。」

 オレたちが集まっているのを見て、先生がやってきた。

 ? どうでもいいけどオレ、先生の名前知らないな。

「正解とはどういう事ですか、先生。ロイドくんの剣術に心当たりが?」

「ん? 勉強熱心なリシアンサスでも知らないか。まー無理もない。サードニクスのそれは古流剣術だからな。」

「古流剣術?」

「言っとくが、伝統ある剣術って意味合いじゃない。昔の馬鹿が考えた馬鹿な剣術って意味だ。」

「……と言いますと?」

「どうすればイメロに効率よくマナを生み出させることができるのか。大量のマナを早く作れればそれだけ強力な魔法をバカスカ使えるって事だからな、昔の騎士はそればっかり考えてた。例えばクォーツの火。」

 先生がエリルのガントレットを指差す。

「例えばその装備に油を塗ってみたり、火打石を仕込んでみたり、とにかく早く、定量的に、簡単に、イメロに火を与える方法を考えたわけだ。」

「無茶苦茶ね……」

「その通りだ。だがイメロが開発されてすぐの頃はそんなもんだった。その時に生まれた、風のイメロに対する効率のいい剣術ってのが、サードニクスの剣術なんだ。」

「……剣をグルグルと、速く、そして構えている時も回していれば大量の風のマナを生み出す事ができる……そういう思想ですね?」

 ローゼルさんが若干呆れた顔でそう言った。

「そういう事だ。だが剣は回すモノじゃない。重いからそんな早く回せないし、そもそも無駄に疲れる。馬鹿な剣術さ。だが――」

 突然、先生がオレの手を握る。

「この手はそれを可能にしている。馬鹿な剣術ではあるが――もしも実現できたならこれ以上に風のイメロと合う剣術は無い。サードニクス、お前はそういう剣術を身につけているんだ。ほれ、回してみろ。」

 もらった風のイメロを先生が貸してくれた簡単な留め具で刃の真ん中あたりに取り付ける。そして、オレはいつものように剣を回した。

「……えっと……?」

 自然が生み出したマナが目に見えないのと同じように、イメロが生むマナも目には見えないということなので、当然何か変化があるわけではないのだが――

「これはすごいな。」

 一人、先生だけ驚いていた。

「先生、何がすごいのか……わたしたちにはわからないのですが……」

「ん? ああ、それは仕方がない。イメロを長く使ってるとなんとなく、感覚的ではあるんだが自分の周囲に今どれくらいのマナがあるかってのがわかるようになる。今日もらったばっかのお前らに気づけって言う方が無茶だ。」

「すると先生には今、ロイドくんが生み出している風のマナが感じられるということですか?」

「ああ……正直とんでもない量がものすごい早さで生み出されてる。このペースなら……そうだな。家を丸ごと吹き飛ばせる竜巻をいつまでも出現させ続けることが出来る。ま、使用者への負荷を無視すればって話だが。」

「あのー……そんなにいっぱい風のマナを作って大丈夫なんすかね……自然がおかしくなったりしませんかね……」

 オレが恐る恐るそう聞くと、先生は笑った。

「心配ない。確かにイメロが生み出すマナは自然界にはないマナだが、空気中に存在する圧倒的な量の自然のマナがそれを中和する。どんなにたくさん作っても二、三日すればきれいさっぱりだ。」

「それよりロイド、あんたなんか魔法使ってみなさいよ。」

 そうだ。マナは魔法に使うモノだ。イメロは魔法を使うための道具だ。

「……って言われても昨日エリルに教えてもらった風の魔法しか知らないぞ。」

「丁度いいんじゃないの? あれは初歩の初歩だから、風のマナで威力が増幅してもそんなに大変な事にはならないだろうし。」

「なるほど。」

 しかし剣を回しながら魔法を使うのか。えぇっと? まずはこう、手の平に空気の渦を作るイメージ――って右手はダメだな。左手で……

「あ、少し待ってくれロイドくん。」

 オレが風をイメージしているとローゼルさんがそう言って五歩くらい下がった。

「あんた何してんの?」

「うん? これから風が巻き起こるのだ。わたしは恥ずかしいから下がる。今日のエリルくんが勝負下着だと言うのなら別にいいが。」

 言いながらローゼルさんは自分のスカートを軽く抑えた。それを見てエリルもその事に気づき、キッとオレを睨みつけた。

「バカロイド! 変態!」

「とばっちりだ!」


 魔法を使うには、まず皮膚を通してマナを体内に吸収する。これは皮膚で息をするイメージ。全身で周りの空気を感じ取り、溶け込む感じ。

 この段階ではまだマナが体内に入っただけで何も感じない。ここから呪文を唱えてマナを魔力に変える。んまぁ、と言ってもオレがやろうとしているのはエリルがいうところの初歩の初歩だから呪文はない。だから必要なのは風のイメージ。

 空気の流れ、小さな渦。


「むん!」

 オレは意気込んでそう呟く。身体の中からスゥッと何か、力強いモノが抜けていく感覚。放たれた魔力はオレのイメージにしたがって風に――

「……あれ?」

「……ん? もしかしてロイドくん。今、魔法を使っているのか?」

「い、一応……」

「はぁ? 何も起きないじゃない。」

 そう、風の一つも起きない。

「まじか。」

 何も起きない状況で、これまた一人、先生だけ驚いていた。オレたちとは違う感じに。

「これは……さっきよりも驚きだな。なるほど……その剣術を扱うという事は回転を――」

「ちょっと、何が起きてるのか教えなさいよ。」

「……クォーツ、一応私は先生なんだぞ? まぁいいが。よく見てろ?」

 先生は校庭に落ちていた小さな石ころを拾い上げ、それをオレに向かって投げつけた。投げたと言っても軽く放った程度だから別に避けようとも思わずにその石ころを見ていると――


 パシッ


 オレに向かってふんわりと飛んできた石ころは、何故かオレの手前で何かに弾かれたみたいに急に方向を変えてどこかへ飛んでいった。

「あまりに速くてあまりに精度が高いから見えないし感じないが……今、サードニクスは風の渦の中にいる。」

「風の渦? ロイドくんの周りには竜巻が生じているのですか?」

「ちょっと違うな。イメージするなら……シャボン玉だ。うっすい空気の層でできたシャボン玉。しかもそれは高速回転してる。」

「なによそれ。ちょっとロイド、何でそんな高等魔法使ってんのよ!」

「えぇ? 知らないよ……」

「クォーツ、別にこれは高等魔法じゃないぞ。今サードニクスが使ってるのは初歩の風魔法。イメロを使ってるから普通にやれば、お前らのスカートをめくるには十分な突風が生じてるはずだ。」

「生じていませんが。」

「ああ。ひと吹きで終わるはずの風を、何故かこいつは自分の周囲で回転させてるんだ。」

「えぇ? でもエリルが、風の魔法はまず渦をイメージするとこからだって……」

「それは間違ってない。元々は色も形も無い空気だからな、それをイメージしやすいように竜巻みたいな回転する風をイメージするのは正解だ。だがお前のイメージする『回転』が問題なんだ。」

「オレのイメージ?」

「普通の奴がイメージする『回転』とお前のとじゃたぶんだいぶ違う。恐らくその剣術のせいだろうな……『回転』に対する桁外れの具体的なイメージ……速度や精度ってものまでお前はイメージできる。その剣をそこまで自在に回せるお前だからこそできる事だな。普通の奴じゃどう頑張ってもこんな綺麗な球形の竜巻は作れない。」

 ……よくわからないが、オレはなかなかすごい事をやっているらしい。

 そしてそれはこの曲芸剣術のおかげらしい。

 風のマナを作りやすくてなんかすごい魔法にもつながるこの剣術……フィリウスはここまで考えてオレにこれを?

「しかし……これはどのようにして使うのでしょうか。」

 スカートを抑えるのをやめたローゼルさんがあごに手をあてて考えるポーズ。

「今ロイドくんが使っているのは初歩の風魔法。仮にそれをより威力のあるモノにしたなら、そのシャボン玉状の竜巻の威力も増すのでしょう。先ほど先生が投げた石ころを弾くのではなく砕く事も可能でしょうし、シャボン玉を広げればそれは十分に攻撃手段ですが……」

「ああ……それだと、あの剣は本当に、イメロを発動させるためだけに回してる事になる。」

「え、ダメなんですか?」

 オレがそう言うとエリルがオレの右手を指差す。

「だってそれじゃあ、それが剣である意味がないじゃない。ただの棒でもいいことになるわ。それは剣術って言わない。」

「……昔のお馬鹿さんが考えた剣術なんだろ? そういう事もあるんじゃないか?」

「かもしれないけど……それならあんたが最終的に両手で回せるようになる事を目指してる意味は何よ。マナをたくさん作りたいなら片方の剣にイメロを複数つければいい話だし、両手で回す必要はないわ。」

「? 言われてみればそうだな。」

 これはさすがの先生も首を傾げている。

「……まー、今日は別に古流剣術の真価を知る日じゃないからな。とりあえずそれは今度考えるとしよう。サードニクスはうまい事イメロを使えるとわかった。クォーツたちも使ってみろ。」

 先生自身もしっくりこない感じだけど、そう言って先生はスタスタと他の生徒の所に行った。

「……ロイドのが変過ぎて自分のを忘れてたわ。」

「ひどいな……」

「ふふふ、わたしたちも使ってみるとしよう。」

 二人がそれぞれに準備を始めたから、オレは剣の回転を止める。すると、オレの周りで高速回転していたらしい空気が、オレが剣を止めて魔法を使うのを止めた瞬間に周囲に散った。

 突風となって。

「な!?」

「きゃっ!」

 一気にめくれる白い布。奥に見える赤と青。

 そう、二人のスカートが盛大にめくれたのだ。

「あ……えっと……」

 女の子のスカートを覗く……というかめくるという、六、七年旅人だった世間知らずのオレでもそれの嬉しさとやばさは知っているつもりだ。

「わ、わざとじゃないのです! こうなるとは……その……」

 わなわなと震えながら二人がこっちを見る――いや、睨みつける。

 もう見慣れてきた真っ赤なエリルと、少し顔を赤くしてなんかかわいい感じの顔になったローゼルさん。

 何か、何か言わなければ!

「ふ、二人ともその――イメージに合った色でした!」

「忘れろ!」

「死ねバカ!」




 イメロは欲しい数だけくれるらしいから、最終的には両手両足分の四つをもらうと思うけど、とりあえず今日は一個だけ。あたしはそれを右手のガントレットにとりつけた。

 火のイメロを使うにはイメロに火を与えなきゃいけない。別にマッチをすってもいいけど、普通は魔法の火を使う。初めの一回だけはいつものように自然のマナを使って、あとはイメロが生む火のマナを使う。

 小さな火を起こしたあと、あたしはいつもより火を抑えるイメージでガントレットに火をつける。そしたらいつもの数倍の火柱が燃え上がった。

 今まで重いと思って運んでた石が急に軽くなってびっくりするような感覚。軽石を持ち上げた時みたいに、拍子抜けするくらい楽に火を出せる。その気になればもっと強力な火を出せると思う。

 だけど――

「なんか浮かない顔してるな、エリル。どうしたんだ?」

 両のほっぺにあたしとローゼルの手のあとをつけたロイドが燃え盛る炎を熱がりながらそう言った。

「こんなすごい炎を出せるって事は、エリルのパンチの威力もあがるんだろ?」

「……あれ以上あがっても意味ないわよ。」

「そうなのか?」

 あたしは魔法を調節して火の大きさをいつものサイズにする。感覚的には種火くらいのイメージでようやくいつも通り……大雑把な調節しかできなそうだし、確かにこんなんじゃ料理は無理だけど、戦闘となったら心強い……だけどあたしの攻撃は……

「あんたの言う通り、爆発の威力をあげれば攻撃の力も大きくなるわ。でもあんまりあげるとあたしの腕や脚が耐えられなくなるのよ。最悪……千切れるわ。」

「千切れる!? そ、そんな危ない魔法だったのか、あれ。」

「敵に当たるなら別にいいけど、この前のあんたみたいに避けられると爆発の威力はそのままあたしの身体を引っ張る。あたし自身が前に出たり、爆発の方向を調節したりして身体に負担はかからないようにしてるけど……爆発が強すぎるとダメなのよ。」

「そもそも、何故エリルくんはそういう戦い方にしたのだ?」

 あたしが自分の右手を見つめてると、ローゼルがそう聞いた。

「元々体術が得意というくらいしか、そういうスタイルを選ぶ理由が思い浮かばないのだが。」

「……――のよ。」

「ん? よく聞こえなかった。」

「だから! 武器が使えなかったのよ!」

 ローゼルは二、三回目をぱちくりさせたあと、ポンと手を叩いた。

「なるほど。エリルくんは不器用なのだな。」

「わざわざ言わなくていいわよ!」

「んなぁ、エリル。」

 バカにした顔で笑ってたローゼルは、ロイドと目が合うと顔を赤くしてそっぽを向いた。対してロイドはそんなローゼルを気にもとめないであたしの右手を指差した。

「千切れるならいっそこれを飛ばしたらどうだ?」

「は?」

「爆発の威力でこの――ガントレットを撃ち出すんだよ。」

 いつもすっとぼけた感じのロイドはたまに見せる真剣な顔で腕を組む。

「いや、この前エリルに迫られた時に思ったんだけど――」

「迫られた!?」

 そっぽ向いてたローゼルが珍しく――っていうか見た事ないくらい慌てた顔でこっちを見た。

「ま、まさかエリルくん、ロ、ロイドくんを押し倒したり――」

「してないわよ!」

「えっと……この前の模擬戦の話なんだけど……」

「あ……ああ! 模擬戦の話か! 紛らわしい……」

「今の会話でそっちを思い浮かべるあんたが変なのよ……」

 なんかいつもと立場が逆になったあたしとローゼルを不思議そうな顔で眺めるロイド。

「あー……そう、この前の模擬戦でエリルと接近戦をした時に思った事なんだけど、エリルの戦い方って狙ってそうしているのかはわかんないけど、すごいんだよ。」

「!」

 ロイドが言おうとしてるのはたぶん、あたしの戦い方の……評価みたいなものだ。

 セイリオス学院に入るために始めた戦う練習。家では誰も賛成してなかったからあたしは独学で体術の方を勉強した。時々クォーツ家に仕えてる……目標にしてる騎士のアドバイスを受けながら、あたしは今の戦い方を身につけた。

 入学するために学院長の前で披露し、その後は手抜きで戦う他の生徒相手に見せただけ。

 あたしと本気で、あたしの技術と真面目に向き合ったのはロイドが初めてなんだ。

「爆発の力ですごい威力のパンチとキック。加えてガントレットと……えぇっとソールレット? が常に炎を吹き出すからエリルの姿が見えなくなるんだよ。」

「……それは知ってる……ていうか、威力をあげるのと同時に相手の目をくらますって意味もあるのよ。でなきゃ、常に火を出し続けないわ。」

「そうか。あれは狙ってやっていたんだな。でも、たぶんエリルが思う以上にこっちの目はくらまされているぞ。」

「そ、そう?」

「目の前は炎の壁で、そこからいきなりパンチやキックが飛び出してくる。予測しづらいし、予測できてもあれだけの近距離であんな速さだから、わかっていても避けるのは大変なんだ。」

 そこまで淡々としゃべったロイドは突然申し訳なさそうな顔をする。

「――っていうか、別にオレ戦闘のプロってわけじゃないし、自分が教わった技術のちゃんとした意味もよくわかってないから……偉そうにしゃべっているだけだけど……」

「いいわよ。むしろ素直な感想の方がありがたいわ。」

「そ、それなら良かった。えっとな、それで確かに避けづらいんだけど……避けられるんだよ。確かに速くて威力の高い攻撃なんだけど、エリルの腕や脚以上の所には届かないから。」

「……リーチが短いってことね?」

「オレは、ほら、炎まで避けてたからあれだったけど……拳や脚だけでいいならもっと簡単に避けられたと思う。」

「……言うわね。」

「す、素直な方がいいんだろ? もしもエリルの使う武器が剣とか槍とかだったら、あれだけ迫られると大変なんだろうけど……エリルの場合あそこまで迫ってもまだこっちには余裕があるんだ。」

「……それで……ガントレットを飛ばせってことになるわけ?」

「ああ。逆にリーチが短いって思っている分、いきなり飛んできたら避けられないぞ。」

 あたしが……本当の意味で初めて戦った相手が、こうするといいんじゃないかってアドバイスをくれた。これはきっと、すごく勉強になることで、それこそ素直に聞いてみるべきだと思う。

「……ガントレットを撃ち出すなんて聞いたことないわね。でもせっかく……あ、あんたが提案してくれたんだし、やってみるわ。」

 あたしは誰もいない方を向き、ガントレットを浅く装着する。そして右腕を構え、イメロに火を与える。

 どうなるかわからないけど、とりあえず今までと同じ感覚で爆発させようと思う。イメロの力で同じ感覚でも爆発の威力は倍増していると思うから、かなり飛ぶんじゃないかしら。

「行くわよ……」

「おう。」

 火と風を渦巻かせ、爆発のイメージ。

「はっ!!」

 右腕を突きだすと同時に爆破。瞬間、ガントレットは大砲みたいな音を響かせて発射された。思った以上の速さで飛んでったガントレットは何かにぶつかったみたいで、ゴォンという音が遠くで聞こえた。

「ちょ、あたしのガントレット、どこ行ったのよ!」

「あっちだ。行ってみよう、エリル。」

 あたしとロイド、それとローゼルは小走りでガントレットが飛んでいった方に向かう。その先には壁が立ってた。

「あれは遠距離武器を使う者たちが使う壁だな。ほら、壁面に的が描いてあるだろう? おそらくあれにぶつかっ――」

 ローゼルの言葉はそこで途切れた。正直、あたしも言葉が出ないくらい驚いた。

 ぶつかるなんてもんじゃない。あたしのガントレットは、その壁に突き刺さっていた。

「うわ! めり込んでるぞ! あんな遠くから撃ってこの威力か……」

 あたしたちはさっきまでいた場所を振り返る。壁からの距離はざっと二……三百メートルってところかしら……

「なあ、エリル! 火の魔法って手から離れても使えるのか?」

「な、なによそんなワクワクした顔して……できるわよ。今のあたしだと五メートルくらいだけど……」

「じゃあ練習すればもっとできたりするのか?」

「……練習すればね。それが何よ。」

「例えばだけどな? 近距離でガントレットを発射したとして、それでも避けられたりするかもしれないだろ? でも、そのガントレットが相手の後ろから戻ってきたりなんかしたらもうてんてこ舞いだぞ。」

「!」

 飛ばしたガントレットを操作……あたしの腕が千切れちゃうような爆発でも、発射させるなら爆発を抑える必要はない。

 あたしの手が届かない所にいる相手に発射……それを避けて迫って来る敵に近距離戦闘で対応……今のままでもまともに当たれば相当なダメージを与えるくらいの威力はあるはずだから、あたしが格闘で使う時には今まで通りの爆発でいい――はず。

 そうして……ロイドが言った事が本当なら、敵は火の壁の前であたしの攻撃の対応に追われる。そこに戻って来るガントレット……それすらも避けられたとしても、そのすきを逃さずにあたしが攻撃――

 すごい……色んな戦い方が浮かんでくる。あたしが、強くなる光景が見える!

 発射したガントレット……もしも、イメロを使って作れる最大規模の爆発で発射してたらどんな威力だったの? 巨大な魔法生物とだって戦えるかもしれない!

「あたし……あたし、強くなれる……!」

 お姉ちゃんを守る騎士に、あたしは近づける! 今よりももっと!

「よかったな、エリル!」

 自分の目標に近づいた喜びから一転、あたしは、まるで自分の事みたいに嬉しそうにしてるロイドを見て心臓が止まりそうだった。

「――!!」

 何もかもロイドのおかげ。それがあたしの――あたしを――

「――……れ、礼を……言うわ! あ、ありがと……」

「? 何が?」

「な、何って……ア、アドバイスをくれて……よ……」

「わかんないぞ? 思いついて言っただけだし、よく考えたら欠点だらけかもしれない。」

「そ、それでも……ありがと……」

「うん。」

 ニッコリ笑うロイドと、顔が熱すぎてどうにかなりそうで地面を見つめるあたし。


「オホン、コホン!」


 そんなあたしたちの横で、ローゼルがすねた顔でわざとらしい咳払いをした。

「じゅ、順番的に次はわたしの番だ。見てくれるかな、二人とも。」

「ローゼルさんの? そういえばオレ、ローゼルさんの武器とか全然知らないぞ。」

 そう言いながらロイドは壁に突き刺さったあたしのガントレットを引っこ抜く。あたしはそれを受け取って右手に付け直そうとする。でも……なんか手が震えて慣れてるはずなのにうまくつけれない。仕方なく、あたしはガントレットを手に持ったままローゼルの方を向いた。

「わたしの武器はこれだ。」

 ロイドほどじゃ全然ないけど、ローゼルが自分の武器をクルクルと片手で回す。

「? 棒?」

「ふふふ、ちょっと違うよ、ロイドくん。」

 回転を止めて構えるローゼル。真っ白な棒の先端に、三つ叉の刃が光る。

「へぇ。ローゼルさんは槍使いなんだな。」

「トリアイナ。トライデントとも呼ぶか。三つの刃を持つ三叉槍だ。まぁもっとも、普段はこの刃は使わないがな。」

「? どういう事?」

「こういう事だ。」

 ローゼルが刃を上にしてトリアイナで地面をトンと叩く。するとトリアイナの刃がパキンと氷に包まれた。包んだ氷はそのままトリアイナの刃を拡大した感じに刃の形をしてる。

「氷の槍?」

「こうやって使うのだ。」

 ローゼルがトリアイナを振ると先端の氷の刃は一瞬で水になり、振られた勢いで鞭みたいに伸びる。伸びた水はその先端だけを、今度は別の形の氷の刃にしてローゼルの周りを踊る。

 色々な刃にその形を変え、しかもその長さは自由自在。これが『水氷の女神』と呼ばれてるローゼルの武器だ。

「すごく綺麗な武器だなぁ。」

「ふふふ、ありがとう。」

 ロイドにはまだわかんないだろうけど、水から氷、氷から水への変化は意外と難しい。それを一瞬で、しかも自在にできるんだから、やっぱりローゼルには魔法のセンスがある。

「でもこれって……えっと、第九系統の形状? の分野の気もするけど……」

「鋭いな。わたしの身近に形状の魔法を得意な系統とする人がいてな。その人が自分の武器の形を自在に操るのを見てわたしもできたらいいなと思ったのが始まりだ。生憎、わたしの得意な系統は第七系統の水だったわけだが、水と氷を使う事でそれを表現できた。」

「なるほど。」

「これはこれで便利だから使っているが……これだけだと形状のマネだからな。できれば水の特性を利用した何かを使いたい所なのだ。だから――」

 ローゼルは軽く目線を外しながら、少し照れくさそうに言う。

「さ、さっきエリルくんにしたみたいに、わたしにも何かアドバイスをもらえないだろうか、ロイドくん。」

 ……なんでかしら。なんかムッとする。

「そう言われても……特に思いつかない……」

「……そうか……」

 明らかにしゅんとするローゼル。

「あ、でもローゼルさんとも模擬戦したらもしかしたら何か思いつくかもしれない。」

「そうか!」

 明らかに嬉しそうにするローゼル。

「で、では今度戦ってみようではないか。勿論、わたしがロイドくんに対して何かアドバイスできるかもしれないしな。」

「ていうかあんた、とりあえずイメロを使ってみなさいよ。」

 あたしがそう言うとローゼルは今の今までそれを忘れてたみたいな顔をした。

「うむ。では使ってみよう。」

「水のイメロは……えっと、濡らすんだっけか?」

「そう、水を与えるのだ。だからわたしの武器は――」

 ローゼルがトリアイナをひっくり返し、刃とは逆の先端をくるくる回す。そしたらキャップをとるみたいに先端が外れた。

「中が空洞になっていてな。ここに水を入れておくのだ。イメロは内側に取りつける。そうする事で、イメロが常に水に触れるようにするわけだ。」

「えぇ? 何でそんな事を……エリルみたいに魔法で作れば……」

「確かにな。だが何が起こるかわからないのが戦いというモノ。敵にその場のマナを根こそぎ使われたりしてしまったらこちらは水を作れなくなる。そうならないように、だ。」

「おお、なるほど……」

 ロイドが素直に感心してるのを見て、あたしは一つ教えてない事があるのを思い出した。その内授業でも言われるかもだけど、今がちょうどいい。

「ロイド、ちょうどいいから教えるけど……」

「お? なんだ、エリル先生。」

「――! イ、イメロは系統ごとにその使い方が違うってのはさっき聞いたでしょ?」

「ああ。風のイメロは風を、火のイメロは火を、大抵その系統のモノを与えるんだろ?」

「そうよ……だから、イメロは系統によって長所と短所があるの。」

「?」

「今ローゼルが言ったみたいに、水のイメロの為に水を持ち運ぶ事はできるけど、例えばあたしだったらどうなると思う?」

「火……ああそうか。火そのものは持ち運べないぞ。」

「そういう事よ。あんたの風なんかイメロを振り回すだけでいいんだから水よりも楽だわ。」

「えぇ? もしかして風が一番いい?」

「そうでもないぞ。」

 イメロをとりつけながらローゼルが話に入る。

「風とはつまり空気があればいいのだから、水の中とかでなければどこでも使える。が、風は常に動くモノだからな。逆に言うと、イメロを振り回さないと風のマナを生み出さない。」

「と……いう事はえぇっと……そうか。つばぜり合いとかで武器の動きが止まったらマナを作れないのか。」

「別に息を吹きかけても良いのだがな。戦いの最中にそれをやるのは中々大変だ。」

「中には仮面とかマスクにイメロを取り付けて呼吸の度にマナを生むようにしてる使い手もいるわ。」

「ふーむ。イメロは便利だけど、それの発動のさせ方のせいでどうしても欠点とかがあるんだな……模擬戦とかする時は相手にイメロを使わせないってのも大事だったりするのかな。」

「その通りだ――おお! すごいなこれは。」

 イメロをつけたローゼルのトリアイナがさっきとは比べ物にならない量の水と氷を生み出した。

「これなら相当遠くまで攻撃を届かせる事ができるな。今まで出来なかった形にもできそうだ。」


 その後、先生からもっと詳しい説明を聞いて、あたしたちはもらったイメロを自分のモノ専用にした。

 マナを体内に取り込んで魔力にする時、その人固有の色というか波長というか、とにかく魔力には指紋みたいな個人差が出る。それが影響して得意な系統ってのが決まって来るんだけど、それを利用して自分の証明として使う事が結構ある。

 サインとか、自分の名前を書くときに自分の魔力を込める事でそれを書いたのが本人だと証明したりする技術があるんだけど、それの応用でイメロに使う人を登録させる魔法ってのがあって、それをかけた。

「さて、今日の授業はこれで終わりだ。一応、これでそのイメロはお前らのモノだ。私にも使えない。だが、世の中にはそういう魔法を解除できる奴もいるからな。どっかに落としてまずい連中に拾われたりすんなよ。」




 セイリオス学院に来る直前に出会ったチンピラたち。フィリウスが相手をしていたあの変な装飾のついた武器を持っていたあいつ。つまり、あの装飾がイメロだったわけだ。

 今オレの手元にあるイメロはただの石だけど、これを自分好みに削ったりなんなりして自分の武器に取りつける。

 あのチンピラが騎士の学校の卒業生――って事はないだろうから、先生が言ったみたいに生徒――もしくは現役の騎士のイメロをどうやってか手に入れて魔法を解除して使っていたのだろう。

 だけどたぶん……あのチンピラは自分の得意な系統とイメロの系統が合っていなかったのだ。

「珍しく難しい顔してるわね。」

 授業が終わり、部屋に戻って来たオレがそんな事を思い出しているとエリルが失礼な事にビックリした顔でそう言った。

「オレだってシリアスに考える時くらいあるぞ。」

「知ってるけど、あんたが授業の後にその顔するのは初めて見たわよ。大抵チンプンカンプンって顔してるじゃない。」

「しょうがないだろ……チンプンカンプンなんだから。」

 オレとエリルはそんな事を話しながらそれぞれのベッドに座った。授業が終わって部屋に戻ってきてちょっと一息つこうとベッドに座るのは別に変じゃないと思うが、座った位置が同じだったから、オレとエリルは互いに向かい合う事になった。

「……カーテン、いつも引いとくか?」

「……別にいいわよ。寝る時とか……き、着替える時とかだけで。」

「そっか。」

「い、言っとくけど何でもないわよ! 部屋が狭く見えるのが嫌なだけなんだから、勘違いしないでよね!」

「? 何をどう勘違いするんだよ。」

「そ、そんな事より! この後、あんた予定あるの?」

「この後? いや、特に無いけど……」

「それなら特訓に付き合いなさいよ。あんたのアイデアを試してみたいわ。」

「ああ、あれか――あ、いや。もしもエリルが良ければだけど、この学校――学院の案内って頼めるかな。」

「案内? 建物の場所って事?」

「そんな感じ。あと寮の……設備とか? オレも大浴場に行ってみたいし。」

「な! あんた覗くつもり!?」

「男子寮の大浴場です! ま、まぁエリルに男湯を案内してもらうわけにはいかないだろうし、これは誰かに頼むけど。」

「そ、そうよね……ま、どっか行くたびにあんたを連れてくのはめんどうだし、いいわよ。」

「ありがとう。特訓は今度付き合うから。」



 騎士というのはオレがいるこの国だけの存在ではない。他の国にも騎士はいて、だから当然他の国にも騎士の学校がある。一つの国にどれくらいの騎士の学校があるのかは知らないが、一つ確かなのは、その国の首都にある学校はその国で一番の騎士の学校という事だ。

 セイリオス学院はこの国の首都であるこの街にあるわけだから、この国で一番の学校なわけだ。

 よくよく考えてみたら、そんなところにあんな中年の推薦でオレが入れるってのはどういう事なんだ?

「とりあえず学食以外をまわるわよ。」

「おう。」

 フィリウスの謎はまぁ、さておき。そんなナンバーワン学校のここの施設はどうなっているのか。

 エリルが最初に案内してくれたのは図書館だった。

「本か……やっぱり魔法の本とか戦術の本とかか?」

「それもあるけど、普通の小説とかもあるわよ。物語から武器の資料とか兵法とかまで、とにかく色んなジャンルの本がすごい数あるわ。」

「オレの曲芸剣術について書いてある本とかもあるかな。」

「そうね……あるとは思うけど、もしかしたら歴史の本の一部にちょっと書いてあるだけとかかもしれないわね。ていうか、あれの名前って曲芸剣術って言うの?」

「さぁ。少なくともフィリウスはそう呼んでいたけど。」


 次に来たのは訓練所という場所。身体を鍛えるための道具とか、武器をふりまわせる場所とかがあった。

「なんだ、こんなとこがあるなら別に庭でやんなくてもいいんじゃないのか? 鍛錬とか。」

「ここまで来るのめんどうじゃない。」

 言いながらエリルが寮の方向を指差す。すごく距離があるわけじゃないが……すぐそこと言うにはちょっとあるかな? という微妙な距離。部屋の窓から出たところに広い庭があるなら、確かにそっちを使うか。

「派手な魔法とかを使うなら、建物壊したりする心配のないこっちの方がいいわね。この訓練所、そのための魔法がかけられてるから。」

「おお。さすがだな。」

「ちなみに中には工房もあるわ。」

「コウボウ? なんだ、それ。」

「イメロの加工をしたり武器の手入れをする所よ。」

「へぇ。学院じゃ武器の手入れなんかするのか。」

「あんただってあんたの剣の手入れくらいするでしょ?」

「……したことないな……」

「……あんたの剣、刃こぼれがひどいんじゃないの?」

「そうかな……」


 次は闘技場。何かでフィリウスから聞いたけど、確かコロシアムっていう建物だ。ぐるっと円形で真ん中に戦う場所があってそれを囲む感じに観客席がある。

「あんたとあたしがやったみたいな模擬戦はどこでやってもいいけど、何か評価されるわけじゃないわ。だけどここでやるような正式な試合は成績に影響するの。」

「成績? んまぁ学校だし、そりゃあるだろうけど……成績いいと何か良い事あるのか?」

「単純に騎士の階級が変わるし、卒業した時にいい騎士団に入れたりするわね。あたしはあんまり興味ないけど。」

「カイキュー?」

「……もう、あんたは何も知らないのね。いいわよ、説明するから。騎士にだって階級ってのがあるのよ。下級、中級、上級の三段階が。それぞれドルム、スローン、セラームって呼ばれてるわ。」

「えぇ? そういうのがあるのなら、卒業生はみんな下級の……ドリルじゃないのか?」

「ドルムよ。実力が認められれば卒業した時にもう中級って人はそこそこいるわ。いきなり上級ってのは……学院ができてから今までで数人じゃないかしら。」

「ふぅん? ここで戦う――その正式な試合っていうのはいつやるんだ?」

「年二回でランク戦って呼ばれてるわ。夏休み明けと学年末にあるわね。」

「ランク? え、オレらってランクがついているのか?」

「そうよ。ま、今の一年生――つまりあたしたちはみんなそろって一番下のCになってるわ。最初のランク戦で初めてちゃんとしたランクがつくの。ランクがついたらその先の授業はランク毎になるし。」

「そうなのか。んじゃあエリル、オレたちは何ランクを目指す?」

「は、はぁ? なんであんたと一緒にって事になってんのよ。」

「だって同じランクじゃないと同じクラスにならないって事だろ? オレはエリルと一緒のクラスがいいぞ。」

「――! じ、実力が同じくらいなら同じに――な、なるわよ……」

「そうか。頑張るよ。」

「…………あたしも……」

「ん?」

「うっさい! 次行くわよ!」


 そして最後に――

「――って、次で最後? なんか他にもいっぱいある気がするんだけど。」

「あるけどあたしもどういうとこか知らないわ。一年生じゃ入れない場所がいくつかあるのよ。」

「へぇ。学年が上がるのが楽しみだな。んで、ここは何だ? なんもないけど。」

「今はね。不定期にだけど、この場所に外から商人が来るのよ。」

 と、エリルが説明した場所は学院の入口に近い場所にある妙に開けた場所だった。でも商人が来るっていうなら納得の開け方だった。

「でも学院から出れば首都の街だろう? わざわざ商人が来る必要あるのか?」

「……あんたの言う通り、大抵のモノは外でそろうわ。商人が持ってくるのは色んな所をまわって見つけてきた変なモノよ。」

「……それ、商売になるのか?」

「意外と好評よ……主に男子にね……」

「えぇ?」

「その商人が……か、可愛いって有名なのよ!」

 何故か怒るエリル。しかし……

「可愛い商人? という事は女の人か。まさかその商人一人か?」

「? 確かそうよ。」

「そりゃまた危ない商人だなぁ。」

「危ない? なんでよ。」

「可愛い女の人で一人って事は襲われやすいってことじゃないか。賊に。」

「……言われてみればそうね。」

「この学院で商売するくらいだし……実はものすごく強いんじゃないか? その人。」

 そういえばオレとフィリウスがよく会う商人も女の子だった。オレと同じくらいの歳だからこっちも危ないと言えば危ないんだけど……あの商人は大丈夫だと思えたな。なんでだ?

「そ、そういえばあんた、明日服を買いに行くって言ってたわね。」

「? そんな顔真っ赤にして話す事じゃなばば!」

 ほっぺをつねられた。

「あ、あんた一人じゃ街で迷いそうだし、つ、ついてってあげてもいいわよ?」

「? 元からついて来てもらおうと思っていたんだけど。」

「そ、そう……」

「あとローゼルさたたた!」

 またほっぺをつねられた。

「ローゼルも誘うのね……?」

「さ、誘う前にローゼルさん行く気満々だったじゃないか……」

「そうね!」

 そっぽを向くエリル。

「こ、こういうのは人数が多い方が楽しいぞ……」




 ロイドに学院の案内をした後、明日の集合時間を伝えるためにあたしはローゼルの部屋に行った。

「やぁエリルくん。二人で学院内をお散歩していたな。楽しそうで何よりだ。」

 って、扉を開けたローゼルがなんか薄っぺらい笑顔で言った。

「……明日の時間を伝えに来たわ……」

「そうか。しかしそれでわざわざ姫様が来られるとは、畏れ多い事だ。」

「あんたねぇ……」

 今までが今までだったから自分以外の誰かの部屋を見るのは初めてだった。まぁ見るって言っても玄関から奥を覗くってだけだけど。

「わたしの部屋に興味があるようだな。」

 そんなあたしの視線に気づいたのか、ローゼルは申し訳なさそうな顔になる。

「すまないが……相方の件でな。」

「そういえばなんか言ってたわね。風邪でも引いてるの?」

「……そんなところだ。彼女が元気になったら招待しよう。」

 扉の前で長居するわけにもいかないから、あたしは要件を伝えてとっとと自分の部屋に戻る。

 ……今までは誰もいなかったから何とも思わなかったけど、今は扉を開けるとロイドがいるのよね……自分の部屋なのになんか緊張するわ。

「た、ただいま……」

 慣れない言葉を言いながら部屋に入る。

「おかえり。」

 と、ベッドの上でまた剣を握ってるロイドがニッコリしながらそう言った。

「また日課?」

「いや、それはもうやった。ちょっとエリルに言われた事が気になって……」

 そう言ってロイドはあたしに自分の剣を見せてきた。

「刃こぼれ的なモノはないよな、これ。」

「……そうね。」

「でもオレ、これをもらってから手入れ的な事はしたことないぞ? やり方知らないし。」

「……じゃあ、そのフィリウスって人があんたが寝てる時とかにやってくれてたんじゃないの?」

「ああ……なるほど。かもな。」

「でも……あんたに剣術を教えた人が、剣の手入れの方法を教えてないってのも変な話だわ。」

「? んまぁ、フィリウスだからなぁ……ちょいちょいテキトーなところあるし。」

 ロイドはそう言ったけど、やっぱりあたしは腑に落ちなくて、壁に立てかけてあるロイドのもう一本の剣を手に取る。

 普段一本しか使ってないからだと思うけど、そのもう一本は新品みたいだった。鞘に傷一つないし、刃もきれい。

「……意外と重たいのね。これをあんたはあんなに速く回してるわけ……」

 改めてロイドの「回す」技術がどれだけすごいのかってことを実感――あれ?

「この剣……少しだけど魔法を感じるわね。」

「魔法を感じる? 何かの魔法がかかっているってことか?」

「そうよ……」

 あたしは剣をしっかりにぎって集中する。

「……これは……第一系統っぽいわね。でも魔法がかかってるって言うよりは……魔法を発動してるって感じだわ。何これ?」

「発動? その剣がって事か?」

「……どういう仕組みかわかんないけど……もしかしたらこの剣、いつも第一系統の強化がかかってて、だから刃こぼれとかしないんじゃない?」

「へぇ、便利な剣があるもんだ。フィリウスめ、こんなのどこで買ったんだ?」

 便利……いいえ、便利なんてモンじゃないわ。マナを集めて魔力に変える「人」無しで発動する魔法なんて意味がわからない。

 この妙な剣といい、風のイメロを意識した古流剣術といい、レベルの高い体術といい、ロイドがフィリウスって人から貰ったモノはどれもすごいモノだわ。

 ロイドが知らないだけでフィリウスは……あたしが思う以上にすごい人かもしれないわね。




 色んな街に行った事あるが、賑やかで栄えている街とそれほどってわけでもない街の決定的な違いは見てわかる。

「道路が整備されている!」

 そう、道がレンガ的な何かで出来ている。街灯がある。緑はきちんとした花壇とか植木的な何かでしか見ない。

 歩いた時にカツカツと足音がする。これぞ街。これぞ首都!

「ロイドくん。」

「なんでしょうか、ローゼルさん!」

「妙にテンションが高いのは良いのだが、その理由がこんな美人と一緒に街を歩いているからではなくて街が整備されているからというのはどうなのだ?」

「あんた、自分で自分を美人って言ったわね……」

 オレとエリルとローゼルさんは学院の外、首都の……えぇっと? 繁華街? にいた。

 オレは服がなくて、そもそも今日買いに来たわけだから制服を着ているのはいいのだが、何故か二人も制服だった。

「……なんでエリルたちも制服なんだ?」

「ここまで来てその質問するのね……別に校則で決まってるわけじゃないけど、基本的にみんな制服で出歩くわ。」

「学院の生徒という確かな身分証明であり、そして学院の生徒という自慢もできる。他にも人それぞれの理由があるが、結果的に大抵の人は制服だな。」

「……二人がその「大抵」に入るとは思えないんだけど……」

「そうだな。だが、今日はロイドくんが制服だからな。三人で歩いていて一人だけ制服というのは妙じゃないか。」

「そ、そうよ。別に外出用の服が無いとかじゃないわよ!」

「そうだ。服を選べなかったわけでもない。」

「そ、そうですか……」

 何故か二人とも焦った風だがよくわからないから特に聞かない事にする。

「さて、では今日の目的を達成しようか。服は向こうの通りにある。」

 ローゼルさんの案内で、店も人も多くて迷いそうな繁華街を進む。ちらほらと、食べ物屋さん的な店の前で行列ができていて食欲をそそられる。

「ふふふ。服を買った後はぶらぶらしようじゃないか。色々案内しよう。」

「ありがと――ん? あの人だかりは……」

 人が集まっている店は結構あるのだが、その店は看板を見る限り本屋さんだ。流行りの本でもあるのだろうか。

「ああ……《マーチ》の本ね。そういえば近々出るとか聞いたわ。」

「まーち? それ人の名前か? なんか楽しそうな名前だな。」

 オレがそう言うと、エリルが「やっぱり」という顔になり、ローゼルさんが普通に驚いた。

「この前騎士の階級を話したときにそうじゃないかと思ったわよ。あんた、十二騎士も知らないのね。」

「十二騎士? 十二系統の友達か?」

「……間違ってもいないわね……」

「十二騎士というのは称号の事だよ、ロイドくん。」

 驚きはしたけどオレの何も知らないっぷりを笑いながらローゼルさんが説明してくれる。

「? 階級とは関係ないのか?」

「強いて言えば上級騎士、セラームのさらに上だな。」

「……十二人しかなれないのか?」

「そうだがそういう意味合いではないな。十二騎士というのは、世界最強の騎士十二名に与えられる称号なのだ。」

「世界!?」

「騎士は他の国にもいるからな。それら全ての中で一番という事だ。」

「えぇ? でも最強が十二人ってどういう事だ?」

「系統ごとって意味よ。」

「魔法のか?」

「そうよ。どの系統が一番強いかって話は使い手とか状況によって全然違うから、基本的に騎士の強さを比べる時は系統ごとになるの。だから最強が十二人。」

「なるほど……最強の騎士か……」

「そして《マーチ》というのは、第三系統の光を得意な系統とする騎士の中の頂点に立つ者に与えられる称号だ。《マーチ》にも本名はあるが、大抵は十二騎士としての呼び名である《マーチ》で呼ばれる。」

「光使いの中で最強の騎士が《マーチ》……そいつが本を出したってことか、あれは。」

 オレは人だかりのできている本屋さんを見る。

「《マーチ》は自分でも言っているが目立ちたがりなのだ。本を出したり歌を歌ってみたり踊ってみたり……色々な事をやっている。」

「ふぅん……」

 騎士としてドンドン強くなったとして、その最後に辿り着く場所が……十二騎士。

「十二騎士には……どうやってなるんだ? 投票でもするのか?」

「そんなめんどくさい事しないわよ。単純な交代制よ。今の十二騎士と戦って勝てばなれるわ。」

「年に一回、十二騎士に挑める大会があるのだ。世界中からそれぞれの系統の猛者が集まってトーナメントを行い、優勝者は現十二騎士と勝負する。」

「ということは、オレたちもいつかはその大会に出て十二騎士に挑むのか。」

「別に挑まなければならないわけではないが……そうだな。騎士として強くなろうと考えたらそこが一先ずのゴールだろう。」

「そっか。でも良かった。」

「なにがよ。」

「得意な系統が違うから、オレたち三人一緒に十二騎士になれるってことだろう?」

 オレがそういうと二人はやれやれという感じに笑った。

「そうだな。なれるといいな。」

「今のあたしたちじゃ遠すぎる目標ね。」

「目指すのはタダだ。ちなみに、オレたちが十二騎士になったらなんて呼ばれるんだ?」

「エリルくんは第四系統の火だから《エイプリル》、わたしは第七系統の水で《ジュライ》、ロイドくんは第八系統の風で《オウガスト》だな。」

「え、《オウガスト》?」

「ああ。」

 《オウガスト》……フィリウスが使っていた偽名だ。てことはあの中年オヤジ、最強の騎士の名前を使ったってことか。

「? なによ、いきなりニヤニヤして。」

「いや……フィリウスがさ……」

「フィリウス?」

 ローゼルさんが首を傾げる。そういえばローゼルさんには話してなかったかもしれないな。

「フィリウスは学院に入る前までずっと一緒だった人で……オレの恩人でオレの師匠の名前だ。オレを学院に推薦したのもフィリウス。」

「そうなのか。しかし……セイリオス学院に途中から入学できるというのは相当な事だ。そのフィリウスという人は高名な騎士か?」

「どうかな。あー、でもオレが入れたのはフィリウスのインチキのせいだよ。」

「インチキ?」

「フィリウスのやつ、推薦状の推薦者の所に《オウガスト》って書いていたんだよ。誰の名前だよって思っていたけど、まさかそんなすごい騎士の呼び名だったとは――ん? どうした、二人とも。」

 フィリウスの堂々としたインチキを笑い話として話していたオレとは反対に、エリルとローゼルさんは目を見開いていた。付き合いはまだまだ短いけど、こんなにビックリしている顔は初めて見る。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ……え? フィリウスが……推薦書に《オウガスト》って書いたの……?」

「う、うん……だからそのインチキでオレは入学を――」

「そんなわけないでしょ!」

 いきなりエリルが大きな声を出した。

「ど、どうしたんだよ……」

「イメロの時に習ったじゃない。自分の魔力を指紋の代わりみたいにして自分って事を証明する魔法があるって!」

「お、おう。」

「推薦書に書かれる推薦者の名前なんて、まさにそうじゃない! その推薦者が本物かどうかわからないんだから……」

 オレがあんまり理解できないでいるとローゼルさんがかなり真剣な顔で口を開く。

「いいか、ロイドくん。前にも話した通り、学院長は伝説と呼べるくらいの魔法使いだ。魔力の込められていない推薦書なんて論外だから読みもしない。だがロイドくんが持ってきたそれには確かに魔力が込められていて、そこに書いてある推薦者の名前を書いた人物が本人であると認めたのだ。もしも偽物ならロイドくんは入学できていない。名前と魔力が一致していたからなのだ、君が入学できたのは……!」

「……え? じゃあ……」

 さすがのオレもどういう事かわかった。


「恐らく……君の言うフィリウスという人物は……現十二騎士の一人、風の《オウガスト》その人だ。」


 ……フィリウスが? 《オウガスト》? 世界最強の騎士の一人?

 いやまぁ、確かに強いなぁとは思っていたけど……え、そんなにか?

「いや……で、でもただの中年オヤジだぞ? イメロも持ってなかったし……」

 オレがまだ信じられないでいると、ローゼルさんがオレの手を引っ張って本屋さんに入った。そして歴史の本とかが並んでいるコーナーに入り、一冊の本を手に取った。

「十二騎士は全ての騎士の憧れだ。歴代の十二騎士を紹介する本はたくさんある。これはその最新版……ここだ、今の十二騎士の顔写真が載っている。」

 ローゼルさんが開いたページを覗く。十二人の騎士の写真があり、《オウガスト》と書いてある場所に載っている人物は――

「……ちょっと若いけど……フィリウスだ……フィリウスだよ、これ!」

 オレは興奮してそのまま顔をあげた。一冊の本を二人で見ていた状態でオレがそうしたから、顔をあげた時に見えたのはローゼルさんの青い瞳で――

「!!!」

 オレとローゼルさんの鼻が触れた瞬間、ローゼルさんはさっき以上の驚き顔で一気に五歩くらい下がった。

「――! ――!」

 エリルみたいに真っ赤になったローゼルさんは鼻と口を両手で覆っている。そして少し潤んだ瞳でオレを見つめてくる。

 うわ、なんだこれ。なんかすごくドキドキするぞ。

「あー……ご、ごめん……なさい。」

 と、オレがそう言うとローゼルさんは足早に外に出た。オレも後を追い、外に出る。通りの隅っこでしゃがんで何やらワナワナしているローゼルさんと、意味が分からないという顔のエリルを交互に見る。

「……えっと……ロイド、店の中で何があったのよ?」

「……結局フィリウスは《オウガスト》だってわかったんだけど……」

「それで……あのローゼルが顔を真っ赤にしたわけ?」

「いや……えっと――」

「りょ、りょいどくん!」

 なんか発音が変な感じでローゼルさんに呼ばれる。

「い、いったん落ち着こう! ふぇ、ふぇりるくん、別になんでもないんだ! そうだ、何か食べよう、そうしよう!」

「はぁ? まだお昼でもないのに?」

「いいから!」




 本屋に入って出てきたら別人みたいに取り乱してたローゼルは、コーヒーを飲みながら深呼吸をしながらロイドをチラ見しながら段々と元に戻っていった。

 その間、あたしはロイドから写真の事を聞いて、やっぱりフィリウスは《オウガスト》だったってわかったんだけど、なんかそれどころじゃない感じのローゼルのせいでどうでもよくなってきた。

「……もういいわ。今度考えましょう。今日はロイドの服よ、服。」

「お、おう。そうだな、服だ。」

「具体的にはどんなのがいいのよ。」

「どんなのっていうのは別にないんだよな。今日みたいな時に着ていける服と、部屋着と寝間着くらいあればいい。」

「それはそれで探しにくいわね。」

「なら、エリルが選んでくれよ。」

「は、はぁっ!?」

「オレにはこだわりが無くて、それでたぶん、その服を着てるオレを一番見るのはエリルだ。例えばオレが部屋着としてふんどし一丁を選んだら困るだろう?」

「燃やすわ。」

「だ、だろ?」

「わ、わたしも! わたしも選ぼう……」

 突っ伏してたローゼルがいきなり顔をあげた。いつものクールな顔が崩れて……なんか変。

「じゃあ行くわよ……」



 男子の服の良し悪しなんてわからないから、本当にテキトーに……たぶん無難な服を選んだ。ガラも何もない無地な服で……何となく緑色を基調にした服を両手いっぱいに持ったロイドとあたしとローゼルはぶらぶらと街を歩いた。

 屋台でちょっとしたモノを食べ、小物屋さんで妙なモノを眺めて、武器屋さんで最新の武器や情報を得た。

 目的も無くぶらぶらするにはあまりに目的が無さすぎるあたしたちは、お昼をちょっと過ぎたあたりで帰る事にした。どうでもいい話をしながら学院に向かって歩いてると、ちょうど学院の方から先生が歩いて来た。

「おや、先生ではないですか。こんにちは。」

 さすがに元に戻ったローゼルは、前はそれがローゼルなんだなと思ってた優等生モードで先生に挨拶する。

「……一緒にいるところをよく見るとは思っていたが……サードニクス、お前は意外と女ったらしか?」

 今日は休日だから先生も休みのはずなんだけど、何故か先生はいつもの先生としての格好だった。

 ……まー、別に先生の私服を知らないから、これが私服って言われたらあれだけど。

「ど、どうですかね……オレ、ここ数年女の子とまともに会話もしてこなかったですから……そうだとしてもわからないです。」

「冗談に真面目に答えるなよ。まぁいいさ、存分に若さを走らせろ。」

「ちなみに先生はなんでここに? 学校――学院に用事でもあったんですか?」

「……ちょっとな。」

 そう言いながら、なんでか先生はあたしをチラ見した。そして視線をロイドに戻す。

「サードニクス。お前と一緒の部屋の奴はお姫様だ。」

「……? し、知ってますけど……」

「……そうだな。」

 よくわからない事を言って、先生は街の方に歩いて行った。

「なぁエリル。」

「なによ。」

「言いたくなければ別にいいんだけどさ、実際エリルってどれくらいお姫様なんだ?」

「……どういう意味よ。」

「エリルのおじいさんのお兄さんが今の王様で、エリルは五人兄弟の一番下。もちろん、オレなんかからしたら差は明らかなんだけどさ……なんというか、王様からあみだくじみたいにグイグイと離れた場所にいるだろ? エリルは騎士を目指していなかったらどういう扱いをされるような立場なのかピンとこないというか……」

「ふふふ、この世間知らずっぷりが、エリルくんには安心なのだな?」

「な! 別に安心なんかしてないわよ! め、めんどくさくないってくらいで……」

「そう、それだよ。オレが世間知らずじゃなかったらエリルにはどう接するんだ?」

 ロイドがそう言ったのを聞いて、ズズッと心に嫌な想像が漂うのを感じた。

 何かにつけてあたしを優先させて、あたしの為にと顔で語り、薄い笑顔を貼り付け、あたしを見上げる……そんなロイド――

「やめて!」

 あたしが声を荒げると、ロイドはあたふたし出す。

「あ、悪い! いや、いいんだ。こういう話嫌いだよな、エリルは。」

 本当に申し訳ないって顔でそう言うロイドに、あたしはつい――

「あんたは……そのままでいなさいよ……」

 一瞬の間。時間が止まったんじゃないかってくらいに静かな瞬間。そして一気にこみ上げる恥ずかしさに押されて、あたしはロイドに目つぶしをした。

「ぎゃああああっ!?」

 目を覆ってジタバダするロイド。そしてそんなロイドを――ううん、目つぶしをしたあたしを半目で見つめるローゼル。

「な、なによ! 文句ある!? こ、こいつが変な事言うから!!」

「……そうだな。」

 しれっとした顔でしゃがみ込み、地面を転げまわるロイドに顔を近づけるローゼル。

「ロイドくん。エリルくんがどれほどの存在か、今の君ならこう言えばわかるだろう。」

「うう……なんだ?」

「エリルくんのお姉さんは今公務の一部を任されており、そのため彼女には護衛の騎士がついている。そしてその騎士の名は《エイプリル》というんだ。」

 涙目で立ち上がるロイド。

「? 《エイプリル》って……十二騎士の!?」

「十二騎士の一人が護衛につくほどの方を実の姉に持つ。エリルくんはそういう人だよ。」

「な、なるほど……でもそうすると……」

 目をしばしばさせながら、ロイドはこう言った。


「もしもオレが十二騎士になったら、オレはエリルの騎士になるかもしれないんだな。」


 ――!

「んまぁ、エリル自身がそうなったら守る必要もないかもしれててててっ! ロ、ローゼルさん!? 足! めっちゃ踏んでるから!」

 ――! ――!

 なんかもう意味わかんない感情を覚えるあたしを、ローゼルが更なる半目で睨みつける。

「先生の言う通り、ロイドくんは女ったらしかもしれないな。」

私のくせなのか欠点なのか何なのか。


物語の初めの話はどうも設定の説明で潰してしまいますね。


とりあえず「第一章」としているこの物語は次で終わりますけど、「第一章」は本当に説明物語でした。


上手い事会話に組み込みたいものです。

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