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騎士物語  作者: RANPO
第七章 ~荒れる争奪戦とうねる世界~
48/113

第四十六話 田舎者のやらかしと三度目の進言

夜を迎えたロイドくんとローゼルさんのその後とエリルのモヤモヤ。

そしてオズマンドのリーダーの出陣です。

「まさか、こんなことが……!」

 大勢の同胞が横たわる中、一人の騎士が武器を構えて立ち上がる。燃え盛り、半壊した建物を背にその騎士が迎え撃つは、その騎士よりもよほど騎士らしい格好をした一人の男。周囲の惨状を作り出した男を、しかしその騎士は悲しそうな顔で見つめていた。

「あなたに限ってあり得ない。きっと良くない魔法をかけられたのでしょう……情報にあったツァラトゥストラの使い手の仕業ですか……? それとも別の……」

「……」

「声は届いているのでしょうか……仮にそうなら、聞いておいて欲しい。これはあなたのせいではない……あなたをそのようにした悪党のせいです! 我が国には十二騎士がいますし、偉大な魔法使いもいます、きっとすぐにあなたを元に戻してくれるでしょう! その時、きっとあなたは今日の事の責任を感じるのでしょうが、その必要はありません!」

「……」

 騎士の言葉にこれと言った反応を示さず、ただただ機械のように、男は剣を構えた。



「さっすがねぇ。」

 立っている者が一人もいなくなったその場所から出て来た男を、一人の女が迎えた。

「強さもそうだけど、「あんたが裏切った」って言った奴が一人もいなかったわ。この信頼も人気の理由なのかしらねぇ? もしくは人気だから信頼されてるのかしら?」

「……」

「まぁいいわ。強さの確認はできたし、次は本番と行きましょう。」



 三日前、《オウガスト》が遭遇した小悪党がツァラトゥストラという名前を出した。かつて最悪の時代と呼ばれた時期に悪党の間で広まったそれは人体を構成するパーツであり、自身のそれとツァラトゥストラを交換することでパワーアップすることができるという代物だった。

 その小悪党は裏ルートに最近流れてきたツァラトゥストラの『血液』を手に入れて暴れていたわけだが、《オウガスト》はより強力なツァラトゥストラをより凶悪な悪党が手にしている可能性を懸念した。

 二日前、フェルブランド王国の王城に一人の男が攻めてきた。男の名はプレウロメといい、フェルブランドの現在の国の在り方に異議を唱えるテロリスト集団、オズマンドのメンバーだった。

 襲撃自体は国王軍のスローンの地位にある女性騎士、オリアナ・エーデルワイスによって阻止されたのだが、問題はプレウロメがツァラトゥストラの『眼球』を所有していたということだった。これにより、警戒するべき実力者は数名だけという認識だったオズマンドの危険度が一気に跳ね上がることとなった。

 一日前、国内のとある村を魔法生物の侵攻から守るという任務を終えて帰路についていたスローンの騎士十数名とセラームのリーダーであるアクロライト・アルジェントはオズマンドの襲撃を受けた。緊急離脱アイテムであるディアーブによってスローンの騎士たちは帰還したが、それを実行したアクロライト・アルジェントは戻らず、安否不明の状態となった。


 そして今日、国王軍には衝撃が走っていた。


「完全にわしの油断じゃった。『ディザスター』の作品という時点で最大の警戒をするべきだったというのに。」

「『滅国のドラグーン』相手だったんだろ? 二つ以上に「最大」の警戒じゃあ矛盾する。で、どうだ?」

「……知っての通り、時間魔法は万能ではない。喰われたということは、その作品とやらの養分になっているのだろう? そこまで分解されては時間も戻せない。」

「まぁそうなるよな。セルヴィアが無理となるとあとは《セプテンバー》だが、確か形状魔法による治癒には本人の生命力が必要だからな。このレベルの復元を爺さん相手となるとどうなるやら。」

「まぁ、まだもう少し先にあった天井が気まぐれに下りてきただけじゃ。だが『ディザスター』だけはわしの手で……」

「そんなになってもまだやる気か。大先輩は違うなぁ、おい。」

「「大」をつけるほど離れとらんじゃろうが。」

 そう言ってベッドの横に立つ筋骨隆々とした男を睨みつけた老人には、昨日まではあった左腕が――その肩から先が無くなっていた。

「しかし近くに軍の駐屯所があって良かったわい。おかげでこうしてベッドの中。国を守る者の視界の広さはわしの国にも見習って欲しいのう。」

「あるだろうが、こっちよりも広範囲で。」

「機械頼りの、な。やはりいざという時には人が良い。」

「ガルド所属の十二騎士が機械音痴か?」

「やかましいわ。それよりなんなんじゃ、このピリピリした空気は。フェルブランドの国王軍はいつもこんなんなのか?」

 左腕のない老人が横になっているベッドはフェルブランドの王城にある国王軍の訓練場の中の医療棟。他の患者は数名しかいないのだが、窓の外に見える国王軍の騎士たちは少しざわついていた。

「普段はもっとゆるい。だがついさっき、十二騎士の《フェブラリ》がボコボコにされて帰ってきたってことよりも重大なニュースが飛び込んできてな。」

「誰がボコボコじゃ。フルパワーの雷を二発落としてやったんじゃぞ。」

「あのデブに電気が効くのか微妙だがな。ま、残念ながらこの国で一番人気の騎士のニュースの方が十二騎士よりも騒ぎになんだ。」

「ほう、結婚でもするのか?」

「そんなんで軍がピリピリするか。敵の手に落ちたんだ。」

「ふむ?」

「より正確には、敵にまわった、だがな。」


 今日の未明、とある大きな町にある国王軍の駐屯所が襲撃された。腕利きの国王軍騎士が大勢いたのだが、彼らはたった一人のその襲撃者に敗北した。その後、襲撃者は町に対しては何もせず、ただ軍の施設を破壊して去って行った。

 駐屯所から送られてきた情報によると、その襲撃者は鏡のような銀色の甲冑を身にまとった大剣持ちで第三系統の光魔法の使い手――『光帝』、アクロライト・アルジェントだったという。


「相手を操るだのなんだのっつったら第六系統の魔法だ。光魔法の使い手であるアクロライトがそう簡単にかかるとは思えねぇから、相手は《ジューン》クラスの使い手か、もしくは――」

「ツァラトゥストラか。わしだって見たことないというのに、そんなモノをテロリストがのう。」

「そういうわけで、国王軍は今そっちでてんやわんやだ。悪い時期に入院したな。なんなら美人のナースがいる病院に移すぞ?」

「馬鹿言え。バーナードとあの娘っ子がわしを追ってくるようなことがあったら美人ナースも喰われてしまうじゃろうが。」

「それはまずいな。だがここはここでテロリストが突っ込んでくるかもしれない場所なんだぞ?」

「代わりに心強い味方が大勢いるじゃろう? やや、なんと十二騎士もおるではないか。」

「ったく。」

 ベッドで笑う老人をあとに医療棟を出る筋骨隆々とした男。同時多発した事件に対してこの先どうしたものかという顔でいると、その横を歩いているどこぞの町娘のような服装の女がふと聞いてきた。

「フィリウス、確認させてくれ。」

「あん?」

「もしやフィリウスはお医者さんごっことかが好きなのか?」

「俺様にそっちの趣味はないが、なんだいきなり。」

「美人ナースと言っていたが。」

「ただの冗談だ。ヒソップに限らず、ジジイと言えば若い娘の尻を触る事に全力のイメージがあるからな。」

「ひどいイメージだな。」

「酒場に入り浸るジジイとかはそんなもんだ。というかそんなことよりも――」

「ああ、そうだな。フィリウスはナース服が好きなのか?」

「これと言ったこだわりはな――待て、ナースから離れろセルヴィア。今はオズマンドと紅い蛇への対処だろうが。」

「それはそうだが、やはり今なお待つしかないだろう。滅国などは偶然遭遇したようなモノだからどうしようもなく、オズマンド側も連中の本拠地などが分かっていればやりようはあるがやはり……」

「まぁそうなんだが、こうも後手後手だとそろそろこっちから出たいもんだ。」

「そうだな……プレウロメとかいうのからの情報は?」

「ない。そっちの専門が頑張ってんだが、桁外れに強い防御魔法がかかってやがる。相変わらず、未だに姿を見せねぇ連中のトップはとんでもない実力者みてーだな。」

「ツァラトゥストラについては?」

「そっちはより一層わけがわからん。言っちまえば生体タイプのマジックアイテムなんだろうが、仕組みがぶっ飛び過ぎてるとかなんとか。」

「わからないことばかりだな。先日の社会科見学の時の襲撃といい、最近の国王軍はいいところがない。」

「まったくだ。入隊希望が減っちまう。」




「《フェブラリ》とは、またうまそうには見えないのを食べたな。」

「あー、それは偏見でさぁ。老いた肉にはそれ独特の味があるんでさぁ。」

 何に使うかわからない機器が大量に並ぶ部屋の中、キャスターのついた椅子に腰かけた老人は黒焦げになった太った男と話していた。

「まぁ味はともかくとして、《フェブラリ》の身体を取り込めたのは大きな収穫だ。」

「そうなんすか?」

 そう言いながら、二人は一人の少女が入っている巨大なガラスの容器へと顔を向ける。苦しそうでもなく、ただただ体育座りをしているだけの少女だが、その身体からは絶えず稲妻が放たれ、ガラスの中を光で埋めている。しかし特殊なガラスなのか壊れることはなく、音も聞こえない。

「生物の進化には何万年という時間がかかるが、魔法は常識の枠の外の代物。故に充分にあり得るのだ、数十年単位の進化が。」

「なんの話でさぁ。」

「《フェブラリ》はあの歳でも未だ現役の騎士であり、最強クラスの雷の使い手だ。その肉体は長きにわたる第二系統の使用によって変化しているのだ……それに適したモノへとな。」

「んー……つまり《フェブラリ》を食うってことは、第二系統に特化した魔法生物を食べるようなモンなんすか?」

「そんなところだ。コルンは摂取したモノの影響を受けて成長するからな、今まさに、その肉体を雷の化身へと変貌させているのだろう……ふふふ、これは面白い……!」

「それならケバルライを食べさせたら良かったでさぁ。きっと同じ感じになったでさぁ。」

「確かにワレも長いが、ワレは魔法を研究の補助程度にしか使っておらんからな。これほどの変化は得られまい。」

「そういうもんすか。あ、なら姉御をちょっとかじらせてもらうのはどうでさぁ。この前プリオルが姉御の血入りの飴玉舐めてすごいことになってたでさぁ。」

「ついでにお前がかじりたいだけだろう。それにヒメサマみたいなのを食べると最悪変化し切れずにコルンは死ぬだろう。」

「うますぎて死ぬ……いい死に方でさぁ。」

「味の話はしてないぞ。」

「姉御はあれとして、それならその辺の魔法生物を食べたらどうでさぁ。」

「そうだな。であればSランクくらいのを――おお、終わったようだ。」

 部屋の中を明滅させていた稲光がおさまったのを見て老人がスイッチを押す。するとガラスの容器が開き、少女がよろよろと出てきた。

「ん? 急激な変化と雷の放出でエネルギーが空になったか。何か補給を……」

「要するに腹ペコっすか。ちょうど良かったでさぁ。」

 そう言うと、老人が気にしていなかった為そのままだった黒焦げの身体の表面を、まるでカサブタをとるかのようにぺりぺりとはがした太った男は、普段の色の肌をぺちぺちと叩きながらニンマリと笑う。

「あっしも腹ペコなんでさぁ。」

「ビックリ人間が。」

「変身したあっしをこの深さまで炭にするんすから、さすが十二騎士でさぁ。」

「皮一枚程度で「この深さ」とは皮肉だな。」

「そうでもないでさぁ。さぁコルン、うまいモノを食いに行くでさぁ。」

「うん。」

「できれば今回のように進化の期待できるモノを……んん?」

 自然な会話に挟まった一言に気づき、老人は少女に視線を向けた。対して少女は無言で見つめてくる老人と太った男を交互に見て首をかしげる。

「? なぁに?」

 実年齢は一歳にも満たないが、外見上の年齢相応の可愛らしい反応に二人は驚いた。

「おお、しゃべれるようになってるでさぁ。いつの間に。」

「《フェブラリ》の身体の影響か……? 雷の能力を得る過程で脳の成長が……いや、これは人間の腕だからこその適合か……」

「この分なら明日にはプリオルとお茶してるでさぁ。」

「おちゃー。」

 覚えたての言葉を連呼する子供のような無邪気さで太った男と楽し気に笑う少女を見て、老人はあごに手をあてて「ふむ」と頷く。

「……ならば次の段階に進むとするか……」




朝。朝食をとる為に泊まったホテルのレストランにやってきたオレは……自分で言うのもなんだけど半分放心状態で正面に座っているローゼルさんを眺めていた。

 マーガリンをたっぷり塗った上にイチゴジャムをのっけた食パンをパリパリと食べるローゼルさん。いつものカチューシャを外しているからか、時々髪をかきあげるのだがそんな仕草も色っぽい相変わらずの美人さん。しかも今朝はその魅力がさらに増している。

 何かを思い出して時折こぼれる最上の微笑み。ふと口からもれる満足気なため息。心が満ち満ちて幸福の頂点にいるのだと言わんばかりににじみ出る幸せな雰囲気。そしてそんな内面に呼応したのか、いつも以上の艶を見せる肌や髪。

 完全完璧な、いわゆる絶世の美女となったローゼルさんは、当然のごとくレストラン内の他のお客さんを男女問わず虜にしていた。

 ローゼルさんがこんな風になった原因――理由と言ったらそれはもちろん昨日の……夜の……ベッドの……


 あああああああああああああああああああああああああぁぁっ!!


「そうやって顔を覆って湯気を出すのはこれで朝から三回目だな、ロイドくん。」


 オレの心の中の叫びを聞いてくすくす笑うローゼルさん!!

 やってしまった、やってしまったのだ! オレの理性はオレの欲を――オオカミを抑えきれなかった! ローゼルさんのかつてない猛攻を受けたオレは途中から――ととと、とうとう! この、今、目の前にいる女性に! ローゼル・リシアンサスさんに! ヨヨヨ、ヨクボウのままの反撃を――とんでもない反撃を!! 


「いやはや、わたしの方が先にオオカミになってしまうとは思わなかったが、結果オーライだ。無事にロイドくんもオオカミに……うむ……」


 ぼああああああ!


「ドスケベロイドくんとは言うものの、ラッキースケベによる事故が主だったから実際はどうなのかと思っていたが……ま、まったく……あんな…………テクニシャンだったとは……」


 ぎゃあああああ!


「脱がせ方からしてい、いやらしかったな……下着の時などは指をすべらせて……」


 まああああああ!


「わたしのあれやこれを全部見られて触られて……後半、わたしは完全にロイドくんの攻撃を受けるのみ……だったな……」


 びゃあああああ!


「おかげでわたしはわたしの身体を……ふ、ふむ、す、好きな人にああいうことをされるとああなるのだと……知ったな……ま、まぁ、あんなことをされてはな……声も……」


 なああああああ!

 でゃあああああ!

 あああああああ!


「ももも、もうやめましょう! オ、オレが死にますから!」

 ローゼルさんの感想一つ一つでフラッシュバックする! 鼻血で失血死レベルの光景が! 五感に記憶されたばああああ! んなあああああ!

「どうしてされた方よりもした方がそんなんなのだ。」

「むしろされた方がそんなんなのはナゼデスカ!」

「何を言う、わたしにだって……その、死にそうなくらいの恥ずかしさはあるのだ。だが……ああいう事をしたわけだからな、わたしとロイドくんはもう……ど、どうあれこの先……ふふ、ふふふ……」

 恥ずかしさを違う何かが上回っているらしいローゼルさん――い、いやいや!

「でで、でも! そんなに落ち着いて――ここ、こんな風にあ、あんなことしてきた男とフツウに朝ご飯って!」

「おや、何か問題が?」

「だから――オ、オレはロロロ、ローゼルさんをおそ、おそ、おそ――オソッタわけでして!」

「その前にわたしが襲ったのだからおあいこだ。」

「ソーユーことではなくてですね!」

「まあまあロイドくん。わたしもロイドくんもあの時したいと思った事をしたのだから良いのだ。」

「ほえぇっ!?!?」

「少なくともわたしには待ち望んでいた時間だったぞ。」

「マチノゾ!?」

「うむ。ただまぁ、不満――というか残念な事がなかったわけでもないのだが……」

 朝からずっと、幸せそうな上に恥ずかしそうだったり嬉しそうだったりするローゼルさんが、そこで初めていつものキリッした顔になる。

「わたしは昨夜……そのつもりだったし覚悟もあったのだが、オオカミになってもなおとどまったロイドくんが恐ろしいというかさすがというか……いや、わたしの攻めが足りなかったか……」

「ナンノハナシデスカ……」

「ロイドくんが反撃に入った時点でわたしが攻めるのを止めてしまったのが唯一の失態だな。ロイドくん、次はわたしも頑張るぞ。」

「ナンノハナシデスカ!?!?」

「それは勿論、最後の――」


「やぁ、少しいいかな?」


 ローゼルさんが答えようとしたところで誰かがそれを遮った。なんとなく「よくぞ遮ってくれた!」と心の中で叫びながら声の主を見ると、オレたちのテーブルの横にカッコいい感じの男――水色の髪で右目を隠した、青い服と白いマフラーというこの街にぴったりの色合いのイケメンが立っていた。

「二人の会話が耳に入ってね。どうやら昨晩はお楽しみだったようだけど、こうして近くで見ると不思議でならない。」

 イケメンがちらりとオレを見る……というかローゼルさん、イケメンの方を見もしないな……

「君のような美女がこのパッと見これと言った良い点の見当たらない男の相手とはね。まぁ、きっと彼には彼なりの何かがあったからなのだろうけど……でもきっと、僕の方がより良い相手となるだろう。どうかな? 今夜僕と――」


 パキン。


 イケメンの言葉の途中で割と聞きなれている音――魔法によって氷が出現する時の音がした。オレとイケメンが音のした方であるイケメンの足元を見ると、イケメンの足は氷に覆われていた。加えて、その足元からレストランの海に面した方の窓まで氷の道が出来上がっていた。

「なんだこだああああ!?」

 何かを言う前にイケメンが滑り出す。人やテーブルにぶつからないようにくねくねと通っている氷の道を爆走していくイケメンは、これまた氷でできた手によってガラガラと開かれた窓から外の海へと放り出された。

 崖の上とまでは言わないが海面から少し高い所に建っているホテルなので、イケメンはちょっと落下して海へ着水する――かと思いきや、イケメンが落下を始めるよりも速く海から伸びた巨大な氷の腕がまるでコバエをはたくかのようにペシッと叩き、イケメンは海の彼方へと飛んで行った。


「リンボク!?」


 誰かが……たぶんあのイケメンの名前を叫んだ。見るとオレたちのテーブルからはかなり離れたところで顔を青くした男が――え、待てよ? あのテーブルが今のイケメンの席だとすると、あんな遠くからオレたちの会話を……い、いやいや、今はそれよりも!

「ロ、ローゼルさん!?」

「うん?」

 涼しい顔でパンをかじっている……!

「い、いえ、あの、今の……」

 床に通っていた氷の道は無くなり、開いていた窓も閉じ、レストランは元の状態に戻った。他のお客さんも何事かという顔をしていたが、割と一瞬で終わったからか、朝食の続きを始めた。

「こうも美人でナイスバディだと面倒な虫が寄ってきて困るな。好きな人をオオカミにする分には良いが。」

「ソ、ソウデスネ……あ、と、というか何気に今すごいことしましたね……あのイケメンもレストランの中も見ずに氷を張って……その上建物の外の海を操ってあんな大きな腕を……」

「ああ、それはほら、あの触手魔人の時と同じだよ。」

 すっと胸に手を置き、まるで心臓の鼓動を確かめるように目を閉じるローゼルさん。

「今のわたしは満たされている。幸せな未来も確定した。今のわたしは無敵だ。できないことなどない。」

 デルフさんが言うに、ローゼルさんは感情で魔法の力が跳ね上がるタイプ。触手魔人――パライバとの戦いで自然界ではありえない水と氷を使えたのは……し、試合後のオレとの約束というかごご、ご褒美ゆえだったらしい。

 そして昨日の夜のあれの影響で今のローゼルさんは……がああああ!

「ところで触手魔人の件で何か思い出さないか、ロイドくん。」

「ほへ!?」

「このお泊りデート自体はランク戦の時の約束だったわけで、交流祭の時にした約束はまだ果たされていない。あの戦いで得た褒美を、わたしはまだ使っていないのだ。」

「ひぅっ!?」

「わたしのお願いを一つ、聞いてくれるというやつだ。」

「そそそ……そーいえばそんなことも……」

「実のところ、ラッキースケベの後押しを受けてもロイドくんをオオカミにすることは困難なのではと思っていた。だからこのお願いは昨日の夜に使う予定だったのだ。」

「なっ!?!? そそそ、それはつまりオレにローゼルさんを――!?」

「しかし先にオオカミとなったわたしの……い、今思うとなかなかアレだが……あ、あの大胆な攻めによってロイドくんは……お願いする予定だったことを自分からしてくれた……」

 脳裏をよぎるローゼルさんの攻め。そのナイスバディを使った――にゃあああああ!

「よってわたしにはまだお願いの権利が残っているのだ。というわけでロイドくん、一つお願いがある。」

「は、はひ! ななな、なんでしょうか……」

「実はさっきフロントに頼んでチェックアウトの時間を延ばしてもらってな。セイリオスに戻る夕方頃まで部屋にいられるようになったのだ。」

「え、えぇ? どうして……」

「さっき言っただろう? 次はわたしも頑張ると。」

「え……え? あの、その……そそ、それはつまり……」

 血の気が引いていく感じと顔が熱くなっていく感じという相反する変化が同時に発生したオレがわなわなしながらたずねると、ローゼルさんは妖艶にほほ笑んでこう言った。


「帰るまで部屋でイチャイチャしよう、ロイドくん。」




「なに? それは一体どういうことだ。」

 奇怪な帽子をかぶった青年を主とするコンピューターだらけの部屋で、目を閉じたままの男が画面の向こうに映る人物にそう聞いた。

『オレもいきなりのことでビックリなんです! その、例の街で朝食を食べてたらリンボクが若い……たぶん学生のカップルにちょっかい出したんです! そしたら一瞬で海の彼方にふっ飛ばされて――』

「待て待て、それがわからん。例え騎士学校の生徒であろうと、そこらの学生相手に負けるような男ではないであろう。」

『それが……油断もあったんでしょうけど、割と瞬殺で……』

「なんだと……」

「学生って言っても、あのセイリオスみたいな名門校だと現役の騎士と変わらない強さって聞きますからね。リンボクさん、ちょっと運が悪かったのかも。」

 奇怪な帽子をかぶった青年がやれやれと肩をすぼめるのを――見たのかどうか、目を閉じたままの男もまたやれやれとため息をつく。

「……一先ずリンボクは後回しだな。スフェノは任務をこなすのである。カゲノカが作った装置を仕掛け、例のモノを手に入れ……そういえば場所はわかっているのか? リンボクがいないとなると……」

『それは大丈夫です。昨日の時点で特定は済んでいるので。』

「不幸中の幸いか。では予定通りに。リンボクはカゲノカの手があけば捜索しよう。」

『了解です。』

 画面が消え、目を閉じたままの男は再びため息をつく。

「……ツァラトゥストラという規格外の力を手に入れてもこの様か。やはりもう少し慣れてからの方が良かったか……」

「そうかもですけど、それはそれで騎士側にツァラトゥストラへの対抗策を練る時間を与える事になるから行動は迅速にってリーダーも言ってたじゃないですか。それに、リンボクさんのナンパはいつものことです。」

「ツァラトゥストラでその辺も改善されれば良かったのだがな……」

「一応調べておきます? リンボクさんがちょっかい出した学生らしきカップル。」

「ふん……これといった意味はなさそうだが……そうだな、頼む。」

「お任せを。」




 やわらかい朝日で目を覚ます。ゆっくりと起き上がったあたしは横にいる、相も変わらないすっとぼけ顔をしばらく眺めた後、それに顔を近づけ、重ねる。

 昔は逆だったとか言いながら眠そうなそいつと朝ご飯を食べ、支度をしていつもの場所へと出かける。

 今でもむかつくスタイルの槍使い、内気なクセにこれだけはグイグイくるスナイパー、騎士と商人を兼業してる暗殺者、鉄壁に一か所だけ穴をあけて迫ってくる貴族。いつもの面子をいつものように殴りながら席につく。憧れの人が座っていた椅子に、来年は交代だからと貴族が言うその場所にあたしは座る。十二個しかないはずなのにいつの間にか現れて座ってる十三人目の吸血鬼を横目に、今日の任務を確認する。

 大切な人を守れる力、たくさんの人を救える力。望んでいたモノを手に入れて……ついでに……好きな人も……


――って、ああ、これ夢だわ。

 目標としての夢であり、昨日から今日までの寝てる間に見てる夢でもある。あたしの恋人のくせに他の女とお泊りデートしてるあのすっとぼけにぶつぶつ文句を言いながら、でもそういう変なところっていうか、きっと普通は恋人としてはあり得ない最低なところを、まぁでもあいつだしみたいに半分……四分の一くらいは納得しちゃってる――っていう、自分でも変な感覚のせいで独り言が終わって、あたしは昨日、眠りについた。

 なんでこんな夢を見てるのかしら。あのすっとぼけがやらかしても結局はこうだからって、再確認の為に夢を見てるのかしら。

 だとしたら我ながら……ちょっとお気楽過ぎる気もするわね。

 あの吸血鬼みたいに、なんかもう規格外の昔の女がまだまだ出てくるかもなのよ? どこからともなくとんでもない女がこの先も出てくるかもなのよ?

 でもそれでも……ああ、何かしらこの、不安と確信の混ぜこぜは。

 あたしって……


「朝だよ、お姫様ー。」


 ぷにぷにとほっぺをつつかれる感覚にうっすらと目を開ける。

「……ロイド……?」

「うわ、お姫様ったら自慢ー? 毎朝起こされてるとこーなるんだねー。」

「ず、ずるい……よね……あ、あたしも起こしてもらいたいな……」

「…………――!? は、な、なによあんたら!」

 ガバッと起き上がると、ベッドの周りにアンジュとティアナ、それとリリーが……殺し屋の顔をしたリリーがいた。

「ど、どうして――ていうかどうやって入ったのよ!」

「朝練の時間になっても起きてこないからさー。ほら、今ってドアがつながってるでしょー? 何回か試したらこの部屋につながったんだよねー。」

「……! わ、悪かったわよ。すぐに着替えて――」

「その前になんだけど、エリルちゃん。」

 今にもあたしの首なりなんなりをかっ切りそうな顔のリリーはゆらりとあたしを――というか布団を指差して言った。


「なんでロイくんのベッドで寝てるのかな?」


 ――! ――!!

 あ、あたし――そ、そうだった、あたし昨日、ロイドとローゼルが今頃とか考えてたらなんとなくあのバカのベッドに……ドアがつながるかもっていうのに何やってんのよあたし!

 て、ていうかもしかしてあの夢、ロイドのベッドで寝たからあんな感じの幸せな――い、いえ、その前にな、なんとかしないと!

「あ……あら……ホントねー……寝ぼけたかしら……」

「ロイド並みに誤魔化すの下手だねー、お姫様。まー、この状況を誤魔化すのは不可能だと思うけどねー。どれどれー。」

 なんとなく……たぶん恥ずかしさで顔が熱くなってきたあたしが握ってる掛け布団の端っこを持ち上げたアンジュは、それをぼふっと顔にあて――!?

「んー……うん……ロイドの匂いだねー……」

「ななな、なに嗅いでんのよ!」

「ベッドごとお持ち帰りする女王様の気持ちもわかるねー。なんかいい気分だもんねー。それでお姫様は、そんなベッドにもぐっておいて「なに嗅いでんのよ」とか言っちゃうんだねー。」

「う、うっさいわね! あ、あたし――の、恋人なんだからあ、あたしはいいのよ!」

「で、でも……やっぱりずるい……よ、エリルちゃん……」

「は! ちょ、ティアナ、あんたなんで入って来てんのよ!」

「あ、あたしもあたしもー。」

「はぁ!?」

 もぞもぞと一人用のベッドに三人が並んで狭いことに――っていうかこいつら!

「みんな……だから言ってるでしょ……ロイくんは……」

 一人潜りにこないリリーがすごい顔で睨みをきかせて――

「ボクのなんだってばー!!」

 四人目として布団に飛び込んできた。たぶんロイドが最近よく体験してる感触……身体のあちこちに柔らかいモノが押し当てられる状態になるあたし。これでロイドはいっつも鼻血吹いてるわけ――


 ふにょん。


「ひゃ!? ちょ、誰よ、変なとこ触るんじゃないわよ!」

「変な声出して、やらしーんだから。」

 いつの間にかあたしの背後にまわったリリーがあたしのむ、胸をガシッと掴んできた……!

「い、いきなりこんなことされたら誰だって――ひゃぁっ!?」

 リリーの手がそのまま――も、揉み――!

「あんまりにエリルちゃんがやらしーから仕方ないんだよ。」

「なに――なんの話よ!」

 あたしがジタバタしてると、リリーが耳元で囁く。

「エリルちゃん、ロイくんと変な約束してるでしょ?」

「や、約束!? ば、やめ――」

「ロイくんがついうっかりボクたちになんかしちゃった時は、今の――仮の、一時的な、ちょっとした気の迷いの恋人のエリルちゃんにも同じことをするって約束。」

「――!!」

 そういえば――そうよ、そんなのがあったわ! お泊りデートそのもののインパクトですっかり忘れてたけど……そうだわ、そもそもそれのせいでこの前もあいつに……

 え、ちょ、それじゃあ――

「そして今回のデートであのローゼルちゃんが何もしないわけがないし、ロイくんはラッキースケベ状態……きっとロイくんは……ローゼルちゃんとあれとかそれを……そしてそうなったらそれはエリルちゃんにも行く……」

そそ、そうよね、そうなるわよね。ももも、もしも今回のお泊りデートでロイドがローゼルになな、なんかやらかしたらそれはあたしにも――!?!?

「約束自体はまぁ理解できるんだよね。だってロイくんが他の女の子にあんなことやこんなことしたらボクにもしてってボク言うもん。でもきっと、今回はレベルが違うと思うんだよね。ローゼルちゃんの場合は仕方ないとしても、これ以上ボクのロイくんを他の女の子には……」

「な、何言って――ていうかいつまで揉んで――そ、それとこれに何の関係があんのよ!」

「だから、ロイくんがする前にボクが……エリルちゃんを篭絡しようと思うの。」

「はぁっ!?!?」

「世の中にはねぇ、エリルちゃん。男でも女でも、快楽で相手を手懐ける悪党がいるんだよ?」

「馬鹿じゃないの!?」

「ボクは元暗殺者。世界の裏の荒波で生きてきたボクのテクニックで王族育ちの箱入り娘を、手籠めにしちゃうんだよ!」

 !! い、今のリリー、本気の顔だけど目がぐるぐるしてるわ! ロイドとローゼルがお泊りしてるってだけでも大ダメージだったところに、あ、あたしがあのバカのベベ、ベッドで寝てたりなんかしたから……ついにリリーに限界が……!!

「あー、なんか前にもあったねー。百合だっけー?」

「た、たいへん……だね……」

 相変わらずベッドにはいるけど左右から眺めるだけの二人!

「あ、あんたたち、助けなさ――きゃああっ!?」

 パジャマの下にすべりこんでくるリリーの手――!!

「ほらほら! エリルちゃんなんかすぐにメロメロなんだからね!」

「バカ言ってんじゃ――な、なにがテクニック――」

 その時、あたしは……それこそロイドがよくやる、言わなくていいことを言ってしまった。


「――あのバカの方が上手よっ!!」


 リリーの手が止まる。ついでにティアナとアンジュの表情が固ま――

 あたし何言ってんの!?!?

「……ふぅん……ロイくんに……へぇ……」

「ちが、こ、これは――」

「ボクがロイくんにふにふにされた時かな? 約束に従ってエリルちゃんにもしたんだろうね……ロイくんてば真面目だから。」

 まだあたしの胸のところにあるリリーの手がふるえる……

「お姫様って……実はあたしたちの中で一番スケベなんじゃないのー……? なんだかんだでロイドとあれこれしちゃってさー……」

 眺めてたアンジュがあたしの脚を指でなぞる……

「一緒のお部屋……だもんね……あ、あたしたちが知らないだけで……ロゼちゃんよりももっと……やらしいことしちゃったり……」

 アンジュと同じことを反対側のティアナまで……!

 ま、まずいわ、このままだと――!

「エリルちゃん! 洗いざらい吐いてもら――」

「うっさいっ!」

 あたしは、ある程度手加減はしたけどその場で炎を爆発させた。

「うわわ、お姫様ってば無茶するなー。ていうか寮の部屋でこういう魔法って使えるんだっけー?」

 第四系統の魔法の気配を察知して完全にかわしたアンジュ。

「あちち、あちち……そ、その部屋に住んでる人とか、そんなに危なくない魔法なら、使えるよ……ロイドくん、エリルちゃんに……よく燃やされてるって……言ってたし……」

 たぶん魔眼ペリドットで発動の瞬間を見て即座に耐熱魔法で防御したティアナ。

「その程度じゃひかないよ……?」

 瞬間移動で回避したリリー。

 こ、このままじゃこいつらに襲われるっていうバカみたいなことになるわ……

 昨日のパムのゴーレムとの模擬戦以上にまずい状況ね……この三人を同時になんて――


 コンコン。


 ジリジリとにらみ合う中、臨戦態勢の部屋に窓をノックする音が響いた。

「兄さーん、帰ってますかー。それかエリルさーん、まだ寝てるんですかー。」

 いいタイミングだわっ!!

「パム!」

「わ、何ですか。」

 勢いよく窓を開けるといつもの軍服姿のパムがびっくり顔で立ってた。ああ、こういう顔、ロイドに似てるわね。

「ん、なんだか焦げ臭いですが……」

「なんでもないわ! それよりどうしたのよ! 昨日の続きかしら!」

「……朝からハイテンションですね……兄さんはまだですか?」

「一応今回のデートは次の日の夕方までってしたからねー。まだ帰ってこないと思うよー。」

「? みなさんここにいるんですか。するとどうしてエリルさんだけが寝間着……」

「い、いつもロイドくんに起こして、もらってるから……起きてこなかったんだよ……だからあ、あたしたちが……」

「へー、そーですかー……」

 パムがあたしをジトッとにらむ……

「まぁ、今回はどちらかと言うと兄さんよりも王族のエリルさんでしょうから、とりあえず話してしまいましょうか。」

「? 何の話よ。」

「面倒ごとです。説明しますので、とりあえず着替えてください。」

 パムの訪問によってとりあえず襲われる危機から脱したあたしは、若干リリーに睨まれながらも私服に着替える。黒焦げのロイドのベッドにパムが目を丸くしたけど……と、とりあえず全員分の紅茶を並べて、あたしたちはテーブル囲んだ。

「そ、それで話ってなにかしら!」

「……兄さんのベッドについて聞きたいところですけど……まぁとりあえずは……実は最近、オズマンドがパワーアップして暴れているのです。」

「オズマンド……ってあのテログループよね? え、なによパワーアップって。」

「そのままです。国王軍内においてオズマンドは、厄介な実力者が数人いるだろうという程度の認識の組織でした。それがここ数日の間に、過去の戦闘記録ではせいぜいドルムクラスだったメンバーがスローンクラスになって現れたりしたのです。」

「え、ちょっと待ってー。厄介な相手が何人かいる「だろう」ってどーゆーこと? なんかふんわりしてるけどー。」

「オズマンドにはメンバーの序列があり、上から四番目までは戦闘記録があるのですが……上位三名はずっと謎のままなんです。四番目の実力がギリギリセラームクラスだったのでその三人はセラームと同等の可能性が高く、場合によっては十二騎士クラスもいるかも……という推測のもと、厄介な相手がいる「かもしれない」という認識なんです。」

「へー。なんとなくだけど、じゃあ国王軍はオズマンドをそんなに危険視してない感じー?」

「……正直に言うと、そうですね。自分が軍に入るよりも前から戦いが続いているのですが、連中が成したことは大したことがないと言いますか……アフューカスが動き出した今、あまり眼中にはなかったですね。」

「……まぁ、S級犯罪者だらけの連中と比べたら優先順位は下がるわよね……でも、そんなオズマンドがいきなり強くなったって?」

「そうです。皆さんは……ツァラトゥストラというモノをご存知ですか?」

「つら……? 知らないわね。」

「あ、あたしも……な、なにかのマジックアイテム……?」

「発音しにくいねー。特殊な魔法の名前とかー?」

「……どこかで聞いたような……ああ、そういえば……」

 知らない反応が三回続いたところで、四人目のリリーが何かを思い出す。

「それが何なのかは知らないけど、なんか闇取引でとんでもない額がついてた気がする……今残ってるのはほとんどないとかレア物だとか言ってたかな。」

「……確かにあれを使いたい悪党は多そうですが……あんなモノまで売買されるのですか……」

「で、なんなのよ、それ。」

 結局ちゃんと知ってるのが一人もいないツララ……なんとかについて、「自分も最近知ったのですが」と、パムが説明を始めた。



 その昔――すっごい昔にアフューカスが悪党にバラまいたとかいう生体兵器……っていうとちょっと違うらしいけど、なんか心臓とか肺とかの身体のパーツがあって、それを身体に取り込むと一段階強くなれるっていう代物。自分の臓器と交換するっていうやばいモノなんだけど、大したことなかった奴がいきなりセラームと戦えるくらいに強くなるから、悪党の間で大人気になって広まったらしい。

 当時の騎士が苦戦しつつも所有者を倒していって、最悪の時代とまで呼ばれた時期は終わりを迎えたんだけど、それを身につけたまま子供を作ったりした悪党がいて、そうするとツァラトゥストラも受け継がれるらしく、実は今も残ってたりするんだけど……まぁ数える程度しかいないし、自分がそれの所有者だって知らない場合がほとんどだから騎士が危険視するほどの使い手にもならない。それが……ツァラトゥストラっていうモノ。

 そんな頭のおかしいアイテムが数日前から悪党の間に広まり始め、それを手に入れたオズマンドがここぞとばかりに攻めて来た……っていうのが今の状況らしい。



「国王軍や王城への襲撃も既に起きています。オズマンドは今のフェルブランドの在り方といいますか、政治をよく思っていない者の集まりです。よって王族であるエリルさんには用心が必要です。この学院の防御は相当なモノですが、万が一ツァラトゥストラの力によってその防御を突破される可能性もありますから。」

「……わかったわ。」

「ちなみに自分はエリルさんの護衛という任務を受けましたので、しばらくはこの部屋で寝泊まりします。」

「わかっ――はぁ!?」

「普通ならば部屋の外に待機するとかですが、まぁ兄さんもいますし、いいでしょう。」

「良かないわよ! 学院の宿直室とかに――」

「おや、自分がいるとまずいですか? 兄さんと何をするつもりなのですか?」

「そ、そういうわけじゃ……」

「エリルちゃんはやらしーからね。」

「お姫様って結構スケベだからねー。」

「……ロ、ロイドくんのベッドにいたりするし……」

「……ほー……」

 三人の言葉を受けてパムの睨みが鋭く……な、何よこれ、こういう感じに睨まれるのはいつもロイドなのに!

「まったく、兄さんがあのゴリラみたいになっていくだけでなく、周りまでこの有り様とは。」

「う、うっさいわね。あんただって前にロイドと一緒に寝たりしてたじゃない……!」

「じ、自分は妹ですから! ああいうのは家族のスキンシップです!」

 途端に真っ赤になるパム。

「でもあのロイドだからねー。妹ちゃんを惚れさせちゃうーみたいなこともありそうだよねー。何年も会ってなかったわけだし、兄妹の感覚も薄れてたりー?」

「しません! ま、まったく、バカなこと言わないでください!」

「そーおー? でもロイドの方がいつものついうっかりで妹ちゃんをもみもみしちゃうってのもあるかもよー?」

「みょっ!?」

 変な叫びで固まるパム。この辺もロイドに似てるわね。

「兄さんが自分を…………とと、とにかく! エリルさんはオズマンドの件、くれぐれもご注意を!」

 強引に話を終わらせたパム。かなりのお兄ちゃんっ子なのは確かで、そのお兄ちゃんがあのロイドとなると……アンジュの言うように、なんかそういうのを考えちゃうわ……

「それにしてもやっぱり王族は大変だよねー。何かと狙われちゃってさー。」

「あんたも似たようなモンでしょ。」

「ある程度はそうだけどお姫様ほどじゃないかなー。あたしのところにはテロリストなんて……あ、そうだそういえば今更なんだけどさー。」

「なによ。」

「あたしよくわかってないんだけど……そのオズマンドって最終的に何がしたいんだろうねー。」

 この国で生活してれば一度は耳にするテロ集団について、一応他国から来たアンジュがそんなことを聞いてきた。

「何ってそんなの、今の政治家を追い出して自分たちが国の指揮をとるんじゃないの?」

「そうだろうけど、その先だよー。具体的にこの国をどうしたいんだろうって話。」

「それは――」

 ……? あれ、どうなんだったかしら。クォーツの家に生まれた者として、自分たちを狙うだろう悪党の名前はよく聞かされて……オズマンドなんてのはそのナンバーワンみたいなモノなんだけど……最終的にこの国を……? そういえば知らない気がするわね。

「痛い質問ですね。」

 アンジュの疑問に、パムは微妙な顔でそう言った。

「テロ集団で、狙いが貴族や王族、国王軍……それだけで連中は「ああ、そういう奴らか」という認識をされますが、その目的――最終目標は、実は誰も知らないのです。」

「誰も? どういうことよ……」

「自分も他の騎士に同じことを聞いたことがありますが、答えられる人はいませんでした。」

「そんなわけ……だってオズマンドって結構前からあるわよね……?」

「そうですね。自分が騎士になってから今までの二年ほどは音沙汰ないのですが、五年くらい前は結構暴れていたようです。」

「とゆーことは国王軍相手に五年も生き残ってるんだー。それはそれですごいねー。」

「いえ……戦闘記録に限らなければ、オズマンドの名前が最初に出てくる記録は今から二十年以上前になります。」

「はぁ!?」

「そ、そんなに昔、から……で、でも、それなのに、わからないことだらけって……ちょ、ちょっと変だね……」

「そうよ……じゃあ連中は今まで一度も自分たちの目的を言わなかったってこと? ていうか二十年も経ってたらさっきの謎の三人も交代してるんじゃ……」

「組織内に序列があるということが判明したのは五年前の暴れていた時期ですし、それ以前の戦闘記録はほとんどありませんから何とも。長い年月の間に組織がどう変化していったのか……もしかすると二十年前はリーダーただ一人だけだったのか……この辺も謎のままです。そこでちなみにですが……リリーさん。」

「なぁに? 言っとくけど妹だからってロイくんはあげないからね。」

「その話はもういいです! さ、さっき闇取引とか言っていましたよね。」

「言ったけど。」

「経歴からしてリリーさんはそっち――裏側に詳しいですよね。オズマンドについて知っていることはあったりしますか?」

「直球で聞いてくるね……まぁいいけど……」

 リリーの割と黒い過去の話は……あたしたちの間ではもう気楽に話せるモノになってるけど、パムまでこうあっさりと聞いてくるとは……ロイド以外には好かれようと嫌われようとどうでもいいって感じね、相変わらず。

「ボクが聞いたことあるのは、オズマンドを目障りに思ったとある悪党が勝負を挑んでボッコボコにされて帰ってきたって話くらいかな。」

「なによそれ。そんなの悪党同士によくありそうなただのケンカじゃないの。」

「そうでもないよ。そのとある悪党っていうのがA級を含む数十人規模の悪党集団で、それをボッコボコにしたのはたった一人だったって話なの。」

「大した武勇伝ですが……やはりわからないままですね。」

「テロ集団って悪党からしたら悪でも正義でもないよくわかんない連中だし、詳しく知りたがる人もあんまりいないから情報屋も調べたりしないんだよ。」


 二十年も昔からある反政府組織で、すごく強いメンバーもいるらしい。なのにやってきた事は大したことなくて、他の悪党に注目を奪われてる。その上最近まで活動休止中だった……

 あたしが言うのもなんだけど、このテロ集団やる気あるのかしらって言いたくなるわ。

 でも……でもちょっと前に、ザビクっていう奴がいた。あいつも前評判の割にはマヌケな作戦で挑んできて……だけどそう思わせる事もあいつの作戦で、たまたまそうだったから良かったものの、最悪ロイドの命が握られ、スピエルドルフっていう強力な力を持つ国が悪党の意のままになってた。

 この今の状況……不透明でよくわからないけどそんなに強そうにも見えないっていうふわふわした認識を、もしも狙って作ったのだとしたら?

 今までの大したことない事件の裏で、誰も気づかない大事件を起こしてたとしたら?


「……大丈夫なのかしら……」

 漠然とした不安を呟いたあたしに、現役の国王軍の騎士であるパムが言った。

「とんでもない強さも隠し玉も、悪党の専売特許ではありません。自分で言うのも――いえ、こればかりはキッパリと言いますが、国王軍は優秀です。」




「あれで大丈夫なのか?」

「そりゃこっちのセリフだ。けが人のクセにこんなとこまで来やがって。」

「なんじゃい、腕が無くなっただけじゃぞ?」

「十分な理由だろうがクソジジイ。」


 せっかくの週末だってのに、私は国王軍が部分的に立入禁止にした場所――ラパンの市街地の中心にあるちょっとした広場に、緊張顔の騎士たちとむかつくジジイと一緒に立ってた。

 今日の朝、セルヴィアから「《フェブラリ》が『滅国のドラグーン』と戦って重症を負った」っつーいきなりな連絡を受け、私は前の職場である国王軍の訓練場をたずねた。確かにあのジジイは左腕が無くなるっつー重症だったが本人はケロッとしていて、あのデブとの戦闘について色々聞いてたら……事件が起きた。

 私もその時知ったのだが、どうやらアルジェントの奴が敵の手に落ちたらしく、朝早くに国王軍の駐屯所の一つを壊滅させたとかで国王軍内がピリピリしていたわけなんだが、そのアルジェントが市街地に突然現れたのだ。


「この国で一番の騎士なんじゃろう? であれば十二騎士が相手をするのが道理ではないのか?」

「相性の問題だ。」


 今の私はただの教師なのだから軍の指示に従ってこの場所からは離れるべきなのだが、筋肉ダルマが「教官はここを頼むぞ!」とか言って私をちゃっかり頭数に入れてこの場所――アルジェントが今まで見たことないくらいの無表情で立ってる広場に送り出しやがった。


「相手が相手だけに手加減が難しいんだが、《オウガスト》や《エイプリル》がバトッたらこの辺が嵐の後か塵灰になる。となると《ディセンバ》になるわけだが、あいつは王の護衛をしてる。」

「代わりがあの平凡な父親風の者と?」

「ああ見えてリシアンサスは強いぞ。」

「そんなのは見ればわかる。わしも伊達に十二騎士やっとらん。しかし見た感じではあちらのピカピカの甲冑の者と実力は同程度。仲間に攻撃を加える事になるこちらの方が精神的には不利な現状、確実な格上をぶつけなければ安心はできんじゃろう?」


 敵の……オズマンドの魔法か、それともこれもさっき聞いたツァラトゥストラとかいう大昔の兵器の力か、操られてるアルジェントが何故か街の真ん中で仁王立ちしている。何もせずに立ってるだけなわけだが、いつ何を始めるかもわからないこいつをそのままにはできない。

クソジジイが言うように十二騎士が対処すんのが確実な方法だろうが、このアルジェントがオトリの類ってのがわからないほど私たちもバカじゃない。むしろ何もしないで立ってるだけなんて、オトリと自分で言ってるようなもんだろう。

 よって私たちは敵の狙いを予想して人員を配置しなきゃならないわけだが、国を乗っ取ろうとかいう連中が狙いそうなモノがこの街にはたくさんある。王城、王家の人間、国政に関わる貴族たち、イメロの保管所、街を守る為の防御魔法が仕掛けてある場所……その重要度に合わせて実力のある騎士を配置していくと、この何もしないで立ってるだけのオトリ丸出しアルジェントの相手ができる者は限られてくる。

 でもってここは市街地のど真ん中。一応セルヴィアが時間を巻き戻すという手段はあるが、建物への被害は最小限にしたい。

 そこでアルジェントの相手に選ばれたのが『シルバーブレット』こと、トクサ・リシアンサス。私の生徒のローゼル・リシアンサスの父親であり、そのまんま休みの日のお父さん風の気の抜けるオヤジは、二十センチくらいの棒を片手にアルジェントの前方十メートルほどに立っている。


「あー……アルジェント、私です、リシアンサスです。わかりますか?」

「……」

「こんなに無口で無表情のあなたは初めて見ますね……意識はあるのでしょうか。何か――」


 と、そこでアルジェントの腕が動く。剣を抜き、そこから光の魔法が放たれ――る前に、アルジェントの手は弾かれた。剣を振る途中で中途半端に止められたアルジェントは一瞬バランスを崩したがすぐさま剣を構え、仁王立ちから臨戦態勢へと移行した。


「周囲の建物などを気にしない一撃でしたね、今のは。普段のあなたならあり得ない。」

「!! ――はあぁっ!」


 だんまりだったアルジェントが気合と共に先ほどよりも速い剣と魔法を繰り出す。しかしそれが放たれるよりも前に足元に生じた衝撃によってアルジェントは踏み込みを崩されて倒れそうになった。


「アルジェント、あなたは私よりも強い。しかし今のあなたはあなたではない誰かに身体を支配されている。あなたの強さはあなたの信念に基づくモノ、それにフタがされているのならば――私にも勝機はある。」


 のほほんとした雰囲気が一変、リシアンサスの顔が戦闘モードのキリッとしたモノになると、周りに控えている他の国王軍の面々が感嘆の声を漏らした。そして隣に立つクソジジイは……たぶん拍手をしようとしたのだがそれができない事に気づき、しかしふんと鼻を鳴らしただけでリシアンサスの方に視線を戻した。


「やりおるわ。あの棒の中に仕込んである金属を伸縮させて放つ槍……なるほど、あの速度と精密さで放てるのであれば、相手の攻撃が「攻撃」になる前に動きを妨害できる。この状況にピッタリというわけだ。」


 科学と魔法の組み合わせによってガルドで生まれた特殊金属。それを仕込んだ縦笛みたいな棒っきれがリシアンサスの武器。生徒のリシアンサスの得意な系統は第七系統の水魔法だが、父親であるこっちのリシアンサスの得意な系統は第九系統の形状の魔法。弾丸のような速度で、その気になれば数キロ先まで槍を伸ばすことができる、半分狙撃手のような槍使い。

 初代のリシアンサスのように、その場所から一歩も動かずに相手を貫く騎士――それが『シルバーブレット』だ。


「こういう場合はあなたを操っている人物を倒すことがあなたを元に戻す定石なのですが……どうやら近くにはいないようですね。となると一先ずはあなたを保護しなければならず、そのためにはあなたを一度戦闘不能にしなければならないでしょう。あまり手加減はできませんので結構痛いと思いますが……今度何かおごりますよ。」


 直後、超速の突きが銀色の輝きと共に放たれる。しかし二度も受けてある程度は慣れたのか、それをかわしたアルジェントはリシアンサスを中心にして円を描くように動く。リシアンサスの死角から攻撃しようとしたのだろうが――


「――!?」


 一般的な槍――というか武器とは違ってこれといった構えがない為、腕だけを動かしてすご腕のガンマンみたいな素早さでその銃口というか槍先に走るアルジェントを捉え、リシアンサスは銀の槍を放つ。ギリギリでそれをかわしたアルジェントは第三系統の光魔法で加速し、文字通りの目にも止まらぬ速さでリシアンサスの背後にまわったが、まわった頃には槍が目の前に迫っており、甲冑の上からではあるが、胸部にそれを受けたアルジェントは突き飛ばされた。


「私の事を知っているあなたなら今の速度では足りないこともわかるはずですが……知識や経験にもフタがされているようですね。」


円形のコースを走るなら、外側よりも内側を走った方が速い。何故なら内側の方が距離が短いからだ。そして今、アルジェントが回避や攻撃の為に移動した距離というのは、その軌道の中心に立っているリシアンサスからすればほんの少し腕を動かす程度の距離。二人をつなぐ直線を一瞬で走破する槍を持つリシアンサスを中心に円を描く動きをするのなら、相当なスピードでなければ銀の弾丸からは逃れられない。

 が、そんな事は普段のアルジェントなら理解しているはずで、リシアンサスの言う通り、今のアルジェントは脳みそがすっぽりとどっかに行っちまった状態。これならリシアンサスで余裕――


『あー、やっぱりそんな感じになるのねぇ。』


 聞きなれない質感の声が響く。声の主を探そうと首を動かした瞬間、私たちがいる広場の上空いっぱいに景気の悪そうな女の顔が映像で浮かび上がった。


『もうちょっと深くまで支配できれば良かったんだけどねぇ。アタシの頑張りどころはそこじゃないから軽くでいいって言われたのよ。支配するのも疲れるからねぇ。』


 いきなりの登場に騎士たちがざわつくが、リシアンサスは冷静に女の顔を見上げた。


「……あなたがアルジェントを……?」


 厳しい顔で上を見るリシアンサスを隙ありと見たか、倒れてたアルジェントが起き上が――ろうとしたけど、そっちを見もしないで放たれた槍で転び、再び倒れた。


『やるぅ。えぇそうよ、物足りなくて悪かったわねぇ。今からもう少し面白くするわ。』


 そう言うと女の映像はブチンと切れた。あの顔にはなんとなく見覚えがある。たぶんオズマンドとの戦闘記録で見たんだろう……おそらくは序列上位の……

 っと、それはともかくとして――


「おいジジイ、今の映像の出どころはつかめたか?」

「当たり前のように聞くのぅ……残念ながらあれは魔法ではなく科学を使った映像じゃ。ガルドの機械でも使っているのだろうが……意思の乗っておらん電波はわしには追えん。」

「使えねぇ十二騎士だ。こんなとこにいんだから少しは役に――」


「――がああああああっ!!」


 突如アルジェントの口からは聞いたことのない叫び声があがり、大規模な魔法が発動する時みたいな大きな力の気配と共に、その銀色の甲冑は荒々しい光に包まれた。


「つぇああああああっ!!」

「なにっ!?」


 尋常じゃない速度で放たれる尋常じゃない光魔法。リシアンサスの槍でそらされるも、軌道上にあった建物の屋根を消し飛ばして極大の光が空へのぼっていった。

 いや、つーかリシアンサスの槍が間に合わなかったってのは――!


「あれはまずいぞ、明らかに普通ではない。今の女、あの騎士の無意識化の身体の制限を解除しおったな……!」

「過剰なマナで必要量以上の魔力と筋力でゴリ押し――いくらアルジェントでも身体が持たねぇぞ……!」


 要するに火事場のバカ力ってやつだが、魔法の場合はシャレにならない。元々魔法を使う構造になってない私ら人間は魔法を使うと身体に負荷がかかる。この負荷が一定量を超えると死につながると私は生徒に教えたし、私もそう教わった。

 とはいえ、普通は命にかかわるほどの負荷がかかれば身体が魔法の使用を拒否する。それは痛みだったり極端なだるさだったりするが、とにかく身体の方が止めてくれるからそういうことはあまり起きない。

 あるとすれば、その身体の制御を他人に奪われている場合……!!


「リシアンサス、今すぐアルジェントを止めろ! 最悪死ぬぞ!」


 私の言葉を聞くよりも早く本気モードへと移行していたリシアンサスから十数本の槍が同時に放たれ、アルジェントの次の攻撃モーションを途中で止めた。


「おお、あの槍、あんなにたくさん持って――いや、今のは数魔法か。じゃがそれはそれであの特殊な金属の仕込まれた槍を一瞬で増やすとは……第十一系統も相当使えるな、あやつ。」


 第十一系統の数の魔法。概念系として分類される第九から第十二の中じゃ地味な魔法として見られる系統だが、それを得意な系統とする奴は物事の数値を操ったりするからかなり強い。

 ただ、得意じゃない奴が使うとなると……もちろん例外はいるが、大抵はモノを増やしたりしかできない。しかも複雑なモノになると途端に難易度が跳ね上がるから弓矢の矢とか投げナイフとか、頑張って銃弾くらいが関の山って感じになるんだが、リシアンサスはクソジジイが言ったようにあの特殊な金属を使ってる槍を増やす事ができる。

しかも増やした槍はリシアンサスの手から離れ、サードニクスの曲芸剣術みてーに周囲に浮かせて使う。まぁこっちは位置魔法を使ってるんだが……結果、銀の弾丸は連射可能な状態へと進化する。


「――っ、『スワロ』ォォォオッ!!」

「『封弾』!」


 アルジェントの高速連続斬りとリシアンサスの一斉掃射。剣戟が鳴り響く超速の技の応酬のように見えるが、その実、剣の一撃一撃を振り切る前に槍が全て止めているという、一方的な完封。

 普段のアルジェントであればもっと賢い戦法で攻めるだろうが、今の脳筋状態だとこれが限界らしい。

 そして――


「ここです!」


 そうなるのを待っていた――いや、おそらく槍で攻撃しながらそうなるように誘導したのだろう。アルジェントが特定の姿勢になった瞬間、リシアンサスの槍は軌道を変えた。甲冑の弱点――関節などの可動部のわずかな隙間へと潜り込んだ無数の槍はアルジェントを地面に縫い付けるように貫き、その自由を完全に奪った。


「強化、強化、位置固定! 教官、今です!」


 銀色の槍を強化魔法と位置魔法で頑丈にして馬鹿力を発揮するアルジェントを抑えつけたリシアンサスの合図で私は――


「ほいやぁっ!」


 ――私が――動く前に、揚々と躍り出たクソジジイがアルジェントに電撃を放った。私がやろうとしていたこと――特定の箇所に電流を流す事で気絶させるということをやったクソジジイは片腕のクセに偉そうにふんぞり返った。


「見たか、わしだって役に立つぞ!」

「……さっきの気にしてたのか……」



 クソジジイ――いや、リシアンサスの活躍で一先ずアルジェントを保護した私たちは、状況の確認の為に他の場所の護衛をしている騎士らと連絡をとった。

「ここ……ここも問題なしと……ん、ここもか?」

 騎士を配置した場所で今のところ何も起きていないところを地図上で消していったのだが……おいおい、まさかオズマンドの連中いきなり……!

「なんじゃ、どうした?」

「……各ポイントを守ってる騎士の中で、唯一セルヴィアとだけ連絡がとれない……」

「なに、《ディセンバ》と? どこを守っておるのじゃ?」

「――王の間だ。」




 フェルブランド王国、首都ラパンの中心に位置する王城。国王軍の本部が併設されているゆえに常に多くの騎士によって守られており、また数々の強力な防御魔法が展開されている難攻不落の城。

 過去に何度か国王軍の訓練場に賊が侵入したことがあるが、これは城や街を戦場にしない為にあえてその場所に侵入させるという狙いもあってのことで、それより先――つまり王城内に侵入するには訓練場に入るのとは比較にならない壁をいくつも超えなければならない。

 加えて、今のフェルブランドには《ディセンバ》という戦力がある。第十二系統の時間魔法は、奇襲などの後手にまわってしまった危機的状況を強制的に先手に変えることができてしまう魔法であり、護衛に限らずあらゆる場面で高い応用力を発揮する。その上今の《ディセンバ》は一対一であれば全十二騎士の中で最強と言われるほどの実力者。彼女が一人護衛につくだけで城の防御を超える守りが完成すると言っても過言ではない。

 だが――


「な……ぜ……ど、どうやって……!!」


 国の客を迎える時や国民の代表が王に意見する際などに使われる王の間。豪華な装飾が施された空間に玉座がポツンとあるだけの部屋は今、その広さと構造的な堅牢さから王を護衛する為の場所として機能していた。

 そんな部屋の中で、実質フェルブランド王国に所属する騎士で最も強い《ディセンバ》ことセルヴィアは、王が座る玉座の前に賊がいるというのに身動き一つできずにいた。

 無論、彼女以外にも護衛の騎士はいるのだが、彼らはもっと悪く、もはや蝋人形のようにまばたきもせずに固まっていた。


「そうか、とうとうこの時が来てしまったのか。」


 玉座に座る人物――身分の高い者の華やかな衣装ではなく、位の高い軍人のような服を着た、遠目にはほとんど黒に見えるだろう濃い赤い髪をスポーツ少年のように短くそろえた老人が、睨まれただけで寿命が縮まるような迫力の鋭い眼で目の前に立つ賊を睨んでいた。

 七十を超えてはいるが、老いが全て渋みに変わったのではないかというくらいに威厳に満ちたこの人物こそ、フェルブランド王国現国王、ザルフ・クォーツである。

 それに対し――


「こうして実際に見るとやっぱり違うわね。とても若々しいわ。」


 腕利きの騎士たちが動けない中、玉座の前に一人立っているのは老婆。絵に描いたような腰の曲がった弱々しい姿なのだが、誰もがただ者ではないと確信を得るだろう妙な威圧感があった。

「若々しいか……そなたが言うとただの皮肉にしかならぬ。」

 ほほ笑む老婆を前に国王は頬杖をついてため息をもらした。

「……先代から王位を受け継いだ際、王にのみ口伝されるいくつかの秘密を私は聞くこととなったわけだが、その中にそなたについての事柄が……オズマンドの指導者についての情報があった。」

 国王と老婆を除くとこの会話を聞いている唯一の人物である《ディセンバ》は、そんな国王の言葉に目を丸くした。

「かれこれ二十年、わが国が抱える問題の一つであるオズマンドという組織。その実態を明らかにしようと騎士が手を尽くしているが謎のまま。しかしどうしたことか、王だけはそれを知っていたわけだ。当時の私は何故その情報を明かさないのかと思ったものだが、よくよく聞いて理解した。そなたの存在はこの国の信頼を……いや、最悪今の世界を支える「騎士」という制度を破壊しかねない。」

「小さな悩みね。」

「堤もアリの穴から――国も世界も、皆が思う以上にもろいのだ。そうだろう――」

 長く隠されてきた一つの秘密を、身動きのとれないただ一人の聞き手の為に国王は口にした。


「元十二騎士が一角、《ディセンバ》――アネウロよ。」


 その一言に《ディセンバ》――今の《ディセンバ》であるセルヴィアは驚愕する。対して老婆――アネウロと呼ばれた女性は懐かしそうにほほ笑んだ。

「国王軍に所属し、数々の武勲をたてて十二騎士まで上り詰めたそなたはある日国王にとある進言をし、それが却下されると軍を引退。数十年後、再び国王の――次の国王の前に現れて同じ進言をした。しかして――いや、当然ながら再び却下されると、そなたはオズマンドという組織の長となってこの国に敵対した。」

「そうね……あら、こうして国王の前に立つのはこれで三回目になるのね。」

「前二回とは異なる強引な手……三度目の正直というわけか。」

「悪い顔の悪魔がどんな気まぐれか後押しをしてくれたから……利用する事にしたのよ。」

「報告は聞いている……『世界の悪』がバラまいたツァラトゥストラ――最悪の時代を繰り返そうというのか。」

「そんなつもりはないわ。私の願い――進言の内容も王の秘密で知っているのでしょうからわかると思うけれど。」

「まぁな。」

「これは最後通告――ええ、三度目の正直ね。首を縦にふらないというのなら、力づくになるわ。」

「決まり切った事を。二度ある事は三度あるというだろう? それに私は、全員で仲良くという形ではなく、それぞれが自分に合った枠組みに所属する形こそが平和と考える。人は一人一人違うのだ、アネウロ。」

「そう、残念だわ。」

 そう言うと老婆はくるりと国王に背を向け、扉へ向かって歩き出した。

「……この絶好の機会、悪党であれば私の命を狙う場面であると思うが?」

「あなたの手腕は今後も必要よ。それに、私たちを誰かれ構わず殺しまわる集団と思ってもらっては心外だわ。あくまでも平和的に――力づくにするだけよ。」

「ふん、チャンスを逃したな。二度目があると思うのか? わが国の騎士は優秀だ。」

「そうね。きっと……そう、正面から力比べを挑んでいたら私はこの子には敵わず、こうして話もできなかったでしょうね。」

 そう言ってアネウロは動けずにいるセルヴィアの肩に手を置いた。だがその後ぼそりと、セルヴィアが戦慄するほどの重みでこう呟いた。


「けれど私はおばあちゃん。積み上げてきた時間が違うのよ。」




「よう、どうだ最近、調子は。」

『私にそういうことを聞くな。』

 何をするわけでもなく、暗い部屋の真ん中に置いてあるソファの横で呆然と立っていたフードの人物に、そのソファにボフッと沈み込みながら調子を尋ねるドレスの女。

「誰がてめぇのこと聞いてんだ。ツァラトゥストラの話だバカ。」

『順調だ。大なり小なりの悪党が暴れ出し、オズマンドが本格的に動き始めた。』

「そうかそうか。」

 キシシと笑うドレスの女に、フードの人物がふと問いかける。

『命令に従って今のような状況にしたが、今回のこれの目的はなんなんだ? いつもの暇つぶしには見えないが。』

「んあ? まぁちょっとした実験っつーかお試しっつーか、手始めだ。」

『今一つわからないが……』

 フードの人物がそう言うとドレスの女は非常にめんどくさそうな顔をした。だがそれこそ暇つぶしと言わんばかりにソファにだらりと身を預けると、何故かうっとりとした表情で会話を続けた。

「ロイドは言った。絶対的な悪はいないと。あたいの命令に従うあいつらは悪党だが、あいつらにとってあたいは正義みたいなモノで、あたい自身もまた、あたいの悪にはなりえない。」

『何度聞いても屁理屈じみているが……そうだな。』

「そこであたいはあいつらを殺そうと思ったわけだが……そこでふと思ったわけだ。あいつら以外にもあたいの事を悪のカリスマだとか理想だとか言う連中はいんだろ?」

『ああ。いつの時代にも七人をそろえる事ができたのが何よりの証。紅い蛇とかいう非公式名を悪党のブランドみたいに考えている奴は多い。』

「だろ? だから……まぁ、あたい自身についての問題はとりあえず後回しとして、まずはあたいを自分の仲間とか思っちまう連中を掃除することにした。」

『ふむ……つまりプリオルらが恋愛マスターを探している間に自分以外の悪を滅ぼしてしまおうと。』

「そういうことだ。あいつらはまだ使えるから始末すんのは最後な。」

『なるほど……となるとツァラトゥストラは……悪を釣る為のエサというわけか。』

「ああ。んま、さすがに全部をあたいが始末すんのはめんどいからな。正義の味方におすそわけだ。」

『ん? ではオズマンドにツァラトゥストラを集中的に渡したのはどういった理由なんだ?』

「ちょうどいいと思ってな。」

『ちょうどいい?』

 乙女のようなとろける表情から一変、嫌いなモノを見るような顔で話すドレスの女。

「テロリストってのは半分が正義で半分が悪だ。やってることは悪のクセに、自分たちは正義だとぬかしやがる。んなハンパ連中にはとっとと消えて欲しいわけだが、それでも半分は悪だからな。素早く、しかし派手に散ってもらう為に巻き込んだ。」

『それはいいが……オズマンドが勝利する可能性もあるぞ? 場合によってはご執心のロイドの思想が変化してしまうのではないか?』

「それはねぇな。」

『ほう?』

「連中は半分正義だからな。」

『……?』

 フードの人物が首をかしげるも、それで説明を終わりにしてしまったドレスの女は大きなあくびをした。

『やれやれ。まぁそれでいいと言うなら文句はないが。』

「――ふぁあ……っとそうだおい、アルハグーエ。それはそうとお前、たまには身体を動かさないとだな?」

『? ここ最近のおつかいでそれなりに動いたぞ。』

「バトルって意味だ。あんな雑魚連中じゃ準備運動にもなんなかったろ。」

『……何をしろと?』

「さっき言ったろ? 掃除だよ掃除。楽しそうな奴選んでやっから、ちょっと殺してこい。」

『つまりは悪党狩りか……歪みの混じった正義の味方のようだな。』

「悪を殺すのに正義の肩書きはいらねぇよ。」

『微妙に騎士らに感謝されそうだという話だ。ちなみにどんな奴をターゲットにするんだ?』

「あ? んなのS級の連中に決まってんだろ。」

『……プリオルらと同等の連中を私一人で殺してまわれと?』

「ああ。」

『……あっさりと言ってくれる。』

 大きく肩を落とすフードの人物だったが、ゆっくりと顔を上げて天井の方を向くと少し楽しそうにこう言った。

『だが、悪くない。』

やっちまったようですね、ロイドくん。

何がどれくらいというのはローゼルさんの言葉から想像するしかありませんが……彼女がここまで到達するというかそういう事が起きるとは思いませんでした。キャラが思いのままに走り出した結果ですね……


そしてオズマンドのリーダーのアネウロさんが表に出てきました。

セルヴィアを止めていた彼女の実力やいかにですね。


何気に成長していくコルンと子育てを頑張る犯罪者二人がなんだか面白くなってきました。

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