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騎士物語  作者: RANPO
第六章 ~交流祭~
42/113

第四十話 モテる男の悩み

同じような星の下にいるロイドVSラクスです。

 デルフさんとゴールドさんの戦いは想像以上のモノだった。

我らがセイリオス学院の生徒会長、デルフさんの武器は簡単に言うと「剣の付いた靴」。かかとに付いた短剣くらいの刃を器用に使い、キックに合わせて斬撃も加えていくというのがデルフさんのスタイルなのだが、その強さの理由はそこではない。

デルフさんの二つ名は『神速』。つまり……めちゃくちゃ速いのだ。

デルフさんの得意な系統は第三系統の光魔法。別名速さの魔法と呼ばれるそれを高めに高めた結果、デルフさんはほんの一瞬ではあるが――「光」そのものになれるのだ。

一瞬と言っても一秒で何万キロも移動する「光」なのだから対人戦の距離では充分過ぎる時間で、「光」になっている間は大抵の攻撃が通用しないし、そもそも速すぎて当たらない。

噂によると副会長であるレイテッドさんは第六系統の闇魔法――別名重さの魔法と呼ばれる魔法で「光」と化したデルフさんの動きを鈍らせる事ができるらしいが……それをするだけで相当消耗するらしく、光速を割と何回でも出せるっぽいデルフさん相手では話にならない。そして、そんな闇魔法が使える人は限られるわけで、大抵の人は為す術がない。

卒業したら即上級騎士――セラームになると先生が言っていたけど、それに納得できる……というか最早無敵と言っていい実力の持ち主。それがデルフさん――デルフ・ソグディアナイトという人だ。

その昔、光速の域に達した人がいてその人は伝説になっているらしいから、そうなるとデルフさんは歴史に名を残す一人なのだとオレは驚いたのだが……デルフさんが言うには、どうもその一歩手前に来ただけらしい。よくわからないけど。


 で、そんな誰も勝てなさそうな人と激戦を繰り広げているのはリゲル騎士学校生徒会長、ベリル・ゴールドさん。武器はなく、空気を硬くして様々な形状に固める、通称「ブロック」という魔法を使って戦う魔法主体の人だ。

 基本的にゴールドさん本人は動く事なく、ブロックで相手の攻撃を防御しながらブロックで攻撃するという、さっきのローゼルさんのようなスタイルを持つ。攻撃力もさる事ながら、ゴールドさんの場合はその防御力の高さから『エンドブロック』という二つ名を得ている。

 ただの硬い壁というわけではなく、昨日のカラードとの試合で見せたような衝撃を吸収する技もあり、ブロックの持つ可能性というか、応用力はまだまだ未知数だ。

とはいえ、正直この二人の戦いは一方的……デルフさんの圧勝なのではと思っていたのだが……


「やるねぇ、ゴールドくん。ここまで読み切られると色々と自信がなくなるよ。」

「まだまだ余裕のある顔でよく言う。」


現実にはさっきも言ったように激戦で、しかもどちらかと言うとデルフさんは劣勢だ。

デルフさんが「光」になれるのは一瞬で、一度解除されてから再び「光」になるまでの間にはインターバルがあるわけだが……ゴールドさんは初めの数撃でそのタイミングを完全につかみ、わずかなスキめがけてデルフさんにブロックをぶつけてくるのだ。

その上、キキョウがやっていたような空気の密度差による光の屈折を利用して「光」になったデルフさんの攻撃を外させたりもしている。

結果、思うような攻撃を思うような場所にできないデルフさんはブロックによる猛攻を素の体術でかわしている状態である。

たった数回の攻防でデルフさんの動きを完全に捉えてしまったゴールドさんにはすごいとかの驚きの他に……その頭脳に対する恐怖を感じてしまう。


『その性質、その速度ゆえに触れる事すら出来ずに一瞬で敗北する者が多い『神速』を逆に追い詰めていく『エンドブロック』! そのままですと何が起きているかわからない為、観客の皆さんにはゴールド選手の操る空気が見えるように闘技場の魔法が働いていますが――開いた口が余計に閉じなくなっています!』


実況のパールさんの言う通り、もしも見えていなかったらブロックで攻撃しているのだろうというくらいの認識だっただろうが、具体的にブロックをどう使っているかが見えるようになっている今、ゴールドさんの実力の高さがはっきりと理解できる。

空気の塊を強化魔法で硬くしたモノがブロックと呼ばれるわけだが、硬さも形状も自在なそれを、ゴールドさんはまるで機械の部品のように組み合わせて攻防を繰り広げている。

単純に硬いパーツ、バネのような形のパーツ、ゴムのような弾性を持つパーツ、様々な部品を空気で作り、それをまさにブロックのように組み立て、その時その時で最適な空気の武器を作り上げる……これがゴールドさんの真骨頂――


「『ヘカトンケイル』――まさにゴールドくん好みというかピッタリの魔法だね。百の手は百の選択肢というわけだね。」

「感想は聞いていない。そろそろ次の手に移ったらどうだ、デルフ。」


調子に乗るとか油断するとか、そういうのが一切ないだろうゴールドさんは無表情にパンと両手を叩いた。すると闘技場の中――デルフさんとゴールドさんの試合エリアが青く染まった。

というのも、オレたちにはブロックとなった空気が薄い青色に染まって見えるようになっているからで、つまり今ゴールドさんは――


「周囲全ての空気を硬くした。さぁどうする。」


『『神速』の足が止まりました! 闘技場内の空気が全てブロックと化し、ソグディアナイト選手、呼吸も身動きも出来ずに固まっています!』


これは……あれ、どうしようもないんじゃないか? 「光」になれば硬かろうとブロックは抜けられるだろうけど、闘技場の中の空気全てをブロックにされたら意味がない。そして何もしないでいたら硬くなった空気なんて吸えないから窒息……あ、いや、まだ上があるぞ! セイリオスと同じように、ここの闘技場には天井がな――


「唯一の逃げ道である上に行こうものなら、タイミングを完璧に読んでいるゴールドくんの一撃が落ちてくるのだろうね。」

「息が出来ないというのによくしゃべるな。」


あ、そ、そうか。そんなわかりやすい逃げ道に必殺の一撃を用意しておかないゴールドさんじゃない……うわ、なんか上空にブロックで出来たデカイ腕が見える……や、やっぱり詰みじゃ……


「じゃあご希望通り、次の手だね。とりあえず僕は上に逃げるから、ゴールドくんは全力で撃ち込むといい。」


言うや否や、デルフさんの姿が消えて――間髪入れずに、轟音と共に闘技場の地面に巨大なクレーターが出来た。たぶん、宣言通りに上に逃げたデルフさんに向かって放たれたゴールドさんの一撃の結果だ。タイミングを読まれているデルフさんはこの攻撃をまともに――


「いやぁ、容赦ないね。」


クレーターの中心で周囲の破壊っぷりを見て「うわぁ」という顔をする無傷のデルフさんがそう呟い――え、あれ? デルフさん、攻撃をくらってないぞ!?


「タイミングを間違えた……いや、そもそもなんだその姿は。」


それでも表情が変わらないゴールドさんの質問に、オレはデルフさんをよく見る。突然ツノが生えたとかいきなりカラードみたいな重装備になったとかではないけど……なんというか、ぼんやりしていた。

もともとキラキラしている銀髪が今は明らかに発光しているし、というか服も含めて全身が光っている。そして――輪郭がふわふわしている……?


「あんまり有名じゃないというか、割と危ないから使ってはいけないって言われるタイプの魔法なんだけどね。第三系統と第六系統でそれぞれ「天使化」、「悪魔化」って呼ばれている魔法さ。」

「……古い魔術書で読んだ覚えがあるな。確か扱いとしては曲芸剣術同様、大昔の誰かが提案した考え無しの、しかし困難ではあるが実現できれば常識外れの力となる――そういう類の技だったはずだが。」

「さすがゴールドくん、よく知っているね。」


どうやら知る人ぞ知るレベルの魔法を使っているらしいデルフさんはゴールドさんに……というか観客に対して説明するように話し始めた。


「魔法生物という不思議な生き物はいるけれど、この世界に天使とか悪魔がいるかどうかはまだわかっていない。第三や第六系統にある召喚魔法で呼び出される存在は基本的に術者のイメージの具現化だけれど、歴史上、本物を呼び出した人がいた――なんていう記録もあったりするから完全否定もできない。その不安定なところをついて術者の身体をあいまいな状態にする魔法がこれさ。」

「ほう……本来なら別個体として召喚――いや、具現化するはずの天使や悪魔と言った想像の中の存在を一時的に自身の身体と入れ替えて使うわけか。仕組みとしては形状魔法の『変身』に近いが、存在しないであろうモノの形にする分、強固なイメージと高い技術が必要な魔法だな。その上、魔法で構成されているあいまいなモノに変化させる関係上、魔法行使には最適な肉体になる反面、元に戻れるかどうかという危険を孕んでいる。」

「重ねてさすがゴールドくん、理解が早すぎてびっくりだよ。先生に嫌われていないかい?」


えぇっと? 難しい仕組みとかはともかくとして……要するに今のデルフさんの身体は光魔法や闇魔法の一つである召喚魔法で生み出される天使とか悪魔って言われる存在と同様の身体になっていて……それは身体が魔法で出来ているような状態なわけで……魔法を使うには相性抜群なのだけど、代わりに元に戻れるかどうかっていう危険がある――ってかなり危ない魔法じゃないか!


「そもそも人間が人間の身体で魔法を使うという事に無理があるのだから、それを変質させれば良いという考えは理解できるが……それにしても危ない橋を渡ったな、デルフ。」

「それを目的としたわけじゃないのだけどね。数ある魔眼の中で、特に戦闘において最強と称される能力を持つ魔眼を知っているかい?」

「ユーレックのことか。」

「そうそう。僕はあれを目指しているのだけどね。結局は出来損ないで今は止まっているのさ。」


ユーレック? 初めて聞く魔眼の名前だな……最強の魔眼って一体……


「まぁいいことばかりじゃなくて、例えば呪いとかを余計に強く受けちゃったりもするけど、「光」でいられる時間はちょっと伸びるね。」

「……なるほど。無傷なのは自分がタイミングを外したのではなく、そもそもお前のタイミングがズレたわけか。」


無傷の理由がようやくハッキリしたところで、光り輝くデルフさんはゴールドさんをビシッと指差した。


「光を浴びても物理的な感触を覚えないのと同じ理屈で、「光」になったとしても攻撃する瞬間はいつもの僕に戻らないといけなかったわけだけど……この状態の僕は「光」そのものじゃなくて、「光」の性質を持った身体っていうのを実現できる。つまり、「光」になれる時間よりもさらに短い刹那ではあるけれど、僕は「光」のままゴールドくんを蹴とばせるわけだ。」

「出来損ないと言いつつも、瞬く間ではあるがユーレックの効果は実現出来ている……いや、この場合は件の光速に至ったという騎士の領域か。」

「かの騎士はその状態を数分間維持できたというから驚きだね。もっとも、ユーレックがあるともっと簡単に、かつ長時間そうしていられるという話だから……いやはや羨ましいね。」


身体を「光」にするんじゃなくて「光」の性質を持った身体にする? 「光」だけど触れられる? いよいよわけがわからないぞ……


「さてさて、何度も言うようにこれは危険な魔法でね。あんまり長くこのままでいるとまずいから、制限時間はキッカリ七分。 さぁ続きといこうか。」

「……言う割にそこそこ長くその状態でいられるのだな。」

「何言っているんだい、初めは二秒くらいしかできなかったんだよ? おかげでこうしてゆっくりと会話もできるのだから、大した成長であると褒めて欲しいところだね。」


種明かし……と言えるかは微妙だけど、魔法の解説を終えたデルフさんはすっと姿勢を低くした。


「どれほど硬い壁でも空気である以上「光」は抜けられるし、今の僕はそのまま攻撃もできる。そろそろ次の手じゃないかな、ゴールドくん。」

「いいだろう。『ヘカトンケイル』の上の段階を見るがいい。」



その後、ゴールドさんがデルフさんに対抗するようにこれまたとんでもない魔法を披露し、二人の生徒会長は再びの激戦を繰り広げ……結果、もう一息でデルフさんの魔法の制限時間というところでゴールドさんが大きな一撃を受け、そこで決着となった。

まるで参考にならない五分ちょいの後半戦に唖然とし、オレたちは闘技場の外に出てぼんやりとしていた。

「我らが会長もリゲルもカペラも、あの域に達すると最後は魔法技術の戦いになるのだな……『概念強化』など初めて聞いたぞ……」

「でも三人とも普通に……っていうかかなりいい動きしてたわよ。特に会長の蹴り技は適当なキックじゃない、高い技術を身に着けてるからこそ繰り出せる攻撃だったし……前提にある体術も相当なレベルじゃないとああはなれないわね。」

「オレたち、二年後にはああいうのになってるのかな……」


「それは努力と環境次第ですわね。」


別次元過ぎて軽くショックを受けているところに、そんな次元違いの住人の一人――ポリアンサさんがやってきた。

「……セイリオスっていうすごくいい環境はあるわけだし、あとは努力だけですか……?」

「加えて、あなたたちに目標に合った才能があるかどうか。」

「き、厳しいですね……えっと、どうしたんですか、ポリアンサさん。」

「次の試合、ラクスさんと戦うのでしょう? 一つアドバイスをと思いまして。」

「えぇ? い、今更ですけど……交流祭的にはオレはポリアンサさんの敵では……」

「将来背中を預けるかもしれない同志に意地悪をしても仕方がありませんわ。それに、それ以上に興味があるのです……あなたの真の実力に。」

「そ、そんなカッコいいものは……」

「わたくしに特殊な能力はありませんが、ラクスさんにはあります。ですからどうか、あなたも気兼ねなく出して欲しいのです。わたくしとの試合で出し惜しんだ力を。」

「随分と興味津々なのね。あんたほどの実力があっても。」

オレも思った事を口にしたエリルに対し、ポリアンサさんは「当然です」という顔になる。

「昨日言ったように、『コンダクター』の今現在の欠点を上げるなら、それは魔法技術の低さですわ。ですが……先の試合中、わたくしは感じ取っていました。『コンダクター』の内にある大きな力を。」

「オ、オレから……?」

「魔眼が絡んでいるのでしょうが、強力な魔法が発動する瞬間に感じる大きな魔力の気配に似た何か……きっとあなたには魔眼以外に――いえ、以上の隠し事があるのでしょうね。」

凄まじい読みというか、さすがあれだけの魔法を使う人にはぼんやりにでもわかるらしい。

おそらく、ポリアンサさんが言っているのはオレの中にある吸血鬼としての力だろう。割合としてはほんのちょっと混じった程度ではあるが、そもそも吸血鬼の持つ力が大きいから、わずかでも充分すぎるパワーになる――らしい。

んまぁ、力を引き出すには愛という名の血液とかだ、唾液がいるわけだけど……

「その力を温存しているのか、それとも卑怯に思っているのかはわかりませんが……ラクスさんも相当ずるいですからね。」

「えぇ……イクシードっていうのだけじゃないんですか……?」

「ええ。以前、わたくしはラクスさんと模擬戦をして……一応勝利はしましたが『ヴァルキリア』で辛くも、でしたわ。」

あ、あれといい勝負って……

「こう言っては何ですが、折角の相手ですからね。出し惜しみは勿体無いかもしれませんよ?」

そう言い残し、ポリアンサさんはくるりと闘技場の――観客席の方へ戻っていった。

 でも……そうか。折角の相手……ここらで一度、ミラちゃんの言う愛の力を引き出してみるのもいいかもしれないな。

「むぅ。あの会長、よもやロイドくんに惚れてやいないだろうな。」

「い、いやいや、ポリアンサさんは――えっと、デルフさんが言うにはラクスさんのことが……」

「あー、確かにねー。言われてみればそうかもー。」

 言われてみればそうなのか……オレにはわからない……

「あの会長といい勝負だなんて、相当強いみたいね、あんたの相手。」

「そうだな……」

「あ、あの……ロ、ロイドくん……」

「ん、どうしたのティアナ。」

 おずおずと……いや、大抵おずおずしているけど、ちょっと恥ずかしそうにティアナは言った。

「え、えっとね……い、いつもロゼちゃんとかあ、あたしたちばっかりだから……そ、その、強い人とし、試合する、なら、ロイドくんにもご褒美……が、あってもいいのかなって……」

「オレにご褒美?」

「む。確かにたまには団長にもご褒美が必要だな。」

「それってー……ロイドが試合に勝ったらあたしたちが何かするってことー?」

「いやいやアンジュくん、無理しなくてもいいぞ。ご褒美ならばわたしが代表して――」

「ロイくんてば何して欲しいの? やん、僕はロイくんのお願いなら何でもしちゃうよ?」

「お、女の子が何でもするなんて言っちゃいけません……そ、それにオレは別に――」

 と、きっと大変な事になるだろうと想像して断ろうと思ったところで、提案者のティアナに目が留まった。

「…………そ、それじゃあ……」

「な、なによ、なんかあるの……?」

「うん……そのー……みんなにお願いできるのなら……みんなの手料理が食べてみたいなー……なんて……」

「は!? 手料理!?」

「いやぁ……ほら、オレって七年間も男飯で過ごしてきたからさ、その……そりゃあまぁレストランとかでもたまには食事したけど……誰かがオ、オレ――の為に作ってくれる……ちゃんとした? 料理っていうのに……飢えているのです……」

 割と恥ずかしいお願いな気がしてきて、言い終えたオレは段々と顔が熱く――

「そういえばあんた、ティアナの家に行った時にティアナのお母さんをやらしい目で見てたわね……」

「誤解だ!」

「え、ロイドって人妻が好みなのー?」

「違いますから!」

「ふむふむ、エプロン姿の女子に飢えていると。」

「そういうわけでは――」

 パッと脳裏によぎるみんなのエプロン姿……

「あ、ロイくんてば想像しちゃったでしょ?」

「う……」

 ああ、エリルが睨んでいる……

「んふふー、まーいーんじゃないのー? ご褒美に手料理がいーなんてロイドっぽいし、あたしたちの女子力勝負にもなりそうだしねー。」

「ほう……ここで妻の料理の腕を見ておこうというわけだな?」

「そんなつもりは!」

「しかしそうなると厄介なのはティアナだな……」

 予期せぬ勝負が始まろうとしている中、その実力の高さを全員が知っているティアナが少し困った顔をする。

「あ、あのロイドくん、で、でもあ、あたしは何度か……つ、作ってるから勝負は……」

「いやぁ勝負はしなくてもいいんだけど……じゃ、じゃあお題を決めるとかは? 例えば……えぇっと……オレの好物とか。」

「あんたの? リンゴでしょ?」

「リンゴはどっちかっていうとデザート系だから、この場合はメイン料理かな。つまりオレの好きな料理。」

「あんたの好きな料理…………って何よ。」

「ん? ああそれは――」

「ストップだロイドくん! ここで言ってしまってはティアナが優位なままになってしまう!」

「え、えぇ?」

「そーいえばロイドって、いっつも変な料理食べてるからねー。案外、好きな料理って聞かれるとわかんないねー。」

「珍しいのを食べてるだけですから!」

「ちなみにリリーくんは知っているか?」

「え!? ボクは……も、もちろん知ってるよ! ロイくんの奥さんがそんなことも知らないんじゃ――」

「よし、エリルくんとリリーくんが知らないというのなら公平だろう。今のところ誰もハッキリとは知らないロイドくんの好きな料理を予測し、それを作ってご馳走する――これが今回の勝負だな!」

「ご、ご褒美という話では……」

「もちろんご褒美だとも。ご褒美があるのだからロイドくんは勝つだろう?」

「どんな理屈ですか……というか、ご褒美の話はできればこの試合じゃなくて次の試合にもっていきたいのですが……」

「? それはまた何故。」

「んまぁ……今ポリアンサさんからもアドバイスを受けたことだし、この試合はちょっとお試しにしようかなと。」

「え、ロイくんてば何をお試しするの?」

「えっと……実はね――」


 昨日の夜にミラちゃんから聞いた吸血鬼の話を……あ、愛の大きさで強くなる度合いも変わるというところだけ省いてみんなにも伝えた。ついでに、黙っていると後々面倒な事になりそうなのでゴーゴンさん――ライア・パムブレドさんが魔人族であることも話した。


「正直……カーミラくんの愛の力で強くなるロイドくんというのは見たくないのだが……しかし手にした力を試さないのでは、いざという時にまともに使えなくなってしまうからなぁ……仕方あるまい……」

「ロイくんてばボクがチューしたらパワーアップするんだね!」

「やらしい唇といい、ロイドってどんどんやらしくなってくよねー。」

「き、騎士の学校に……夜の国の人がいる、なんて……び、びっくりだね……」

「う、うん……と、というわけでこの試合はそれを試してみるつもりだから……ご褒美は次の機会ということで……」

「でもあんた、次ってつまりプロキオンの生徒会長との試合ってことよね……」

「そ、そうだけど……ほら、強敵だからこそご褒美が活きてくるん――だよ!」

「もともとそーゆー目的だもんねー。あ、じゃーロイド、あたし料理する時に裸エプロンしたげるよー。それでもっとやる気出るんじゃなーいー?」

「は!? あ、あんた何言ってんのよ痴女!」

「はだかえぷろん? どんなエプロンかわからないけど……なんかやらしい響きだしエリルがこの反応だし……遠慮しとくよ……」

「やらしくないよー。あたしの師匠もよくやってたしー。」

「アンジュくんの師匠は男性なのだろう……いよいよ変態だな。」

「ひどいなー。ていうかお姫様も優等生ちゃんも裸エプロンがどーゆーのかわかるんだー。」

「べ、別に――た、たまたま知ってただけよ!」

「そ、そうだぞ! と、とにかく断って正解だロイドくん! ……まぁ、ロイドくんが望むならわたしはやっても構わないのだが……」

「お、おかまいなく……」



 ちゃんと意味を知っておいた方がよさそうだから「はだかえぷろん」なるエプロンについてはあとで調べるとして、今はラクスさんとの試合である。

 中に入ると、既に闘技場の中心付近で一本の剣を肩に乗せたラクスさんが立っていた。

 時間魔法を使う剣士か……一体どんな戦いを――


『先の試合が生徒会長同士の戦いだったという事で、この二人にも共通点を見るとしたらズバリ、この試合はモテ男対決でしょうか!』


 いきなり何を言っているんだパールさんは!?


『セイリオスの『コンダクター』が美女に囲まれている事は大抵の生徒が噂で知っていることでしょうが、テーパーバゲッド選手も負けてはいません! なぜなら彼は、女子校であるカペラ女学園唯一の男子生徒なのですから!』


 パールさんの紹介を合図に、観客席から女の子の声がわっとあがった。よく見ると闘技場の一部に女の子だけのエリアがあって……たぶん、あそこがカペラ女学園の生徒が集まっているエリアなのだろう、そこからラクスさんへの声援が聞こえてくる。


「やれやれ、『コンダクター』はともかく、俺の場合は仕方のない状況だと思うがなぁ。女子校に男一人、どうしたって目立つもんだ。それをモテてるとは言わないだろ。」

 いやぁ……オレでさえなんとなくそう思って、しかもみんながそうだと言ったから、たぶん間違いない……はずだ。

「ところで『コンダクター』、できれば俺は――プリムラが強いと言ったあんたと正々堂々戦ってみたい。」

「え、あ、はぁ……」

「俺はあんたの技をある程度知ってるが、あんたは俺の技を知らない。自己満足と言われそうではあるが、だから俺はある程度、手の内を明かそうと思う。」

「えぇ?」

 まるでフィリウスのような事を……でもかっこいいな。

「たぶんあんたが一番気になるのは俺の魔法――第十二系統の時間の魔法だろう。経緯は知らないが、今の《ディセンバ》がセイリオスで技を披露したって話だから、さぞかし時間魔法は強力な魔法だと思ってるだろう。相手の時間を止めて一方的に攻撃できるってな。だけど十二騎士はすげぇから十二騎士なわけで、それを基準にはしない方がいい。」

 残念ながら《ディセンバ》さんは手合わせの際、一度も魔法は使わなかったんだよなぁ……

 とは言え……確かに、なんだか時間魔法の使い手ってだけで止めたり戻したり自在なんだろうなぁって思っていたけど……そりゃあ、時間魔法にだって難易度の差はあるか……

「時間魔法にはざっくり三つあってな。簡単なもんから順番に「送り」、「停止」、「戻し」って呼ばれてるんだが……難しさにすげぇ差がある。相当な努力と抜群の才能でようやく「停止」が使えて、「戻し」が使えた日には時間魔法の使い手として名前が残る。」

「え……そんなに……?」

「ああ。だから大抵の時間魔法の使い手は「送り」しか使えねぇんだ。かく言う俺もな。だから…………時間魔法の使い手ってだけで着替えとか風呂場を「停止」使って覗いてるって決めつけちゃダメなんだぜ……」

 ふっと影が落ち、哀愁漂う顔になったラクスさん……ああ……この人もこの人なりに女子校で苦労しているんだなぁ……

「いつかは使えるように――いや、覗く為じゃねぇぞ? 今よりも強くなるって意味で「停止」も使えるようになりてぇところだがな。」

「……ちなみになんですけど、セルヴィア――《ディセンバ》さんは時間魔法の使い手としてみるとどれくらいすごいんですか?」

「直接見たことはないが……あいさつするくらいの気軽さで「停止」を連発できて「戻し」もできるって話だから……言葉は悪いが正直バケモンだぞ、ありゃ。」

 ……いきなり部屋に現れてオレたちを驚かせていたあの行為がそんな高等魔法だったとは……

「ま、てなわけで俺が使える時間魔法は「送り」だけ。もちっとカッコよく「加速」って呼んでるけどな。でもって得物はご覧の通りの剣。要するに俺は、速く動く剣士だな。」

「……その一言で済む人とは思えないですけどね。」

「そうか?」

 ふっと笑うラクスさんからは、もうちょっと他にもある――ような気配を感じる。それにイクシードとしての力……他に何の系統が使えるのかがまだわからな――

「あ、ちなみにイクシードだって姉ちゃんは騒いでるけど、俺が使えるのって今のところ第一系統の強化魔法だけだからな。」

「あ、そ、そうですか……」

 さらりと答えをくれたな……ああ、そういえば。

「あの、これいいですか?」

「ん? ああ、記録装置か。いいぜ。」


『テーパーバゲッド選手の時間魔法講座が終わり、戦闘態勢に移行する両者! 色々とネタバレをしたように見えて実のところ、大事な点はまだ言っていないことを実況故に知っているパールですが――ここは黙っておきましょう! 『コンダクター』も、未だランク戦で見せた片目の魔眼を発動させておりませんが、今度こそその力を出してくるのか! では始めましょう! カペラ女学園二年生、ラクス・テーパーバゲッド対、セイリオス学院一年、ロイド・サードニクス! 試合開始です!』


「加速っ!!」

 開幕速攻、エリルのように一直線にオレの方に飛んできたラクスさん。その声――というか急激な空気の動きを感じたオレは、どんな攻撃かはわからないまま反射的にその場から移動した。

「! これを避けるのか!」

 剣を振り下ろした姿勢で驚くラクスさん。何のことはない、普通に斬りかかって来ただけだったのだが……

 なんだこの違和感は。

「もう一回!」

 再び真っすぐにオレの方へ迫るラクスさんを、オレは一先ず上にあがってこれを避ける。

 いや、軽く避けているわけではなく割と全力で、緊急離脱のような勢いの突風で回避しているわけだが……しかしなんだこのしっくりこない感じは……

 なんというかラクスさんは……確かに速いのだがそれ以上に――早い。

たぶん、この変な感覚が時間魔法の……「送り」なのだ。

「やれやれ……プリムラとの試合を見る限り、あんたとは距離を取っちゃいけないと思って攻撃したんだがな……結局こうなったか。」

…………

……ああ、そうか。ラクスさんは飛べないのか。オレの周りにいる人はなんやかんや空中に攻められる技を持っているから忘れていたけど、そういう技が使えない人だっているよな……

というか、オレだって飛べるようになったの最近だし……

「さてとそれじゃあ……俺も味わうとするか。最強の《オウガスト》が使ったっていう剣術を。」

 上を取られたというのにニヤリと笑ったラクスさんは、剣を構えて攻撃に備える。


 時間魔法……「送り」。ラクスさんは加速と言っているわけだが、この感覚はやはり、速度を加えているのではなくて送っていると言った方がいいだろう。

 高いところから鳥の羽みたいにふわふわしたモノを落とした時、その落下は左へ右へふらふらしながらののんびりとした動きになる。「送り」は、そのふらふらした軌道はそのままに落下速度を上げる……そんなイメージだ。

 動き的にはテクテク歩いてるだけで体力も相応量しか使っていない状態あっても、「送り」を使うことで走った時と同じ速度を得られてしまう。その上戦いにおいて言うのなら、相手の踏み込み具合と実際の速度が食い違うせいで物凄い違和感になる。

 これは近距離――ラクスさんの剣の間合いで戦ったりなんかしたら、色んな動きがちぐはぐでまともに戦えないだろう。とりあえず、今の距離をキープする方向で頑張ろう。


「それじゃあ行きますよ。」

 手を叩き、剣を増やし、曲芸剣術の準備を整えたオレは腕を振り下ろした。

 まずは全方位からの同時攻撃。どう避ける!

「減速っ!」

 え、げ、げんそく!?

「――うおっ!!」

 ラクスさんは回転剣の攻撃を縫うように移動してオレの全方位攻撃から抜け出す……

 え、というか今――減速と言ったぞ? しかも確かに、いつものように飛ばしたはずの回転剣がラクスさんの近くで……ノロくなった。

 ということはつまり……

「やれやれ、減速したってのに剣は速すぎて見えないままか。どれだけの速度で飛ばしてんだ、それ。」

「……「送り」って、早送りだけじゃなく、遅送りもできるんですね……」

「まぁな。」

 先入観というかなんというか……二倍速が出来れば二分の一倍速もできるって事か。

 自分自身の加速とオレの攻撃の減速。オレ自身を減速させられると厄介そうだけど、そもそもそれは可能なのかどうなのか。リリーちゃんの位置魔法みたいに生物を操るのは難しい――とかあるかもしれない。

 生物云々はともかく、時間魔法の及ぶ範囲も気になるところだ。前に戦った時間使いは学院の敷地内の時間を「停止」させていたし、今のラクスさんの減速も、ラクスさんに近づいた剣だけ遅くなっていた。となると時間魔法というのは基本的に範囲魔法なのか……

 とにかく、さっきの説明だけじゃわからないことがまだ多いけど――この試合はそれを知るためのモノでもあるのだから、色々試してみるべきだろう。

 とりあえず――

「――攻撃あるのみ!」


『第十二系統の使い手は四校を合わせても数人いるかいないかという割合! さすがの『コンダクター』もこの特殊な魔法に色々と驚いているようですが――あっと攻撃再開! サードニクス選手の指揮の下、回転剣が銀閃のみを残して宙を舞います!』


「ぬおおおおおっ!」

 一定の距離を保ちたいオレと接近戦に持ち込みたいラクスさんなわけだから、剣を飛ばしながら逃げるオレを剣を避けながら追いかけるラクスさんという構図が出来上がる。

飛行する術はないかもしれないが、強化魔法が使えるのだからオレがいる高さまで跳躍してくる可能性は十分ある。なのでちょっと卑怯かもだけど、曲芸剣術を繰り出しながらの高みの見物という感じにオレはなっていた。

「だあっ!? ――っと! やれやれ、こんなんを平気な顔でさばいてたのかプリムラは!」

 と言いつつも、今のところ一撃も受けてはいないラクスさん。さっきよりも魔力を込めているのか、オレの剣の減速具合がかなり大きい。一瞬ではあるが、ラクスさんの手前に来ると、回転剣はまるでいきなり粘っこい液体の中に突っ込んだみたいに遅くなって――というか遅くなりすぎてパッと見では「停止」しているように見えるほどで、そのスキにラクスさんは剣の渦を抜けていく。

加速と、あとたぶん強化魔法も使って身体能力を上げ、それでも避け切れないと判断した時だけ減速している――という感じだろうか。


『『コンダクター』の猛攻を時間魔法で切り抜けるテーパーバゲッド選手! しかし時間魔法は強力な反面、消費するマナも身体への負荷も他の系統に比べて大きいという欠点があります! このままではジリ貧でしょうか!』




「初見であれ体験済みであれ、ロイドくんの曲芸剣術に対抗できる技というのはそこそこ限られるからなぁ。」

「うむ……先のカペラの会長のような達人クラスの技術、リシアンサスさんのような全方位防御、会長のような速さ……その辺りが無ければ厳しいだろうな。」

 今までの相手が変過ぎたっていうか、規格外の連中ばっかりだったっていうか、ロイドと試合をしたら大抵はこういう状態になるわよねっていう状況……飛んでるロイドが一方的に剣を降り注がせる光景を眺めて、ローゼルとカラードが難しい顔をした。

 前の試合――生徒会長同士の試合は観ないやつの方が少なくて、当然いたカラードとアレキサンダーの強化コンビとかたまって、あたしたちは観客席に座ってる。

「ロ、ロイドくんの剣、ど、どんどん速くなっていくもんね……さ、最近、あ、あたしの眼でもたまにお、追い付けない……くらいだよ……」

「それだけロイドの魔法の技術が上がってきてるってことじゃないかなー。その内剣に反射する光も見えなくなって、何も見えないのに気付いたら細切れってこともあるんじゃないのー?」

「いや、あいつ自身も相当な速さだからな。しまいには何にも見えない中でいつの間にかバラバラにされんじゃねぇか?」

 強面のアレキサンダーが小さい子供が泣き出しそうなしかめっ面でうなる。

 ロイドの回転剣は遠心力の分、生半可な攻撃じゃ防ごうにも弾こうにも逆に自分の武器が飛ばされる威力があるわけだけど……今のところは、まだあたしのパンチとかキックの方が威力あるからなんとかロイドに近づける。それがまだまだ速くなる上に吸血鬼の力ってどういうことよ。

 まったく、あたしのライバルはいつもいつもあたしを焦らせるわ。

 ……まぁ……ありがたいんだけど。

「……んん? あの対戦相手段々と……」

「? なによ。」

 ロイドも含めて、このメンバーの中じゃ一番体術がすごいカラードが興味深そうな顔をした。

「減速を使う間隔が長くなってきている。」




 ジリ貧……んまぁ、普通に行けばそうなるだろうけど、どうにもラクスさんからはまだ余裕が感じられる。宣言通り、曲芸剣術を味わっている……のかもしれない。

 というかなんだか……ラクスさんが「減速」と叫ぶ回数が減ってきている気がする。オレの攻撃に慣れてきた……? 段々と見切られてきたのか?

「――っとと、やれやれようやくだ、なっと!」

「!」

 回転しているから弾きにくいとみんなからぶーぶー言われる回転剣が、的確な角度と場所を狙った一振りに飛ばされた。

 完全に見えているらしい。魔眼ペリドットを持つティアナが「速い上に数が多いから大変」だと言っていたけど、ポリアンサさんみたいに全部弾ける人もいるわけだし……ラクスさんがそれぐらいの達人である可能性は十分ある。

 しかしなぜか……しっくりこない。

「どうした『コンダクター』、休憩か?」

 ……ん? ラクスさんが構えを崩したぞ? 確かに、剣が弾かれた時点でオレは手を止めているけど……回転剣はまだラクスさんの周囲を回っている。ラクスさんからしたら、いつ攻撃が来てもおかしくない状況のはず。だというのに今のラクスさんは完全に息を抜いている。

 オレの攻撃が見切れるから? いや、そうじゃない……これは……

「ああ、そうか。」

「ん?」

 ふと合点がいった。なるほど、そういうことか。どうりでしっくりこないわけだ。

「……昔、フィリウスとこんな話をしました。」

「フィリウス……ああ、今の《オウガスト》か。どうしたいきなり。」

「戦闘経験がまだ浅い頃、隣で戦うフィリウスが、何人に囲まれようともいつだって無傷で全員を倒してしまうのを見て……どうやったらそんな事ができるのかと聞いたんです。そしたらフィリウスは言いました。相手の足の向きとか目線とか、そういうので動きを先読みしてるんだと。」

 んまぁ、今思えば第八系統の使い手であるフィリウスには、相手の動きが空気の流れでわかっていたというのもあるのだろうけど。

「だからオレは言いました……それを極めに極めて、相手が足の向きとか目線とかを動かす前に――つまり未来が見えるようになったら無敵だな、と。」

「……」

「でもフィリウスは難しい顔でこう言いました。先読みのさらに上、未来が見えるなんて能力は確かに便利だし強力なんだろうけど俺様は欲しくない。なぜなら……そんな能力を得たらきっと、俺様は戦闘中のどこかのタイミングで――油断してしまうから。」

「!」

「ラクスさん、あなたには未来が見えているんですね?」

 ざわつく観客席。ただし、カペラ女学園の生徒がかたまっている場所はしんとしていた。

「……でもって、まさに今の俺が油断してる状態ってことか。やれやれ、まいったな。そういえばプリムラにも似たような事を言われた気がするな……この眼で未来を捉えた後が大切だと。」

 目を閉じ、そしてすぅっと開いたその奥には、黒い瞳の中にぼんやりと白い光の見える眼があった。

「マーカサイト。第十二系統を得意な系統とする者にしか発現しない魔眼だ。効果はあんたが言った通り、未来を見ること。」

「……さっきようやくって言っていましたから、未来を見るにはある程度の時間が必要なようですね。そしてそうであるなら、見える未来は一定の範囲か対象か……ある程度限られる可能性が高い。今回で言うなら曲芸剣術の軌道だけ――とか。」

「そこまで……やれやれ、曲芸剣術が見えるようになってここから反撃ってところだったんだけどな。言葉には気を付けねぇと。」

 苦笑いのラクスさんは観念したような顔でやれやれと呟く。

「その通りだ『コンダクター』。この眼で見える未来の範囲は一つの事のみ。誰かとポーカーをするとして、五分もすれば相手の役がわかるようにはなるんだが、かと言って、例えばその相手がいつ勝負を降りるとか、くしゃみをするとか、んなことはわからない。これと決めた事象をそれぞれによりけりの時間、じっくりと眺める事でその事象の未来を把握する。これが別名経験則の魔眼と呼ばれるオレの眼の能力だ。」

「……そこまで説明してもらわなくても……」

「もうこの眼は使えないからな。この後、あんたは違う方法で攻撃を始めるだろ?」

「んまぁ……」

 そういやフィリウスはこうも言っていた……未来が見える奴は未来が見えるって事が相手にバレた時点で終わりなんだぜ? と。あれはこういうことか。

「あんたから曲芸剣術っつー攻撃手段を奪った。それで良しとするぜっ!」

 剣を構えなおしたラクスさんは間髪入れずにオレの方に跳んできたが――

「どわっ!」

 オレはそんなラクスさんに風をぶつけた。剣を飛ばせないなら相手を飛ばす。火とか水みたいな自然系の系統の使い手相手だとなんやかんやで対策を取られてしまうのだが、ラクスさんはそうじゃない――この戦法が効くはずだ。

「『グラーヴェ』ッ!!」


『銀閃の渦から一変、文字通りの嵐が吹き荒れております! 観客の皆さんにはその風が見えるようにいたしましょう!』




 実況のパールがそういうと、さっきの試合みたいに空気の動きが薄い青色で見えるように……ってなによこれ。

「これは恐ろしいな……上から下に一直線、それも凄まじい速さと範囲で風が滝のように落ちている……ロイドくんはこんなのをコントロールしているのか……」

「ロイドの周りの風もすごいねー。剣を回す為の風ってあんなにきれいに動いてたんだー。」

「対戦相手が膝をついたまま動けずにいるな。それほどの強風……リゲルの会長のように空気を硬くする技をロイドがマスターしたらとんでもない事になりそうだな。」

「ぺしゃんこにされるわね……」

 今までのを見た感じ、あいつの減速は範囲魔法。ロイドが浮いてる場所以外の全てに落ちてくる強風の中じゃ使っても大した意味はない。風の中を進んで術者のロイドに攻撃するのもあの様子じゃ無理そうだし……これは詰みかしら?




「っおおおおおお!!」

 オレの『グラーヴェ』に強化魔法で対抗して倒れずにいるラクスさんだが、オレもオレで結構全力だ。時間魔法が一定範囲にのみ効果のある魔法だとしたら、風は闘技場全体に落とさないと抜けられてしまうからだ。

 曲芸剣術が見切られた今、オレの攻撃方法はこの風のみ。第八系統の中にはカマイタチのようなモノを発生させる斬撃技もあるらしいが、オレはまだそれを使えない。よって、ラクスさんの間合いであろう近距離の外からダメージを与えるには風で飛ばして床とか壁に叩きつけるくらいしかないが……強化魔法で身体を強くしているラクスさんにどれほど効果があるか。

 よって、ラクスさんが動けない今、剣を当てて勝負を決める――か、そこそこのダメージを与えないとまずいことになるだろう。

 動けないなら、未来が見えても関係な――

「こ、この状態の俺に、落下する強風に乗せて剣を降らせるとは――っ、意外と残酷だな『コンダクター』。」

 ――! 本当に見えている……剣を使った攻撃――曲芸剣術として数えられる行動は全て見えているのか……!

「だけどそれをやられると確かに試合は終わる……っつあ……だから……あんまやりたくないんだが仕方ないよな……!」

 強風の中、重そうに剣を構え、膝をついている状態から突撃の姿勢になったところでラクスさんが叫んだ。


「減っ速っ!!!」


 その瞬間、オレが操っている風の全てが遅く――感覚的には重たくなった。

 まさか闘技場内の全てを包む範囲で減速の魔法を!?

「おおおおおおっ!!」

 強化と加速で、この試合が始まってから一番の速さで迫ってくるラクスさん。風で自分を押して回避するのも、回転剣を前に持ってきて防御するのも、いかんせん周りの風が全部重くて間に合わない。

 ならせめて――!!

「もらったぁぁっ!!」


『あー! ついにこの試合初のクリーンヒッ――っとこれはー!?』


 …………

 ……痛っ……!

「――っ……やばかったな……」

 肩から脇腹の辺りに向かってまっすぐに痛みが走り、ついでに地面に落下した時の衝撃が背中に広がって、オレはダブルの痛みに歯を食いしばっていた。上手に受け身が取れたのかたまたまか、頭をゴツンとしなかったのは幸い……いててて……

「んま……浅くはないけど致命的ってほどの深さでもない……か……」

 血は出てないけどものすごく痛い胸やらお腹やらを抑えながらよろよろと立ちあがる。すると視界の隅っこで……

「ぅおえ……」

 オレ以上のぐらつきで壁に手をついているラクスさんが見えた。




「す、すごい……間一髪だった……よ……」

 青い顔で悲鳴をあげるリリーはともかくとして、二人がふらふらの状態で立ち上がったあたりで、速くてよくわからなかった一瞬の攻防をあたしたちよりもよく見えてるティアナが説明してくれた。

「なるほど、あの対戦相手が一撃を振り切る前に、減速魔法が解除されてしまったわけか。故に途中から風の影響を受け、その一撃はクリーンヒットにはならなかった。」

「逆に言やぁ、あとほんの一瞬でも減速魔法が続いていたらロイドの負けだったわけか。ギリギリだったな。」

「しかしさっきまで自分の周囲しか減速させていなかったというのに、ここにきて闘技場全体で減速をかけてくるとはな。魔法の負荷を考えるとこの一撃で決めるつもりだったのだろうが……ロイドくんの運が勝ったというか彼の未熟が届かなかったというか……決めきれなかったな。」

「でもさすがロイドだよねー。おっそい空気の中でもちゃんと反撃の風を用意しておくなんてさー。ロイドが斬られたと思ったら、斬った人が明後日の方向に飛んでくんだからビックリだよー。」

 試合が行われてる闘技場の真ん中の広場全体に減速がかかり、ロイドの『グラーヴェ』が遅くなった瞬間に跳躍したラクスはそのままロイドに斬りかかった。全部の風をノロくされて回避も防御もできないロイドは空中で完全な無防備。実況のパールが言ったようにクリーンヒットになるはずだったんだけど……そこで変化が起きた。

 ラクスが跳躍してからロイドの目の前に来るのは一瞬の出来事だったんだけど、ラクスの減速はその一瞬しか継続しなくって、剣先がロイドの肩に入ったあたりで解除されたらしい。ロイドの間近だから『グラーヴェ』からは抜けてたかもしれないけど、そもそもロイドの周りには剣を回す為の風が――剣が見えなくなるくらいの強風が常に吹いてる。それを受けた事でラクスの渾身の一撃は中途半端な一振りになって……ローゼルの言うように決めきれない一撃になった。

 そして、剣を振った後の姿勢で空中にいたラクスは、ロイドのとっさの反撃を受けてふっとばされ、壁に叩きつけられた。ロイドお得意の螺旋の風でぐるぐると回転しながら。


『強化魔法によって叩きつけられた際のダメージはなさそうですが、非常に気分の悪そうな顔のテーパーバゲッド選手! 『コンダクター』との試合では酔いへの対策が必須かもしれません!』




「減速を連発すんのだってあれなのに……う……あんな範囲で使ったのは初めてだ……戦闘中に吐きそうになったのも……おえっ……」

 何かが出そうになるのを苦い顔で我慢するラクスさんは隙だらけで、攻撃するならチャンスなのだが……まだ痛みに慣れない……

 フィリウスがくれた剣があった頃はすぐに傷が治っていったけど……んまぁ、これが本来だよなぁ……いてて。

「ったく、やれやれ。大抵はマーカサイトの力で苦戦してくれるんだけどな……プリムラが言うだけはあるってか。こりゃあマジで行かねぇと。なぁ、『コンダクター』!」

 無理矢理に背筋を伸ばしたラクスさんは手にした剣をぐいっと前に出した。

「あんたにはこの剣、どう見える?」

「……どうと言われましても……」

 ラクスさんの剣……平均的な長さでちょっと頑丈そうに見える片刃の剣だが……

「っと、そうか、こうしないとわかんねぇか。姉ちゃんすまん。」

 そう言って剣の腹の部分を指でなぞるラクスさん。すると剣が一瞬光に包まれ、そしてガラスが割れるように光が砕け――

 !? なんだ……この感じは覚えがあるぞ……?

「この剣の事を知ってんのは――まぁ事件やら偶然やら色々あってプリムラとかだけだ。本来は誰にも知られないようにしろってのが姉ちゃんとの約束だったんだが……あんた相手じゃ仕方ないって事で。」

 外見は全く変化ないその剣を、ラクスさんはさっきよりも軽々と振り回して構えなおした。

 これと言った装飾もないし、言ってしまえばどこにでもありそうなその剣からにじみ出る迫力。強い人と向き合った時に感じるオーラのような気配……まさか!


「この剣は、ベルナークシリーズだ。」




「ベルナークの剣だぁ!?」

 ラクスの一言にざわめく観客席。でかい声で叫んだアレキサンダーと無言で目を丸くしたカラードが身を乗り出してその剣を見つめ、あたしたちもラクスの剣に目を向けた。

「ベルナークシリーズ……かの国の騎士団長の代々の武器……その全てが武器として最高性能を誇っており、誰が持っても手になじむという……あのベルナークか!?」

「あ、あたしも知ってるよ……おじいちゃんたちガンスミスの間でも……ベ、ベルナークシリーズの銃を探してあっちこっち旅、してる人がいるって……」

「それをたまたまゲットした平民が、一代で立派な貴族になったって話もあるよねー。」

「まー、あれって売るとすごいからね。」

 リリーは商人としての興味しかなさそうだけど……またとんでもない武器が登場したわね。クォーツ家に何個かあるって聞いたけど、どれも国宝みたいな扱いだし、使うにはいくつも許可をもらわないといけなくて……個人持ちしてるのなんてほんの一握りのはずよ。

「なんという事だ……以前アレクとロイドと行ったいつもの武器屋に飾られている一本しか見たことがなかったのだが……まさか生徒の一人が持っているとは。しかも剣とは……剣を武器としている騎士は多いから、これが知れ渡れば大事だろうな。」


『ここにきて大展開です! まさかのベルナークシリーズ! 伝説の武器をこんなところで見る事ができるとは思いませんでした! そして、そうなると気になるのは例の噂でしょう! 曰く、選ばれた者がベルナークの武器を手にした時、武器は真の姿になる!』




「ああ、それ――うっぷ……それな、正確にはベルナークの血筋が手にすると、だ。」

「血筋……えっと、その伝説の騎士の家系のって事ですか……?」

「そうだ。ベルナークシリーズにはベルナーク家の紋章が刻まれててな。そこに血筋の者が触れると武器が変形するんだ。」

「……まさかラクスさんが……?」

 オレの問いに闘技場内の全員が息を飲んだが――

「んなわけないだろ。だいたい俺がそうなら姉ちゃんもそうなんだから、そっちの方が有名になるはずだろ? 姉ちゃん強いから。」

「そ、そうですか。それはよかっ――」

「だが、ちょっとしたズルならできる。」

 ほっと一安心かと思いきや、ラクスさんは不安になる事を言った。

「昔……俺がガキだった頃、ちょっとやんちゃして大ケガしてな。割と死にそうなくらいに血が出たんだが、ある騎士が俺に血を分けてくれたんだ。んで、その騎士ってのが実はベルナークの家系の人でな……以来、俺の身体にはベルナークの血が流れるようになったんだ。」

「えぇ……」

 思わず声が漏れた。これはやばい話の流れだ……

「もちろんそれだけでベルナークシリーズは反応しないし、そもそも血筋の人でも発動させるにはクリアしなきゃいけない条件がたくさんあるんだが……」

 言いながらラクスさんが取り出したのは、首から下げて服の下に隠していたらしい指輪。

「俺の身体に流れるベルナークの血を――要素を強化魔法で底上げし、このマジックアイテムで条件を騙し、それでようやくほんの一瞬発動する真の姿を減速で延長させる事で――」

 指輪に指を通し、その手で剣を握りなおしたその瞬間、ラクスさんの剣は閃光を放って――


「俺は、この状態に到達できる。」


 光が収まり、その向こうに現れたのは――青色の巨人。青く透けた身体は上半身のみ。幽霊のようにラクスさんの背後に浮かび、全身があったらフィリウスでさえ軽く超える大男だろうと予測できるその幽霊には腕が六本あり、その一本一本が大きく反り返った巨大な剣を手にしていた。

「ベルナークシリーズの真の姿ってな。さぁ『コンダクター』、次はあんただぜ? プリムラの言うあんたの本気は、今が出しどころじゃないか?」

 ニヤリと笑うラクスさんだが……少し辛そうな顔をしている。よく見れば青い巨人には時々故障しているかのような電流が走り、たまにその像がぶれる。そうとう無理矢理にこの状態をキープしているのだろう。

 だがそのかいあってと言うか何というか……試さなくてもわかる。あの青い巨人の剣はオレの回転剣を抵抗なく切断してくる。もしかしたら風も切り裂かれてしまうかもしれない。

 剣として――刃物として。斬るという事の究極の形……そんな仰々しい表現をしてしまうくらいの気配。

 これはいよいよ――いや、今こそ試す時だ。

「……わかりました。」

 オレは、ポケットから小瓶を取り出し、ふたを開けた。


『おーっと! 『コンダクター』が何かを取り出しました! あれは――まるで血のように見える赤い液体です!』


 吸血鬼の力を引き出すにあたり、このミラちゃんの血は飲めば飲むだけ力が出るらしいのだけど……さすがに最初の一回目にガブ飲みするのはおすすめしないと言われた。初回はせいぜい、この瓶のふた程度。


『小瓶のふたに液体を注ぎ、それを――飲みました! 一体何が起きるのでしょうか!』


 血の味。スプーンとかをなめた時の味。つまりは鉄の味。とろりとした舌ざわりのそれが喉を通ってオレの中へ……いや……なんだろうこの後味は。

 ちょっとおいしい気がするぞ?




 カーミラに渡された小瓶。その中に入ってるカーミラの血液を少し飲んだロイド。一瞬の間をおいて、突然ロイドの周りに風が――黒い風が吹き荒れた。


『これはー!? 黒い風が――いえ、これは黒い霧! 黒い靄が渦巻いて『コンダクター』を包み込み――あ、あれはー!?!?』


 半分叫んでるだけの実況だけど無理もないわ。数秒見えなくなったロイドが、いきなり霧散した黒い霧の中から再登場した時、その姿……っていうか色合いは大きく変化してた。

 セイリオスの制服は白を基調としてて、ところどころに黒いラインが入ってたりはするけど、遠目には真っ白な服に見えるくらいに白い。そんなセイリオスと言えばってくらいの扱いになる白い制服が……シャツから何まで、とにかく真っ黒に染まっていた。




 力がみなぎるのを感じる。感覚が鋭くなるのを感じる。世界が……広がっていくのを感じる。

 身体のあちこちにパワーを感じ――うわ、制服が真っ黒になってる!

 そうか、これがミラちゃんの言っていた「闇」か……んまぁ、それはこのあと試すとして……確かミラちゃんはこうも言っていた。吸血鬼の力を行使するというのならそれになりきらなければならない……その力を持つことを当然と認識しなければならない。

 よし、オレは吸血鬼吸血鬼……そうだ、まずは形からだ。折角服が黒くてそれっぽいんだからあとは……あ、マント、マントがあるとそれっぽいぞ。あと吸血鬼と言ったら……なんとなくおでこが広い髪型のイメージだ。でもって高貴な感じ……かな?




 いつの間にか発動してる魔眼ユリオプスのせいでオッドアイになってるロイドは真っ黒な服でぼぅっと空を眺めた後、急に髪の毛をあげてオールバックにした。それと同時に首のあたりから黒い霧がモヤモヤと出てきてマントみたいになって……なんかザ・吸血鬼みたいな格……好に……

「……?? な、なんであたし急にドキドキして……」

「エリルくんだけではないぞ……」

 まわりを見ると、ローゼルたちの顔が少し赤くなってた。

「ロ、ロイドくんの……吸血鬼として、の力が上がった……からなのかな……も、もしかしてロ、ロイドくんの唇の魔法の力も……」

「お、おそらくティアナの予想通りだろう……唇どころか姿を視界に入れるだけでドキドキする……あぁ……」

「な、なんて迷惑なパワーアップよ……!」




 わ、プリオルからもらった剣も真っ黒になってるぞ。持ち手も刃も同じ色だと、なんか十字架みたいに見えてくるな……とりあえずいつもみたいに増やし――うわ! ものすごい増えた!


『隻眼の魔眼は噂通りとして、スタイリッシュな髪型に黒服黒マント! なにやら吸血鬼のようになった『コンダクター』、手を叩くことで増える剣を宙に放り投げて――おっと、今回は指を鳴らしてクールに――!?!? い、一瞬で剣が数十――いえ、百近い数に増えました!』




 自分でもびっくりしてるみたいだけど、すごい数に増えた黒い剣がまわりに突き刺さって、それが十字架みたいに見えるせいでちょっとした墓地みたいになった真ん中で、ロイドはごほんと咳ばらいをして――たまにやるカッコつけをした。


「――お望み通り、これよりプログラムは第二楽章。どうぞご堪能下さい。この『コンダクター』のノクターンを。」


 一気に盛り上がる観客席。むかつく事に女子のキャーキャー言う声が結構聞こえるわね……

「ロイドってちゃんとすれば結構イケメンだからねー。で、今まさにちゃんとしちゃった上に雰囲気バッチリでやばいんじゃなーいー?」

「ぐぬぬ、これではまたロイドくんに惚れる女子が……」

「きゃー! ロイくんかっこいいよー! こっち向いてー!」

「トラピッチェさん、あまり乗り出すと落ちるぞ。」

「んだあのかっけーの。イカしてんなー。」

 何も知らなければ、なんか吸血鬼っぽくなったくらいの認識でしょうけど……実のところ、本当に吸血鬼になってんのよね、あいつ。




「こりゃまた……想像以上だな、おい。」

「想像以上という話だとラクスさんも大概ですが。」

「俺のはちゃんと説明したろ? ベルナークって。でもあんたのそれは……一体何なんだ? 俺、この状態になると魔法的な感覚も鋭くなんだが――尋常じゃないぞ、今のあんた。」

「そ、そんな青い人背中に出してる人に尋常じゃないと言われましても……」

 なんとかかんとか吸血鬼の話題に到達する前に話を進めようとするオレに対し、ラクスさんはしばらくオレを眺めてはぁとため息をついた。

「……ま、とりあえずはじめっか。俺も長くこのままじゃいられないしな。」

「そうですね。」

 剣を構える……というと少し変だが、青い巨人が六本の剣を構えてラクスさんは姿勢を低くする。

 オレは曲芸剣術をするんだが……ああ、全部で百五十。さらりと剣の本数が把握できるくらいに周りの空気に意識が浸透している。いつもより多いのにいつもより楽に剣が回せるし……速い。


『大展開! 突如として明かされたベルナークシリーズ、その真の姿として六刀流となったテーパーバゲッド選手! 対するは、吸血鬼へと変身して第二楽章――夜想曲を奏でようと、漆黒の剣を黒い風にして指揮棒を構えるサードニクス選手! 気を取り直して再開です!』


「行くぜ!」

 と、特に踏み込む事もなくその場で剣を振ったラクスさんは、次の瞬間オレの目の前にいた。瞬間移動のようだったが……感覚的にはオレとラクスさんの間にあった距離が突然消えてしまったような感じだ。

 ともかく完全に予想外の方法で迫られ、青い巨人の剣のさびになろうというところなのだが……オレには突如目の前に現れたラクスさんの動きが手に取るようにわかった。

 風の流れ、空気の動き……目で見るよりもハッキリとわかる。いつもなら緊急回避の突風で避けるところなのだが、凄まじい圧力――剣気で振るわれる青い巨人の三連撃を三回のバックステップでかわし、オレは四回目のステップでラクスさんから距離をとった。


『――!? 一瞬の出来事でよくわかりませんでしたが――何やらすごい事が起きたような気がします!』


「すごいですね、その剣。位置魔法の瞬間移動に見えましたけど……移動したというよりは距離がなくなったっていう感じで……」

「……まぁ……この状態のこの剣に斬れないモノはほとんどないからな。空間を斬って距離を縮めるくらいわけない……が、そんな事よりもあんたにビックリだ。完全に見切って――いや、それ以上に感じたな。言いたかないが、まるで未来が見えてるみたいな避けっぷりだったぞ?」

「んまぁ、オレも感覚が鋭くなっているんですよ。」

「……それだけとは思えないな。もう一度試させてもらうぜっ!」

 言い終わると同時に跳躍。今度は瞬間――空間移動を使わないでの突撃。速さで言ったらとんでもないスピードだったのだが、それすらも……見えないけれど把握できる。

「おおおおおっ!」

 そこから間髪入れずに繰り出される六刀の連撃も――

 ああ、なるほど。第八系統の使い手は風の動きから相手の動きを読めるという事だったが、きっと今がその状態だ。

 まったく、こんなのが使えるっていうなら確かに、第八系統の頂点に立つフィリウスに攻撃を当てるのは難しいな。


『ベルナークの剣、その真の姿六刀による超連撃! その猛攻は『コンダクター』の曲芸剣術クラスですが、一刀一刀が空間を切り裂くとあってはテーパーバゲッド選手の攻撃の方が遥かに恐ろしい! だというのに――『コンダクター』はそれを最小限の動きでかわすかわすっ!! その速度についてこられる身体能力もさる事ながら、その隻眼の黄色い瞳には何が見えているのでしょうか!』


 身体能力……確かに、わかっていてもたぶん、いつものオレならこんなに速く動けない。これも吸血鬼の力というわけか。

 しかし避けてばかりじゃ勝てない。そろそろこっちの番だ!

「うおっ!?」

 突風による急加速で連撃から抜けたオレは……一先ず一本、黒く染まった回転剣をラクスさんに飛ばした。

「――悪いが色が変わっても曲芸剣術に変わりはねぇみたいだな!」

 言葉通り、ドンピシャのタイミングで回転剣を弾く……いや、切断しに剣を振り下ろしたラクスさんは――


ガキィンッ!!


 ――弾き飛ばされた。

「んなぁっ!?」

 青い巨人の剣が弾かれた勢いでラクスさも飛んで行ったということは、一応あの巨人とラクスさんはつながっているのだな……


『な、なんと! 空間すら切り裂いたベルナークの剣が、『コンダクター』の回転剣に弾かれましたー!』


「まじかよ……この剣で斬れないなんて、プリムラの空間魔法の剣に続いて二つ目だぜ……」

ああ……やっぱりポリアンサさんのあの剣は別格なんだな……

 というかやっぱり、ミラちゃんの言った通りの効果だ。これはこの先もきっと、いざっていう時に役に立つ力だ。だからこそ、ここで試せることを試しておきたい……!

 今の、この状態のオレの全力全開の全方位連続攻撃――回転剣の渦!

「『フリオーソ』っ!!」

 ――と叫ぶよりも一瞬前に、ラクスさんの顔がひきつるのが見えた。


『こ、これは――いわゆる実況泣かせです! 豪雨のように鳴り響く金属音が攻防の激しさを物語ってはいますが――『コンダクター』の回転剣もテーパーバゲッド選手のベルナークの剣も、速すぎて何も見えません!』


「うおおおおおっ!!」

 六本の刀が物凄い速さで振るわれ、オレの回転剣を迎撃していく。速度と、そしておそらく強度も増している回転剣を破壊できないし弾くこともできないとして、ラクスさんは徹底して受け流しを繰り返している。

 プリオルからもらった増える剣。本来普通の剣並みの強度しかないそれを空間を斬ってしまうような剣でも斬れない状態にしているのはあの黒色――黒い霧のおかげだ。

 正式には「闇」と、ミラちゃんは呼んでいたが――



「ああ、そういえば。吸血鬼の力が増大した際にロイド様が使えるようになるであろう吸血鬼の能力の説明をしておきますね。」

 血やら唾液やら愛やらと、オレとエリルを全力でわたわたさせた後、ミラちゃんは吸血鬼講座を開いた。

「吸血鬼固有の能力――愛の力以外ですと、それは「血」と「闇」でしょう。」

 ここで言う「血」とは吸血鬼の身体に流れる自身の血液。彼らにとってそれは、先祖代々の記録なのだとか。

「「血」とは力であり情報。ワタクシの先祖が蓄え、磨いてきた力と技の全てがそこにあるのです。」

 その家系が続けば続くほどに、子孫には計り知れない力が受け継がれていく。ましてミラちゃんは王族で、おそらくこの世に存在するすべての吸血鬼の中で最も続いている家系。その能力は世界最強と言っても過言じゃないのだろう。

「ただ、話を聞いていてお気づきかと思いますが、この力は純粋な吸血鬼ではないロイド様には発現しません。もっとも、ワタクシとロイド様の子には、ロイド様の剣技が受け継がれる事でしょうが。」

 コ、コドモ――の話はととと、ともかく。よってオレが使えるとしたらもう一つ、「闇」という事になる。

「吸血鬼は夜の闇に生きる者ですから、その身体は闇との結びつきが強いのです。ずばり言ってしまうと、ワタクシがよく使っている黒い霧、あれが「闇」です。」

 自然界の仕組み的にそうなのか、それとも吸血鬼の生み出すモノがそうなのはわからないけど、「闇」には二種類あるらしい。

「一つは「表の闇」。全てを吸収し、飲み込むが故に生まれる「闇」です。特性はそのまま、ありとあらゆるモノの吸収。もう一つは「裏の闇」。全てを反射するが故に、その反射面の裏に生まれる「闇」です。特性はもちろん、あらゆるモノの反射です。」

 ミラちゃんが言うに、かつての偉大な吸血鬼は文字通りにあらゆるモノを吸収、反射できたらしく、不死身で不老で無敵だったとか。

「ワタクシであれば、物理的にも魔術的にも……あと少しだけ概念的にも吸収と反射が行えますが、ロイド様の場合は極々限られた対象になるでしょう。おそらく……魔術的なモノのみでしょうね。」

 魔法とは――いや、魔法と呼ばれるこの理は、他の理に手を加えて本来とは異なる事象を引き起こすモノを指す。よって、魔法で生まれたモノというのは基本的に、この世で最も不安定な存在と言える――のだとか。

 完全無敵の結界に見えるスピエルドルフの夜の魔法も、結局は魔法であるのだから破る方法は必ず存在し、どれだけ強化しようともその方法は何かしらの形で存在し続けるらしい。

 んまぁ、それを実行できるかどうかは別として……つまり純粋な吸血鬼ではないオレが「闇」を使うとしたら、そんな不安定なモノにしか効果のない「闇」になるだろうという事だ。

「本来であれば、吸収すれば消滅、反射すれば破壊くらいできますが……そうですね、ロイド様ですと、もしかしたら吸収は使えないかもしれませんし、反射も弾くくらいかもしれません。もっとも、ワタクシとより深く繋がればどちらも完全に使いこなせましょうが。」

 ツナガル……は、ととと、ともかく……

 要するに、オレの生み出す「闇」は……あらゆる魔法を弾く事ができる――らしい。



「だああああっ!」

 ラクスさんが超速で振り回している――いや、振り回しているのは青い巨人だけど、ほとんど何でも斬れるらしいあの六刀は……んまぁ、幽霊みたいだし見るからに魔法的な何かだ。だからオレの回転剣はあの刀を弾いた。おそらく、ポリアンサさんの空間魔法の剣でも斬れない――のだろう、たぶん。

……理屈で言うと、一応今オレの制服を黒くしているのも「闇」だからオレ自身も斬れないはずなのだが……試す勇気はない……

 ま、まぁ現状、黒くなった回転剣を破壊するには、きっとフィリウスみたいな馬鹿力で物理的に壊すしかないわけ――

「っつああっ!!」

 別の事を考えていたせいか、単純に腕が六本の人を相手にした事がないから微妙に全方位攻撃になっていなかったのか、一瞬のスキをついてラクスさんが消えた。

 いつもならどこに行ったかキョロキョロするところだが……わかる。

「上っ!!」

「何っ――どわぁぁあっ!」

 オレの真上、剣を構えて迫っていたラクスさんに渦巻く突風をぶつける。きりもみ回転して空高く打ちあがったラクスさんは――しかしさすがというべきか、空間を移動してすぐに地面に着地した。

「――おぇ……飛ばされる度に酔うんじゃまともに戦えないな……やれやれ、三半規管を鍛えねぇとな。」

 気持ち悪そうな顔で、ラクスさんはやれやれとオレを半目で眺めた。

「そういや姉ちゃんが言ってたな。第八系統を使いこなす奴はまるで未来が見えるみたいに攻撃をかわしてくるから……俺のこの眼も、実のところそう珍しいモノでもなくなるってな。まさかこんなところで思い知らされるとは。」

「オレも珍しい経験ができました。」

「言ってくれるぜ。というかランク戦の時はそんなんじゃなかっただろうに。いつの間に……自分で言うのもあれだが、ベルナークの剣をモノともしない魔法を使えるようになったんだかな。結局その力は何なんだ?」

「えぇっと……」

 まさか吸血鬼の力とは言えないし……前よりも魔眼が上手に使えるようになったとか……いや、そもそもこの魔眼が吸血鬼にしか発現しないから……えぇっとうまく誤魔化すには……よ、よし、ここは有無を言わさない堂々さで――


「愛の力、ですかね。」




 大きな歓声があがった。主に女子の。

「あぁ……ロイくんカッコよ過ぎだよぅ……」

「やや、トラピッチェさんがくらくらしているぞ。医務室かどこかに運んだ方がいいか?」

「ほっとけカラード。幸せそうだ。」

「ロ、ロイドくんめ……あんなカッコいい格好でそんな事を言ったら……まるでイケメンではないか!」

「優等生ちゃんってロイドのこと好きなんだよねー?」




「やれやれ愛と来たか……まぁ、あんたモテるみたいだしな。」

「いやぁ……ラクスさんには負けると思いますが……」

「学園での知り合いが女子しかいないだけだ。別に俺はあんたやあんたんとこの生徒会長みたいなイケメンじゃないし……どっちかっつーとこき使われてるし……」

 やれやれと肩を落とすラクスさん。

「そう……ですか。あ、でもポリアンサさんとは仲良しなのでは? さっきからよく名前が出てきますし……」

「知り合いの中じゃ一番強いし、昨日あんたと試合してたからな。」

 むぅ……ああそうだ、丁度いい。ちょっと聞いてみよう。

「んまぁ、それはそれとして……一つ聞いてもいいですか? えぇっと……女子校に一人という滅多になさそうな経験をしているラクスさんに。」

「お、おお……なんだ?」

 試合前……正確にはデルフさんの試合の前に思った事について、ラクスさんの答えを聞いてみたい。

「その……もしもなんですけど、今ラクスさんに周りにいる女の子たち――ポリアンサさんやサマーちゃん、あとよく一緒の赤い髪の人とか……そういう人たちがもしも……えぇっとある日……ラクスさんのことが好きですと、こ……告白してきたらどうしますか?」

「……んあ……は? え……だ、誰かがってことか?」

「いえ、全員が。」

「全員!?」

 流石のやれやれラクスさんも目を丸くした。んまぁ、我ながらとんでもない質問だからなぁ……オレだっていきなり聞かれたらわたわたするだけだ……

「さ、さすが愛とかいう男は質問も一味違うな……え、えっとそうだな……」

 ……もしかすると……ポリアンサさんはラクスさんの事が好き――らしいから、きっと今もこの試合を見ているであろうポリアンサさんはものすごく焦っている――かもしれないな……

 あれ、オレって今、すごく余計な事を聞いてしまったのでは……

「んー……俺のこの状態の残り時間が少ないのを狙っての時間稼ぎってわけじゃなさそうだしなぁ……一応後輩の質問だし、ちゃんと答えたいところなんだが……んー……」

 あ、そういえばそうだった。ラクスさんのあれはそんなに長くできないって言っていたな。

 ……というかラクスさん、そうだというのに真剣に考えているのだからかなりいい人だぞ。

「あ、えっと……じゃあ質問をもっと簡単に――全員からの告白に対して……んまぁ、普通に「一人を選ぶ」か、こう――何らかの方法でもって「全員選ぶ」の二択ならどうでしょう?」

「……そうか、そこが知りたいわけか……そうだな……」

 チラリと、首を動かしたわけじゃないから観客席からはわからないかもだけど、カペラ女学園の生徒が集まっているエリアに一瞬視線を移したラクスさんは――

「……俺は……」

 そこで突然、ラクスさんの背後に浮かぶ青い巨人がすぅっと……まるで抜けていた魂が身体に戻るように、ラクスさんの身体に入って行くみたいに消えた。制限時間が来たのかと思ったが、直後、ラクスさんの身体が青いオーラのようなモノに覆われ、その手に青い剣が一本出現した。さっきまで六本だった剣が一本に合体したかのような……そんな風に感じるほどの圧力がその剣から漏れ出ている。

「一人を――最終的には一人を選ぶ……選びたいと、思う。だが……」

 一本の剣を、体勢的には突きの形で構えて止まるラクスさん。そして、オレが聞きたかったアドバイスを、やれやれ顔ではなく真面目な顔で口にした。


「その前に、あんたの言う「何らかの方法」とやらを模索してもいいと思う。そういう選択もありだと――俺は思う。」


「……ありがとうございます。」




「……なによ、今の質問……」

 なんかすごく腹の立つ……あたし的には怒った方がいい気がするんだけど……でもなんでかそうじゃないっていうか、まぁそうよねって、よくわかんないけど納得できるあたしもいる……

 ……違うわ。よくわかんないわけないわよ……だってそういうのがあたしの……

「まぁ、さすが我らのロイドくんというところだな。」

 ふんわりと、優しい顔で笑うローゼル。

「基本的――いや、根本として、ロイド・サードニクスという人物はその昔、大切な人を失ったことがある。それ故に、彼は大切な人を――大切な人になった人を普通の何倍も大切にする。そしてわたしたちは、彼にとって大切な人だ。」

「……言い切ったわね、あんた。」

「恥ずかしがってはぐらかすことでもないからな。その気になれば避けるなり逃げるなりできるところを、抱き着かれたりキスされたりするのだから、そこのところは確実だとも。ざっくり言ってしまえば、全員まんざらでもないわけだ。」

 …………そう考えるとかなりの浮気者ね、ロイド……

「そんなわたしたちが好きだと言ってきたのだ。彼が全員を幸せにと考えることはそこまで変ではない。」

「……そうね。」

「ま、仮にそんな状況になったとしても、わたしはランキング一位になるつもりだがな。」

「あんたねぇ……」

「あはは、まーみんなそこを狙うよねー。まずは暫定一位を倒すところからだねー。」

「で、でも……きょ、今日のロイドくん、カッコよすぎちゃって……ま、また敵が増えそう……だよね……」

「ロイくんはカッコいいから仕方ないけど……あんまり増えちゃったら減らさないと。」

「……あんたが言うと怖いわよ、リリー。」




「さて、妙な質問で時間切れじゃカッコ悪いからな。必殺技で行かせてもらうぜ。もちろん、勝つために。」

 ラクスさんを包んでいた青いオーラが、手にした一本の剣に注がれていく。

「第八系統の使い手は未来を読むように見えるが、対処法がないわけじゃないと姉ちゃんが言ってた。要するに、剣を持って斬りかかってくる奴と銃を持って撃ってくる奴、どっちの動きが読まれにくいかって話だ。」

 ……すごい……この吸血鬼状態になってからというもの、ラクスさんの動きは些細な事でもわかるようになっている。ただ立っているだけだとしても、多少身体は揺れるし息だってする。でも今のラクスさんからは段々と動きがなくなっていく。

 まるで時間が止まっていくかのように。

「身体全部を使う剣と、指を動かすだけの銃。そりゃあ銃の方が読みづらい。つまり、攻撃する際の予備動作を無くしてしまえば読まれる事なんてない。」


『ベルナークの剣による猛攻のことごとくをかわされたテーパーバゲッド選手、ここに来て狙い撃つかのような突きの構え! 必殺技と豪語するその一撃で勝負を決めようというのでしょうか!』


「おうよ。ただちょっとカッコ悪いんだが、技名を叫びながらはできない技なんでな。先に言っとくぜ……姉ちゃん直伝――『絶槍・三式』――。」

 そう言って息をはいたラクスさんは、とうとう完全に動きが停止した。人形か銅像か、むしろそっちの方がまだ気配があると思えるほどに。



 ラクスさんが言ったように、予備動作は少ないほど動きは読みづらくなる。でも今のラクスさんは明らかな突きの構え……どういう風に動くのか、ある程度の予想がつく状態にある。だけどそんな事は百も承知だろう。きっと、それがわかったところで……例え、オレが回避行動として高速で動き回ろうとも、この一撃は必ず当たる――そんな自信のある攻撃……なのかもしれない。

 ああ……なんだか段々とかわせる気がしなくなってきた……

たぶんラクスさんの剣を覆っている青いオーラはさっきの巨人と同様に魔法だ。だから弾くことはできる……けど、威力を殺しきれるわけじゃないから……避けられないというならなんとか受け流さないといけないんだが果たしてそれが――

 ん……? 受け流すと言えば……そういえばフィリウスから教わった回避術というか防御術の中に、オレには無理だと思ってあんまり練習しなかったのがあったな。

 フィリウスはムキムキだから身体が丈夫なんだろうと当時は思っていたけど、今思えばあれは強化魔法だったんだろう。んまぁ、魔法のまの字も教えないでそれをやらせようとするんだからあの筋肉めってところだが……

 今のオレならば……身体能力が上がってて、「闇」の力である程度の威力を弾くことができる今なら――できるかもしれない……!



「……ならばこちらも……フィリウス直伝――」


『おお! 対する『コンダクター』、半身、左腕を盾のように前に出した姿勢! これは防御の構えでしょうか! テーパーバゲッド選手の必殺技――『豪槍』の二つ名を持つ姉、カペラ女学園校長グロリオーサ・テーパーバゲッド直伝の技に真っ向から挑むようです!』


 静寂――ランク戦でのカラードとの最後の一撃を思い出す。だけど今回は二人同時に攻撃ではない。なぜならオレは――


 ――ィィンッ!


 光。まるでビームのような、しかして無音の一撃が走る。「闇」をまとった左腕が魔法を弾き、その一撃がまとっている魔力を火花のように散らすが、それでもなお余りある威力に身体の半分が消し飛んだような感覚。

 だけど――直撃は避けた!


「な――」


 いつの間にか姿勢が変わっているラクスさんの顔が、懐に入り込んだオレを前にして人形のような無表情から驚きの表情になる。

 左腕と、ついでに左脚も動かないから風で迫ったわけだが一応は想定の内。こんな強力な技にぶっつけ本番で挑んだのだから、フィリウスみたいにできるわけはない。

 だからこの一発で勝負を決める!


「へ?」




「っ、馬鹿――!」

 思わずそんな言葉が出た。上から見るとまんまビームの、剣の長さを軽く超えた遠距離からの突きをかすりながらもかわしてラクスの前に迫ったロイドが放ったのは――ただの突風だった。

 完璧なタイミングで近づいて渾身の一撃……そういう狙いなんだろうって思って実際そういう状況になったっていうのにただの風。飛ばされたラクスもバカみたいな顔で「へ?」とか言ってるし……まさかあの『絶槍』とかいう技、かすっただけ大きなダメージが――


「『グングニル』っ!!」


 直後、空から大きくて真っ黒な槍がドリルみたいに回転しながらバカみたいな顔をしてるラクスに落ちてきた。地面に突き刺さった槍は黒い竜巻となり、その根元からは何かをスライスする音っていうか削る音っていうか、そんな音が数秒聞こえて……その後、竜巻はふんわりと消えた。

 竜巻の中を飛び回ってた無数の黒い剣が雨みたいに落ちてきて、黒い墓標みたいにグサグサと並んでいく闘技場の床、すり鉢みたいな形のクレーターの真ん中に――ラクスが倒れてた。


『これは……これは! ガンマンのような一騎打ちに注意を集めている間に準備していたのでしょうか! 空より飛来した必殺の『グングニル』の直撃を受けたテーパーバゲット選手は――戦闘不能状態! ならばこの試合! 勝者は――ロイド・サードニクスーっ!!』




 どうしたものか。そういえばタイムリミットみたいのを聞いてなかったな……どれくらいで元に戻るのだろうか……と、真っ黒な「闇」を相変わらずまとったままのオレはぼんやりと歓声を聞いていた。

「やれやれ……とぼけた顔してえげつない技を撃ってくるんだな、あんた。」

 試合が終わり、試合中に受けたダメージが……魔法使用の負荷を除いて回復したラクスさんがちょっと青い顔でそう言った。

「空から落ちてくる無数の回転剣……ミキサーにかけられる食材ってあんな気分なんだろうな……」

「いやぁ……ラクスさんの一撃も相当ですけどね。」

 と、オレは闘技場の壁に空いた穴を指差した。

 なんとラクスさんの必殺技である『絶槍・三式』は、闘技場に張られた観客を守る為の魔法の壁を貫いていたのだ。幸い、そういう事もたまにあるからという事でもっと強力な防御魔法が緊急時に発動するようになっていたらしく、それによってラクスさんの一撃は止まったのだが。

「ふ、そんな俺の攻撃を片腕で受け流しておいてよく言う。《オウガスト》の直伝って言ってたか?」

「はい……戦闘中に相手が油断するとしたら、それは自分の攻撃がこっちに当たった瞬間。ならちょっとくらってから、直後即行で受け流してやれば相手は隙だらけだろう? っていうのがフィリウスの持論でした。」

絶対に避けられない攻撃が来るのなら潔く受けてしまえ。ただしダメージは最小限に、そしてそれを反撃のチャンスに変える。攻撃を受けたコンマ数秒の時間で直感的に判断して対処する。それがフィリウス直伝のとんでも技である。

 勿論、これをやろうとすると少し攻撃を受けなければならないわけで……だというのにフィリウスはそれが銃弾であろうと無傷で受け流すから意味が分からないのだ。

「無茶苦茶な……ま、それ以上に無茶苦茶なのはその力……愛の力だったか? 本当に一体なんなんだ?」

「あ……愛の力です。」

「そうかい。」

 やれやれと笑ったラクスさんは、そのままの顔で……ふとこんな事を言った。

「さっきあんたに変な質問をされたわけだが……俺もあんたに質問――というかアドバイスをもらいたい。俺と同様に、状況として女子に囲まれているあんたに。」

「え、は、はぁ……」

 なんだろうか……正直女の子絡みで力になれることなど欠片も……

「あんた……女風呂に突撃したことはあるか?」

「え――えぇ!?」

 斜め上のとんでもない質問が!

「俺はある――あ、いや! 勿論俺の意志じゃなくて色んな偶然が重なった結果としてな!」

「そ、そうですよね……」

 びっくりした……

「そ、そんな感じの偶然の連続で、なんかドアを開けたらあいつらが着替えてたり、何故か裸だったり、目が覚めたらあいつらが隣で寝てたりまたもや女風呂だったり……!」

 ぐぬぬという顔で何やらすごい日常を語るラクスさん。しかしその話によって、オレが頑張って忘れようとしている事が頭の奥から引っ張り出され始めた。

 白い湯気の中、手やら足やらお腹やら、オレの身体のあちこちに触れ、包むこむ柔らかな感触と温度。視界に広がる見慣れたみんなの見慣れない肌色の山やら谷やら……

 あぁ……鼻血が……

「要するに、そういう感じの……数秒後には血の海に沈む自分の姿が見える状況に陥った場合、あんたならどうする?」

 血の海……オレの場合は自分の血に沈むのが大抵なんだが……さ、最近は頑張って我慢するようにしているわけだから、自分が気絶しない場合の事を考えると……

 …………うん……

「……おとなしく沈むしかないかと……」

「そうか……」

 なんだろう……お互いに何かを悟っているような妙なシンパシーを感じるぞ……

 でもこんな答えじゃ折角の質問に申し訳ないな……

「あ、ああ……でもフィリウスはこんな事を言っていました。」

「《オウガスト》?」

「はい。えっと……「女が髪型を変えた時、いつもよりも気合の入った服を着てる時、それに気づいて褒めるのは男の義務ってもんだ。そしてそれと同じように、偶然であれ事故であれ、スカートの中を覗いちまったとか胸に触っちまったとかしたら――それも褒めて、でもって感謝だ。」……って……」

「……さすがだな……しかしそうか、感謝とは思いつかなかった……そうか……」

 今度試してみようという顔になっているラクスさんだが……この会話、普通に闘技場内のスクリーンで放送されちゃっているからなぁ……ラクスさんの周りの女の子は顔を赤くしていたりするのではないだろうか。

 ……きっとエリルたちも……

 んまぁこの質問はともかく、ラクスさんへの質問の答えはなんだかよいモノだった。

そうだ、もうちょっと頑張ってみようではないか。


「この女ったらしロイドくんめ!」


 決意新たに闘技場から出たオレは、ローゼルさんに両のほっぺをつねられた。

「そんなカッコいい格好で時々しかやらないキザセリフを言ったら余計に増えてしまう――というかいつまでその恰好なのだ!」

「いはいいはい……え、えぇっと……戻り方がわからないのです……」

「――っ……あ、あんまりそのモードでいられると……困るのだが……!」

 なぜかローゼルさんは顔を赤くしてそっぽを向いた。見ると他のみんなも赤い顔で――

「ロイくーんっ!!」

「んーっ!?!?」

 リリーちゃんが飛びつきからのキスをぉおっ!?!?

「やぁんロイくんてばカッコいいんだからー。もう一回――」

「何してんのよバカ!」

 エリルのブレイズ回し蹴りが鼻先をかすめる頃には離れたところに移動しているリリーちゃん――ととと、というかこんなところでキキ、キスを――! あぁ、ひそひそ話をしている他の学校の生徒が見える!

「――あんた……ちょ、ちょっとマスクしないさいマスク!」

「えぇ? そんなの持ってないぞ……」

「とにかく口を隠すのよ!」

「こ、こうですか……?」

 言われるまま手で口を覆ってみたら、エリルはほっとした顔になった。

「一体なんなんだ?」

「……あんたは今吸血鬼の能力が上がってるから……あんたのやらしいく、唇の力も上がってんのよ!」

「ん? ああ、オレの事を好きな人が魅了されるっていう変なまほ――やらしいとか言わないでください! え、というか力が上がってる?」

「簡単に言うとねー。その状態のロイドにはあたしたち、普段以上にチューしたくなるんだよー。」

「えぇ!? は、早く元に戻らないと!」

「えー? ロイドってば、あたしのキスはいやー?」

「えぇ!? そそそ、そういうわけでは――」

「ボクは! ロイくんボクは!」

「い、いやじゃナイデスヨ……!」

 ま、まずいぞ、この空気はまず――


「どうしたんだロイド。」


 最近、男友達ってなんて素晴らしいと思う瞬間が増えたような気がするわけで、颯爽と現れたのは正義の騎士カラードとムキムキアレクだった。

「その片目の魔眼にあんな能力があったとは驚きだが……何やら元に戻れない上にそのままだと困る状況のようだな。口がどうとか。」

「え、あ、ああ……なんとか口を隠したいんだよ。」

「ならばこれを使うといい。おれのの予備だ。」



 こうして、朝一でキキョウと戦ったエリル、パライバをボコボコにしたローゼルさん、ラクスさんに何とか勝利したオレに続くように、ティアナとリリーちゃんとアンジュがそれぞれに――普通に上級生の強そうな人たちに勝負を挑んでわりと普通に勝利する様子を観戦した。

 カラードの甲冑のヘルムをかぶりながら。




「だはー。これだけでも結構重いんだなぁ……カラードはすごいなぁ。」

 試合可能な時間帯を過ぎた放課後。夕食にはちょっと早いからいつものようにあたしとロイドの部屋に全員が集まって……今日の半分くらいを甲冑のヘルムを被った変な人として過ごしたロイドが大きく息を吐いた。

「おかげで新たな女の子は登場しなかったがな。今後もずっとそれだとわたしは安心なのだが。」

「それはちょっと……そ、そうだ、今日は全員試合に勝利したね。」

「昨日負けたのあんただけだけど。」

「そうですね……」

「で、でも……あ、あたしの今日の相手……そ、そんなに強くなかった……と思う、よ……キキョウさんとか触手の人とか……ベルナークの人の方がよっぽど……」

「だねー。同じ勝ちでもポイントの差が大きそうだよねー。」

「エリルちゃんとローゼルちゃんが今のところリードなのかな……よし、ボク明日はどこかの生徒会と戦うよ、ロイくん! だから応援のチューして!」

「えぇ!?」

 一応、ラクスとの試合の後十分くらいで制服が白色に戻ったから吸血鬼モードの持続はそれくらいなんだろうけど……一回パワーアップしたロイドの……み、魅惑の力を受けたあたしたちはなんとなくドキドキしたままで、だからヘルムをかぶらせといたんだけど……実のところ今もいつも以上にロイドに目が行く――って、べ、別にいつもそこそこ見てるってわけじゃないわよ!

「チューで思い出しだけど、やらしー能力だよねー。吸血鬼の唇ってさー。」

「血、血を吸うための工夫の結果ですから、単純にい、いやらしいだけの力ではないのです!」

「でも結果としてはさー。まー無差別じゃないだけいいけどねー。」

 ニヤニヤ笑うアンジュ……なんだけど何かしら……? なんだかいつもよりニヤニヤしてる気がするわ。

「そーだー、ねーロイドー。ちょっとこの部屋のカーテン使っていいかなー。」

「? 真ん中の? 別にいいけど……何するの?」

「今日のロイドはすごい頑張ってたでしょー? ベルナークの剣に勝っちゃったわけだしねー。だから一足早くねー。」

「??」

「ほらほら、全員お姫様エリアに移動してー。」

 ぐいぐいと、あたしたちをあたしのベッドのある側に移動させたアンジュは、そのままカーテンを閉めてロイドのエリアに一人残った。

「む? アンジュくん、一体なんなのだ? よもやロイドくんのベッドに潜り込んではおるまいな。」

「え! ちょっとアンジュちゃん、それはボクのだよ!」

「オレのベッドなのですが……」

 明らかにやばそうな事が起きそうなのにすっとぼけた顔ですっとぼけた事を言うロイド。

 なんというか、なんとなくわかるのよね……何がってわけじゃないんだけど……あの魅惑の力のせいでドキドキしてる今……ちょっとハメを外してもいいかなっていう変な気分になって――べべべ、別にロイドとそ、そういう事をしたいとかそういう話じゃないわよ!

 と、とにかくあのアンジュだから何かをやらかしそうな……ダメだわ、今すぐ止めに――

「あ、もーいいよー。」

「うん。じゃあ開けるよ。」

 あたしが動く前に向こう側からアンジュの声が聞こえて、それに返事しながらロイドがカーテンを開いた。

 そこには当然だけどアンジュがいて、ただ服装が制服じゃなくなってて……料理する時の格好になってて……じゃなくて……ちょ、ちょっとまさか……


「ロイドー、これが裸エプロンだよー?」


 は――

 はぁぁああぁぁっ!?!?

 このバカ女、何やってんのよ!? はだ、裸――裸エプロンしてるわよこの痴女!! しかも本当に本当の裸じゃないの!!

「へぇー。そういうふりふりのついたエプロンをそう呼ぶの?」

 !! ロ、ロイドの奴、真正面からアンジュを見てるからどういう事かわかってな――あ! アンジュがニンマリし――

「そーじゃなくてねー。こーゆーのをそう呼ぶんだよー。」

 そう言ってアンジュはその場でくるりと一回転――!?!?




「え?」

 長いツインテールを綺麗にゆらしながらくるっと回るアンジュ。肩の後ろ、隙間からチラリと見える胸、くびれた腰に丸いお尻、スラっとした脚……

 ……あれ、なんか変……え、あれ? 今アンジュ…………ていうかアンジュ!?

「びゃ、アンジュ!? しし、下は――エプロンの下は!?」

「裸エプロンだもん、着てないよー?」

「ぶえぇっ!?!?」

 そそそ、そういう意味だったのか――っていうかなんて恐ろしい着こなしだ!

「どーおー? 似合うー?」

「どうってそれ以前の話では!?!?」

 目をつぶす勢いでバチンと目を覆ったが――だ、ば、頭の中に数秒前の光景がリプレイされる!! エプロンの隙間から見えた胸とかお尻とかオシリとか――

「えいっ。」

「ぎゃあああっ!?!?」

 覚えのある感触が身体を包む。見るとデンジャラスな格好のままでオレに抱きついているアンジャアアアッ!?!?

「んふふー、ロイドってば見ちゃったー?」

「見ちゃったというか何をどうやったって見えてしまうというか何をしてるんですかアンジュ!」

「ハグだよー。」

 身長がオレより少し低いアンジュは、オレの首に腕を回して強制的にオレの頭を自分に向けてくる。そんなアンジュを見下ろすオレの視界にはアンジュの可愛い顔と、エプロンという布一枚を隔ててオレに触れているアンジュの結構ある胸の谷間っ!!

「ああああ、あんた何やってんのよ!」

「い、今すぐ離れるのだアンジュくん!!」

 いつもならパンチを入れたりキックで飛んでくるみんなが、何故か何もせずにバタバタしている……!? そ、そうか、今のアンジュは後ろから見たら裸なわけだから、そこに攻撃を入れるのはさすがにどうかという――いやいやそんな分析してる場合じゃないぞオレ!!

「やっぱり魅惑の唇はやらしー能力だねー。普通の状態でもこれくらい近づくとどうしても……」

「あびゃら!? ちょ、アンジュ何を――」

「チューだよー……」

「ここここの状態でやられると色々とまずい――うわっ!」

 視界が急回転する。迫るアンジュから逃げようと後ろに下がったのだが、エリルのベッドにつまずいてボフンと倒れこ――


「ひゃっ。」


 いつも色っぽく迫るアンジュの、少し恥ずかしさが混じったような珍しい声が聞こえた。

 そして……手にぴっとりと柔らかな感触――これは……??


「あ、やん……ロ、ロイド……んん……」


 仰向けのオレの前にはアンジュがいる。オレの頭の横に手をついている姿勢で……今にもエプロンからこぼれそうな胸の向こうには瞳を潤ませ、頬を赤らめ、嬉しそうというかくすぐったそうというか、不思議な表情のアンジュの顔が……

 ……え、あれ……体勢的に、この前みたく胸に触ってしまった――というよう事はないと思って手に触れているモノをふにふにしてしまったのだが……ちょ、ちょっと待てよ……まさかオレは……


「もぅ……いきなりお尻を揉まないでよー……」


「――!!!!」

 柔らかくてハリのある感触から全速力で手を離すが――

「んっ――」

 その動作すらやばかったらしく、アンジュは何かを我慢するかのような表情になり、そしてそれはオレの中の何かを凄まじいパワーで刺激する顔で――というかオレは何てエロいことを!?!?

「ん……まったくもぅ……ロイドはいきなりエッチな事してくるんだから――」

「んぐ!?」

 過去、フィリウスといた頃は想像もできないくらいに何度も何度も……お、女の子とのキキ、キスを経験してしまっているオレなわけだが、これほどにやばい――体勢とか状況とかがエ、エッチなのは初めてばああああ舌がああああぁっ!?!?

「そ、それ以上は……ダメーっ……!!」

「きゃっ!?」

 口の中からアンジュの舌がちゅぱっと抜けると、何やら蛇のようなモノにぐるりと巻き付かれたアンジュが視界の隅へ投げ飛ばされた。

「よ、よくやったぞティアナ! さぁアンジュくんに服を着せるのだ!」

「ロロロ、ロイくんにあんなことして! アンジュちゃんなんか布でぐるぐる巻きにしてやるんだから!」

「このド変態っ! ほ、ほんとに完璧に裸じゃないのよ!」

「わ、ちょ、ちょっとみんな、服くらい自分で着るってばー。」

 よく考えたらエリルのベッドの上なのだが、なんとも言えない感覚に頭をぼーっとさせている事数分、ドタバタしていた部屋の隅っこが静かになり、寝転がっているオレの顔をローゼルさんが――冷え切った笑顔で覗いてきた。

「呆けているところ悪いがロイドくん。一つ確認させてくれ?」

「ふぁ、ふぁい……」

「普通、倒れる時は身体を支えようと手が後ろに行くものではないか? どうしてそのスケベな両手はアンジュくんの――お、おしりに吸い寄せられたのだ?」

「びゃっ!? そ、それはなんといいますか!」

 慌てて起き上がると、ローゼルさんを含めた……アンジュ以外のみんなのジトーっとした目が見えた……あぁ、これは相当まずい状況――

「何言ってるの優等生ちゃん。だってロイドだよー?」

 一人ニコニコと笑うアンジュ――ってそれはどういう意味だ!?

「……ロイドくんはスケベだから当然と?」

「そーじゃなくてさー。女の子と一緒に転んじゃいそうになったら、ロイドは女の子を抱き寄せてかばうでしょー?」

 ――!

「む……ま、まぁそうだが……ふん、言われなくともそうだとは思っていたとも……」

「腰にまわす手がちょーっとずれただけだよねー。」

「ちょっとずれた……ん? ま、まさかアンジュくん、狙ってわざと!?!?」

「どーかなー?」

 いつもの服装――おへそ丸出しに短いスカートという色っぽい格好に戻っているアンジュは、しかしほんの少し前にあんな事があったせいでいつもの数倍エロく見えて……だぁ、いかんいかん、そんな目で見てはいけな――

「んもー、ロイドったら力強くつかんでくるんだからー。」

「あびゃっ!?」

「あ、あんたやっぱりわざとロイドに触らせ――こここ、この変態女!」

「そんなこと言って羨ましいくせにー。ま、でも……」

 ふっと、ニンマリ顔のアンジュは後ろに手をまわしてもじもじしながら恥ずかしそうに……

「あ、あんなに揉みしだかれるとは、思わなかったけどねー……」

 うわ、可愛――ぎゃ、エリルが鬼のような顔に!

「ロイド……?」

「ごめんなさい! ほほ、ほら! 柔らかい感触のモノに触れたら無意識にやってしまいませんか!?」

「しないわよバカ! て、ていうか柔らかいって……このエロロイド!」

「ふ、ふふふー、ロイドも男の子ってことだよねー。ロイドの頭の中はしばらくあたしかなー? 感触を思い出してニヤニヤしちゃうんだよー、きっとー。」

「ロイくんダメだからね!!」

「ニヤニヤなんてしませんから! そ、それに――そう! どっちかと言うと感触よりは間近で見たアンジュの顔とか声の方が印象強いのです!!」

 ……

 …………あれ、なんで静まり返ったんだ……? な、なにかまずいことを……

「それってー……」

 さっき以上に赤くて恥ずかしそうな顔という珍しい表情になったアンジュが一層もじもじしながらぼそりとこう言った。

「あ、あたしの……あ、喘ぐ――ところが良かったって……こと……?」

 !?!? アアア、アエグ!?!?

「あんた……」

「そ、そういうつもりで言ったのでばああっ! 熱い! エリル熱いから!」

「ほうほう、このドスケベロイドくんにはそういう趣味があったのか、そうかそうか。」

「冷たっ! 凍らせないでローゼルさん!」

「ロイくんてばロイくんてばロイくんてば!」

「はひ、ほ、ほっへはほんはひほひはいほひひーひゃん!」

「きょ、今日のロイドくんはちょっと……エッチ……だからね……」

「ぎゃあっ! 鋭い爪でひっかかないでティアナ!」




 全員でロイドを痛い目に合わす横でニンマリ――いえ、なんかうっとりした顔で笑うアンジュに、ロイドが赤い顔を向けた。

「ままま、まったくアンジュは! 初めて会った時もパ――パンツを見せたりして!」

「心外だなー。あの時も今も結構恥ずかしいんだよー? まー、今日のはロイドが吸血鬼の力で魅了してきたからテンション上がっちゃったって感じかなー。元に戻ってる今だって、ロイドを見るとなんかドキドキするんだよー?」

「まだ効果が!? い、いやそれでもその――アンジュの攻撃は毎度刺激が強すぎると思うのですが……!」

「それは仕方ないよー。程度はそれぞれに、たぶんみんなもそうだろうけど、あたしはロイドの頭の中をあたしでいっぱいにしたいんだよー。手をつなぎたくて抱き着きたくてキスしたくて――その先も、たくさんしたいんだー。」

「――!!」

「だってロイドが好きで、それくらいロイドが好きなんだからねー。最初に言ったでしょー、あたしはあたしの欲しいモノを必ず手に入れるってさー。」

 さらりともう一回……いえ、前回よりも強烈な告白をしたアンジュ。

「わ、わたしだってドキドキしっぱなしだし、ロイドくんのことは大好きだぞ!」

「――!!」

「ボクの方がもっとドキドキでもっと好き好きだよ!」

「あ、あたしも……」

「ちょちょちょちょっと待ってみんな……!」

 当然あたしも――って言おうとしたところでロイドが流れを止めた。


「そ、そう何度もすすす好きだと言われますと――う、嬉しかったり恥ずかしかったりでしんじゃいますから……!」


 やらしいのを前にした時とは種類の違う赤い顔。恥ずかしさが何かを超えちゃったみたいな、そんなむずむずする表情のロイドはなんだか……なんだか……な、なによこの気持ち……

「ととと、とにかく! アンジュはあ、あんまりああいうのをやっちゃいけません!」

「うれしーくせにー。ていうかあたしだけー?」

「みんなです! い、今までの色々とかさっきのとか、なんだかんだで他の誰かが蹴っ飛ばしてくれたりオレが気絶したり――でしたけど! その内本当に……オオカミになった男は怖いんですからね!」

 おなじみになった締めくくりを言うロイドだけど、今日は……ローゼルが「ふむ」って顔をした。

「毎度その言葉には望むところだと返すわけだが……そこまで言うという事は、もしやそういうのを見たことが――いや、まさかの経験が!?!?」

「え!? ロイくんてばボク以外の誰を!?」

「なな、ないよ! 旅の中でそういう話をそこそこ聞いただけです!」

「あーまー世の中にはこわい男もいるからねー。あの触手みたいにさー。」

「ロ、ロイドくんは……そ、そういうのじゃないから……安心だね……」

「むしろロイドくんはちょっとそうあるべきだな。」

「えぇ!?」

 その内反撃しちゃうかもよって言いながら相変わらず押されっぱなしのロイド。世の中の男がみんな、漫画みたいにお風呂場を覗くような変態だらけってわけじゃないだろうけど、それにしたってロイドはそういうのがない……ように見える。


 でも……リリーたちは知らないかもだけど……ちょっとくらいはそうなのよね……このバカ。

ラッキースケベが増えてきたロイドくんです。

言い換えると、そういうのが起こるくらいにみんなとの仲が進んだという感じですね。


ラクスもラクスで同じような状況にあるので、彼と彼の周囲の話もどこかで覗ければ良いですね。

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