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騎士物語  作者: RANPO
第五章 ~夜の国~
33/113

第三十一話 凶星

思いがけず長くなってしまいましたが、これにて第五章は終わりです。


「マル……フィ……?」


 完全に「負けた奴」として絶望の表情だったメガネ野郎の顔に、驚きとか困惑的なモノが混じった。

「チョッと見ない間に老けたわね。アーデモ……元からおじいちゃんだったわね、あんた。コトシで――あれ、もしかして二百とかいきそうだった?」

 突然現れた蜘蛛みたいな奴……た、たぶん口調からして女だから蜘蛛女ってところかしら。首に長めのマフラーを巻いて変な服を着てる。確かどっかの国の隠密部隊がそんなのを着てたような気がするわね……ニンジャだったかしら?

 顔は、正面から見れば人間のそれと変わらないシルエットなんだけど、よく見ると後頭部が後ろの方にちょっと長い。口元は例のマフラーで隠れてるけど、八つの紅い眼はハッキリと見える。

うまく言葉がしゃべれないような、もしくは変なクセがついてるような、ちょっと変な発音で話すそいつを驚きの顔で見たのは……メガネ野郎だけじゃなかった。

「マルフィ……貴様、よくも俺の前に出て来れたものだな……」

 そう言ったのはヨルム。一瞬驚いたあと、さっきメガネ野郎に対して声を荒げた時とはまた別の種類の怒りを漂わせて蜘蛛女を睨みつけた。

「アラァ、ヨルム? アイカわらず怖い顔ね。マダフルトの方が表情豊かだわ。ソウイえばどこにいるのかしら。」

「貴様が知る必要はない。即刻死ね。」

「ソレハ待った方がいいわよ?」

 ――!?

 一瞬だった。ヨルムのセリフと蜘蛛女のセリフの間に、超速で放たれたヨルムの尻尾を何でもないように片手でつかむ蜘蛛女。

「ソリャまぁ、アタシってお尋ね者だし? コノクに出る時に結構暴れたからその態度は納得なんだけど――アタシは頼まれてあなたたちを招待しに来ただけなのよ。」

 お尋ね者? ってことは、スピエルドルフっていう国で指名手配されてる犯罪者ってこと? でも今、国を出る時って言ったから……じゃあ今までは外にいたって事……?

「考えたくないが――」

 ヨルムと蜘蛛女がにらみ合うのを……ひきつったような笑みで見るフィリウスさん。

「お前みたいな大物がそこのメガネと知り合いっぽく登場し、その上誰かに頼まれて俺様たちを招待? おいおい、メガネのバックにいる奴を考えたら――」

「ゴメイ答よ、《オウガスト》。」

 気が付くと――いえ、そうなったから気が付いたんだけど、いつの間にかあたしたちの身体には細い糸みたいのが巻き付いてて、それにぐいっと引っ張られた。引っ張られる感覚と周りの景色の移り変わる速さがちぐはぐで、目ではすごく移動したように見えるんだけど身体ではちょっと前に引っ張られたような感じ。

 だけどあたしたちは――

「な、なんであたしたちここに……」

 ――全員そろって、検問所の前の原っぱに移動してた。

「これは……マルフィ! 貴様、夜の魔法に何をした!」

「アーアーほーら、だから使いたくなかったのよ。ヤッタらもう使えない手なんだもの。」

 ぶつぶつ文句を言う蜘蛛女の方を見ると、その後ろの原っぱに……いくつもの人影があった。


「おお、これはまた食いでのありそうな蛇でさぁ。」


 たぶんヨルムを見てそう言ったのは……一言で言えばデブ。縦と横の長さが同じ……か、横の方が長いような丸いシルエットの男。でろでろに伸びきったシャツとズボンに覆われてるこれ以上ないただのデブなんだけど……人間、太り過ぎるとそうなるのかこいつが変なのか、顔の肉が垂れに垂れて目が隠れてる。そんなのに加えてスキンヘッドだから、肉の奥から見える眼光と相まって顔だけ見るとかなり怖い。

 ま、まぁでもやっぱり、きっと手が脚に届かないくらいのデブなんだけど。


「蛇料理か。どちらかというと、ワレは後ろのサソリがよいな。甲殻系の食感は良いモノだ。」


 デブの隣でそう呟いたのは白衣のおじいさん。デブと同じような頭だけど、横の方にだけ白い髪が残ってるそのおじいさんは……至って普通。強いて言えば、おじいさんにしては背筋がピンとなってて姿勢が良く、健康そうに見える。


『らしくないな科学者。サソリは甲殻類ではなく、マルフィの……蜘蛛の仲間だ。』


 おじいさんの間違いを指摘したのは……たぶん、声のした方向からして真ん中に立ってるフードの奴。かなりの高身長で二メートルはあるんだけど……あれ、よく見たらデブも同じくらいの身長じゃない。横の長さのせいでわかんなかったわ……

 まぁとにかく、その背の高いフードの奴はフードでローブだから中身が全然見えない。ただ、その声は……なんて言えばいいのかわかんないけどちょっと変だった。


「どちらにせよゲテモノですね。バーナードとケバルライは『デブジジゲテモノ大好きブラザーズ』ですね。」


 意味のよくわからない事をドヤ顔で言ったのは……これまたよくわかんないんだけど、なぜかカジノにいそうなバニー姿の女。頭に乗っけたウサギの耳、肩くらいまでの黒髪にきわどい真っ赤な衣装とあみあみのタイツで原っぱに立ってる光景がかなり違和感だわ。


「あぁ、ムリフェン? カジノから連れ出したのはボクなのだけど、女性がやたらに肌をさらすのはあまりいただけないかな。妹、その上着を彼女に。」


 バニー女を気遣うのは……ヤバイくらいの金髪イケメン。右目を隠して左目を出してる面倒くさそうな髪型のそいつはホストみたいな格好で……あんなんじゃ行く先々で女が寄ってきそうね。一つだけ、肩に背負ってる――大砲みたいなのが容姿に合ってないけど。


「はぁ? なんであたしがギャンブル馬鹿に上着を渡さなきゃいけないのよ。あんたのスカしたシャツでもあげればいいじゃない。」


 イケメンに妹と呼ばれたのは――ポ、ポステリオール!? S級犯罪者、『イェドの双子』の片割れがこんなとこ――

 ちょ、ちょっと待ちなさいよ……確かあの女はアフューカスの子分で、『イェドの双子』のもう一方のプリオルもそうで……て、ていうかじゃああのイケメンがプリオルってことで……あのメガネ野郎のバックにもアフューカスがいて、そいつを迎えにきた蜘蛛女が『イェドの双子』といて……

 じゃあこいつらは――!!


「お前ら好き勝手にしゃべんな。ここは悪党が悪名を轟かせて正義をビビらす場面だろうが。」


 原っぱに立つ変な連中の真ん中。フードの奴の隣――っていうかフードの奴に寄りかかって立ってた女が口を開いた。

 真っ黒な、胸元が大きく開いてて片足が大胆に出てるドレスを着て、伝線しまくりのストッキングに真っ黒なハイヒール。耳に逆さまの十字を、首から逆さまの髑髏をぶら下げてる以外はかなりカーミラに似てるんだけど……雰囲気が、まとうオーラが全然違う。

 今にも意味不明な発音で笑い出しそうな狂った雰囲気と、逆らう事を許されない絶望的な圧力。二つが混じり合い、底の無い真っ暗闇となって周囲を包みこむ……

あたしの本能が叫んでる――関わっちゃいけない相手だと。

「ある……主様……? な、なぜここに……」

 あたしたちと一緒に移動させられたメガネ野郎が、呆然とその女を眺めがなら呟いた。

「なぜ? おいおい、冷たいこと言うなよ、ザビク。方向性は真逆だがあたいが見込んだ一人の悪党が今まさに、最後の散り様を見せようってんだろ? 見物しない理由がねぇ。」

 ドレスの女に歪んだ笑みを向けられたメガネ野郎は気の抜けたその顔をあたしたちの方にゆっくりと向け、そして原っぱに立つ妙な連中を眺めて……最後に空を見た。


「そうか……自分はここまでか……」


 へたりと原っぱに膝をつき、何かが吹っ切れたかのように落ち着いた顔になったメガネ野郎はドレスの女に尋ねる。

「自分は先ほどまで夜の魔法の中にいましたが、自分の失敗にはいつ気が付いたのですか?」

「バーナードから話を聞いてな。あたいはお前ほどクレバーじゃねぇが、それが悪巧みなら大抵の予想はつく。そん時に確信したのさ、お前の計画は失敗するってな。」

「……なぜ?」

「くく、お前ともあろうモンが下調べ不足じゃねぇか、ザビク。恋愛マスターの力を随分と甘くみたもんだ。あれでも「王」の一人なんだぜ? ふざけた名前でみくびっちまったか? おい、どう思うよ、プリオル。」

「そうですねぇ……人智を超えた力とはわかっていても、ザビクにはたかだか恋愛の能力という認識だったのかもれません。愛の力というモノは、経験がないと実感できませんから。」

「は? ちょっと弟、それマジなの? ザビクってこんな歳になってもそっちの経験ないわけ?」

「残念な事にな。ボクにはその辺、見ればわかるから。ザビク――なんて乾いた人生を……」

 ついさっきまでの戦闘から雰囲気が一転、メガネ野郎の彼女いない歴話で盛り上がる奇妙な連中にヨルムが声を荒げた。

「既に敗北した者などどうでもいい! それよりもマルフィ! 一先ずは貴様の始末だ!」

「ヨルム、ちょっと待て。」

 あの蜘蛛女はヨルムにとってかなり重要な相手らしいんだけど、フィリウスさんがすぐにでも戦闘を始めそうなヨルムを止めた。

 しかも……相当厳しい――怖い顔で。

「お前の気持ちは理解できるが少し落ち着け。この状況、マルフィの登場なんか霞むくらいにヤバイんだ。」

「…………お前がそんな顔をするとはな……あいにく、俺――いや、俺たちは人間の犯罪者についての知識がほぼない。マルフィといっしょにいるあの連中、やばいのか?」

「かなりな。あのデブとハゲジジイ、バニーガール、金髪の二人はマルフィと同様に俺様たち人間の世界でS級犯罪者に指定されてる。こいつら一人一人が俺様たち十二騎士レベル。だが一番の問題は真ん中の女だ。」

 背中の大剣にまわした手をそのままに、フィリウスさんはドレスの女を睨んだ。

「俺様も会った事はないから顔は知らなかった。だがこうして会ってみたら顔を知らなくてもそうだとわかる。美人だが怪物にしか見えんあの女こそ、おそらくは『世界の悪』と呼ばれる――」


「そうだ、あたいがアフューカスだ。」


 フィリウスさんがその名前を出す前に、そうだとは薄々感じてたけどそうでない方がいいって思ってたその名前が、本人の口からさらりと出てきた。

「悪党の名乗りには二通りあってな。堂々と自身の名を告げ、その名に相手が怯える場合と、相手が怯えながら名前を言う場合。あたいはどっちかっつーと自分で名乗りたい派だ。」

「そうか。噂通りというか伝説通りというか、本当に「悪党とはかくあるべし」と語る奴なんだな。」

「お前も噂通りだな、今の《オウガスト》。若干キモイくらいにムキムキだ。」

 キシシと笑うドレスの女――アフューカス。

「……『世界の悪』……さすがにそれは聞いた事があるな。何百年も生き続け、その時代の名立たる悪党を引き連れて世界に混乱をまき散らす女。何代か前の国王様の時代にはスピエルドルフにも来た記録がある。」

「あー、懐かしいな。夜の魔法に穴をあけてやったらそん時のレギオンがブチ切れてな! 覚えてるか、アルハグーエ!」

『ああ。当時のレギオンマスターを一人殺した代わりに当時の仲間が半分死んだ。いつの日か魔人族をスカウトできたらもう一回挑戦しようと決めたが、あの頃よりも強力になった夜の魔法は攻略法がなくてどうしようもなかった。唯一あったマルフィの奥の手もさっき使ってしまったから、またしばらくは挑めそうにない。』

「仲間とか言うな。あたいにとっちゃその時のそいつらも今のこいつらも便利なパシリだ。んま、そこの男――ロイドに言われて、その形が間違いだったと気づいたんだがな。」

「大将に言われてか。お前、大将に会った事があるのか?」

「会わずにどうやって会話すんだよ、アホ。」

 ロイドが……この女に会った事がある? しかもフィリウスさんが知らないって事は学院に入ってからって事よね……

「ちなみにそこの王女様もいたぜ? ケーキ食ったろ?」

 いきなり話の中に登場したあたしに、全員の視線が集中した。

「は――あ、あたし?」

「……ロイドくんと買い物している時に会ったとかか?」

「そりゃ買い物はよく行くけど――あ、あんなのに会ったら忘れないわよ。」

「んああ、あの時は「あんなの」じゃなかったからな。」

 そう言うと、アフューカスは四角いメガネを右手に出現させ、それをかけた。すると黒いドレスの姿が見る見る変化していき――

「そ、その格好――っていうかあんたは……」


「ふふ、またお目にかかりましたね?」


 見るからに悪党のオーラを振りまいてたアフューカスは、紅茶を片手に窓際で読書でもしそうな清楚な雰囲気の女になった。

「ホットドック屋にいた変な女……」

「ええ、その節はどうも。」

 パッとメガネを外した清楚な女は、一瞬で邪悪な女に戻った。

「あの時聞いたろ? 『世界の悪』とはってよ。んで、その時のロイドの答えがあたいに衝撃を与えた……あぁ、これまで悪逆の限りを尽くしたと自負し、これより先に進むにはどうしたらいいのか迷っていたあたいにバシンと一発の道しるべさ。今までのあたいはぬるかった。実のところ、騎士と同じような事をしていただけだった……正義の味方と同じ事を。」

 うっとりと、けれど邪悪に笑ったアフューカスは、カーミラに膝枕をされてる、まだ目を覚まさないロイドを指差した。

「だからあたいはそいつが欲しい。その答えにたどり着いた理由が知りたい。その考えの根源に出会いたい。どうにかこうにか思想を崩さないようにこっちに連れて来る方法を考えてたんだが、ロイドはそこのプリオル同様、恋愛マスターの世話になった事があったみたいでな、今はあの女を探してるところだ。」

「な、なによそれどういうことよ……全然話がわかんないわよ! 結局あんたはロイドをどうするつもりなの!」

 よく考えたら、ちょっと相手の気分を害しただけであたしの人生が終わるような、そんな奴にあたしは怒鳴ったのだ。

 でもしょうがないじゃない、声が出たんだから。どいつもこいつもロイドロイドって――!!

「いつかは手元に置く予定だ。だがその前に恋愛マスターからレコードをいただく。それがロイドって人間を一から十まで知るのに手っ取り早くて本人の思想に影響がねぇ。」

「レコード……?」

「あの女が運命をいじる時、必ずいじる相手の過去の全てを自分の中に記録としてコピーすんだよ。余計なこじれを生まないように、相手の今現在の全ての運命――つながりをチェックする為にな。だから、それさえあればロイドの事は丸裸にできるっつーわけよ。」

「? 姉さん、しかしそれだと少年が恋愛マスターに出会う前までしかわかりませんよ?」

 悪い顔でしゃべるアフューカスに――たぶんプリオル――が横やりを入れた。

「ああ? それで充分だろ。思想の大元――経験があるとしたら、大した記録がろくすっぽねぇそこの筋肉野郎との旅の中よりも――家族が皆殺しにされたその日にある可能性が高い。つーか確実にそうだと、あたいは思うぜ? そうだろ、《オウガスト》?」

 この女、ロイドの過去を知って――っていうか本当に調べてる……『世界の悪』とか呼ばれる最悪の悪党が……すっとぼけ田舎者のロイドを……

「なにがだ。」

「お前、そこの大事な弟子を悪についてしみじみ考えちまうような状況に放り込んだ事あるか? ねぇだろ?」

「さてな。」

「とぼけんなよ、めんどくせぇ。あたいはてめぇよりも長く生きてんだぞ? てめぇみたいなタイプは結局のところ過保護野郎なのさ。そうでなきゃ、曲芸剣術なんつー狂った剣術をロイドが身につけられるわけがねぇ。」

 ――は? え、なんでここで曲芸剣術が話題になるわけ?

『環境が異常なのだ。』

 あたしが――いえ、たぶんそうなったのはあたしだけじゃないと思うけど、どういう事かわからないって感じの表情になったのを見て、アフューカスの横に立つフードの奴が説明をはさんできた。

『まともな剣術、まともな魔法、両方から離れてただひたすらに剣を回す。旅をしながら、時折実戦を経験させながらそれを保ち続けるというのは、言うなれば青空の下、鎖を繋がずに監禁するような……異常とも言える保護状態でなければ不可能なのだ。まぁ、全てを失って何も持たない状態の子供を拾ったのが世界最強の一人という数奇な前提がクリアされたからこそ、実行できた修行の道だがな。』

「だとよ。するてぇとやっぱ、ロイドの愉快な思想は《オウガスト》に会う前に構築されたもんと考えていい。ほれ、恋愛マスターのレコードで事足りる。」

「そのようですね。無駄口をはさみました。」

 ペコリと頭を下げるプリオル……

 さっき、アフューカスはこいつらをパシリって言ってたけど、プリオルたちはそう思ってない感じ。悪党にしかわからないこの女の魅力に――傍にいられる、ただそれだけを嬉しく思ってるような、そんな変な忠誠心みたいのがあるのかもしれないわね……

「つーわけで、取りあえずロイドはまた今度っつーことで、今はザビクだ。おっと、待たせちまったな、ザビク? あたいらは手を出さねぇからよ、そこの正義を相手にするなり世界を相手にするなり、好きな最後を披露してくれや。」

 そう言うと、原っぱに立つ悪党連中は一切構えることなく、ただ道端の大道芸を眺めるかのように、メガネ野郎を見つめた。

「……舐めるなよ、人間の悪党共が。」

 悪党全員が戦闘態勢をとらずに立ってるだけっていう変な状況の中、ヨルムが震えながら呟いた。

「もはやマルフィでさえ二の次――ロイド様を狙うだと? そう宣言した悪党をみすみす逃すわけがな――」

 ヨルムが両手を広げ、何かの魔法を発動しかけた時、スッと一歩前に出たのはフィリウスさん。

「さがれヨルム。いくらお前でも死にかねない。」

「なんだと? 随分と下に見るじゃないか、お前なら死なないとでも言うのかフィリウス!」

「いや、死ぬ。」

 あっさりと、フィリウスさんはそう言った。

「だが確実に、こいつら全員を始末できる。」

 そう言いながらフィリウスさんは――その大剣を抜いた。

「――! ……お前がその剣を、戦闘が始まる前から抜いたところを初めてみたが……おいフィリウス。」

「なんだ。」

「お前は、例えそれが自分自身を奮い立たせる言葉であっても、できない事をできるとは言わない奴だ。そんなお前が言ったのだ……全身始末できると。」

「言葉通りだ。」

 なにかしら……フィリウスさんがいつもと違うっていうか……すごく雰囲気が冷たい……

「理由を、根拠を教えろ。その――大剣を抜いた瞬間から漂わせている危なげな魔力のわけも。」

? 危なげな魔力? 魔人族にはあたしたちには見えない魔法の気配とか流れが見えるらしいけど……何が見えてるのよ……

「おいおい、マジか!」

 とっくにメガネ野郎に興味がうつってたアフューカスが、驚きながらも嬉しそうな顔でフィリウスさんを指差した。

「ど派手に豪快、大勢の騎士から信頼を得てるっつー、ルールを守らねぇとこを除けば騎士の鑑と評判の《オウガスト》! フィリウスだったか? くっくっく、随分とまぁ――あたい好みの魔法を発動させてやがるじゃねぇか!」

 アフューカスの言葉に、あたしたちの視線はフィリウスさんにうつった。

「こりゃのんびりしてっとマジで皆殺しにされんぞ! くく、さすがは弟子に狂った剣術を叩きこむだけあって、実にいい狂った正義だな、えぇ?」

「狂った正義か。お前たち悪党にはそう見えるんだろうな。」

 ぐぐっと、低い姿勢になって大剣を構えるフィリウスさんからは確かに……何かはわからないけどだんだんと、寒気のする気配が広がってる――気がする。

 何かが危ない。それをやってはいけない――そう感じるような何か……!

「俺様は騎士だから、世界の為に世界が悪と認識した奴を始末する。だがそれ以上に、俺様はフィリウスという男。大将が俺様をどう思っているかは知らないが、俺様にとっての大将は弟子である前にダチだ。歳の離れた大親友だ。だからアフューカス、お前に会ったら言わなければと、夏休みの一件から思っていた。」

「ほう、何だ? ロイドに手を出すなら容赦しないぞってか?」

「誰がそんな生ぬるい事を言うか。手を出すとかその予定だとか、そんなお前らの都合など知らん。理由は一つ、お前らは大将に許容できない悪意を向けた。だから言う――」

 ゾワリと背中を走る戦慄。いつも豪快に、笑いを絶やさない十二騎士は倒すべき敵を前に自分の意思を告げる。


「お前らは殺す。今、ここで。」


 走る突風。時間にしたら一瞬だったと思うけど、フィリウスさんはその大剣を薙ぎながらアフューカスに突撃する。剣先の延長線上にあたる場所が剣の動きに合わせて――まるで竜巻が通り過ぎていくみたいにえぐれ、砕けていく。その破壊と大剣が、それでも笑ってる狂った女に届くほんのちょっと手前で――


「それはイケナイわよ、お兄さん。」


 金属がぶつかる音。破裂する轟音。アフューカスの目の前で爆弾でも爆発したんじゃないかってくらいの衝撃が走り、いつもと違うフィリウスさんの必殺の一撃は目標に到達する前に止められた。


「悪ではないけど間違ってるの。若い子の前で見せていい姿ではないわね。」


 横一線に振るわれた大剣を振るわれ切る前に止めたのは二本の剣。


「折角良い師匠なんだから、そうあり続けて欲しいわ。」


 フィリウスさんとアフューカスの間に入った、見覚えのあるその剣を握ってるそいつは……――っていうかロイドだった。


「た、大将?」

「タイショー? あらま、この子そんな名前なの? 不思議な感じだけど、これが時代の流れなのかしら? やだわ、流行には昔っから疎くて。」

 つばぜり合ってた大剣と二本の剣が離れる。フィリウスさんが稀に見るビックリ顔をしてる前で、さっきまでカーミラに膝枕されてたロイドが……目覚めたと思ったら何故か女口調でしゃべりだした。

「表に出たのはいつ以来かしら。なんだかすごい呪いがかけられたから久しぶりに出てきたけど、悪意のない呪いに打ち消されちゃって、顔を出す頃には全部終わっちゃってるんだもの。もぅ、早とちりしちゃったわぁ……」

 二本の剣を鞘におさめ、「やだわー」って感じに片手をほっぺに添えるロイドは……なんていうのかしら……なんかおばさんみたいだった。

「おいおいおいおいどーゆーこったこりゃ!」

 目の前に現れて自分に迫ってた十二騎士の一撃を止めたロイドがなぜかオカマと化してるそんな状況の中、『世界の悪』は「面白くなってきた」って顔で悪そうに笑う。

「相変わらずあたいを楽しませるなぁ、おい。ザビクの最後を見物しに来ただけだってのに、キレた《オウガスト》がどっちかっつーとあたいら側の魔法で突っ込んできて? かと思ったらその山でもぶった切れそうな一撃をババア口調になったロイドが止めやがった! 盛りすぎじゃぁねぇのか?」

 楽しそうにケラケラ笑うアフューカスの方をくるりと向いたロイドは――


「あらやだ、あなたまだ生きてたの、アフューカス。」


 ――と言った。おばさんロイドにいきなり名前を呼ばれたアフューカスはにやけ顔で困惑顔っていう器用な状態で固まり、その代わりに今回の事件の黒幕のクセに完全に蚊帳の外にいたザビクが驚いた。

「まさかそれは……成功させたというのか? あれを……」

 立ち位置的に、メガネ野郎はアフューカスよりはあたしたち側でへたりこんでたんだけど、おばさんロイドは瞬間移動の速さでその傍に移動した。

「あらやだ、わかるの? あなたなかなか――あらら?」

 腰を曲げてメガネ野郎を覗き込むその仕草が完全に女性なおばさんロイドは、普段のロイドに比べたらそこまですっとぼけてはいないまでもそこそこすっとぼけてた顔をキリッと厳しくした。

「すごい技術ねぇ、それ。相当量のマナ――いえ、生命力を消費しているみたいだけど……その様子だと、もう五、六分は詠唱しているんじゃないかしら?」

 詠唱? 呪文の事だろうけど……でもメガネ野郎はさっきからそこに座ってるだけよね……

「呪文の詠唱を動作に置き換えているのね? まばたきの回数、呼吸の深さ、身体をゆすったり肩を回したり舌を出したり……何でもないような動作を言の葉に置換――なるほど? このタイショーちゃんに強力な呪いをかけようとしたのはあなたね?」

 おばさんロイドはロイドの剣を……いつものロイドとは違う持ち方で構えた。

「……呪文の要素を別の物に置き換える事は熟練者であれば誰でもやることだが……そこまで細かく見抜かれるとは恐れ入る。あと三、四分は怒れる十二騎士で時間稼ぎをと思っていたのだがな……珍客のせいで主様の望むモノには届きそうにない……」

「今すぐにその詠唱を止め――いえ、そもそも自身の生命力ですら惜しみなく使っているのだから、そのつもりなのよね。」

 きっとメガネ野郎にしたら本日二回目……おばさんロイドのためらいの一切ない一振りで、その首は胴と離れた。

 だけど――

「やだわ、これが歳ってやつかしら。」

 苦い顔でおばさんロイドがそう呟くと、血を出さずに宙を舞うメガネ野郎の口元が凶悪に歪み、身体共々――まるで幻だったかのように紫色の霧へと形を崩した。

「霧散しただと……? なんだその異常な死に方――いや、死んでいないのか!? 姫様との戦闘で相当な疲労を――」

「安心なさい、蛇さん。」

 鋭い目つきのまま、だけど緊張感のない言葉をさらりと言ったおばさんロイドはアフューカスの方を向いた。

「今のは、あのメガネの坊やが自分の全てを代償にして魔法を発動させた結果よ。だから死んでいる――ええ、生物的には死んだわね。けど――」


「たっはっ、そうきたかザビク!」


 急に笑ったアフューカスの手には、いつの間にかメガネ野郎のメガネがあった。

「自分を追いつめた正義を呪い殺すでも、無差別殺戮をおっ広げるでもなく、悪の証を残す道を選んだか。さて――おいケバルライ、これはどういうモンだ? この、ザビクの全てを代償に成ったマジックアイテムは。」

 アフューカスの言葉にヨルムが驚きの声をあげる。

「マ、マジックアイテムだと……あの男はそれになったというのか?」

「それは語弊のある言い方ね、蛇さん。別にあのメガネがさっきのメガネの坊やってわけじゃないわ。メガネの坊やの――文字通り全てを代償にして誕生したマジックアイテム。高名な魔法使いが死に際にそういうモノを作るっていうのは珍しいことじゃないわ。」

「……ロイド様の声で「蛇さん」などと言うな。そもそもお前は誰だ……」

「あらら、そういえば自己紹介してなかったわね。だけどそれ、ちょっとあとでもいいかしら。」

「……敵ではないのだな。」

「もちろんよ。」

「ほぉ、これはこれは。ふふ、ザビクらしいと言えばザビクらしいマジックアイテムだ。この一見何の変哲もないところがまさしく、な。」

「一人で喜ぶな、説明しろ。」

「このメガネをかけると、かけた者が抱く悪意を現実にする為の手順が頭の中に思い浮かぶ。」

「あん? これだから科学者はまわりくでぇ……ハッキリ言えよ。」

「ハッキリ言ったつもりなのだが……要するに悪魔の囁きというやつだ。どんな人間にだって……例え正義を謳う騎士にだって、あいつをギャフンと言わせてやりたいと悪巧みの入口に立つことはあるだろう? それを叶える為の手順をこのメガネが教えてくれるのだ。ザビクの、あの最悪の頭脳によって導かれる完全犯罪の計画を。」

『ほう。つまりは悪党養成メガネというところか。』

「あっは! ムリフェン並みのネーミングセンスの無さよ、アルハグーエ! あはは!」

「聞き捨てなりませんね、ポステリオールさん。私のどこが――」

「黙れお前ら。」

 白衣のおじいさんからメガネを受け取ったアフューカスはそれをかけた。

「あぁん……なるほど、こういう事か。くっく、あたい好みじゃあねぇが、こんな完全犯罪の計画書を見せられたら聖人善人ガキに騎士、なんでもござれで上等な悪党のできあがりだ。面白れぇじゃねぇか、ええ? 腹の黒さがにじみ出て渦巻くあっちこっちの王族貴族に渡してみろ、崩壊までまっしぐらだ! おいおいこりゃあ面白れぇモンを作りやがったぞ、あの野郎!」

 キシシと笑ったアフューカスは、腰に手をあててあたしたちの方を向いた。

「――で、どーするよ? ザビクの最後は見届けたし、こんな面白れぇお土産までもらったあたいは満足さ。これをどこのどいつに使うか、品定めをしたくてたまらねぇ。あたいらの顔見せもできた事だし……ま、欲を言えばそこのお前、ロイドの中にいきなり出てきたそのババアが何なのかをハッキリさせてぇところだが――」

「失礼ね。あんたも相当なババアでしょ。」

「――とまぁ、めんどくさそうだ。ザビクが驚くほどの魔法を使ってるっつーんだから、きっと長々と演説かまさねぇと説明できねー感じだろ? 講演会は悪党の専売特許でな、正義の味方の自慢話なんざ聞きたくもねぇ。っつーわけであたいらは帰ろうと思うが?」

「同じことを言わせるな『世界の悪』。俺様は言ったぞ、今ここで殺――」

「あなたも同じことを言わせないのよ、お兄さん。」

 一歩前に出ようとしたフィリウスさんのお腹をぺちんとおばさんロイドが叩いた。

「お兄さんが強いのはわかったけど、さっきの魔法はやっぱり感心しないわ。それに、こうやって魔人族――吸血鬼のお嬢ちゃんまでいて戦力的にはまずまずだけど、同時に未熟な子もいる。さっきのメガネの坊やレベルの悪党が数人にアフューカスとアルハグーエ……勝ててもこっちには死人が出るわ。」

「ほぉ、正義の味方にしちゃ控え目だな。」

 少し残念そうな顔をしたようにも見えるアフューカスに……別に、好きでそうしてるわけじゃないと言わんばかりの厳しい顔でおばさんロイドはアフューカスを睨んだ。

「悪党が皆殺しなら、正義は全員生還が基本なのよ。とっとと消えなさい――見逃してあげるわ。」

「上等だババア。名前を聞いておこうか?」

 アフューカス……っていうか連中の背後に、連中をすっぽり飲み込めるくらいの大きな――黒い穴が出現した。

「……マトリアよ。」

「そうかマトリア。次は殺すが――一先ず見逃してやろう。」

 その言葉を最後に、背後の穴に悪党連中は消えていき――あとには何事もない原っぱが戻って来た。

「……憎まれっ子世に憚るって言うけど、さすがに居残りが過ぎるわよねぇ、あいつ。」

 今回の事件の首謀者が死に、その仲間たちもいなくなり、ついに――やっと、あたしたちはあたしたちの味方だけの状態になった。

「さてと、ちょっと確認したいんだけど、みんなこの――タイショーちゃんのお友達?」

「ロイド様だ、その身体の持ち主の名前は。それと、この場で一番の珍客はお前なのだ。とりあえずお前は誰だ――マトリア。」

「ちゃんと説明する――あらやだ、お兄さんったらいい腕してるのね。」

「?」

 今のところ、このおばさんロイドがお兄さんと呼ぶのはフィリウスさんなわけで、呼ばれたフィリウスさんが首をかしげると、おばさんロイドは申し訳なさそうに腰にくっついてるロイドの二本の剣を抜いた。

「悪い事しちゃったわ。」

 同時に、その刀身は粉々に砕け散った。




「えぇ? どこだここ。」

 ふと気が付くと、オレはよくわからない場所にいた。見渡す限り何にもない……広いのか狭いのかもよくわからないその空間で、顔をきょろきょろ動かしたオレはとりあえず……んまぁ、横には広いという事を理解した。

 オレはなぜか椅子に座っており、オレの右横には向こうが見えないくらいに同じ形の椅子が一列にずらりと並んでいるのだ。左横には何もないから、オレは並べられた椅子の一番端に座っている事になる。


「ああ、やっぱりそうなるのね。」


 いつからいたのやら、前を向くと目の前に一人のおばあさんが立っていた。ただでさえ小さいのに腰が曲がっており、別に高身長でもないオレでも見下ろす事になる身長のおばあさんだが、オレが椅子に座っている事もあって互いの目線は同じ高さにある。

 白い髪の毛が無造作にカールを巻き、優しそうな笑みを浮かべ、質素な服に身を包んで両手を背中にまわしているその姿は、まさにザ・おばあちゃんと言えるだろう。

「あたしの元の家が家だから、子供や孫を守る為と思って自分の魂の一部を定着、受け継がせる魔法をかけたけど……こうなる事を予想できなかったわ……未熟者よねぇ。」

 おばあさんはちょこちょこと近づき、オレのほほを撫でた。

「女の子ならともかく、男の子の魂にあたしの……一部とはいえ女性の魂がくっついているんですものね。おかげでサードニクスに生まれる男子はみんな中性的な顔立ちになってしまったわ。ごめんなさいね。」

「いえ……と、と言いますか、えっと……?」

「あらやだ、自己紹介してなかったわね。あたしはマトリア・サードニクス。ジャガイモ作りのサードニクスと言えばあなたの事でありあたしの事よ。」

「じゃがいも? た、確かにうちはじゃがいもも作っていましたけど他のも色々と――っていうかサードニクスって……」

「あら、そうなの? こうやって表に出てきたのは久しぶりだから……あらやだ、いつの間にかじゃがいも以外も作るようになったのね? いいことだわ。」

「表?」

「あなたにとても強力な呪いがかけられたから、それを打ち消すために出て行ったのだけどね。あなたには悪意のないそれ以上に強力な呪いがかかっていたからあたしが出る必要なかったわ。んもぅ、昔っから早とちりで嫌だわ……」

「えぇっと……」

 このおばあさんの言った事を整理――というか発言から推測するに――

「……オレのご先祖様ですか?」

「そうよー。言うなれば、農家の名門サードニクスの初代の奥様があたし。」

 うふふと可愛く笑うおばあさん。

「そう――ですか。じゃ、じゃあ……おばあちゃんって呼んだ方がいいのかな……」

「そうね。「ひい」をつけ出したら何回もひいひい言わなくちゃいけなくなっちゃうわ。」

我ながら順応が早いことだが……なんというか、ご先祖様だと言われると「ああ、確かにね」と、妙に納得できる。何がそう判断させているかはわからないが……

「……えっと、おばあちゃんは……オレのご先祖様で……さっきの話からすると、自分の子孫を守る為に魔法を……?」

「何かあった時の為の……そうね、保険みたいなものかしら。今回みたく、呪いをかけられたりなんかすると、普段は眠ってる……いえ、存在していないから眠ってるとも言わないかしら? ま、どこからともなくあたしが出てきて何とかするのよ。」

「それを……何代も……?」

 ふと合点がいく。つまりはオレの横に並ぶこの椅子が、先代が座っていた椅子なのだ。きっとオレの隣の椅子には父さんが――あ、いや母さん? ま、まぁともかく親が座っていて、その隣にはおじいちゃんかおばあちゃんが座っていたのだ。

 この椅子の列はサードニクス家の歴史――ってこんなに長い家系だったのか、うち!?

「親から子へ、あたしの魂は移っていくの。ちなみに、感覚的に力が半分くらいな気がするから……あなた、兄弟がいるわね?」

「……妹がいます。」

「そう、それは良い事だわ。うふふ、あなたは出会いにも恵まれているみたいだし、サードニクス家はまだまだ安泰ね。」

 自分の子孫の事を心配し、末永く見守る為に自分の魂の一部を代々受け継がせていった……いや、言葉にするのは簡単だけどそんな事が可能なのか? んまぁ、こうやって実際にそうなっているから可能なんだろうけど……そんな物凄い魔法をじゃがいも作りのサードニクスが?

 そうだ、さっき元の家って言っていたな……

「こんなすごい魔法を使えるなんて……おばあちゃんは何者なんですか……?」

「うふふ、おかしなことを聞くのね。平和で穏やかな生活を求め、あたしを受け入れてくれるあの人に出会って……穴掘り名人って呼ばれただけのただの恋する女の子よ。」

「……そうですか。」

 ……これはきっと答えてくれないな。

「あら? うふふ、あなたのお友達があなたを心配しているからそろそろお戻りなさい。立ち上がって、あっちへ歩いて行くのよ。」

「……わかりました。」

 すっと立ち上がり、オレはおばあちゃんの指差す方へ歩き出――

「あ、ちょっと待ってちょうだい。お願いがあるの。」

「あ、はい……」

「この魔法……あたしという魔法はね、あたしの魂だけで成り立ってる魔法じゃないの。」

「?」

「あたしの魂と……代々受け継ぐように言っておいたとある物、この二つがそろって初めて魔法は維持されているの。妹ちゃんがいるから半減してるのを差し引いても、今のあたしはあまりにも力がない……きっとアレがあなたから離れたところにあるんだわ。」

「アレ?」

「ご両親にでも聞いてみてちょうだい。サードニクス家に代々伝わるモノがあるでしょってね。」

 ……難しい事を言うおばあちゃんだ。

「……聞いてみますね。」

「ええ、お願い。それと、できればもうあたしが出て来るような事態にはならないようにね。」

「! そうだった、まだお礼を言っていませんでした。」

 手を振るおばあちゃんに、オレはぺこりと頭を下げる。

「助けに来てくれて、ありがとうございました。」

「うふふ、何もしてないわよ。」


 小さくなっていくおばあちゃんを見ながら歩く。

 なんか、もっと色々聞くべきだったような気がするし、我ながら冷静なんだけど……でもあのおばあちゃんの雰囲気はなんというか――有無を言わさず多くを語らない――的な感じだ。できる事なら自分という存在を知らずに一生を終えて欲しいと思っているみたいな……

 あのおばあちゃんについては調べる必要があるけど……でも今、確かに思うことがある。

あんなすごい魔法使いがご先祖様なのだから……もしかすると……

 あの夜の事は、ただの不幸じゃなかったのかもしれない。



「ロイド様ぁっ!!」

 目が覚めると同時に凄まじい圧迫感。まるで万力のようなパワーで締め上げ――い、いや、抱きしめられているオレ。このパワーはたぶんミラちゃん……

「く、苦しいよミラちゃん……」

「す、すみません!」

 パッと解放されたと思ったら今度は――

「ロイくんってばもう!」

 リリーちゃんに捕まった。ミラちゃんほどではないにしろ、むぎゅぅっとしてくるリリーちゃん越しに周りを見る。

 場所は……え、原っぱ? いつの間にやらスピエルドルフの外にいるぞ……

「よ、よかった、いつものロイドくんだ。」

 オレの顔を覗くローゼルさん。その隣にはティアナとアンジュと……何やらホッとしてしまういつものムスり顔エリル。

「これでようやく事件解決か。濃い一日だったなぁ、大将。」

 やれやれって顔で原っぱの上に座り込んでいるフィリウス。その傍にはヨルムさんもいる。

「おいおいロイド、さっきのはなんだったんだ? お前、女装に飽き足らず本格的に女になろうとしてんのか?」

 ニヤニヤした顔でオレを見下ろすのはストカ。その足元にはユーリが座っている。

 どうやら、オレが気を失う前にいたみんなはそのままいるみたいだ……良かった。

「ロイド様……ああ、またワタクシはロイド様を失うところでした……あんな人間の策略に……ワタクシ、自分が許せませんわ……ロイド様、どうかワタクシに罰を……」

「い、いいよそんな……あ、あとリリーちゃん、そろそろ離してください……」

「よくありません!」

「……じゃあ、えい。」

「はぅ。」

 オレはリリーちゃん越しに、ミラちゃんにデコピンをした。

「ミラちゃんに……悪いところはないよ。オレたちの為に色々してくれてたんでしょう? んまぁ、まだ何が起きてどうなったのか全然わかんないけど……何であれ、ミラちゃんは悪くないよ。どうしても自分がって言うなら、今のデコピンが罰だから。」

「――!!」

 ミラちゃんが何とも言えない可愛い――か、顔になったところで、ムスッとしたエリルがすぅっと近づき、腰を曲げてオレに顔を近づける。

「……で、あんたさっき一体どうしたのよ。」

「……オレ、一体どうなってたんだ?」




「本当によかったんでさぁ?」

 どこかもわからない広い一室で、到着するなりバケツに並々注がれたコーラを通常の三倍くらいの径を持つストローでズビズビ飲む太った男がそう言った。

「なにがだ? おいアルハグーエ、あたいにも飲み物よこせ。」

 先ほど手にしたメガネを眺めながら、ドレスの女はソファに沈み込む。

「少年の中に出てきた謎の人物でさぁ。それだけでも変っすけど、《オウガスト》の気合の入った一撃を軽々止めたでさぁ。ありゃあ相当なモンっすよ?」

「言われなくてもわかってるし、あの攻防を見りゃああれが何なのかは予想がつく。んあ、おいアルハグーエ、何であのデブと同じコーラなんだ。」

『? あれを見て飲みたくなったのではないのか?』

「あんなの見て自分も飲みたくなる奴なんかいるかバカ。ったく、それでいい、それよこせ。」

 フードの人物からコーラの缶を奪い、片手であけてぐびぐびとそれを飲むドレスの女。それを満足気な顔で眺めながら、金髪の男が口を開く。

「《オウガスト》の大剣を受けた時、あの少年は剣の魂を呼び出していたからな。あの技術は誰にでもできるモノじゃない。」

「なんでさぁ、それ。」

「モノの持つ存在の力、可能性、色々と言い方はあるけど大抵は魂と呼ばれる力だよ。長く使ったモノにはそれだけ多くの力が宿ると言う。ただ、この力を引き出すことができる者は非常に少ない。なにせ、技術ではなく体質所以の技だから。」

「プリオルよ、ワレの前でそんなオカルトな話をしてくれるな。科学的に言えば、あれは質量をエネルギーに変換しているのだ。長く使った物の方が――とかいう話は、単にそういう物の方がもろくなっていてエネルギーにしやすいというだけだ。」

 目を閉じてぽつぽつと語った老人の横、だるそうな顔でそれを聞いていた金髪の女がやれやれとあきれる。

「なんだっていいわよ、そんなの。なんかすごい力をモノから引き出せる能力を持った奴がいるってだけの話でしょ。」

「はっはっは。妹よ、「だけ」とは言うが、この能力を持つ者は持つが故に圧倒的な強者なのだ。あながち無視はできないだろうさ。」

「その上他人の身体に憑依するような魔法まで使っているのですから、やはり相当な手練れでしょうね。『ゴーストスーパーウーマン』ですね。」

 先ほどまでバニーの格好をしていた女が、赤を基調としたカジノのディーラーのような服装で暗がりから現れた。

「ああ……いや……ううん……ムリフェン、確かに先ほどの服装は肌を露出し過ぎと言ったけれど、そうやっていつもの格好に戻ってしまうと男としてはさっきの方が良かったのではないかと自問自答が始まってしまうね。いやいや、その格好もスタイリッシュでボクは好きだけど。」

 男装と見られても不思議ではないパリッとした上下で肌の露出は一切なく、しかしそれでも浮き彫りになる身体のラインは美しく、金髪の男が言ったスタイリッシュという言葉が非常にしっくりくるその女は、肩の辺りでクルンとカールを巻く黒髪を揺らし、母親のような優しい眼でニッコリとほほ笑む。

「アレハ憑依って言うよりは魂をくっつけてる感じだったわねぇ。ナンニしても、特殊な能力に高度な魔法って組み合わせなのだから、絞り込むのは難しくないわよ。」

 太った男がストローをさしているバケツに空のグラスをくぐらせ、すくったコーラを飲みながらそう言ったのは蜘蛛の女。いまいちどこが口なのかわかりづらく、マフラーの下にコップをつっこんでいる。

「ったく、今はどうでもいーんだよ、んなこたぁ。」

 それぞれの悪党が思い思いに呟くのをうるさそうに聞いて空になった缶を投げつけるドレスの女は、頬杖をついて悪い顔をした。

「今は恋愛マスターだ。とっととあいつを連れてこい。」

「ああ……私はもう少しでその恋愛マスターにつながりそうだったのですが……ザビクさんも嫌なタイミングで終わりを迎えてくれました。『空気読めないマン』ですね。プリオルさん、もしかしたら続きができるかもしれませんので、私を拾った場所に移動させてくれませんか?」

「喜んで。」

 金髪の男がディーラー姿の女の手をとると、二人の姿はその場から消えた。

「やれやれ。そろそろ飲み終わったか、バーナード。ワレらは一度会っているのだからな。頑張って見つけるとしよう。」

「その前の腹ごしらえでさぁ。いい蛇料理の店を知ってるんでさぁ。」

 奇妙な事だが、老人も太った男も、まるで反発する磁石のように床から数センチ浮き、そのままの姿勢でスーッと移動してどこかへ消えた。

「アラ? ナァニ、みんなペアで動くの? コウナるとアタシとポステリオールでコンビ結成ね。」

「お断りよ。あたし、蜘蛛って嫌いなの。」

 金髪の女がパッと消え、残った蜘蛛の女もやれやれと呟きながら部屋の暗がりへと消えていった。残ったのはドレスの女とフードの人物。

『……六人だから余らずにペアが作れるのだな。どうする、補充するか?』

「はぁ? 何言ってんだお前。最後には全員殺すっつったろうが。」

『そういえばそうだったな。しかしその最後とは?』

「ロイドを手に入れ、あの思想を理解し、あたいが新たに悪として立つその時だ。待ちきれねぇなぁ、おい。」

『そうか。しかしそうなると私もいよいよというわけか。』

「あぁ? お前はそのままだろ。そもそも勘定に入ってねぇんだから。」

『ひどい扱いだ。転職するかな。』

「ぶは! なんだ、騎士にでもなるか? ぶはははは!」




「えぇっと、ミラちゃん? こ、これはやっぱり――」

「問答無用です。今夜だけはダメです。つい先程失いかけた愛する人の温もりをしかと感じませんと不安で眠れません。欲を言えば、これから先ずっとこうありたいところです。」

「で、でもさすがに……」

「いいではないですか。不本意ではありますけど、みなさんもご一緒なのです。ワタクシが隣でありさえすればこの際他はどうであっても構いません。さ、お疲れなのですからお早く。」

「む、むしろみなさんご一緒っていうのがさらにというか……」

 オレはチラリと横を見る。

「今日ほど自分のくじ運というモノを呪った事はないかもしれん……」

「な、なんかずるい……だ、だっていつも……い、一緒の部屋なのに……きょ、今日くらいは……」

「そーだよねー。仮恋人のお姫様が順当にそこっていうのが出来過ぎだよねー。お姫様、王家直伝のイカサマとかしてたりしない?」

「そうなの!? じゃーもう一回だよもう一回! ボクがそこになるまでもう一回!」

「んなわけないでしょ! た、たまたまこうなったのよ!」

 詳細はとりあえず後日として、ざっくりと意識が無かった間に起きた事を聞いたオレは……

どうやらかなりヤバイ事になっていたようだった。ザビクの周到な策略により、ミラちゃんの守りを突破してオレにかけられた呪いはおばあちゃんが顔を出すほどに強力で、そのままだったらオレがミラちゃんの弱点となってスピエルドルフが大変な事になっていた。

 が、呪いというのは他の呪いと干渉するモノであり、オレには恋愛マスターがかけた運命操作? 的な力が……分類すると呪いとも言えるそんな力がかかっていたから干渉が起きてその呪いは打ち消された。

 その後あのアフューカスが登場したとか、いつかの不思議なお姉さんがそうだったとか、とんでもない悪党集団がやってきたとか、色々あったらしいけどこの辺が詳細という事で後日に回され、何故かオレはミラちゃんに連れて来られて……妙に大きなベッドの前にやって来た。

 守備を固めたのに結局はオレに呪いがかかることを許してしまった……それを悔やんでいるのはさっきわかったけど……ど、同時に……その、オレをう、失いかけた……とかなんとかでとにかく今日は傍を離れたくないというのだ。

 そうした流れでベッドにいるのだからつまり……い、一緒に寝ようという事だ。

 だ、だけどそんなの、オレの彼女であるエリルが黙っているわけないというかみんながギャーギャー言うというか、結局全員一緒に寝るという斜め上の結果になり、どういう並びで寝るかをくじ引きで決めた……ようだ。


「ふっふっふ、弟子の幸せなひと時を邪魔するほど無粋な師匠じゃないぞ? 楽しめ大将!」

「んあー、俺も一緒に寝たいぞ。」

「バカ言うなストカ。寝相悪くて全員を尻尾で叩くのがオチだ。安心しろ、ロイド。ストカは私が責任をもって拘束しておく。フランケンシュタインとして、愛の満ちる場所に暴力は持ち込ませないさ。」

「部屋の外に警備の者――と言いますか俺がおりますので、姫様方はご安心してお休みを。」


 普通なら止めてくれるはずの立場の人たちがそれぞれの笑顔でオレを部屋に残して去っていき、非常に居づらい状況になった。

 お、女の子と一緒の布団で寝るとか、母さんとパムとしか経験がないオレにはきっと耐えられないカオスだ。男として鼻の下が伸びそうなのは認めるが、それ以上に……きっと、理性がとぶ前にオレの意識がとぶ。

「いや、なんか、絶対、おかしいと、思うんだよ。みんなはベッドでね。オレは床で寝るからね。じゃあおやす――」

「諦めて下さい、ロイド様。」

 吸血鬼パワーでぐいとオレを引っ張ってベッドの真ん中に放りなげたミラちゃんは相変わらず黒い服で……ただ、それはネグリジェで色気がやばくて……

「わ、わかった! はい、じゃあおやすみなさい!」

 ついさっきご先祖様に会ったからだろうか、オレ――サードニクス家の男性は、きっと代々据え膳とやらに手を出さずに眠るタイプなのだきっとそうなのだ。

 そうとも、なにやら男は中性的な顔になると言っていたし、フィリウスならげへへと笑いそうなこういう状況を「トンデモナイ」と捉え、頑張って眠るのだ。

 なんだか何を言いたくて何を考えているのかわけがわからなくなってきたけど……とにかく寝るのだ。寝てしまえばこっちの勝ちなのだ!

 こんな状況はオレの許容を遥かに突破してしまっているのだから!

「思いもよらない時に近づいてくるというのに、こういう時は相変わらずの恥ずかしがり屋なのですね、ロイド様は。」

 目の前にぼふんと落ちてきたのはミラちゃん。おでこがぶつかる距離なんですけど!

「ち、近いと思――びゃあ!」

 慌てて向きを逆にしたら、反対側にはエリルのムスッとした顔があった。

「人の顔見てびゃあとはなによ。」

「そ、それもそうだな……むしろエリルである事を喜ばないとな。安心する。」

「ど、どういう意味よ!」

「どうってぎゃあ!」

「冷たいですね、ロイド様。ワタクシの方を向いてくださらないのですか?」

「だ、抱き付き禁止です! ミラちゃん、いろいろとやばいです!」

「敬語禁止です。」

「ええい! 何をしているのださっきから! あまりハレンチな事は許さないぞ!」

「やっぱりダメだよ! ていうかカーミラちゃんがロイくんの隣確定っていうのがダメなんだよ! もう一回公平に! ボクがロイくんの隣になるまで!」

「両隣は女王様とお姫様でいーんじゃない? あたしは上に乗っかるよー。」

「そ、その手が……あ、あったんだね……」

「みんな落ち着いて! 変な空気だから! だいぶ変だから! 数えきれないくらいに色々とオレがダメだから!!」




 田舎者の青年が先日のお風呂場の一件に匹敵するレベルで頭の中を真っ白にしている頃、青年の師匠は巻き戻しのようにあっという間に戻っていく、ついさっきまで瓦礫だった街を見下ろしながら城のテラスにいた。

「戦闘は想定内だったからな。事前に魔法をかけておいたのだ。」

 その横に立っているのは赤い瞳を光らせる蛇。

「フィリウス、これは独り言だが……俺は、お前のあの戦闘スタイルをお前の主義のようなモノだと思っていた。だがそうではなかったのだな。いや、主義でもあるがメインはそうではないというところか。」

「妙な独り言だな。」

 ニヤリと笑う筋骨隆々の男は夜空を――夜の魔法によって描かれている空を見上げた。

「全員がそうとは言わないが、十二騎士になるような奴にはどこかにあんのさ。『世界の悪』が言うところの狂った正義がな。」

「……ロイド様を悲しませるなよ。」

「そういうセリフは大将が女の場合に言うもんだぞ。ところでマルフィも言っていたが、レギオンマスターの他の二人はどこに行ったんだ?」

「さらりとその名前を出すな……フルトとヒュブリスにはともかく、俺にとっては因縁のある相手なんだからな。あの二人は別の仕事だ。今日という日に、この場所に近づけてはいけない存在を殲滅するというな。」

「スピエルドルフにも色々あるわけだ。」

「……マトリアという名前に覚えは?」

「いきなりだな。残念ながらない。図書館で調べるつもりだ。」

「あの女……奇妙な技を使っていたな? お前の一撃を軽々と。」

「おかげで大将の剣が砕けたがな。ま、あの剣の加護からの卒業って意味じゃ丁度良かったかもしれん。」

「……何かわかったら情報をよこせよ? 勿論、あの蜘蛛女の事もな。ロイド様を狙う一味の一人とあってはますますの警戒が必要だ。」

「ああ。」

 蛇がくるりと背を向けて去って行くのを見つめ、再度夜空を見上げた青年の師匠はぽつりと呟いた。

「大将よ、七年前のあの日、俺様一体どういうガキンチョを拾ったんだ?」




 ドタバタと、広いんだけどさすがにこの人数だとせまいベッドの上でぐるぐるなっている内に妙なポジションで落ち着き、ハッと気が付くと朝になっていた。

 あー、いや、この国に朝はないから……たぶん体内時計的に朝になった。

 いや、というかそんな冷静に考えている場合じゃない。腕や脚のあちらこちらにヤバイ感触がある。自分以外の体温がふんわりと……柔らかく伝わってくる。

 そして、おそらく一番ヤバイ事になっているのは……仰向けになっているオレの上にうつ伏せで寝っ転がっているエリルだ。目線的には少し下、胸の辺りにエリルの顔がある。すぅすぅと聞こえてくる寝息が……あ、いや、寝息で言うならオレの真横に顔がきているリリーちゃんもそうだけど……い、一体何がどうなればこうなるのやら。

 あの時のお風呂場ほどひどくはないけど、全員がそのまま寝ているというのがヤバさを増加させている。

みんなが起きてから目が覚めればよかった……どど、どうすれば……とりあえず手足を魅惑的な感覚から遠ざけ――

「……? あれ……なんか身体に力が入らない気がするな……しびれてるのか……?」

 いや違う……疲労? とはまた少し違う感覚。何もしていないのに元気だけを持っていかれたかのような……なんだこれは?


「おはようございます、ロイド様。」


 寝息と自分のいつもより大きな心臓の音しか聞こえなかった部屋の中にささやかれた小声に驚き、首だけを動かして周りを見ると、ベッドの傍にミラちゃんが立っていた。ど、どうやらこのヤバイ感触の中にミラちゃんは入っていないらしい。

「お、おはようミラちゃん……え、えっとこの――アレはですね……」

「勝手とは思いましたが、よくよく考えたら目の前でロイド様が寝ているのですから……ワタクシが我慢できるはずがありませんでした。」

「?」

 反射的に現状の言い訳をしようとしたオレだったが、それについては特に触れず、代わりにミラちゃんはゆっくりと指先を自分の唇――いや、その内側の鋭い歯に添えた。

「至福、のひと時でした。」

「?? えっと何のはな――」

 その時気が付いた。左が黄色で右が黒という色合いのミラちゃんの眼が、今はどちらも紅々と輝いている。まさに――吸血鬼といった風に。

「! あ、オ、オレの血を!?」

 首に手をまわそうと思ったけど力が入らず、オレは顔だけでビックリした。

「ご心配なく。痕を残すような素人ではありませんから……ただ、あまりにその……良かったので、少々飲み過ぎたと思います……申し訳ありません。」

 うっとりとした顔でそう言ったミラちゃんの色気はとてつもなく、顔が熱くなった。

「時間的にはまだ早朝ですから、ロイド様はもうしばらくお休みください。ワタクシは少し出かけてきます。」

「ど、どこに行くの?」

「ロイド様の血――いえ、愛によって力を得ている今のワタクシは、正直言って誰にも負ける気がしません。この上でロイド様が熱い口づけで「いってらっしゃい」などと言ってくれたら世界征服も文字通りに朝飯前でしょうね。」

「そ、そうで――そうなんだ……」

「ですから、国内でいくつか問題になっている案件を片付けてしまおうと思うのです。未来の国王から愛の力を与えられた女王として。」

「――!!」

「ふふふ、朝食までには戻りますので。」

 そう言ったミラちゃんは、動けないオレからも外が見える位置にある窓を開いてピョンと飛び降り――そして、巨大な黒い翼を広げて夜空へ消えて行った。

「…………早く思い出さないと。」

 ミラちゃんの気持ちを受け取り、しかしきちんと受け取り切れない今の自分。忘れてしまっている一年間の記憶を早々に引っ張り出さなければならない。

 加えてあの夜の事も……恋愛マスターの言葉とおばあちゃんの登場で、今までぼんやりとしていたモノが具体的な疑問になってきた。今のオレの頭にあるあの夜の記憶は本当に正しいのだろうか。パムと食い違っている時点でかなり怪しいオレの記憶――あの夜、本当は何が起きたのか。


 思った以上に、今のオレはふわふわしているらしい。


「……んまぁ、現状もふわふわというかふよふよというか……」

 ああ、まずはこの状態からどうやって脱し――


「ん……」


 寝息じゃない声が聞こえた。下を見ると、いつもの寝起きの悪いしぶしぶ顔のエリルが半目でオレを見上げていた。

「……」

「お、おはようエリル……」

「……おはよう……」

 口をむにゃむにゃさせ、ぼーとオレの顔を眺めるエリルは、段々とまぶたが上がっていき――

「……! ――!?」

 カッと目を見開いた。そのままガバッと起き上がって燃える拳をオレに叩き込んでくると思ったが――エリルは全開になった目をゆるゆると閉じ、赤くはなっているけどいつものムスり顔になった。

「……こんな事だろうと思ったわよ……どうせ。」

「お、落ち着いてるな、エリル……」

「どこかのバカが同じ事ばっかりするから慣れてきたのかもしれないわ。」

「そ、そんなにやった覚えはない――い、いややったというかなったというか……」

「どうだか……」

「そ、それよりエリル、この状態から脱出したいんだけど……」

「…………べ、別に……いいんじゃないの?」

「えぇ?」

「ど、どうせ他の誰かが起きたら全員が起きる事になるわよ……いつもみたいに大騒ぎで……」

「?? どういう事?」

「だ、だから……!」

 むぐっと、エリルはオレに向けていた顔をオレのパジャマにうずめた。

「し、しばらくこのままでいたらいいじゃないって話よ……!」

「!! エ、エリル、そそ、それはそのあの――」

「う、うっさい! あんたも寝たふりしてなさいバカ!」

 わざとらしい寝息をたてはじめたエリル。オレは……自分の心臓を更に加速させて天井を見つめる。

 あー……うん、そうだろうとは思ってたけど……みんなの押しにもそうだしエリルにもそうなのだから確実に……


 オレは、きっと尻に敷かれるタイプだ。




 夜の国、スピエルドルフで一騒動あった日から数日後。田舎者の青年がドタバタとした朝を迎えてスピエルドルフを後にし、濃い時間を過ごした休日からいつもの学生生活に戻ったそんな頃、剣と魔法の国、フェルブランドの首都ラパンにある王城の一室にとある面々が集まっていた。

「イベント以外で全員が集まったのはいつ以来だったか。ま、ひとまず集まってくれた事に礼を言う。」

 カーテンを閉め、壁に写るスクリーンのみが明るく光る部屋の中、その光の横に立つ筋骨隆々とした男がそう言った。

「招集をかけたのが俺様だから、中にはしょうもないことで集めたんじゃないかと思ってる奴もいるだろう。実際、前にそんなことをした覚えがあるしな。だが安心しろ、今日は真面目にヤバイ話だ。」

 男が手を振ると、スクリーンに一人の女の写真が写った。うねうねとウェーブした髪、狂気をおびた眼とにやけた口元。逆さの十字を耳に、逆さの髑髏を首にさげたその女の姿に、部屋の空気が変化した。

「言わなくてもわかるだろうが、『世界の悪』ことアフューカスだ。最近になって活動を再開した的な報告は全員受けてただろう。でもって俺様はこの女に数日前に会った。この写真はその時の俺様の記憶を抽出したもんだ。」

 男以外の面々――席に座ってスクリーンを眺めていた十一人が少しざわつく。

「先に断っておくが、どうして会ったのかっつー話はできない。ちょっとばかしデリケートなんでな。なら俺様は今日、お前らにアフューカスに会ったって事を自慢しに来ただけかっつーとそうじゃない。」

 映像が切り替わり、八人の人物の写真が写った。

「アフューカスに会うのと同時に、俺様は通称『紅い蛇』と呼ばれるアフューカスの手下全員の顔を見る事ができた。今日の本題はこっちだ。」

 十一人の中には立ち上がる者もいたが、男は画面を切り替えて八人の内の一人――肉が垂れて目が見えないスキンヘッドの男の写真をアップにした。

「情報自体は《ディセンバ》から行ってたと思うが、まずはこいつ。『滅国のドラグーン』と呼ばれるS級犯罪者、バーナード。飯がマズイとかその辺りのしょうもない理由で村や街、はては国までも滅ぼした事がある男だ。」

 写真が変わり、金髪の男女の写真となる。

「《オクトウバ》も絡んだからこっちも知ってるだろう。『イェドの双子』、プリオルとポステリオール。共にS級犯罪者で、プリオルは剣のコレクターとして貴重な遺跡の破壊や剣の所有者の殺害を数え切れないほど行って来た。ポステリオールは無差別の殺人鬼、気に食わないという理由で女を殺し、下手くそという理由で男を殺し、興味を持ったモノがあれば奪い、飽きたら壊して殺す。どちらにせよ、己の欲望に忠実かつ計り知れない戦闘力を持った双子だ。」

 写真が変わり、白衣を羽織った老人の写真となる。

「こっからが新情報。通称『ディザスター』、ケバルライ。実験と称して自然を狂わせ、動物を絶滅させ、人間を人間以外の何かにするジジイだ。たまに奇跡のような現象を引き起こして感謝されたりもするが、悪行の方が圧倒的に多く、どれもこれもが半端ない規模のデカさ。天才の天災っつー事でS級犯罪者になった科学者だが、その技術のせいなのか何なのか、俺様たちレベルの強さを持ってる。」

 写真が変わり、ディーラー姿の黒髪の女となる。

「ムリフェン。通称『ゴッドハンド』。盗みかギャンブルで大金を手にし、適当な買い物かギャンブルで大金を使うはた迷惑な女。王族や貴族からも金を奪っていくが、こいつがS級犯罪者になってる理由は経済を大幅に狂わせるからだ。時に小国の国家予算並みの大金を市場に放り込むこいつのせいで破綻したりしかけた国は多い。」

 写真が変わり、八つの眼を持つ魔人族となる。

「マルフィ。こいつが犯罪者だという事を知ってるのはスピエルドルフの連中と十二騎士のみ。上級騎士ですら挑む事は自殺行為とされ、勇気ある騎士が無謀な戦いをしない為に存在が隠ぺいされてる異例のS級犯罪者。おそらく今日紹介する悪党の中で最強。アラクネ族の魔人族で、スピエルドルフにて大暴れした後に国外、即ち俺様たちの世界にやってきた蜘蛛女。」

 写真が変わり、これといった特徴のないメガネの男になる。

「指名手配されておらず、おそらく一切の証拠もないだろうから法律上犯罪者とは呼べない男。歴代の《ジューン》が追っていたという第六系統の使い手、ザビク。幻術や呪いを極め、数多の犯罪を陰で行って来た。」

 スクリーンが戻り、再び八人が映し出される。

「『紅い蛇』はその時代の名立たる悪党七人で構成される。よって現代のメンバーは、バーナード、プリオル、ポステリオール、ケバルライ、ムリフェン、マルフィ、ザビクの七人だ。でもってこのザビクはこの前死んだ。悪かったな、《ジューン》。」

 スクリーンを眺める十一人の内の一人がため息をつく。

「残りは六人。補充の可能性も勿論あるだろうが、とりあえずはこの六人に注意して欲しい。現状、この連中が何かをするとしたら、それはアフューカス絡みの可能性が高い。でもって――」

 スクリーンが切り替わり、紹介されていなかった八人目……フードの人物がアップになる。

「アフューカスに挑んで生還した騎士は少ないが、その誰もが言っていた事の一つにこいつがいる。どの時代においても、七人の悪党とは別の何物かがアフューカスの隣に立っていたってな。それがこいつで名はアルハグーエ。男か女か、そもそも人かどうかもわからない謎の存在。ま、注意しろつってもこんななりだからどうしようもないだろうが、こいつにも注意して欲しい。」

 写真を説明し終わった筋骨隆々とした男は、他の十一人に向けて……というよりは、自分に言い聞かせるようにして呟いた。


「『世界の悪』はこの代で終わらせる。必ず。」

個人的に、悪党が集結して正義の味方の前に登場するというシーンが大好きです。大抵、その時点では正義の味方のみなさまは弱々しく、その場で勝負が始まったら「悪党勝利」で物語が終わるはずなのですが、悪党のみなさんは余裕の笑みで帰って行くのです。


いいですねぇ。

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