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騎士物語  作者: RANPO
第五章 ~夜の国~
32/113

第三十話 メガネの男

ザビク――今回の敵との対決です。

 スピエルドルフの首都、ヴォルデンベルグの街をぶらぶらしながら魔人族の文化っていうのを色々体験した後、あたしたちはデザーク城に戻った。ぐるぐると、たまにロイドやフィリウスさんが立ち止まって色んな事を思い出しながら城内を練り歩き、気づくと夕方――の時間帯になったらしく、あたしたちは食事が並ぶテーブルを前にして席についた。

「やっぱ訓練の後の飯はうめぇな!」

「今日は特に豪勢だしな。」

 訓練中だったストカとユーリ、カーミラ、それとあたしたちで夕ご飯をいただく。魔人族料理が出て来るのかと思ったんだけど、何の変哲もない普通の料理が出てきた。まぁ、ちょっと違う味がするんだけど。

「訓練てこたぁ、どっかのレギオンに所属するのか? 二人の感じだとヨルムのとこだろうが。」

 ナイフがあるのにフォークで突き刺してお肉の塊を豪快に食べるフィリウスさんがそう尋ねると、同じようにフォークで突き刺したお肉の塊にかじりつくストカが答えた。

「いや俺らは護衛官だ。普通にいくとレギオンなんだが、俺とユーリはミラのダチだからな!」

「護衛官は代々、高い実力を持つ者ではなく大きな信頼を持つ者に必要とされるレベルまで強くなってもらうという形をとっている。だから私たちが選ばれた。」

「む? すると少し変ではないか?」

 行儀良く……っていうか完璧なテーブルマナーで料理を食べてたローゼルが話に加わる。

「この前学院に来た時、カーミラと一緒に来たのは二人と、軍――いや、レギオンのトップに立つ三人だった。しかし護衛官という役職があるのなら同行するはその者だったのでは?」

「ふふふ、少し、こちらにも事情がありましてね。」

 ローゼルの疑問に、女王自らが答える。

 ……っていうか、なんかこのメンツだと女王は女王じゃなくてただのカーミラって扱いになってるわね。猫かぶりローゼルが普通に呼び捨てにしたし。

「ワタクシたちが訪れた場所は大国フェルブランドでナンバーワンとされる騎士の学校です。卒業後、国王軍に所属する者も多い。言うなれば、フェルブランドという国の軍事的な拠点の一つなのです。そこに他国の者が入るという事はそうそう許可される事ではありません。国のトップに立つ者が、軍事的政治的事情を一切抜きにして一人の人物に会う為だけに訪れる――そんな稀な場合でもない限りは。ま、実際はフェルブランドに許可を求めたりはしていないので、本当に許可が欲しかった相手はあの学院の長ですが。」

「だっはっは! ま、あのスピエルドルフの女王が学院生の一人に会いたいっつって来るんだからな! 怪しむのを通り越しちまうほどにインパクトのある理由だ!」

「愛に壁はないのですよ。そんな具合に折角学院に入れるのですから、かの大国の騎士の学校の様子を見るいい機会です。なので護衛官ではなくレギオンマスターに同行してもらい、結果、国王軍の訓練場にもお邪魔できたようで、大収穫と言ったところですね。」

「ちゃっかりしてる女王様だな!」

「……一応、ワタクシのイメージが下がると困るので言っておきますが、これを提案したのはヨルムです。学院を訪れようと思った時にはロイド様の事しか頭になく、その辺りの細かい事はどうでもよかったので。」

「だとよ、大将!」

「ああ……うん、ありがとう……」

 どう返事したらいいのかわからないって感じのロイドが困り顔でそう言った。

「そ、そんな簡単に軍事……機密のようなモノが外部に出ていいのだろうか……」

「だっはっは! さすがリシアンサス! だがま、実はお互いさまなんだな、これが。なんせ俺様がこうして何度かスピエルドルフにやってきて、しかもレギオンマスターと一戦交えたりしてるんだからな!」

「……十二騎士であると同時にフェルブランドの騎士でもあるフィリウス殿にレギオン――スピエルドルフの軍の情報が伝わっている……確かに、お互いさまか。」

「まぁ、相手が他の国だったらこんなフランクな関係にはなってないだろうがな! 全世界一致で敵に回したくない国ベスト一位のスピエルドルフだからこそ、仲良くやっていきたいわけだ!」

「ああ、そういえばそれなのですが――ロイド様。」

「ふぇ、あ、はい、なんでしょう。」

「……」

「な、なにかな、ミラちゃん!」

「ご存知かと思いますが、スピエルドルフでは夫婦を一対一に限っていません。種族によっては女性、もしくは男性が滅多に生まれないという場合もありますので。」

「う、うん……」

「ですから――ロイド様がワタクシを正妻、そして王族であるエリル様を側室とすればスピエルドルフとフェルブランドに書類上の条約などでは結ぶことのできない絆が生まれるのです。」

「えぇ!?!?」

「な、なに言ってんのよ! バカじゃないの!」

「ふふふ。ええまぁ、ワタクシとしてもロイド様の唯一になりたいところです。しかし一つ、国の事を考えるとそういう選択肢もあるのですよ。」

「何よそれ! だ、だいたい魔人族は人間とは――」

「ええ、距離を置いてお互いにそっとしておく関係でありたいところです。ですがそれとは別の話として、人間の国の中で最も魔法技術の進んでいる国であるフェルブランドには魅力があります。」

「魅力って――あんたたちには魔法器官があるんだし、どう考えたってそっちの方が技術は進んでるでしょ!」

「そうでもありません。魔法器官がないからこそ、人間は創意工夫を大いにこらしますから、実のところ研究の進み具合で言えばそちらの方が進んでいるかもしれません。十二騎士など、我が国の精鋭にも匹敵する実力者を多く輩出していることからもその片鱗が見て取れます。」

「……まったく……魔人族だけの国があって、夜の魔法っていうすごい魔法があって……なのにまだまだ魔法をたくさん研究して、魔人族はあと何が欲しいのよ。」

「勿論――太陽の光の克服です。」

 ふざけた提案に文句を言ってたら、いつの間にかカーミラが真剣な顔になってた。

「ワタクシ――吸血鬼にとっては勿論、全ての魔人族に太陽の光を与える……これはスピエルドルフ建国以来続く王家の使命なのです。」

「そんなに……なの?」

「ふふふ、中々想像できないでしょうね。昼も夜も元気に出歩ける自由を持つ皆さんには。」

 どこか遠くを見る目で軽いため息をつくカーミラ。

「最高レベルの知能や身体能力を持っているというのに、他の全ての生物が平等に受けている恩恵、それのみを受け取る事が出来ない。皮肉なことです。」

 しんみりとした空気になったんだけど、きっと毎回そういうのを気にしないんだろうなって思うストカが笑い交じりに会話に入る。

「でもミラ、ロイドの右目のおかげで何時間かお日様の下にいられるようになっただろ? 吸血鬼でもそうなったんだから、その辺を研究すりゃあ解決も近いんじゃねーのか? よくわかんねーけど。」

「気楽に言うなよ、ストカ。でもまぁ、そう思う気持ちもわかる。フランケンシュタインである私が、どんな生き物の肌を取り付けてもなぜか太陽の光を浴びると途端にダルくなるというのに右目を交換しただけで耐性が増したというのだから。」

「ふふふ、きっとロイド様の愛のお力です。」

 暗い顔がふにゃっととろけた顔になるカーミラを見て、ロイドは――ちょっと恥ずかしそうに聞いた。

「あ、あのーミラちゃん。」

「なんでしょう。」

「み、右目の影響も気になるんだけど……その、オ、オレの血の影響も気になるなーって。」

「血の影響――ですか?」

「さ、さっき指から飲んだ時、なんかミラちゃんの――迫力? っていうのかな、そういうのが大きくなったような気がしたというか……あとついでにふらふらしてたし……オレの血って普通のと違うのかな……?」

「そのことですか。いえ、ロイド様の血は至って普通ですよ。ただ、ワタクシにとっては特別という話です。」

 ふにゃっとした顔のまま、トロンとした目でロイドを見つめるカーミラ。

「現代、吸血鬼にとって血は嗜好品の一つと説明しました。言い換えれば、たまに食べたくなる美味しい食べ物といったところでしょうか。ただ、ワタクシは同時にこう言いましたね。誰かを想い余る時にはどうしようもなく吸いたくなると。」

「うん……」

「必要性はなくなったものの、吸血鬼の性質として……血と感情のつながりは無くなっていないわけですね。」

「血と感情?」

「ストレートに言えば、血と性欲でしょうか。怒った者が「八つ当たり」という形で物を壊したがるのと似た感覚に、ワタクシたち吸血鬼は欲情すると「血を吸いたくなる」のです。」

「ヨ、ヨクジョウ……」

「そして――詳細を説明しようとすると感情と魔法のつながりについて難しい話をしなければならないので割愛しますが……吸血鬼は、そうやって愛する者の血を飲んだ時、あらゆるモノが上限を超えて回復するのです。」

「え……えぇ? えっとつまり……」

「肉体的な疲労、けがや病気、そして精神的なモチベーションなどが瞬時に百パーセントを超えて回復するのですよ。記録では、暴走する魔法生物との戦闘で致命傷を負った吸血鬼に愛する者が血を飲ませたところ、数秒前まで瀕死だった事が嘘のように回復し、苦戦していたその魔法生物を一撃で葬ったそうです。」

「そんなことに――え、いや、じゃ、じゃあさっきそんな風になってたの!?」

「ええ。ですから、何でもできると言ったのですよ。おそらく太陽の光の下で活動できる時間も延びていた事でしょう。極端な話ですが、一時間……いえ、三十分おきにロイド様の血が吸えるのなら、丸一日太陽の光を受けられるかと。」

「あ、や、そ、それもそうだけどその――ヨヨ、ヨクジョウし、してた……の……?」

 女の子相手にとんでもない事を聞いてるロイドだけど、カーミラはにこりと答える。

「ふふふ、ロイド様を愛しているワタクシにとって「血を吸いたい」というのは常の事です。仮に欲情したとしたら――ふふふ、誰にも止められないような状態になりますよ。」

「あっはっは、昔もそうだったけど相変わらずミラは熱烈だな! しかも今はそんな感じの女が他にもいんだろ? なにがどうなったらロイドがそんなにモテモテになるんだかな!」

 ストカにしたら何の事のない一言だったんだろうけど、それを聞いたロイドはハッとして……でもって顔をキリッとさせた。

「そうだ、その事なんだけど……ミラちゃんたちに話しておかなきゃいけない事があるんだよ。」

「? モテモテという状態についてですか?」

「そ、それも……うん、まぁ、関わってるね……」

「それは……ええ、聞いておかなければいけませんね。」

「それがメインってわけじゃないんだけど……」

 変なとっかかりからスタートしちゃったなーって顔で一度咳ばらいをしたロイドは例の女について話を始める。


「恋愛マスターって知ってる?」


 この前あたしたちに話したのも含めて、カーミラたちに恋愛マスターっていう存在について説明するロイド。願い、代償、副作用――どうして記憶が封じられたのか。

 ふざけた呼び名のクセに人智を超える力を振るう謎の女について長々と話すこと十数分……ロイドが、今わかってる事を全部話し終えた時……カーミラは愕然としてた。そして、自分の肩抱いて小さく震える。

「ワ……ワタクシのこの感情が……想いが……愛が……? 裏も陰謀もないただの……「ついうっかり」で無かった事にされた……? そんなこと……そんなことが……」

 ただの凡ミスで自分の想いを消してしまった恋愛マスターへの怒り……いえ、今まで見てきたカーミラの性格的には、そんなことで……あ、愛……を無くしてしまった自分への怒り……悔しさかしら。

 色んな感情が混ぜこぜになって今にも泣きだしそうに見えるカーミラに、慌てて立ち上がって駆け寄ったのはロイドだった。

「いや、ほら、ほ、ほんとにはた迷惑な「ついうっかり」だけど、えっと恋愛マスターに悪気はなくって、むしろ願いを叶えてもらう時にミラちゃんの事をちゃんと言わなかったオレがバカ野郎だっただけで……そ、それでもミラちゃんは思い出してくれて、でもオレはまだだからやっぱりオレはバカ野郎で……えっと……」

 とりとめのない事をしゃべったロイドは、ぶんぶんと首を振って――


「ごめん!」


 ――と、腰を直角に曲げて謝った。

「ちゃ、ちゃんと思い出してないのにこんな事言うのはダメだと思うけど――それでもごめん! オレ、ミラちゃんに……その、ひどい事して、悲しませて……だから――え、えっとでも! オレ、ちゃんと思い出すから、そうしたらもう一回ちゃんと謝らせてもらって……だ、だけどやっぱり今も――ごめんなさい!」

 ……沈黙。誰も何も言わない――言えない数秒の後、カーミラは俯いたまま口を開いた。

「ロイド様。」

「は、はい!」

 どんなお叱りも覚悟の上って感じで顔を上げたロイドに放たれたカーミラの次の言葉は――


「何故最後だけ敬語なのですか?」


「はい――え、え?」

 は?

「さっき、最後だけ「ごめんなさい」と言いました。」

「え、い、いやあれは敬語というかなんというか……と、というかオレの謝罪については……」

「必要ありません。罪悪感などは覚えなくても。確かに、ロイド様に忘れられているという今の状態はショックですが、それはついこの間までのワタクシも同じ事です。互いを想わずに過ごした時間は戻りませんが、今再び、本来一度しかない愛に至る恋ができると思えば悪いことばかりではありません。それよりも、こうして再会したというのに未だに……時折ロイド様が敬語になられる方が嫌です。そちらを謝ってください。」

 さっきまでの泣きそうな顔が演技だったんじゃないかって思うくらいのふくれっ面でぶーたれるカーミラに、ロイドは……

「……ごめん。」

「本当ですよ、まったく。でも――」

 しっくりこない感じにぼぅっとしてるロイドに、素早く近づいたカーミラはその勢いのまま自分の唇をロイドのそれに――ってちょっと!

「んぐ!?」

 いきなりの事にビックリして倒れそうになるロイドだったけど、カーミラが抱き寄せる……!

「はぁん……」

 艶っぽい吐息のあと、カーミラはふふふと笑う。

「そうです、今後は敬語を使うたびにワタクシにキスをするというのはどうでしょう?」

「びゃ、ぼ、ぶぇえっ!? しょ、しょんなローゼルさんみたいな事を――」

 いきなり名前が出てきたローゼル……

「……何の話よ、ローゼル。」

「…………なに、二人だけの秘密だとも。」

「おやおや、ロイド様ったらそんな事を……ふふふ、これはさらにおまけを追加しないといけませんね。」

「お、おまけ!?」

 色んな事を平然と言うしやるカーミラにドンドンと押されていくロイド。ああいう手合いはローゼルとリリーだけだったのに、そこに何重もの輪をかけて攻めて来るこの女王様は……なんていうか、本当にロイドのことが……

 ……ていうか恋愛マスター、こんな押しに弱い上に鼻血垂れのすっとぼけにハーレムをあげようと思ってやってきたわけ?




 久しぶりにやってきたスピエルドルフで、忘れていた――というか封じられていた記憶をちょっとずつだけど思い出しているんだけど肝心な事がまだというモヤッとした心持ちの中、とりあえず血とキスをいただきますねと迫って来るミラちゃんに圧倒され続けた結果、オレは今ぐったりとお湯に浸かっていた。

「よく考えると人間と同じように魔人族にもこういうデカい風呂の文化があるってのは不思議なことだな!」

「フィル、それ、前に入った時にも言ってたぞ。」

 ここはお城のお風呂場。王族専用という名目で作られたらしいのだが、昔も今もヴラディスラウス家の人々はあまり上下というのを意識させない接し方をするもので、結局このお風呂場は王族とその下で働く人々みんなのお風呂となっている。

 ただ、今日だけはオレたちの為に貸し切りのようにしてくれて……当たり前のように女湯に誘導されそうになったオレは何か言われる前に猛ダッシュで男湯に逃げ込み、フィリウスとユーリと一緒にお湯の中というのが現状だ。

「ところで大将はなんでこっちにいるんだ?」

「んな「なにやってんだ」的な顔で見るなよ……普通こっちだろ……」

「全員が喜ぶと思うんだがな! いいか大将、据え膳食わぬは男の恥という言葉があってだな!」

「昔の人は根性があり過ぎるんだよ!」

 普通なら止める立場だろうにぐいぐい後押しをしてくるオレの師匠らしいこの筋肉……いや、久しぶりに間近で見たけど本当にすごいな、筋肉。

「相変わらずすごい身体だな。」

 オレのこころを読んだのか、ユーリが顎に手をあててまじまじと眺める。ちなみにやっぱり胸の辺りまでタオルで隠している。

「フィル、もしも死ぬことがあったらその身体、是非私にくれないか?」

「だっはっは! 俺様の筋肉を装備するのか? だが単純にパワーが欲しいならデカい身体の魔法生物とかから持ってきた方がいいんじゃないか?」

「どうかな。あらゆる生物の身体を装備可能ではあるが、やはりこの身体に一番しっくりくるのは人間のモノだ。例えばの話、熊の腕を装備して武器を使いこなすことはできない。」

 ユーリ……いや、フランケンシュタインの一族がそういう身体だという事は知っているけど、その力を使って戦っているところなんてのは見た事がない。騎士の卵である今なら、その身体がどれだけすごいかという事が理解できるわけで……フィリウスじゃないけど一つ、手合せを願ってみたくなる。

「ああ、そういえばロイド。身体と言えば――」

「うん?」

「今日はいつも以上に気合を入れて洗うといい。」

「? お風呂の後に何かあるのか……?」

「ああ。きっとミラが夜這いをかけるだろうから。」

「よばっ!?!?」

「愛するロイド様が自分の家にのこのこやって来たんだ。食べない手はないと思うがな。」

「な、何言ってんだ! そ、そんなことあ、あるわけないだろが!」

「ははは、あのミラを見てそう思うのか?」

「や――で、でも……」

 く、くそ、びしっと否定できない……

「そうか、こんなことなら女性の扱いってのを大将に教えとくべきだったか。」

「教えんなそんなもん!」

「しかしまぁ、大将の押しの弱さもさることながら、カーミラちゃんの強さに感心する今日この頃だな。昔からあんなだったか?」

「だいたいは。だが……そうだな、前よりは押しが強いと思う――いや、確実に強くなっているだろうな。ロイドに対する想いも含めて、当然と言えば当然なのだが。」

「オ、オレに対する……な、なんで当然なんだよ……三、四年は記憶になかったのに……」

「だからこそだ。いいかロイド、今のミラにはな――お前の事を忘れていた頃の記憶があるんだ。」

「!」

 言葉にハッとしたオレを見て、ユーリは「困った奴だ」とでも言いたそうな顔になり、魔法で夜空が見えるようになっている天井を見上げる。

「ロイドが記憶からいなくなっていた頃のミラは、ひたすらに立派な女王を目指して努力の日々だった。今でもそうだが、その頃のミラにはそれしかなかった。別にそれを苦痛だと思っていたわけじゃないし、つらい日々だったとかそういう話でもない。ただ、ロイドを思い出してから思い返した時に思ったらしい……なんともまぁ、今に比べたら色の少ない日々だったのかと。」

「色……」

「私やストカという「友達」じゃあ出せない色があるという事だ。その――一度失って再び得る事ができた色を二度と失うまいと、今のミラは考えていることだろう。やはり自分には愛するロイド様が必要だ! とな。」

「あ、愛か……」

「おいおい何を恥ずかしがる。最も得難く、替えの利かない上に最大の力を持つ感情だぞ?」

「……ユーリって、そんな真面目な顔で愛を語る奴だったっけか。」

「ふふふ、愛の一つも語るさ。我らが女王様が語るのだから。それに――私は七代目フランケンシュタイン。」

 お風呂場……というか裸になるとよくわかる、死人のような肌と継ぎ目だらけの身体をなぞりながらユーリは語る。

「こんな姿の存在を愛し、その子供までもうけた初代の奥方こそ愛に壁がないことの証。この命が真っすぐな愛の延長なら、私が愛を語らずにどうする?」

 服のセンスが不思議なのを除けば知的な眼鏡男子のユーリがキリリッとそんな事を言うと中々絵になる。その上愛ときたもんだ。

「……真っすぐな愛か。ちゃんと答えないとな。」

「夜這いにか?」

「そうじゃねーよ!」

「気をつけろよ、ロイド。貧血にならないように。」

 くくくと笑うユーリの目線が、ふとフィリウスに移る。

「弟子も弟子だが師匠も師匠だぞ、フィル。そろそろ子供の一人もいていい歳じゃないのか? これっていう女性はいないのか?」

「だっはっは、俺様は世界中の街に女を持つような――」

「セルヴィアさんだな。《ディセンバ》の。」

「ぅおい大将!」

「《ディセンバ》? ああ、あの目に毒な格好をしている十二騎士か。」

「普段はもっと質素な格好なんだけどな。フィリウスの事が好きなんだ。」

「ちょ、大将!?」

「ほう。随分若い奥方になるが……しかし何より十二騎士の夫婦というのはすごいな。」

「……魔人族って強いから、あんまり十二騎士をすごいと思っていないような気がしていたんだけど……そうじゃないのか?」

「何言ってるんだ? 確かに大抵の人間の騎士よりもうちの平凡な一国民の方が強いと思うが、十二騎士は別格だ。そりゃまぁミラに勝てるとまでは言わないが、そこの若いお嫁さんをもらう男はレギオンマスターのヨルム様に勝ってるわけだし……侮りはしないさ。」

「そうなのか。ちなみにフィリウスの奥さん、時間を止めるんだけど魔人族にも第十二系統の使い手って少ないのか?」

「ああ、少ない。その辺の傾向は人間と変わらないな。」

「二人の中で既に俺様が妻帯者になってるんだが!?」

 珍しくツッコミにまわる……いや、意外と結構そういう時って多いんだが、んまぁ久しぶりにそうなったフィリウスに話題を戻す。

「フィリウスはなんかセルヴィアさんを……こう、うまくかわそうとしてる様に見えるんだけど、何か問題があるのか?」

「なに? まさかフィル、許婚でもいたのか?」

 この話題を頑張って避けてきたフィリウスだったが、オレとユーリの興味津々な姿勢に――これは本当に珍しくため息をついた。

「許婚はいないが問題はある。十二騎士同士っつー事にもいくつか面倒な事があるが、一番の問題は年齢差だ。言っとくが、愛があればどうこうっつー話じゃないからな。」

「んまぁ、そういうのは気にしないはずだもんな、フィリウスは。」

「まぁな。ところで大将、俺様は女を泣かせたことは無い。」

「いきなりなんだよ。」

「そんな俺様がよりによって最後の最後に女を泣かせて生涯を終えたとあっちゃバッドエンドもいいところだろう?」

「は? 生涯って……何言ってるんだ?」

「……そういう事か……普通逆なんだがな。」

「え、ユーリ、何かわかったのか?」

「ああ……さっきも言ったが《ディセンバ》はまだ若い。フィルとの年齢差は……下手すれば父親と娘ぐらいあるだろうよ。ならば……戦場で勇敢に散るのであれ、病魔との戦いに敗れるのであれ、最後の最後まで生き続けるのであれ……さて、死ぬのはどっちが先だ?」

「い、嫌な質問だな……そりゃあまぁおっさんのフィリウ――」

 そこまで口にして、オレは理解した。

 それが絶対じゃないだろうけど、確率で言えば……セルヴィアさんよりもフィリウスの方が――先に、死ぬ確率が高いのだ。

「生涯の女として迎えるなら、俺様はその女には初めから最後まで笑っていてもらいたい。それがどうだ、愛する夫の死を経験させるだ? ありえないだろ。」

 大抵はユーリが言うように逆だ。奥さんには長生きしてほしい――というのが多くの旦那さんの願いなんだと思う。それがフィリウスの場合、奥さんよりも自分が長生きするべきだと言っているのだ。愛する人に、愛する人を失う経験をさせない為に。

「フィル……ふふ、それも愛だな。私はいいと思うよ。なぁロイド、お前の師匠は漢だな。」

 ユーリの手がポンと肩に乗ったんだが……

 いや、んまぁ……


「フィリウス……なんかキャラが変だな。」

 とまぁ、そんな言葉が一番に出てきた弟子だった。対して師匠は――

「ああ。今の俺様、俺様に吐き気がしてきたぞ。」

 とまぁ、たぶん今のオレと同じ顔をした。


「な、おいおい、こんなに熱い愛を語っておいてそんな苦虫を噛み潰したような顔でしめるのか?」

「だっはっは! ユーリの言う事は最もだ! だが俺様は口よりも背中で語る漢を目指しているからな!」

 タオルを巻かず、堂々と立ち上がってポーズを決めるフィリウスを見上げたユーリはふふっと笑った。

「それは失礼したな。ところで話を変えるが――二人ともありがとう。」

「ほう? いきなりどうした!」

「いやなに、この空気というのかな……二人がいた時の事を色々思い出して楽しい気分だ。まだ言ってなかったがフィル、ロイド――おかえり。またこの国に来てくれて嬉しく思っている。」

 イケメン顔でにこりと笑うユーリ。

「色々思い出して……か。そうだユーリ、ミラちゃんが絡んでる影響でオレ――とフィリウスが忘れてるかもしれない思い出とかないか?」

「んん? なるほど、そういう話をするのはいいキッカケになるな。そうだな……ミラが絡んでいたとなると……よし、じゃあ夏にやったかき氷大会の話でも――」




「出来ればお背中を流したかったのですが……やはり昔のようには行きませんね。ただ、裏を返せばロイド様がワタクシを意識しているということ……ふふふ。」

「別にあんたじゃなくてもああなるわよ……」

 王族専用――だったらしいお風呂に入るってことで当然全員裸。吸血鬼のカーミラの背中には黒い翼でもあるのかしらと思ったけど何もなかった。

「ねー、女王様。吸血鬼には翼はないのー? それとも今は体内に隠れてるとかー?」

 あたしと同じ事を思ったらしい……ツインテールをほどいてタオルでくるくる巻いてるから誰かわからなくなりそうになってるアンジュがそう聞くと、カーミラは――

「いえ、体内にではなく体外に隠れています。」

 ――と、よくわからない答えを返した。まぁそれは一先ずいいとして、そうなるとカーミラは本当に人間と区別がつかない。腰の辺りからサソリの尻尾が生えてるストカも、その尻尾が……なんていうか、ちょっと凝った仮装とか特殊メイクですーなんて言われたら納得しちゃいそうな後付けっぽさがあって、尻尾がなかったら普通に人間だわ。

 実際は大きな蛇が泳いでるみたいにお風呂の中で長い尻尾がゆらゆらしてるんだけど。

「あれ? 確か吸血鬼って水がダメなんじゃなかったっけ? お風呂大丈夫なの?」

「リリーくん、それを言うなら流水だろう。」

「ふふふ、仮にここが流れるプールのようになっていても大丈夫ですよ、ワタクシは。」

「む、では流水が苦手というのはデマだったのか。」

「いえ……泳げない方は苦手でしょうね。」

「……? どうも話がかみ合っていない気がするな……よし……あー、吸血鬼はニンニクがダメと聞くが、実際はどうなのだろうか。」

「ああ……なるほど。みなさんは人間がよくしている誤解をしているのですね。」

「誤解? もしや弱点などないのか?」

「正確ではありませんね。例えばそのニンニクの件ですが……人間の誰かが吸血鬼にニンニクを投げてみたら効果があったので吸血鬼はニンニクが弱点だと思って記録を残したのでしょう。しかし実際は、その吸血鬼がたまたまニンニクが大嫌いな方だったというだけなのですよ。」

「……そうか……今の話で理解したぞ。わたしたちは吸血鬼という大きなくくりで話をしてしまっているが……よく考えれば個人差があって然るべきか。」

「そうなの? じゃーカーミラちゃん、聖水が苦手っていうのはどういうこと?」

「おそらく……初めて聖水をかけられた吸血鬼が、たまたま新調したばかりの服を着ていたとかそういうのではないでしょうか。」

「うわぁ……じゃー吸血鬼にこれって感じの弱点はないの?」

「太陽の光ですね。」

「ああ、そっか……むしろそれしかあってない感じ?」

「そうですね……たまたまワタクシが手にした、人間が書いた吸血鬼関連の書物に記されていた弱点は太陽の光以外全部間違いでした。」

「きしし、昔のミラなら辛いモノが苦手だったな。」

 お湯の中であぐらをかいて楽しそうに笑うストカがそう言うと、カーミラは懐かしそうに天井を眺めた。

「そうでしたね。ですが、ロイド様が美味しいと言って食べていましたから、食べられるように努力しまして――今は普通に食べられますよ。」

 ロイドの名前を口にした途端にとろけたカーミラは、ふと「そういえば」と言ってストカの方に視線を移す。

「ストカ。今後はロイド様に抱き付かないように。」

「んあ? なんで。」

「あなたのその凶器せいでロイド様が鼻血を出してしまうからです。吸血鬼的にもワタクシ的にもいただけません。」

 カーミラが指差した先にあるのはストカの……む、胸だった。

「というかどういうことなのです? ユーリに聞きましたが、ロイド様に男と思われていたほどに平らだったというのにこの四年ほどでそんなになるなんて。」

「知らねーけど……やっぱりロイドはデカいのが好き――ってわけでもねーのか。」

「なんであたしを見るのよ。」

「ふふ、そう怒るなよエリルくん。」

「うっさいわね。」

 ゆ、ゆーほどちっちゃくない……わよ!

「そう、そういえばローゼルさんもでしたね。」

 魔人族の女王に半目で睨まれるローゼルだったけど、胸の下で腕を組んでこれでもかってくらいにのけぞるむかつくポーズを返した。

「でもさー、ロイドって別に胸が大きかろうと小さかろうとぐいぐい抱き付いたら同じように顔を赤くするよねー。」

「……あんたが下着を見せつけた時もそうね……」

「下着……事前にみなさんを調べた際も思いましたが、人間にしては少々ハレンチが過ぎるのでは?」

 ……? 人間にしては?

「いきなり指をぺろぺろしたカーミラちゃんに言われたくないんだけど。」

「ロ、ロイドくんのベッドを……も、持って帰ったりし、してるしね……」

 ……ここにロイドのか、彼女になってるあたしがいるっていうのにロイドを巡って火花を散らしてんじゃないわよまったく……

「……まぁ、ロイド様がそれであなた方を嫌いになるようなことにもなっていませんし……そうですね、ワタクシもそういう攻め方をしてみますか。」

「なに堂々と宣言してんのよエロ女王!」

「おや? ロイド様のベッドに潜って――」

「う、うっさいうっさい!」

 こいつ――!!

「ふふふ。ところでどうでしょう? 互いにライバルとはいえここはお風呂場……裸の付き合いの下、ロイド様についてお話しませんか?」

「ど、どういう意味よ……」

「ワタクシはスピエルドルフで過ごした一年の間のロイド様を知っています。そしてみなさんは今のロイド様の学院生活をご存知です。加えてエリルさんはお部屋にいる時のロイド様を誰よりも見ている……昔のロイド様の話をお聞かせする代わりにワタクシに教えて欲しいのです、最愛の方の近況を。」

「む……敵に塩を送るだけのような気も……そもそもその辺りの思い出話なら、フィリウス殿に聞けば教えてもらえるだろうしな。」

「ふふふ、良いのですか? ワタクシとロイド様の――あぁ、あの熱い夜の事を聞かなくても。」

「な、なんだと!」

「なによそれどういうことよ!」

「ふふふ。」

「みんな落ち着きなよー。熱い夜って言ったってえっと……十二歳とかの頃の話でしょー? やっと初等が終わるくらいの時にそんなのないよー。」

「おやおや、アンジュさんは興味ありませんか? ロイド様の……テクニックを。」

「テ、テクニック……へぇー……ふーん……」

 興味なさそうな口ぶりで物凄く興味ありそうな顔をするアンジュ……

「ふ、ふん、そんなや、やらしい話どうでもいいわよ。」

「どうでも……?」

 とろんとした顔でしゃべってたカーミラが、まるで――た、たぶんこう、男を誘う女みたいな色っぽい表情になる。そしてパシャパシャと、四つん這いの状態であたしに近づいてきた。

「ハレンチはよした方がと言いましたが、しかしこの場にロイド様はおりません。いるのはロイド様への愛を持った女のみ。恥ずかしがる事はないでしょう……人間の悪い癖ですね。」

「く、クセ? べ、別に恥ずかしいなんて――」

「何を言うのですか、エリルさん。」

「ひゃっ!?」

 身体が触れるくらいの距離まで来たカーミラは、その右手をあたしの脚の――ふ、太ももに置いた。そしてその手を、なでるように動かす。

「ちょ、やめ――」

「ロイド様のベッドに潜った時、何を考えましたか? 何を想像しましたか?」

「ど、どうだって――」

「ロイド様に――こういう風にされる妄想をした事はありませんか?」

「な、ないわよこんな――ちょっと!」

 脚からお腹の方へとのぼってくるカーミラの手は、あたしの胸を下からつかみ、ふわりと持ち上げる。

「はぅ――だ、や、やめなさいよバカ!」

「やらしい? とんでもありません、これは愛の表現です。胸の内に秘めたその、触れる事の出来ない形なき想いを相手に伝える手段の一つ。ロイド様に抱きしめて欲しいと思った事は? キスはどうですか? 恥ずかしがるエリルさんでもこれくらいは頷くのでは? そういった行為の延長に過ぎませんよ、これは。」

「あ――だ、だめ……へ、変態……!」

 あたしの胸をふよふよ持ち上げながら、左手でさっきと反対の脚をさすりながら、まるでキスするくらいの距離にまでカーミラが顔を近づけてくる。あたしの視界が、黒と黄色のオッドアイで埋まる。

「ロイド様が、ロイド様の愛を全身で自分に示してくれる場面を想像しないなんて、そんなことあるわけがありません。その快楽を、幸福を――ね。」

 カーミラの左手が脚の内側からさらに奥へと移動してくる。気が変になりそうで頭の中がどんどん霞んでいく。だけどその直後、あたしはそういう方向とは別方向の感情を覚えた。

 カーミラの瞳の奥を見た瞬間に。

「心の中の愛情は霧のようであり、言葉にしても空気に溶けるのみ。真っすぐな愛を伝える為の、受け取る為の、純粋な行為をどうでもいいなどと言わないで下さい。」

 瞳の奥……渦巻く炎はロイドへの想いだけど――あたしたちの誰とも違う底知れない深さがある。大きくて、強くて、真っすぐで……純粋。あたしたちが恥ずかしがっている事を愛の名の下に口にする。

 そうよ……そりゃそうだわ。愛する人の血を飲んで超回復するような種族の言う「好き」とか「愛」っていうのがあたしたちのそれと同じレベルなわけがないんだわ。

 まぁ……そんな桁違いの愛っていうのをカーミラから引き出したロイドは本当に何をしでかしたのよって話だけど……

「? 急におとなしくなりましたね、エリルさん。」

「……あんたの目が怖いのよ。」

「おや、これは失礼。」

 とりあえず……このカーミラは女王っていうよりも吸血鬼っていう理由でヤバイ――恋敵なんだわ。油断してたら一瞬でとられる……あたしはそんな風に思――わないわよ!

「……その目でようやく確信――いえ、納得したわ……見た目はあたしたちと全然変わらないけど……カーミラ、あんたって本当に人間じゃないのね。」

 場合によってはひどい悪口だけど、今はただの事実。あんまり場の雰囲気に合わないあたしの感想に、カーミラはふふふと笑う。

「今更ですね。そうです、ワタクシは吸血鬼です。遥か昔から人の血を美味しくいただき、ついでにその者が堕ちていく光景を肴にしてきた種族です。故に、その為の技術も持っておりますので……ついつい興が乗ってしまいました。恋敵を陥落させるというのも一つの手ではありますが、そちらの趣味はありませんので。」

「あたしだってないんだからそんな申し訳なさそうな顔するんじゃないわよ。」

 ……カーミラの瞳のおかげで冷静になれはしたけど、じわじわと触られた感覚を思い出して……あたしはその場所を手で覆う。

 ま、まぁ……だけどあの時のアレほどの……こ、こう、こみ上げるものはないわね……

「うわー……えっろかったねー。あたし知ってるよー、こーゆーのー。確か百合っていうんだよねー。」

「むしろそのままそっちの道に進んでも良かったのだぞ、エリルくん。ロイドくんは任せてくれ。」

「う、うっさい。」

 段々とちょっと前の恥ずかしさが戻って来たあたしは、適当な話題で落ち着こうとした。

「あ、あともう一つ確信したわよ、カーミラ。」

「はい?」

「近くで見るとわかるわ。あんたの右目、本当にロイドの目なのね。」

「……それは……」

 数秒前に思った事を冷静になる為に……そう、何の気なしに言っただけだったんだけど、そのあたしの言葉を聞いたカーミラは――

「それだけロイド様の瞳を覗いているということ――ですか?」

 会ってから初めて悔しそうな……羨ましそうな顔になっ――ってなんでよ! あ、明らかにそんな事以上を色々やるなり言うなりしてたクセに!

「エ、エリルちゃんは……ほんとに……ず、ずるいなー……」

「ティアナの言う通りだ。最近のエリルくんのこい……コイビト自慢はひどいものだぞ。」

「じ、自慢なんかしてないわよ!」

 あたしと他ののいつものやりとりを眺めるカーミラは大きなため息をつく。

 そして……とんでもない事を言った。


「はぁ……こういうのを実感してしまうと、ロイド様を失っていた数年が悔やまれますね……みなさん、先ほどワタクシがエリルさんにしたような事をロイド様にしていただいたのでしょう?」


「は……はぁっ!?!?」

 お風呂場に響くくらいに思わず叫んで――って、なな、なにを言ってんのこいつは!?

「あぁ、ロイド様の事ですから、こちらを気遣いながら優しく――あぁ……」

 どうしようもない早さで、無意識に、あたしの頭の中に一つの想像がはりつく。

 さっきの――あたしに迫って来たカーミラがロイドになったバージョンの映像が――

「――――っ!!!!」

 顔が赤くなるとか、熱いとかそういう次元じゃない――火が出そうだった。漫画みたいに頭から湯気が出てるんじゃないかってくらいに真っ白な頭の中にくっきりと映るのは十倍くらいに美化されたロイドの迫る顔――

「バカじゃないのバカじゃないのバカじゃないのっ!! そそ、そんなコトするわけないじゃないのバカ!」

 我ながらいやらしすぎる妄想を引っぺがす為、頭をぶんぶん振りながら女王にバカバカ言うあたし。だけどこればっかりはあたしだけじゃない――ローゼルたちも同じ感じになってた。

「ふふ、ふはははは、そんなコトあのロイドくんができるわけがにゃいだろうっ! 色ボケ吸血鬼くんにはこ、困ったものさ! は、ははははは!」

「えへへ、でへへ、うふふふ……ロ、ロイくんにそんな――やんやん……うへへへへ。」

「ロ、ロイドくんはそんなこと…………しし、しな、い、よ…………でもでも……でも……そ、そんなこと……」

「――! ――!! ――っ……」

 突然壊れたあたしたちを見て大笑いするのはストカ。

「あっはっはっは! なんかのスイッチを押しちゃったんじゃねーのか? おいおいミラ、そんな面白い情報はどっから来たんだ?」

「信頼できる情報ですよ? 国王軍が使うお風呂場にて、みなさんとロイド様は組んず解れつだったとフルトが。」

「ばっ――」

 ロイドの顔が見れなくなるし変な気分になるから、できるだけ思い出さないようしてたあの時の記憶――光景や感触が鮮明に頭の中を駆ける。

「ああああの出歯亀スライムっ!!」

「おや、フルトの種族はウンディーネですよ?」

「知らないわよ!!」



「恐るべし、吸血鬼……!」

 いつもの青系のパジャマになったローゼルが髪をまとめながらそう言った。

 色々な意味で思い出したくない色々な事を思い出して変てこな気分なままお風呂を出たあたしたちは、かなり広い脱衣所で寝間着に着替えてた。一応女王様のお城なんだからもうちょっと気品のある感じの格好になるべきのような気がするんだけど、カーミラがいいって言うから……あたしたちは普段の寝間着に着替えた。

「お色気攻めはアンジュくんの技だが、しかしカーミラくんのそれはなんというか……口攻めか?」

「変なジャンル分けしないで欲しいんだけどー。」

「ロ、ロゼちゃんだって結構……お、お色気派だと……思うけど……」

「何を言う。わたしはほれ、その気はないが前に出てしまっているが為に仕方なくだな……」

「ティアナちゃん、形状の魔法でアレ、しぼませられないの?」

「おい聞いたかミラ、怖え事言ってんぞ!」

「そうですか? 可能であるならあなたも小さくしてもらうとよいですよ。」

「バカな話してんじゃないわよ……」

 いつもの感じになってる――いえ、あたしも含めて頑張ってそうしてるのよ。

 あんないっぱいいっぱいの出来事の後で落ち着ける訳ないし、すぐにロイドにも会うし、そしたらまた色々とあれがああなっててんやわんやで……

 あ――ダ、ダメダメダメ、考えないのよあたし……ほ、ほら、ロイドって言ったらすぐに鼻血で気絶のすっとぼけ田舎者じゃない……そうよそうよ……

 で、でもいきなりキスとかして来ちゃったり――ち、違う、あれはたまたまとっさのついやっちゃった的な……

 …………あぁ、もぅ…………

 あたし、この後ロイドの顔見れるかしら……

 他のが髪を乾かしてる間、自分の魔法でちゃちゃっとやっちゃったあたしは一足先に脱衣所から出た。同じようにアンジュも自分で乾かしてたけど、あのバカみたいに長いツインテールの分、あたしよりも大変らしい――っていうかお風呂入ったのにまた結ぶのね……


「おお、やっと出てきた。」


 外に出ると、廊下にロイド……ロイド? が立ってた。

「……なにしてんの、あんた。二人は?」

 ……?? え、あれ?

「いや、なんかここで待ってるのが紳士のなんだかんだだからオレはここにいろって……二人は先に行っちゃったんだよ。」

「律儀ね。」

 ……変だわ。何か変……

そうだわ、直前にあたし、ロイドの顔を見れるかどうか心配してたわよね……今でも、顔を見たらヤバイ気分になるような気がしてる……え? だって本人が目の前にいるのに?

すごい違和感……ロイドを見ても何も感じない。いつも以上に何も――いえ、むしろ……イライラする……?

「おや、ロイドくん……ロイドくん?」

「何で疑問形なんですか……」

 ぞろぞろと出てきた他のみんなも、なんか……変な顔になる。

「ちょ、え、みんな何でそんな顔――」


「これはひどいですね。」


 あたしたちもロイドも困惑する中、最後に出てきたカーミラが……あの、ロイドにメロメロでトロトロのカーミラが、冷たい眼差しをロイドに向けながらそう言った。

「こういう可能性を考えなかったわけではありませんが、しかしまさか……本当に? ただただ呆れたいところですけど……ダメですね。それは許されない。」

「ミ、ミラちゃん? どうしたの、そんなに怖いか――」


「口に気をつけなさい。」


 ゾッとする圧力。さっきその瞳を覗いた時に見えた渦巻く炎が、違う方向に向いた場合が――たぶん、今の迫力。あの蛇――ヨルムに睨まれた時と同じような感覚……

「ワタクシを誰だと思っているのです? 気安く呼ばないように。」

「え、えぇ!? ちょ、どうしちゃったの!? オ、オレ何か怒らせることしちゃった?」

「黙りなさい。その声で二度としゃべらないように。」

「ミ、ミラちゃ――」

「だから黙れと言っているのです。」

 名前が呼ばれるその途中で、カーミラが右手を軽く振った。

「――え……?」

 すっとぼけた――いえ、何でだかひどく腹の立つ顔をしたロイドの――首がとんだ。




「情けないぞ、フィル。それでも十二騎士なのか?」

「無茶を言うな。多少の例外は何人かいたらしいが、《オウガスト》ってのは基本的に風バカなんだ。それしかできない。」

「それでもオレたちよりは経験豊富だろ? なんか策はないのか?」

 お風呂から上がったオレとフィリウスとユーリは、寝間着に着替えて……脱衣所と廊下をつなぐ扉の前に立っていた。

 なぜ外に出ないかというと、扉が開かないのだ。

「詳細はわからないが、相当レベルの高い第六系統の魔法だな。力技でこじ開けられる代物じゃない。」

 学院の教えを守り、武器を持ち歩くオレが今この時にも剣を持っているのはいいとして、さっきまでそんなの無かったと思うんだがいつの間にか、フィリウスは例のバカでかい剣を背負っていた。

「フィリウスで無理ならオレじゃあなぁ……ユーリは?」

「普通の腕しかない。まぁ、私のコレクションの中で最強の腕を持ってきても壊せる自信はないが。」

「そうか……おい、どうするんだフィリウス。」

「どうしようもない。だがま、俺様にはって話だけどな。」

 二カッと笑いながら、フィリウスは……なんだろう、なにかの装飾品のような……キーホルダーのようなモノを取り出した。

「心配するな大将。今度失敗したら妹ちゃんに殺されるからな。それなりの準備はある。」

「なんでパムが出て来るんだ……んまぁいいや、それは?」

「《ジューン》のお手製、どんな闇魔法も無効化する使い捨てマジックアイテムだ。」

「《ジューン》……え、十二騎士の!? なんでそんなの持ってるんだ?」

「大将は忘れてるかもしれないが、俺様も十二騎士だからな!」

 ポイと投げられたそのキーホルダーが扉に触れた瞬間……まるで金属と金属をピッタリくっつけて思いっきりこすれ合わせたみたいな、とんでもなく不快な音が頭に響いた。

「お、さすがだな。二人とも戦闘準備しろよ? 行くぞ!」

 フィリウスに続き、ユーリと共に廊下に出たオレが目にしたのは――


 オレの生首だった。




 どうしてこうなった?

 男の頭の中を駆け巡るモノはその一言のみだった。


 男がその道に目覚めたのは初等の中頃だった。犯罪という概念を知ったその日から、男はそれに魅了され続けた。普段自分たちを守り、世界をより良く動かす為にある法律というモノが、それをした瞬間に非道極まりないモノへと変貌する。一方的に、暴力的に、有無を言わさず命を奪わずに殺してくる。たった一度それをするだけで、その者の人生を崩壊させる圧倒的な虐殺。

 男は――いや、この頃であれば少年だろうか。少年は、そんな理不尽に目を輝かせた。

 もしも……もしも。罪を犯したのに、それがバレなかったらどうなるのか。すぐそこに世界の終わりを感じながらもギリギリで生きていく感覚――スリル。崖に向かって全力疾走の後、減速し、寸前で止まる。底の見えない暗闇をハッキリと見ながらも自身はしかし生きている。

 なんという興奮か。そんなワクワクした瞬間がこの世界にはある――少年はそれを求めて行動を始めた。

 幼い頃、度胸試しに悪い事をしてみたという記憶を持つ者はそこそこいるかもしれないが、少年の行動はそれとは格が違う。

 犯罪と言えば何か。人のモノを盗む、壊す……命を奪う。調べてみたところ、どうやら命が関わってくると罪が重いらしい。それをバレずにやる――そんな素晴らしいスリルを目標にした少年は……これは神のいたずらか、非常に頭が良かった。

 勉強は勿論、言動の一つ一つが同世代――いや、大人も含めて飛びぬけていた。神童と呼ばれ、将来大物になると両親は自慢気に語る。そんな少年だから理解していた。犯罪初心者の自分に殺しという上級の犯罪はまだ無理であると。

 自分にはまず経験が必要である。修行を、練習を積まなくてはならない。いずれ行う大犯罪、そのスリルの為に、今は自分を鍛える時――そう考えた少年が行った記念すべき最初の犯罪は――盗みだった。

 店の軒先に並んでいる果物を一つ盗んでくる。手慣れた者であれば数秒で終わる小規模過ぎる犯罪。一先ずはここからと、少年は計画を練った。

 店の主人の動き、接客中の目線、混雑する時間帯。そして盗みやすい果物、その大きさ、量や値段。必要かどうかはわからないが初めの一歩を万全に行う為、少年は情報収集や計画の考案に二週間を費やした。

 そして迎えた本番の日、少年の犯罪はバレる事なく完遂された。小さいながらも、少年は確かにスリルを感じ、次はもっとすごい事をと胸をときめかせていた。

 もしも今現在の男が同じ犯罪を行うのなら、仕入れと売り上げに差額が生じないように記録の改ざんを行うところなのだが、当時の少年はそこまで手をまわしていなかった。つまり、実のところ少年の犯罪は――そういう犯罪が行われたという事実は売り上げの計算を行った店主によって発覚していたのだ。

 しかし、盗んだ果物はたった一つの上に安売りしていたモノ。加えて、額が合わないなどということはプロの盗み屋も多いこの時代には珍しい事ではない。よって店主はこの事件をそれ以上追わなかった。

 店主に全責任がのしかかるわけではないが、初心者である少年の犯罪ゆえ、追えば見つける事ができた少年という犯人を見逃した結果――ここに、後に多くの犯罪を行う一人の大悪党が誕生したのである。

 歴史上に存在した数多の犯罪者、今を生きる名だたる悪党を師と仰ぎ、少年――男は誰にも知られることのない犯罪者へと成長していった。

 これまた神のいたずらであろうか、男が得意とする魔法の系統は第六系統――即ち、幻術などを得意とする闇魔法だった。完全犯罪を行う者としてこれ以上ない才能――男はスリルの渇望を原動力に、魔法の修練にも力を注いだ。

 果物を盗む事に二週間を費やした少年が貴族の一家を貧民街に叩き落とすのに二日だけ要する老人になった頃、ありとあらゆる犯罪をただただスリルの為だけに行ってきた男に運命の出会いが訪れた。

 何でもないある日、次の犯罪を何にしようかと思案しながら午後のティータイムを楽しんでいた男のテーブルの横に、二メートルほどの身長を持つフードの人物がやってきた。

 雰囲気から察するに相当な強さを持つ人物なのだが、魔法の気配がまるでしないのだ。生まれてこのかた魔法を使った事がないし受けた事もないのか、であれば何かの武術の達人なのか、そんな妙な気配を持つ者に隣に立たれるまで気が付かなかった事も含めて大いに驚いた男に、フードの人物は呟いた。


『アフューカスが会いたがっている。』


 犯罪者として生きる者である男がその名前を知らないわけはなかった。まるでおとぎ話のように語られているが、実在した――いや、している、文句なしでナンバーワンの犯罪者。いつか会う事ができたら良いなと、切望はせずとも全ての犯罪者が頭の片隅で思っている相手。突如現れたフードの人物は、そんな存在の名前を口にしたのだ。

 伝説の犯罪者――いや、彼女の記録から考えれば伝説の悪党と言うべきだろう。その名を騙るなり利用するなりしている悪党はそこそこおり、今回もその類かと怪しく思いはしたのだが、しかしフードの人物の奇妙な気配が真実味を多少なりとも増していた。

 そろそろ肉体年齢を戻す魔法を何らかの方法でかけなければと思っている身体を引きずり、男はフードの人物についていき……そして出会った。

 自分と同じ物を求めているかはわからないが、ありとあらゆる犯罪を行い、そして自分とは真逆に全ての犯人として名乗りを上げる史上最凶最悪の悪党――『世界の悪』ことアフューカスに。


「お前はバレない犯罪ってのに力を入れてるみたいだな。あたいの好みには合わないが――そういうのを近くに置いとくのも面白い。お前ってバレなきゃいーってんなら――一つ、あたいの後ろに隠れながらあたいの悪を体験してみないか?」


 鮮烈だった。他の者を悪党と呼ばせたくないかのように、悪逆非道を自らの悪として触れ回りながら自分にはできなかったとんでもない悪事を笑いながらこなす姿に、男は強く惹かれた。

 自分が同じようになることは不可能だが、それを特等席で眺める事のできる立ち位置。半世紀以上を生き、正直なところ自分が行う犯罪に行き詰まりを感じていた男は余生をこの席で過ごそうと決意した。

 高名な第九系統の形状魔法の使い手を操り、自身の肉体を若返らせると共に容姿を変え、男は――女の悪事を陰で支えながら眺めるという第二の人生を歩み始めた。

 自分と同じようにフードの人物によって連れて来られる現代の大悪党らの刺激も受けながら、男の人生は更なる活力を得ていった。

 そして今――男は一人にしか会った事のない魔人族という種族の国が手に入るかもしれないという凄まじいチャンスを前にしていた。

 あのアフューカスですら、その犯罪の記録に一、二回しか登場させていない魔人族――その力が丸々手に入った時、この悪の女神は自分に何を見せてくれるのか。男は国を手に入れることを決めた。

 衰えを知らない明晰な頭脳で綿密な計画を立て、必要なモノを全てそろえ、成功率百パーセントの犯罪を実行した。


 結果――男の歴史の中で初めて、犯罪を行う前に自分の企みがバレるという大失態をおかし、その首を宙に舞わせていた。




「オレが死んだ!?!?」

 ビックリするくらいに冷静にそんな光景を眺めてたあたしの視界にすっとぼけ顔のロイドが入って来た。

 ああ、こっちが本物――本物? あぁ、そうか……あれ、偽物なんだわ。

 何かしらこの感覚……今初めて目の前のロイドが偽物って気づいたのに、それよりも前から目の前のロイドはあたしの中でロイドの扱いじゃなかった気がする。

 どうしてなのかは全然わからないんだけど、直感的に……本能的に? そう思ったみたいな……

「うお、大将の生首! いつからユーリの一族の一員になったんだ!?」

「私の一族にあんなとぼけた顔の男はいない。」

「おい、何気にひどくないか、ユーリ!?」

 バカな会話をしながらもささっとあたしたちの傍まで来たロイドたち。

「おや……んん? ああ、そうだそうだ、こっちがロイドくんだ。」

「な、なんでオレの偽物が――しかも首!」

「ロイド様のお姿をまねるなど、不愉快だったのでワタクシが落としました。」

 さっき振った右手をひらひらさせるカーミラは、ロイドの唇に人差し指を置いた。

「完全完璧に他人をコピーする魔法のようでしたが……やはり人間が作った魔法、魔眼を発動させていなくても、吸血鬼の力が宿り、常に発動しているこの唇の魔法まではコピーできていませんでした。」

「ほへ!?」

 自分の口を覆うロイド。

「おそらく、最近ロイド様とキスをした者であればその違いに気付けたでしょうね。いかがです、みなさん。」

「ああ……確かに変な違和感があったな。」

「ロイくんだけどロイくんじゃない? みたいな。」

「なーんか上からかぶせた感じだったねー。」

「い、いつもはそんなんじゃない……のに、ちょっと……こわい雰囲気だった……」

「妙にイラついたわね。」

 あたしたちがそれぞれに感想を言うとカーミラは……

「……ロイド様、最近みなさんとキスをされたのですね……?」

「えぇ!? あ、いや……は、はい……きょ、今日の朝に――でで、でもオレからというわけでは――ああいや物理的にはそうなんだけど――」

「そうですかそうですか、ロイド様から……それでワタクシには?」

「ぶぇえっ!?」

「はー、俺にはいつものロイドに見えたけどなー。そうか、キスをしてなかったからなのか。おいロイド、いっちょ俺にもしろよ。」

「どさくさ紛れに嘘をつかないように。あなたにもワタクシと同じように見えているでしょう……というかやはりあなたもロイド様のこと……」

「ちょちょ、そ、それよりもあれ! オレの偽物!」

 ロイドの姿をした奴の首がとんだのに、あたしたちはいつも通りで悲鳴の一つもない。なぜなら……血が一滴も出てないから。


「……なぜだ……」


 廊下に転がってる偽ロイドの首がしゃべった。同時に首と胴体、それぞれの切断面から紫色の腕が伸びて空中で握手し、首は胴体の方に引き寄せられて――くっついた。

「なぜ……そんなバカな……自分の計画が……こ、こんな事は一度も……」

 絶望の表情を浮かべた偽ロイドの顔が、溶けるアイスみたいに別の顔に変わっていく……

「……フルトから、人間にしては相当な闇魔法の使い手だと聞いていたのですけど……それがこれとは。魔法の技術は認めますけど、計画? ふふ、ずさんにもほどがありますね。」

「――! バ、バカを言うな! 自分の計画は完璧だ! 一度たりとも失敗した事がないのだぞ!」

 ……すごくチグハグな感じだわ。バレバレの――少なくともあたしたちにはバレバレの偽ロイド姿でのこのことやってきてこの始末。一体どこの何が完璧なのかわからない。だけど……あたしにもわかる。ポステリオールから感じたのと似た気配――変な言い方だけど、大悪党の雰囲気。魔法の腕はたぶん十二騎士にも届くくらいで、戦う力は相当なモノ――だと思う。そんな奴がこんなマヌケをしでかしてる……すごい違和感だわ。

「それじゃあ今日のあなたの失敗を一つ一つ説明してあげましょうか。」

「なん……だと……」

「あなた、検問所をロイド様の格好で通りましたね。ふふ、ロイド様なら許可証を見せる必要がないと思いましたか? ええ、確かにありませんよ、本物であればね。」

「なにを――け、検問所の時点でバレていたというのか!?」

「当たり前でしょう。その数時間前に本物のロイド様が通っているのですから。」

「――!?!?」

 ……え、こいつ本気? まるで思いつかなかったって感じの顔してるわよ……

「何故通る事ができたか? それはワタクシが通すように言ったからです。フルトの報告から、闇魔法の使い手がやってくる事は予測できましたし……ロイド様に化ける事も想定内。あまりに想像通りで拍子抜けですよ。」

「そ、そんなバカなことがあるか! それは――あり得ない、あり得ない!」

「何を以てあり得ないと断言しているのか理解に苦しみますが……ちなみにこの場所、この時に接触してくる事もわかっていました。ワタクシがロイド様とわかれるとしたらお風呂場くらいでしょうからね。案の定男湯に結界を張ってロイド様を閉じ込めてあなたはそこに立っていた。そうですねぇ……油断させてワタクシに近づき、強力な闇魔法で傀儡とする計画? でしたか?」

「な――ど、どうしてそれを――!?」


「異常だな。」


 あたしにだってそれくらい予想できる事に一々驚く素人感丸出しの大悪党を挟んであたしたちと逆方向の廊下から蛇――ヨルムが歩いてきた。

「そもそも、俺たち魔人族の能力を考慮していない時点で貴様の計画とやらは頓挫しているというのに、それにまったく気が付いていない。折角――いや、むしろ危険な情報漏洩だった故に叱りつけたのだが、フルトは貴様に教えたのだろう?」

「な、なんの――」

「俺たち魔人族には、魔法の流れが見えている。」

「!!」

「検問所の二人が笑っていた。ロイド様の得意な魔法が風魔法などということはレギオンのメンバーは勿論、国民のほとんどが知っている事。だというのに、達人でなければ扱えないような闇の高等魔法の気配を垂れ流して貴様がやってきたのだからな。この国に入ってから貴様とすれ違った者は全員が気づいていた。しかし何も言わなかったのは姫様の命が出ていたから。」

「女王の命令……? し、侵入者をわざわざ近づける命令だと……!?」

「わかっていないな。貴様、ロイド様に化ける為にロイド様の血液を使っただろう? フェルブランドの軍の訓練所に刺客を放ったのはその為。」

 ! 予想外のところからあの鎧の奴の目的が明らかになったわね。ロイドに化ける為にロイドの血を……? それだけの為にあんな大騒ぎを……

 いえ……むしろあの時くらいしかそのチャンスがないほどに、学院の守りが鉄壁なんだわ、きっと。

「愚かな事をしたものだ。法律に書き記すまでもないほどに魔人族全員が知っている罪だぞ、それは。」

 ただしゃべりに来ただけとでも言うように、ヨルムは腕を組んで壁に寄りかかった。目の前の大悪党――王城に乗り込んできた侵入者をどうこうする気がまるでない。

「どういう意味だ……それは!」

「魔人族の国で悪事を働こうという奴が、随分な勉強不足だな。やはりその無計画さは異常だ……貴様の実力とかみ合わな――ああ、そういうことか。」

 シュルルと笑ったヨルムは、その無表情な蛇顔が読み取れないあたしでもわかる――物凄く相手をバカにした目線を偽ロイド……今はなんか印象の薄いメガネの男になってるそいつに送った。

「フルトが敵を取り逃がすとは何かあると思ったが、相当強力なマジックアイテムを使っただろう? そして大きな代償を支払ったのだな? 本人が気づいていない――がしかし、おそらく貴様にとって最も無くしてはならないモノを。なるほど、ようやく合点がいった。」

「一人でペラペラと蛇人間が! わかるようにしゃべれ!」

 なんかもうやけくそに近い感じになってるメガネの男を、鱗のついた手でピッと指差したヨルムはこう言った。


「そうだな……おそらく貴様の、最大の持ち味だったであろう……『慎重さ』とでも言うべきモノが、今の貴様には欠片もない。」


「――!?」

 メガネの男は絶句した。口をぱくぱくさせて魚みたいに、信じられないって顔で震えた。

「そしてきっとそれ故に……そうなる前にやったのだから本来であれば対策を練る予定だったのだろうが、今は無策でここに来た……吸血鬼である姫様から最愛の方の血を奪うなどという暴挙を犯してのこのことな。」

 パクパク魚状態のメガネの男はヨルムの言葉でビクッとなって……ゆっくりと後ろ――つまりはあたしたちの方に顔を向けていく。

「くっくっく、姫様の命令は全てこの為。どうなろうともはや誰にも止められはしない。せいぜい楽しむことだ、悪党。」

 メガネの男の顔が完全にこっちに向くと同時に、あたしたちの後ろの方から物凄い殺気……怒りが押し寄せた。


「あなた――死ねるとは思わないように。」


 カーミラ・ヴラディスラウス。魔人族の国、スピエルドルフの女王にして最強の力の持ち主が――キレていた。




「女王様に悪党退治をやらせるっつーのは騎士としてどうかと思うがこればかりはなぁ。」

 ミラちゃんの、この場にいるだけで心臓が止まりそうになる迫力で満ちる廊下でのほほんと呟くフィリウス。

「お……おい……こ、これって……オレは何かやることあるか……?」

 フィリウスと同感で、話を聞く限りまんまと血を奪われたオレのミスもだいぶやばいのではと思って何かしようと手を剣にまわしはしたが、一体何ができるのやら……

 だが、フィリウスはケロリとこう言った。

「出番はあると思うぞ。おそらくあのメガネの男、相当な回数殺さないと死なないだろうからな。」

「――えぇ?」

「その上で第六系統の使い手ときたもんだ。よく見とけよ、大将。こっから先は超高等闇魔法のオンパレードだ。」

「何をのんきに――」

「おっと、そうだそうだカーミラちゃん、ちょっと待ってくれるか?」

 フィリウスの言葉に対して無反応を返したミラちゃんだったが、フィリウスはオッケーと受け取ったらしい。

「おい、メガネの男。お前に聞いておくことがある。」

 フィリウスがオレの姿からたぶん、元の姿っていうのに戻って呆然と立ち尽くしているメガネの男に目線をうつ――え、えぇ?


「……《オウガスト》か……」


 びっくりした。一瞬前までいた人間と今そこに立っている人間が同じとは思えなかった。

メガネの男の――作戦が失敗して大慌てしていた男の表情が一変していたのだ。まるでミラちゃんの迫力がスイッチを入れたかのように、歴戦の猛者のような落ち着きというか貫禄というか……そこにいるだけで強さがにじみ出て来る感じだ。

「お前の名前はザビクってので合ってるか?」

「自分の名を……ふん、《ジューン》か。」

「当たりか。んじゃあもう一つ。」

 ミラちゃんの力が満ち満ちてるこの廊下でただ一人気楽にいたフィリウスの表情がグッと厳しくなった。


「お前のバックにいるのはアフューカスか?」


 メガネの男はギラッとフィリウスを睨みつけた。

 どうしてだかわからないが、オレのことを狙っているらしい『世界の悪』ことアフューカス。彼女とこのメガネの男につながりが……?

「どうやらお前の目的はスピエルドルフそのものだったようだから今回の行動は独断か? アフューカスに献上しようと思ったか? ついでに大将もどうにかしようと?」

「……」

 フィリウスの質問に一切答えないメガネの男は、ふっと目線を斜め上に移した。

「……悪巧みが失敗した悪党の道はいくつかある。世に言うとんずら、持てる全てを尽くしての逃げの一手。または両手を挙げて膝をつく……ふ、いつもならその辺りを選択するのだが……確かに自分からは何かが欠けたようだな。冷静な判断力か……そこの蛇人間が言うような慎重さか。そのせいか、今の自分にはそれ以外の選択肢に手が伸びる。」

 同じだ。プリオルもこんな感じに、「悪党とは」ということを語っていた。アフューカスの下にいる七人の悪党の見分け方というのは、もしかしたらこの妙な思想がそれなのかもしれない。

「逃げる事、目の前の正義を皆殺しにする事、なんにせよそれらは副産物。自分が選ぶ悪の道は我が主様も好むこんな一言――」

 上を向いていたメガネの男がバッとオレたちをその視界に捕らえ――


「面白くなってきた――だ!」




 その時たぶん、あたしは死ぬ一歩手前だったんだと思う。

 ほんの鼻先にまで迫っていたそれはあたしを壊す何か。

 身体中を何かが這い回るような、皮膚の下で何かがうごめくような、頭の中で何かが騒めくような、嫌悪と恐怖の闇。

 指の先からゆっくりと身体を千切りにされるような、体内が煮え返るような、全身から血をふき出すような、絶望と痛みの闇。

 全身をどっぷりと包み込むまどろみのような、抗うことのできない無限の快楽のような、求めるだけ注がれる愛のような、誘惑と堕落の闇。

 そのどれがあたしに迫っていたのかはわからない。なぜなら、その気配を感じて身体が最初の恐怖を覚えるその前に――あたしを包んだモノがあったから。

 体感的には包まれたけど、記憶によるとそれは光景だったと思う。

 あたしの中で、あたしの次にあたしを占める割合の大きい奴。

 そう……時々ああいう風にドキッとする笑顔になるのよね。

 あの、すっとぼけた田舎者は――



「――!」

 ハッとした。あまりに眠すぎて一瞬記憶がとんだみたいな、そんな感覚だった。

「まいったな、十秒くらいか? いつの間にか置いてけぼりだぞ。」

 フィリウスさんが「あちゃー」って顔をする。見ると、あのメガネの男……それとカーミラ、ストカ、ユーリ、ヨルムがいなくなってて……なんでか廊下に大きな穴が空いてた。穴の向こうは城の外で、夜の街が見える。

「えぇっと……フィリウス、これ何がどうなったんだ?」

「ああ、簡単に言うと俺様たちは死にかけたんだ。」

「死に――!?」

「さすが《ジューン》が追い続ける男ってとこだな。あのメガネ、超高等魔法の即死級幻術を俺様たち全員に同時にかけやがった。しかも効果がないと知っててやったっつーことはただのめくらまし扱いだぞ? 世の闇魔法の使い手が卒倒するレベルだ。」

「ちょ、おいフィリウス、全然ついていけないぞ……即死級の幻術――ってのをオレたちはかけられて……え、それでオレたちが死にかけた?」

「まともに受けてたら間違いなく死んでたが、さっきカーミラちゃんもちょこっと言ってただろ? 俺様たちが使う魔法は所詮、人間が作った魔法ってわけさ。特に幻術系はその最たるもんだ。」

 壁の穴から外を眺めながら、フィリウスさんは――なんでか知らないけどニヤニヤしながら説明を続けた。

「風とか炎なら別にいい。魔法で生み出したとはいえ、生み出した時点で自然のモノとなってるんだからな。例え無理矢理魔法を使ってる俺様たち人間が作っても、風は敵を吹き飛ばすし炎は焼き尽くす。だが第六系統お得意の幻術はどうだ? あれは相手の精神や肉体そのものに作用する魔法、即ち、人間が作った対人間用の魔法だ。どんなに強力な幻術魔法であろうと相手が人間でないなら効果はない。」

「そ、そうなのか?」

「ネズミ一匹狂わせられない。人間以外にそういうのをやろうと思ったら、せいぜい光魔法で嘘の景色を見せるとかそんなところだな。まぁ、さっきまであのメガネがやってたみたいな、血液を使用した最高レベルの幻術ならできるのかもしれないが。残念な事に、俺様も闇魔法は詳しくないんでな。」

「そ、そっか……つまりミラちゃんたちにはその即死級? の幻術が効かなく……じゃ、じゃあオレたちは?」

「俺様はこれだ。《ジューン》のマジックアイテム。さっき風呂場から出るのに使ったのを合わせて十個もらってきたんだ。んで、残りの九個が幻術の無効化をしてくれた。ま、その内の五つが完全にぶっこわれてるから相当やばかったみたいだがな。ラッキーだった。」

「そ、そうか……」

「ま、実はこのマジックアイテムが頑張らなくてもよかったと言えばそうなんだがな。風呂場の結界もやり方さえあってれば解除できただろう。」

「? なんの話だ?」

「愛の話だ。」

「えぇ?」

「でもって大将の場合はその右目だな。気づいてないかもしれないが、ユリオプスが発動してるぞ。」

「え、あ、ホントだ。」

 右目が黄色く光るロイド。

 ああ……確かにあれ、カーミラのだわ……

「幻術系の魔法ってのは精神やら肉体やらをうまい事操って相手を内側から支配するもんだから、実は繊細な魔法なんだ。大将の身体には一部吸血鬼のモノがあり、その影響で全体的に吸血鬼の性質を得てる。つっても魅惑の唇になったくらいで大して変化はないんだが、幻術魔法が通じなくなるには充分なズレなんだ。だから、即死級の幻術を受けてもちょっとのめまいですんでる。」

「魅惑とか言うな! んまぁ、オレ自身は納得した。でも……みんなは? も、もしかして……さっきオレの偽物に気づいたのとお、同じ理由か……? キキ、キスしたせいでみみ、みんなにも吸血鬼的な性質が……!?」

「チューの時の唾液で吸血鬼化ってか? だっはっは、さすがにそれはないぞ、大将!」

「だだだ、唾液言うな!」

「お嬢ちゃんたちが無事だった理由が吸血鬼の力ってのは正解だ。だが正確に言うなら、そりゃ愛の力だぞ、大将。」

「あ――ま、また愛か……」

「カーミラちゃんが大将の血をがぶ飲みしたなら、ついでに大将が「愛してるよミラちゃん」とか言ったなら、あの女王様は文句なしで世界最強の存在になると、俺様は確信している。」

「な、い、いきなり何を言うんだお前は!」

「カーミラちゃんの話で大体わかるだろう? 吸血鬼ってのは、恋だの愛だのに最も影響を受ける種族なんだ。」

「そ、それが今関係あるのか!?」

「大ありだ。自分を守る為に魔眼が発動した大将は、その瞬間に吸血鬼としての能力が一時的にぐんっと跳ね上がる。ユリオプスは吸血鬼の家系に発現する魔眼で、その吸血鬼性は最高レベルだろうからな。」

「あ、ああ……」

「そして、そんな大将の周りには今まさに幻術を受けて死にそうな女の子たち! しかもみんなが大将を好きだという!」

「す――そ、そう……だな……」

「そんな中から既に一人を選んでいる大将だが――別に他の女の子もまんざらじゃない。」

「そ――は!?!?」

「ん? 嫌いなのか?」

「き、嫌いなわけじゃ――」

「じゃあ普通と好きならどっちだ?」

「そ、それは………………ふ、普通なんて冷たい感じじゃ……そ、その二択なら――すす、好きになる……な……」

「だろう? つまり、大将とこの場のお嬢ちゃんたちの間には相思相愛の赤い糸がつながってるわけだ。友情と言い張るのも結構だが、キスをした間柄だもんなぁ、大将?」

「――!!」

「人間にとっちゃただの感情かもしれないそれは、吸血鬼にとっては力の源。でまぁ、こっからは俺様の予想だが、恋やら愛やらの混じる感情でつながるお嬢ちゃんたちを救うべく、おそらくはチューした時にかかってるという吸血鬼の唇の魔法を通じて全員に一時的な吸血鬼性を付与したんだろう。結果、お嬢ちゃんたちにも幻術が効かなくなったってわけだ。」

「なーっ!?!?」

「本当はどうかわからないが、たぶん本筋は外れてないと思うぞ? うん、さすがはハーレムの主だな!」

 ものすごく腹の立つ顔でロイドを煽るフィリウスさんと、顔を真っ赤にするロイド……

 そ、そしてその話であたしも……な、なによそれ……愛の力って……

 ……もちろん、他の連中も……

「ロイくんの愛の力! まんざらじゃない! 好き! ロイくんてばもうもう!」

「ふ、ふん。ロイドくんがわたしの魅力に惹かれつつある事は知っていたとも! み、みたかエリルくん!」

「で、でも……わ、わたしと……――になったら、そ、そんな浮気は……だめ、だよ……?」

「んふふ、ガンガン攻めた甲斐があったんだねー。」

 ……愛の力……

 で、でもなんだか、ロイドならあり得る気がする。べ、別に浮気性とかそういう話じゃなくって……愛って、愛情って、何も恋愛に限った言葉じゃないんだから。

 家族を――一度全てを失ったロイドは、新しく得ることができた大切な人をすごく大切にする。そういう優しい、温かいのも吸血鬼に影響を与えるなら……確かに、これは愛の力かもしれないわね。

「ま、別にそれがなくてもなんともなかっただろうが一先ず、大将いじりはこの辺にしてカーミラちゃんを追うぞ。」

「この野郎!」



 王の城に敵の襲撃っていう深刻な状況のはずなんだけど、フィリウスさんがこんなんだからあたしたちは妙にいつも通りの気分だった。敵がマヌケだったから……?

「……」

 なにか、どこかがスッキリしないけど……まぁ十二騎士と魔人族がいるんだもの。これ以上ない安心じゃない。

廊下に空いた穴からあたしたちは外に出た。と言ってもここは一階じゃないから地面までそこそこ――いえ、結構高さがある。だけど……ロイドはふわっと風で飛び、あたしとアンジュはそのまま落ちて着地の瞬間に足元で爆発を起こして減速、ローゼルは壁の穴と地面を氷の滑り台でつないでツルツルと、ティアナは脚を強靭なケモノのそれに変身させて、リリーはパッと瞬間移動。夏休み前と比べるとあたしたち、さらっとすごい事が出来るようになったのねって思ってたら……フィリウスさんが魔法なしな上に壁につかまっての減速もなしでズシンッて着地して……やっぱりまだまだだわって思いなおした。

 ま、まぁそれはそれとして、着地した所から少し離れた場所で戦いは始まってた。そこは普通に街の一角で、建物とかが戦いの余波で崩れたりしてるんだけど……お店の中とか通りには他の魔人族が見当たらない。まるでこうなる事を予想してたみたいに――いえ、初めからそうする予定だったんだわ。だからきっと、住民はどこかに避難してるのね。

 要するに、カーミラはロイドの……血を奪ったメガネの男をこの場所でボコボコにするつもりなんだわ。

「す、すごいな……」

 目の前で繰り広げられるマヌケ大悪党と魔人族の戦いに、思わずそう呟くロイド。


 メガネの男と戦ってるのはカーミラで、たぶんメガネの男が闇魔法で召喚したんだろうゾッとする見た目の怪物たちを……きっとカーミラに近づけない為に、ヨルム、ストカ、ユーリが相手にしてた。

 ユーリは第二系統が得意なのか、その両腕は電流を帯びて――っていうか光り輝いてた。ちょうど冬の日に静電気がバチンってなるみたいに、ユーリの腕が触れた瞬間、バチッって光って敵が吹っ飛ぶ……全身バラバラになりながら。

 アンジュの『ヒートコート』に近い感じで、そんな触れるだけでボンッてなる腕を振り回して戦ってるユーリはその場からあまり動かず、自分を取り囲む敵を迎え撃つ感じのスタイルみたいで……たぶん見間違いじゃないと思うけど、時々首とか胴体がぐるんて一回転したり、腕とか脚が伸びたり飛んでったりするトリッキーな動きをしてる。

 対してストカは走り回るタイプ。相手の頭をつかんで地面に叩きつけたり、蹴り飛ばしたり尻尾で薙ぎ払ったり突き刺したりっていうのを――尋常じゃない速さでやってる。リリーが瞬間移動を連続でやった時と大差ない速度で敵を蹴散らしていく中、時々相手の背後に土の壁を出現させて退路を塞いだり、自分の足元を勢いよく隆起させて、あたしが爆発で加速するみたいな移動をしてるからたぶん、ストカの得意な系統は第五系統の土。

 言葉で説明するとそんな感じなんだけど、確実にあたしたちよりも強いと思えるほどの圧倒的な実力を二人から感じる。あれで護衛見習いっていうんだからやっぱり魔人族は桁違いの強さなんだわ。

 ……でもって、そんな魔人族の中で精鋭って呼ばれるヨルムは……何もしてなかった。いえ、正確には何をしてるのかわからない。ユーリ以上にその場から動かないというか、むしろ棒立ちなんだけど近づいた敵はことごとく倒されていく。本人はぼんやりとカーミラの戦いを眺めてるもんだからいよいよどうなってるのかわかんないわね。

 そして、そんなヨルムが眺めるスピエルドルフ最強らしい女王様は……なんて言うかめちゃくちゃだった。真っ黒なドレスを着たカーミラが真っ赤な剣を一振りすると、よくわからない距離まで斬撃が飛んで遠くの建物が真っ二つになるし、地面に真っすぐな亀裂が走る。しかも次の瞬間には真っ赤な剣が真っ赤なハンマーになって地面を陥没させるし、気が付いたら真っ赤な銃になってて周囲を爆散させていく。

 武器もよくわかんないけどカーミラ自身の動きも意味がわからない。ストカと同等かそれ以上の速度なんだけどその動きは流れるようで緩急がなくて……空中でスケートしてるみたいに見えてきたわ……

「さすがカーミラちゃんだな。勝てる気がしない。」

 のんびりと腕を組むフィリウスさんが「こりゃまいった」って感じにそう言った。

「ミラちゃんの武器って一体……あと、ストカとユーリはまだ何をしているかわかるけど……ヨルムさんは……?」

「カーミラちゃんが使ってるのは自分の血液だ。それを色んな形に変えて戦ってるわけだが、その血ってのが凶悪な代物でな。なんでもご先祖様方の力が溶け込んでるとかで、魔法とは違う何か人智を超えたエネルギーが詰まってんだ。」

「なんだそりゃ。」

「俺様も含めて詳しく知ってる奴なんかいないさ。それこそ、カーミラちゃんと結ばれるなら大将が詳しい人第一号になるだろうよ。とにかくわかってんのは、吸血鬼の血で武器なんか作ろうもんなら冗談みたいな武器が出来上がるってことだ。んで、そんな血が身体を駆け巡ってる吸血鬼本人も、人智を超えた動きをするわけだ。」

 見ていて変……そう、理屈に合わないっていうか物理法則的なのがガン無視されてるっていうか、確かにカーミラの動きはおかしいわ……

「で、ヨルムの奴は尻尾を振り回してるだけだ。普段は服に隠れてるが、あいつが裸になったらまんま二足歩行のトカゲだからな。長い尻尾がある。まぁ、蛇なわけだから尻尾っつー表現は微妙だが。」

「尻尾についての考察はどうでもいいけど……じゃああれか? ヨルムさんは目にも止まらない速さで尻尾を振り回して……敵を蹴散らしてると……」

「そうだ。一応言っとくと、字面じゃそんな感じだが一発一発の威力はとんでもないぞ。人間の身体なんて、別に刃物でもないのに一振りで切断されるし、鎧なんて泥で出来てるかと思うくらいにあっけなく粉々になる。」

「桁違いにもほどがあ――」


「フィル、どう思う。」


 レベルが違う以前の戦いを眺めてたら突然話題のヨルムがフィリウスさんの横に現れて、ビックリしたあたしたちは一歩とび退いた。

「ん? おい、いいのか、ユーリとストカだけで。」

「あの程度の雑魚召喚、二人で充分だ。それよりもあのマヌケな男だ。」

「逃げきれてないが死に切らない程度には強いようだ。相当自分を強化しているな、あれは。」

「戦いが始まると同時に、他人の生命力を消費した『デビルブースト』を十段くらい重ねがけしていたからな。」

 さらりと出てきたおそろしい言葉。第六系統の闇魔法は唯一、マナから生まれた魔力以外を代償にできる魔法。中でも……生命力が最も効率のいい代償で、闇魔法を使う悪党は大抵、他人からそれを奪う……!

「姫様とあれだけやり合っているのだからな。消費した生命力は計り知れんが、おかげで本人への負荷もかなりのモノのようだ。直に自滅するだろう。」

「計り知れないか。」

「……そう怖い顔をするなよ、十二騎士。闇魔法を使う者と戦うのなら当然起こり得る事だろう? あれほどの使い手ならすれ違っただけの相手を生命力のストックとして指定し、どこにいようともそいつの生命力を吸えるようにしているだろう。ストックにされた者はそうと気づかずにある日突然死ぬ感じだな。」

 蛇の口から淡々と語られる事に、フィリウスさんは――確かに怖い顔をしてた。それでもなお、ヨルムはなんでもないようにしゃべる。

「お前のような人間の騎士なら、まずは相手に魔法を使わせない手立てを考えるだろうが……生憎、人間がどれだけ死のうが俺たちには関係がない。その中にお前たちが含まれていないことは入国の際に確認済みであるしな。」

「そうか。それはともかくとして、妙だな、あの男。」

「やはりそう思うか。」

 まるで、その件については散々議論したとでも言うようにあっさりと話題を切り替えるフィリウスさん。

「確かについさっきまではマヌケな凄腕だったが、今は普通の凄腕だぞ、ありゃ。別人だ。」

「ああ。姫様の殺気を受けた瞬間に、まるでスイッチが入ったみたいにな。しかも……」

「あの動き、まるで勝つ気がない。持てる力を全て回避にまわしている感じだ。まぁ、だからこそまだ死んでいないのだろうが。」

「どう考えてもあのザビクとかいう人間には先がない。であれば、あの行動は何かの時間稼ぎと疑わざるを得ないわけだが……奴は第六系統、幻術や呪いのエキスパートなのだろう? 何か嫌な予感がする……仲間でも待って――」


「いたっ。」


 ヨルムが腕組みをしてうなった辺りで、フィリウスさんの横で話を聞いてたロイドが頭を押さえた。

「? どうした大将。」

「? 誰かにはたかれたような感覚が頭に――」

 そういいながらロイドは身体を斜めにしていって……

「! 大将!」

 バタンと倒れ――!?

「ロイド!」

 いきなり倒れたロイドの顔を覗き込んだ時、あたしは息を飲んだ。

 まるで……まるで蝋人形……生きてるロイドから「生きてる」って部分だけを抜き取ったような……!

「姫様ぁぁあぁあっ!!」

 淡々としてたヨルムが獣みたいに叫ぶ。一瞬こっちを見たカーミラは、そのまた次の瞬間には倒れたロイドの横で膝をついてた。

「っ――!? ロ、ロイド……様……?」

 慌てたカーミラはその指をロイドの首に置く。

「生き……ている! け、けれど身体は……正、常なのに、まるで魂にふたをされているかのような……!?」

「ロイド、ちょ、ちょっとあんた、起きなさいよ!」

 ロイドの傍にきてその身体をゆすっても、時間が止まったみたいにロイドは瞬き一つもしな――

「な、なによこれ……なんなのよ!」


「あっはっは、大成功だ。自分で自分に拍手を送ろう。」


 何か決定的な――致命的な何かが目の前で起きてて、誰もが焦りと驚きの顔してるその瞬間に、笑い交じりで近づいてきたのはあのメガネ野郎――!!

「あんた一体何を――」

「キサマァァアアァァッツ!!」

 あたしが言うのと同時に、表情なんか読み取れないけど明らかに怒ってるヨルムがメガネ野郎のむなぐらをつかんだ。てっきりカーミラがそういう事をするかと直感的に思ったんだけど、カーミラはあたしの前でロイドを……ロイドの名前を呼びながら絶望的な表情で見下ろしてた。

「何をしたっ! ロイド様に一体何を!」

「何って、さっき自分で言っていなかったか? ここにいるメガネをかけたマヌケな奴は、幻術や呪いのエキスパートだと。」

「まさかロイドさ――」

「落ち着けヨルム。」

 そのまま頭をかみ砕きそうな勢いで迫ってたヨルムを後ろから引っ張ったのはフィリウスさん。

「大将に何かの闇魔法をしかけたか。さっきまで自分にかけてた『デビルブースト』を解いているところを見ると、大将を人質に交渉でもするつもりか?」

「ふん、察しが――いや、この状況であればバカでもそう思うか。ああ、その通りだ。」

 余裕の笑みを見せるメガネ野郎は、すぅっとロイドを指差した。

「かの偉大な魔女が生み出した闇魔法『スリーピングビューティー』をアレンジしたモノを少年にかけた。なに、ありきたりな悪の魔法だ。術を解ける者は自分だけ、自分が死ねば少年も死ぬ。とりあえず今は仮死状態にしているから人形のようになっているが、こちらの要求に応じればすぐに戻そう。そして少年は……ま、自分の手の平の上でだが一生を謳歌できるだろうな。」

「いつでも大将を殺せる状態にして、それで何を望む?」

「少年を殺されたくない者は大勢いるようだが、自分が興味を持っているのはそこの吸血鬼。どうかな? ここは一つ、スピエルドルフを自分の手中におさめたいのだが?」

 メガネ野郎が何か言ってるけど、当のカーミラは全く聞いてない。ただただ、ロイドの手を握ってうなだれてる。

「大将を人質にカーミラちゃんを、ひいてはこの国を操りたいと。」

「そうだ。いや、少年には感謝しなければな。身体能力も魔法技術も、何を引っ張り出しても勝てない魔人族連中が作ったこの国を、その頂点に立つ者を、思い通りに操れる弱点となってくれたのだから。戦って勝てないのなら弱みを握る――ふふ、やはり先人は良い教えを残してくれるものだ……悪党においても、な。」

 ぴたりと両手の指先を合わせて、ほくそ笑みながらまさに悪党のセリフを吐くメガネ野郎。あたしはその顔を殴りたくてしょうがない。

「そうか。ところで気になる事がある。」

「ふん? 愛弟子があの有様なのだが……さすがは十二騎士という事か。自分がどこぞの誰かの生命力を使うだけで激昂する騎士もいるというのに……なるほど? ベテランであるとは即ち、若造よりも失敗を重ねているという事。救えなかった人間の数が多いといかに正義の味方でも慣れるものか?」

「よくしゃべる奴だな。」

「勝利を確信した悪党はそうあるべきだ。それで、何が聞きたい? ご覧の通り、自分は今気分がいいのでな。」

「一体いつ魔法をかけた。大将やお嬢ちゃんたちは気づいていなかっただろうが、この国に入ってからずっと、街を歩いたり飯を食ったりする度に対闇魔法の対抗魔法が俺様たちにはかけられ続けていた。」

「は――ど、どういうことよ、それ……」

 まだ生きてるってことと、あとは……目の前であのカーミラがこんな表情をしてるからか、あたしはあたしなりに少し冷静になってきた。

 ……っていうか……なんていうか、妙にフィリウスさんが落ち着いてる――のよね……

「鎧の襲撃があった時、フルトの奴がこいつに会っている。闇魔法のかなりの使い手が今後しかけてくるかもしれないという事はカーミラちゃんにも伝わっていた。だからだろうな、検問所を抜けてから風呂場まで何種類もの対抗魔法が何重にもかけられた。さっきの即死幻術だけどな、あれ、別に大将が吸血鬼の能力を欠片も持ってなくても全員無事だった。でなかったらカーミラちゃんが闇魔法の使い手の前に大将と、ついでに俺様やお嬢ちゃんたちを出しはしない。」

「……!」

 考えてみれば当然……夜の魔法の中だからとか、魔人族は人間より強いからとか、そんなのがカーミラがロイドの為に万全をつくさない理由にはならないわ……絶対に。

「ああ、それに関しては見事だった。おかげで現状、自分の闇魔法はこの場の誰にも通じない。適当なのを召喚するのと、自分を強化するしか選択肢がないくらいに。」

「だがお前は大将に魔法をかけた。そこが気になる。」

「だろうな。しかしそんなに難しい話ではないぞ? 単に、自分が少年に仕掛けをしたのが国王軍の風呂場でだったというだけの事。」

「! なんですって!?」

 思わずそう叫んだあたしを、「その反応を待っていた」とでも言いたそうな顔で見るメガネ野郎は得意げに続ける。

「やれやれ、ならば自分の計画の全貌を教えようか。さっきのマヌケな自分が言ったと思うが……自分の計画は完璧だった。」

 得意げに、楽しそうに、自分の趣味を延々と語るみたいに、メガネ野郎は自分の計画とやらのお披露目を始めた。



 人間とは距離を置き、その多くが夜の魔法の内側にこもっている魔人族という連中……人間の中でいかに強いと評価されようと、あの化物共と比較したら大したことがなくなる。そんな圧倒的な力を手にした時、主様は自分に何を見せてくれるのか。主様が妙に興味を持たれた少年を調べるべく、ランク戦を観戦していた時にその魔人族に遭遇したことが自分の計画の始まりだった。

 学院内に盗聴魔法を仕掛けて得られた情報は――ふふ、なんとあのスピエルドルフの女王が少年に恋い焦がれているという事実だった。我ら悪党にとって好きだの嫌いだのの感情は最も利用しやすい道具だ……使わない手はない――このチャンスを逃すまいと、自分は思った。主様に命令されずとも、仮にやるなと言われても、こればかりはしなければならない――何より、自分が新しい悪を見る為に。

 吸血鬼などという最強と言っても過言ではない魔人族である女王に自分の闇魔法が通じるかは怪しいものであるし、そもそもかけるチャンスを作る事も容易ではない。ならば少年を人質に心を御する事が最善――最悪だろう。

 しかしこれもまた至難、少年は常に学院の結界に守られ、その外に出るスピエルドルフへの訪問時はより厄介な夜の魔法がある。ならば盗聴によって得た学内イベント――社会科見学という課外活動が唯一のチャンスだ。

 だがここで問題。生かさず殺さず、かつ魔人族の連中にも解除不可能なレベルの魔法をかけるとなると、少年の前に自分が立つ事が絶対条件。その眼を通して直に仕掛ける必要があるわけだが……ふ、戦闘の苦手な自分が国王軍と十二騎士の待つ場所に赴くわけにはいかない。適当な傀儡を使う事が絶対だが、それでは望みの魔法がかけられない。

 そうだ、だから考えた。完璧な計画を。


 かける魔法は一粒の種。必要なモノは成長させる栄養。仕上げは自分。


 まずは種。別に誰でも良かったのだが、ならばより悪事であるべきだからな、七大貴族を六大貴族にさせてもらった。無駄に魔法の訓練などを積んでいるよりもまっさらな素人の方が闇魔法で操りやすくもあり……ムイレーフの跡継ぎを選んだ。適当に強化――いや、狂化し、種を持たせて少年を襲わせた。目的は勿論、種を植える事と――ついでに血液の採取。これは後に必要だったのでな。

 植えた種は極めて小さく害もない。例え《ジューン》が調べようとも「何もない」と判断するレベルであるし、仮に勘の鋭い者がいたとしてもムイレーフにかけた闇魔法の臭いがついただけと判断するだろう。

 次に栄養。時間経過で成長してしまってはスピエルドルフで仕上げを行う前に誰かが気づいてしまう。だから栄養はスピエルドルフで与える事にした。

 女王の恋い焦がれ具合は尋常じゃなかったからな……その愛とやらを利用させてもらった。社会科見学に魔人族が一人同行する事を盗聴で知った自分は、襲撃の際にわざと近くでのんびりしていたよ。魔人族には魔法の流れや気配というモノが知覚できるからな。ああ、もちろんそんな事は知っていたさ、知らないわけがないだろう?

 案の定釣れた魔人族に自分の姿を見せ、得意な系統を示し、そそくさと逃げた。そうすれば女王の耳に入るだろう? 愛しの少年が遊びに来るその時に、闇魔法の使い手がやってくるかもしれないとな。

 ふふ、計画通り、女王は国のあちこちに対抗魔法を仕掛けてくれた――そう、自分が設定した栄養というのは対抗魔法だ。種は闇魔法への対抗魔法に反応、それを糧として吸収、成長する術式が組み込まれた魔法だったわけだ。実に愉快だろう? 守るつもりが少年に毒を盛っていたのだからな。

 残すは仕上げ。警備厳重なスピエルドルフに侵入し、立派に育った種を持つ少年に最後のピースとなる魔法をかける――今回の計画において、これが一番難しい事だった。

明らかに格上の連中が跋扈する国に堂々と侵入して少年の前に立つ――その為に、自分はその「格上」という点を利用した。

 筋骨隆々の男がナイフを持ってやってくる場合と、同じナイフだが持っている者がやっと立ち上がれた程度の幼児の場合では、それに相対する者の姿勢はだいぶ変わる。得物は同じ凶器でも、ガキにビクつく奴はいないだろう?

 そう、自分はガキになったのさ。大層な闇魔法の使い手で、人間の世界じゃ恐れられる力を持っているが頭がすっからかんというマヌケにな。

 自分自身に呪いをかけ――ああ、ここはご名答、自分は自分から慎重さや計画性、分析力といったモノを封じ込めた。普段、自分が最も売りにしている才能を、な。演技という手もあったが……生憎そこまで芸達者でないし、そんなモノはすぐに見破られてしまう。実際に確かなマヌケになる必要があったわけだ。

 さて、もちろんいきなりマヌケになったら不自然だから布石を打った。魔人族にまんまと見つかり、逃げる為に強力な――代償の大きなマジックアイテムを使ったというな。

 そんなわけがないだろう? 確かに使いはしたが、そんなリスクだけのマジックアイテム、リスクを無くす魔法くらいかけてから使うとも。仮にも凄腕の闇魔法の使い手なのだから。

 マジックアイテムを使った後で自分に呪いをかけ、マヌケになった自分は少年に完全になりすますために同僚に協力を頼んだ。今の自分に言わせれば、よりマヌケになる為にな。

 同僚は最近失敗したばかりでな……おそらく普段なら協力してくれなかっただろう。だがどうだ? 目の前にとんでもないバカをやらかそうとしている奴がいるんだ。そいつが自分よりも大きな失敗をしたら自分にも再起の芽がある――そうなったら協力は惜しむまいよ。

 採取した血液を利用し、その上相手が魔人族であってもそう見えるように術式を書き変えた最高級の幻術と同僚の魔法――変身魔法を組み合わせ、自分は少年になりきった。

 闇魔法の気配を垂れ流す風使いの少年というマヌケななりきりだが、だからこそ女王は侮ってくれた。もともと、少年の血液を奪った時点で女王の逆鱗には触れているわけだからな、できれば女王自らの手で殺したいと思うだろう。そこに、聞いていたように確かに凄腕だが、驚くくらいにマヌケな襲撃者がやってきた。闇の対抗魔法も万全であるわけだし、ならば自分の前まで来てもらおう――計画通りに、女王は自分を下に見た。自分たちの方が「格上」であるという確信を持った。

 そうしてバレバレだというのに堂々と、他の誰でもない女王の意思によって、自分は女王のところまでやってきた。マヌケな自分の計画は女王に闇魔法をかけて操るというモノだったようだが……まさか、上手くいくわけがない。例え完璧な幻術で挑んでも闇魔法の流れを見られているのではまるで意味がないのだから。

 ただまぁ、今思えばここはひやひやものだった。自分の目的は少年だったのに対し、マヌケになった自分は女王を目指したのだから。どちらにしても女王と少年は一緒にいるだろうと考えていたのだが……まさか、両者が離れる入浴時に突撃するとは予想外だった。その上男湯に結界を張って肝心の少年を蚊帳の外ときたものだ。まぁ、少年の姿に化けているのだからそれしかやりようがないのも確かだが……バレバレの変装なんぞ、一瞬のスキを生むために使ってこそ意義があるというものだ。少々、マヌケな自分のマヌケぶりを読み切れなかった部分が多い。

 しかし有り難い事に、さすがは十二騎士というべきか……もしくはよく考えれば当然というべきか、《オウガスト》は闇魔法への対策として《ジューン》から小道具を預かっていた。おかげで少年はマヌケな自分の前に姿を表してくれた。

 こうして、役者がそろった場所で見事に失敗したマヌケな自分は絶望し、そんな自分に女王は死を宣告した。最愛の者の血を奪った奴が目の前にいて、そいつの悪巧みは全て失敗。あとは殺すだけとなれば……ああ、当然出るだろう? 最強の種である吸血鬼の全力の殺気が――殺意が。

 そう、それがスイッチだった。自分が自分にかけたマヌケになる呪いは、自分に対する強い殺意を感じた時に解除されるようにしておいたのだ。

 めでたくマヌケから解放された自分は仕上げに入る。その場にいる全員に向けて即死の幻術をかけた。そのままかかれば、この世のモノとは思えない醜悪に犯されて死ぬか、感じ得る全神経を総動員した痛みに包まれて死ぬか、獣以下の脳みそになるまで快楽に浸かって死ぬわけだが……闇への対抗魔法をこれでもかというくらいに受けている者には通じないし、魔人族にはそもそも効果がない。

 まぁ、負け惜しみとして言っておくと、少年に化けた時と同じく、血液と術式を練る時間があれば魔人族にも効果があるようにできたが……あの一瞬ではさすがにな。

 だが別にそれはどうでもいい。本当の狙いはその幻術の裏で少年だけにかけた魔法――仕上げの一発だったのだから。

 闇に対する対抗魔法が種に吸収されている少年には、吸血鬼の特性故に幻術は効かないがそれ以外の闇魔法は効く。自分はそれを行い、そして廊下に穴をあけて外に飛び出した。

 なぜか? それは時間を稼ぐためだ。少年にかけた闇魔法とは即ち呪いだからな。その効果が高ければ高いほど、呪いというのは定着するのに時間がかかるのだ。少年の場合は、ざっと五、六分といったところか。

 持てる全てを使って怒れる吸血鬼から五分ほど逃げ回る。自分の身体で耐え得る限界ギリギリの『デビルブースト』に、他者の命を自身に迫る死へ差し出す『スケープゴート』……ふふ、ストックをこんな短時間であれほど大量に消費したのは初めてだった。わずか五分の間に『デビルブースト』を無効化されること二十四回、死ぬことは――マヌケな自分が首を落とされたのを含めればきっかり十回……過去に例を見ない五分だったな。

まぁ、初めから全ストックを消費する覚悟だったから構わないといえばそうなのだが……『スケープゴート』で自分の命を守るのに必要な他人の命の比率が一対一でないこともあって、ストックにしていた人間数百人の内、五分の一くらいは減ってしまったな。はは、場合によってはどこぞの村の人間が全滅しているかもしれない。

 しかしその甲斐あり、少年にかけた呪いは無事に定着――そうして倒れたわけだ。

 ふむ……こうして説明すると実のところ完璧とは言い難いな。特に自分自身の行動の読めなさはあまりに揺らぎが大きい。今後は使わないようにするとしよう。



 長い演説が終わった。ただ一つ、ロイドに呪いをかけるという事の為に大勢の命と自分自身を道具にして悪巧みを実行した……狂った悪党の演説が。

「……良い顔だ。自分の策によって愛する者を殺した男や女の顔と似ている。プリオルではないが、自分もそういう顔を写真に残して一つ、コレクターを名乗っても良かったかもしれないな。」

「狂人だな。」

 メガネ野郎の話を黙って聞いてたフィリウスさんが――え? な、なんでかわかんないけど……ちょっとほっとした顔でそう言った……

「……? そのセリフにはどうもありがとうと返したいが、その表情はなんだ《オウガスト》……何を安堵している?」

「一応再確認だが、お前が大将にかけたのは呪いなんだな?」

「……ああ。言っておくが《ジューン》にも解除不可能だぞ。」

「構わない。」

 メガネ野郎の勝ちであたしたちの負け――そういう状況だったはずなのに、そんな空気の中でフィリウスさんはなんでもないように……メガネ野郎を横目で見ながらこう言った。


「だって、大将に呪いは効かないからな。」


 その言葉で、あたしも含めてその場の全員の視線がフィリウスさんに移った。

「……何の為のハッタリだ? 確かにそういう体質や魔眼というのは存在するが……自分は少年の血液を採取した際に確認している。事後ではあったが、自分の呪いが効くという事を。」

「体質の話じゃない、もっと単純な理由だ。むしろお前の方が詳しいだろうにな。」

 段々と表情がこわばっていくメガネ野郎に対し、フィリウスさんはカーミラの横にしゃがんでロイドの顔をのぞきながら、最早メガネ野郎の方なんか見ないで話す。

「さっき『イェドの双子』の名前が出たが、やはりお前はアフューカスの一味なんだな。なら言わせてもらうが、お前はやっぱりマヌケだ。数少ない例の一人であるプリオルと知り合いだったというのに。」

「何の話をしている……プリオルがなんだと言うのだ……」

「ふん、俺様と違って察しが悪いな。じゃあ話題の切り口を変えるが、呪いっつー魔法には特徴があるだろう? 俺様でも知ってる特徴が。」

「なに……?」

「! まさか!」

 当のメガネ野郎が眉をひそめる横で、ヨルムが声をあげた。


「呪いの干渉か!?」


 干渉。ヨルムのその言葉に、メガネ野郎は表情を一気に変えた。

 ――焦りのそれに。

「ああ。呪いって魔法は幻術以上に繊細な魔法だったりするからな。複数の呪いを同一対象にかけるってのはかなり難しい。《ジューン》が褒めていたぞ、ザビク。ムイレーフにかかってた複数の呪いは神業のようなバランスで干渉が起きないようになってたと。だがそんなお前でも無理な事はあるだろう? 同じ人間が複数の呪いをってのは技術でなんとかなるだろうが、既に呪いがかかってる対象に別の誰かが呪いをかけるってのはなぁ?」

「ふ――ふ、ふはは、バカを言うな……そんな事はわかっている! しかし勉強が足りないようだな《オウガスト》! 別の誰かが既に呪いをかけていようと、後からかける呪いの方が強力ならば上書きは可能だ! こ、この――自分の! 完璧な計画を経て完成した呪いを超える呪いなどあ、ありはしない! そもそも、呪いがかかっている状態で今まで普通に生活をしていたというのかその少年は! 理屈の通るハッタリをかませ、愚か者が!」

 指差して怒鳴るメガネ野郎の方に、ため息をつきながら顔を向けるフィリウスさん。

「口じゃ強気だが焦りまくりの態度からして、俺様が言わんとしている事はわかってるんじゃないのか?」

 メガネ野郎が言う、マヌケな自分がしてた絶望的な表情に今のメガネ野郎もなっていく中、フィリウスさんが呟く。


「恋愛マスター。それが答えだ。」


 恋愛マスター……また、こんなところにも、その気の抜ける名前が登場した。

「大将と旅をしてた時のある一戦、効果としては平衡感覚を失わせる程度のモノだったが確かに呪いを受けた大将は、しかし何事もなく戦いを続けた。魔法に関しちゃ何も教えてなかったから、その時の大将が対抗魔法なんか使えるわけがないし、そもそも受けた事にすら大将は気づいてなかった。」

 ロイドに、なんかキーホルダーみたいなモノを近づけるフィリウスさんは――

「もしかすると大将はそういう体質なのかと、俺様は知り合いの第六系統の使い手を呼びつけて調べた。大将には内緒で、寝てるときにな。」

 ――キーホルダーが小刻みに振動し始めたのを見てこくりと頷く。

「弱いモノから順番に、段々と強くしながら寝てる大将に呪いをぶつけてみたが、結局その知り合いが使える中で一番強い呪いも効果がなかった。普通にトーナメント戦で上位に食い込む実力者がやってもそんなんだからな、俺様は大将の隠れた体質に驚いた。だが、その知り合いはそうじゃないと言った。自分の呪いは、無効化されたりしたのではなく、より強力な力に打ち消されたのだと。」

 未だに蝋人形みたいに目をあけたままのロイドのおでこにフィリウスさんは……音からしてかなり威力のあるデコピンをした。

「その知り合いいわく、大将にはとんでもなく強力な呪いがかかっていて、そのせいで自分の呪いが干渉を受け、その圧倒的な力の差に軽々と打ち消されていると。自分の最高の呪いですらハエを叩くかのようにそうなったところから察するに、きっとこの呪いを超える呪いは無いと。おまけに、この呪いをかけた奴は人智を超えた存在だと言わざるを得ないとまで言っていた。第六系統はさっぱりの俺様だったが、そいつの信じられないという顔で納得した。」

 フィリウスさんの指がヒットしたところに小さな光が灯り、柔らかなそれはロイドの全身を包んでいく。

「となるとその強力な呪いは一体なんなのかっつー話だが、人智を超えたとか聞いた時点で俺様には心当たりがあった。少し前に出会った恋愛マスターという人物の力、大将の願いを叶えると言って手をかざした彼女から発せられた力は俺様ですらビビる程に圧倒的だった。しかし願いを叶えるという彼女が大将に呪いを? 俺様がうなっていると、その知り合いが答えをくれた。」

 ふんわりとした光が綿毛のように消えたかと思うと、ロイドは蝋人形のような状態から――普通に寝ている感じの表情と雰囲気になった。

「恋愛マスターとやらの事はよくわからないが、効果が良い方向だからそう思えないだけで、例えば彼女は、運命の相手に一生出会えないようにする事もできるはず。そうなったら、それは呪い以外の何物でもない。言い方を変えれば、大将は家族が欲しいという願いに起因する、運命の相手に必ず出会ってしまうという呪いを受けたのだと。」

「ロイド様!」

 まだ目は覚まさないけど、呼吸が戻ったロイドの胸にすがりつくカーミラを見て、フィリウスさんはすっと立ち上がる。

「恋愛マスターの力を近くで感じた俺様も確信している。あの力を超える魔法はないだろうと。お前はどうだ、エキスパート。自分の魔法が人智を超えた存在の力に届くという自信はあるか?」

「なにを――ば、ばかな……事を……」

 焦点が定まってない。どうしようか必死で考えてるけどどうしようもない事を既に知ってるみたいに、まさに悪あがきを頭の中で思い描くメガネ野郎。

「フィル! ロイド様は――ロイド様は大丈夫なのですね!?」

「ああ。ザビクがかけようとした呪いは発動した瞬間に打ち消され、結局大将が倒れたのは仮死状態にする為にかかってた単なる闇魔法のせいだが、それも恋愛マスターの力の影響でだいぶ弱まってた。おかげでザビクに解除させなくても、《ジューン》のお手製アイテムで無効化できた。直に目を覚ます。」

「あぁ――ああ、ロイド様……ロイド様!!」

「やれやれ、あんまり特異な体質とか能力があるってのを知っちまうと無駄に驕っちまうから大将には何も言わなかったんだがな。幻術と呪いを無効化し、身体に異常をきたす闇魔法も弱化させるときたら、こりゃあ意識して使うべきだなぁ、おい。」

 珍しく長いこと真面目な顔でいたフィリウスさんにいつもの余裕のある笑みが戻り、その太い腕がゆっくりと背中の大剣に伸びていく。

「で、どうする? お前が標的にした大将は実のところ、闇魔法の天敵みたいな状態だったわけだが、まだ何か策はあるか?」

 完全な逆転。あたしたちの勝ちで、メガネ野郎の負け。カーミラとの戦いで全力を出し切ってるし、そもそもこの場には物凄い強さを持った人がたくさんいる。

 これにてこの事件は終わり。決着……そんな感じに、ちょっとあたしたちみたいな学生の手には負えないレベルの戦いが終わった事にホッとしたその時、誰かが呟いた。


「コンナことの為にとっておきの切り札を使う羽目になるなんて……」


 その場の誰でもない誰かの声。激しい戦闘が繰り広げられた街中から少し離れた、ちょっとした広場みたいな場所に集まってるあたしたちのすぐそば――メガネ野郎の少し後ろにいつの間にか立っている誰かが、どうやら声の主らしい。


「ベツニ使う予定があったわけじゃないけど、それでも恨むわよ、ザビク。アンタのせいよ? このマヌケ。」


 暗くてよく見えないんだけど、基本的なシルエットは人。だけど一部……いえ、ところどころが人じゃない。


「セメテ、アフィだけじゃなくてアタシも楽しませる散り様を頼むわよ?」


 二本の腕と二本の脚のほかに、背中から細長い……虫の脚みたいなものが四本生えてて、顔の部分には暗い中で紅く光る――虫みたいな眼が八つ。


「サイゴの一瞬こそ、悪党最大の見せ場なんだから。」


 だから表現するなら……蜘蛛みたいな奴がそこに立ってた。

搦め手専門の悪党は書くのが難しいですね。

でもって、そんな悪党は大抵、他の悪党よりも先に敗北していきますね。


悪巧みを考えるのも大変です。

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