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騎士物語  作者: RANPO
第一章 ~田舎者とお姫様~
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第一話 田舎者の曲芸

 二つのプロローグの後、ここからが本編です。

 なんてこった。どうしてこうなったんだ。それもこれも全部フィリウスのせいだ。

「なんだよあの格好……田舎モンじゃんか。」

「ボロい服……ちょっと臭くない?」

 オレはいつもの格好でいつものように剣を握っているだけだ。いつもと違うのは、周りにギャラリーがいる事と、戦う相手が盗賊とかチンピラじゃなくて女の子だって事。

「どうしたのよ、構えなさいよ。あんた剣士なんでしょ?」

 目の前の燃え盛る女の子は既に戦闘態勢。

「……うぅ……」

 オレは半分ヤケクソに、剣を回し始めた。



「どういうことか説明してもらいたいな、少年。」

「……何をですか?」

 オレとその人の会話はそんな感じに始まった。普通ならこんなにきちんと対応はしないみたいなのだが、オレが持ってきた推薦状が気に入らないらしく……オレはその人の前で縮こまっていた。

 話は十分くらい前に遡る。


 フィリウスに置いて行かれてからたっぷり五分くらい立ち尽くしたオレは、どうにでもなれ的な感じで、校門の……警備の人? 守衛さんっていうんだっけか。んまぁ、そんな感じの人に……それでも「入学希望です!」だなんて恥ずかしくて言えないからフィリウスから貰った推薦状とやらを黙って渡した。

 渋い顔でそれを受け取ったその人は電話で一言二言会話した後、校門を開けてくれた。

 指差された方向におっかなびっくり歩いていくと、なんか豪華な建物の前で遠目でもわかるくらいに偉そうにしている金髪のにーちゃんが不機嫌な顔で立っていた。

「……物乞いなら他をあたれ。」

 まだ会話する距離じゃないのに、遠くから声を張り上げて金髪のにーちゃんはそう言った。オレの格好からそう言ったんだろうけど……失礼な奴だ。

 オレはムッとし、推薦状を突きだしながら前進する。すると突然、推薦状が何かに引っ張られてふわりふわりと金髪のにーちゃんの手に渡った。

「わざわざ羊皮紙まで使って……手の込んだことだな。ったく、いるんだよ。貴族とかじゃない庶民が進む所だからって推薦状に親の名前書いてやってくる奴とかな。田舎モンにはそういう風に認識されるのかもしれんが、その実態は――」

 金髪のにーちゃんはぶつぶつ言いながら推薦状を眺めていたのだが、突然目を丸くして推薦状とオレを交互に見だした。

「は……? はぁ? はぁっ!? んなわけあるか! いや、でも……ちゃんとサインに魔力が込められてるし……この魔力、かなり腕の立つ奴の魔――いやいやいや!」

 偉そうな金髪のにーちゃんは一人で百面相を繰り広げ、二、三分変な踊りを踊った後、オレを建物の中へと案内した。

 両開きの豪華な扉の前、金髪のにーちゃんがノックすると金髪のにーちゃんを三倍くらい偉そうにした偉そうな声が聞こえてきた。

 入ると、正面にあるデカい窓からの逆光を受けて顔色が暗く見える髭の長いおっさんが座っていた。いや、じーさんか。

「学院長、実はこの物乞――少年がこれを持って現れまして……」

 推薦状を受け取ったじいさんは上から下に目を動かし、そして一番下で止まった。

「!? 《オウガスト》じゃと……!?」

 ……よくわからないが、この二人はフィリウスの適当な偽名に驚いていたようだ。

「どういうことか説明してもらいたいな、少年。」

 偉そうなじーさんだけど、実際迫力はあってオレは気持ち縮こまる。

「……何をですか?」

「もしもこれが……いや、このサイン……つまり少年を推薦した者が本物であれば、これは相当に大事なのじゃ。少年は……《オウガスト》を知っておるのか?」

「いや……えっと、たぶんそれ偽名です。それをオレにくれたのはフィリウスっていう中年オヤジで……」

 じーさんがピクリと目を細めるのに対し、金髪のにーちゃんは首を傾げる。

「フィリウス? 誰だそれ。」

「……《オウガスト》の本名じゃ。」

「うえぇっ!?」

 金髪のにーちゃんが驚愕する。いや、だからそうだって今言ったし……

「ちなみに少年、《オウガスト》……いや、フィリウス殿の容姿を教えてもらえぬか?」

 殿!? あんなオヤジに殿!? 似合わないなぁ……

「えぇっと……ボロいローブとボロいズボンとボロいシャツを着てて……ムキムキで……髪は短くて黒くて……あ、デカい剣を持ってます。フィリウスの身長くらい――あ、フィリウスって二メートルくらいあるんですけど……あとは得意料理が丸焼き……そうだ、いびきがすごいです。あとは――」

「もうよい……」

 段々と容姿から外れていった説明にじーさんが険しい顔でそう言ったから、オレは再び縮こまる。

「いや、そもそもこのサインに込められた魔力からして間違いはないと思うのじゃが……」

 じーさんと金髪のにーちゃんが気持ちの悪い事にアイコンタクトで頷く。そしてじーさんはオレにこう言った。

「……推薦状は確かに本物じゃろう。じゃがそれだけでは入学を許可できぬ。少年の実力が入学に足るか否か。その剣、飾りではないのじゃろう?」

 じーさんはオレが私物の入った袋と一緒に持っている二本の剣を指差した。最終的に二本同時にと言われて二本もらったが、今のオレは一本しか使えない。

「少年の剣術、少し見せてくれんか?」

「……誰かと戦えって事ですか?」

「構えるだけで良い。そう……あの《オウガスト》が推薦するのであればそれなりのモノであるはずじゃからな。」

 意味は分からないが……構えるだけか。オレは何となく、嫌いな人間のリストに入った金髪のにーちゃんを敵だと意識して身構えた。そしてオレはいつも通りに剣を回す。

「んなっ!?」

「これはこれは……」

 部屋の中に剣の回る音が響く。

「少年、その剣術は誰に教わったのじゃ。」

「フィリウスからです……」

「……おそらくじゃが……二本同時に回せと言われておらぬか?」

「! そうですけど……今は一本しかできないです……というかこの曲芸剣術って有名なんですか?」

 オレがそう言うと、ぶはっと吹き出したじーさんは突然大笑いした。オレも驚いたが、金髪のにーちゃんもびっくりしていた。

「はっはっは! そう、そうじゃったの! 《オウガスト》――かの《オウガスト》はそれをそう呼んでおったな! うむ、認めよう。少年の入学を許可する。良き騎士となれ。」


 その後はなんだか流されるままだった。

 別の部屋に移動させられたかと思うと触った事もないくらいに良い生地でできた白い服を渡されて着替えろと言われた。

 見事な肌触りに感心しているとなんかよくわからない小物が入った箱をもらい、そのまま違う部屋へ。

「人数的に空きがあるのはここだけだ。お前は今日からこのクラスの一員だ。」

 金髪のにーちゃんはそこまで言うと扉をノックし、中でしゃべっていた女の人を呼んだ。金髪のにーちゃんと女の人がチラチラとオレを見ながら何かを話す。

 良い予感は一つもしない……オレはこれからどうなるんだ……?




 その日のその時間、あたしのクラスは騎士の歴史の授業をしてた。昔の誰かが何をやったなんて興味はないんだけど、時々昔のすごい騎士の戦い方とか武器が紹介されるから、それだけを楽しみにあたしは授業を受けてた。

 そしたら突然教室にノックの音が響いた。先生は何事かと扉を開いて……そこにいる誰かに何かを言われて、教室から外に出た。

 数分後、先生は一人の男子を連れて戻って来た。

 見るからに新品の制服を着たその男子は、いきなりサーカスのステージにあげられた観客みたいにそわそわしながら先生の後ろを歩き、そしてあたしたちの方を向いた。

「あー……えーっと……お前ら、編入生だ。」

 一瞬教室が静かになって……すぐに騒がしくなった。

「え、どういう事ですか、先生!」

「こんないきなり!? 何か訳ありですか!?」

 それぞれに質問を飛ばすクラスの連中たちに対して、先生は静かにグーにした手を上に挙げる。それを見た途端、みんなは再度静かになった。

「私だってさっきいきなり言われたんだ。こいつが誰かなんて知らねーよ……おい、自己紹介しろ。」

「じ、自己紹介? なんか学校みたいですね……」

「あ? ここは学校だろうが。」

「? 学院じゃ……」

「どっちも大差ねーよ! てか同じだ!」

 クラス中が笑い出す。本人はどうして笑われたのかもわかってない感じだった。

 クラスの男子と比べても背が高い先生と同じかそれよりちょっと上くらいだから身長は結構ある。変にとんがらせたりおでこを出したりしてない、そのまんまの黒い髪に、その……それなりに整った顔をしてる。べ、別にカッコイイとか思わないけど、キザな事を言ったりしても様になりそうな男子。だけど本人の「間違ったとこに来ちゃった……」っていう表情がそういうのを台無しにしてる。なんていうか、残念な男子だった。

「んで、お前はどこの誰なんだよ!」

「オレは……オレの名前はロイド・サードニクス……です。」

「だそうだ。サードニクスんちのロイドくんだ。とりあえず……上の方、いくつか空いてる席あんだろ? どっかに座れ。私は授業をしたいんだ。」

「はぁ……」

 言われるがままにトボトボと段をあがってくる突然の編入生。入学した時に貰う小物入れみたいな箱を持ってるから、本当についさっき来たって感じ。

 あたしは一番上の段の隅っこに座ってるから、あがって来るその男子をなんとなく見てた。そして、その男子が持ってる二本の剣が目に入った。

 そうだ……入って来たばっかりのこの男子なら、あたしの事なんて良く知らないし……戦ってくれるかもしれない。


 しばらくすると鐘がなって休み時間になった。今日は歴史の授業が午前中最後の授業だから、この休み時間はつまりお昼休み。

 あたしはすぐに立ち上がった。そんなあたしを見て嫌な顔をする先生と、編入生を取り囲もうとするクラスの連中が立ち止まるところが見えた。

「まじかよ……さすが戦闘狂……」

「来たばっかの子にいきなりとか……うわぁ……」

「おいクォーツ! 私は昼飯を食べたいんだ!」

 クラスの連中のヒソヒソ声……あと先生の大きな声が聞こえたけど気にしない。

 あたしは、その男子の横に立った。




 鐘がなった。見ると机の上にお弁当を広げる生徒が目に入った。という事は、今は昼休みなわけだ。

 授業の内容はチンプンカンプンだったが、この雰囲気は懐かしく感じた。フィリウスに会う前はもちろん、オレだって学校に通っていた。その頃をなんとなく思い出したのだ。

 オレは学院ってのは……こう、なんか学校とは違うモノだと思っていたのだが、この黒板に向かう感じとか鐘とか、オレの知っている学校と同じだった。んまぁ、オレが通っていた学校は教室がこんな階段みたいにはなってなかったけど……

 それでも、これからこういう所で生活する……んだろう、たぶん。入学は許可されちゃったわけだし、これがオレの日常になるのだろう。そう思うと少し不安だったけど、こういう見慣れた感じを見つけられたから少し安心した。

 フィリウスが何でオレをここに入学させたのかはよくわからないが……フィリウスの事だから考えがあるのだろう。たぶん。

 とりあえず昼休みらしいし、まずは昼飯を食べて落ち着こう。

 あ、でもオレお金を持っていな――


「あんた。」


 いきなり剣を質にいれるわけにはいかないよなぁと考えていたら、結構近い距離からそんな言葉が聞こえた。いつの間にかオレの横に誰か立っている。それに気づき、横を見て最初に目に入ったのはスカートだった。白くて、黒いラインの入ったオシャレ? なスカート……あ、いや、これは制服か。

 街の学校じゃそういうモノを着るって聞いていたが……みんなが同じ服ってんで軍隊みたいな服を想像していたのだが、案外と良い服だ。生地もいい。

 この学院の制服は白が基調らしいのだが、スカートから視線を上に向けていくと次に目に入ったのは赤だった。これは……髪の毛だな。

 そしてようやく一番上に視線を持ってきたオレは、自分の横に立っているのが女の子だという事に気づいた。いや、スカートの時点で気づけよって感じだが、あんまり見ない服だからすぐに女の子の服って事につながらなかった。

 オレの横にいつの間にか立っていた女の子は相当可愛かった。それとも美人って言うのが正解なのか……とにかくそんな感じだった。腰くらいまである赤い髪の毛と……なんて言うんだろうか。女の子の髪型には詳しくないからあれだが……ポニーテールのポニーテール部分を頭の横にくっつけたような髪型をしていた。両側につければバランスがいいと思うのだが、その女の子は向かって右側にしかついてなかった。

 そんなちょっと間違えたポニーテールになっている赤い髪の毛はただの赤色と言うよりは炎と言った方がしっくり来る感じだ。

 加えて瞳の色も髪と同じ炎の色。これは純粋に……きれいだと思った。

 そしてそんな燃える色合いを際立たせるのが白い肌。あ、別に具合が悪そうとかそういうんじゃなく、きれいって意味の白い肌だ。

 そういう、良い感じの女の子なのだが……その表情はえらく不機嫌そうでムスッとしていて、可愛い顔が台無し――うわ、可愛い顔が台無しだなんて初めて思ったぞ……


「来たばっかりでここの校則も知らないと思うから、教えるついでにあんたに挑戦するわ。」

「……はい?」

「あんたに模擬戦を申し込むって言ったの。」

「モギセン……?」

 オレはよくわからないので助けを求めて視線を女の子から外して周りの生徒たちに彷徨わせる。すると目の合ったキリッとした女の子が口を開いた。

「模擬戦というのはつまり手合せって事だよ、編入生くん。」

「手合せ……稽古をつけるみたいな感じですか?」

「ちょっと違うけれど……そんな感じだな。」

「要するに。」

 横に立つ赤い女の子が口をはさむ。

「あんたとあたしが戦うってことよ。」

 ムスッとした顔でオレを見下ろす赤い女の子。この子と戦う……

 そうか……さすが騎士の学校と言ったところか。たぶん、いつでも生徒同士で競い合えるようなルールがあるんだ。そして今、オレはこの子に挑戦されたわけだ。

 昼飯を食べようとは思ったけど、実はさっき食べたばっかりな事に気づいたし、そうなるとやる事のないオレは――

「……別にいいですけど……」

 と言った――のだが、すぐにやっちまったと思った。オレみたいなのが騎士を目指す人と戦ってどうにかなるとも思えない。

「じゃ、そこでやるわよ。」

 赤い女の子はそんなオレの後悔も知らず、窓の外を指差す。外には気持ちよさそうな芝生の中庭があって、何故か真ん中あたりだけ芝生がなかった。

 なるほど……あそこが闘技場みたいな所なんだな。

「行くわよ。」

「ちょ、ちょっと待った!」

 すごく戦いたくなくなったオレはとっさにそう言った。赤い女の子がオレを睨む。

 ああ……もう逃げられない感じだ。か、覚悟を決めろオレ……

 あ、でもこの服で戦うのか?

「あー……オレ、この服、着慣れてなくって。動きにくいから着替えていい……でしょうか?」

「……いいわよ。」


 そうして数分後、素晴らしい肌触りの制服をたたんで肌触りの良くない、だけど落ち着くいつもの服を着て中庭に出た。

 何故か、中庭にはたくさんの生徒がいた。ギャラリーってやつか。

「お姫様が編入してきた奴に挑むんだと。」

「うわ、容赦ねーなぁ。来たばっかなんだろ?」

「え……まさかあの男子がその編入生なの? なんなの、あの服?」

「物乞いかしら。」

 また言われた。そんなにダメか、オレの私服。

 色々言われて若干気分が沈んできたが、オレを待ち構える赤い女の子の姿を見てそんな事は気にならなくなった。

 女の子は腕を組んで待っていた。別に服は変わっていないのだが……燃えている。

 あの良い感じの女の子には似合わないけどあのムスッとした顔には似合う、両手両足に装着された……何と言えばいいのか、鉄でできた手袋と靴的なモノ。甲冑の頭の部分とか胸とか腰につける部分をとっぱらって手足の部分の装備だけ残した感じの格好なのだが……その装備から火が出ているのだ。

 腕を組んでいるからその火はもろに顔とかにあたっているのだけど、本人は平気な顔をしている。あれは……ああいう魔法なのか?

「あー……んじゃ始めるぞ。」

 オレと赤い女の子の間にさっきの先生が立った。なんか機嫌が悪そうだ。

「私がやめっつったらやめて、勝ちっつった方が勝ちな。」

 なるほど、この手合せ……模擬戦は先生が審判になるわけか。

「ほんじゃ、両者構え。」

 赤い女の子が構える。武器は無く、火を吹いている手足の甲冑だけを身に着けている。そしてあの構えは……たぶんパンチやキックの格闘をするポーズだ。

 これはまずい。どうしたもんか。

 オレは今まで相手の武器を弾き飛ばすことで「勝ち」って状態を作ってきたから……赤い女の子みたいに身に着ける武器相手だとどうすればいいのかわからない。

 ん? というか待てよ?

「あ、あのー……」

 オレは恐る恐る赤い女の子に話しかけた。赤い女の子はムスッとしたまま「なに?」という風にオレを見る。

「み、見た感じ格闘技? 的なモノで戦うんだと思うんですけど……その、その格好でやるんですか?」

「……問題ある?」

「いや、だって! その装備からして……キックとかもするわけなんですよね? その格好でキックはまずいんじゃないかなーと……」

 そう、赤い女の子の服はさっきと変わってない。つまりスカートなのだ。スカートでキックは……まずい。

 赤い女の子は自分の服をチラッと見て、そしてオレをさらに睨む。

「心配しなくていいわよ。どうせ何も見えないんだから。」

「へ? でも……」

 オレがおどおどしていると赤い女の子はさらにムスッとして少し声を荒げる。

「どうしたのよ、構えなさいよ。あんた剣士なんでしょ?」

「……うぅ……」

 オレは半分ヤケクソに、剣を回し始めた。それを見たギャラリーは……面白い事に二種類の反応を見せる。

 一つはいつもと同じ。

「? なんだあれ。まさかあいつ、サーカスの奴なのか?」

 という、笑い声が混じる馬鹿にした反応。こっちが大多数だった。

 そしてもう一つ。

「な……」

 何をやっているんだ? という感じではなく、オレの曲芸剣術を知っていて、その上でオレがそれを使う事が予想外というような反応。

「これは驚いたな。」

 後者の反応をした内の一人である先生がそう言った。

「それを使える奴がまだいるのか、んな古流剣術……ま、いいや、始め!」

 周囲の反応はともかく、オレの相手である赤い女の子はオレの回る剣を別に気にも留めずに走り出した。もちろん、オレの方に。

 中庭のこの闘技場っぽい場所の端と端にオレたちは立っていて、間の距離は十メートルくらい。その距離を比較的普通の速さで走って来る赤い女の子――だったんだが――

「えぇっ!?」

 半分くらいを走り終えた時、突然赤い女の子の足元が爆発した。そしてその勢いに乗って赤い女の子がかなりの速さで迫る。

「うわわわ!」

 そのままの速さで打ち出されたパンチ。オレはビックリして横に跳ぶ。だけど再び赤い女の子の足元が爆発し、間髪入れずにオレの方に飛んでくる。爆発の勢いで少し高めに飛んだ赤い女の子は、足の装備が吹き出す更なる爆炎の勢いに乗り、空中で一回転しながらオレにかかと落としを放つ。

 その一撃を何とか回避したオレは、避けた直後にすごい音と共に赤い女の子の足が地面にめり込むのを見た。

 そうか、爆発しているのは足元じゃなくて足の装備か。走り出す瞬間とか、キックを打つ瞬間に爆発させる事で……地面を砕く程の威力を得るってわけだ。

 たぶん……パンチの方も。

「っ!!」

 などと、赤い女の子の技について考えていたらいつの間にか迫られていた。

「はぁっ!」

 目の前で放たれる、文字通り爆速のパンチ。しかもそのパンチは炎を尾に引いていて、手を避けても炎が回り込んでくる。それを避けようとして大きくのけぞるオレに、赤い女の子はキックを放つ。

 オレと赤い女の子は結構身長に差がある。だけどオレの顔まで届くキックが放たれた。普通なら、それはさっきオレが心配したこと……即ち、スカートの中が見えるというアレになるのだが……赤い女の子の言う通り、何も見えなかった。

 何故ならオレの視界は、炎で埋め尽くされていたからだ。

「くっ……!」

 そのキックをなんとか避けたと思ったら、パンチとキックの猛攻が炎の中からオレに迫る。

 攻撃が放たれる度に尾を引く炎が周囲に舞う。言い換えれば、炎を出している手足の装備よりも後ろが見えないという事だ。

 スカートどころか赤い女の子の姿がまるっきり見えない。次の攻撃が予測し難い。しかもその一撃は物凄く速くて、威力も高い。

 良くできているというか何と言うか。これが騎士を目指す人の力か……!

 オレはただ剣を回し、弾くこともできない赤い女の子の攻撃をひたすら避けた。

 どうすればいいのか。たぶんもっと離れて見れば、赤い女の子が炎に包まれているだけで、例えば遠くから攻撃できるのなら問題はない。

 だけどオレの武器は剣だし、フィリウスみたいに剣を思いっきり振ったからってすごい風が起こるわけでもない。オレも、攻撃するには近づかないといけないのだ。

 でも近づけば近づくほどに赤い女の子は見えなくなり、攻撃する余裕もないくらいの猛攻が迫る。

 どうすりゃいいんだ……




 剣を回し始めたから何事かと思ったけど、いつも通りに戦ってみれば何てことはなかった。確かに身のこなしは中々みたいで、結構よく避ける。だけどそれで手一杯って感じで反撃もしてこない。 

 この勝負は時間の問題。そう思ってたんだけど……あたしはある事に気づいた。

 この編入生は、炎まで避けてる事に。

 火を出す魔法を習う時にいっしょに習うのが熱から身を守る魔法。自分で出した炎で火傷とかしないようにするモノで、火を出せるなら誰でも使える。

 そして、全部で十二種類の系統がある魔法だけど、その全系統の初歩は学院に入学して五日目くらいで習う。あたしはもう家で全部やってたけど……とにかく、普通に入学して普通に勉強してればあたしの炎を避ける必要なんかない。

 すごく高度な魔法で生まれた炎ならそんな初歩の耐熱魔法じゃ防げないけど、あたしのこれはそんなにすごい魔法じゃないから……同級生なら誰でも防げる。

 ま、あたしだってそういうつもりで炎を出してるわけじゃないから、熱でのダメージなんて考えてないんだけど。

 ともかく、炎を避けてるこの編入生は、要するに魔法が使えないんだと思う。ちゃんとした家柄がありそうにも見えないから、たぶん習ってもいない。

 だけど――だけど問題はそんな事じゃない。

 時間の問題だと思ったけど……全然当たらない。というか、始まってから今まで結構攻撃してるのに一発も当たってない。かすっても……いない。

 炎を避けるっていう余計な事をしてるこの編入生に、あたしは一発も……!

「……! なんでっ!」

 思わずそういう声が出た。

 もしもあたしの技の攻撃範囲に炎を含めるなら……それはたぶん、この編入生が持ってるくらいの剣を振り回すのと同じような範囲になる。

 攻撃範囲は剣のそれだけどパンチやキックみたいに細かく、手数が多い。そんな剣術の達人が振る連続切りみたいな攻撃を、たまにギリギリだったりするけど全部避けてる。

 この編入生……「避ける」っていう技術で言えば……ううん、もっと言えば体術っていう点で、あたしよりも遥かに格上だ。

「! このぉっ!」

 攻撃の速さを上げるあたし。そんなに筋肉のない……普通な感じのあたしが地面に穴をあけるくらいの攻撃を打てるのは、魔法で生んだ炎を使ってガントレットやソールレットの中で爆発を起こし、その時の勢いを推進力にして速さと力を増してるから。

 だけどこれは爆発の威力を上げ過ぎるとあたしの腕や脚にも負担がかかる。

 今のあたしの全速力での攻撃。だけど相変わらず避けられる。

 それに……なんて言うのか……避けられるのもそうなんだけど……

 なんか狙いがズレる……?


「やめろっつってんだろが!」


 突然、あたしのパンチが止められた。ビックリして前を見ると、先生があたしのパンチを手の平で止めてるのが見えた。

「ったく、お前は周りで炎をボーボー出すから外の音が聞こえにくいんだよ。言っとくが、これって欠点だかんな。」

「何で止めるのよ! まだ勝負は――」

「私がやめっつったらやめろって言っただろ。それに理由はちゃんとある。」

「……なによ。」

「このままじゃいつまでたっても勝負がつかないんだよ。今のおまえじゃ一日中やってもあいつには当てらんないし、あいつはあいつでお前を攻撃する方法が無い。」

 あたしは編入生を見る。もう剣を回すのはやめてて、なんでか知らないけどビックリした顔をしてる。

「加えて言えば、私が昼飯を食う時間が無くなる! おら、さっさと散った散った!」




 見えなかった。赤い女の子の攻撃に集中してたってのは確かにあるけど、気づいたらオレと赤い女の子の間に先生がいて、地面を砕くパンチを片手で止めていた。

 ビックリしたのはそれそのものじゃなくて……そういう事ができる人が、フィリウス以外にもいるって事にビックリした。

 あの炎が騎士を目指す人の実力なら、今の一瞬がそんな人たちを育てる人の実力だ。


 模擬戦は先生の「散った散った」で終わり、普通に昼休みだし、先生が言うように昼飯を食べる時間だからか、ギャラリーは思い出したようにどこかへ走って行った。お弁当を持ってきている人がいたから給食当番だったって事はないだろうけど……あんなに急いでどこに「散った」のやら。

 その後、腹の減っていないオレは着心地の良い制服にゆっくり着替え、若干迷いながらのんびりとさっきの教室に戻って来た。既に何人かの生徒が戻ってきていて、あの赤い女の子もいた。

 昼休みが何分あるのか、次の授業はなんなのか、それを誰かに聞こうと思い教室の中を見回したんだが、何故かみんなオレと目を合わせようとしない。

 そう言えば聞いたことがある。街の学校じゃ誰かを無視したりするのが流行りらしい。何が面白いのかよくわからないが、街の流行は大抵理解できないし……んまぁ、いいか。

「すまないな。」

 諦めてさっきの席に座ろうと段をあがっていると、途中で誰かが話しかけてきた。

「ざっと分けて二つの理由から、みんなは君と距離を取っている。」

 その人はさっき模擬戦の説明をしてくれたキリッとした女の子だった。いや、女の子と言うとイメージが合わないかもしれない。どっちかと言うと女性か。

 長い……いやホントに長い黒髪――うん? 濃い青かな。んまぁそんな感じの髪でその長さは床に届きそうなくらいだ。結んだりはしていなくて、まっすぐに伸びた髪の毛はさっきの赤い女の子とは違う意味できれいだった。手入れされたきれいさとでもいうのか。

 でもって頭にハチマキ……じゃないな。これは確かカーテン……カー……あ、カチューシャだ。確かそんな名前のモノをつけている。色が白だから髪との関係でえらく目立つ。

 服装は……んまぁ、制服なのだが、赤い女の子を見た時と印象が違って見える。何かが……あ……ああ、む、胸……か。い、いやらしい話だけど、フィリウスが「うひょー」って喜びそうな……感じだ……

 まとめると、同級生だから同い年のはずなのに三つくらいは上なんじゃないかと思う大人びた女性だった。

「あー……さっきはその、模擬戦の事を教えてくれてありがとうございます。」

「別にあの程度、礼をもらったらお釣りを返さなければならないじゃないか。」

 ふふふと笑う女性はオレの方に手を出してきた。

「わたしはローゼル・リシアンサス。よろしく。」

 一瞬、騎士と言えば女性の手にはキキ、キスなのか!? と思ったのだが……んまぁ、普通に握手だよな。

「オレはロイド・サードニクス……ってさっき言いましたね。」

 軽く握手をし、女性が促しながら座ったのでオレも座る。オレと女性は通路を挟んで向かい合った。

「確かにさっき聞いたが、ただの自己紹介と名前の名乗り合いは別物だよ。それと、敬語は使わなくていいぞ。わたしと君は同い年なのだから。」

「そうです――そ、そうか。えぇっと……ちなみになんて呼べば……?」

「なんでもいいぞ。」

 ローゼル・リシアンサス……「リシアンサスさん」じゃ言いにくいから……

「じゃあ、ローゼルさん――かな。」

「? 敬語ではなくなったのに呼ぶ時には「さん」をつけるのか?」

「……何となく。オレの事は大将――いや、ロイドで。」

「うむ。」

 ローゼルさんはニッコリとほほ笑んだ。うん、やっぱり「さん」をつけないと。そうでないといけない気がする。

「えぇっと、ローゼルさん、さっそくで悪いんだけど……お昼休みってあと何分?」

「あと十五分というところだな。ちなみに次の授業は魔法の実技だから五分前になったら移動した方が良いな。」

「魔法の実技!? オレ何もできないんだけど……」

「そうみたいだな。さっきの模擬戦でも火を避けていたし。」

「?」

「その内わかるさ。まぁ今日は初日だし、君は見学という感じじゃないだろうか。」

「おお、よかった。」

「しかし編入するならするで、何故あんなお昼前の時間に来たのだ?」

「ここへ入学するように言われたのが昼前だったから……」

「? 何やら複雑な理由がありそうだな。まぁ、それはまた今度聞くとしよう。」

 そう言うとローゼルさんは優雅に立ち上がった。揺れる髪からいい匂いがする。

「あれ? まだ五分前じゃあ……」

「わたしは授業の準備をしなければならなくてな。先に行くよ。教室の場所は――」

 その時、ローゼルさんはふといたずらっ子のように笑って赤い女の子の方を見た。

「君が戦った彼女に聞くといい。魔法の実力はトップクラスだから、一緒に授業を受ければ勉強になるかもしれないしな。」

「そうか。ありがとう。」

 ローゼルさんが教室を出た後、オレは一番上の段の隅っこに座っている赤い女の子を見る。相変わらずムスッとした顔でオレの方を見て――ん?

「!」

 オレと目が合うと赤い女の子はプイとそっぽを向いた。

 あれ、オレの事を見ていたような……何でまた……あ、まさか勝負がついてないからか? 再戦を申し込まれたらどうしよう……とか、そんな事を思いながら段をあがり、オレは赤い女の子の横に立った。

「あ、あのー……」

「……なによ。」

「え、えっと……ローゼルさんから、あのー……次の授業の教室に、あなたに連れて行ってもらえと言われまして……」

「…………別にわざわざあたしが連れて行かなくても、誰かの後をついて行けば教室にはつけるわよ。」

「そ、それと! あなたの魔法はトップクラスだから……その、参考になるよって言われたんです。オレ、魔法は全然だから……えっと……」

「……勝手にすればいいわ。」

 赤い女の子は机の中から教科書みたいなのと筆記用具を引っ張り出してスタスタと歩き出す。オレは慌ててその後についていった。




 午後の授業。要するに今日、最後の授業。魔法の実技はあたしにとって初歩のおさらい程度の内容だ。この学院に来て初めて魔法を習う人もそこそこいるから授業は本当に最初っからやるんだけど、それで言うとあたしは一年生で習う分はもう家でやってることになる。

 ま、それでもあたしが苦手な水系の魔法とかも一からやれるから全部ムダって事にはなんないんだけど。

 だけど今日は全然授業に集中できなかった。あたしの斜め後ろにあの編入生が座ってるからだ。

 本人が言ってた。魔法は全然って。

 それは……もしも魔法が使えてたなら、あれほどの体術を身につけてるこいつとあたしではまるで勝負にならなかったって事。軽く避けられて、軽く反撃されてた。

「っ……!」

 入学してから今までにやった模擬戦は……ほとんど手を抜かれてたし、今じゃ誰も相手にしない。だからあたしは、本気の模擬戦というのをやったことがない。

 そしてたぶん、編入生は何も知らないで戦ってたからあたしの家柄を気にして手加減って事はないと思う。だから……今日が初めての本気の模擬戦。そして見せつけられた、圧倒的な実力の差。

 あたしって、まだ全然だったんだ。これじゃあ……こんなんじゃ十二騎士なんて――




 今日の授業は終わったらしい。それを待っていたみたいに、魔法の実技の教室を出ると金髪のにーちゃんがいた。

「来い。」

 連れて行かれたのは教室がある建物の一階の隅っこにある小さい部屋。

「本当なら寮で生活するんだが、お前は今日突然だったからな。部屋の準備が全然できてない。とりあえず今日はここで寝ろ。」

「はぁ……」

「それとこれな。」

「? なんですかこれ。教科書?」

「入学した時に配られる……ま、この学院のルールとかが載ってる本だ。学院の地図も載ってるし、ほら、箱渡したろ? 色々入ってるやつ。あの小物の使い方も書いてあっから、読んどけ。んじゃな。」

 そう言って金髪のにーちゃんは出て行った。

 部屋はちょうど、オレがいた村の学校の宿直室みたいな広さの――というか宿直室なんじゃないか? ここ。

 オレはとりあえず、たたんである布団に寄りかかりながらもらった箱をひっくり返して小物を並べる。んでもって金髪のにーちゃんがくれた学院の説明書を読む。

 本を読むなんていつぶりだろうか。そんなオレだからいきなり最初から最後まで読むのはちょっときつかった。だから目次を眺めて、まずは「学院での生活」ってところを読むことにした。


 学院は基本的に寮生活。敷地内に寮があるらしく、そこで暮らすみたいだ。とは言ってもカンヅメじゃないみたいで放課後とか休みの日は出かけてもいいみたいだ。

「休みの日に遊びに行く場所が首都って……すごいな……」

 フィリウスとあちこちまわっていた時も大きな街にはあんまり行かなかったから、こう……オシャレというか賑やかというか、そういう所をグルグルと歩いてみるというのは楽しそうだ。

 次に読んだのはご飯についての説明。朝昼晩と三食あって、基本的には学食を使うらしい。んまぁ、寮の部屋には台所もあるみたいで、そこで三食作っていいとも書いてある。ついでに言うと別に外で食べてもいいらしい。ただし、昼だけは敷地内で済ませること……

 ん? 学食? 学食ってなんだ? 文字から考えるに食べ物がある場所なんだろうけど……なんだろう、タダでご飯をもらえるのかな……

「んー……ああ、そういうわけじゃないな。お金を払う……ん? カード? ああ、この白いのか。そういや目次に「カードの使い方」ってのがあったな。」

 なになに、月単位で学院から生活費が支給され――まじか! うわ、結構な額……

「……さすが名門。んまぁ、そうやって未来の騎士を立派に育てるんでしょうなぁ……」

 んでそのお金はカードにチャージされ――カードにチャージ?

「要するにこの白いカードがお金の代わりになるのか? 貨幣とか紙幣はもう地方にしかないのか?」

 んまぁいいか。ここじゃこれがお金。よし。

「ついでに……これが学生証……これが学院のバッヂ……これが――」


 それからしばらくの間、オレは小物の説明を読みふけった。気が付くと外は暗くなっていて、腹が鳴りだした。

「ああ……んじゃそこら辺で何か採って――ってそうじゃない。学食とやらに行ってみよう。地図地図……」

 夜だっていうのに、街灯がきっちり整備されているおかげで道には迷わな――いや迷ったんだけど、広い敷地内をグルグル歩いてようやく学食ってのに到着した。

 たぶん、お昼休みに「散った」ギャラリーはここに移動したんだろう。

 しかし、これはつまり食堂だな。学食とかいう知らない言葉は使わないで……ああ、学院の食堂で学食か。なるほど

「おお、広い。机とか椅子がたくさんある。図書館みたいだな。」

 本の代わりにいい匂いが漂う。さて……

「問題はこのカードの使い方だ。」

 オレは、あの赤い女の子が言ったように誰かについて行ったりすればカードの使い方――つまりこの学食でのご飯の食べ方を見られると思っていたんだが……なんか人が少ない。

「――って、もうこんな時間だったのか!」

 学食の中に置いてある時計を見て、オレは初めて今の時刻を知った。もう十時前だ。夕飯時をとっくに過ぎている。

 ど、どうしよう……ん? あれは……

 広い学食を見回していると、結構見慣れたモノが目に入った。そう、赤い髪の毛だ。隅っこのテーブルにポツンと座っている。

 また誰かのマネをすれば的な事を言われるかもしれないが、今はほとんど人がいない。きっと教えてくれるだろう。


「あ、あのー……」

 オレが話しかけると、赤い女の子はムスッとした顔でオレを見て、さらにムスッとした。

「……なによ。」

「えぇっと、これ! これの使い方がわからなくて……教えてもらえたらなーっと……」

 赤い女の子は軽く周囲を見回す。食べている人や片付けている人はいるけど、今からご飯をゲットしようとしている人はいない。

「…………ついてきなさい。」

 大きな村とか街で見る自動販売機みたいな機械まで連れて来られ、この学食の仕組みを教わり、食器を片づける場所とかを指差してもらったオレは、そこまで説明してスタスタとさっきの席に戻る赤い女の子にお礼を言って機械の操作を行った。

「なるほど、ここに残金が――残金? あ、そうか。なんかよくわからないけど、このカードの中にお金が入っているんだったな。んでそこから使った分が引かれると……」

 外の店でも使えるらしいんだが……便利だけど怖いな。これ無くしたら終わりじゃないか。財布みたいに重みもないし……盗まれても気が付かないぞ、こりゃ。

「首から下げたりした方がいいかもなぁ……」

 そんな事を考えながら、オレは「から揚げ」という何だかうまそうなモノを買った。買ったと言ってもお店の人がいるわけじゃなくて、ボタン押したらガションガション音がしてチーンって料理が出てきた。中はどうなっているのやら。

「……」

 もちろん座って食べたいんだが……これだけ空いてる席があると逆に困る。

 あ、そういえば赤い女の子、見たとこまだ食べ始めたばかりみたいだし……よく考えたら名前も聞いていない。話をしながら食べよう。

 再び、一人でポツンと座っている赤い女の子のところへ行く。

「あ、あのー……」

「……なによ。」

「ご、ご一緒してもよろしいかなーと……」

「……なんでよ。」

「ちょ、ちょっと話がしたいというか……あ、いや、と言っても名前が聞きたいだけなんですけど……」

 オレがそう言うと、赤い女の子はさらにムスッとした。

「……なんでよ。」

「せっかく戦った相手だし、ほら、オレにとっちゃ入学して最初の相手だったわけだし……あ、あと、魔法が上手みたいだから……色々と教えてもらえたらなぁ……とか。い、いや、後ろのはついでというか、できればで――」

「エリル・クォーツ。」

 オレがわたわたしていると赤い女の子はそう言った。

「えぇっと……?」

「あたしの名前。エリル・クォーツ。」

「エリル・クォーツ……さん。あ、オレはロイド・サードニクス……って知ってるか。なんか、さっきもこんな会話したな。」

 オレがローゼルさんとした会話を思い出していると、赤い女の子――クォーツさんは少し驚いた顔をしていた。

「あんた……知らないの?」

「え? 何を?」

「クォーツよ。クォーツ家!」

 赤い女の子が怒った……とはちょっと違う顔で声を荒げた。

「? あ! もしかして名門騎士ですか!? す、すみません、オレそういう……どこの家がすごいとか知らなくて……」

 クォーツさんは目を丸くする。

「……あんた、この国の王の名前は言える?」

 それは流石に……と思ったけど、出てこなかった。一応学校の授業で習ったはずだが……もう六か七年前の事だ。それにここ数年、新聞も読んでないし……

「…………すみません。オレには……遠い世界の話だったし、政治とかわからないし……」

「……」

 オレがそこまで言うと、何か……こう、複雑な顔になる。だけどそんな読み取りにくい表情の中に、どこかホッとしたような感情が見えたような気がした。

 いや、気がしただけだけど。

「あ……あの、ここ座っても?」

「……! い、いいわよ、別に……」

 ムスッとした顔的に断られると思っていたんだが、クォーツさんは許してくれた。オレはクォーツさんの向かいに座り、はしを持つ。

「いただきます。」

 から揚げ……おお、肉だ肉。ん、うまい! なんかジュワっとした! 白飯と合う! こっちはなんだ? スープ……なんだこのスープ、うまい!

「……」

 オレがもりもり食べている前で、クォーツさんは自分の前に置いてある料理に手を付けずにオレを見ていた。料理が冷めるんじゃないかと、オレはクォーツさんに話しかける。

「あのー……クォーツさん? 食べないんですか?」

「……え? た、食べるわよ!」

 クォーツさんが食べているのはシチューだった。そういえばそういうのもご無沙汰だな。今度はそれにしよう。




 信じられない。あたしの前でから揚げを食べてる男子は、王の名前を知らないと言った。王の名前を知ってるのなら、その苗字とあたしの苗字が同じって事に気づく。大抵は苗字を言うだけであたしがどういう人間なのかみんながわかった。

 だけどこいつはわからなかった。下手すれば二年生とも戦える体術を持っていて、魔法を使えれば一番上の三年生とだって戦えるかもしれない。あたしよりも騎士に近いこいつは……それなのに守る相手の名前を知らないと言った。

 じゃあなんでこいつは――

「……あんた。」

「はい?」

 ご飯を口に入れる直前の姿勢で止まる編入生。

「王の名前も知らないような奴が、なんで騎士を目指してるのよ。」

「……別に目指しているわけじゃないんですけど……」

「はぁ?」

 あたしが思わずそう言うと、編入生ははしを下ろして困ったような顔で答える。

「いや、オレは今日いきなりここに入れって言われて……」

「何よそれ、誰に言われたのよ。親?」

「オレの命の恩人に。」

 あたしはドキッとした。べ、別にそういう意味じゃなくて……その一言の時だけ空気っていうか、雰囲気が変わった。だけどそれはやっぱり一瞬で、すぐに……なんていうか、すっとぼけた顔に戻る。

「フィリウスは……あ、その恩人なんですけどね。盗賊に家族を殺されたオレを拾って育ててくれたんですよ。剣もフィリウスに教えてもらって、正直なんでそんなもの教えてくれるのかわからなかったんですけど……でも他にやる事なかったし、せっかく教えてくれるんだから教わっとこうと思って。」

 フィリウス……フィリウス? どっかで聞いた気がするけど……その恩人がこいつに剣術を教えたのなら、たぶんそいつは結構な達人。

「あんた、剣を習ってどれくらいになるの?」

「えぇっと……六、七年ですかね。」

 長……くはないわ。騎士の家に生まれた子なら物心ついた時から訓練を受けるものだから、軽く十年は超える。

 それでも……一年とちょっとしか体術はやってないあたしじゃ……そうね、こいつに勝てるわけはないわ……

 だけど――

「つまりあんたは、守りたいモノがないのに騎士を目指すって言うのね。」

「……んまぁ。」

「それ、少しイライラするわ。」

「えぇ?」

 あたしは、あたしの目的を思い浮かべながら編入生を睨みつける。

「騎士っていうのはね、何かを――誰かを守る人の事なの。ただ強いんじゃそこらの……賊と変わらないわ。将来的に貴族とか王族を守る……守りたいから、騎士を……」

 あたしはそう言いながらも、この学院にいる全員がそうじゃない事を知ってる。あたしはお姉ちゃんを守るために騎士を目指してるけど、家が騎士の家だから仕方なくとか、一般の人でも高い地位を得られるからとか、そういう理由でここにいる人を知ってる。というかそういう人ばっかりだわ……

「確かに、今はいないですけど……」

 あたしがさらにイライラしてると編入生が口を開いた。

「でも、それって今クォーツさんが言ったみたいに、将来的に誰かを守ろうとしている人と大差ないと思いますよ。今はいない。」

「そんな屁理屈……」

「……たぶん、クォーツさんには今、いるんですよね。守りたい人が。」

「……そうよ。」

「それで今、その人を守るために強くなろうとしている。もう守りたい人がいるのに、自分が無力だって気が付いたから。」

 あたしは、不意にあたしの焦りを指摘されて頭に血がのぼった。

「なによそれ……遅いって言いたいの!? 気づくのが遅いって!?」

 あたしはテーブルを叩きながら立ち上がる。編入生はそれにビックリして怖がっているような顔になる。だけど……恐る恐る続きを言った。

「そ、そうです。クォーツさんはちょっと出遅れた感じなんだと思います。そしてオレは……気づく間もなく手遅れだった。」

「!」

 さっきこいつがさらりと言った……家族を殺されたって話。一人だけ生き残ったこいつがどう思ったか……それはきっと、あたしが間に合わなくてお姉ちゃんを守れなかったらって考えてしまう時に感じる焦りが、現実になってしまったときにあたしが感じる事……

「んまぁ、要するにオレみたいに手遅れにならないように、クォーツさんみたいに出遅れないように、みんな今頑張っているんじゃないですかね。」




 我ながら何を言っているのか。騎士になる理由とか、ましてや他人のそれなんてさっき入学したばっかりのオレの頭の中にあるわけがない。だけど、真剣な顔で真剣に怒るクォーツさんを見ていたら真面目に答えなきゃいけないと思い……そしたらそんな事を言っていた。

 でもたぶんその通りだ。剣を教わっている時、フィリウスの役に立てればいいなと思った事はある。もっと言えば、恩人を守れればとも。んまぁ、そんな必要がないくらいにフィリウスは強いのだが。

「そんでもって、一回手遅れになったオレは、二度とそうならないように……ここに入れられたのかもしれません。」

 クォーツさんに言うというよりは、自分に対してそう呟く。

 そうだ……そう考えると、フィリウスがオレを鍛えた理由もそれだとわかる。将来できるかもしれない、守りたい人を守れるように。

 オレが二度と後悔しないように。

「……」

 オレの、オレ自身の考えをまとめる為の呟きを真剣な顔で聞くクォーツさんを見て、急に恥ずかしくなったオレは少し話題をそらす。

「ま、まぁ、でもオレは、貴族とか王族みたいな遠い人たちよりも、もっと身近な人を守りたいですけどね。」

 これまた我ながら変なそらし方をしたなぁと思ったけど、クォーツさんは真面目な顔でその話題を引っ張り上げる。

「……一般市民……とか?」

「ちょっと違いますね……もっと近い人……できるかわからないですけど、オレに……その、奥さんができたりなんかして、子供が生まれたりなんかした時に、そんな家族を守りたいですね。」

 うわ、今日一番の恥ずかしい事言ったなぁ、オレ。

「ぷっ。」

 恥ずかしさを紛らわそうとから揚げの横に盛り付けられた野菜を頬張っていると、クォーツさんが顔をふせた。

「恥ずかしい事言うわね、あんた……」

 う、やっぱりそう思われたか。

 というか、ムスッとしてない顔初めて見た――いや、顔をふせてるから見えてはいないんだけどたぶん――

「でも……それはあたしと同じだから、笑ったらダメよね。」

 そう言って顔をあげたクォーツさんは、ニッコリと笑っていた。そしてそれは、ムスッとした顔よりもクォーツさんにしっくりくる表情だった。

「それにしても、あんたの体術はすごかったわね。そのフィリウスって名のある騎士か何か?」

 妙にスッキリした顔になったクォーツさんは、シチューを一口食べると、そのままの笑顔でオレに話しかける。

 や、やっと恥ずかしい話題から外れた……

「い、いえ。ただの中年オヤジですよ。クォーツさんこそ……魔法の事全然わからないからすごいのかどうかもわからないですけど……すごかったです。」

「なによそれ。と言うか、その呼び方やめてくれない? あんまり家の名前で呼ばれるの好きじゃないのよ。あと、敬語も。あんた、敬語に慣れてない感じで違和感。」

 敬語をやめろと言われたのは今日二回目。しかし理由は今回の方が図星で若干しょんぼりする。

「わ、わかった。じゃあ……エリルさん?」

「エリルでいいわ。あたしも……ロ、ロイドって呼ぶから。」

「ロは一つなんだが……」

「わかってるわよ!」

 なんだか雰囲気が柔らかくなったクォーツさん――エリルとオレは食べながら会話を楽しんだ。

 話してみると、エリルは初めの印象とは……何と言うか真逆の女の子だった。良く笑う人だ。


「これはしたりだな。」


 しばらく会話し、カードとか箱に入っていた小物類の使い方を教えてもらっていると、オレたちが座っているテーブルの横に誰かが立った。

「……ローゼル・リシアンサス……なんであんたがここにいるのよ。」

 エリルが嫌な奴が来たという顔で見たのはローゼルさん。

「宿題をしていたら甘いモノが食べたくなってな。シュークリームでも買ってこようとここに来たのだ。しかしまぁ、こうも上手くいくとは思わなかったよ。」

「何の話よ。」

「一般の生徒とは少々事情が異なるロイドくんなら、君と仲良くなれるのではと思ってな。仕方のない理由もいくつかある事ながら、クラスを任されている者としては君の状態をなんとかしたいと思っていたのだ。」

「状態? ああ、そう言えばエリルはいつ見ても一人でポツンとしてるな。」

 そこまで言って、そういえば本人の前だという事を思い出す。エリルは頬を膨らませて怒っているのか恥ずかしいのか悔しいのかよくわからない顔をした。

「え、えぇっと? そんな状態のエリルにオレをぶつけたってことは……え、じゃあローゼルさんはオレを……利用した感じ?」

「そういう事になるだろうか。申し訳ないとは思っているが、しかし結果がこれならば、わたしも君も満足ではないだろうか。」

 申し訳ないとは言っているけど悪びれもしないローゼルさんの態度に、逆にスッキリするオレはそのまま理由を聞いてみた。

「でもなんでエリルは……その、一人に?」

「? 彼女の名前は聞いたのだろう?」

「クォーツ家……でもオレ、どこの家がすごいとか知らないから……」

「これはこれは。それじゃあロイドくんはこの国の王の名前も知らない感じかな?」

「またそれ――いや、でも知らない……」

「なるほど。では教えておこうか。」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

 何故かエリルが焦る。

「心配するなエリルくん。一度仲良くなったのならそれはその程度では崩れないよ。ロイドくん、この国の王の名前は……本当はもっと長いのだが、ざっくり言えばザルフ・クォーツという。」

 ザルフ・クォーツ。言われてみればそんな名前だったような気が――ん? クォーツということは……

「……エリルはお姫様?」

「次そう呼んだら燃やすわよ。」

「お、おう……」

 ムスッとした顔で睨まれはしたが、オレの我ながら薄い反応を見て、エリルはなんだかホッとした顔になり、ローゼルさんは驚いていた。

「あんまり驚かないのだな。」

「だって……そんなにすごいんだぞーっていう前フリをされていたら驚くモンも驚けないし。そうか……でも確かに王族ならみんな畏れ多い感じで近づかな――実はオレって結構失礼してる……?」

「……大丈夫よ。」

 エリルは何故か嬉しそうだった。

「たぶん、ロイドくんは今の王の孫がエリルくんなのだと勘違いしているだろうから訂正するが――」

「? 娘とかじゃ……」

「おいおい、今の王は今年で七十になるのだぞ? 娘なわけはないだろうに。」

「そ、そうなのか……」

「そして、正確には今の王の弟がエリルくんのお爺様にあたる。つまり大公の家の生まれという事だ。ま、それでも十分にやんごとなきお方ではあるのだがな。」

 そう言いながらローゼルさんは隣のテーブルに腰かける。んまぁ、テーブルだから寄りかかるってのが正解かもしれないが。

「そんな理由で、エリルくんは妙に丁重に扱われ、周りには下心の見える騎士の家の子らが集まったのだ。それがエリルくんには良い事では無く……冷たい態度をとっていたら、彼らは手の平を返し、今度は何故王族が騎士に? なんて場違いな。という感じに距離を取ったということだ。何とも陳腐な話だが、集団ではありがちだ。残念ながらね。」

「……なんであたしの事をあんたがそんなに詳しく話すのよ。」

「なに、ここ数日のわたしの悩みがこれだったからな。君の現状を何とかしたいと。解決しそうで何よりだ。」

 ――!! フィリウスが喜びそうなむ、胸の下で腕を組むものだから余計に強調されてドキッとするポーズになって……ニッコリとほほ笑むローゼルさん。大人の余裕もあふれる感じで、エリルと話しているのを見ると先生と生徒という関係にすら見えてくる。

「ちなみに、君も距離を置かれているからな、ロイドくん。」

 急に話のメインになったオレはたぶん、素っ頓狂な顔をした。

「そういえばさっきもそんなことを……それってどういう……?」

「理由は二つ。一つは君があんな格好をしたからだ。庶民とはいえ、皆騎士の家の出だ。誇りある人々が、まるで物乞いのような格好の人物とは関わろうとしないよ。」

「ローゼルさんもそう思いますか……」

「ああ。中々にみすぼらしい。」

 言っていることは辛辣なのに顔は笑っているローゼルさん。オレは結構ショックを受けていたが、エリルはそんなローゼルさんを意外そうな顔で見ていた。

「ローゼルさんって結構言う人なんだな……」

「うむ、わたしも驚いている。」

「えぇ?」

「いや、わたしだって周囲の顔色をうかがって、できれば良い評価を得ようとしている人間さ。だから本当は面倒なクラス代表も引き受けた。」

「は? あんた自分で立候補してたじゃない!」

 エリルはわけがわからないという顔でローゼルさんにつっこむ。

「えぇっと、クラス代表って? 学級委員的な?」

「まぁ……クラスの役割とか他のクラスとか、諸々は次の機会にでも詳しく話すよ。とりあえずは……うむ、学級委員でだいだいあっている。」

 似合いそうだもんなぁ……学級委員。

「そんなわたしだが……何故かな、君の前だとそういう嫌らしい気づかいをしないですむというか……何だろうな? 君が明らかに着慣れていない制服とおどおどした感じで教室に入って来たからだろうか。」

「……要するに気を張る必要もない感じの……格下……?」

「そんな感じだな。」

 あははと笑うローゼルさん。だけどその笑顔を割と真面目な顔にパッと変えて話の続きをしゃべる。

「もう一つの理由は、君が……少なくともわたしたちのクラスでは群を抜く体術を披露したからだ。」

「え、そうなの?」

 オレはふとエリルを見る。オレの体術とやらを目の当たりにした本人はムスッとした顔でこくりと頷いた。

「エリルくんは初めの頃、クラスの全員に模擬戦を挑んだからな。彼女の攻撃がどういうモノかみんなが知っている。」

「……そっちは全然本気でやってくれなかったけど。」

 エリルがそっぽを向く。

「無茶を言わないでくれ。王族とわかっている相手になかなか全力は出せないさ。」

 なるほど、エリルとローゼルさんは戦った事があるわけか。

「そんな感じに、エリルくんの技はみんな理解しているから……それを炎まで避けて終始避け切った君に驚き、実はすごい奴なのではと警戒しているのだ。」

「? あれ? その言い方だと炎は避けなくてもよかったみたいに聞こえるんだけど……」

「ああ、実際は無駄だ。魔法を少しでもかじれば耐熱魔法を覚えるからな。入学式から二か月経った今、この学院にエリルくんの炎を避ける者はいない。」

「そんな……」

 あんなに頑張ってかわしたのに……みんなはあの熱さを防げるのか……

「そんなにしょんぼりするな。だからこそなのだ。それでもなお避け切った事がすごいのだ。今の自分たちよりも格上な君がえらく格下の身分かもしれない。要するに距離を測りかねているのだな。」

「そう……か。」

 オレは嬉しく思った。フィリウスに教えてもらったモノがすごいと褒められたのだ。教わって良かったと思うし、やっぱりフィリウスはすごいのだ。

「……というか、今度服買おう……せっかくお金もらったんだし。」

「それがいい。次の休みにでも、街の案内を兼ねて出かけようか。」

「ちょ、ちょっと! なんであんたが誘ってんのよ!」

「ん? やっとできた友達をいきなりとられるのは嫌かな?」

 ローゼルさんが意地悪な顔でそう言った。

「ば、ばか言わないでよ! 誰がこんなんと友達よ!」

「えぇっ!? オレ、もうエリルとは友達だなぁと……そうか、まだか……」

「ち、違うわよ! そうよ、友達よ! て言うか友達とかそういう事を口で言わないでよ、恥ずかしいわね!」

 エリルは顔を真っ赤にして立ち上がる。

「ほら、もう遅いんだからあんたたちも部屋に戻りなさい!」

 スタスタと……昼間見た「スタスタ」よりはかなり元気のある「スタスタ」で学食から出て行ったエリルを見て、ローゼルさんが呟く。

「やっぱりな。彼女は本来ああいう人なのだ。君が来てくれて良かった。」

「はぁ……」

「これでわたしも堂々とクラス代表を名乗れるし……そうだな、わたしにとっても君が来てくれたことは良かったかもしれない。」

「そうかな……」

「また明日、今度は君の話を聞きたいな。その剣術とか。」

 そう言ってローゼルさんは……ふらっとあの機械の前に行き、シュークリームを買ってから学食から出て行った。


 何はともあれ、いきなり放りこまれた騎士の名門校、セイリオス学院だったけどちゃんと友達もできたし、何とかなりそうだ。



 しかし次の日、さっそく壁にぶち当たった。

「何でこの俺が一生徒を起こしに行かなぁならんのだ!」

 と言って金髪のにーちゃんが宿直室的な部屋の扉を開いた時、オレは顔を洗ってさっぱりした顔でいた。

「ん、起きるの早いな。ちょうど良かった、来い。」

「え、まだ朝飯も食べてないんですけど――」

「いいから来い! 学院長がお呼びだ!」

 学院長? ああ、あの髭のじーさんか。


 ちゃちゃっと制服に着替えさせられたオレは金髪のにーちゃんに連れられて昨日この学院で最初に入った部屋にやってきた。

 つまり、学院長室。どうやらあの髭のじーさんが学校でいうとこの校長先生らしい。

「おはよう、ロイドくん。よく眠れたかね。」

「んまぁ、屋根と壁と何より布団があるので……」

 そんな事を言いながら部屋に入ると、何故かエリルがいた。

「? おはよう、エリル。」

「おはよ――う、うっさいわね!」

「えぇ……」

 なんか怒られはしたが緊張の学院長室に友達を見つけてホッとしたオレは、エリルと一緒に髭のじーさんの前に並ぶ。金髪のにーちゃんは髭のじーさんの横。

「さて、エリルくん。学院側としてはなかなか君の身分の扱いに困っていての。君自身も他の生徒と距離を取っていたようじゃから、君の希望通りにしていた。」

「……今さらそれが何よ……」

 エリルがムスッとする。というか校長先生だよな……エリルため口……

「しかし聞いたぞ? このロイドくんとは仲良くなったそうじゃないか。正直半信半疑だったのじゃが……今の挨拶を見て確信した。これなら問題なかろう。」

「はぁ?」

 エリルがそう言うと、次は金髪のにーちゃんが――オレの方を向いて口を開いた。

「ロイド、お前の部屋が決まった。」

「え? ああ、寮ですか。もう準備できたんですか。」

「掃除する必要もなかったからな。」

「そうですか。」

 気持ち悪い事になぜかニヤニヤしている金髪のにーちゃんが髭のじーさんを見る。じーさんはこくんと頷いてこう言った。


「という事で、エリルくんのルームメイトをロイドくんにする。」


「はぁっ!?」

 いきなり大きな声を出すエリルにオレは驚く。しかしなんだ、ルームメイトって。

「そう驚くことはあるまい。寮の部屋は元々二人で一つじゃ。」

「ななな何言ってんのよ!」

「正真正銘の王族であるエリルくんのルームメイト……これはなかなかに気を使う人選じゃ。エリルくんに合う身分の者など、この学院にはおらんしな。しかしロイドくんなら、既に仲が良いようだし、気心の知れた相手が一番じゃろうて。」

「あの、オレには何の話をしてるのかさっぱり……」

「要するになロイド、お前は寮でクォーツ嬢と同室っつーことだ。」

「同室?」

 オレはエリルを見る。見られたエリルはオレを見ると顔を真っ赤にする。

「……んまぁ、いいですけど。」

「良かないわよ! 何がいいのよ!」

 エリルに襟を掴まれて前後に振られる。朝飯を食う前で良かった。

「だ、大丈夫だエリル。オレ、妹いたし。」

「欠片も大丈夫じゃないわよ!!」

「話は以上じゃ。ほれ、朝食に行くと良い。」

「ちょ、ちょっと!」

 オレとエリルは金髪のにーちゃんにぐいぐい押されて廊下に出された。すぐに振り返ったエリルが扉を開けようとしたが、びくともしない。

 同室……んまぁ、友達と一緒なら色々と楽しそうだ。

「よろしくな、エリル。部屋がどれくらいの広さか知らないけど、オレ荷物少ないからそんなに邪魔には――何で今、このタイミングで手に炎を?」

「うるさぁーーーーい!」

「うわ! やめろ! オレ、耐熱魔法使えな――熱い! 熱いから!」




「……ホントに良かったんすか? マジもんのお姫様の同室が物乞――あんな田舎もんで。」

「何を言うか。エリルくんからすればこの学院の全員が物乞いじゃろうて。」

「いや……まぁそうすけど――って学院長、今すごい事言いませんでした?」

「うん?」

「…………それに、もしもクォーツ嬢に何かあったら……その、男女的な問題とか、普通に賊の襲撃とか。何かあったらとりあえず何やかんや理由つけてあいつが問題になって、同室にあいつを選んだ学院長が色々言われますよ?」

「心配はないじゃろう。」

「何でですか。」

「彼は、あの《オウガスト》が推薦した子なのじゃぞ?」

「でも《オウガスト》って、酒好き女好きの馬鹿丸出しってんで有名な奴ですよ?」

「しかし、彼には多くの信頼が集まっておる。他の十二騎士からもの。他人を不幸にはしない男じゃし、あれでいて意外とキッチリしとるのじゃよ。」

「学院長の信頼も厚いんすね。」

「そりゃ、教え子じゃからの。」

「うえぇ!?」

「……君の言う男女的な間違いは起こらんだろうし、賊の方も大丈夫じゃ。この学院の警備体制もそうじゃし、彼は相当強いぞ? いざとなればエリルくんの騎士として活躍できるじゃろう。」

「ロイドがですか? 確かに、あの剣術を使えるのはすごいっすけど……」

「ふふふ。あの剣術の真価を、君は知らんのだな。」

「?」

「入学式からそろそろ三か月になる。時期で言えば、一年生にアレを支給する頃じゃろ?」

「イメロの事すか? いや、確かにあれがあるとかなり強くなりますけど……」

「中でもあの剣術と風のイメロの相性は抜群じゃ。」

「?? 全然わかんないんすけど……」

「ふふふ。楽しみじゃな。」




 あり得ない。あのじじいは何を考えてるのよ!

 確かに、あたしの家柄的にルームメイトを決めにくいのはわかるわ。なかなか決まらなかったから一人がいいって言って二人部屋を一人で使ってたのも事実よ。

 でも……仲が良いからって男子!? いくらなんでも――いくらなんでもよ!

 それに仲が良いって言っても昨日の今日よ! 実は真逆の性格で今日中に絶交するかもしれないのに!?

 …………なんか……絶交って考えて何でか嫌な気分になったわ……

「あんなにしゃべったの久しぶりだったわね……」

「? なんか言ったか?」

 学食。朝からシチューを食べてるロイドはホントに何にも思ってない顔であたしを見る。あたしとルームメイトで――というか女子とルームメイトで何とも思わないのかしら。

「あんた、あたしとルームメイト……同室で嫌じゃないの? 女子からしたら男子といっしょなんて信じられないけど、男子からしてもそうじゃないの? それともラッキーとか思ってんじゃないでしょうね!」

「い、いきなり怒るなよ……ビックリした……」

「……で、どうなのよ。」

「……同室って事はなんかもう、四六時中いっしょって事だろ?」

「! 何考えてんのよ!」

「いや、そういう事じゃなくて!」

 わたわたとスプーンを振るロイドは軽く咳払いをする。

「せっかく騎士の学校、しかも名門のセイリオス学院に入ったんだから立派になりたいし、昨日のエリルとの会話でオレが騎士になる理由も見えたし、今はその、オレ、ちゃんと騎士になりたいんだ。だから、そういう事に気づかせてくれて、他の誰よりも騎士を目指している人と同室ってのはいいことだと思うんだよ。」

「……」

「それに単純に……友達と一緒ってのは嬉しいしな。」

 あたしは顔が熱くなるのを感じた。にこりと笑うロイドの顔が見れない。


 ホントにもう、恥ずかしい事をすっとぼけた顔で言う奴だわ。

 所謂こういう感じの物語が原作のアニメとかよく観るんですけど(むしろその時期やってるアニメはほぼ観ますが。)、いざ文章にしようとすると、表現に困る箇所というのが多々ありました。


 単純に私のボキャ不足でしょうが……難しいんですね。

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