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騎士物語  作者: RANPO
第三章 ~夏休み~
19/111

第十七話 嵐の前

第三章のエピローグ的なモノです。


ロイドくんらと、悪党と、ちょっと話から遠ざかっていた学院の。

「うまい! 前にガルドの酒場で食った料理だが、こっちの方が断然うまい! 良い腕してるな!」

「うふふ。そう言ってもらえると嬉しいです。おかわりありますからね。」

 いつものように豪快に――すごく美味そうに飯を食うフィリウス。オレも懐かしい味にしみじみしているのだが……

「……リリーちゃん? 大丈夫?」

 隣に座ってるリリーちゃんの元気がない。どうやらあのプリオルの妹のポステリオールというのと戦ったらしいのだが……

「うん……ボク……」

 しゅんとしているリリーちゃん。それを見たフィリウスがおほんと咳払いをし、少し真面目な顔になった。

「モヤモヤは早く片付けるに限るな。とりあえず今回の件、なんであいつらがここに来たのか、その経緯を説明するぞ! 食べながら聞いてくれ!」

 自分も飲みながら話を始めるフィリウス。

「始まりは大将たちがクォーツの家に行ってる時だ。その時、《エイプリル》と《ディセンバ》が急にいなくなっただろ?」

「……フィリウス、オレを見て「だろ?」って言われても、その時はお風呂に入ってたからオレは二人がどうしたか知らないぞ……んまぁ、セルヴィアさんが帰ったってのは聞いたけど……」

 説明を託す意味でエリルを見る。エリルはオレの意図に気づき、その時の事を話してくれた。

「……急に電話のベルみたいのが聞こえてセルヴィア――《ディセンバ》が何かして、そしたら二人が消えたわ。それで五分もしない内に《エイプリル》だけが戻ってきて……なんか犯罪者を見つけたんだけど、《オウガスト》――フィリウスさんが解決したから問題ないって……」

「その犯罪者ってのが『イェドの双子』だったわけだ。クォーツの家からちょっと離れた町で呑気にお茶してんのに俺様が遭遇しちまってな。正直、なんの準備も無しに双子とやりあうのは厳しかったから、《ディセンバ》に応援を頼んだってわけだ。ま、《ディセンバ》が来る前に逃げられたんだけどな。」

「役に立たない筋肉ですね。」

 なんでか知らないけど、フィリウスに対して厳しいパム。

「無茶を言うなよ、妹ちゃん。でもま、折角神出鬼没の双子を見つけたんだし、できる限りはしようと思ってな……前にあいつらと戦った事のある《オクトウバ》に連絡をとった。普段ならそんなこと知るかって態度なんだが、やっぱ双子相手だと無視できないらしくてな。こうして俺様たちは魔法の痕跡を辿りながら、双子を追いかけ始めたってわけだ。」

「そんな簡単に追えるもんなのか?」

「簡単じゃないぞ? 《オクトウバ》だからこそできる芸当だ。しかも途中で見失った。」

「え、見失ったのか?」

「ああ。追われてる事に気づいたのか、完全に痕跡を断たれた。だがそこまで追って……気づいたんだ。何故かしらんがあいつら、大将の夏休みの計画と同じ動きをしてるってな。」

「えぇ?」

「初めはクォーツの家の近くで、次はラパンに行ったと思ったらリシアンサスの家の近くに行きやがった。」

「待ってください! それじゃあ連中は自分と兄さん――いえ、兄さんを?」

「らしい。」

 すっと集まるオレへの視線。しかしそんなに見られても心当たりがない。

「だから俺様は大将を探す事にして……見つけたと思ったらビンゴもビンゴの大当たり。大将とプリオルが世間話してたんで――とっさに攻撃を仕掛けたってわけだ。」

「……それでそれに気づいたプリオルがオレとの一対一を……」

「一対一!?」

 と、驚いて叫んだのはそれを知らなかったエリルたち全員だった。

「あ、あんたS級犯罪者と一騎打ちしたわけ!?」

「俺様のミスだ。《オクトウバ》があいつの魔法を封じるところまでは成功したんだが、それでヤバイって感じたプリオルが特殊なマジックアイテムを使ってな。」

「えっと……その場にいる誰かと一対一の勝負をして、もしも勝てれば――限度はあるけど願いがなんでも叶うっていうアイテムで……その場にいた一番弱い男って事でオレになったんだ。」

「プリオルは女と戦わない主義だからな。」

 あのドームの説明をし出すと長いからさらっとそう言ったけど、エリルたちは信じられないという顔だった。

「じゃ、じゃあ何か? い、今ここにいるという事は、ロイドくんは――《オクトウバ》の力で魔法を使えなくなっているとはいえ、S級犯罪者――あのポステリオールと同等の実力を持った者と戦い……か、勝ったのか?」

 ローゼルさんがハラハラしながら聞いてきた。

 オレが戦ったプリオルは魔法を使えない状態だったけど、ローゼルさんたちが戦ったポステリオールという相手は全力の状態だったらしいから……S級犯罪者の化け物っぷりをオレよりも体感しているわけで……こんなに心配そうな顔をしてくれるのはそういうわけだろう。

「あれを勝ったと言っていいのやらって感じだけど……パムの魔法のアドバイスと、なんでか急にたくさんの剣を回せるようになったのと……あとはローゼルさんのおかげかな。」

「わ、わたしの?」

「リシアンサスの家宝……あれで見た槍の動きをイメージして……あー、また今度詳しく話すよ……」

 あのドームと同じで話すと長いし、なによりオレもちゃんと整理できてないところがある。

「ちなみに、いきなり大将が曲芸剣術の本領を発揮できたのは風の渦を使ったからだぞ?」

「えぇ?」

 今度ゆっくり考えようと思ってた急な進歩の答えを、フィリウスがなんでもないようにしゃべりだす。

「単純な話だから気づくかどうかってポイントなんだがな……今まで大将は一本の剣を回すのに一個の風を使ってたんだ。十本なら十個って具合に。だがそれじゃあ――俺様だって二十くらいが限界だ。だから、一個の風で複数の剣を回すイメージが必要だったんだ。渦って、それを描いてる線は一本なのに円がいくつもできるだろ? そういうことだ。」

「なるほど……って知ってたんなら教えろよ……」

「だっはっは! 七年間で理解してるだろ? 俺様、そんなに親切な師匠じゃないぞ?」

「……そうだな。」

 言われてみればそうだと、昔を思い出しているとまだ驚いたままのローゼルさんが続きをせかす。

「そ、それでどうなったのだ? 勝ったという事は、プリオルを捉えたのか?」

「いや……なんか、できれば使いたくなかった切り札――を使って、魔法を封じられてるはずなのに位置魔法で消えたよ……」

「《オクトウバ》が言ってたが、あれは双子の間で相互にかかってる特殊なもんらしい。片方がボロボロで魔法も何もできない状態に追い詰められたとしても、もう片方が元気なら――その元気な方の力を強制的に使って魔法を行うんだと。」

「そういう事だったんですね……ではこちらにいたポステリオールが急に消えたのはプリオルがそれを使ったから……つまり、自分らは兄さんがプリオルをボコボコにしてくれたから助かったわけですか。」

「助かった? え、そんなに危なかったのか、パム。」

「……もう少し通用すると思ってたんですけどね。」

「だっはっは! 世界は広いな、妹ちゃん。しかしよくわからんな。俺様たちも、プリオルが一人だったから《オクトウバ》の魔法封じができたようなもんであれは有難かったんだが、そもそもなんでポステリオールはこっちに?」

「パ、ム、です。どうやらマリーゴールドの銃を求めて来たみたいでした。」

「ははぁん。それで今まで大将を追いかけてた二人が分かれたわけか。ん? んじゃ大将、プリオルはなんで大将に話しかけてきたんだ? それとも大将が?」

「いや、あっちからだ。恋愛マスターの事で――」

「まじか!」

 フィリウスが……思っていた以上に反応した。

「そうか、つまりそういう事なのかもな! やっと仮説が一個できあがったぞ!」

「? なんだよ急に、なんの話だ?」

「大将が連中――つまりは『世界の悪』、アフューカスに狙われる理由だ。」

「! オレが――そ、そんなのに狙われる!?」

「おいおい、話を聞いてたか、大将。双子は大将を追いかけまわし、その双子はアフューカスの部下だって事をプリオルが言ってたんだろ?」

「ポステリオールにも紅い刺青がありましたから、まず間違いありません。そしてそうだとすると双子は『世界の悪』の忠実な僕。連中の仕事というのはつまりアフューカスからの命令だったはずです。」

「そんな……な、なんでオレが!?」

「だからそれがわかったかもって話だ。ま、理由は相変わらずわからんが、キッカケはここじゃないかってのの検討がついた。」

「な、なんだよそれ……」

「話の軸は恋愛マスターだ、大将。」

「ちょ、ちょっと待ってくれないか? 恋愛マスター……というのはロイドくんが昔出会ったという占い師の事……だろう? なぜそんな者がキーになるのだ。」

 ローゼルさんの疑問はエリルたちも思っているだろうから、オレはプリオルから聞いた事を話した。願いと、代償と、副作用について……




「記憶がない……?」

 あたしは思わず呟いた。もしかしてパムを死んだと思ってたのと関係あるのかしら……

「ない……らしいだ。オレにもどういう記憶がどれくらいないのかわからないし……」

「いや大将。どれくらいかはわかるぞ。」

「えぇ!? いや、そうか! もしかしてフィリウスも願いを?」

「いや、あの時願いを叶えてもらったのは大将だけだ。俺様は隣で見てただけ。」

「じゃ、じゃあ……記憶を無くす前後のオレを知ってるからか。オレは一体何を忘れてるんだ?」

「何を、は俺様も知らない。実のところ、俺様も少し記憶を奪われてるくさいんだ。たぶん大将が無くした記憶に関連する何かなんだろうな。」

「フィリウスも!?」

「ああ。だがそれで困った事はまだない。大将もそうだったから――ま、無理に話さなくてもいいかと思って言わなかったんだが……まさかこうなるとはな。」

「……それで、どれくらいかはわかるってのは……」

「それはな――」

 ポリポリと頭をかきながら、フィリウスさんは突然こんな事を言った。

「なぁ大将。俺様と旅をしたのは何年間だ?」

「へ? 六……七年だろ?」

 いつものロイドの回答。だけどフィリウスさんは首をふった。

「違うな。年数で言えば七年間。正確には七年と五か月だから……大将みたいな言い方をするなら、七、八年ってのが正しい。どうやったって六って数字は出てこない。」

「!? ……てことは……オレは少なくとも五か月以上の記憶を……?」

「それでも足りない。だって大将は無くした事に気づいてないんだぜ? 無くした後も違和感なく過ごしてんだ……特に、季節とかに疑問を抱くことなく。」

「おい……それじゃあオレは……」

 ゆっくりため息をつきながら、フィリウスさんは「どれくらい」の量を告げた。


「大将の頭の中からは――俺様と旅した七年と五か月の内の一年間がそっくり抜けてるんだ。」


「一年間……そ、そんなにオレは何かを忘れてるのか……?」

 いつもすっとぼけてるロイドもさすがにショックなのか、少し顔が青くなった。

「ま、待ってよ! ま、まさかその一年間にボクとの記憶が入ってたりは――」

 今までしゅんとしてたリリーが焦り顔になる。

「それは大丈夫だ。恋愛マスターに会ったのはリリーちゃんに会う前だからな。」

「そう……よかった……」

 すごくホッとするリリー。

「で、でも一年て……さすがに何かで気づくだろ……そりゃまぁ季節はそうかもだけど……フィリウスは覚えてるわけだから……ほら、会話がかみ合わないとか……」

「それがそうでもないんだ、大将。例えば大将につけた修行だが、たぶん一度教えたって記憶をうまいこと奪われてるんだ。妙に大将の覚えがよかったモンがいくつかあったから、たぶんそれは大将と俺様にとっては二回目だったんだ。そしておそらく、その一年間で出会ったはずのどこぞの商人とか、俺様たち以外の人間からもうまい具合に記憶を奪ってるだろう。」

「そんなピンポイントに奪う事が……しかも十二騎士のフィリウスからも……」

「十二騎士ってのは関係ないぞ。俺様は第八系統で凄いってだけだし、相手は未だにその存在がよくわかってない恋愛マスターだ。ま……ものすげーレアな魔法生物に襲われてものすげーレアな魔法をかけられたみたいなモンだ。」

 ロイドの話に出てきただけの変な名前の変な占い師ぐらいにしか思ってなかったやつがとんでもない存在になったもんだわ……

「そして――これはもしかしてってレベルだがな、アフューカスが興味を示すような何かがその一年間であったとしたら?」

「…………そういうことか。でもそれならアフューカスからだってオレの記憶が奪われてるんじゃ……」

「アフューカスは何百年も生きてる化け物だからな。あれもあれでよくわからん存在だし、記憶を奪えなかったのかもしれない。まぁ、ならなんで今になってとか色んな疑問はあるが、あり得る仮説としてはまず上々だろう。まぁ、大将がごく最近に見るからに悪党で見るからに頭のネジがとんでそうな女に会ったってんなら話は別だが。」

「会ってねぇよ、そんなん……」

「……きっかけはともかく、ロイドは――その、これからも狙われるのよね……? どこか安全な場所に避難とか……」

「命の危機ってわけじゃなさそうだが、たぶんな。だが――大将には悪いが俺様たちにとっては好機だからそのままにするぞ。普通に学院に通ってもらう。」

「な、なんでよ!」

「今回の双子もそうだが、ある日突然どこぞに現れて最悪を振りまく大悪党が七人、アフューカスの下にいる。つまり、ほっとけば大将の周りにその七人が現れる可能性が高いわけだ。もちろん、アフューカス本人もな。」

「! ロイドはおとりってこと!」

 思わず立ち上がったあたしの目に……これまでの豪快な様子からは想像しにくい厳しい顔のフィリウスさんが映った。

「そうする事が解決に一番近いからな。それに、安全な場所という意味じゃセイリオスより安全な場所はない。世界最高の魔法使いと《ディセンバ》が結界を張った学院だ。」

「……この前全裸で侵入してたじゃない。」

 あたしがそう言うとフィリウスさんはその厳しい顔を緩めた。

「だっはっは! 侵入する奴を全員問答無用ってんじゃ二流の結界だ! その辺の調節もできるから俺様はあの程度で済んだってわけだ! 真面目な話、俺様が何か良くない事を考えながら侵入してたらなら――塀を乗り越えた辺りで骨になってるぞ?」

 大笑いしながら、だけどすごく優しい顔であたし――いえ、あたしたちを見るフィリウスさん。

「心配するな。大将には指一本触れさせないと、十二騎士が一人、この《オウガスト》が保証する。だから安心して青春してくれ。」

 たぶん、これ以上はないっていう安心に場の空気が和む。

 これで今回の『イェドの双子』の件の発端、アフューカスの狙いがわかった。

 あとは――

「さて、俺様からできる話はここまでだ。あとは何か言わなきゃいけないことがありそうなリリーちゃんの番だぞ。」

 すでに知っているような気もするフィリウスさんにそう言われたリリーはビクッとなり、まだ何も聞いてないロイドとティアナがリリーの方を見た。

「リリーちゃん、やっぱり何か……大丈夫?」

「げ、元気ないから……何が、あったの……」

 無理に言わなくてもいい気がするけど――でもやっぱり言った方が……言っちゃった方がすっきりすると思う。

「ボク……ボクは……」

 いつもの元気がない沈んだ声のリリー。何か言葉をかけようとしたとき、それをしたのはローゼルだった。

「なぁリリーくん。わたしはリリーくんの秘密をネタに色々言ったが……正直、意味はないのだ。」

「えぇ? 何の話?」

「ロイドには関係ない話よ。」

「えぇ……」

「言ったところで、だからリリーくんなんて嫌いとでも――ここにいる誰かが言うと思っていたのか? 特にそこの田舎者が。」

「えぇ!? ほんとに何の話!?」

 ……ロイドを好きって言ったくせに結構言うわよね、ローゼル……

「……わかってるよ、そんな事……ローゼルちゃんよりも……ボクの方が仲良しなんだから……」

 ローゼルへの対抗心なのか、グッと顔をあげたリリーは誰にってわけでもなく話始めた。



 ある所に……一人の女の子がいたの。どこにでもいそうな普通の――だけど物心つく頃には短剣一本で獣を狩れてしまうような、そんな女の子がね。

 その女の子の周りには同じような子供がたくさんいてね。みんな女の子と同じ事ができてた。

 なんでかって言うと、子供たちの周りには色々な事を教えてくれる大人がたくさんいたの。体術、戦術、短剣の扱いに魔法の技術。

 そして――生き物を動かなくする方法。

 ある日、その場所から出た事のない子供たちは初めて――外に連れて行ってもらったの。大きな町とか見た事ない面白い物……色んなモノがキラキラしててね、女の子は勿論他の子もそれに夢中になったの。

 そしたら色々な事を教えてくれる大人が言ったの。


 お仕事をすれば、ご褒美に好きな物をあげるよって。


 それからちょっとあと、女の子は初めてお仕事をする事になったの。ある場所に行って、誰にも見つからないようにある人を――動かなくする。

 教えてもらった事をそのまんまやったらそのお仕事は簡単にできてね。女の子はご褒美に甘いお菓子をもらったんだ。

 他の子も同じようにお仕事をして同じようにご褒美をもらってた。子供たちはそうやって嬉しい毎日を過ごしてたんだよ。


 でも……誰だったかわからないけど、お仕事で外に出かけて外の人たちを見ていて思った子がいたの。

 子供たちのお仕事が――悪い事なんじゃないかって。

 ちょっと気になった子供たちは大人に聞いてみたの。そしたら大人が言ったの。


 そろそろかって。


 そのあと、子供たちは広い部屋に集められてね。何をするのかなーって思ってたら、勉強する時に大人が立つ場所に知らない大人が連れて来られたの。

 腕を縛られてて、服もボロボロであっちこっちにケガしてるの。どうしたのかなって見てたら……そのボロボロの大人が子供たちを見て叫んだの。


 この人殺し! 悪魔め! って。


 何を言ってるのか全然わからなかったんだけど、大人たちがその場で色んな新しい事を教え始めたの。

 子供たちが勉強したモノが何をする為のモノなのか。

 子供たちのお仕事を違う言葉で言うと何なのか。

 子供たちが動かなくした人たちがどうなったのか。

 それでその後……色んな事を叫んでたボロボロの大人を色々な事を教えてくれる大人が動かなくしたの。

 お部屋に戻った子供たちは頭の中がぐるぐるしてて、どういう事なのか全然わからなくてどうしたらいいのかもわからなくてね。

 それから少しあと、新しいお仕事をするようにって子供たち全員が言われたの。

 しかもそのお仕事は――ある事が選べたの。


 いつも通りお仕事をしてご褒美をもらうか。

 お仕事をしない代わりにその場所から追い出されちゃうか。


 それで子供たちは二つに分かれたの。残る子と出ていく子に。

 女の子は、悪い事をしたくはないけど、でも出て行ってもどうやってご飯を食べていけばいいのかわからなかったから残る方にしたの。

 そしたら、残った子たちに大人たちが言ったの。


 君たちはとりあえず合格だ。それじゃあ、お仕事をしようかって。


 そうやっていつもみたいに、動かなくする相手の事が書いてある紙をもらった子供たちはビックリしたの。

 だって、そこに書いてあるのは出て行った子供たちだったから。

 子供たちが何も言えずにいたら、大人たちが――今までと違う雰囲気で言ったの。


 ターゲットはお前らと同等の実力を持った者たち。この仕事が成功したら、お前らは正式に我ら『ウィルオウィスプ』のメンバーとなる。


 いつもなら三日なんだけど、今回は手強い相手だからって言って一週間が子供たちに与えられて……その間にお仕事を――友達だった子を殺さなきゃいけなくなったの。

 中には一日目にお仕事を終えた子もいてね……将来が楽しみだって大人たちに褒められてたの。

 だけどほとんどの子は――女の子も含めて迷ったままだった。

 そうやって段々と期限が近づいてきて、もうやるしかないのかなってなった時にね、一人の男の人がその場所にやってきたの。


「『ウィルオウィスプ』――その悪しき魂に鉄槌を――」


 見た事の無いすごく変な格好をした人だったんだけど、大人たちは大騒ぎしたの。

 十二騎士が来たって。

 子供たちの何倍も強い大人たちが次々にその変な人にやられていってね。それを見て子供たちは気づいたの。

 大人たちがよく、「騎士には気を付けろ」って子供たちに言っててね。だからてっきり悪い人たちなんだって思ってたんだけど……悪いのは自分たちだったから、騎士っていうのは正義の味方なんだって。

 そこでも子供たちは二つに分かれたの。

 正義の味方が来てくれたから、自分たちはもう悪い事をしなくていいんだって言う子と、悪い事をしてきたから自分たちも捕まっちゃうんだって言う子に。

 女の子は――自分も捕まっちゃうって思った方でね。それでそう思った他の子たちと同じようにそこから逃げようと思ったの。

 だけど女の子はちょっと寄り道したの。外に出てもどうすればいいかわからないから残る方にしたんだから、今逃げてもやっぱりどうすればいいかわからない。

 だから何か――外に出てもなんとかなるようになるモノを探しに行ったの。

 その場所には、大人たちが大事にしてる宝物がしまってある倉庫があってね。逃げようとする大人たちが宝物を持っていこうとするのに混じっていくつかの宝物を袋につめて――それから逃げたの。


 そうして女の子は一人で――その場所の外に出てきたの。

 最初の頃は持ってきた宝物を売ったお金で食べ物を買ったり宿に泊まったりしたんだけど、それじゃあいつか何も買えなくなっちゃうって思ってね。だからなんとかしてお金を稼がないとと思ったんだけどどうやったらいいのかわかんなくて、残りの宝物に何かいいモノはないかなって調べたの。

 なぜかって言うと、大人たちがしまってた宝物のほとんどがマジックアイテムだったから。

 使い方もわからなかったから、見た目高そうなモノは最初の方に売っちゃっててね。残ってるのはどこにでもありそうな普通の道具ばっかりだった。

 だけど女の子は残った中から――この手帳を見つけたの。



 そこまで話したリリーは、ポケットから――事あるごとに取り出して中を眺めてるメモ帳を出してテーブルの上に置いた。

「! まさか、『ポケットマーケット』か!」

 フィリウスさんが驚いた顔でそう言うとリリーちゃんがこくりと頷いた。するとまるで貴重な骨董品でも見るみたいにフィリウスさんはじろじろと、触れないように手帳を眺めた。

「これがそうなのか。初めて見たが、確かに知らないと捨ててしまいそうなほど普通の手帳だな!」

「知ってるのか、フィリウス。その……なんか可愛らしい名前の手帳。」

「ああ。騎士でこれが欲しいって奴は稀だが、商人なら誰もが欲しがるマジックアイテムだ。ま、これを作ったのがそもそも商人だったしな。」

「商人向けの効果がある手帳ってことか?」

「そうだ。これはな、その場所で今何がどれくらい求められているのかを知る事ができるんだ。例えば――あっちの町じゃそろそろ祭りだからもち米を求めてるだとか、そっちの町じゃ大きな災害が起きたばかりだから包帯とか薬を求めてる――みたいな感じに。」

「ふむ。つまり、指定した場所における需要がわかるわけか。」

 ローゼルがさらっとまとめた。

 でも、そんなさらっと言える効果だけど商人にとっては喉から手が出るくらいに欲しい情報だわ。求められてるモノを求められてる分だけ用意して商売できるなんて、売れ残りとかのリスクがないって事だもの。



 初めは何が書いてあるのかわからなかったけど、クギって書いてある場所に行ったら新しい家をたくさん建ててたり、水って書いてある場所に行ったら井戸が壊れてたり……そうやって女の子は書かれてる事の意味を理解していったの。

それである日、女の子は決意したの。

 商売をする人をやろうって。


 手帳以外の宝物を売ったお金と自分の位置魔法。それと手帳を手に女の子は商売を始めたの。

 小さい女の子がそんな事って思うかもしれないけど、手帳の力はすごくてね。それに危ない事が起きても女の子には逃げる方法があったし、そもそも――結構強かったからね。

結局一度も失敗することなく女の子はお金を稼いでいって、その内に女の子は馬車であっちこっちを旅する立派な商人になってたの。


 騎士の学校との定期的な契約なんかもして、お金にも食べ物にも困らないようになった女の子だったんだけど、ある日……



「……? どうしたのリリーちゃん。」

「な、なんでもないよ……と、とにかくボクはそうやって……今、ここにいるの。」

「んん? えらく中途半端だが、今のが今まで謎だったリリーちゃんの昔話だったわけだ! どうだ、大将?」

「どうって……なにが?」

 ロイドのその微妙な反応に困ったのはリリーだった。

「だ、だってロイくん……ボ、ボクはその……たくさん人を……」

 リリーの困り顔はもっともで、あたしも困惑してる。

 要するに、普通の商人だと思ってた女の子が実はその道の英才教育を受けた元暗殺者で、仕事もいくつかこなしてきた。

 つまり――


「昔の事情はどうあれ、リリーさんが人殺しだったという話ですよ、兄さん。」


 その場の誰もが口に出さないと思ってた言葉を突き刺したパム。

「ちょっとパム! あんた言葉を――」

「選んでもしょうがないですよ。事実は変わりません。」

 厳しい顔のパムは目をつぶって淡々と――その「事実」を述べていく。

「こういう場合、リリーさんに具体的な罰が下る事はないでしょう。『ウィルオウィスプ』の特性上、リリーさんが連中に拉致されたのは赤ん坊か、それに数か月上乗せした程度の頃でしょうから、それが普通だと教育されたら誰だってそうなります。」

「? あれ、ということは――リリーちゃんの親は……」

「拉致された赤ん坊の両親は大抵殺されますよ、兄さん。」

「パム!」

 思わずそう叫んだあたしだったけど、パムは表情を変えない。

「連中がリリーだなんて可愛らしい名前をつけるとは思えませんから、おそらくそこは本名なのでしょう。まぁ、単純に連中が考えるのを面倒に思っていたか、その内名前で縛る魔法でも使う予定だったのかは知りませんけど……とにかくですね、兄さん。」

「うん?」

「天涯孤独の身である彼女からしたら、一番古い普通の――友達が兄さんなのです。その兄さんが今の話を聞いてリリーさんへの態度を変えてしまうのではないかと……そういう心配をしているという話です。」

「ああ……そういうことか。」

 なんていうか、すっとぼけるのにもほどがあるロイドに少しイラついてきたあたしだったんだけど、「そういうことか」って言ったロイドの優しい顔を見て、あたしはそんなロイドを理解した。



「あー、えっとリリーちゃん。」

「……な、なぁひ!? な、なんへほっへを……」

「リリーちゃんがひどい事考えるからだよ……オレの今の正直な気持ちを言うとね、いやー、やっぱりリリーちゃんはただ者じゃなかった、これはこれからも色々と頼りになるぞ、って感じだよ。」

「ふぇ……」

「もしかしたらリリーちゃんにとっては忘れたい事かもしれないけど、この前の侵攻の時みたいにリリーちゃんの技術は頼りになるんだよ。だから忘れたり捨てたりしないでガンガン使って欲しいね。そんなリリーちゃんから教わりたい事もあるし。」

「へ、へほ……」

「昔何してたかなんて知らないよ。オレなんて一年間、どこで何してたかもわからないって事がさっきわかったわけだし。」

「ほ……で、でもそれとこれとは違うもん! ボクは――」

 ロイドのほっぺ引っ張りをほどいたリリーを、ロイドはギュッと抱きしめ――!?

「ロ、ロイくん!?」

「泣きそうな女の子にはこうしてやれって、そこの筋肉ダルマに言われたんだけど――確かにそうするべきだなって今思ったからそうするよ。」

 あたしとローゼルとティアナが思わず立ち上がって抱きしめるロイドと抱きしめられるリリーを見てる中、フィリウスさんが成長した自分の子供を見るお父さんみたいな顔をしていた。

「あのね、リリーちゃん。あんまりオレを見くびらないで欲しいんだ。そんな事で友達を嫌いになるように見えたのなら結構ショックだよ。もしも――今でもリリーちゃんが暗殺者だったとしても、オレは友達のままリリーちゃんにデコピンしてダメだよって叱るくらいはできるつもりだ。」

「――!!」

 ロイドの肩に顔を乗っけるリリーの目がうるむ。

「一回、色々無くした――つもりになったオレだからね……一度つながった相手からはそう簡単に離れないよ? 厄介なやつと友達になっちゃったと、ため息ついて諦めてね。」

「――ロイくん…………うん、ボク諦めるよ……ありがとう……」

 嬉しそうに泣くリリーはロイドの背中に手を回し、その涙を隠そうとロイドの肩に顔をうずめる。


 そう……要するに、ロイドにとっては今の話、どうでもよかったんだわ。



「大将、俺様は嬉しいぞ!」

「な、なんだよいきなり……」

 しばらく泣いてたリリーがスッキリした顔になって、ティアナのお母さんが「いいモノみたわ」って顔で料理を運んできた頃、フィリウスさんが大きな声でそう言った。

「確信を得た! もしも俺様に子供ができたとしても、立派に育ててやれるという自信を持った! 俺様はいい男を育てる事ができたようだからな!」

「……セルヴィアさんとのか……?」

「なんでそこで《ディセンバ》が――あぁ! まさかあいつに入れ知恵したのは大将か! おかげで会うたんびにトマトづくしなんだぞ!」

「いいじゃないか。フィリウスだってそろそろそういうのを考えてもいい歳なんじゃないのか?」

「いや、俺様には――」

 珍しく苦手そうな顔をするフィリウスさんはふとあたしを見て――そして言い訳をする人みたいに焦った感じでこう言った。

「そ、そうだ大将! 言いそびれてたが、大将が恋愛マスターに願った事を知りたくないか?」

「そうか、オレは忘れてるけどフィリウスは……え、覚えてるのか? フィリウスだってところどころ記憶が無いんだろ?」

「残念ながら、何を願ったのかは覚えてるぞ?」

 焦り顔がだんだんと、ロイドをいじる時の顔になっていくフィリウスさんだけど――正直あたしも気になる。

「れ、恋愛マスターに願ったという事はつまり――その、恋愛関係の願いだったという事なのだろう?」

 興味なさそうなフリを全力で装うローゼルも、手を止めてフィリウスさんの言葉を待つティアナも、隣のロイドを横目に見ながらさっきまでの泣き顔はどこにいったのやら緊張した顔のリリーも、ついでにパムもロイド本人も、誰もが気になる事だったから、そこで全員の食事の手が止まった。

 それにあたしの場合、もう一つ気になる事……ロイドの――パムの生死に関する記憶が事実と違ったって事にも関係してるんじゃないかと思ってるんだけど……

「それで――オレは何を願ったんだ? 一年間の何かの記憶と引き換えに……それは叶ったのか? 副作用は……」

「生憎、副作用に関しちゃ俺様もわからん。あれは恋愛マスターが設定したわけじゃないから本人にも叶えてみてからじゃないとわからんのだとさ。」

 ずいぶん無責任な副作用もあったもんね……

「んで大将の願いは――ま、大将らしいっちゃらしいアレなんだがな。」

「?」

「大将が願ったのはな、『家族が欲しい』だった。」

「――!」

 ロイドの表情がハッとした。まるで――図星を言い当てられたみたいな。

「別に好きな女の人がいるわけじゃないからあれだけど、願いを叶えるというのならオレは家族が欲しい……大将はそう言っていた。あの時は妹ちゃんも死んでたと思ってたわけだからな……天涯孤独の大将の願いとしちゃ理解できるモノだろ?」

 え? その時もうパムは死んでる事になってたの……? じゃあ記憶違いは恋愛マスターのせいじゃないみたいね……

「だが恋愛マスターはあくまで恋愛関係しか叶えられない。これは本人が言ってた言葉だが――例えばお前にパッと両親や兄弟を用意するなんて事はできない。だからお前の願いを少し曲解する事とする――ってな。」

「曲解? 家族が欲しいって願いを別の意味として考えるってことか?」

「そうだ。つまり、大将が望んだ「家族」ってのを大将が作るモノと考えたんだ。結婚して子供ができて、ついでに孫までできたりなんなりな。さてそうなった場合、幸せな家族を作る時に一番大事なのは――最初の家族になる大将の結婚相手だろ?」

「ま、まぁ……」

「そこで恋愛マスターはこう言った――『家族が欲しい』という願いを、『運命の相手と出会う』という事に曲解し、お前の願いを叶える――とな。」

「運命の相手?」

「ああ。恋愛マスターによるとな、全ての人間には――かゆくなる話だが、運命の赤い糸で結ばれた相手がいるんだと。だがその相手に出会えるかどうかは運次第。なにせ海を越えた遥か遠くの国にいるかもしれないからだ。そんな相手――大将にとっての運命の相手に必ず出会えるようになるってのが、恋愛マスターが願いを叶えた結果大将に起きた事だ。」

「……なんというか、ずいぶんふわっとした話だな……運命の相手って……もしかして出会った瞬間そうだとわかるとか?」

「そうでもないらしい。この先の人生、大将が誰かを選んで結婚したとして、その相手を選んだ理由がなんであれ、恋愛マスターが叶えた以上、その相手が運命の相手だったってわけだろうな。」

「叶ったかどうかわかんないのか……」

「確かに、具体的なモノは何もない。だが、運命の相手と出会って結婚した二人ってのはとにかく幸せであり続けるんだと。おそらく、その結婚相手がそうだったと確信するのは死ぬ瞬間だろうな。」

「……死ぬときわかる願いか……なんというか、いい事なんだろうけど……微妙だなぁ。」

 イマイチスッキリしないロイド――とあたしたちだったけど、フィリウスさんはチッチッチッと指を振った。

「恋愛マスターだって願いを叶えてもらったーっつー実感を相手に味わって欲しいもんだ。いや、まぁ本人がそう言ってたんだが。」

「?」

「いいか大将。運命の相手に出会うのが、例えば五十を過ぎたじじいになってからってんじゃ意味ないだろ?」

「んまぁ……」

「結婚して、子供を作って、その先の孫を見ようってんならそれなりに早く結ばれないと駄目だ。しかし出会ってわかる相手じゃないとなると――本当にこの人なのか? って疑問を覚えて、折角出会っても結ばれる事をためらうかもしれない。」

「それ、恋愛マスターのせいだけどな。」

「その辺も考慮済みって事さ。恋愛マスターはな、宣言したんだよ。大将が一体いつまでにその相手に出会えるのかってことを。」

「い、いつだ、それは!」

 ――って、一番反応したのはローゼル。その反応を見てフィリウスさんがニンマリ笑う。

「運命の相手というのなら、そうだとわからずとも知らず知らずにお互いに惹かれ合うモノ――よって、恋愛マスターが宣言したその時期を過ぎた頃に大将とラブラブしてる相手がそれって事になり……そしてその時期は!」

「妙に引っ張るなフィリ――」

「ロイくん、ちょっと静かにして。」

「ご、ごめん……」

 当の本人を置いてけぼりにし、フィリウスさんがバーンと発表した。


「十八の春!」


「……えっと? オレが十八歳になった時の春って事か? つまり……」

「ロイドの誕生日って確か八月よね……」

「そうだけど――って、なんで知ってるんだエリル。」

「学生証に書いてあるじゃない。」

「八月に誕生日を迎えるロイドくんの十八の春ということは……今が十六なわけだから、三年生の最後――いや、セイリオスを卒業する時になるな。」

「が、学院を卒業する時に……ロイドくんと……そ、そういう関係の人が……」

「ロイくんの運命の相手……」

 ざわついた空気の中、ロイドはあたしたちを眺めて少し顔を赤くし――ちょ、ちょっと……

「んお? 大将も気づいたか?」

「ゴリラ、そのにやけ面を止めて下さい。」

 ニヤニヤ顔のフィリウスさんと威嚇するパムを横目に、ロイドがぼそっと呟く。


「……ここにいる誰かかもしれないって事だろ……?」


 さらにざわつく空気。そういう事をロイドが言うのは珍しい――というか初めてなんじゃないの!? って感じだから余計にドキドキ――そ、そういう空気だからなんとなくドキドキしてるだけよ!


「……そうとはわからなくたって、やっぱりそうなる運命ってあると思うよ?」


 なんとも言えない空気の中――ティアナのお母さんとお爺さんまでハラハラしてあたしたちを見てるそんな前代未聞の空気の中、リリーが呟いた。

「リリーちゃん……?」

「ボク……さっき話を切っちゃったけど、言っておいた方がいいかなって……うん、きっと今がいいと思うんだ……」

 隣に座るロイドにリリーが向けた顔は、赤くて、うるんでて、すごく――変な気分になる顔だった。

「ある日ね、女の子はとある田舎道でムキムキの男の人と、女の子と同じくらいの歳の男の子に会ったの。」

「あ、ああ……あれの続きはオレとフィリウスの話か……」

「折角だから軽く商売をしたんだけど……その時女の子はそれまでに感じた事のないモノを感じたの。」

「えぇ?」

「直感っていうのかな。この人たちには何かあるんじゃないかって……それで『ポケットマーケット』のもう一つの機能を使ったの。」

「もう一つの機能――ちょ、リリーちゃん……」

 ゆっくりと、リリーがロイドに寄って行く――

「全部で三人までなんだけど、お得意さんの登録っていう事ができてね。これに登録するとその人が今どこにいて、何を求めてるかがわかるようになるんだよ。」

「な、なるほど……それにオレたちを登録したから……オレたちが行く先々でリリーちゃんに会ったんだね……」

「どこにいても居場所がわかるようになったその人たちの所に、その人たちが何かを欲しがればそれを見つけて売りに行く――のを口実に会いにいったの。」

「あ……会いに……?」

 段々とロイドに近づいてくリリーと、それから離れようとするロイドだけど、椅子に座ってる以上限界があって――

「何度も会ってる内に直感の意味がわかってきてね。そうなんだって思ってからは女の子なりに色々したんだ。ちょっと――そんな風な事を意識したモノを売ってみたりしてね。」

「へ、へぇ……」

「でもある時急に『ポケットマーケット』が場所を示さなくなったの。ムキムキの人の方はわかるんだけど、肝心の男の子の方がね。しかもそれからしばらくムキムキの人も大きな街にいるばっかりで――今まで田舎道でバッタリっていう風に会ってたからいきなり会いに行くのも変だと思ってね……しばらくの間悶々としてたんだよ?」

「ちょ、ちょっとリリー、あんた、ち、近いわよ……」

「そ、そうだぞ、リリーくん……ロイドくんが後ろに倒れてしまうぞ……」

 ロイドの胸に手を置いて、すぅっと首を伸ばすリリー。

「そしたらビックリ、契約してる騎士の学校にいたんだよ。会えてよかったーって思ったらなんかルームメイトとかいちゃったりするし、つい魔法使っちゃったから学院側にバレて入学する事になるし……大変だったよ。でも今は――話せなかった事も話せたし、もう何もなしに一緒にいられるね……」

「リ、リリーちゃ――」


 そうしてリリーは、流れるようにロイドにキスをした。


「んぐ――!?」

 椅子から落ちそうなギリギリな姿勢のまま、身体を預けてきたリリーを捕まえるロイドの背中に手をまわしてさらに密着するリリーは、自分の唇をロイドのそれにさらに押し付け――

「ななななにやってんのよ!!」

 思わず手近にあったコップを投げつけたけどキスをしたままでリリーはそれを受け止め、そしてゆっくりとロイドから離れた。

「リ、リリーひゃん……はの、へっと……」

 顔を真っ赤にして目をぐるぐるさせるロイドに、リリーはニッコリ笑ってこう言った。


「ロイくん、ボクはあなたが大好きです。」





「よくやったな、プリオル。飴をやろう。」

 怒られる――もとい殺されるつもりで黒いドレスの女の前に跪いた金髪の男は、誰かに何かを与えているなんてところを見た事が無い黒いドレスの女の予想外の上機嫌さに口をポカンとさせていた。

「なんだ、食わせて欲しいのか? ほれ、あーん。」

 仕舞いにはあいた口に飴玉を放り込まれる始末。隣で同じように跪く金髪の女が発狂しそうな顔でそれを見ていた。

「――んん――!?」

 あまりの事に頭がついていかない金髪の男だったが、突如口の中に――まるで強い酸性のモノでも入れられたかのような熱を感じて咳込んだ。

 しかし放り込まれた飴玉はすでになく、残らず溶けて金髪の男の体内へと流れて行った。

「安心しろ、毒じゃねーから。」

「ごほっ……で、では今のは……」

「飴っつったろ? 元々はイチゴ味だったが……あたいの血を少し混ぜてあっから味はしねぇだろうが。」

「! 姉さんの血……!」

「あと数分もしたら効果が出始めるだろうよ。一週間ほど魔法はおろか歩くこともできなくなるだろーが、お前は一段階化け物になる。」

「……それは褒美という事ですよね……姉さん! ボクは少年に接触し、一戦交えた上、十二騎士に囲まれておめおめと逃げ帰って――」

「あー、あー、そーだな。正義の前からとんずらかますのは悪の矜持として……接触なんかしたら折角の思想が変わっちまうかもな? 確かに、その点はお前を殺すに足る理由だ。だがな――」

 跪く金髪の男に身を屈めて顔を近づける黒いドレスの女。本来ならその距離感は嬉しく思うところだったが、金髪の男の目に映る黒いドレスの女の狂気の瞳は冷や汗を流させるのみだった。

「お前は重要な情報を手に入れた。ロイド・サードニクスっつー人間がその昔――恋愛マスターに会って願いを叶えてもらってるって情報をな。」

「!? 姉さんは恋愛マスターをご存知で!?」

「あれがそう呼ばれる前からな。懐かしいな、アルハグーエ。」

『あれはそう……言うなればお前たちの先輩にあたる。』

「先輩……? まさか、七人の内の一人だったと言うのか!? で、では姉さんは三人の王の内の一人までも配下に……」

「目覚める前だったがな。確かあれもお前と同じコレクターだったぞ?」

「なんと……」

 心の底から嬉しそうな顔をする金髪の男だったが、すぐに謝罪する顔に戻る。

「……恋愛マスターと会った事があるという事実がどれほど重要な情報なのか、ボクにはわかりかねますが……しかし姉さん。少年――いえ、主に十二騎士と接触した事で、おそらくあちら側にバレてしまいました。ボクらが……『世界の悪』が少年を何らかの理由で狙っている事が。」

「そうだな。だが今となっては問題ない。一先ず放っとけ。」

「! 少年をですか?」

「ああ。どうせ夏休みが終わったらあのじじいがいる学院に戻っちまうしな。こそこそ観察もできなくなる。」

「で、では……」

「ターゲットを変更する。今度は眺めるんじゃなく捕まえて連れてこい。イェドだけじゃなく、全員動いてな。」

『全員? それはやりすぎじゃないのか?』

「あれでも王になった女だぞ? あたいやお前ならともかく、七人の場合は七人じゃねーと無理だろ。」

 黒いドレスの女が腰かけるソファにのみ照明があたるその暗くて広い部屋の中、ソファの前に跪く金髪の双子と黒いドレスの女の横に立つフードの人物以外の複数の気配が暗がりの中でうごめき、ソファを囲んで並び立つ。

 すっと立ち上がった双子を合わせ、黒いドレスの女とフードの人物を囲む気配は合計で七つ。


「んじゃお前ら……恋愛マスターをあたいの前に。」




 いつもならもっと賑やかな学院が今は静まり返っている。生徒はもちろん、教師のほとんどがいなくなっている夏休みの学院において、一人黙々と大量の資料に目を通している老人がいた。

 その老人がいる場所は、普段老人がいる場所ではなく学食。

 本来であればたくさんの生徒が座る長机の上を大量の資料で埋め尽くし、本人は隅っこに座っていた。

「学院長、なんでこんなところで……」

 付き合いの長い商人の女の子からキスをされた田舎者が「金髪のにーちゃん」と呼ぶ男がお盆にうどんを載せて老人の隣に立った。

「儂の部屋じゃあ机の面積が足りんのじゃ。」

「別にやらなくちゃいけない事じゃないでしょう?」

「何を言う。スポーツの試合だって、どの選手がどういう事が得意なのかを知っておいてから観戦した方が面白いじゃろう?」

「ランク戦を楽しく観戦する気満々ですね。」

「特に今年は面白い生徒がそろったからの。彼女の一人も無く、夏休みだというのにここでうどんを食べているのならついでに見ていくといいじゃろう。」

「はぁ――って何気に酷い事言いましたね!?」

 老人の隣、うどんの男は座って資料を手に取った。

「今年はって、つまり一年に有望株が多いって事ですか?」

「長い事学院をやっておるとたまにあるのじゃよ……面白い生徒が集中する年がの。今年がそれじゃった。」

「まぁ、パッと思い浮かぶのは『ビックリ箱騎士団』っすかね。王家のクォーツ、名門のリシアンサス……加えてその筋じゃ伝説って言われてるガンスミスのマリーゴールド家。あとは俺が反対したのに学院長がオッケーだしちゃった『ウィルオウィスプ』の生き残りに――《オウガスト》の弟子っつー田舎者。」

「確かに。ロイドくんを中心に集まったこのメンバーは非常に有望じゃ。実際、現状の実力も相当なモノな上、更なる成長も期待できる。じゃが――何もそれだけじゃないのが今年の新入生じゃよ。」

「ああ……なんか田舎者が目立ってるからあんまり話に上がらないっすけど凄い奴がいましたよね。」

「目立たないというよりは運じゃな。《ディセンバ》との手合せの時は前日に力を使ったばかりじゃったし、侵攻の際はその性質上出撃できんかった。」

「『リミテッドヒーロー』っすか……噂じゃ現役の上級騎士三人と戦っていい勝負したとか。」

「他にも『ホワイトナイト』や『スクラッププリンセス』なんてのもおる。」

「いや、学院長。それ生徒がつけたあだ名じゃないっすか。なんで知ってるんですか……」

「儂だって、まだまだ心はナウでヤングな若者でありたいと思っておるのじゃよ。」

「ナウでヤングな奴はナウでヤングなんて言いませんけど――あぁ! なんで俺のうどんのあげをとるんすか!」

「モフモフ……一年生もそうじゃが、彼らを狙う各委員会の面々も熱が入って来る頃じゃな。」

「あげが……えぇ、確か生徒会――デルフの奴も『ビックリ箱騎士団』に声かけてたとか……」

「既に委員会への入会手続きを終えた一年生もいるようじゃしの。」

「気の早い……ま、委員会は直に将来につながるっすからね。委員会同士の競り合いもあるし、有望なのは早めにゲットってことっすかね。そういやアドニス教官――じゃなくて先生はどこの顧問になるんすか?」

「まだ決めとらん。エリルくんの扱いもそうじゃったが、彼女の扱いも儂を悩ませおるわい。国王軍の指導教官が環境美化委員会の顧問とかじゃ冗談にしか聞こえんじゃろ?」

「え、美化委員なんすか?」

「例えばの話じゃ……まぁ、確かに彼女は元美化委員じゃったが……」

「……悩みついでっすけど、なんか最近ちょくちょく《ディセンバ》を見るんすが……まさかあれって勧誘してるんすかね……?」

「彼女はまだ持っておらんからな。」

「まぁ、第十二系統っすからね。おかげでどの代も混合部隊になるとか。」

「ふむ……まぁ、そこは十二騎士の話じゃから儂らは何とも言えんがの。」

 ずっと座りっぱなしだったのか、老人は立ち上がって伸びをし、大量の資料を眺めてふふっと笑った。

「毎年の事じゃが、やはりここからがこの学院は本領発揮じゃな。」

「ランク戦が終わってから、ようやく『ようこそセイリオスへ』でしたっけ?」

「誰が言ったんじゃったか忘れたが、うまい事言いおるの。」

「俺らもこっからが大変っすよ。」

「楽しいの間違いじゃろうて。」

 くるりと向き直り、窓から見える景色――学院を眺め、老人は微笑む。

「嵐の前の静けさというのも、そろそろ終わりじゃよ。」

何度も書いたようにいきあたりばったりですので、リリーちゃんがああするのは予想外でした。


そして――本来メインになるはずだった学院での話は、なんと次の第四章からスタートです。

何も考えないで書くと、こういうよくわからない事に、なるのですね。


ちなみに、恋愛マスターの名前を最初に書いた時、彼女は普通の占い師でした

いつの間にか大物に……

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